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2020年2月16日 (日)

鎌倉道中道:いたち川新橋~下永谷

 鎌倉巨福呂坂を越え、山ノ内を過ぎていたち川を新橋で渡ると、鎌倉時代は完全に鎌倉の外になります。

 「吾妻鏡、貞応3年(1224)6月6日條」に七瀬の祓を記録します。
 陰陽道における除災の儀式のひとつで、禍を負わせた人形を七人の勅使に持たせ、七ヶ所の河海の岸で祓をするものです。この日の目的は祈雨、勅使の向かった先は由比の浜(由比ガ浜)、金洗沢池(七里ガ浜)、固瀬河(境川)、六連(六浦)、鼬河(いたち川)、杜戸(森戸)、江嶋の龍穴(江ノ島)です。

 「鎌倉年中行事」に、公方様御発向を記録します。
 1416(応永23)年、上杉禅秀の乱を鎮めるために足利持氏が出立します。吉日を選び、いたち川に至って昼休み、吉例により『御酒三献御湯漬參』、装束を改めます。

 いたち川は出立川の転化と云われますが、幕府にとっては重要な場所でした。

 歩き始めが遅かったので行けるところまでとして、いたち川に架かる新橋を後にします。

 すぐに分岐、古い道標に「従是とつか道」「従是ぐみやうじ道」とあり、直進すれば戸塚、右は鎌倉道中道を進んで、途中で折れれば横浜市最古の寺・瑞應山弘明寺に至ることが分かります。

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 道筋に道祖神や、ところどころに古い道標が残ります。でも大方は住宅地として拓かれた中を通るので、古道の趣はありません。それでも切通に架かる橋や高い処などは遠望が利き、尾根筋を辿っていることは想像できます。

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 余談ですが、付近の高圧線鉄塔は、殆ど尾根道を選んでいるだろうとの仮説を抱いています。所々に盛り土したような、実際は周囲を削られたであろう高圧線鉄塔が点々とします。閑話休題。

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 弘明寺までは5㎞ほどを残して、下永谷を今日の終点としました。いずれ天気の良い日に鎌倉から一気に歩いてみます。

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 ところで戦に向かう人はどのような思いでいたち川を渡ったのでしょうか。足利持氏はともかく、従う人たちは生きて帰れると思っていたでしょうか。 そのようなことをふと思い浮かべました。  

(2020年2月16日記録)  

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