« 2012年8月 | トップページ | 2012年10月 »

2012年9月

2012年9月30日 (日)

路上観察:さわやか横浜・横浜港シンボルタワー(2012年9月29日)

 東京湾と横浜港の境目、本牧埠頭D突堤の先端に位置する船舶用信号所、塔の先端にF・I・Oなどを表示して船舶の入出港をコントロールします。入館料無料、駐車場も250円/3時間と格安。
001 002 003

 視界270度、ベイブリッジ、羽田に離着陸する飛行機、東京湾アクアラインの風の塔や海ほたる、房総半島、沖行く大型船、鼻先を掠めるように小型船が見られます。
008 009_2 010

 周囲に芝生広場が広がります。のんびりと長居している方が多いように感じました。
005 006 007

 港横浜ですから。
011 012 013 014 015 016 004

   (2012年9月29日記録)

| | | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月29日 (土)

音楽:J.S.バッハ・無伴奏ヴァイオリン全6曲演奏会

  演奏  小笠原伸子

  曲目  J.S.バッハ:
        無伴奏ヴァイオリンのためソナタ第1番 ト短調
        無伴奏ヴァイオリンのためパルティータ第1番 ロ短調
        無伴奏ヴァイオリンのためソナタ第2番 イ短調
          (休憩)
        無伴奏ヴァイオリンのためパルティータ第2番 二短調
        無伴奏ヴァイオリンのためソナタ第3番 ハ長調
        無伴奏ヴァイオリンのためパルティータ第3番 ホ長調
        アンダンテ 無伴奏ヴァイオリンのためソナタ第2番より(?)

  会場  横浜みなとみらいホール小ホール(15列15番)
  公演  2012年9月23日13:30~15:50(休憩15分)

 

 かって、富山の山奥でパルティータ第2番を2日続けて聴きました。演奏は漆原朝子、シャコンヌの深奥な響きに感動した記憶が残ります。生演奏はそれ以来、20年ほどが過ぎました。

 小笠原は、かって神奈川フィルのコンサートマスターを務め、現在は横浜弦楽四重奏団第1ヴァイオリン、横浜バロック室内合奏団コンサートマスター・プロデューサーという経歴。演奏者への興味も大いにありました。

 演奏は作曲順。曲間に短い話を挟み、3曲を終えて休憩。CDなら2枚組みになる演奏時間ですが、一気に弾ききった感じでした。演奏後のホワイエの懇親会で司会もしました。強靭な体力をお持ちのようです。

 

 演奏が始まると、ホールは充分な音量で満たされました。音色は硬質でなく太く豊か。シューボックス型の小ホールは、室内楽を良く引き立てます。

 前半、しゃくりあげるようにソナタ第1番の最初の4重音で一気にバッハの世界へ。ヴィオリンという楽器の魅力を最も感じさせる瞬間でした。無伴奏とあえて言うからには伴奏付きが通常でしょうが、重音がそれ補い、美しい旋律がテンポ良く奏でられました。一部で小節が不明瞭に感じられたのは、多少の睡魔に襲われたせいでしょう。聴く方も準備が大切です。
 前半3曲で1時間を少し切っていました。

 後半は、パルティータ第2番のシャコンヌ、リュート組曲に編曲されているパルティータ第3番に興味が惹かれます。そのシャコンヌは、私の思うより多少早いテンポでしたが、重音が最も魅力的に響く重厚なものでした。14・5分ほどを要する演奏の最中に何かを意識するわけはないのですが、モンタージュのように、フラッシュバックのように、意識がどこかに跳んでいくような気もしました。絶対音楽なのに、機微が漂ようようでした。

 ソナタ第3番の前の話に「ここまで来ると天国に辿り着いたような気がする」。シャコンヌを弾き終え、これまで短調だった曲が、残る2曲は長調に変わる、それらをまとめての感想でした。易々と演奏しているようで、大変困難なことなのでしょう、技術面だけでなく精神面でも。ソナタ第3番、パルティータ第3番は多少リラックス、明るく楽しい雰囲気が終わりました。

 

 小笠原の無伴奏ヴァイオリン全6曲演奏会は、年1回開催で今回が9回目。今後も継続するようで、以降、必ず聞こうと思いました。横浜バロックの定期も機会をみて出かけてみます。

   (2012年9月29日記録)

| | | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月26日 (水)

一駅散歩:京浜急行線日ノ出町駅~戸部駅(2012年9月20日)

 過日、京浜急行線日ノ出町駅から戸部駅に向かう一駅間を散歩しました。

 ご存知の方も多いと思いますが野毛の飲食店街、その西側に連なる丘陵地帯を歩きました。とりたてて有名な名所があるわけではありませんが、横浜の歴史が感じられる一帯です。例えば、野毛山公園一帯、紅葉丘一帯、横浜道に岩亀横丁。

 秋晴れの一日を狙って歩いてみませんか。地図添付等の関係で、詳細記録はホームページに掲載しました。

  (2012年9月26日記録)

| | | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月18日 (火)

音楽:東京都交響楽団マーラー・ツィクルス第1期 ツィクルス1

  指揮     エリアフ・インバル

  独唱     小森輝彦(Br)

  演奏     東京都交響楽団

  曲目     マーラー :さすらう若人の歌
         マーラー :交響曲第1番「巨人」

  会場     横浜みなとみらいホール(1階29列13番)
  公演     2012年9月16日15:00~16:55(休憩20分)

 

 二日続きでみなとみらいホールに足を向けた。インバルのマーラーを聴きたかったことと、神奈川フィル以外のオーケストラを聴きたかったため。

 神奈川フィル以外と言うのは、別に乗り換えようと思うものでない。むしろ、神奈川フィルを聴き続けるために、良くも悪くも他のオーケストラとの差異の有無、有るならばどこかを認識したかったから。

 

 第1番「巨人」。 第1ヴァイオリン12名、コントラバスが10名、後は影になって数えきれなかった。それにしてもマーラーは大編成だ。

 それが、スコアの指示とは言え、弦の最弱音で演奏を開始する。都響はいつもこんなに美しく響くのか、いきなり失礼なことを思ったりした。都響は初めてだ。

 東の空が白んで鳥たちがさえずり始め、太陽が山際に現われる。響きに喚起されて情景が湧き上がる。どこかで読んだ知識を思い出す訳でなく、自然に湧き上がらせるところが素晴らしい。名演を予感させた。

 すべての弦、すべての管が瑞々しく、力強く、そして美しい。良く鳴るとはこういう状態を指すのかと思ったりもした。各パート云々より、オーケストラという楽器を納得させられる。激しくティンパニーが打ち鳴らされて第1楽章を終えると、間をおかずに第2楽章へ。

 弾むように力強く演奏される第2楽章。ティンパニの刻む音に乗って「フレール・ジャック」のコントラバスのソロから始まる第3楽章。間をおかずに始まる第4楽章の激しさ。楽章が進んでも予感を裏切られることはなかった。

 素晴らしい、名演奏だ。この曲を聴くと青年の感傷のようなものに浸れるけれど、今回はそれだけでない。この曲と言うより、音楽の素晴らしさを実感させられた。今までだって良い演奏に出くわしているが、頭一つも二つも抜き出たとの意味。
 予定の重なりがあってシリーズ券を購入しなかったけれど、少し調整しよう。

 録音を聴くだけでは判らない、視覚的なことをいくつか。
 トランペット3名は第1楽章の途中で舞台へ。それまでは舞台袖(?)で演奏。当然ながら遠くからかすかに響く。
 ホルンは第2楽章でベルアップ。第4楽章のコーダで起立、トロンボーンも起立。
 インバルは、第4楽章のコーダに入って足を広げて、まさに仁王立ち。もちろん手は動かすけれど。恰幅が良いから一幅の絵を観るようだ。

 

 さすらう若人の歌、順が逆だけど。 端正な歌唱、控えめにサポートするオーケストラ。席が1階の最後方だったので少し音が遠いし、初めてライブで聴くからバランスも判らなかった。気になることはなかったが、何かが触発されることもなかった。後の演奏が圧倒的だったので、少し割りを食っていると思う。

   (2012年9月17日記録)

| | | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月17日 (月)

音楽:神奈川フィル第283回定期演奏会

  指揮  伊藤翔

  独奏  フジェミスル・ヴォイタ(Hr)

  演奏  神奈川フィルハーモニー管弦楽団

  曲目  ウェーベルン :管弦楽のための6つの小品
      R.シュトラウス:ホルン協奏曲第2番 変ホ長調
      スラヴィッキー:ソロ・ホルンのための音楽より第3楽章(ソロ・アンコール)
      ブラームス  :交響曲第2番 ニ長調

  会場  横浜みなとみらいホール(1階13列22番)
  公演  2012年9月14日 14:00~15:55(休憩20分)

 

 今年三月まで副指揮者を務めていた伊藤翔の定期デビュー、いわば凱旋公演。

 

 ブラームス: 第3楽章のオーボエで演奏される主題の軽快て愛らしいこと。2番の魅力の最たる部分。ブラームスの田園と呼ばれるそうだが、全体的に端正で、しかも美しい楽曲。神フィルの繊細さと相性が良いだろうと思っていた

 しかし、低声部がくぐもって、あるいは少し奥に引き篭もるような感じに響いた。初めての体験。それもあって、少しバランスの悪さを感じたが、それ以外はいつもと変わりない。私のコンディションも多少悪かったのだが、あるいは狙い通りだろうか。その見極めは私には無理だ。第1・2楽章と引きずり、それ以降は感じなくなった。

 第3楽章の聴き所、全体を通してもだが。チェロのピチカートを従えて主題を奏でるオーボエが実に美しく、天にも上る気持ち。再現される度に新鮮な気持ちで聴く私。そこばかり強調してもおかしなもので、管全体がとても美しく、弦とのやり取りも盛り上がり、これでいつもの神フィル。

 第4楽章は、今まで押えていた力を一気に吐き出すように、圧倒的な迫力で結ばれる。

 前半部分に何か心残りがあったけど、最後は盛り上がって良い形で終わった。
 伊藤翔も格別な思いがあっただろう。演奏を終えて心なしか上気しているようにも感じられた。1982年生まれだから、神フィルと演奏する機会はこれから何度も訪れるだろうけど、今日は特別だ。神フィル・メンバーからの賞賛も格別であっただろう。私も次の機会を楽しみにする。

 

 ウェーベルン: プログラム変更、ブラームスのハイドンの主題による変奏曲に代えて。期する所があったのだろうけど、私のカバー範囲外。いつか興味を惹く日がくるだろうか。

 R.シュトラウス: ホルンと言えば不安定な楽器の最たるもののように思い込まされているが、結構難しそうな曲なのにヴォイタはいとも簡単に演奏してしまった。ヴォイタは伊藤翔よりさらに若いというのに。神フィルのサポートを含めて見事な演奏というしかない。
 ソロ・アンコールでさらに難解そうなスラヴィッキーも、軽々と演奏した。世界は広い。

   (2012年9月17日記録)

| | | コメント (0) | トラックバック (0)

美術:横浜美術館「奈良美智」展

  名称   奈良美智:君や僕にちょっと似ている
  会場   横浜美術館
  会期   2012年7月14日(土)~9月23日(日) 、詳細は要確認
  鑑賞日  2012年7月14日、8月6日、9月15日

  参考   公式ホームページ

 

 入場者は女性が多く、年齢は低目。奈良美智に好感を抱く人は多いだろう。私もその類だけど、後の世に残るものは何かなども少し考えている。

 

 エントランスホールに高さ4m弱の「White Ghost」。喫茶室にも小型の像や絵が展示されている。それらだけで雰囲気を感じるのも可能。写真撮影も可能だから、入場する気はなくとも散歩の記念にちょっと寄ったら如何か。現代美術にはまるきっかけになるかも知れない。
000 001 002

 

 第4室(最初の部屋)には、巨大な頭像8体、石膏による習作、エスキースなどが展示され、大雑把に制作過程も判る。
 頭像はブロンズだが、粘土を貼り付けた跡や指を揃えてそぎ落とした跡が生々しく残る。それらが置かれる台は、端材を寄せ集めて作ったような代物。手作り感が漂い、それがまた作品を身近に感じさせる。
 部屋の中央で全体を見回すと、像はこちらを見るもの、後頭部を見せるもの、配置は様々。形だけでなく気分的にも「君や僕にちょっと似ている」を実感させる。

 第5室は、「2011年の僕のスタジオから/水戸での展示を経由して2012年7月の横浜へ」と題するインスタレーション。入口が低く、かがんで部屋へ入ると、そこは奈良美智の仕事部屋。音楽が流れ一段高くなった床、壁面などに種々雑多な作品。親近感をますます増幅させる。
 前2回の入場では床に上れたが、3回目は紐を張って抑制されていた。混雑による混乱回避だろけど、ここは床に上がって細かいところを見たい感じだ。

 ホワイエ・第6室は、絵が主体。絵の支持体が段ボール、端材寄せ集め、ぼろ布(キャンバス布?)の寄せ集めなど。何にでも絵が描く。大きなもの小さなもの、LPレコードのジャケットサイズのものなど。一つ一つの作品も興味深いけれど、点数が多いので全体の雰囲気を吸い込んだ。

 私が一番興味深かったのはその後。常設作品に移動すると、奈良美智の作品が展示されている。常設作品とも思えるが、点数が多いから意図的と判る。奈良美智の作品に足を止め、ピカソは素通りするなど結構面白い状況もある。常設展示は撮影可能で、サービスの意味もあるだろう。
003

 大規模な奈良美智展は始めて。ポップアートだろうか、それともポスト・ポップアートに移行しつつあるのだろうか。このままだと好感は抱くにしても、強烈なインパクトはまだだろう。これからどこへ向かうのだろうか。

   (2012年9月16日記録)

| | | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月14日 (金)

路上観察:さわやか横浜・中華街本通り(2012年9月8日)

 JR石川町駅側から山下公園に向かって、中華街本通りを進みます。写真は左から順に、延平門、善隣門、本通の賑わい、横道の香港路。
001_2 002_3 003 004

 横道の市場通り、食材店の看板、重陽門、さらに進むと山下公園に至ります。
005 006 007 008

 用足しを終えて日の暮れかかる本通りを戻りました。写真は左から順に、本通りの賑わい、プレミアセットや食べ放題のメニュー、ジャズ&カクテルのウィンドジャマー。
009 010 011 012

 時々、本通りを通り過ぎますが、一頃より客足は増えたと思います。昔に比べて、少人数でも中華を楽しめるプレミアセットや食べ放題のメニューを揃える店が増えています。本通りに寿司屋が開店したのは最近の話題。食事の後にカクテルなど如何、周辺には各種バーも少なくありません。

   (2012年9月14日記録)

| | | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月10日 (月)

美術:越後妻有アートトリエンナーレ2012・第3日目(2/2)

 津南町の作品をいくつか観た。。

【M038:建具ノモリ:山本想太郎】
 民家の建具出構成した作品。週末だけだと思うが、出来上がった空間でグッズを販売していた。手作り感に満ちて、ちょっとしたコミュニケーションがすぐに成立する。
001

【M039:津南のためのインスタレーション:滝澤潔】
 古着を使ったインスタレーションに既視感はあるが、内部に入れた灯りが暗闇に光を放つ様子に哀歓を感じるのが新鮮。お盆提灯か。機械工場跡の空間もそれに輪をかける。二階の天井に毛皮上の装飾がされていたけど、広い空間が埋まっていなかった。何か見落としていたか。
002 003

 

 中里エリアの日帰り温泉・ミオン中里へ移動。

【N001:鳥たちの家:ジャウマ・プレンサ】
 第1回作品。がっしりして遠くから目に付くランドマーク。信濃川の河川敷の田園にメタリックな姿がマッチする。周辺にいくつかの作品があるけど、新しいものは無かったようだ。以前は、田んぼの中のインスタレーションが哀感や開放感を表現していたが、ちょっと淋しい。
004

 

 近くの越後田沢駅に移動。

「N060:船の家:アトリエ・ワン+東京工業大学塚本研究室」
 【河口龍夫】の作品を収蔵するための建物。簡素なつくりだけれど、恒久的なものか。
005

【N061:未来への航海:河口龍夫】
 期待していたけど、ちょっとがっかり。というのも、同じコンセプトの大掛かりなインスタレーション「時の航海」を、2008年に入善・発電所美術館で観ているから。ある制約下で制作されるので仕方ないことだけど。良い作品と思うけれど、あまりにも強い印象が残っているので。
006

【N062:水から誕生した心の杖:河口龍夫】
 生から老への時の流れを暗示するインスタレーションと感じたが、何か物足りない思いがする。【未来への航海】も含めて、もっと大きな空間が河口龍夫には必要と思う。
007

 

 予定が、多少早めに進んでいたので、十日町エリアの鉢地区に移動する。

「T173:絵本と木の実の美術館:田島征三」
 何となく琴線に触れるネーミングが良いし、旧真田小学校の校舎との相性も良い。第4回と基本的な所は変わらないが、拡張されている部分もある。私の感性から言えば、第3回の天井から南瓜を吊るしたインスタレーションの方が好きだったけど。
 周辺に、竹で作った人形や竹の楽器などが置かれる小屋【T249:道楽神さまと子どもたち:田島征三+松本雅隆】が、周遊コースに配置されている。
008 009 010 011

 

 近くの名ケ山地区に移動する。

「----:アジア写真映像館」
 旧茗ケ山小学校を使用して、中国人・日本人作家の写真を展示している。一部を除いて、テーマが越後妻有と全然関係ないので、どういう意味があったのか。ちょっと首を傾げてしまった。(写真なし)

「T109:名ケ山写真館:倉石拓朴】
 直ぐ近くの古民家を使用した写真館。地域の古い写真を展示したり、訪れた人の遺影を撮影してくれる。付近の植物の影をとらえた新作も展示されている。
 倉石拓朴は、横浜・黄金町でも遺影撮影プロジェクトを展開しており、以前、私も撮影してもらった。その後に、確か「貴方にとって死とは何ですか?」とのインタビューを受けた記憶は残る。傍らのディスプレイに見慣れた風景が写っていたので見ていたら、そのインタビューをまとめたもので、やがて自分の顔が写しだされた。最後の最後にどっきり。
012 013

 

 15時半ごろ帰路につく。関越トンネルが全面通行止めになっていて三国峠越え。もう一度、どっきり。21時過ぎ、無事に横浜到着。

   (2012年9月9日記録)

| | | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月 9日 (日)

美術:越後妻有アートトリエンナーレ2012・第3日目(1/2)

 津南エリアの、津南町から津南スキー場に向かう道筋にいくつかの作品がある。

【M011:かささぎたちの家:キム・クーハン】
 第2回作品。子供達のための不思議な家という感じがする。何回か寄ったが子供達の姿を見かけたことがない。たまたまか。
001

【M036:在るべき場所:リュウ・ジャジング】
 あぜ道に連なる看板、同じ経度、緯度に沿って移動できれば、思わぬ地点に辿り着く。敦煌へは3800Km、思ったより近い。柏崎刈羽原子力発電所へは45Km、原発事故が発生すれば豊かな実りも失われる。取り繕った言葉より事実は雄弁。物理的には大きな地球も、精神的には極めて小さい。それなのに。
002 003 004

【M035:タイム・トンネル:ウー・ダシン】
 一番低いところを信濃川が流れる。広大な景色の中に作品が置かれると、より広々とした景色に感じられる。やり直せるなら、どこまで時間をまき戻そうか。
005 006 007

 

 津南スキー場には多くの作品が展示されるが、完全に新作らしいものは見当たらなかった。前回のスキー場に大きな山の字を描くプロジェクトのような作品もなく、ちょっと閑散とした思いがした。 

【M001:ドラゴン現代美術館:ツァイ・グオチャン】
 第1回作品。中国福建省から移築された登り窯、12年の歳月で大分痛んだようだ。かっては内部に作品が展示されて、それこそ美術館だった。窯から出るホースを吹くとオルガン風の音が出る。後述のアン・ハミルトンの作品と一体のもの。
008 009 010

 

 津南町から津南スキー場に向かう道筋にまだ作品があるけれど、開場時間の関係で戻る際に寄った。

「M034:東アジア芸術センター:セント・アート・スタジオ」
 周辺の案内所の役目を担う施設、辰年にちなんでドラゴン。喫茶も。
011 012

【M026:時を越える場所:グァン・ファイビン】
 鉄板中央の丸い鏡面が回転して、周囲の景色が写りこむ。
013

【M037:金属職人の家:アン・ハミルトン】
 元板金工の住んだ家、天井から下がった紐を引くと、連動してオルガン風の音が響くインスタレーションで昔の賑わいを取り戻す。
 私が子供の頃、近所の駄菓子屋のおじいさんが、私のことを「ドーコヤ」と呼んだ。その時は良く判らなかったが「銅工屋」だろう。羽振りは良かったようだが、祖父の代で終えたようだ。残っていた道具はおもちゃ代わりだった。流れがちょっと違っていれば、私は神社仏閣の屋根の上で仕事をしていたかもしれない。個人的事情で懐かしい思いがした。
014 015

   (2012年9月9日記録)

| | | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月 8日 (土)

美術:越後妻有アートトリエンナーレ2012・第2日目(2/2)

 山道を一箇所曲がり損ね【D103:明後日新聞社文化事業部:日比野克彦】には辿り着かず。かなり残念だけれど、大雑把に行動するから良くあること。

 

【D143:脱皮する家:鞍掛純一+日本大学芸術学部彫刻コース有志】
 一刀彫とか思い浮かべれば良いけれど、素材が丸ごと家一軒というのがユニーク。2006年作品で、その後の変化は無いようだ。
003003_3 004

【D215:コロッケハウス:鞍掛純一+日本大学芸術学部彫刻コース有志】
 脱皮する家の隣、金属を吹き付けたメタリック仕上げの家。2009年作品で、その後の変化はないようだ。【D271:やまのうえした:鞍掛純一+日本大学芸術学部彫刻コース有志】も直ぐ隣、酢漬けの茗荷を手に載せて貰って食す。美味。
005

 

【----:星峠の棚田】
 周辺で一番美しいと言われる棚田。ビューポイントから眺めるだけだが、歩き回ると多くのビューポイントがあるのだろう。四季折々の表情も興味深い。
006

 

「D053:まつだい雪国農耕文化村センター『農舞台』」
 松代駅隣接の異形の建物、松代エリアの拠点。内部や周辺に多くの作品が常設展示される。過去に制作展示された作品を観ると、再びアートトリエンナーレに来たと思う。変わることも重要だが、変わらないことの重要さも感じる。要はバランスだろう。
 『能舞台』の一角を【D058:関係-黒板の教室:河口龍夫】が占めている。部屋中が黒板(緑板)で、どこでも黒板だ。
007 008

【D001:棚田:イリア&エミリア・カバコフ】
 第1回に制作展示された作品。判りやすくて飽きない。この作品を観ると越後妻有に再び来られたと思う。各フィギュアに用意された4行5連の詩を通して作品を観るが、『能舞台』の階段途中の踊り場は気付き難いので要注意。写真はなかなか上手く撮れない。写真は2006年撮影。
0096

【D061:花咲ける妻有:草間弥生】
 第2回に制作展示された作品。【棚田】と同様の思いに至る。草間弥生の作品は方々で見かけるが、いままで見た中で、この作品が一番好きだ。周辺が花壇になった。
010

 

「Y019:越後松之山『森の学校』キョロロ:手塚貴晴+手塚由比」
 松之山エリアの拠点施設で、第2回に開館した小さな科学博物館。今回は昆虫標本のなどが展示されていた。外観の錆び色は錆びそのもので、外壁は鉄板で構成されていてユニーク。周辺に「美人林」と呼ばれるブナ林や里山が広がり、ゆっくり散策するのも楽しいと思っている。写真は2006年撮影。
0116

 

「Y072:家の記憶:塩田千春」
 古民家に染み付いた記憶を、黒い糸を編んだ中に、永遠に閉じ込める作品。良い作品だが、インパクトが多少弱いとも思う。ホワイトキューブに制作展示する塩田の作品に力強さを感じるけれど、この作品では自己主張を控えて寄り添う感じがする。人の生きた痕跡は、もうそれだけでアートだ。
012 013

 

「Y052:最後の教室:クリスチャン・ボルタンスキー+ジャン・カルマン」
 旧東川小学校の1階から3階までの教室、廊下、体育館を使用した大規模なインスタレーション。2006年の作品。長野地震の影響でガラス窓が大分割れたとボランティアのおじさんが言っていた。作者だけでなく、ボランティアや近隣住民の力でアートトリエンナーレは成り立っている。
 何回も観たが、大掛かり過ぎて素朴さが薄い思いがする。越後妻有にある多くの廃校に作品展示されているけれど、この作品が一番深刻で、明るいものが見えない思いもする。時間を断ち切って、その後が無いような。それが現実と言えば、その通りかも知れないけれど。写真左から2枚目、大音量の心臓音が流れている。
014 015 016 017

 

 今日の泊りはグリーンピア津南。

   (2012年9月7日記録)

| | | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月 6日 (木)

美術:越後妻有アートトリエンナーレ2012・第2日目(1/2)

 松代・芝峠の朝、旅館から見える雲海。三回目の宿泊で、そこそこに見事な雲海が見られた。奥に薄く見えているのが上・中越を分ける山々、右枠外には苗場山が。
001_2

 

【D051:視点:フランシスコ・インファンテ】
 旅館の前に何点かある作品の一つ。自然とアートが織りなす瞬間的な情景を写真に撮るが作品意図。手前に一脚が据えられていてカメラを固定できる。人間もまた自然の一部ということで集合写真を。
002 002a

【D132:マウンテン:リチャード・ディーコン】
 山道途中の開けた場所にメタリックな作品が風景に溶け込んでいる。街中の美術館に置かれても良いような感じの作品だが、ここに置いても違和感はない。自然は懐が深い。前は”クマ注意”の掲示を見かけたが、今回は気付かなかった。
003

 

【----:清水の棚田】
 平成23年の地震と豪雨で見事な棚田は崩壊、復元工事中。角度は異なるが、2007年撮影の写真と比較されたい。アートトリエンナーレが開催されなければ、知ることもなかっただろう。
004 00470047_3

 

「D266:ブランコの家:マーリア・ヴィルッカラ」
 急須、コップが置かれたブランコがゆれ、時々、ミシンが踏まれる。かって住んていた姉妹たちの話をモティーフにした作品。座敷童がどこかから出てきそうな思いがする。
005 006

「D134:BankART妻有:みかんぐみ+BankART1929+他」
 多くの作品があるのだけど気付かない。焦点が定まっていないというか、作家の活動拠点と考えるべきか。宿泊もできるようだが、シースルーのバスに浸かれば閃くことがあるかもしれない。
 以前、オーナーのKさんと一時間ばかり話し込んだことがあった。横浜に出ていた時期があったとかで古い話をした。便利な横浜からなぜ戻ったかは聴くこともなかったが、故郷は忘れがたきものと想像している。
007 008

【D209:静寂あるいは喧騒の中で/手旗信号の庭:クロード・レヴェック】
 古民家の中にインスタレーション。新作として、ステンレス板を吊り下げて周囲の風景を写しこむ作品。手続きの関係で、2009年撮影の写真を掲載。
0099  0109 0119

 

【D265:中原佑介のコスモロジー:川俣正】
 旧清水小学校、現清水・松代生涯学習センター。ある意味シンプル、だって本箱を積み重ねただけだから。それでいて美の巨人の源泉を余すところなく伝える。さりげなく“KAWAMATA 80DOCUMENT”の表紙を見せるところが愛嬌か。山奥まで足を向ける意味があると言うものだ。良いインスタレーションは、多くの言葉を必要としない。
012 013 014

 

「----:蓬平いけばなの家」
 古民家の内外に、9人の作家によるいけばな作品が展示される。その中からいくつか。【D260:妻有降臨:かとうさとる】は、何から作られたか判らないけれど、古民家に良くマッチしていると思った。【D257:モスラの時代:大塚理司】は、彩色した小枝を繭のように仕上げた物で、3つが並んでいた。“森敦著・月山”の一場面を思い出した。
016 015

 

【D255:養蚕プロジェクト・光をつむぐ祈りをつむぐ:古巻和芳+夜間工房】
 前回と“繭の家”が違っていたので聞いたところ、前の展示場は雪でつぶれたとのこと。冬の厳しさを思い知らされた。
 まゆの入ったカップを手に持って柱の周りを数周、つまり糸引き作業を訪れた人が少しづつ継続する。それは祈りに通じると。柱にできた光の帯はその成果。わずかといえ糸引きを始めて体験、参加型の作品が少ないので貴重だ。糸は切れそうに思うが結構強く、自然は偉大と感じた。
017 017_2 018

   (2012年9月6日記録)

| | | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月 5日 (水)

美術:越後妻有アートトリエンナーレ2012・第1日目(2/2)

「T120:うぶすなの家」
 うぶすなは産土、生地や産土神の意味。茅葺の古民家を2006年、やきもの美術館に再生。地の材料を使用した食事が可能。奥まった所にもかかわらず訪れる人は多い。
 陶芸のかまどや洗面台なども作品。3回目の訪問。新作もあるが、器などじっくり観る気分にならない。気持ちの切替が難しい。
 写真は左から、うぶすなの家正面、【T256:宗達の出会った空間:中村卓夫】【不明】。
001 002 003

 

「T112:バタフライパビリオン:ドミニク・ベロー」
 野外舞台、能などが上演された話題は耳にしている。漆黒の闇(多分)に繰り広げられる舞台は美しいだろう。ある意味、抜け殻を見ているようなものだ。写真に写る人は舞台稽古に非ず、釣りしていた。
004

 

「T253:下条茅葺きの塔:みかんぐみ+神奈川大学曽我部研究室」
 高さ11メートルのスリムな茅葺きの塔。アートブログ(曽我部昌史)で断片的に制作の様子を認識していたが、目の当りにして思いも修正された。雪深い土地柄、雪下ろししないで済む?形状と思える。茅葺も二重螺旋で見事。ただし職人は近在にいなくなり、長岡から呼んだそうだ。ブログを読んでいると随分忙しそうだし、アートにおけるアーキテクトの存在も膨張していると感じる。
 隣接して【T252:下条プロジェクト:キドラット・タヒミック×小沢剛】。2015年に向けてスタートしたフィリッピンと下条地区の交流プロジェクト。次回の楽しみに。
 写真中央は、塔の内部を見上げたところ。
005 006 007

 

【T251:油絵茶屋再現実行委員会:小沢剛】
 小沢剛が2011年に開催した「油絵茶屋再現」の巡回展。油絵茶屋とは、明治7年、東京の浅草寺境内の見世物小屋で開催された日本美術史上初の油絵の展覧会。モティーフや塗りが油絵の黎明期を感じさせる。先日観た高橋由一が思い浮かぶし、あらためて偉大さも感じた。
 ゲートボール場を利用していたが、涼風が吹き抜け、係りのおじんさんがスイカをご馳走してくれたので、一時、猛暑を忘れた。所々で土地の人情に触れる。
008 009 010

 

 川西エリア、ナカゴグリーンパーク、【K005:光の館:ジェームス・タレル】に向かうも16時過ぎで入場不可。宿泊施設で閉場が早い。タレルは方々で観るので良しとする。

 周辺に恒久展示の作品が多いが、【K002:時空:斉藤義重】は2000年の作品。初めて見た時は自動車から出られないほどの夕立。横浜美術館の個人展も観たが、雨風に打たれるアウトドアーでは迫力が増す。【K080:越後妻有レインボウハット:関口恒男】は今回作品、テント状の覆いに太陽光の反射で虹を描く作品だが、陽が陰っていて虹は見られず。
011 012

 少し離れた所にある【K082:LACHIKU:岩城和哉+東京電機大学岩城研究室】は、竹の魅力を追求した作品。アートより工芸の趣が強い。
013 014

 

 今夜の宿泊地に向かう途中、【K084:祭「還るところ」:力五山】に寄る。寄ると言っても、自動車のすれ違えない山道もある奥まった集落。畦にどかっと座って、手の届く範囲の草むしりをする老人一人を見かけただけ。
 古い写真から描き起こした絵が道端に掲示され、進むと雪洞を飾られた神社。かっての賑わいを呼び戻す作品だそうだが、夕方とも相俟って寂寥感が込み上げる。これが越後妻有の現実でもある。
015 016 017

 

 予定より一時間以上遅れて宿泊地、松代芝峠に到着。

   (2012年9月5日記録)

| | | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年9月 4日 (火)

美術:越後妻有アートトリエンナーレ2012・第1日目(1/2)

  名称   大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2012
  会場   越後妻有地域(新潟県十日町市、津南町) 760 K㎡
  会期   2012年7月29日(日)~9月17日(月・祝) 51日間
  鑑賞日  2012年8月7日~8日、8月30日~9月1日

  参考   公式ホームページ

 

 2000年に第1回開催、以降3年ごとに開催、よって2012年の今年は第5回になる。中間の年も小規模ながら開催されており、それを含めると私の越後妻有行は10回を越える。

 なぜもそれほどまでに惹きつけられるか定かではないが、
  1. 現代美術を集中的に観られる
  2. アウトドアーのアートイベントである
  3. 地方の生活(過疎化・限界集落化の課題など)を垣間見る機会である
  4. 回を重ねることで様々な変化を知る機会にもなる
などが綯交ぜになっていると思う。

 越後妻有地域は東京23区より一回り大きく、そこに約370点(過去開催の恒久作品を含む)の作品が散在する。数日間の滞在で全作品を観ることなど不可能。一部を観たに止まる。

 第1日(30日)は十日町・川西エリア、第2日(31日)は松代・松之山エリア、第3日は津南・中里エリアの作品を主に鑑賞した。移動手段は全行程を自家用車で。作品は鑑賞順に紹介、要所で8月始めの様子や過去の様子も付け加える。

 なお、作品は【】で括り、建築物は「」で括る。各々の先頭の英数字は公式ガイドに記載の作品番号。

 

 十日町エリアから鑑賞を開始するために、関越自動車道を六日町ICまで走る。東京都内の混雑具合にもよるが、横浜から4時間ほど。

 越後妻有への山越え、すなわち上越から中越への移動前に早めの昼食。いずみビレッジは、六日町ICから10分ほどにあるレストラン併設の地ビール醸造所。本格的なイタリアン、定食も用意されていて近所に住むと思しき人が多い。地ビールを呑めないのは残念だが自宅に配送手配。ここから十日町キナーレまでは40分弱。
001 002

 

「T025:越後妻有里山現代美術館・キナーレ」
 十日町エリアの拠点施設。ビッグネームの作品もあるけれど、ホワイトキューブに収まった小品の感が強い。現代アート入門の位置付けか。
 写真は左から、館内の雰囲気、【T229:Rolling Cylinder,2012:カールステン・へラー】。
003 004

【T231:No Man's Land:クリスチャン・ボルタンスキー】
 キナーレ内。約9トンの古着の山、クレーンで古着を掴みあげては落とす動作を繰り返す大掛かりなインスタレーション。クレーンは、後方のプロンプターボックスのような箱の中の叔父さんが操作しているところがご愛嬌。
 ハレの日もケの日も身に付けた衣類、様々な記憶が閉じ込められていて誰しも愛着を覚える。とは言えこれだけの量、展示の仕方に余情は失せる。コンクリート打放しの建物にサイトスペシフィックな情緒もない。私はやりすぎだと思う。
 写真の右端は2006年撮影、通常はプールになっている。
005 006 007

 

「----:Soil Museum もぐらの館」
 旧東下条小学校の教室を展示場にしている。この後、閉校した学校をいくつも回る。過疎化を実感させるのもアートの役割。
 写真は、旧東下条小学校正面。
008

 土をキーコンセプトにした8人の作者の作品が展示される。全体に知が勝っているきらいが強いけど、自然は一朝一夕に成るものではなく、大切にすべきものであることが伝わってくる。
 写真は左から、【T261 輝器 KAGAYAKI 空(QOO)-近未来ノスタルジー:田中哲也】【T262:今度生まれてくる時も、また:本田裕紀】【T264 土壌モノリス-日本の土 1万年のプロフィール】。
009 010 011

   (2012年9月3日記録)

| | | コメント (3) | トラックバック (0)

2012年9月 2日 (日)

随想:日本戦後史の起点は?

 今日の新聞を見てふと考えた。

 8月15日を終戦記念日とし、その日にアジア太平洋戦争を終えたとして新聞等でも取り上げられる。しかし、例えば「もういちど読む山川世界史(*1)」は、8月15日前後の経緯を次のように記す。

 『1945年2月、アメリカ・イギリス・ソ連3国首脳はヤルタ会談でソ連の対日参戦とその条件について密約した(ヤルタ協定)。4月アメリカ軍は沖縄に上陸し,日本本土は連日の空襲で荒廃して敗北は決定的であった。7月、アメリカ・イギリス・中国はポツダム宣言を発表して日本に降伏をよびかけたが、日本政府はこれを黙殺した。アメリカは8月6日広島に、9日には長崎に原子爆弾を投下した。ソ連も8日、日ソ中立条約を破棄して対日宣戦し、中国東北に進撃した。日本は8月14日ポツダム宣言を受諾し(15日国民に発表)、9月2日降伏文書に調印した。こうして第二次世界大戦は連合国の勝利におわった。』

 アジア太平洋戦争は、1945年9月2日、日本の敗戦で終了したことがグローバルな認識だろう。何でもグローバルと言うわりに、この辺りが徹底していない気がする。今日の新聞(朝日・東京)を見回しても、どこにもそのことについての言及がない。事実は事実として正確に認識しないと、グローバル化に対応できない気がする。

 9月2日の降伏文書の調印式の背景を、「戦後史の正体(*2)」は次のように記す。

 『一九四五年九月二日、東京湾に停泊していた米国戦艦ミズーリ号で降伏文書への調印式が行なわれました。ミズーリ号を調印の場にするというのは、トルーマン大統領自身が決めていた計画です。いったいなぜか。答えは、
 「日本の首都から見えるところで、日本人に敗北の印象を印象づけるために、(略)米艦隊のなかでもっとも強力な軍艦の上で行なう」(『トルーマン回顧録』)
 というのが、戦艦ミズーリ号が選ばれた理由でした。』

 調印式の様子は、「敗北を抱きしめて・上(*3)」に掲載の次の図版が、知る範囲でもっとも雰囲気を伝えていると思う。
19450902

 何を考えたか、知らないこと、うろ覚えのことが多いなと。近・現代史を勉強しようと。いざと言う時にきちんとした意見を表明できるようにしておこうと。

  *1 山川世界史(P251)・「世界の歴史」編集委員会編・山川出版社
  *2 戦後史の正体(P28)・孫崎亨著・創元社
  *3 敗北を抱きしめて上・ジョン・ダワー著・岩波書店

   (2012年9月2日記録)

| | | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年8月 | トップページ | 2012年10月 »