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2013年8月27日 (火)

路上観察:浦賀散策(2013年8月26日)

 神奈川県横須賀市浦賀。京浜急行浦賀駅下車、高架駅を下る途中、平成15年に閉鎖された「浦賀ドック」が見えます。かって、日本丸・海王丸・青函連絡船などがこのドックで作られたそうです。残念ながら非公開。写真正面の道は西浦賀方面へ、左手の道は東浦賀方面に向かいます。
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 1.2Kmで「西叶神社」。立派な社殿が、かっての繁栄を物語ります。社殿右手から展望台に上りましたが、樹木が茂って見通しは利きません。
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 2・300m先に愛宕山公園入り口。山の上に「咸臨丸出港の碑」。江戸幕府の船として初めて太平洋往復を果たした咸臨丸は、浦賀で最後の準備をして太平洋に出て行ったそうです。裏面に乗組員の名前が列記、中に勝麟太郎・福沢諭吉が確認できます。名前だけの人たちは、水夫でしょう。
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 与謝野(鉄)寛・晶子歌碑もありました。『黒船を恐れし世などなきごとし浦賀に見るはすべて黒船 寛』『春寒し造船所こそ悲しけれ浦賀の町に黒き鞘懸く 晶子』。晶子の鞘懸くは、筆の鞘を懸けたの意でしょうか。挨拶ですから、そこそこと思います。
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 上る途中で対岸が見渡せます。右手のビルの向こうの海面に、来航したペリーの黒船4隻が停泊したそうです。
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 さらに2・300m先「為朝神社」。小社ですが、天水桶に笹竜胆の紋が浮きでているので、格式は高いのでしょう。

 道を折れて200mほど先に「浦賀奉行所跡」。アパート風の建物が3棟建つ一角に標柱と案内板。でも、この石垣は往時のもの、下水道みたいに見えるのは堀でしょう。時の流れを感じます。
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 為朝神社に戻る途中の「川間町会館」の軒下、左官職が漆喰で制作した鏝絵(こてえ)が。奉行所が伊豆下田から移ってきた時、南伊豆松崎あたりの職人を帯同したと想像できます。機会があれば松崎の長八美術館へ。漆喰・左官技術・鏝絵の名品が見られます。松崎の職人はどこからきたか。一を知るけど二を知らない私です。
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 為朝神社から約1.2Kmほど、久里浜に至るバス通りを途中で折れて進むと「燈明堂」到着。浦賀水道を目の当たりにする風光明媚な地。ただし、テントを張ってバーベキューしていたりして興ざめ、禁止区域です。1869年、対岸に日本最初の洋式の観音埼灯台が完成して、燈明堂は1872年に廃止されたそうです。
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 バス通りを約2Kmほど浦賀駅方面へ戻ると「浦賀の渡し」、束の間の海上散歩で東側に渡ります(写真は2008年7月5日撮影のもの)。
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 下船すれば「東叶神社」はすぐ。東西の叶神社に参拝すると願いが叶うかも。拝殿横の階段を上ると、勝海舟が咸臨丸で太平洋を横断する前に断食をしたと伝えられる場所があります。奥の視界の開ける所から燈明堂が見えます。斜め右下の海面には黒船4隻が停泊したそうです。
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 ここから浦賀駅に戻りましたが、途中で「八雲神社」に寄りました。軒下に竜の木彫、実は鏝絵。
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 今回、GPSを途中でリセットしてしまい記録が不完全ですが、全行程は約10Km。見落としもあるので、また出直します。
 浦賀駅付近を離れると食事どころはありません。駅近くで済ますか、燈明堂付近で弁当を食べるのも良いと思いました。公衆トイレは、愛宕山公園と燈明堂近くにありました。

  (2013年8月27日記録)

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