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2014年12月 7日 (日)

演劇:Doosan Art Center+東京デスロック+第12言語演劇スタジオ「カルメギ」 (長文)

 原作      アントン・チェーホフ「かもめ」
 脚本・演出協力 ソン・ギウン
 ドラマトゥルク イ・ホンイ
 翻訳      石川樹里
 演出      多田淳之介

 出演( <>内は配役、()内は原作の配役を当てはめてみたもの )
  チヤ・ヌンヒ <女優>        (アルカージナ) ソン・ヨジン
  リュ・ギョヒク<女優の息子、作家志望>(トレーブレフ) イ・ガンウク
  チヤ・ヌンピョ<女優の兄>      (ソーリン)   クォン・デッキ
  ソン・スニム <女優の息子の恋人>  (ニーナ)    チョン・スジ
  塚口次郎   <女優の恋人、小説家> (トリゴーリン) 佐藤誠
  イ・ジュング <女優の兄の元部下>  (シャムラーエフ)イ・ユンジェ
  イ・エギョン <イ・ジュングの長女> (―)      オ・ミンジョン
  イ・エンジャ:愛子<イ・ジュングの末娘>(マーシャ)  チェ・ソヨン
  御手洗幸助  <教師>      (メドヴェージェンコ)夏目慎也
  ドクトル姜  <医師>      (ドールン)     マ・ドゥヨン
  いさ子    <看護婦>     (―)        佐山泉
  ミョギ    <朝鮮人の少年、下男> (―、ヤーコフ) 岡野律子

  会場     神奈川藝術劇場
  公演     2014年11月27日(木)~30日(日)、全5公演(追加1公演)
  鑑賞     2014年11月28日(火) 19:00~21:25
  参考     公式HP

 

 チェホフの「かもめ」には、多くの恋がちりばめられている。いずれも幸薄い。若者の一途さゆえの感傷、大人の老獪さが、それを増幅する。

 ソン・ギウンの脚本は、日本統治の1930年代の朝鮮を舞台にして、民族間の恋も付け加えた。日朝の力関係が個人にまで及んで、これまた幸薄い。

 「カルメギ」は、二つの流れを絡ませて男女の性、人の性、民族の性を炙りだす。「かもめ」にない配役を加えて日帝朝鮮を描く。「かもめ」同様、トレーブレフの自死で終わる。いや終わるのは芝居だけ、問題が解消する訳でない。

 「かもめ」は4幕の喜劇。「カルメギ」には幕もなければ場面転換もないが、4幕らしいことは伝わる。喜劇らしい場面は微塵もないが、断ち切れそうで断ち切れない幸薄い状態の連鎖こそが喜劇。翻案されても、原作の流れは良く保たれている。

 対面する階段状客席が舞台を挟む。舞台の様子は、韓国公演の動画を参考にされたい。役者は、スタッフが陣取る側から見て、上手から下手に向かう動線で演技する。逆向きの動きが何回か挿入されるが、状況に抗う意味合い。他に例が無くもないが、容赦なく進む時を可視化して見事。

 

 描かれる日帝朝鮮は、<朝鮮人の少年>の脳裏を過ぎった白日夢か。

 <朝鮮人の少年>が所在なさげに、何かを探すように舞台を歩き回る。所々で客席に向かって挨拶したりもする。やがて、黒のチョゴリチマを身に纏ったマーシャ、メドヴェージェンコなどが登場。暫くして<朝鮮人の少年>は、トレーブレフから話しかけられてヤーコフに変身する。この瞬間、舞台は現在から1930年代の日帝朝鮮へと時空を跳び越える。字幕に「カルメギ」、客席が暗くなる。

 日帝朝鮮が鮮明になるのはまだ後。ニーナが惹かれるようになったトリゴーリンとの再会のために東京を訪ねると約束したり、多くの朝鮮人が日本(内地)に憧れたりすることで、少しづつ明らかになっていく。

 日帝朝鮮を確かに感じたのは、<朝鮮人の少年>が日本の軍服を着て登場する場面。「かもめ」の三幕と四幕の間で二年が経過するが、「カルメギ」はその辺りで戦争が始まっていることになる。確かメドヴェージェンコが、<朝鮮人の少年>の首に旭日旗を回して、朝鮮人の帝国軍人が生まれる。

 凄い場面だ。日本の客と韓国の客で、受け止め方は大きく異なるだろう。日韓に横たわる問題が、この場面に凝縮される。

 

 この場面に先だって、夢か現か、現代と日帝時代が交錯する驚愕の場面がある。きざな衣装で登場したトリゴーリンが指で合図すると、K‐POPなどが鳴り響く。例えば「I AM THE BEST」。その中でニーナを口説く。スマホも登場する奇想天外。そして「内地と朝鮮は同じ国も同然」などと演説する。

 そこにあるのは強者の論理の押し付け。多少斜めに構えた演出は、シリアスな演出より反って深みを感じさせる。

 

 音楽について少し。冒頭、トレーブレフが蓄音機を操作して、バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番プレリュード、ショパン:ノクターン第2番、ラベル:ボレロ。ボレロはこの後に何回も繰り返される。

 バッハはチェロの聖典を意味し、ショパンからは映画「愛情物語」が想起される。ラベルは何かに突き進むイメージか。これらクラシック曲はこの芝居の性格を暗示、それに対するK‐POPなどは場面のあやどりと感じた。音楽が果たす役割は大きい。

 

 「カルメギ」は、「かもめ」を本歌取りして日朝の問題に鋭く切り込んだ。冒頭の劇中劇の省略、トレーブレフの服毒による自死など、多少の異なりはあっても違和感なく解決されている。

 役者は、日韓両国語に一部でエスペラント語も挿入されたが、これまたほとんど違和感を感じない。まあ、日本語しか判らないが。それに皆演技が達者。

 カーテンコールは全員が今の服装で登場する。あるいは私服か。ここで白日夢から覚める思いがした。

 この後、字幕が今に至る日朝の歴史を映し出した。それを見て壮大な喜劇が展開されていると感じた。「記憶にもおさらば、歴史にもおさらば。だがそれも良くない」とは、ある芝居の中の言葉。本当にそう思う。

 「カルメギ」の上演には多くの困難があったと想像できるけれど、それを乗り越えてここに至った舞台人に大いなる敬意を表したい。

   (2014年12月6日記録)

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