演劇:ヘンリー六世(第二部)・敗北と混乱
作 ウィリアム・シェイクスピア
翻訳 小田島 雄志
演出 鵜山 仁
美術 島 次郎
照明 服部 基
音響 上田 好生
衣装 前田 文子
アクション 渥美 博、他多数
出演 浦井健治 王ヘンリー六世
中嶋朋子 王妃マーガレット
中嶋しゅう グロスター公
村井国男 サフォーク公
勝部演之 枢機卿ポーフォート
菅野菜保之 ソールズベリー伯
上杉祥三 ウォリック伯
渡辺徹 ヨーク公
立川三貴 ジャック・ケード、他多数
会場 新国立劇場
公演 2009年10月27日(火)~11月23日(月・祝)、複雑につき詳細は要確認
鑑賞 2009年11月10日 14:05~17:10(休憩15分)
公式HP http://www.atre.jp/henry/
上手の池に赤薔薇・白薔薇の花が浮かんでいる。第一部後半に(確か)ジャンヌダルクが投げ込んだ薔薇の枝から離れたものだろう。物語は切れることなく続く。
王座・王妃座が並ぶ王宮。王ヘンリーの名代として婚儀をすませたサフォークは、王ヘンリーの下にマーガレットを案内する。グロスターは、サフォークが取り結んだ和議が屈辱的な条件であると嘆き、サフォークの忠誠を疑う。
一方、枢機卿ボーフォートらはグロスター追い落しをたくらみ、ヨークらはグロスターに味方する。両者の闘いが始まるなかでヨークは王位略奪を口ばしる。
何事が起きても優柔不断な王ヘンリー、王をないがしろにする貴族たち。貴族たちのいがみ合い、闘い。王妃とサフォークの不倫。グロスター公妃の野望。その間にジャックケードの反乱が挟まる。
多くの出来事に複雑さはなく、展開によっては単調に流れかねないだろう。スピーディな展開、歯切れの良さがそれを感じさせない。
出演者の力は言うまでもないが、スタッフの力を強く感じない訳にいかない。シンプルな舞台に王宮・公爵邸・戦場などを浮かび上がらせる照明。モノトーンの簡素なフード付き外套ながら荘厳さも失わない場面など、要所ではっとする美しさを感じさせる衣装。舞台狭しと立ち回り、戦いの空しさ・残忍さを伝えるアクション。豪壮な空間、荒涼たる空間、意外な場所から出演者が登場する舞台を作り上げた美術(ロビー展示の舞台模型写真、左が全体像、右は下手前方から上手後方)。
愛人サフォークと結託して権勢を増大しようとする王妃マーガレット、中嶋朋子はTVでもじっくり見たことはなかったが、王ヘンリーを尻に敷く悪女を見事に演じている。私の根拠ないイメージを覆した。
王ヘンリー六世の浦井健治は、権勢欲渦巻く中で主体性の無い王を良く感じさせる。市井の人なら穏やかな生活を送れただろうと思わず同情させる。
グロスター公の中嶋しゅう、サフォーク公の村井国男、枢機卿ポーフォートの勝部演之等の諸卿は、各々に個性の強い役を良く感じさせる。ヨーク公の渡辺徹もTVでしか知らなかったが、舞台に良く映える。
ジャック・ケードの立川三貴は、全体の流れと異質な場面で存在感を感じた。この場面が単調ならば全体の単調さに繋がるだろう。
戦いはひとまずヨーク派の勝利で終わる。後にリチャード三世、狂気のリチャードが現われた。第三部につながっていくだろう。
「統帥権干犯」、その意味を突き詰めたことはないけれど、グロスター公追い落としの場面でふと思い浮かんだ。イングランドを中心にした歴史劇ではあるが、その普遍性を確認した瞬間である。統治者の権謀術数の下で苦しむ庶民、何時の時代も、どこでも似たようなものだろう。舞台の面白さが、舞台に現われない悲劇を余計に感じさせた。
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