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2014年7月

2014年7月20日 (日)

遊歩演劇:BricokaQ「演劇クエスト・京急文月編」

  作・演出・編集:藤原ちから(BricolaQ/演劇センターF)
  ドラマトゥルク:落 雅季子(BricolaQ)
  制作     :横井貴子(演劇センターF)
  プロデューサー:宮永琢生(ままごと¥|ZyQnZ)

  会場      :概ね京急金沢八景駅以南の三浦半島
  公演      :2014年7月12日(土)
           (予定)開演:13:30 終演:19:00 アフタートーク:20:00~

 

 遊歩演劇とは何か、主催者の案内に『京急沿線の南半分を舞台にしたロールプレイング演劇』とある。
 私は、「道筋が何本もある道中双六、道筋は適宜移り換え可能だし、戻ることも、何回通ることも。気に入った場所があれば途中でリタイアも可能。双六と違うのは、行き先をサイコロで決まるのではなく気分で選ぶこと。偶然性の音楽に倣えば、これは偶然性の演劇、と言って良いのかも知れない」と解釈した。

 

 開演。窓を閉め切った部屋に、横須賀をテーマにしたポップな曲が次々に流れる。檄が投影される。「冒険の書」が配布され、各人に「プレイヤーカード」が託宣される。
 神は私を「皇帝」と告げた。しかも「今日が誕生日」。課題は「自分へのプレゼント、何か見つかりましたか?」。いざ旅立ち。
Fig1 Fig2 Fig3

 

 最寄りの京急井土ヶ谷駅に行けば既に周遊券購入の長い列、並べば20分ほど費やすと思い、SUICAで入場。
 後で判ったことだが、ここで早くも仕込みがあったそうだ。動線から、視線から外れていて気付かず。「冒険の書」の冒頭、『運が良ければ(あるいは勘がするどければ)、あなたは何度か、「演劇の天使」と呼ばれる存在を目にすることになる』と。幸先が良くなかったことになる。

 車中で「冒険の書・項目32」を読む。項目は必ずしも順番に進むわけでなく、末尾で次の行き先が案内される。推奨もあり、無視するのも自由。実質最初の項目に重要な記述、『この冒険は集団には適していない。集団になった途端、あなたは魔法の力を失い、その目は曇ってしまう。他の冒険者とは適度な距離をとり、最初ユニット(1~2人)でお忍びのように行動することを心がけること』と。
 末尾に、金沢八景駅と京急杉田駅への案内。金沢八景駅に進むと、末尾には途中下車して喫茶店あるいはゲームセンター・横須賀方面・逗子方面への案内。以下、繰り返す。(写真は「冒険の書」の一部)
Img_20140720_0003_2

 

 さて私は「皇帝」、王道を行くべきだ。と言う訳で、京急本線「汐入駅」まで直行、横須賀の中心へ。
 いゆもの私は、汐入駅で交差する古道浦賀道を歩くところだが、今日はドブ板通りを横須賀中央駅まで散歩。15時過ぎではさすがに静かなもの。横須賀芸術劇場が目の前にある関係だろう、指揮者とヴァイオリニストの手形を歩道に見つけた。

 横須賀中央駅から三崎口駅へ、バスで三崎港へ。路地裏の魚屋経営の食堂で夕食と思ったが、入口に「先日の台風の影響で食べて頂ける魚がない」。多少の散策をして三崎口駅へ戻る。

 そろそろ帰る時間。着替え一式は持参したので、どこかで汗を流そうと金沢文庫駅へ。「冒険の書」にも記載されていた「能見堂・赤井の湯」へ向かう。鎌倉時代から続く古地・釜利谷の外れ。今年前半はこの辺りを良く歩いたなどと思い返しながら、黒い湯に浸かる。出てから外のベンチで缶ビール、人家は増えても高層ビルはなく、風は涼しい。至福。
 この後、会場に戻り、少し遅れてアフタートークに参加。

 

 私の思いだけを整理しておく。およそ1/40の意見だ。

 誰一人同じ経過を辿った観客はいない筈で、作品の出来・不出来は全参加者の感想を総合せねば定かにならない。ゆえに、アフタートークの持って行き方は重要だ。しかし、細部の議論に終始した感がある。特に記憶に残るのは、最少ユニットを越えた集団に関しての尽きない議論。実際は、一人・二人の行動と多人数の行動のどこに差が生じたかを追及することこそ、今後に繋がるだろう。

 まず、私は「演劇の天使」に出会うことはなかった。運が悪いか、勘が鈍いこと。しかし私は「皇帝」、王道を進むのみ。この役割が微妙だ。
 『どこでもいい、なにもない空間――それを指して、私は裸の舞台と呼ぼう。ひとりの人間がこのなにもない空間を歩いて横切る、もう一人の人間がそれを見つめる――演劇行為が成りたつためには、これだけで足りるはずだ。  P.ブルック「なにもない空間」より』を当てはめると、裸の舞台は三浦半島、横切るのは自分、見つめるのは誰。ここが最後まで腑に落ちなかった。
 見つめるのは、市井の人たちか。だが「皇帝」はやりにくい。ものを尋ねるとか、物乞いをするとか、下手に出るロールならひょとして成立しそうだ。皇帝面した途端に頭を疑われそうだ。複数人のグループ行動ならば相互に役割交代も可能だったように思う。神は見る目があると思ったが意外にやりにくい。

 狭いといっても三浦半島、およそ5時間は時間的に短かい。私はおよその土地勘があるので、支線で逗子方面に進めば後が窮屈になると思って、本線を進んだ。ただ、ゆっくりお茶を飲む時間があった。何より快速特急に乗り、汐入駅で降そこない後戻りもした。あるいは、そこそこの時間設定だったかも知れない。その工夫が面白いかも。

 最後の「赤井温泉」は至福。夏場のウォーキングは着替え一式の用意を推奨しておこう。最近は日帰り湯も多いし、知らない街の銭湯に浸かるのも魅力的だ。その後の缶ビールは高級酒に勝るとも劣らない。

 面白さの可能性を感じながらも、今回は劇的に盛り上がらなかった。いささかの土地勘が邪魔した面がありそうだ。私の場合、誰かに帯同してその選択にハラハラした方が面白かったかも知れない。少人数グループの行動も面白そうだ。

 「冒険の書」は手元に残っている。今度は家内を冒険者に仕立て、私が観察してみるか。途中で喧嘩にならないようにしながら。

 そうそう、お土産は夕食を食べそこなった魚屋で買った「マグロのカマの味醂漬け」、300円なり。後日食して美味。安い「皇帝」。

   (2014年7月20日記録)

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2014年7月 8日 (火)

舞踊:Noism1&Noism2合同公演 劇的舞踊『カルメン』

  演出振付 金森穣
  音楽   G・ビゼー(カルメン)オーケストラ版&組曲版&交響曲版より
  衣裳   Eatable of Many Orders
  家具   近藤正樹

  出演   カルメン/野生の女  :井関佐和子
       ホセ/理性の男    :中川賢
       ミカエラ/許婚の女  :真下恵
       マヌエリータ/仇敵の女:青木枝美
       スニガ/権力の男   :角田レオナルド仁
       メリメ/旅の学者   :奥野晃士(SPAC)

  会場   神奈川芸術劇場
  公演   2014年6月20日(金)~22日(日)、全3公演
  鑑賞   2014年6月20日(金)・22日(日)

 

 何がしかのフラストレーションを抱きつつ、今までに観たNoism公演とは異なる新しい表現も楽しんだ。

 上演時間は「序幕+1幕:37分、休憩:15分、2幕+3幕+終幕:75分」。
 これだけ踊り続けるのは大変だと思いつつ早めに席に着く。既に舞台上手前方の書斎を模したセットでメリメが原稿を書いていた。これで、おおよその見通しはついた。メリメの頭の中を去来する出来事という二重構造が。

 脚本はクレジットされていないが、演出振付の金森譲。
 昨年の利賀サマーシーズン会場で金森譲一行を見かけた。井関佐和子の舞踊を見たのは、静岡芸術劇場における鈴木忠司演出「歌劇・椿姫」中に挿入されたもの。神奈川芸術劇場の何の公演後であったか、鈴木忠司と金森譲が話し込む様子も見かけた。これらを繋げば、金森譲が鈴木忠司の影響を受けていないとは言い難い。悪い意味ではないし、評価はあくまでも作品で。

 数回観た神奈川芸術劇場のNoism公演の客の入りは、目見当で6・7割。本公演はほぼ満席で破格の入り。「カルメン」ゆえか、クラシカルなスタイルが想像できたからか。既に新潟公演を終えての評判が届いたか。ともかく喜ばしい。

 

 開演、フード付きコートの裾を引きずるように一人の人物、実はカルメンの亡霊がメリメの背後に現れ、手を取って原稿を急がせる。やがて人物は舞台中央のスクリーンの内側に入って影絵の登場人物になった。ストーリーが展開していく。影絵は、この後も要所に登場して経過説明的な要素を担った。終演間際、カルメンの亡霊はメリメの手をなお一層激しく動かさせて原稿の完成を急がせる。

 ただ一人登場する俳優・奥野が晃士、SCOT系列の確固たる身体表現。加えて人形振り風の舞踊?も見せた。以前見たNoism公演の「中国の不思議な役人」の一場面を彷彿させた。

 この辺りが劇的舞踊と言われる所以だろう。

 

 カルメンは素足、胸まである長髪のウィッグを付け、黒や濃い色の裾の長いワンピースを着けた井関佐和子が実に華奢に見えた。しかし、どたどた歩いたり、脚を大きく広げて腰を落としたり、裾から出た脚の表現にまでカルメンらしさを漂わせて力強い。ソロも、ホセとのパ・ド・ドゥも、実は繊細にして自由奔放に生きる野生の女を印象付けた。

 井関に勝らずとも劣らない感動を与えたのがミカエラの真下恵。シューズを付けて、カルメンとは対照的な人物を特徴づけた。ソロにしても、ホセとのパ・ド・ドゥにしても、これまた感動的。テクニックを見極める目を持たないけれど、それでも伝わったホセを一途に慕う女心。一場面の舞踊だけ取っても充分に劇的だ。涙腺が緩む。

 20日・22日の2回鑑賞したが、22日の真下がデュオを踊り終えた時に一人が拍手をした。感動を抑えきれなかったのだろう。私も両日、同じような気持ちを抱いたが、素直に表出できなかったことを悔やむ。

 どの舞踊場面もシャープで緊張感を保った。クラシカルな雰囲気を色濃く感じた。休憩時間に、ジプシーの女たちがロビー・客席を徘徊したのが面白かった。すぐ隣に座るジプシーの女の表現に威圧感を覚えた。
 衣装も配役ごとに特徴を捉えて美しく、迅速な転換を含めて舞台美術も素晴らしかった。それらに比して音楽は、色々な音源から採られたそうでいささか印象は薄かった。

 

 フラストレーションの要因は劇的な部分。言い換えればもっと舞踊を見たい、舞踊に徹して良いと思ったこと。しかし、いつもになく多くの客を引き寄せたのも、その部分だっただろう。

 劇的舞踊の言葉からピナ・バウシュなどのタンツテアターが思い浮かぶけれど、もちろん一線を画す。私はタンツテアター的なもの、舞踊に徹するコンテンポラリーの方が好きだと思った。例え、理解が難しくても。もちろん好みの問題である。

 これからNoismがどのような方向性を選んだとしても、舞踊ファンを魅了することは間違いない。私も欠かさず通うだろう。願わくば、長い先を見据えて活動を絶やさないように。それはNoismの課題と言うよりは、客に突きつけられた課題だろう。そんな思いを強く感じた。

   (2014年7月7日記録)

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2014年7月 1日 (火)

音楽:神奈川フィル第300回定期演奏会

  指揮  川瀬賢太郎

  演奏  神奈川フィルハーモニー管弦楽団

  独唱  秦茂子 (S)
      藤井美雪(Ms)

  合唱  神奈川フィルハーモニー合唱団

  曲目  マーラー:交響曲第2番ハ短調「復活」

  会場  横浜みなとみらいホール(1階13列22番)
  公演  2014年6月27日19:00~20:40

 

 極めて真摯な演奏であったと思う。いつだって神奈川フィルは真摯な演奏をするけれど、オルガン前席を埋め尽くした合唱団、客席から見えない舞台袖で演奏するバンダまで、一体となって300回記念演奏会を印象深いものに仕上げたという意味で、より真摯な演奏と感じた。

 

 話は少しそれるが、前回定期から今回定期までの間の神奈川フィル関連の出来事を少し。

 第1ヴィオリン・メンバーのお二方のリサイタルを聴く機会を得た。取り上げた曲も違うし、会場・雰囲気も違う。ブログに感想を書きそびれたけれど、各々を四文字熟語で表せば「胆大心小」「温厚篤実」になるだろうか。当たり前のことだけれど、アーティストとしての自己主張を垣間見た。そういうお二方というか、今回の第1ヴァイオリンは6プルト・12人だったけれど、一つの到達点に向かって演奏する姿を思い浮かべて、神奈川フィルの凄さを改めて感じた。

 もう一つは、前日の公開リハーサルに参加する機会を得た。大体、誰でも参加可能だから、興味あれば神奈川フィルのホームページをこまめに見ていれば判るだ。練習所(かながわアートホール)も同様。そのリハーサルに先だって、指揮者・川瀬賢太郎のプレ・トークがあった。そこで「僕のような若い指揮者には、マーラーは金もかかるし、なかなか振らせて貰えない」との一言(そのままではない)が印象的だった。その思いをぶつけるのは、今でしょう。

 

 第1楽章が始まり、ヴィオリンなどがトレモロで奏でる中、低音弦が息を継ぐように荒々しい第1主題を提示、各楽器が加わって激しさを増して一旦納まる。ヴァイオリンが上昇音型の慈しみ深い第2主題を提示。ホルンと低音弦が快活な新しい旋律を提示して発展、ホルンとオーボエが葬送行進曲風の旋律を奏で、ハープが提示部を結ぶ。

 演奏に20数分を要する第1楽章の4分の1まで進んだことになる。この時点で、既に冒頭に述べた真摯な演奏、大曲であるのに何とも自然体の演奏との印象がほぼ形成された。とするなら、聴く方だって、週末の2時間をゆったりした気持ちで楽しめば良いだろうとも思った。緊張感を欠くという意味ではない。

 

 第300回記念演奏会が素晴らしいものになったことは言うまでもないが、いくつか思うことを整理しておく。

 常任指揮者・川瀬は今回で2回目の定期演奏会の指揮。前回のブラームスで上手く表現できない何か気になる部分を感じたが、今回はそのようなことはなかった。神奈川フィルとも良い関係を築いていけそうに感じた。メンバーが若い指揮者を盛り立てていることもあるだろう。

 暫く前からティンパニー・パーカッションが気になりだした。音楽が良く締まる、緊張感を高めるとの意味。今回は特にそれを感じた。管も素晴らしいし、弦は言うまでもない。神奈川フィルを連続して聴くのはここ5年、その中に2010年5月の創立40周年記念演奏会における「復活」が含まれる。どうだろう、神奈川フィルは着実に前進している。

 合唱が座ったまま歌いだして意表を突かれたが、今回も素晴らしい響きで演奏を盛り上げた。それと、バンダの演奏も見事、舞台上との響きの遠近感も適当、多くない私の体験の中で今回のバンダが一番素晴らしい。

 メゾソプラノ・藤井、第4楽章で歌いだすと、まるで地の底から響くように感じさせて緊張感を増した。ソプラノ・秦は長いこと待たされるが、第5楽章で歌いだせばやはり華。

 

 余韻を持続したままに、暫く前に加えて貰ったお仲間と懇親会へ。第1ヴァイオリンのHさんも駆けつけて頂いた。盛り上がったことは言うまでもない。はっきりいえば、いつも盛り上がっているけれど、特に。

 終えたばかりで何だけれど、次は2020年の50周年記念、年に10回の定期演奏会だからおよそ10年後に第400回記念。自分自身が元気でいることが必須だけれど、戦争や紛争のない世界の実現こそ不可欠。音楽も楽しめる日常が持続して欲しい。それには何がしかの微力を尽くすことも必要、考えよう。

   (2014年7月1日記録)

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