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2012年12月

2012年12月31日 (月)

舞踊:神奈川芸術劇場『中国の不思議な役人』アフタートーク (長文)

 公演の感想はこちらに掲載。ここでは、公演後に行われた写真家の篠山紀信と、本公演の演出振付を担当した金森穣の約40分間の対談についてまとめる。テープ起こしでなく、メモをもとに纏めたもので70点ぐらいの出来だと思うが、それを承知のうえで一読願う。
 なお発言の前の、Sは篠山紀信、Kは金森穣、Qは会場からの質問を示す。

 

S:こんなに緊張したクリスマスはない。人生で初めて(見た)と言う人が、良いと言っていた。
K:ありがたいこと。普段(の生活に)は緊張がない。緊張していれば良い訳でないが。
S:(この舞台は)写真には写らない、無理だ。
K:(でも)撮ってくれた。
S:あんなものは駄目だ。(舞台は)暗い、(動きは)速い。ライティング、黒子と(主要な役で)10倍ぐらいの差がある。人間の目で見ないと感動は味わえない。(見た人は)良いクリスマスですよ。今日の二つ(の作品)は素晴らしい。NHK(バレエの饗宴 2012のこと)で、他のカンパニーは大したこと無い。Noismが出てくると客席はしらっとした。終わると万雷の拍手でザマ見ろと思う。こういうのを見る人が、来年は良くなる。撮りにくいけど素晴らしい。
K:撮りやすいのは。
S:無いな。撮れないことが判った。記録写真みたいなものはあるが、精神みたいなものを撮りたい。一緒に踊ろう。客を入れないで僕のために一度、踊ってくれる(ゲネプロのこと?)。一緒に踊ると良くわかる。稽古を見て、金森の考えることぐらい判る。この前、(ダンサーが)さっと後ろを横切ったときはビビッタ。
K:写真はコンマ1秒まで(写し取る)。自分自身で気付かない瞬間が判る。メンバーに対してイライラしている時でも、写真を見て良い顔をしていると和む。
S:身体パフォーマーが自分を残すものは、決定的な一枚(の写真)。海外のバレリーナーの夫は、写真家が多い。いつも一緒だから、一枚ぐらいは良いものはある。僕なんかは一回だけ(の撮影チャンス)だから。
K:写真のシャッター音が気になる。照明とかのキューも気になる。
S:僕はポイントで(シャッターを)押しているから、気にならない。反って良い気分になる。今は音が出ないから、今度、本番中に撮らせなさいよ。
K:写真展(篠山紀信 写真力)を見てきた。撮られた時に死んでいるとか書いている。亡くなられたから生きている。最後に(3.11の)被災地(の写真)。写真は死んでいない。感動した。有名人だけなら、こんなに感動はしない。
S:やり手ですね。一番良い時に行って撮る。3.11、あれを無いことには出来ない。写真家としてどうなのよ。行って撮れない。津波の写真が(目に)入ってくる。50日後、背中を押してくれる雑誌があった。無意識に撮る。写真になっていない。?浜、防潮林が倒れている。今は平和な水の上の木が美しい。いろんな物を壊し、新しいものを作って行く。それを見てすごい(と思った)。新たな視点が出来た。皆が、何かこれってきれいよねと言う。まだ死体があるかも。失礼でさ。自然が美しい。人がいるけど、広い土地なのでぽつぽつ、修理する人とか。ボランティア・自衛隊などの(人の)顔とぜんぜん違う。がんばる・脱力感の両方(が見てとれる)。(撮影は)35mm(カメラ)でない。こっちに来てくれとは言えない。8バイ(10カメラ)で2・3枚づつ撮った。それを(写真展の)最後に(展示した)。
K:単純にそこに人がいるのを強烈に感じた。見に来た人に強烈に訴えかけている。有名力とは何か。すごく感じた。篠山紀信も凄い。
S:(津波に流されて)妻・子の手を握っていて、最後に離した。普通の人だったけど、(そういうことを)体験したら普通(の人)ではない。それが写真の前に立った。
K:有名人と言うより、その経験が大事か。
S:有名人もいろいろ。駄目なのもいる。写真力の強いものを出そうと思った。大空間で見たらどうなるのか。次に人間、皆の知っている人が良い。生きている時はどうだった。自分史を感じさせる力。それで有名人を選んだ。有名人よりもっと大きな体験をした。それを撮れるのは写真。良いものなんですよ。

Q:『solo for 2』で使用した椅子について。
K:家具デザイナーの友人に、座れなければ椅子では無い?と謎掛けをする。彼が興味を弾いて、人が掛けなければ座れないという椅子を考え、そこから発展していった。
Q:篠山さんに。瞬間を一枚に写しとめる。舞踊とは何か。
S:(それに答えるのは)金森さんが良い。僕は金森ワールドに浸っている。その中に一枚がある。
K:(篠山紀信は)基本的に高い(レベルの写真が撮れている)が、その中にある。
S:それは。
K:演出振付は装置、日常どこまでを生きるかという瞬間を(表現する)。ある瞬間がどこまで続くわけではないが。
Q:こちら(関東圏?)での公演が少ない。最近、あまり面白く(思える公演が多いとは)思わない。東京・横浜でもっと(公演して欲しい)。
K:新潟(りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館)に来てくれるともっと嬉しいが、東京のマーケットには緊張感がある。東京という妙な緊張感で。(Noismは)税金で運営されているので、他所で行って(公演して)どうなの。定期的にやるのはおかしいので、(皆さんが)それを打破して欲しい。貸館(公演)ではない、提携(公演)、もっと踏み込んでくれると(実現し易い)。
Q:完成形はあるのか。毎回違うのか。
K:流れとしてこれは良しはあっても、演者はこの一瞬。完成形は無い。だから修練できる。
S:金森さんは出演していないと、周りの人が言っていた。
K:体は一つ。誰かが責任を持って見ないといけない。
S:普通だね。
K:踊るときは踊る。見るときは見る。想像して欲しい。

 

 ジャンルは異なっても、一芸に秀でた人の対談には各所に刺激が含まれる。「身体パフォーマーが自分を残すものは、決定的な一枚の写真」なんて、なかなか言えない。身体表現とは、生まれた瞬間に消えゆくものなのだ。
 芸術が明日役立つか、明後日役立つかと言えば、そうは思わない。しかし、長い生活のどこかでふと蘇ることはあるだろう。残る人生において、生きる勇気を与えられるかも知れない。それが貴重なのだ。

 話は跳ぶが、今年の神奈川芸術劇場(KAAT)のダンス部門に限れば、池田扶美代、勅使河原三郎が記憶に残る。公演自体が重要であることは言うまでも無い。アフタートークのような関連企画も捨てがたい。2013年は開館3年目、更なる発展を期待して、2012年を締め括る。

   (2012年12月31日記録)

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2012年12月28日 (金)

舞踊:神奈川芸術劇場『中国の不思議な役人』 (やや長文)

  1.『solo for 2』(20分)
    演出振付 金森穣
    音楽   J.S.バッハ<無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ>より
    椅子   須長檀
    出演   Noism1

  2.『中国の不思議な役人』(30分)
   演出振付 金森穣
   音楽    B.バルトーク
   出演    Noism1+Noism2
          養子の娼婦(ミミ)  :井関佐和子
          役人形(役人)    :中川賢
          役人形の黒子     :宮原由紀夫
          ミミの養父(悪党3) :宮河愛一朗
          ミミの用祖母(悪党2):藤井泉
          ミミの義妹(悪党1) :真下恵

  3.アフタートーク
   出演    篠山紀信(写真家)
          金森穣

  会場     神奈川芸術劇場ホール
  公演     2012年12月25日(火)・26日(水)、詳細要確認
  鑑賞     2012年12月25日(火) 19:00~20:10(休憩20分)
  参考     Noism 公式HP

 

1.『solo for 2』

 「NHKバレエの饗宴 2012」招待作品で、当日上演の全6作品がTV放映された。プログラムは、広義のクラシック・バレーが5作品と『solo for 2』。

 『solo for 2』はひときわ異彩を放っていた。それはプログラムの妙でない。跳躍・回転を主体にするクラシック・バレーとは異なり、少しでも遠くへ、少しでも高くへ、身体を躍動させるコンテンポラリー・ダンスの表現方法によるものだ。それが目の前で展開すれば、驚きを通り越して畏怖の念さえ抱く。おじさんだって、一度は客席に身を置いて体験すれば新しい世界が開けるだろう。

 上演順に、第1番 Srabande(duet)、第2番 Allmende(duet)、第1番 Corrente(duet)、第2番 Corrente(duet)、第1番 Allmende(duet×2)、第2番 Srabande(solo)。形式は舞曲だけれど、踊ることが想定されていただろうか。第1番・第2番から選曲だけれど、前後半で対象に配置されている。

 片足の短い椅子、不安定な椅子にダンサーは座っている。人が座れなければでなく、座らなければ役に立たない椅子。順に立ち上がって踊り、退場する。
 トップの井関佐和子は第2番 Allmendeを踊ってから椅子に座りなおし、最後の第2番 Srabandeも踊る。以前、静岡芸術劇場の歌劇「椿姫」に挿入されたダンスで、シャープな表現を感じた。しかし、自前のプログラム、より舞台に近い場所で観て、一層シャープでコントロールされた動きを感じた。井関はルードラ・ベジャール・ローザンヌなどの経歴を持つ。

 物語性の無い身体表現に畏怖の念さえ感じるのはなぜだろうか。トップ・アスリートから受ける印象に近い。理屈などいらないかも知れない。でも、少しは理屈を極めたいと思っているのだが。

 

2.『中国の不思議な役人』

 初演時に物議を醸したそうだが、退廃的なストーリーがある。ダンサーたちの有能さは既に認識している。特筆すべきは、演出だ。

 黒尽くめの舞台。ダンサーは黒い衣装、すなわち黒子、で整列する。舞台中央に低い大き目のテーブルが置かれる。やがて主要人物の上物が剥がされて、無彩色から有彩色の世界に変わる。ミミの養父はテーブルの下から這いずり出してどてらを羽織り、石川五右衛門を思わせる。歌舞伎が意識されているのだろう。鮮やかな始まりだ。

 役人は役人形と案内されているように、人形振りで表現される。中川賢の表現は実に雄大で鋭く、度肝を抜かれた。まさに「中国の不思議な役人」。

 刺された役人が吊るし首にされると、天井からいくつも吊るされて、束ねられていたシャンデリア風のランプが解き放されて、ゆっくりと揺れる。不安定な状態が表現されて、視覚的にも印象的だ。

 中国を題材にした西洋音楽に、日本の伝統様式美をミックスした演出に何の違和感も感じない。と言うより引き込まれてしまう。金森もまた、ルードラ・ベジャール・ローザンヌなどの経歴を持つ。才能ある若者に、世界は広くないと感じた。

 

3.アフタートーク

 篠山・金森のトークは興味深かった。簡単なメモを取ったが、要旨は追って掲載する

 

 終演後のロビーで、金森と懇談している鈴木忠志を見かけた。「椿姫」などを通して、近い関係にあるのかもしれない。

   (2012年12月28日記録)

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2012年12月25日 (火)

音楽:「小林道夫チェンバロ演奏会」

    曲目    : J.S.Bach ゴールドベルク変奏曲
          J.S.Bach 平均律クラヴィーア曲集・第1巻より
                    前奏曲・ハ長調(アンコール)

    演奏    : 小林道夫

  会場    : 東京千駄ヶ谷・津田ホール
  公演    : 2012年12月22日
  鑑賞    : 2012年12月22日 14時~16時(休憩20分)

 「ゴールドベルク変奏曲」と季節の関係は無いでしょう。しかし、40年以上もこの時期にコンサートが開催されていると、むしろ、この時期に「ゴールドベルク変奏曲」が当たり前になります。もはや恒例。
 もっとも、私はここ4年連続と、それ以前に数回聴いたことがあるだけですけど。会社勤めだった頃は、この時期に余裕などありませんでした。

 今年は、チェンバロの前にサブ・マイクロフォンが2本セットされていたので、録音していたのでしょう。5年ぐらい前にCDが発売されているので、何でまたとは思いました。しかし、1933年生まれの小林は今年が傘寿だから、その記念ということもありえるか、などと想像しました。

 テーマは宇宙の彼方から響くように思えます。旋律と、「銀の鈴」とも形容されるチェンバロの音色が、これほどマッチする曲も無いように思います。ゆったりした味わいのある演奏です。
 変奏に入って左手の旋律が良く聴こえました。左手が右手より大きい音を出す訳はありませんから、私が意識がそういうところに届くようになったということだと思います。おそらく、録音も含めて私が一番良く聴いている曲ですから。左手の旋律が良く聴こえると、音楽の楽しみも増します。こんなこと書くと、今まで何を聴いてきたのかと言われそうですが。
 変奏を終えて再びテーマ、これで一年が閉じるような思いに至ります。暫しの静寂がたまらない。

 後半の後半で気になる箇所がありましたけど、定かではありません。ただそういうことは脇において、この時期に小林道夫の「ゴールドベルク変奏曲」が聴けることに意義があるように思います。津田ホールと東京文化会館小ホールが交互に演奏会場となりますが、チェンバロには少し大きすぎる会場、それも仕方ないでしょう。今回も満席でした。
 ただ、いつまでも続いて欲しいものです。

 アンコールも素敵でした。平均律の生演奏を聴いたことが無いので、機会あれば全曲を聴きたいものです。ピアノも良いけど、やはりチェンバロで。

   (2012年12月25日記録)

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2012年12月22日 (土)

さわやか横浜:みなとみらい全館点灯(2012年12月21日)

 みなとみらいオフィス全館点灯が、12月21日の1日限りで実施されました。周辺を含めてぐるっと一周しました。今の横浜は、いつもとは一味異なる雰囲気を醸し出しています。お後は付近のショットバーなどいかがでしょうか。

 みなとみらい地区のロングショットからアップショット(大桟橋付近、大桟橋付近、万国橋、ワールドポーターズ付近から)。
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 ぞうの鼻パークから、横浜三塔のキング・クィーン、クィーン。
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 赤レンガ倉庫広場。
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 ワールドポーターズ付近。
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 コスモクロック21のある風景。
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 ドックヤード・ガーデン。
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 クィーンズモール(ゆずプロデュース)、ランドマークタワー(松任谷由実とコラボレーション)のクリスマスツリー。
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   (2012年12月21日記録)

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2012年12月21日 (金)

路上観察:旧東海道三島宿付近(2012年12月14日)

 旧東海道を箱根から三島に向かう道筋、坂を下りきる少し手前の錦田一里塚は、江戸より28里(約112km)の地点になります。今は松並木の間の国道1号線を自動車が行き交いますが、左右一対の一里塚は旧態を保ち、国指定史跡となっています。大きく繁った枝に時の流れを感じます(写真は、一里塚下り側、上り側、松並木)。
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 富士山を右手に見ながら歩を進めると、松並木の尽きた所に旧東海道の案内。以前に歩いた時、ここでミス・コースしました。というのも、陽はすっかり暮れ、下り側歩道を歩いていたので、上り側歩道に設置された案内に気づきませんでした。歩道のどちらを歩くかで、史跡・旧跡が見つかったり見つからなかったりします。
 愛宕坂、今井坂と下って大場川に架かる新町橋、橋を渡れば三島宿です。新町橋からの眺望は、広重の佐野喜版の浮世絵に描かれているとの案内があります。ここで以前に歩いた道に合流、結果、ミス・コースは数100mの距離でしたがすっきりしました(写真は、案内、愛宕坂、新町橋からの眺望)。
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 暫く歩くと三島大社、立派な造りです。
 境内に、「古今伝授のまち三島」の碑を見つけました。碑の右脇に「文明三年(一四七一)正月一八日より、三島において/東常縁より宗祇法師へ「古今伝授」が行われた。」と刻まれています(写真は、三島大社門前、本殿、古今伝授碑)。
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 古今伝授とは、「古今集」の解釈を中心に、歌学や関連分野のいろいろな学説を、口伝・切紙・抄物によって、師から弟子へ秘説相承の形で伝えることを言うそうです。実質的な形式が整ったが常縁・宗祇の時だそうです。最近、知ったばかりですが、ひとつの碑から千年余の文学の息づきを感じました。

 宗祇は、松尾芭蕉の『笈の小文』の序で「西行の和歌における、宗祇の連歌における・・・」と記述されていますが、箱根湯本で客死、三島から程近い裾野市定輪寺に葬られてるそうです。多少の興味を抱いていますので、いずれ訪問するつもりです。

 

 三島大社を後に、今は商店街になっている旧東海道を進むと、下り側に樋口本陣跡碑(写真の街路樹右側)、上り側に世古本陣跡碑(写真の街路樹根元)が見つかります。当然のことながら往時の面影はありません。
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 後の予定もあったので、ここで打ち切って三島駅に向かいました。歩行距離10Km、錦田一里塚から本陣跡まで直行すれば、4・5Kmでしょう。

  (2012年12月21日記録)

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2012年12月16日 (日)

随想:この人・百話一芸 第19回「常磐津英寿」

 2012年12月15日14時~15時40分、第19回横浜能楽堂講座「この人・百話一芸」。ゲストは常磐津三味線で重要無形文化財保持者(人間国宝)の常磐津永寿、「古き礎の上に新しきぞ建つ」が座右の銘。

 「この人・百話一芸」は好企画。毎回のゲストをほとんど知らないけれど、修行を重ねた人の話は味わい深い。聞き手・進行の元NHKアナウンサー・葛西聖司の深い知識と話芸にも感心する。

 

 登場時、「木挽町」の声が掛かる。縁もゆかりもないけれど味わい深い響き、木挽き職人が多く住んだ町と想像できる。現在の東京・歌舞伎座周辺、常磐津英寿はそこに生まれ住む。

 演奏家・作曲家。NHK・FM放送番組「邦楽のひととき」のテーマ曲も作曲した。昨年、パートを増やした。作曲当時のままで演奏しているのではない。

 写真を投影しながら。小学生の頃、野球している時に稽古に呼び出されるのが辛かった。突き指して稽古の出来ないことがあって、野球禁止に。昭和20年5月、空襲で家が焼けた(まだ煙が出ている写真)。父(3代目常磐津文字兵衛)がカメラ好きで、ライカを持って逃げた。

 (花柳)寿南海代表作「我輩は猫である」は、奥さん(鈴木好恵作詞、四世常磐津文字兵衛(英寿)作曲)が作った。

 兄がいたが、膝が悪くて正座できない。今なら椅子に座って山台で隠すことも出来るだろうが、当時は正座が出来なくては駄目だった。そこで自分が跡取りに。兄は結核で25才で亡くなった。自分も結核を10年近く患い、多くの病気もした。昭和26年に歌舞伎座、演奏していないが作曲を。三味線は叔父・甥から習い、父からは何も。

 自動車が好きで、周りからやめろと言われるが、今でも近所なら運転している。

 「五つの楽器のための~」のスコア(五線譜に)写真。350曲ぐらい作曲している。

 85才になるが、病弱で何度もこれで終わりかと思ったことがあった。

 

 一芸として、常磐津「夕月船頭」「乗合船」より。弾き語りが常磐津英寿、上調子が常磐津孝野。

 「夕月船頭」。四世市川小団次が、江戸の芝居に出演した際に大阪土産として演じた曲で、夕月の中、淀川を伏見に下る船頭の様子を語る。最初に江戸・隅田川の賑やかな様子が描写され、淀川に移ってゆったりした様子、最後にまた江戸に戻る。それらが解説付きで弾き語りされた。

 「乗合船」。隅田川の渡し舟を宝船に、乗り合わせた七人を七福神に見立てた、おめでたい曲、とのこと。

 

 語りは余技、演奏の理解などできるものでもないが、興味はある。文楽の太棹も良いけど、中棹の三味線の音色も味わいがある。と言うより、一芸に秀でた人の技芸は何にも味わいがある、というのが正しい受け止め方だろう。

   (2012年12月16日記録)

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2012年12月12日 (水)

美術:千葉市美術館「須田悦弘展」

  名称   「須田悦弘展」・「須田悦弘による江戸の美展」
  会場   千葉市美術館
  会期   2012年10月30日(火)~12月16日(日) 、詳細は要確認
  鑑賞日  2012年12月10日(月)

  参考   公式ホームページ

 

 某展示室。壁付き展示ケースに作品が見当たらない。作品リストによれば、数点の作品が展示されている筈。展示ケースに近づくと、監視員さんが「あまり近づかないで」と。おかしなことを言うが、これがヒント。他の作品もさりげなくというより、「見つけてみなさいよ」と言わんばかりの場所に置かれる。探すのも結構楽しい。私と前後した客はほとんど素通りしたが。

 千葉市美術館は興味深い企画展が開催されるので承知していたが、訪れるのは初めて。千葉市中央区役所との複合施設。展示は、8階と施設内に取り込む形の旧川崎銀行千葉支店の建物で「須田悦弘展」、7階で「須田悦弘による江戸の美展」。

 個人展は初めて。第1室、「泰山木」「睡蓮」「芙蓉」「大山蓮華」の大振りな作品の展示、それらは人一人が入れるようなシェルター、かれんな花を守るまさにシェルターの奥に、あるいは床に置かれる。一人づつ順番に鑑賞するが、当日は待たなかった。

 植物が持つ瑞々しさは欠けるが、本物と見間違える作品、主たる素材が木とは思えない。展示の仕方で随分と印象が変わるだろう。周囲から隔絶され、一時に一人だけが作品と対峙する。束の間だが、随分と贅沢な時間。ちょっと待て、この空間・時間も作品だろう。

 「睡蓮」は、二畳ほどの絨毯中央の水面に見立てた黒い光沢の敷物上に展示される。周囲を「」状の壁が囲む。初めてなら、他作品同様に感動するだろうけど、京都・大山崎山荘での印象が強烈過ぎた。すなわち、円形の壁面にモネの「睡蓮」6・7点が展示され、その中央に今回の展示。鑑賞者は、モネと須田が対峙する緊張感の中に身を潜める。対峙相手がいない今回は、何か手持ち無沙汰。

 須田の作品は、主として木を素材にした植物だけれど、それは狭義の作品。狭義の作品がコラボレートする時間・空間、他者作品に思い至ってこそ、広義の作品だろう。第1室はその伏線の気がする。お楽しみは後から。それを明かしては身も蓋もない。残る会期は少ないけど是非、ご自身で確かめて下さい。意に沿わなくとも保証はしませんけど。

 「須田悦弘による江戸の美展」は、館蔵品を須田が選んで展示。私は、鑑賞の流れとして良い思いを持たなかったが、途中からにやりにやり。別の企画展のように装って実は仕掛けあり。芸が細かい。
 展示も北斎あり、横浜美術館開催中の国芳ありで、興味深かったことを申し添える。

   (2012年12月12日記録)

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2012年12月11日 (火)

音楽:神奈川県立音楽堂第47回クリスマス音楽会「メサイア」

  指揮  小泉ひろし

  独奏  村本彩夏(Sop)
      上杉清仁(C.Ten)
      中嶋克彦(Ten)
      星野聡(Bas)
      長久真実子(Cemb)
      宇内千晴(Org)

  合唱  神奈川県合唱連盟(合唱指揮:松村努)
      神奈川県立海老名高等学校合唱部(ハレルヤ・終曲のみ)
      神奈川県立大和西高等学校合唱部(ハレルヤ・終曲のみ)

  演奏  神奈川フィルハーモニー管弦楽団

  曲目  G.F.ヘンデル :メサイア

  会場  神奈川県立音楽堂
  公演  2012年12月9日14:30~17:30(休憩20分)

 

 合唱団の人数をざっと数えた。男性70名、女性180名、総勢250名。それに「ハレルヤ」と「終曲」では、高校生約20名が加わる。昨年に比べて70・80名多いように思う。見渡して年配の方も多い。

 このコンサートを一番楽しんだのは、おそらく合唱団の一人一人だろう。多少の緊張感が心の隅にあったことも想像に難くない。リピーターも多いだろうが、今回が最初で最後の人も少なくないように思う。

 「ハレルヤ」はなかなか見事だった。一部曲だけれど高校生の参加も感動的だった。3時間弱におよぶ大曲を見事に歌いきった。だだ、これだけの大合唱団がきちっと揃うのはなかなか難しいとも思ったが、そこに焦点をあてるのは筋違いだろう。

 今回で47回目になる音楽堂のメサイア、随分と長く続いたものだ。気付いたのはここ数年の事、聴くのは昨年に続いて2回目。私なりに思いを巡らせば、このコンサートは県下の合唱グループの祝祭の意味があるように思う。聴く方も、祝祭に参加する思いでいる。一年が巡ったことに感謝する。あと何回聴けるだろうかとも。

 厳しく頂点を目指す音楽がなければ大きなピラミッドは構築できない。しかし、頂点には及ばずとも楽しむ音楽がなければ裾野は広がらない。そういうコンサートもまた良い。合唱団にブラボーです。

   (2012年12月10日記録)

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2012年12月 9日 (日)

映画:ブリリア ショートショート シアター

 “ブリリア ショートショート シアター”は、横浜みなとみらいの高層住宅にあるショートフィルム専門の映画館。民間デベロッパーのメセナですが、企業臭はほとんど感じません。

 客席は100強、1階分の角度がある階段状に配置されていて、前席で視界が邪魔されることはありません。椅子もゆったりしていて心地良く、音響も素晴らしい。カフェ併設で、鑑賞前後にのんびりもできます。

 ショートフィルムとは30分未満の映画とのこと。テーマに沿って、1時間になるように組み合わされています。例えば「スポーツ」「音楽」「愛」。二つのテーマが、20分の休憩を挟んで交互に上映されています。

 以前から一度覗こうと思っていましたが、一週間ほど前、今日は鑑賞すると意を決して家を出て、いきなり年間会員になってきました。年間会員の方が割安と思ったこともありますが、一年ぐらい通わないと良さが判らないと思ったほうが大きいです。

 

 既に、例えにあげた三テーマを鑑賞しました。そして、既に結構感動しています。
 映画という旧来のメディアを利用して、新たな創作活動が継続していること。創作活動は世界中に広がっていること、例えばスポーツでは、カナダ、香港、カナダ・ケベック、イスラエルの作品が。そして、込められた思いに大いに共感させられるものが少なくないこと。

 例えば、「イスラエル・ Khen Shalem ・The Other Side(上映終了)」。
 爆撃が繰り返される村。いじめの対象にされている少年。兄(戦死していると想像)から貰ったサッカーボールを大事にするが、ある日、取られそうになって逃げ出し、高い長い塀の前に追い詰められる。取られたくなかった少年は、ボールを塀の向こう側に投込む。一人になった少年に、塀の向こうからボールが返されてくる。嬉しくなった少年は、再びボールを塀の向こうに蹴り込む。
 ある日、塀の一部が壊れ、少年達は塀の向こう側の少年達と対面する。ボールを蹴り込む少年、一人の少年が出て来て蹴り返す。やがてサッカーが始まる。が、それは夢の中のことだった。

 ストレートな表現とは感じますが、それは、当座は平和な世界に住む私の思いでしょう。彼の地に暮らす人々にとって、何より希求して止まないものであることが、ひしひしと伝わります。私の中の小さなグローバル化、足繁く通うと思っています。一年通わずとも既に良さを実感しています。

   (2011年12月09日記録)

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2012年12月 4日 (火)

音楽:みなとみらいクラシック・クルーズ Vol.45

  出演 KURAKAN'S Band
       倉田寛(Tb・Ten)、城綾乃(Pf)、平尾信幸(Per)、高群誠一(Cb)
       ランチタイム:亀田昌代(Sop)、ティタイム:石田泰尚(Vn)

  曲目 ランチタイム・クルーズ(12:10~13:10)
       N.ボルダー   :あいさつの踊り
       イタリア民謡(岩田匡史編曲):カンツォーネ・ファンタジーより
         「サンタ・ルチア」「オー・ソレ・ミオ」「マレキアーレ」「ラ・ダンツァ」
         「カタリ・カタリ」「帰れソレントヘ」「フニクリ・フニクラ」
       岩田匡史編曲  :クリスマス・ファンタジー
       L.バーンスタイン:『ウエストサイドストーリー』より
         「アイ・フィール・ブリティ」「マリア」「トウナイト」「アメリカ」
       M.トーメ    :クリスマス・ソング(アンコール)
     ティータイム・クルーズ(14:30~15:40)
       R.デューハースト:ブラジリア
       A.ビジョルド  :エル・チョクロ
       M.ポンセ    :エストレリータ
       F.シューベルト :アヴェ・マリア
       G、カッチーニ  :アヴェ・マリア
       L.アンダーソン(高群誠一編曲):クリスマス・フェスティバル
       G.プッチーニ  :歌劇『トゥーランドット』より“誰も寝てはならぬ”
       アンドレア・ボッチェリ:ザ・プレイヤー
       A.ピアソラ   :リベル・タンゴ
       M.トーメ    :クリスマス・ソング(アンコール)

  会場   横浜みなとみらいホール・大ホール
  公演   2012年12月3日

 

 “KURAKAN”とは倉寛、すなわち神奈川フィルの首席奏者である倉田寛を中心とするバンド。パーカッションと表記しましたが実際はドラムセット、ちょっと見にジャズ・コンボ。けれど、どうみてもジャズプレイヤーに見えないのが不思議。うまく説明できませんが、立ち居振る舞いがクラッシク・プレーヤーなんです。

 倉田寛のリコーダー持ち替えはご愛嬌としても、トロンボーンを脇に置いて、あるいは小脇に抱えて、テノール歌手として朗々と歌うのには驚いた。これはご愛嬌ではありません。

 パーカッションの平尾信幸、コントラバスの高群誠一は神奈川フィルメンバー、ピアノの城綾乃は一緒に演奏する機会が多いとか。ゲストのソプラノの亀田昌代は高校の同級生、ヴィオリンの石田泰尚は言わずと知れた神奈川フィルのソロ・コンサートマスター。小規模ではありますが、オーケストラの休日の雰囲気が漂よっていました。

 

 トロンボーンをじっくり聴く機会などめったにないですが、アナログ的で親しみが湧きます。前後の動きで演奏する楽器は他にあったでしょうか。って、そうじゃなくて、神奈川フィルの管の実力の一端を充分に実感しました。そして、「イタリア民謡」も、「ウエストサイドストーリー」のデュオも良かったです。声楽家としての活動もしているのでしょうか。

 ティータイムの「エル・チョクロ」で石田泰尚登場、分野を超えてよい曲と実感させてくれる演奏でした。小編成のピアソラなども聴きたいものだと。「アヴェ・マリア」は名曲が多いですけど、G.カッチーニのそれは一番好き、テノールも良いけど、ここはカウンター・テナーと無いものねだりをしたい気分でした。「クリスマス・フェスティバル」では全員が赤い三角帽子を被って。
 アンコールの「リベル・タンゴ」、無い物ねだりが届いたのかも知れません

 

 久しぶりのクラシック・クルーズ、楽しくて、神奈川フィルの一面がまた少し知れました。ちょっと早いクリスマス会、個人的にクリスマスは疎遠ですけれど。

 次回は年を越して1月9日(水)、日本フィルハーモニー交響楽団金管五重奏です。

   (2012年12月4日記録)

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2012年12月 2日 (日)

美術:アントニー・ゴームリー『ふたつの時間』

  名称   Two Times  Antony Gormley Project in Hayama
  会場   神奈川県立近代美術館葉山館
  会期   2012年8月~2013年3月3日(日) 、詳細は要確認
  鑑賞日  2012年12月1日(土)

  参考   この作品のみ鑑賞は無料(駐車場利用は有料)

 

 作品は二体の彫刻で構成されている。
 一体は鋳造された鉄でできており、大地に屹立して海に向いている。視界が開ければ、湘南海岸から富士・箱根・伊豆の山々が見える。他の一体はファイバーグラスでできているそうで、美術館の屋上に屹立して小高い山に向いている。

 葉山御用邸から一繋がりの静かな浜辺から見える位置に設置され、雨風に晒され、太陽の位置で見え方も変わる。今回は夕方の陽射しを浴びて、赤く発色しているようだった。自らの気持ちも投影されて、受ける印象はその都度異なりそうだ。
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 アントニー・ゴームリーを始めて観たのは、2008年、森美術館の「英国美術の現在史:ターナー賞の歩み」展だった筈だが、記憶から欠落している。何せ、デミアン・ハーストの牛を真っ二つにしてホルマリン漬けにした『母と子、分断されて』が衝撃的だったから。

  2009年、越後妻有アート・トリエンナーレにおける『もうひとつの特異点』は、明確な記憶が残る。古い民家の中に、スチール・ロープが縦横斜めに張り巡らされた作品、私は飛び交う銃弾の軌跡と捉え、そこから思いを発展させた。
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 作品は、美術館を一周する遊歩道の、入口から最も遠い海側に設置されている。右回りでも左回りでも。小さめだけど案内も設置されていた。もし、行ったたことがある方なら、小船をひっくり返したような作品、西雅秋『大地の雌型より』の隣といえば、大体わかるだろう。

 来年3月3日までの展示、報道によれば予算不足で購入不可能のためとか。文化施策の貧困かと思ったが、一度観終えたら、購入しないでも良いと思うようになった。それは作品が悪いということではない。展示されているうちに記憶に残しておけば良いことなのだ。

 晴れた日の相模湾の夕景は美しいから、レストランでお茶を飲みながら過ごすのも至福の時になるだろう。そこから、屋上の作品は観られる。また出かけよう。

   (2012年12月2日記録)

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