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2013年8月

2013年8月29日 (木)

随想:11万アクセス越えに感謝(2013年8月29日)

 本日、11万アクセスを超えました。ブログ開設以来およそ7年2ヶ月、今までにアクセス頂きました多くの方々に心より感謝致します。切番通過の経緯は次のとおりです。
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   ブログ開設   2006年 6月11日
   5万アクセス  2011年 4月20日、記事数 739件
   6万アクセス  2011年10月 1日、記事数 831件
   7万アクセス  2012年 3月13日、記事数 924件
   8万アクセス  2012年 6月22日、記事数 959件
   9万アクセス  2012年10月22日、記事数1013件
  10万アクセス  2013年 3月21日、記事数1060件
  11万アクセス  2013年 8月29日、記事数1114件

 この所、記事掲載のペースが鈍っているように感じていますが、記録的には週数件を更新しています。最低ラインとして、今後もこの程度の更新は維持するつもりです。

 

 最近の4ヶ月の参照ページのトップ10は、次のとおりです。『トップページ』は、その瞬間の最新記事で、記事を特定しませんので除外します。

  1 トップページ
  2 川上弘美×高橋源一郎(対談編)(2009年10月20日)
  3 横浜三渓園ザリガニ釣りのご案内(2011年8月2日)
  4 神奈川フィル第291回定期演奏会(2013年7月3日)
  5 「たまリバー50キロ」完歩計画(2010年5月17日)
  6 第34回十和田湖ウォーク(2011年7月24日)
  7 横浜三渓園ザリガニ釣りのご案内(2011年8月2日)
  8 横浜三渓園・蛍の夕べ(2012年6月4日)
  9 横浜三渓園ザリガニ釣り(2011年8月15日)
  10 さらば「Y市の橋」(2012年1月10日)
  11 神奈川芸術劇場「Noism1 ZAZA~祈りと欲望の間に」(2013年6月3日)

 多少の期間のずれはありますが、最新1万アクセスの期間中に掲載された記事は次のとおりです。

  4 神奈川フィル第291回定期演奏会(2013年7月3日)
  11 神奈川芸術劇場「Noism1 ZAZA~祈りと欲望の間に」(2013年6月3日)

 「神奈川フィル第291回定期演奏会」は、指揮:金聖響、独奏チェロ:ミハル・カニュカ。ドボコンにオケコン、熱演でした。
 「Noism1 ZAZA~祈りと欲望の間に」は、新潟芸術劇場のレジデント・カンパニーであるNoism1のコンテンポラリー・ダンスは印象的でした。静岡への追っかけは実現しませんでしたが、機会あれば新潟で見たいものです。おじ(い)さんだって、コンテンポラリー・ダンスぐらい見るってもんで。

 

 ということは、それ以前に掲載された記事の方が多いことになります。

  2 川上弘美×高橋源一郎(対談編)(2009年10月20日)
  3 横浜三渓園ザリガニ釣りのご案内(2011年8月2日)
  5 「たまリバー50キロ」完歩計画(2010年5月17日)
  6 第34回十和田湖ウォーク(2011年7月24日)
  7 横浜三渓園ザリガニ釣りのご案内(2009年8月4日)
  8 横浜三渓園・蛍の夕べ(2012年6月4日)
  9 横浜三渓園ザリガニ釣り(2011年8月15日)
  10 さらば「Y市の橋」(2012年1月10日)

 「川上弘美×高橋源一郎」は古い記事ですが、ビッグネームゆえに検索にヒットするのでしょう。常にトップ10にランクされていたと思います。
 「さらば「Y市の橋」」は、松本竣介の代表作の一つである「Y市の橋」が、横浜駅きた東口そばにあって、延々と続く横浜駅改良工事のために、描かれた風景が失われそうだと言う内容。松本竣介ファンならば、横浜駅途中下車必須の記事です。
 その他は季節モノ。今年の蛍の夕べに出かけようと思いながら行きそびれました。少なくとも横浜の行事は身軽に行動と反省しています。

 

 これからも「ブログ・変様する港街から」をよろしくお願いいたします。

   (2013年8月29日記録)

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2013年8月27日 (火)

路上観察:浦賀散策(2013年8月26日)

 神奈川県横須賀市浦賀。京浜急行浦賀駅下車、高架駅を下る途中、平成15年に閉鎖された「浦賀ドック」が見えます。かって、日本丸・海王丸・青函連絡船などがこのドックで作られたそうです。残念ながら非公開。写真正面の道は西浦賀方面へ、左手の道は東浦賀方面に向かいます。
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 1.2Kmで「西叶神社」。立派な社殿が、かっての繁栄を物語ります。社殿右手から展望台に上りましたが、樹木が茂って見通しは利きません。
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 2・300m先に愛宕山公園入り口。山の上に「咸臨丸出港の碑」。江戸幕府の船として初めて太平洋往復を果たした咸臨丸は、浦賀で最後の準備をして太平洋に出て行ったそうです。裏面に乗組員の名前が列記、中に勝麟太郎・福沢諭吉が確認できます。名前だけの人たちは、水夫でしょう。
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 与謝野(鉄)寛・晶子歌碑もありました。『黒船を恐れし世などなきごとし浦賀に見るはすべて黒船 寛』『春寒し造船所こそ悲しけれ浦賀の町に黒き鞘懸く 晶子』。晶子の鞘懸くは、筆の鞘を懸けたの意でしょうか。挨拶ですから、そこそこと思います。
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 上る途中で対岸が見渡せます。右手のビルの向こうの海面に、来航したペリーの黒船4隻が停泊したそうです。
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 さらに2・300m先「為朝神社」。小社ですが、天水桶に笹竜胆の紋が浮きでているので、格式は高いのでしょう。

 道を折れて200mほど先に「浦賀奉行所跡」。アパート風の建物が3棟建つ一角に標柱と案内板。でも、この石垣は往時のもの、下水道みたいに見えるのは堀でしょう。時の流れを感じます。
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 為朝神社に戻る途中の「川間町会館」の軒下、左官職が漆喰で制作した鏝絵(こてえ)が。奉行所が伊豆下田から移ってきた時、南伊豆松崎あたりの職人を帯同したと想像できます。機会があれば松崎の長八美術館へ。漆喰・左官技術・鏝絵の名品が見られます。松崎の職人はどこからきたか。一を知るけど二を知らない私です。
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 為朝神社から約1.2Kmほど、久里浜に至るバス通りを途中で折れて進むと「燈明堂」到着。浦賀水道を目の当たりにする風光明媚な地。ただし、テントを張ってバーベキューしていたりして興ざめ、禁止区域です。1869年、対岸に日本最初の洋式の観音埼灯台が完成して、燈明堂は1872年に廃止されたそうです。
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 バス通りを約2Kmほど浦賀駅方面へ戻ると「浦賀の渡し」、束の間の海上散歩で東側に渡ります(写真は2008年7月5日撮影のもの)。
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 下船すれば「東叶神社」はすぐ。東西の叶神社に参拝すると願いが叶うかも。拝殿横の階段を上ると、勝海舟が咸臨丸で太平洋を横断する前に断食をしたと伝えられる場所があります。奥の視界の開ける所から燈明堂が見えます。斜め右下の海面には黒船4隻が停泊したそうです。
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 ここから浦賀駅に戻りましたが、途中で「八雲神社」に寄りました。軒下に竜の木彫、実は鏝絵。
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 今回、GPSを途中でリセットしてしまい記録が不完全ですが、全行程は約10Km。見落としもあるので、また出直します。
 浦賀駅付近を離れると食事どころはありません。駅近くで済ますか、燈明堂付近で弁当を食べるのも良いと思いました。公衆トイレは、愛宕山公園と燈明堂近くにありました。

  (2013年8月27日記録)

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2013年8月24日 (土)

美術:三井記念美術館 特別展「大妖怪展」

  名称   大妖怪展 ---鬼と妖怪そしてゲゲゲ
  会場   三井記念美術館(東京・日本橋宝町)
  会期   2013年7月6日(土)~9月1日(日) 、詳細は要確認
  鑑賞日  2013年8月20日(火)

  参考   公式ホームページ

 

 既に『そごう美術館「幽霊・妖怪画大全集」』『横須賀美術館 日本の「妖怪」を追え!』を観賞。満を持してか、行き掛かり上か、締めくくりは三井記念美術館。それぞれに特徴があって、幽霊・妖怪を取り扱っても楽しませ方が異なり、こういう美術館巡りもなかなか勉強になると思った。

 

 110点ほどの作品は次のように区分される。

   展示室1・2 浮世絵の妖怪
   展示室3   妖怪フィギュア
   展示室4   鬼と妖怪
            鬼神(荒ぶる神の擬人化)・天狗と山姥(異界の魔物)・
            怨霊と幽霊(人間の鬼神化、妖怪化)・
            動物の妖怪(動物の擬人化、妖怪化)・
            器物の妖怪(器物の擬人化・妖怪化)・百鬼夜行
   展示室5   近世・近代の妖怪  博物学観点と娯楽的観点)・妖怪実録
   展示室6   近世・近代の妖怪研究(パネル展示)
   展示室7   現代の妖怪画  ゲゲゲの原画、水木しげるの世界

 『浮世絵の妖怪』には、他の企画展と重複する作品が若干あったが、それでも妖怪展の中核は浮世絵との思いを深めた。中心となる作者は、歌川国芳、月岡芳年。二人が師弟の関係にあることを知れば、国芳の存在が大きいと判る。国芳の「相馬の古内裏」は展示換えされていたが、「源頼光公館土蜘作妖怪図」は見ることができた。

 『鬼と妖怪』は、能面と浮世絵などを対比しての展示、館蔵品が多く、この企画展の中核をなす展示と捉えた。能面で鬼と言えば「般若」しか思い浮かばないが、「大飛出」「小飛出」などがあり、特徴は目と歯列が金色に塗られていると解説で知った。

 『近世・近代の妖怪研究』は、平田篤胤(国学者、1776年-1843年)、井上円了(仏教哲学者、1858-1919年)、柳田国男(民俗学者、1875-1962年)、江馬務(歴史学者、1884年-1979年)の紹介。井上と江馬の妖怪分類が興味を誘った。ただ、メモするには量が多く、写真も撮れない。名前を知ったことが、今後の行動のきっかけになりそうだ。私は幽霊と妖怪を別に考えていたが、幽霊は妖怪の一分類のようだ。

 『現代の妖怪画』は取って付けた思いもする。客寄せの意図も感じる。しかし、水木しげるの岩波新書「妖精画談・幽霊画談・妖怪画談」三部作などからも判るように、妖怪に対する認識を広めた功績は大きい。「がしゃどくろ」は「歌川国芳:相馬の古内裏」の、「提灯お岩」は「葛飾北斎:お岩さん百物語」のパロディになっていることが面白かった。

 

 三館の妖怪企画から、自然に対する畏怖や脅威、宗教・倫理・道徳面からの戒めが、総合的に具象的に表現されていると感じた。とするならば、古臭いと一笑せずに、意味するところを噛み締めることも無駄でないだろう。現代ほど妖怪が跳梁跋扈する時代はないように思うから。

   (2013年8月24日記録)

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2013年8月23日 (金)

美術:東京国立博物館 特別展「和様の書」

  名称   和様の書
  会場   東京国立博物館平成館
  会期   2013年7月13日(土)~9月8日(日) 、詳細は要確認
  鑑賞日  2010年8月20日(火)

  参考   公式ホームページ

 

 誰が作ったか判りませんが、「売り家と唐様で書く三代目」という川柳があります。唐様を話題にするからには、唐様が珍しかったからに違いありません。日本の文字は唐様で始まったのに、時を経れば(たぶん江戸時代中・後期)、反って唐様が珍しくなる。

 唐様に対峙する言葉は、日本歴史の道のりで言えば和様。唐様とは中国風あるいは中国様式を意味し、和様とは日本風あるいは日本様式を意味することは言うまでもありません。

 平安中期以降に社会制度や文化の和風化が進む中、漢字文化圏に属する日本では仮名文字の萌芽など、書の和様化の進んだことなどの断片的な知識は持っています。企画展「和様の書」は、書の世界における唐様から和様への変遷を辿る企画、断片的な知識を膨らませるには良い機会でした。

 私は書道を習ったことがありません。内容もほとんど判らず、書は敷居の高い分野だと思います。しかし、西洋や中東の、文字を美しく見せるカリグラフィー作品を見て、内容を理解できずとも美しいと思うことがあります。書も、同じような感じ方があって良いと思う次第です。

 一文字の、墨の濃淡の、散らし書きなど全体配置の、美しさが書にあります。趣向を凝らした料紙の美しさも記憶に残ります。

 判らないでなく、判るところもある、と発想の転換(居直り?)をすると、難しそうな企画に大きな抵抗はなくなります。この企画展もそんなところ。なんと、昼飯抜きで2時間半以上の時間をかけて一周、最後の方は多少疲れてぞんざいになりましたが。なにしろ、名前を知るだけだった「平家納経」「翰墨城」などが目の前にあるのですから。

 展示は次の構成でした。
   第1章 書の鑑賞
   第2章 仮名の成立と三蹟
   第3章 信仰と書
   第4章 高野切と古筆
   第5章 世尊寺流と和様の展開

 代表的な作品は公式ホームページの概説を参照願うとして、私が特に興味を抱いた作品の一部をまとめます。

 「桧原図屏風」、6曲1隻の屏風。近衛信尹が「初瀬山夕越え暮れてやどとへば(三輪の檜原に)秋かぜぞ吹く」と大書するが、()内の文字を書かずに等伯の画で表したところがお洒落。
 「寸松庵色紙」「古今和歌集(高野切)」、伝紀貫之に。
 「手鑑 翰墨城」、手鑑は古筆の断簡を貼り込んだ作品集。名のみ知る作品を目の当たりにして。
 「白氏詩巻」、白氏とは白居易のこと、日本が中国に学ぶ近しい国であったことを感じて。
 「平家納経」、裏表に装飾のある贅を尽くした見事な仕上がりに。

 切がありませんけど、「藤原道長・御堂関白日記」などは実用文であり、意味が判らないので興味半減。「古今和歌集」「和漢朗詠集」「御堂関白日記」など、古典に触れておけばより興味は深まるとは思いました。下地がないからそれも大変ですけれど。まあこれからも、判るところもある、で切り抜けます。

 もう一度出かけても良いかと思いますが、とにかく疲れます。混雑していた訳でなく、何時もに増して熱心に鑑賞したからですが。一番疎遠だった分野の書に、少し近づけたように思います。

   (2013年8月22日記録)

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2013年8月21日 (水)

さわやか横浜:根岸競馬場遺構(2013年8月17日)

 横浜山手の「みなとのみえる丘公園」から、南西に延びる尾根道を3Km少々散歩すると根岸森林公園に至ります。

 この公園は、慶応3年(1867)に外国人クラブ主催で日本初の洋式競馬が行われた場所。その後、運営は日本競馬クラブに引継がれ、戦争のために閉鎖される昭和18年(1943)まで、多くの人々で賑わったようです。 

 公園の一角に、メインスタンド遺構が残っています。 尾根道の少し手前から谷戸に入る道が、往時の競馬場へのメインストリートだったと思います。

 谷戸の奥から丘に登るように進みます。レンガ造りの階段を上がれば、右手に遺構が見えます。ちょっと引いた写真で遺構の左手に見える建物群は、米軍根岸住宅の一角、リトル・アメリカで、通常は一般人が立ち入りできません。
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 丘の途中から見た遺構です。半円形のテラス広場がしゃれています。今までに何回かご紹介していますが、この日の光りの回り具合が一番きれいでした。
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 正面と側面、内部へは立ち入り禁止、フェンスに囲まれています。
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 いつもは見ることのできないスタンド側の様子、当日は、米軍根岸住宅の親善盆踊りのため中に入ることができました。入り口で荷物検査して中に入れば、写真撮影も自由。一度は見たいと思ったスタンドを写してみたのですが。完全に逆光、スタンドは傾斜しているから、低い位置から撮ったのでは、何とも訳のわからない写真になっています。
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 スタンドは、太陽の位置関係から午前中に撮影したいところ。フレンドシップ・デイだったらどうでしょう。機会を伺がいます。

   (2013年8月21日記録)

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2013年8月20日 (火)

路上観察:ひまわりひまわりひまわり(2013年8月16日)

 暑さにもめげずに大輪の花を咲かせる植物と言えば、ひまわり。首都圏随一、55万本のひまわりが咲き誇る「座間の2013年ひまわりまつり」をご案内します。詳細はリンクを参照願うとして、期間は、8月21日(水)~26日(月)までです。

 添付写真の撮影日は8月16日です。花は小振りで、多少つぼみも残っていましたが、観賞には充分でした。ひまわりは、開花してからも大きくなるのでしょうか。どのくらいの期間を楽しめるのでしょうか。よく知りませんが、もう一度出かけて見ようと思っています。
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 駐車場はありましたが、確認できた範囲で4・50台分程度でした。トイレはありませんでしたので念のため。

 夏の思い出に如何でしょうか。見通しが良ければ、背景に丹沢山塊が見えるでしょう。

  (2013年8月20日記録)

 追記:22日に再度出かけました。自動車は、近所の河川敷駐車場に案内されました。駐車場の心配はなさそうです。

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2013年8月15日 (木)

美術:神奈川県立近代美術館葉山館 「戦争/美術 1940-1950」 (やや長文)

  名称   戦争/美術 1940-1950
         モダニズムの連鎖と変容
  会場   神奈川県立近代美術館葉山館
  会期   2013年7月6日(土)~10月14日(日・祝) 、詳細は要確認
  鑑賞日  2013年8月8日(木)

 

 日本人が忘れてならない1945年8月6日・9日・15日、その日々を挟む1940-1950年に制作された作品に焦点を当てて戦争/美術を追求する企画展です。

 それらに、序章として1935年以降に制作された作品、終章として1960年までに制作された作品も加えて、連続性を確保する配慮があります。

 展示は編年体の体裁、すなわちある年に描かれた作品が纏められています。すなわち、ある作者の作品は一纏まりに展示されず、年毎に点在します。

 作品の約9割が神奈川県立近代美術館所蔵品。所蔵品による企画展は、何となく繋ぎの思いも湧きますが、それは皆無です。埋もれていた作者の発掘など、日本初の公立近代美術館として大きな役割を果たしてきた結果としての、充実した所蔵品と再認識させられます。

 

 戦争記録画に少し触れます。企画展の掉尾を飾る作品が「丸木位里・俊:原爆の図(第一~四部):1950年」。

 増子(*1)は『戦後、丸木位里・俊の《原爆の図》が国中の賞賛を浴び、藤田(嗣治)は画家の戦争責任を一人で負わされる形で日本を離れた。反戦や悲劇がテーマの絵画は多く公開され、人々の共感を得るが、戦時下における美術の実態については明らかになっていない』と述べています。

 指導者層の責任回避の一億総懺悔、その中で見解の分かれる事実を基に、個人が戦争加担したと言って責任追求されてはたまらない。藤田嗣治が日本を追われるように去ったのは、その帰着でしょう。戦争記録画についての私の知識は無に等しいものですが、増子の見解は妥当と受け止めています。

 

 作品中に戦争の影を宿したものを見つけるのは容易です。しかし、困難な状況の中で、自分の描きたいものを描く、巧妙に取り繕って自分の描きたいものを描くと言う、芸術家の本性を吐露したような作品も多くあります。時を隔ててその偉業を再確認できる、そのことに少なからず感動します。

 松本竣介の作品群は神奈川県立近代美術館の代表的な所蔵品ですが、編年体の並びで見ると、漂う静謐・寂寥に、時代も加担していたと受け止められます。聴力を失ったことだけではないでしょう。

 靉光は、1941年の「警察病院」で展示が尽きます。後の作品も10点近くあるようですが。1944年応召、1946年戦病死、39歳。故郷広島に残しておいた作品は、原爆により灰燼に帰したとのこと。分身である作品の被爆、早すぎる死。輝かしい未来が待っていただろうに、酷な人生です。

 「イサム・ノグチ:広島原爆慰霊碑のためのマケット」。この案が実現しなかったのは、イサム・ノグチがアメリカ人だからとの横槍によるもの。ララ物資のことなど併せ考えれば、随分と理不尽な理由です。現在の原爆慰霊碑に面影を留めるのは、この案を生かして丹下健三が設計したからです。

 「佐藤哲三:みぞれ」は、かって「洲之内徹・気まぐれ美術館」収蔵品で、少なくとも宮城県と兵庫県の県立美術館で見ています。往時、仕事の合間に出かけたことを思い出します。心にじわっと染み入る風土性は、かって裏日本と呼ばれた新潟にしがみついた人生の表出のようです。

 そう言えば、松本竣介・靉光・原精一・朝井閑右衛門なども、「気まぐれ美術館」で認識を確かにしました。私には、この企画展と洲之内徹が交錯していますが、それはまたの機会に。

 楽しいと言える企画展ではありませんが、かっての戦争を、そして現在を、見つめなおす良い契機になるでしょう。会期も残るし、一部作品の展示変えもあるし、私はもう一二度、訪れるつもりです。

  *1 引用:日本大学大学院総合社会情報研究科紀要 No.7, 13-22 (2006)
       GHQと153点の戦争記録画 -戦争と美術-
       増子保志 日本大学大学院総合社会情報研究科

   (2013年8月14日記録)

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2013年8月11日 (日)

美術:横須賀美術館 日本の「妖怪」を追え!

  名称   日本の「妖怪」を追え! 
         北斎、国芳、芋銭、水木しげるから現代アートまで
  会場   横須賀美術館
  会期   2013年7月13日(土)~9月1日(日) 、詳細は要確認
  鑑賞日  2013年8月 8日(金)

 

 妖怪の定義はさまざまだが、ここでは幽霊を含む。幽霊の類語に亡霊・悪霊・怨霊などあるが、いずれにしろ成仏できない人の魂が、それらしき姿・形を伴って現世に出現すると考えて良い。妖怪で想像を巡らす範囲を大いに逸脱、いや拡大していてユニークな企画展。
 時代は江戸から現代まで、技法は自筆画・錦絵・漫画・写真・ミクストメディアなどと幅広い。

 150点ほどの作品は次のように区分される。

   1章 妖怪登場 大都市・江戸に生まれた物語
   2章 妖怪変化 近代にあらわれたさまざまな妖怪像
   3章 妖怪はここにいる 現代アートに見る妖怪像

 

 「1章 妖怪登場」。畏怖されるものとして描かれるが、どこかに逃げ場が残されている。ちらしに登場する「葛飾北斎:お岩さん百物語」(*1)、提灯から現れる顔は異形だけれど、ユーモラスでもある。作品の多くが色鮮やかな錦絵であることも、印象を和らげる。
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 歌川広重・葛飾北斎など、浮世絵のビッグネームも「妖怪」を描いている。それなりの需要があったのだろう。不忠不孝への戒めか。

 今回も「歌川国芳:相馬の古内裏(千葉市美術館所蔵)」(*2)を観た。多くの会場で見かけるのは名作の証明だろう。描かれた骸骨は、解剖学的に見てかなり正確らしい。「杉田玄白:解体新書」の出版が1774年、その100年後に描かれている。
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 「2章 妖怪変化」。水木しげるをここに含めるのはなぜ。伝統的表現だからか。とにかく、漫画家・妖怪研究家の作品が、他の作品と同等に扱われることは、この企画展に対する親近感を増す。

 河童の小川芋銭の作品の展示が意外。河童も妖怪に違いないけれど、展示作品は河童でない。

 錦絵の月岡芳年の作品が多くあって、1章との差異が判らない。水木しげるを3章に回して、1+2章と3章の2区分も成り立ちそう。理由はあるのだろうが判らない。

 

 「3章 妖怪はここにいる」。絵・版画以外の種々の技法による作品が登場。

 松井冬子の描く幽霊は怖い。足のない伝統的な幽霊を描くが、逃げ場のないピュアな表現がそう思わせる。

 鎌田紀子はミクストメディアによるいわば人形。妖怪と言われなければ、少し不気味な人形で終わりそうだ。他に、写真・油彩などの作品があって、鎌田と同様の思いがする。

 

 漆黒の闇に恐怖心を抱くけれど、漆黒の闇に出くわす機会がない。宗教観や倫理観も大きく変化しつつあるようだ。妖怪が怖いものとすれば、怖さを感じる対象が変化している。

 伝統的な妖怪が人に対する戒めの表現と考えれば、現代の妖怪は人を苦しめる。振り込め鷺なはどんな姿・形に描かれるだろう。収束の目処の立たない原発事故、平和から遠ざかりそうな動きなども、妖怪と言えそうだ。伝統的な妖怪から、一緒にするなと言われそうだが。観終えてそんなことを思った。

 横須賀美術館は明るい三浦の海に面しているが、背後の丘陵地には戦争の残骸が残る。第4章として、散策をお勧めしたい。妖怪が現れるかも知れない。話はが少し跳んだが、暑さに注意しながら是非。

  *1 横須賀美術館HPより引用
  *2 横須賀美術館HPより引用、山口県立美術館浦上記念館所蔵の作品

   (2013年8月11日記録)

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2013年8月 7日 (水)

路上観察:大磯高麗山(JR平塚駅からJR大磯駅へ)

 2013年8月5日、14時30分過ぎにJR平塚駅を出発、高麗山・湘南平を経由して、17時30分にJR大磯駅に到着。歩行2時間・休憩1時間、最高高度は約180m、言わば少し長めの散歩でした。
Map

 

 歌川広重描く「東海道五十三次平塚宿(*1)」の中央の円みを帯びた山が、高麗山です。
 JR大磯駅を起点・終点にする周回コースの案内が多いようですが、JR平塚駅を起点にすると、高麗山を正面に望みながら歩くことができます。途中の案内板に掲載されていた写真も一緒に。
Hiratuka S30

 

 平塚駅から山側に100mほどの平塚駅前交差点、左右(東西)に延びる道路が旧東海道、ここを左折すると大きな商店街、往時の面影はありませんが、途中に脇本陣跡、問屋場蹟、本陣跡などの石柱や標識が設置されています。

 2Kmほど進むと東海道(国道一号)に合流しますが、そこに平塚宿京方見附跡が設置されています。高麗山は目の前。さらに道なりに数100m進むと、花水川を花水橋で越えます。それまでに進行方向右側の歩道に移っておくと、花水川越しの高麗山の風景が楽しめます。

 ここまでに見てきた高麗山の写真を並べて起きます。順に、平塚駅跨線橋から、平塚宿京方見附跡から、花水橋際から。西に向かうので、写真撮るには午前中が良いです。
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 さらに数100m進んだ高来神社前交差点を右折すれば、高来神社参道。社殿まで進むと右手に高麗山の登り口があります。男坂・女坂に分かれますが、今回は女坂を進みました。
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 道は少し荒れている所もありますが、案内はしっかりしています。まずは大堂(高麗山)を目指します。湘南平に至るまで林間コースでさわやかな風が吹き渡っていましたが、視界は開けません。30分ほどで頂上到着。高麗山城跡、広場になっていて多少の石造物があります。
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 尾根道を30分ほど歩くと湘南平、視界が一気に開けます。TV中系塔に上がるのも良し、レストハウスの展望台に上がるのも良し。東は東京・横浜方面、以前来た時にはスカイツリーを確認しました。西は富士箱根、南は湘南の海・太平洋、北は秦野盆地から大山から丹沢山系の風景が広がります。当日は多くの景色が雲に遮られていました。
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 閑話休題。湘南平には、年末から正月にかけて箱根駅伝の中継基地ができます。湘南海岸を走り抜ける選手たちを写すカメラや多くの中継用機材が並びます。興味あれば、今年末にでも出かけてください。自動車で登れます。

 

 暫く休憩・散策してから、大磯駅に下りました。今回は善兵衛池脇を通る西側のコースを選ぼました。すぐに住宅地に入り込み、面白みはありません。

 

 高麗山を登り始めてから、ひぐらしの鳴き声が続きました。暑い盛りですが、秋が近づいていることを実感しました。

 参考として、湘南平にレストラン・トイレがあります。大磯駅付近に島崎藤村旧宅、地福寺内の島崎藤村墓、西行ゆかりの鴫立庵などがあり、時間があれば立ち寄るのも一興と思います。

   (2013年8月6日記録)

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2013年8月 4日 (日)

美術:そごう美術館「幽霊・妖怪画大全集」

  名称   福岡市博物館所蔵「幽霊・妖怪画大全集」
  会場   そごう美術館(そごう横浜店6階)
  会期   2013年7月27日(土)~9月1日(日) 、詳細は要確認
  鑑賞日  2013年8月3日(土)
  参考   公式ブログ 

 

 福岡市博物館吉川観方コレクションを主体とする約160点の作品で、次のように分類されている。

  プロローグ 笑う骸骨
  第1章   幽霊画の世界
         1-1 肉筆幽霊画
         1-2 歌舞伎の幽霊画
  第2章   妖怪画の世界
         2-1 百鬼夜行と妖怪図巻
         2-2 鬼
         2-3 天狗
         2-4 人間
         2-5 妖怪動物園
         2-6 実録化物退治

 

 プロローグ、「歌川国芳:相馬の古内裏」が最初に目に入る、1年過ぎないうちに見ること3回(横浜美術館、千葉市美術館)。斬新・大胆な表現は、3枚続きの大判錦絵の傑作と感じる。大きな骸骨に目が引き付けられるけど、傍らの侍たちの身構える様子も決まっている。
 「伝円山応挙:波上白骨座禅図」は、タイトルどおりに骸骨が座禅しているけれど、意図が面白い。骸骨になっても煩悩が尽きないと言うことか。

 第一章の1-1、30点余の2/3の作品名が幽霊図。「伝円山応挙:幽霊図」は足先に至るに従って薄っすらと消えていくことを除けば、美人画と言って良い。類型化した幽霊図が少なくない中、骸骨を胸に抱えたり、子供を抱えたり、生首を手に下げたり、生首を口にくわえたりしたて幽霊図など、幽霊になってなお怨念を抱いているような図もあって、絵師の想像は尽きることがないと感じる。

 第一章の1-2、歌舞伎の名場面集、役者絵と言って良い。歌川国貞、歌川国芳の作品が多い。観たことある作品も混じっているが、幽霊・妖怪の意識はあまり強く感じなかった。前後の脈絡や、音響効果が付くと、恐怖感がじわっと溢れ出すのだろう。

 ここまでで70点余の作品。肉筆の作品は軸装されてそこそこに大きいけれど、錦絵などはさほど大きくなく、キャプションの文字も小さくて観るに難儀、人も多くて既に疲れを覚えた。残りをざっと観る。

 

 楽しめることは楽しめる。作者にビッグネームも多く、このような作品も描いていたのだと意外に感じたりする。

 デパート内の美術館で、夏休み中ということもあるだろう、子供連れが少なくなかった。幽霊・妖怪ではあるけれど、猥雑な表現はなく、かえってユーモラスなところもあって、親子でも楽しめる。ポップ調のキャプションも掲示されていて、それも楽しめる。

 ただ、美術作品には違いないけれど、コレクターの意向だろうか、作品構成が美術的視点とはやや異なる印象を受ける。幽霊・妖怪の切り口がそう思わせるのか。

 ちなみに「横須賀美術館:日本の妖怪を追え」、「三井記念美術館:大妖怪展」。前者は近々出かけるつもり、後者は未定。しかし、同じような切り口の企画展を比較してみるのも興味深いと思っている。

   (2013年8月4日記録)

P.S. 気忙しくて更新を怠っていましたが、今日からぼちぼち掲載を再開します。

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