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2020年6月

2020年6月25日 (木)

連載エッセイ「南仏の街で、僕はバレエのことを考えた。」を読んで

 小林十市 連載エッセイ「南仏の街で、僕はバレエのことを考えた。」全10回を読了、「【第9回】今回は“一問一答”でお届けします。」を興味深く感じました。

 小林は、かつて「ベジャール・バレエ・ローザンヌ」の元バレエダンサー、今は振付家・指導者ということで良いのでしょうか。
 
 家族がどうであろうと個人の生き方に関係ないとは言え、祖父は人間国宝の5代目柳家小さん、弟は柳家花緑というのは割とよく聞く話。なぜ彼がバレーダンサーになったか、母は俳優座養成所(16期生卒業)の小林喜美子(知らない)が、閃いたらしいのです。

 1990年代初めに何度かベジャール公演を見たのですが、その頃に彼も入団したようです。ジル・ロマンとショナミルクがソロの「春の祭典」、小林はコールドバレーだったようですが気付いていません。「タラサ、我らが海」では小林が最初に踊り出しました。
 とにかくこの数年前から色々な舞台芸術に接するようになりました、「四十にして立つ」です。

 2007年の新国立劇場「異人の唄 - アンティゴネ」に、演劇俳優で出演したのを一度見ています。

 一番最初に見たモダンダンスのカンパニーは「ローザス」で、そこに日本人が一人いました。後に池田扶美代と知れます。ベジャールは二番目か三番目です。何も知らないのに、物おじもせずによく出かけました。エッセーを読んで、昔を少し思い出しました。

  (2020年6月24日記録)

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2020年6月21日 (日)

謡曲「盛久」の道行

 鎌倉市長谷の由比ガ浜大通りに面して史跡「盛久頸座」があります。鎌倉青年団、鎌倉同人会による碑が建立され、謡曲史跡保存会の『謡曲「盛久」と由比ガ浜』の駒札も立てられています。近影ですが、駒札は褪せて不鮮明なので10年ほど前に撮影したものを添えておきます。
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 中世東海道の道筋を調べるために、謡曲「盛久」の道行を整理しました。作者は観世元雅、室町時代の人で世阿弥の長男です。

 まずあらすじ。
 源平の戦に敗れて囚われの身となった平盛久は、源頼朝の家臣・土屋三郎に護送されて鎌倉に下ることになります。二度と京に帰ることは無いと盛久は、長年信仰する清水寺の観音に最後になるであろう参拝を請い、土屋はこれを適えて鎌倉に向かいます。
 明日が処刑と知らされた盛久は、観音経を読誦して最後の祈りを捧げます。
 処刑に臨んだ盛久ですが、執行人の振上げた太刀が折れて命を永らえます。すぐさま頼朝に召された盛久は、暁に「観音の汝に代わるべし」との夢を見たと明かすと、頼朝も同じ夢を見たと明かします。盛久は、命を永らえたのは観音が起こした奇蹟と感涙に咽びます。頼朝は酒宴を催し、めでたい席に相応しい舞を所望します。颯爽と舞う盛久は、天下泰平を言祝ぎます。

 鎌倉に向かう途中で現れる地名は次のとおりです。
東山
清水寺   京都市東山
音羽山   京都市山科区の音羽山?
白川    京都の東より賀茂川に注ぐ川
松坂    粟田口から山科へ超える峠の西坂
四の宮河原 京都市山科区四宮、三条街道(東海道の道筋)
逢坂関   大津市大谷町
      これやこの行くも帰るも別れては 
        知るも知らぬもあふ坂の関 蝉丸
勢多長橋  近江の歌枕、瀬田唐橋
追蘇森   近江の歌枕、近江八幡市の奥石神社の社叢林
鏡山    近江の歌枕、竜王町
美濃尾張
熱田の浦  尾張の歌枕
鳴海潟   尾張の歌枕
八橋    三河の歌枕
      唐衣きつつなれにしつましあれば
        はるばるきぬる旅をしぞ思ふ 伊勢物語
高師山   近江の歌枕、愛知県豊橋市
潮見坂   浜名湖の西、静岡県湖西市
橋本    遠江の歌枕、浜名湖の南の宿、静岡県湖西市
浜名の橋  静岡県湖西市
小夜の中山 遠江の歌枕、静岡県掛川市
      年たけてまた越ゆべしと思ひきや
        命なりけり小夜の中山 西行
大井川   遠江の歌枕
宇津之山  駿河の歌枕、静岡県岡部
      駿河なる宇津の山べのうつつにも
        夢にも人に逢はぬなりけり 伊勢物語
清見潟   駿河の歌枕、静岡市清水
田子の浦  駿河の歌枕、駿河湾西沿岸
富士の嶺  時知らぬ山は富士の嶺いつとてか
        鹿の子まだらに雪のふるらむ 伊勢物語
箱根山
星月夜   鎌倉の歌枕、
      我ひとり鎌倉山を越へ行けば
        星月夜こそうれしかりけれ 後堀川百首
鎌倉

 ここで鎌倉山は、現在鎌倉山と云われる特定の山ではなく、広く鎌倉の山と思います。謡曲「六浦」に『~明け行く空も星月夜鎌倉山を越え過ぎて、六浦の里に着きにけり着きにけり』 の一節があります。もし土地勘があれば、この鎌倉山は六浦に接する朝比奈峠辺りを越えると察せられるでしょう。

 大森も『鎌倉山の星月夜などゝいふことが古書に見え、叉俗に鎌倉山はみな躑躅などいふ事もあるが、何れを指して鎌倉山といったに就ては、素より定まった説がない。ただ鎌倉に在る山々を指して云ったのであらう』(*1)と述べています。

 箱根以東をもう少し詳しく知りたいところですが、他もあたりましょう。

   1.「かまくら」 大森金五郎 大正14年7月25日元版発行

  (2020年6月21日記録)

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