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2015年10月

2015年10月31日 (土)

相州藤沢・白旗神社の湯立神楽(2015年10月28日)

 昨年に続けて白旗神社の湯立神楽を見てきました。毎年10月28日14時から始まり、祭礼と湯立神楽で2時間弱ほどかかります。前日の天気予報では怪しげな空模様とのことでしたが、夏を思わせる絶好の祭り日和でした。なお雨天決行だそうです。

 湯立神楽の流れは昨年の記事にまとめてあるので、興味あれば参考リンクを参照ねがいます。今年は補足的にまとめます。

 湯立神楽には周辺神社の宮司が参加しますが、当然祭主は白旗神社の宮司です。祭主は2番目の初能(はのう)と11番目の剣舞を踊ります。
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 初能は扇子に載せた米を巻きながら踊ります。去年も思いましたが、源流は能の三番叟などと同じなのでしょう。芸能の根源を感じます。

 1番目の打囃子(うちはやし)は笛・太鼓の調子をあわせるために演奏するもので、2番目が最初の踊りです。11番目の剣舞は、12番目の毛止幾(もどき)と同時に踊られるので最後の踊りになります。すなわち祭主は最初と最後の踊りを受け持ちます。途中はちょっとした話題を混ぜながら踊りの解説をしてくれます。昨年も感じたのですが祭主は話がうまい。

 ちょっとした話題の中に気になることがありました。
 本来、神楽は36座(?)あったが今は12座が伝わるのみで、これを絶やさないようにする。祭壇を山と言い、山を飾る紙飾りは紙垂(しで)と呼ぶが、形は伝わるもののその意味合いは判らなくなっている。踊りも形は伝わるものの所作の意味合いは判らなくなっている。本来、一つ一つに意味があったはずだが、ちょっとした中断で判らなくなってしまう。
 要約すればこのようなことだった思いますが、ちょっとした中断とは何だか気になりました。何とは言いませんでしたが、想像するに戦争でしょう。
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 湯立神楽というくらいですからお湯は神聖なものです。
 5番目の湯上(ゆあげ)は湯を汲んで神様に差し上げます。
 7番目の掻湯(かきゆ)は竹の棒で湯釜のなかを激しくかき混ぜて、上がる湯玉を見て占う(?)のでしょう。去年もそうでしたが、今年もほとんど湯玉が上がりませんでした。これは何を意味するのでしょうか。
 9番目の湯座(ゆぐら・または笹の舞) は湯に笹を浸してから大きく振り回します。祭壇に向かって左に2回、右に1回。湯が落ちてくる時は熱くありません。一粒でも当たればご利益があるそうです。私は大分浴びましたから。
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 12番目、最後の毛止幾(もどき)はサーカスで言えばピエロ役。祭壇のお餅を盗んで参詣者に放り投げたり手渡ししたり。鼻をかむ仕草をしてその紙を投げつけたりして笑わせます。
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 なお6番目の中入れでお神酒と赤飯が参詣者に供されると同時に、宮司たちは正装から普段着に変わります。それ以降は神人共楽だそうで、うまく成り立っていると感じました。
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 湯立神楽は鎌倉市上町屋・天満宮(8座)、葉山町真名瀬・熊野神社(8座)、葉山町・森戸大明神(8座)、藤沢市・皇大神宮(12座)、鎌倉市極楽寺・熊野新宮(8座)、鎌倉市坂ノ下・御霊神社(12座)、鎌倉市山崎・北野神社(8座)でも行われているようです。興味があれば調べて下さい。私も他社の様子を見てみたい。

 参考:相州藤沢・白旗神社の湯立神楽(2014年10月28日)
  

  (2015年11月26日記録)

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2015年10月17日 (土)

美術:平塚市立美術館 「新収蔵品展」「画家の詩、詩人の絵」

 新収蔵品展で、石田徹也の作品がまとめて展示されると知ったので出かけました。平塚美術館で「石田徹也展-ノート、夢のしるし」が開催されたのは昨春、まあ回顧展。石田も夭逝の画家の仲間になっちゃった、31歳なのに。31歳だから夭逝なのですけどね。

 彼の作風に触れてもっともっと活躍して欲しかったと思います。画風は世間の風刺だったのでしょうか。内面の発露だとすれば、そこまで彼を追い込んだのは何だったのでしょうか。もう元へは戻せないけれど、それならば比較的近い平塚美術館に作品が収蔵されたのは幸いです。時々、見に行こう。

 他に「三瀬夏之介:空虚五度」が気になりました。昨夏の山形ビエンナーレで、彼が指導する学生たちの作品を多く見て東北画に惹かれています。平塚市美術館での「日本の絵 三瀬夏之介展」は残念ながら行きそびれました。

 

 石田徹也を見るのが目的だったので、企画展が「画家の詩、詩人の絵」とは知りませんでした。見始めて最初の何点かで好い企画と感じました。こんな出会いも良いな、って単に無精なだけですけれど。

 一芸に秀でた人の余技が玄人はだしの例は多いし、文人画というジャンルもあります。「画讃」「題」「跋」の言葉もあって、絵と詩歌が近しい関係にあることは何となく知っています。しかし、ここで展示されている作家は近代あるいは現代で、絵と詩歌が独立して展示されているところが古い作品と異なります。

 作家の匂いを色濃く感じさせる絵が本人の詩歌と、詩歌と本人の絵が併せて展示されています。交互に見ていくと、絵だけ、詩歌だけとは異なる趣があります。展示されている画家、詩歌人に興味あればホームページを参照願います。

 平塚市美術館は一見地味に思えるけれど、心に染入る企画展が多い印象を抱いています。
 「長谷川憐二郎:時計のある門(東京麻布天文台)」は何とも無いような絵だと思うのですが、「平明・静謐・孤高 - 長谷川憐二郎展」を思い出しました。その時も文書が展示に含まれていたと思います。
 萬鉄五郎は、東日本大震災直後の「画家たちの二十歳の原点」展で花巻から作品搬送が出来ずに、作品の写真展示だったことが忘れられません。

 平塚市美術館ではないけれど、村山槐多はこの夏に信濃デッサン館で見たばかり。棟方志功は、茅ヶ崎市美術館で「棟方志功 萬鉄五郎に首ったけ」が開催中で先日見たばかり。松本竣介は数年前に神奈川県立美術館ほかで開催された「生誕百年展」が壮観でした。

 最近は、絵を見て何かを思うことが多くなりました。今回も気になる画家、作品が多くありましたが、どうも私の傾向は須之内徹の影響大だと感じます。まあ本を読んだだけですが。

 詩歌もなかなか達者だと思いました。ただ、ここにすらすら書けるほど記憶していませんし記録もしませんでした。最近、日本美術史を斜めに読んで気になっているのが草土社とかフュウザン会、理解を進めるとしたら画業以外のことも理解する必用があるのでしょうね。図録が3000円だったので購入しませんでした。しかし、絵だけならともかく詩歌が記憶できないので購入するしかないですね。

 詩歌人は絵ほどなじみがありません。詩歌人のなかには画家を志して思いかなわず、方向を変えた経歴を持つ人が何人かいました。それくらいですから、なかなか達者の絵もありました。画家と同じように他芸もなかなか達者です。こちらも図録に頼らないとはっきりしません。

 ちょっと中途半端な見方でしたから、もう一度出向きたいです。実は茅ヶ崎市美術館に回るつもりでしたが、それでも念入りに見たため時間が足りなくなりました。企画が変わる前にもう一度両館を回りたいです。

  名称   新収蔵品展 特集:石田徹也の世界
  会場   平塚市美術館
  会期   2015年 9月26日(土)~11月29日(日) 、詳細は要確認
  鑑賞日  2015年10月 7日(水)
  参考   公式ホームページ

  名称   画家の詩、詩人の絵 絵は詩のごとく、詩は絵のごとく
  会場   平塚市美術館
  会期   前期:2015年 9月19日(土)~10月17日(土) 、
       後期:   10月18日(日)~11月 8日(日)、詳細は要確認
  鑑賞日  2015年10月 7日(水)
  参考   公式ホームページ 

   (2015年10月16日記録)

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