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2018年11月 6日 (火)

街角から、「ふつうの国」とは

 横須賀市内を旧浦賀道に沿って歩いて、気になる駒札を見つけました。内容は次のとおりです。

 『東京湾要塞地帯標
 「東京湾要塞地帯第壱区」と刻まれた石標は大正十三年(一九二四)に旧陸軍省によって建てられたものです。
 明治政府により首都が東京に移されると東京湾防備が一層重要となりました。明治三二年 (一八九九)要塞地帯法が公布され三浦半島は全域が要塞地帯に指定されました。軍施設を基点に第一区~三区に分け建物や設備の形状変更などを許可制にしました。
 同時に軍機保護法が公布され写生や写真撮影及び軍施設への立入り等が許可制となり、漁の禁止や制限がされました。特に砲台が集中する走水では一般道路も自由に通行が出来なくなりました。
   大津行政センター市民共働事業・大津探訪くらぶ』
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 尾根道から、横須賀港や長浦港に停泊する艦船を写真に収めていて、世が世ならば捕まってしまうだろうと思います。駒札から、そのような思いが事実であろうと推測できます。

 駒札に書かれた石標は付近に見当りませんでしたが、逸見辺りで確認できました。民家の玄関先に建っていました。探せばもっと残っているように思っています。旧浦賀道を外れないとだめでしょう。
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 旧浦賀道は追浜付近で旧武相国境と直角に交差します。旧武相国境の東端部はほぼ横須賀市と横浜市の境界に沿っています。16号線から西に丘上に上った所の石票に『横須賀軍港境(界)』と刻んであります。「界」の字は埋もれていますが。そこから大分歩いた米軍池子住宅地区北側に『海軍』と刻まれた石標が幾本か見つかります。米軍に接収される以前は「旧日本海軍の航空廠補給部池子工場(逗子市域)と工廠造兵部谷戸田注填場(横浜市域)」でしたからその名残でしょう。
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  街歩きのフォローのために時々、近所の図書館に出向いて明治期の地図を確認します。そこに捺印されている「軍事機密」のスタンプ。
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  アジア太平洋戦争の敗戦による終結からでも70年余が過ぎています。街中の記憶は減る一方ですが、今に残るものから往時を思ってみるのも意義あることと思います。「ふつうの国」は世の動きで変化するでしょう。どのような状態を普通の国と言うか、しっかり考えておかないと。彼我で異なる訳ですから。

 最後に、軍艦が見えますがいまは長閑な長浦港。
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  (2018年11月6日記録)

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