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2020年5月10日 (日)

能の中の六浦

1.六浦が登場する曲目

 横浜市中で能の舞台となっている場所は、六浦の他に無いようです。

 この場合、六浦と云っても現金沢区の範囲を指していて、現六浦町ではありません。鎌倉時代の行政区分は、六浦荘の下位に六浦本郷・金沢郷・釜利谷郷・富岡郷があります。現在は金沢区の下位に六浦町があります。どちらの六浦かは、文脈で判断します。

 ここでは、六浦荘が舞台となる曲目、六浦の地名が出る曲目を整理します。

2.登場者が辿る道筋

 六浦を舞台とする曲目は2曲、六浦の地名が登場する曲目は1曲あります。登場者たちが辿る道筋は次のとおりです。

  「六浦」  都~鎌倉山~六浦(称名寺)~(航海)~安房の清澄
  「放下僧」 下野国~瀬戸の三島(瀬戸神社)
  「鵜飼」  安房の清澄~(航海)~六浦~鎌倉山~津る(都留)~いさは(石和)

 鎌倉山は現鎌倉市深沢地域のそれを思い浮かべますが、どうも違うように思えます。
 「六浦」と「鵜飼」では辿る向きが逆ですが、鎌倉山~六浦~安房の清澄を辿ります。現金沢区大道で想像できるように、海上交通を含めて主要道だったことでしょう。

3.能「六浦」

 作者不詳の作品で「むつら」と読みます。
 あらすじは、「東国行脚の僧が相模国六浦の称名寺に立ち寄ると、周囲の山々は紅葉の盛りなのに、紅葉しない一本の楓を見つけます。不審に思う最中に一人の女がどこからともなく現れ、訳を語ります」。

 六浦の称名寺が舞台となりますが、次の台詞に出てきます。
 『~明け行く空も星月夜鎌倉山を越え過ぎて、六浦の里に着きにけり着きにけり』
 『千里の行も一歩より起るとかや。遥々と思ひ候へども、日を重ねて急ぎ候ふ程に、これははや相模の国六浦の里に着きて候。この渡りをして安房の清澄へ参らうずるにて候。又あれに由ありげなる寺の候を人に問へば、六浦の称名寺とかや申し候程に、立ち寄り一見せばやと思ひ候』。

 六浦は武蔵国にあって相模国ではありませんが、相模国鎌倉郡と一体と思われている証かも知れません。称名寺の山号は金沢山、六浦ではなく金沢と思われるでしょう。鎌倉時代は六浦荘金沢郷で、現在と広狭が逆転しています。
 鎌倉山から六浦、海を渡って安房の清澄へ向かうことが分かります。

Photo_20200510012701

4.能「放下僧」

 一説に世阿弥の作品で「ほうかぞう」と読みます。
 あらすじは、「下野国の住人・牧野小次郎は父の仇利根信利を討つべく、出家の兄に助成を頼みます。二人は流行の放下と放下僧に身をやつして故郷を立ち、人の集まる瀬戸の三島明神にて仇に出会うのを待ちます」。

 瀬戸の三島が舞台となりますが、次の台詞に出てきます。
 『それがし存じ候ふは、このごろ人の玩び候ふは放下にて侯ふほどに、おん身は放下僧におんなり侯へ、殊にかの者禅法に好きたるよし申し侯ふ間、禅法を仰せられうずるにて侯、また人の多く集まり候ふは瀬戸の三島にて侯ふほどに、瀬戸の三島へおん出であらうずるにて侯』。

 放下は大道芸の一種です。瀬戸の三島明神は、現横浜市金沢区の瀬戸神社のことで、瀬戸三島明神とも呼ばれます。

5.能「鵜飼」   

 一説に榎並左衛門・世阿弥改作の作品で「うかい」と読みます。

 あらすじは、「安房清澄の僧たちが甲斐の国行脚に出かけます。辿り着いた石和で鵜飼の老翁に出会い、殺生を生業とする罪深さを説きまが、鵜飼は若い頃よりの生業で今さら改められないと。僧は数年前に密漁の見せしめで殺された鵜飼の話をすると、自分がその亡者と明かして懺悔に鵜使いの様子を見せて消えます。僧たちが経を手向けると、地獄の鬼が現れて亡者が救われたと告げます。

 舞台は甲斐の石和ですが、道筋の六浦が次の台詞に出てきます。
 『行末いつとしら浪の、安房の清澄立ち出でゝ、六浦のわたり鎌倉山、やつれはてぬる旅姿旅姿。拾つる身なれば耻られず、一夜かり寝の草むしろ。鐘を枕の上に聞く、津るの郡の朝立も、日たけてこゆる山道を、過ていさはに着きにけり着きにけり』。


6.参考文献
 1.「能楽ハンドブック第3版」 小林保治編 2008年4月20日 (株)三省堂
 2.「謡曲全集上巻」 明治44年1月1日 国民文庫刊行会
 3.「謡曲選」 松田・小林・石黒・斎藤編 1997年6月1日 (株)翰林書房
 4.「謡曲集」 横道万里雄・表章校注 昭和38年2月5日 (株)岩波書店

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