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2012年8月25日 (土)

美術:生麦事件より150年

 東海道53次、川崎宿と神奈川宿の中間、武蔵国橘樹郡生麦村(現横浜市鶴見区)で発生した外国人殺傷事件、生麦事件は文久2年8月21日(1962年9月14日)のこと。今年は150年目にあたる。

 現在、横浜開港資料館と横浜市歴史博物館で生麦事件に関する企画展を開催中異なる視点で事件に迫ってなかなか興味深い。

  名称   生麦事件 激震、幕末日本
  会場   横浜開港資料館
  会期   2012年7月19日(木)~10月21日(日) 、詳細は要確認
  鑑賞日  2012年8月21日(火)

  名称   生麦事件と横浜の村々
  会場   横浜市歴史博物館
  会期   2012年7月29日(土)~9月23日(日) 、詳細は要確認
  鑑賞日  2012年8月23日(火)

 

 教科書に掲載されるような歴史的事件で、我が家からもっとも近い場所で発生したのが生麦事件。距離にして10Kmも離れていない。

 その頃、外国人殺傷事件は少なくなかったようだ。資料館の展示に「清水清次の処刑」があったが、清水清次等の墓は保土ヶ谷道沿いの法亀山願成寺にある。願成寺から保土ヶ谷道沿いに少し開港場よりに進むと戸部刑場跡、清水清次等はそこで処刑され願成寺に葬られた。(写真は、清水清次等の墓)
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 墓の案内に『清水清次・間宮一 元治元年(1864年)十月二十二日鎌倉八幡宮のそばの茶屋で一休みしようと馬から下りた二人のイギリス士官を「憎むべき夷狄なり」として惨殺した。いわゆる維新の志士だったといわれている。両人とも相前後してつかまり戸部刑場で処刑されたが清水二十五歳、間宮十八歳だったという(注:鎌倉事件)』、『鳶の小亀 慶応二年(1866年)二月関内の遊郭で酒に酔って乱暴をはたらいていたフランス水兵を丁度居合わせた力士の鹿毛山長吉が投げとばしかけつけた鳶職の亀吉(通称小亀)が鳶口で殺した・・・と伝えられている。小亀は鹿毛山の罪も一身に引き受け、戸部刑場の露と消えた、という(注:鳶の小亀事件)』とある。

 ちなみに我が家の墓は願成寺にあり、戸部刑場跡は中学校への通学路脇だった。身近に歴史の断片があった。

 

 数ある外国人殺傷事件のなかで、生麦事件が歴史として記されるのは次の理由によるだろう。

 殺傷されたのは女性一人を含むイギリス人4人の一行、殺傷したのは江戸から京都に向かう薩摩藩の島津久光一行。乗馬のイギリス人一行が大名行列に入り込んでしまったことがきっかけ。無礼者ということで薩摩藩士が斬りつけたことになる。すなわち、個人的な事件として済ますことができなかった。(写真は生麦事件現場・江戸時代末期・ベアト撮影・横浜開港資料館所蔵、企画展カタログ・横浜市歴史博物館発行より引用)
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 後に、事件の解決を迫るイギリスは鹿児島湾に軍艦を進めて交渉を迫るが、薩摩藩は「生麦事件に関する責任なし」と返答したため、薩英戦争が勃発した。

 

 その頃、外国人は開港場(横浜関内)に居住したが10里以内、横浜の場合は東の六郷川(多摩川)、西は酒匂川までは自由に外出できたそうだ。日本の風習にうとい外国人の行動範囲がかなり広い。行き違いも少なくなかっただろう。

 殺傷されたイギリス人一行は、陸路(保土ヶ谷道だろう)で馬を移動させておいて、自分達は開港場から神奈川までを海路で移動、そこから馬で江戸方面に進んだそうだ。

 殺されたのはリチャードソン、上海在住の民間人で横浜に遊びに来て災難にあった。本人は日本に好感を抱いたようだ。資料に記載がある。

 傷を負った二人は、神奈川まで逃げ戻り、ヘボン式ローマ字で知られる医師・ヘボン博士の手当てを受けたそうだ。点の知識が少しづつ繋がっていく。

 展示資料を見ていると、教科書には載らない興味深い史実が判ってくる。古文書の展示も多いが、読み下しや解説で理解は進む。資料館展示に「イギリスに残された資料から」の副題もあるように、リチャードソンゆかりの写真展示もある。

 

 150年の歳月は長いだろうか、短いだろうか。往時の様子と今を比べれば、想像を絶する変化を遂げたと思えるけれど、世界各地から届く情報を見聞きし、国内の様子も総合的に勘案すると、人間そのものの進歩は微々たるものと思える。戦争や諍いの絶えることがない。

 以前、私がまとめた「生麦事件碑」も参考にして事件現場を訪れては如何か。現在、事件碑は高速道路工事のために、200mほど東京寄りに仮設されているそうだ。後のお楽しみは、キリン横浜ビレッジで如何か。

   (2012年8月25日記録)

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