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2015年2月 8日 (日)

舞踊:Noism1「ASU ~不可視への献身」

  演出振付 金森穣
  衣裳   宮前義之(ISSEY MIYAKE)
  出演   Noism1

  演目   第1部「Training Piece」
       第2部「ASU」

  会場   神奈川芸術劇場ホール
  公演   2015年1月24日(土)~1月25日(日)
  鑑賞   2015年1月24日(土) 19:00~20:40(休憩20分)
  参考   公式HP

 

 コンテンポラリーダンスが何かは詳しく判らない。ただ漠然と、伝統的なバレエテクニックを身に着けたダンサーが、伝統的なバレーのコンテクストを突き破りながら表現を拡大していくダンスと捉えている。
 しかし、伝統的なバレーテクニックを身に着けていなければコンテンポラリーダンスたり得ないかと問われれば、そうでもないだろう。いささか矛盾した思いがある。

 金森譲は、モーリスベジャールに師事するなど伝統的なバレーの研鑽を積んでおり、カンパニーメンバーも伝統的なバレエテクニックを身に着けていると認識している。表現は伝統的なバレーのコンテクストを突き破っていて、間違いなくコンテンポラリーダンス。ただ、突き破り方が常に同じかと言えば、そうではない。常に変化している。

 今回で5演目を鑑賞したことになる。前作は「Noism設立10周年記念企画 Noism1 & Noism2合同公演 劇的舞踊『カルメン』」だが、俳優を狂言回しに起用するなど、それまでとは大きな変化を感じた。ただ、今までの流れからすれば、多少の違和感も感じた。今回はどうだろう。

 

第1部「Training Piece」

 Noismメンバーが毎朝行っている「ノイズム・メソッド」「ノイズム・バレエ」という2つの訓練メッソドを構成・演出してひとつの作品にしたもの。

 真上から当たる四角い光の中に、確か11人のダンサーが仰向けに横たわっている。パーカッションのリズムで、ダンサーは様々な動きを繋いでいく。照明は上下して光の様子は変化し、ダンサーは次第に高揚していく。

 衣装は、前半が軽そうな白のツーピース、上下共にゆったりと仕上がっている。途中でそれを脱ぐと、各々が異なる色の組合せのボディフィットした衣装に変わる。いずれも美しい。

 トレーニング主体なので、そんなものだろうと思った。20分ほどをリズムだけで進行する。どのようにタイミングを取っているのだろうか、ダンサーは音楽に対する感性も鋭いものが必要だと思った。

第2部「ASU」

 「ASU(アス)」は、アジアの語源となった言葉。

 アルタイ山脈周辺の諸民族は、喉を詰めた声で叙事詩を歌う。その叙事詩の装飾のために発達したのが喉歌という特殊な歌唱法。今までに聴いた音楽でもっとも近いのがモンゴルのホーミー、ただしホーミー特有の重音唱法は喉歌にはないかったように思う。

 喉歌の多くを知らないが、重要なことは低い重い調子で歌われて土俗的な印象を受けること。それが衣装に、舞台美術に、振付に大きく影響を及ぼしていると思えた。音楽が先に選ばれたか、方向性が定まってこの音楽が選ばれたか、興味あるところだ。

 薄明りの舞台、やや下手寄りの床に開いた四角い穴。本火が燃える大きめの皿を抱えたダンサーが、次々と穴から舞台に登場する。皿は舞台正面に一直線に並べられる。神秘的な始まりだ。これで呪術的な場面展開が予想できた。

 途中に、横たえられた木の作り物、それは幅広の板で編んだように見える、の下半分を四角い穴に差し込んで立てるが、呪術的な場面の典型だろう。

 天井から本水あるいは砂粒、実はゴムの粒らしい、がシャワーのように降りかかって、穢れを洗い流す場面も同様。

 全体の印象は、アジア版の「春の祭典」か。今まで4カンパニーの「春の祭典」を観たけれど、雰囲気はピナ・バウシュに近い。最後近くで、抱擁する男女を皆がリフトするのはベジャールを髣髴させた。意図がどこにあるかは別にして、私はそれをいささかネガティブに捉えた。先人の偉業を大胆に突き破ることを求めるという意味で。

 全体に筋は通っている。でも、物語性が感じられる重厚な場面の連続は、弾けるような場面を追いやって、重苦しい表現ばかりが残ったようだ。それが良いと感じる人も少なくないだろう。でも、つかの間で良いから楽しく感じられる場面があって良いと思った。流れからいえば、内容というよりは身体表現で。

 Noismに求めるのは良い結果ではない。より良い結果でもなく、最良の結果だ。期待値が高いので、過渡状態にあるであろう今は多少の不満が残る。長い目で見れば、どう変化していくかを見届けられる面白さがあるのだが。

 変化をしっかり受け止めるためには、変化を受け止められる器量が必要だ。観る方に課題を与えられた気もした。

   (2015年2月6日記録)

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