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2013年4月

2013年4月30日 (火)

音楽:神奈川フィル第289回定期演奏会 (やや長文)

  指揮  金聖響

  演奏  神奈川フィルハーモニー管弦楽団

  曲目  ブーレーズ    :ノタシオンⅠ、Ⅳ、Ⅲ、Ⅱ
      ストラヴィンスキー:バレエ組曲「火の鳥」(1919年版)
      ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」

  会場  横浜みなとみらいホール(1階13列22番)
  公演  2013年4月26日19:00~20:55(休憩20分)

 

 3日も過ぎたので気が抜けたまとめだと思います。承知する範囲で「音楽聴きまくりLife♪」「さまよえるクラヲタ人」「ゆりかもめ」「月猫の棲みか」の皆さんがブログ更新済み。私が書くことなどないと思いつつ、ずうずうしくも書き始めました。

 多少の言い訳をすれば、昨日・一昨日は「現代芸術について」なる放送大学の講座に参加していたからです。何の風の吹き回しか判りませんが、芸術・博物関連の勉強を始めました。講座中、音楽関係ではジョン・ケージが取り上げられました。「4分33秒」の映像も流れましたが、作曲は1952年だから現代音楽の範疇ではない気もします。

 そう思えば、ブーレーズだって、ストラヴィンスキーだってもう現代音楽ではないでしょう。と言いながら、定期公演のプログラムに並べば、かなり画期的なこととは思います。

 

 当日は2013-14年度定期公演の第1回、席に着くと前列席が女性で、ステージへの視野が大きく開けています。前回までは男性で、女性より大柄ですからまずその変化に気付きました。ついでに言えば、左側は同じ方、右側は新しい方でした。定期会員は座席が固定です。何回か過ぎないとはっきりしませんが、新しい年度が始まったと感じました。

 そのステージには驚くほどのメンバーが並んでいます。重なるので数えられませんが、後で聞けば120名程とか。ハープ3台、ピアノ、チェレスタ、いつもより多いティンパニーなどが特に目に付きました。

 

 「春の祭典」、楽団員の緊張が伝わってくるようでした。

 岩城宏之がメルボルン響を指揮して公開収録中に振り間違えたと、自著「楽譜の風景」に書いています。岩城は演奏を止め、自らの責任を認め、侘び、適当な所から再開。その真摯な態度に、楽団との信頼関係がより深まったと続けます。かって「朝日新聞・天声人語」が、この一件に関して不適切と思われる引用をしましたが、詳しくはこちら。そんなことも頭の隅にありました。

 日頃目立たないファゴットのソロで始まり、哀調を帯びた演奏で不思議な世界に一気に引き込まれます。様々な管楽器に引き継がれながら、打楽器化した弦がリズムを刻み、ティンパニーが緊張感を高め、狂言回しの役割も果たしました。やはり相当変った楽曲かも知れません。
 個と集団、いずれもが秀でていないと魅力的な演奏にならないでしょう。神奈川フィルは充分に魅力的でした。

 私はダンスを過去3回見ました。ベジャールは見事なまでに美しく、大島早紀子はぶっ飛んで、ピナ・バウシュは血沸き肉踊る、思いがしました。神奈川フィルをダンスに当てはめてみると、血が騒ぐ思いがありながら、見事なまでに美しいベジャール風かと思いました。

 金聖響は一曲目から指揮棒を持ちませんでしたが、なぜでしょうか。背中を見ていましたが、いつもに比べてぎこちなく見えたのが、変拍子を指揮している証なのかと思いました。

 第一部の最後などトゥッティから突然終止する箇所、消え行く音の美しさを感じました。良いホールです。公表の残響が満席時2.1秒、これを大切に思えば、早すぎるブラヴォーや拍手はできません。お互いに注意しましょう。

 

 「ノタシオン」、楽しみましたが感想を抱くまで判っていません。一度聞いたブーレーズの朴訥な指揮振りを思い出しました。
 「火の鳥」、美しく仕上がっていました。しかし、前後の巨大な音楽に挟まれてかなり割を食っている気がします。

 

 この後も魅力的なプログラムが続きます。また一年、足繁く通うことにしましょう。

   (2013年4月29日記録)

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2013年4月25日 (木)

音楽:神奈川フィル・第289回定期コンサートのご案内

 神奈川フィルの第289回定期コンサートが2013年4月26日に開催されます。

 演目は『ブーレーズ/ノタシオンI,II,III,IV』『ストラヴィンスキー/バレエ組曲「火の鳥」(1919年版)』『ストラヴィンスキー/バレエ音楽「春の祭典」』、斬新な組み合わせです。ちなみに「神奈川フィルを勝手に応援するサークル」の皆さんが楽曲解説・関連情報を掲載しているので、興味あれば一度覗いて下さい。

 

 今回は演奏のみですが、「火の鳥」「春の祭典」が誕生した20世紀初頭のバレエ界の様子は(*1)。

  『パリ・ロンドンでは19世紀半ばからロマンティック・バレエの質が低下、20世紀初めには見世物になっていた。ロシアでは19世紀末にクラシック・バレエの様式が完成、テクニックも向上したが、20世紀初めには反発が起こり、改革運動が始まった。
 1909年、パリの人々はロシアからきたバレエを見て、バレエはすばらしい芸術と再認識した。バレエ団の名称は「バレエ・リュス(仏語でロシア・バレエ団の意)」、団長はディアギレフ。特徴は、(1)総合舞台芸術という考え方、(2) 新しいものの追求、(3) 男性を舞台の中心に。
 バレエ・リュスで美術を担当した画家に、ピカソ、マティス、ブラック、ミロ、エルンスト、ユトリロ、ローランサン、ルオー等。作曲家に、ドビュッシー、R・シュトラウス、ラヴェル、サティ、プロコフィエフ等。ストラヴィンスキーは、バレエ・リュスのために書いた作品で世界的に有名になった作曲家』。

 私はバレエ「春の祭典」を過去3回見ました。振り付けは、ベジャール、大島早紀子、ピナ・バウシュ。バレエ・リュスの時代とは大きく異なる筈ですが、各々を短評すれば「見事なまでに美しい」「ぶっ飛んだ表現」「血沸き肉踊る」、ネガティブな意味合いは込めていません。各カンパニーなりの身体表現を堪能しました。音楽はいずれも録音。

 残念ながらバレエ「火の鳥」は見たことがありません。が、先日、NHKが放映したパリ・オペラ座バレエはベジャールの振付でした。やはり「見事なまでに美しく」、基調は変化しないと感じました。

 あまり時間を割けなかったのですが、バーンスタイン・LSO「春の祭典」等を聴いてみました。刻まれる変拍子の音の塊が斬新と感じます。聞き比べもしたかったのですがストックがありません。最近はネット通販を避けて近所で調達しようと思うのですが、CDショップも無くなりました。

 明日を音楽を堪能したいと思います。
 いつの日か、神奈川フィルがオーケストラピットに入って、バレエも見たいものです。

  *1 参考:舞台芸術への招待・青山昌文・放送大学教材

   (2013年4月25日記録)

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2013年4月20日 (土)

路上観察:大阪造幣局・桜の通り抜け(2) (2013年4月16日) (やや長文)

 旅の締めくくりは“桜の通り抜け”でしたが、出発はJR天王寺。谷町筋に沿って南から北に向かう名所旧跡巡り。訪問順に紹介します。
Map

 

 “四天王寺”。聖徳太子創建。南から北へ仁王門・五重塔・金堂・講堂を一直線に配置する四天王寺式伽藍配置と中学校で習いました。現在の伽藍は第二次世界大戦後に再建されたもの。
 能「弱法師」の舞台。四天王寺の西門が、極楽の東門に向いていることが伏線です。
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 “清水寺”。西を望めば通天閣、古くは目の前に難波津が広がっていたことでしょう。あきらかに上町台地と判る展望が開けるのはここだけでした。
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 “大江神社”。境内に芭蕉句碑「あかあかと日はつれなくも秋の風」があります。句は「奥の道細・金沢過ぎ」で詠まれていますから、この辺りの地名・夕陽ヶ丘にちなむものでしょう。
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 “愛染堂・勝鬘院”。聖徳太子ゆかりの勝鬘院は、豊臣秀吉による再建。大阪最古の木造建築で重要文化財。初めて見た時は組手に威圧されました。
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 “生国魂(いくたま)社”。文楽「曽根崎心中」は、通常、ここ生玉社前の段から始まります。いくつもの境内摂社がありますが、その一つが文楽関係者を祭る浄瑠璃社。広く芸能の神様として信仰されているそうです。他に、井原西鶴像など。
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 “久成寺”。文楽「曽根崎心中」の主人公・お初の、2002年に再建されたお墓があります。
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 “高津宮”。格式高い古社。桜の名所ですが、時期はとうに過ぎていました。古典落語「高津の富」「高倉狐」「崇徳院」の舞台だそうで、五代目桂文枝碑があります。昨年、桂三枝改め六代目桂文枝の襲名がありましたけど、そのお師匠さんです。
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 “誓願寺”。井原西鶴の墓があります。
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 “近松門左衛門墓”。ビルとガソリンスタンドに挟まれた猫の額ほどの場所が法妙寺跡。道路拡張で寺が移転したけれど、それにつれて墓を移すと、国指定史跡が解除されるそうで、苦肉の策としてこのような形になったようです。
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 “難波宮跡”。草原の中に後期難波宮の基壇があります。上部がコンクリートで固められているのはやや興ざめです。大阪歴史博物館に寄る時間がありませんでしたが、次の機会に。
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 この後、寝屋川を渡り、大川を越えて“桜の通り抜け”へ。

 “泉布観”。明治初期に造幣局の応接所として建てられ、大阪府で現存する最古の洋風建築、重要文化財。「泉布」は貨幣を、「観」は館を意味して、明治天皇の命名だそうです。通常は館内に入れませんが、かって一般公開日に入ったことがあります。豪華な内装でした。(内部写真は2001年撮影)
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 “大長寺”。文楽「心中天網島」の道行、小春・冶兵衛は「南無網島の大長寺」へ向かいます。境内にある二人の比翼塚を一目見ようと想っていたのですが、門が閉ざされていて適いませんでした。初めての訪問だったので、ちょっとショック。
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 “桜宮”を過ぎれば、JR桜ノ宮駅はすぐです。
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 名所旧跡を点で案内しましたが、大阪城の南に広がる谷町筋に沿って無数とも思える社寺が連なっています。なぜ、こんなにも多くの社寺が存在するのか、その理由はこれから調べたいと思います。

 移動距離16Km、移動時間4時間、所要時間6時間、ほぼ平坦なウォーキング。大阪観光のイメージとはかけ離れているかもしれませんが、私には結構面白い一日でした。

  (2013年4月20日記録)

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路上観察:大阪造幣局・桜の通り抜け(1) (2013年4月16日)

 “吉野の桜”と“大阪造幣局・桜の通り抜け”を拝む2泊3日の旅、「吉野の桜(2013年4月15日)」の続きです。

 大阪城近くの大阪造幣局“桜の通り抜け”は、TVニュースなどでも取り上げられる大阪の春の風物詩。関東圏でどの程度の知名度があるかは定かでありません。私は関西圏に居住していたことがありますので。
 旅の締めくくりは“桜の通り抜け”です。

 

 案内板には、“桜の通り抜け”が次のように説明されています。

 造幣局の所在地であるこの辺りは、昔から景勝の地として名高く、春は桜、夏は涼み船、秋は月などと四季おりおりの賑わいをみせ、特に春には、対岸を桜の宮と呼ぶにふさわしく、この地一帯に桜が咲き乱れていたそうです。
 造幣局の桜は、明治の始め、藤堂藩の蔵屋敷(現在、重要文化財に指定されている泉布観の北側)から移植されたもので、品種が多いばかりでなく、他では見られない珍しい里桜が集められていました。
 明治16年(1883年)、当時の造幣局長遠藤謹助の「大阪市民の皆さんと一緒に花見を楽しもうではないか。」との発案で、混雑緩和のため一方通行にして一般に開放することとなりました。
 これがいつしか「通り抜け」と呼ばれるようになり、今日までの永きにわたり大阪市民をはじめとした多くの皆様に親しまれ、「大阪に花の里あり通り抜け」(本田渓花坊作)ど詠われるように愛されています。
 現在ここにある桜は、関山・松月・普賢象・黄桜・楊責妃などの八重桜が主です。
 なかでも、大手毬・小手毬などは造幣局以外ではめったに見られない珍種といわれています。
 もともと、桜は煤煙や塵埃などで汚染された環境の中では育ち難<、特にここにある品種は生育が困難とされていますので、専門家の指導を受け、できる限りの手入れに努めています。
 どうか皆様、大阪の名所「通り抜け」の桜を今後とも末永く保存するため、可愛いがってください。   造幣局

 次のメモが付け足されていました。

 平成25年で通り抜けは130年を迎えることになりました。
   品種    130種
   本数    352本
   今年の花  天の川

 

 案内にあるとおり、八重桜が多いので今の時期が見頃になるのでしょう。しかし、品種が様々なので、なかには既に散っていたり、盛りを過ぎている桜もあります。
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 何種類かの桜、順に“鍾馗”“静香”“紅玉錦”、そして今年の花“天の川”、高い位置に咲いているので、良く撮れませんでした。
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 以前、夜に来たことがありますが、昼間は初めて。それでも結構な賑わい、ゆっくり、静かに桜を眺める訳にはいきません。
 造幣局の外側の淀川土手には出店がずらっと並んで壮観です。難波っ子は、賑わいの中で行く春を惜しむのでしょう。

 開催は平成25年4月16日(火)から4月22日(月)までの7日間です。

  (2013年4月19日記録)

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2013年4月18日 (木)

路上観察:吉野の桜(2013年4月15日)

 “吉野の桜”と“大阪造幣局・桜の通り抜け”を拝む2泊3日の旅。1泊でも実施可能ですが、折角だから“国立文楽劇場”にも寄ってなどと思えば、結局は2泊。私は兵庫県での単身赴任中に何回か見ていますが、同行の妻は初めてなので、少しのんびりした計画にしました。と言いながら、よそ様に比べると歩くこと歩くこと。

 1日目は、“京都長岡天満宮境内錦水亭のたけのこ会席”の昼食、数年分のたけのこを食べた感じ。大阪天王寺のホテルに早めのチェックイン、荷物をおいて“国立文楽劇場”へ。第二部“心中天網島”観劇。道頓堀を散策しながらホテルに戻りました。大阪在の息子が昼食から合流、どういう風の吹き回しか道頓堀まで一緒。

 

 2日目が吉野行。天王寺(近鉄阿部野橋駅)から吉野駅までは近鉄特急で乗換えなし、約80分。バスで中千本バス停まで約20分。まずは奥千本に直行、帰り際に名所旧跡を見る方針としました。

 奥千本西行庵まで距離4Km、標高差400m、約80分、平地歩きの倍の時間を要した急な登り。一部に狭い山道もあります。私たちはハイキングの恰好でしたが、それでちょうど良いと思います。

 桜は近景より遠景、見上げるより見下ろす状態を美しく感じます。吉野山が多くの人を引き付けるのは、その条件を満たすからと推察します。山桜の淡いピンクも不可欠で、染井吉野は白過ぎるように思います。

 登りきってから西行庵に至る山道はループ状で、私たちは反時計回りで進みました。西行庵は、少し下った所にあります。写真は順に、西行庵へ下る途中、西行庵、反対側の山道を登る途中、谷を挟んで西行庵正面辺り、です。
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 如何でしょうか。奥千本は満開。始終、桜を見下ろすように山道を歩くのも、美しい条件に当てはまります。
 ただ、反対側の斜面(南西向き)は、暴風被害と小耳に挟みましたが、木が切り倒されています。桜か否かは判りませんが、山肌が見えて痛々しい感じでした。
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 戻りで名所旧跡に寄ります。金峰神社、水分神社、矢倉展望台。
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 蔵王堂、蔵王堂、黒門です。この後、ロープウェーで吉野駅へ。
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 中千本バス停からロープウェー山上駅までの歩行データ。移動距離11Km、移動時間3時間、所要時間4.5時間、総上昇量465m、総下降量550m。軽いハイキングと判ります。

 

 ホテルで汗を流してから夜の大阪、天王寺から日本橋へ夕食兼散歩。戻りは地下鉄ですが、年のわりにタフですね。
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  (2013年4月17日記録)

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2013年4月14日 (日)

音楽:音楽堂シリーズ 武満徹と古典派の名曲 第1回

  指揮 川瀬賢太郎

  独奏 石田泰尚(Vn)
     柳瀬省太(Va)

  演奏 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

  曲目 武満徹     :波の盆
     W.A.モーツァルト:ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲変ホ長調
     W.A.モーツァルト:ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲 K.423
                       より第三楽章(ソロ・アンコール)
     F.J.ハイドン  :交響曲第90番ハ長調

  会場 神奈川県立音楽堂(29列24番)
  公演 2013年4月13日15:00~17:05(休憩20分)

 

 隣接の掃部山公園の八重桜が満開、遅い花見をする人たちもいて春は盛り。

 

 武満の「波の盆」はテレビドラマの挿入曲。先日、横浜の放送ライブラリーでテレビドラマを視聴しました。美しい旋律の曲ですが憂いを含むのは、戦争のために対立せざるを得なくなる移民家族の1世と2世の対立がテーマだからでしょう。

 あまり特殊な奏法はありませんでしたが、グロッケンシュピールを弓で弾いたのが確か一回。はっきり判りませんがシンセサイザー風の楽器がありました。

 美しい旋律に魅了されました。目立たないのですがチョロとコントラバスのうねるような響きが、旋律をより鮮やかに引き立てました。憂いが少し希薄と感じました。明るい響き、コンサートはコンサートかも知れませんが。

 

 モーツァルトは、神奈川フィルの顔とも言える二人がソロ。ヴァイオリンとビオラの演奏から生じるぎらつくようなビートが好きです。コンマスはともかく、日頃目立たないビオラが脚光を浴びたのが良いです。明るい作りがこの曲にはマッチします。

 大昔、アメリカン・バレー・シアターだったと記憶しますが、ソロ・ヴィオリンとソロ・ビオラのパートをデュエットで踊るのみて、その後、ダンスを見るきっかけになりました。細部の記憶などもうないのですが、これをダンスにしてしまうのも凄い、などと思い返しながら聴きました。

 

 ハイドンは、録音を含めて初めて聴きます。予習が間に合いませんでした。後期の曲を多少は所有しているのですが、90番が跳んでいます。まあ、そういう位置づけなのでしょう。

 サプライズがあると言うのに何事もなく終わりました。というのがサプライズ。指揮の川瀬が、客席に体を向けて大業な仕草で終わりだとアピール。拍手が起こるのですが、まだ演奏が続きます。それがもう一回。今度はコンマスが、指揮者に終わっているだろうと、大業な抗議。役者ですね。

 この曲は、管楽器のための協奏交響曲の趣があります。主だった管が長々と重要な旋律を演奏します。特にフルートが存在感を際立たせました。神奈川フィルは、多くの優秀なプレヤーで成り立っていることを改めて感じました。

 

 川瀬の色彩感でしょうが、武満が明るいほうに流れたように思います。でも、全体的に楽しいプログラムでした。武満と古典の組み合わせも興味深く、第2回、第3回と、さらに鮮やかな対比が聴けることでしょう。

   (2013年4月14日記録)

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2013年4月 9日 (火)

音楽:ブリュッヘン・プロジェクト 第1回

  指揮     フランス・ブリュッヘン

  演奏     18世紀オーケストラ

  曲目     ベートーヴェン:交響曲第2番ニ長調
         ベートーヴェン:交響曲第3番変ホ長調
         シューベルト :ロザムンデより間奏曲第3番(アンコール)

  会場     すみだトリフォニーホール(1階6列23番)
  公演     2013年4月4日19:00~21:10(休憩20分)

 

 ブリュッヘンの肩越しに振り上げた両手が見えた。指先を伸ばした両手がナイフのように振り下ろされて、変ホ長調の主和音の強奏、「第3番」の始まり。

 一番大きく鋭い動作がこの場面だった。右手を少しづつ前に押し出してチェロに指示するような類はあった。しかし、総じて体の正面で手を控えめに振って、オーケストラをコントロールした。

 時間を戻す。ブリュッヘンは、介助者に押された車椅子で登場した。介助を受けて指揮台に移動、椅子に腰掛けた。2008年2月にブリュッヘン・新日本フィル「ヘンデル・天地創造」を聴いたが、その時の登場がたどたどしかった。よってある程度の想像はしていたが。今回が「farewell concert」であることが痛いほど良くわかった。

 18世紀オーケストラは、2管編成、弦は3-3-2.5-2.5-1.5プルトで対向配置、ティンパニーは小太鼓を思わせる極めて小さな一対。管は見て判るが、弦を含めてピリオド楽器であることは言わずもがな。

 

 交響曲第2番。ニ長調の主和音がトゥッティでダダーンと強奏され、管が引き継ぐ。音色は柔らかく、音量もたっぷり。席が6列目中央、ステージ後方席がなくて音が吸収されないことも関係するだろう。ただ、その傾向は、後になるに従ってさらに大きなものになる。もう一度、主和音が強奏されるまでの数小節で、ブリュッヘンの世界に引き込まれた。

 魅力的な響きの連続。思った以上の音量は間違いではないけれど正確さを欠く。弱奏はこれでもかというほどに抑制されていた。九つの交響曲の中で2番は冷遇されていると思う。しかし、こんなにも魅力的なのだ、と言うのがブリュッヘンのメッセージだろう。何も足さない、何も引かない、あるがままに。

 

 交響曲第3番。ホルンが3管に。変ホ長調の主和音の連打の始まり、途中の6連打、豪快、快活な第1楽章。それに比して第2楽章の葬送行進曲の荘重なこと。多くを聴いたわけでもないが、これは深く心に染み入る名演奏だ。第3楽章のホルン・トリオ、ピリオド楽器の馥郁たる音の魅了が相乗する。そして、堂々として哀愁を帯びた第4楽章。まさに「英雄」。

 

 モダン楽器では得られない管楽器、ティンパニーの魅力。ふくやかで澄んだ音色の弦楽器。抑制されたブリュッヘンの指揮から、どれだけ豊かな音楽が生み出されたことか。

 ブリュッヘンが登場した時、リコーダーを吹いていた頃の威圧感のある容貌を思い出して、時の流れは残酷と思った。しかし、18世紀オーケストラと共に紡ぎ出す音楽を聴くと、時の流れは偉大だと思った。深い信頼関係は一朝一夕に築かれるものではないだろう。

 これが聴き納めとは残念だが、なんとも見事に最後を締め括ってくれた。いつまでも記憶に残るだろう。「farewell concert」が実現したことを感謝したい。

 アンコールの「ロザムンデより間奏曲第3番」が、何とも美しく響いた。

   (2013年4月5日記録)

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2013年4月 6日 (土)

さわやか横浜:きょうの桜(2013年4月5日現在)

 大岡川。多少の花が残る程度、川面に大きな花筏が浮かんでいます。花見のモーターボート二艘、監視船一艘。競争用ボート一艇を見かけました。久しぶりの良い天気で、船も気持ち良いでしょうね。たとえ仕事でも。明日・明後日(6日、7日)が桜まつりです。
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 移動途中で。京浜急行日之出町駅近くに建立されている、幼い姿の美空ひばり像、この付近にあった劇場の専属歌手だったそうです。伊勢山皇大神宮でランドセルを背負った子供を中にして祈願する親子。今日はほうぼうで入学式を終えたであろう親子連れを見かけました。どこの国の子供も大事に見守りたいものです。
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 掃部山。多少の花が残る程度。何グループかの席取りのブルーシートが張ってありました。「行く春を近江の人と惜しみける 芭蕉」。近江の湖ははるか離れていますが、近江彦根藩第15代藩主・井伊直弼の銅像が見つめているから、芭蕉句も、あながちおかしいとは言えないかも知れません。ちょっと強引な見解でしょうか。
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   (2013年4月5日記録)

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2013年4月 2日 (火)

美術:東京都美術館「エル・グレコ展」 (やや長文)

  名称   エル・グレコ展
  会場   東京都美術館
  会期   2013年1月19日(土)~4月7日(日) 、詳細は要確認
  鑑賞日  2013年3月31日(日)

  参考   公式ホームページ

 

 昨年11月に大阪・国立国際美術館で鑑賞、堪能した。今回も堪能したが、細かい描写にも関心が向かった。テキスタイルの質感、蝋燭の滴などに見られる物理法則、定かでないが作品の展示位置。

 

 テキスタイルの質感は、特に聖職者等の肖像画で強く感じた。厚手薄手、光沢の有無、刺繍。輝きと陰影の描写にも大きく関係する。

 例えば「福音書記者聖ヨハネ(*1)」等で、左肩から掛ける布片、日本で言えば袈裟、の厚手のごわごわしたテキスタイルの感じ。大きなドレープの具合から伝わった。「聖ラウレンティウスの前に現れる聖母(*2)」における法衣の模様は、明確に刺繍と思えた。一針一針、糸を刺した感じが描かれていた。
Fig1 Fig2

 自分の白髪を観察すると、加減で毛の何本かが銀色に輝くのを見る。「白貂の毛皮をまとう貴婦人(*3)」においては、要所に銀色に輝く毛が見られた。純白で描かれていたが、毛皮全体が灰色がかった白で描かれるので、そこだけが輝いている。細やかな描写だ。
Fig3_2

 「受胎告知(*4)」では、座位のマリアの全身像が描かれる。特に左膝周辺のドレープで、薄手の柔らかなテキスタイルを感じた。服の中の足の形まで想像できた。
Fig4

 これらは、対象の形の的確な把握、輝きと陰影の効果が相乗してもたらすと言って良いだろう。多くの作品に、荒々しいタッチとも思える部分が見られるが、一つの作品として調和している。全体と細部の関係が見事。

 

 「燃え木で蝋燭を灯す少年(*5)」は、蝋燭の滴が真下でなく、糸を引いて斜め下に落ちつつある。実は、手が動いているので、滴は慣性で後方に落ちると思った。しかし、蝋燭にまだ火は灯っておらず、滴は落ちないだろうと気付いた。凄い描写だと思ったが、疑問が残った。
Fig5

 「十字架のキリスト(*6)」は、釘で十字架に打ち付けられた手足から流れ出る血の跡に目が引き付けられた。足から流れる血は真下に向かうが、手から流れる血は少し内側に向かっている。手に凹凸があるからだろうと思って、その場で小さくまねてみたが結論は出ていない。
Fig6

 芸術が客観的である必要もない。しかし、そこに意図があったり、私の常識が違うならば、何かを契機にはっきりさせることも大事だ。

 

 最後の展示「無原罪のお祈り(*7)」が小さく見えた。347㎝高×174cm巾だから、決して小さい作品ではない。国立国際美術館の展示よりは低い位置に展示されていたからと思っている。展示室の高さや周辺の環境にも影響するだろう。確認する方法もない。
Fig7

 

 「エル・グレコ展」、素晴らしい企画。何回見ても見尽くすことなど無いだろうけど、異なる会場で各1回、見られたことで良しとする。以前と比べれば、最近はしっかり見ている。宗教画はその背景を知らないと、的外れな解釈をしてしまうことも自覚している。それでも、実物を目の当たりにすることが貴重だ。
 他人と比較しても意味はないけれど、良い鑑賞者になれるように、少しづつ努力は重ねたい。

  引用:*1~*7 エル・グレコ展図録より
      発行者:NHK、NHKプロモーション、朝日新聞社 発行日:2012年10月16日

   (2013年4月2日記録)

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