« 2014年4月 | トップページ | 2014年6月 »

2014年5月

2014年5月28日 (水)

演劇:blan Class「始末をかく」

  作    岸井大輔

  出演   遠藤麻衣、橋本匠、武久絵里

  会場   ブランクラス(京浜急行井土ヶ谷駅近く)

  公演   2014年5月24日(土)~25日(日)
  鑑賞   2011年5月24日(土)

 

 駅近く、民家が続く中の集会場風建屋の2階。2室ある奥のフラットな板の間が会場。演技スペースを確保してなお、数10人の客が入れそう。とは言え、演劇とは無縁そうな何もない空間、P.ブルックに倣えば「裸の舞台」。

 客は車座、終点が起点より少し外側なので渦巻き座か。渦巻きは進むにつれて、座布団・低い台・やや高い台・椅子・机と徐々に高くなる。最後の脚立は誰も座らなかったが。その中に、中心に向かうように椅子4客。

 出演者の遠藤は美術家・俳優|二十二会、橋本は俳優・芸術家・トランスフォーマー、武久は彫刻家。まあ、一癖も二癖もあるような雰囲気を漂よわせるが、どのような展開でも目の前で繰り広げられるならば大抵のことは許容できる。

 

 さて、当日の展開と言いたいが、私には説明困難。ネガティブな意味合いを込める訳でなく、単純に私の理解力・表現力を越えているだけ。

 俳優がテキストを朗読する。暫くすると作家が出てきてテキストを同時に朗読する。信号も重なると雑音、意味把握はすぐに放棄する。暫くすると客にテキストが回され、適当な行数を朗読した後に順送りする。最大5冊のテキストが回る。あちらこちらで声が響く。
 俳優は中央の椅子でシンプルな身体表現を試みたり、車座の外に出たり、客の間に入ったりする。客の続きを朗読したり、強制的に何人かの客を無視して先に進めたりもする。
 やがてテキストが尽きて終わる。

 

 テキストが回ってくると滑らかに読み上げようとする自分、演劇に参加する気持ちの芽生えか。予想外の展開に面喰らう自分が面白い。

 途中から感じたのは、音楽みたい。しかも、「J.S.Bach:音楽の捧げもの」と特定していた。この曲は、フリードリヒ大王が宮廷を訪ねたバッハにハ短調のテーマを与えて即興演奏をさせたことを契機に完成した。テーマが与えられ、追いかけるように進行するカノンの形式、種々の楽器の組み合わせで演奏される、ことが演劇に重なった。

 いっそテキストの最後に、先頭に戻る指定をすれば、この演劇は永遠に終わらない。ヨハン・シュトラウス2世の常動曲(無窮動)のようだ。終りは指揮者の一言が多いようだ。大昔、ラジオで聴いたベーム・ウィーンフィルは、ベームがたどたどしい日本語で「いつまでも」と叫んだ。演劇の場合、支配人が出てきて「いい加減にせんか」とでも叫ぶか。

 

 ここまで読んで頂けたとしたらありがとうございます。判りにくい文章なのに。
 最近、シェイクスピアや近松などの揺るぎない戯曲に興味惹かれることが多いです。しかし、新しい何かが生まれようとする場面に立ち会うのも、それに劣らず興味深く感じています。自宅から30分ほどの場所です。また出かけます。

   (2014年5月28日記録)

| | | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年5月26日 (月)

随想:12万アクセス越えに感謝(2014年5月26日)

 本日、12万アクセスを超えました。ブログ開設以来およそ8年、今までにアクセス頂きました多くの方々に心より感謝致します。
   120000_4

 切番通過の経緯は次のとおりです。
   ブログ開設   2006年 6月11日
   8万アクセス  2012年 6月22日、記事数 959件
   9万アクセス  2012年10月22日、記事数1013件
  10万アクセス  2013年 3月21日、記事数1060件
  11万アクセス  2013年 8月29日、記事数1114件
  12万アクセス  2014年 5月26日、記事数1170件

 本日は、文楽の竹本住太夫引退の日、タイトルバックもアジサイに変えました。時は巡ります。
 この数ケ月は記事掲載が滞りがちだったので、主に過去記事にアクセスして頂いたことになりそうで申し訳ない思いがします。これからは週数回のペースで記事掲載するつもりです。改めてよろしくお願いします。

   (2014年5月26日記録)

| | | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年5月24日 (土)

文楽:遅れ馳せながら、国立文楽劇場「菅原伝授手習鑑」

 5月の国立劇場は「国立文楽劇場開場三十周年記念・七世竹本住太夫引退公演」、千穐楽は26日。残念ながらチケット入手は叶いませんでした。

 そんな事も影響してか、過日、横浜の放送ライブラリにて文楽関連の古いビデオを何本か視聴しました。文楽で検索すると約20タイトルがヒット。放映時期は1990年代後半のものが大半。写る技芸員らの若いこと。と言っても、世間一般では隠居の年代と思います。住太夫、人形遣いの玉男、蓑助、先代勘十郎、三味線の先代燕三。人形遣いの玉女はまだ左遣い。

 住太夫の言葉をいくつか。「人物になりきる一歩手前で止めておく」「(泣きの浄瑠璃と言われるが)自分(太夫)は泣かない」「(情を語るには)素直な気持ちで」「松王丸の泣き笑いは、先代が顔を上げていけと」「言葉・地色・節。誰が誰に語っているかを判らせる」。往時、既に人間国宝、言葉お重み。年に数回観るか観ないかの私、それでも初めて観てから10数年が過ぎ、これらが少しは腑に落ちます。以前観た、住太夫が確か引退した越路太夫に稽古をつけて貰うビデオは見つかりませんでした。人間国宝にしてなお研鑽を怠らない様子だったのですが、それでも引退の日が来ます。

 

 ここで遅れ馳せながら国立文楽劇場「菅原伝授手習鑑」。東京のチケット入手困難と思っていたので、4月に大阪に出向き、第1・2部通しで鑑賞しました。東京と同じく「国立文楽劇場開場三十周年記念・七世竹本住太夫引退公演」。

 第1部が10時30分~15時30分まで、第2部が16時~21時少し前まで。各部に30分の食事休憩と数回の短い休憩。この長丁場は結構疲れますが、良くできた狂言だし、技芸員は真摯に取り組むから最後まで飽きません。

 人形遣いは、ビデオで左遣いだった玉女が菅丞相、松王丸が当代勘十郎。「丞相名残の段」では咲太夫の隣に当代燕三。時の流れを感じました。

 「引退狂言 桜丸切腹の段」で住太夫登場。低く重く語りだしました。深みを十分受け止められませんが、それでも見事な語りでした。ただ、声が少し細くなったような。暫く体調が悪かったとか、大阪市長の理不尽な横槍に心労も加わったかも知れません。引退の時期は、本人が一番判っていることでしょう。とにかく最後の語りを聴けて良かった。

 他に「築地の段」、菅丞相が無実の罪を着せられて館に引きこもる場面、一昔前の玉男が目に浮かびました。肩を落とし背中を見せて落胆する菅丞相、頭を遣う手を外して正面を向いて後ずさりする玉男。毅然と人形を遣うその姿に、80過ぎの男の色気を感じました。今回の玉女は人形より本人の所作がばたばたしたと思います。人形遣いは見えないことにしても。次の機会を楽しみに。って、10年ほど元気でなければいけないでしょうけれど。

 

 最近は上演芸術、文楽に限らずシェイクスピア・チェホフなどを含めて、伝統的なタイトルはつくづく素晴らしいと感じます。観るたびに自分を投影する、自分の観方に気付く一里塚のような気がしてきました。文楽は観るでなく、聴くと言うそうですが。もちろん、新作を否定しているわけではありませんけど。

   (2013年5月24日記録)

| | | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年4月 | トップページ | 2014年6月 »