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2020年3月

2020年3月29日 (日)

路上観察案内「武相分水界を超える」

 ホームページに路上観察案内「武相分水界を超える」を掲載しました。旧武蔵国と相模国の国境、それは一部を除いて東京湾と相模湾の分水界(嶺)でもありますが、それを超えて旧相模国に向かいます。
 旧国境付近では横浜方面に視界が開けます。もちろん遠くは富士箱根伊豆まで。途中、様々な時代の歴史に触れながら、パブリック・アートにも鑑賞します。
 興味あればご参照ください。

Yokohama

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2020年3月18日 (水)

幕末外国人殺傷事件「鎌倉・仏水兵殺害事件」犯人の墓

 横浜開港の頃、幕末の外国人殺傷事件として世に知られるのは「生麦事件」ですが、他にも多くの事件が発生しています。

 JR保土ヶ谷駅付近、旧程ヶ谷宿内の東寄りで旧東海道と大門通りが交差します。大門とは神戸町の古社・神明社のそれです。その交差点から開港場に向かう道が保土ヶ谷道で、野毛切通の手前で横浜道に合流、関内に向かいます。

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 保土ヶ谷道の中程近くに真言宗寺院願成寺が、少し関内寄りに戸部刑場跡があります。その関係でしょう、願成寺内に「鎌倉事件」の犯人である清水清次と間宮一の、「仏水兵殺害事件」の犯人である鳶の小亀の墓があります。今日は花が供えてありました。

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 ランドマークターワーから見れば願成寺は西になり、その中間に刑場跡があります。刑場の様子は写真に残っていますので、興味あれば探してみて下さい。梟首や門番が写っているものもあります。

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 発展するみなとみらいの足下とも言えるほど近くに、横浜開港の頃の歴史が残ります。たかだか160年ほど前のことです。

 話は跳びますが、願成寺には平沼新田を拓いた平沼九兵衛の墓もあります。三代の九兵衛が関わっているので、何代かは調べていません。当然、元横浜市長、日本における市民スポーツの父と呼ばれる平沼亨三の墓もあります。   (2020年3月17日記録)

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2020年3月15日 (日)

VOCA展2020 現代美術の展望

 美術展・博物展が軒並み臨時休館の上野界隈ですが、上野の森美術館の「VOCA展2020」は、関連企画こそ中止ですが開催中です。こんな状況ですが、開催することに敬意を表して昨年に引き続いての鑑賞です。

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 VOCA展は、全国の美術館学芸員、ジャーナリスト、研究者などに40才以下の若手作家の推薦を依頼し、その作家が平面作品の新作を出品するという方式により、全国各地から未知の優れた才能を紹介します。

 客はそれなりに入っています。若い人が多いように思いますが、アーティストやその卵の雰囲気が感じられます。そして同時代の傾向が気になっているような印象を受けます。

 作品は、こんなのもありなんだと思わされますが、決して悪い意味でなく、硬い頭に刺激を受けるということです。そして作品に付けられている小解説に、理解力の不足を痛感させられます。通して得られたキーワードはミメーシスとレイヤー。云えば模倣と層ですが、それで意を尽くせない深い意味が含有されているでしょう。

 2枚目の写真は、VOCA賞「Nerhol:Remove」。連続写真を重ねて、部分的に掘ることで動きと時間を層化していると云えるでしょうか。興味深い作品です。

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 3枚目は写真は、大原美術館賞「浅野友里子:くちあけ」。くちあけとは採取の解禁を意味するそうですが、東北や韓国の奥まった地域で食されるトチの実やドングリの救荒作物として受け継がれ、国境で分断されない遺伝子に刻み込まれた生命の繋がりを表すとの解説ですが、そこまでは理解が進みません。

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 4枚目は特に賞を得たわけではありませんが、私の直感にヒットした作品、「三瓶玲奈:Lamdscape」。一目見て想起したのがかつてのFM放送「ジェットストリーム」、夜の静寂の何と饒舌なことでしょうとのナレーションが思い浮かびました。

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 協賛は第一生命、それが無くては成り立たないでしょう。直接何かできるわけではありませんが、記憶にとどめておかないと。 (2020年3月15日記録)

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2020年3月10日 (火)

幻の笹下城

 横浜みなとみらいで横浜湾に注ぐ大岡川を遡上すると、上大岡を過ぎて笹下川(本流)と日野川に分かれます。両川の間に広がる丘陵に笹下町・洋光台の街並みが広がります。

 住所は笹下町になりますが、洋光台と境を接する位置に真宗高田派の梅花山成就院があります。この寺一帯は、かつて後北条氏配下の武将・間宮康俊らの居城笹下城であったとされます。間宮氏の子孫に間宮林蔵、杉田玄白がいます。

 寺は一段高くなっており、門前左手は高い擁壁になっていて空堀跡との案内があります。本堂の後ろ側は土塁との伝わりますが定かでありません。

 一段高いところから周囲を見渡せば、周囲は家で埋め尽くされています。なぜ幻の笹下城かと云えば、発掘調査されないままに開発が進められて、詳細不明になってしまったことのようです。
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 次の航空写真は周辺の様子、地形図(部分、右が北)は武内廣吉「武州久良岐郡地名考」からの引用です。なお地形図は「日本城郭体系5」で引用されています。
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 少しづつ場所を変えて街歩きを続けます。街歩きは何かあることが前提になるように思いますが、私は何か無くなってしまった、言い換えればそこに何かがあったことにも興味を覚えます。そういう過程を開発と云うと思います、良かった悪かったかは別にして。それにしても横浜は坂の多い町です。

 笹下川沿いによく歩きますが、しばらくは丘陵地帯を歩いてみます。笹下川をはさんで反対側の丘陵には黒船見物の丘などもあるので、併せてルートが出来ると良いかと思っています。  (2020年3月10日記録)

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2020年3月 8日 (日)

「証言集 関東大震災の直後 朝鮮人と日本人」読了

 筑摩書房の宣伝で見かけて取り寄せた、西崎雅夫編「証言集 関東大震災の直後 朝鮮人と日本人」。証言集とあるように、時も年代も性別も場所も、朝鮮人・日本人も関係なく、それぞれの体験や思いが書かれた小文あるいは文書の抜粋をまとめたものです。
 少しづつ読み進んだので読了までに大分時間がかかりました。でも一気に読んでしまうのは氣が重くなり過ぎる内容です。状況によって、集団だと人はここまでひどいことを出来てしまうのかと暗い気持ちになります。

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 横浜市中区天徳寺に「震災殃死者供養塔」が建立されています。街歩きで見つけたものですが、震災殃死者としか刻まれていませんので、民族に関係ないかも知れません。関心を失わなければ、いずれ詳しいことが分かるでしょう。

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 他に、横浜市南区の宝生寺に「関東大震災韓国人慰霊碑」、横浜市西区の久保山墓地に「関東大震災 殉難朝鮮人慰霊之碑」が建立されています。横浜市鶴見区の東漸寺には、大震災直後に朝鮮人を守った当時の鶴見警察署署長だった「故大川常吉氏之碑」が建立されています。

 最近はSNSなどに殺伐とした気配が漂うことがある気がします。過去に学びながら、それらを払拭する行動を心がけたいと思います。 (2020年3月8日記録)

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2020年3月 2日 (月)

数値地形図について学ぼう!

最近は街歩きの頻度も減って、距離も短めになっているので体が鈍っています。雨の一日、少しでも回復のために合間合間にスクワット300回をやってみました。こればかしで役に立ちませんが徐々に。膝の曲げる角度でたまに痛みを感じましたが、それも解消しそうです。要は運動不足か。

頭も刺激しないと良くないので、19時から『Code for Yokohama シビックハックナイト 34回目「数値地形図について学ぼう!」』にオンライン参加しました。地理院地図などは毎日のように利用してありがたく思っています。しかし、新しいことに取り組まないのも良くないので、ヒントを頂けるかと期待しながら。

今日も添付図のような街歩き案内書の挿入図(写真)を制作していました。国土地理院地図にルートを書き込んでいますが、この元の航空写真はDSM=Digital Surface Model。すなわち樹木や建物の表面を表しています。この樹木や建物を人間が介在しながら取り除いたDEM=Digital Elavation Modelの説明がありました。DEMがあれば、航空写真に追記する手間も大分省けるわけです。ただし兵庫県のお仕事なので、兵庫県内のオープンデータは存在します。限られた他の行政にあるようですが、当面の私の興味は神奈川県あるいは横浜市ですから、合間見て探してみます。
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兵庫県も、結局7年ほど住みましたので、表示される三次元地形にさえ懐かしさを覚えました。もう昔のことですが、六甲全山縦走(写真)も二回完歩していますし、多少地理も分かるのでなおさらです。
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自宅にいながら会議に参加できるのは、若い方なら普通かも知れません。でもモデムでインターネット接続した世代ですから、隔世の感を感じます。新しい知識に触れられて感謝です。 (2020年3月2日記録)

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