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2012年3月

2012年3月31日 (土)

随想:大飯原発安全性の疑義

 報道は、原子力安全・保安院審議官が『滋賀・京都知事に耐性評価を説明 大飯原発 立地県以外は初(2012年3月30日東京新聞朝刊2面)』と伝える。両府県知事は、現状での再稼動に反対の意向を示したそうだが、当然だろう。

 2日前の報道は『福島2号機 格納容器内7万2900ミリシーベルト 6分で人死ぬ量 ・・・ 通常、原子炉が停止した状態では、格納容器内の線量は0.1ミリシーベルト程度で、いかに異常な状態かが分かる(2012年3月28日東京新聞朝刊1面)』と伝える。単位が不正確だけど。

 福島第一原発の事故原因は解明されず、訳の判らない“冷温停止状態”は宣言されたものの廃炉工程だって明確にできない今、なぜ再稼動か。

 より所は、原子力安全・保安院が、指示した関西電力大飯3・4号機のストレステストの簡易一次評価を妥当としたことだろう。ただ、妥当とは実施プロセスの妥当を意味して、安全とは意味合いが異なる筈だ。報道も恣意的に意味を摩り替えていると思うが。

 原子力安全・保安院のホームページを探ると『東京電力株式会社福島第一原子力発電所における事故を踏まえた大飯発電所3号機の安全性に関する総合評価(一次評価)の結果について(報告)』なる資料に到る。ここから『1.はじめに』を引用すれば次のとうり。

 『平成23年7月22日、原子力安全・保安院から当社に対し、「東京電力株式会社福島第一原子力発電所における事故を踏まえた既設の発電用原子炉施設の安全性に関する総合評価の実施について(指示)」(平成23年7月22日付け平成23・07・20 原院第1 号)(以下、指示文書という。)が発出され、既設の発電用原子炉施設について、設計上の想定を超える外部事象に対する頑健性に関して、総合的に評価を行うよう要請された。
 本報告書は、指示文書に基づき、当社原子力発電所の安全性に関する総合評価の内、一次評価について、その結果を取りまとめたものである』。

 

 読み進まなくとも、この報告は“設計上の想定を超える外部事象に対する頑健性に関する総合的評価”であり、“安全性に関する総合評価の内”なるものに言及したと判る。大飯3号機、まして大飯原発の安全性を保証するものでない。

 私は分厚い報告書を理解できるとは思わないが、少なくとも簡易一次評価のストレステストが、原発の安全性を保証するものでないと理解する。いかがだろうか。

   (2012年3月31日記録)

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2012年3月29日 (木)

音楽:歌劇「タンホイザー」

    作曲・台本 : R.ワグナー

    演出    : ミヒャエル・ハンペ

    指揮    : 沼尻竜典

  出演    : ヘルマン   : 大澤建(Bas)
        : タンホイザー : 水口聡(Ten)
        : エリーザベト : 佐々木典子(Sop)
        : ヴェーヌス  : 並河寿美(Sop)
        : ヴォルフラム : 大島幾雄(Bar)
        : 牧童     : 福永修子(Sop) 他

  合唱    : びわ湖ホール声楽アンサンブル、二期会合唱団

  管弦楽   : 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

  会場    : 神奈川県民ホール
  公演    : 2012年3月24・25日
  鑑賞    : 24日14時~18時10分(休憩30分×2) 3階11列45番

 

 序曲。絃の下降音型に重ねて、ホルンなど管楽器が旋律を奏でる。気持ちが次第に高揚していった。しかし、途中で止まったのは、オケが少しおとなしかったからか。もっと元気印で。

 

 第1幕。13世紀のドイツ・チューリンゲン。官能のヴェーヌスベルクに溺れる吟遊詩人の騎士タンホイザー。舞台は上手から下手に下る緩い斜面、スモークが漂い、紗幕で幻想的な雰囲気。ボディータイツのダンサーが各所で妖艶な踊り。
 やがてヴェーヌスとの愛を断ち切り地上に戻るタンホイザー。照明で雰囲気一変、泰西名画を思わせた。演出はオーソドックス。

 タンホイザーは堂々、ヴェーヌスは低い方がやや気になった。牧童が爽やかな歌唱で印象に残った。「巡礼の合唱」は素晴らしかった。びわ湖ホール声楽アンサンブルと二期会合唱団の混成は期待を裏切らなかった。ヴォルフラムの渋さが後半のアリアへの期待を膨らませた。

 

 第2幕。ヴァルトブルク城の歌の殿堂。半円形に椅子がセットされ、取り囲むように城壁、正面の入場口の上にブリッジ。西洋の城のイメージそのもの。

 エリーザベトのアリア「汝おごそかな殿堂よ」が清々しく、タンホイザーとの再開の二重唱も美しかった。「入場行進の合唱」は体が動き出しそうだった。歌合戦の貴族達の歌唱は可不可ないと感じた。タンホイザーは熱い情熱と歓楽を讃え、エリーザベトが立ち上がって一歩前に踏み出す演出が面白い。後ずさりなら否定だろうが、前進は肯定。興に乗ったタンホイザーがヴェーヌスベルクを讃えて破局、怒りを買って巡礼の旅へ。全体は淡々と進んだ印象。

 第3幕。第1幕と同じ場面に戻る。

 聴き所が連続。「巡礼の合唱・懐かしき故郷」が力強く、このオペラの醍醐味を感じた。タンホイザーの姿を探すエリーザベトの「全能の聖母マリア様」、ヴォルフラムの「夕星の歌」、タンホイザーの「ローマ語り」、しみじみとして味わい深かった。

 

 合唱が素晴らしく、牧童のアリアが爽やか。タイトルロール他の主要キャストも聴かせた。ただ、歌合戦あたりからもっと盛り上がって良いと思うのだが、内容が少しくどいか。
 オーケストラは第1幕以降、気になるところなし。ホルン・その他管はもちろんだが、ハープも大活躍。
 私なりの多少の思いはあるが、今回を含めてこの企画は素晴らしい。

 数日来の取り込みで掲載が遅れました。

   (2012年3月28日記録)

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2012年3月25日 (日)

随想:原子力安全委の大飯原発安全審査報道について(やや長文)

 2012年3月24日、朝日新聞朝刊トップの見出しは『政権、再稼動手続きへ 大飯原発 来月から地元説得』。

 リードは『野田政権は23日、内開府原子力安全委員会が関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の安全審査を認めたことを受け、再稼働に向けた検討を姶めた。来週中にも関係閣僚で安全性を確認し、再稼働可能と判断。4月上旬にも地元自治体の説得に入る。再稼働に反対する大阪市の意向も考慮する考えで、早期に踏み切れない可能性もある』としている。

 何を言っているのという感じ。まず、安全委の評価結果が、安全との結論に至ったか否かが、私の知りたいところ。本文に「原発再稼動までの流れ」の図も添えてあるが、そこに「2月13日 原子力安全・保安院がテストの妥当性確認」、「3月23日 原子力安全委が保安院の審査内容を確認」と記されている。これを事実として、原発の安全性に大して言及していない。

 ストレステストは、適当なパラメータを挿入して計算したところ設計上の余裕が確認できたと言うことだけであろう。設計上の余裕と安全性を結びつける吟味はなされていない、と認識するが如何か。

 3面に関連記事が掲載されており、見出しに『安全の判断なお途上』とある。ここが安全委の報告のポイントであろう。どうも朝日は時局に目が向くようだ。まず判りやすく事実、ここでは原発の安全性(危険性が正確か)を伝えるべきではないか、朝日よ。

 

 同日の東京新聞朝刊トップの見出しは『すべて条件付「イエス」 大飯原発 安全委も妥当 再稼動前進「しかし」27項目注文』との見出し。

 リードは『関西電力大飯原発(福井県おおい町)3、4号機の安全評価(ストレステスト)の一次評価で、原子力安全委員会は二十三日の臨時会合で、経済産業者原子力安全・保安院が妥当とした判断を了承した。再稼働に向けた手続きが一つ進んだ形だが、安全委の報告書は、大飯原発は安全と判断されたのか、そうでないのか読み取れない。これで地元の了解が得られるのか、疑問の残る結果となった』。

 前述のとおり、ストレステストを安全評価とすることに違和感を感じる。しかし、内容は安全委・臨時会議の報告、その後に行われた記者会見をかなり正確にまとめてある。事実を伝えるという観点で、朝日より数段優る。もっとも、朝日が安全委の報告より時局報道に重点をおくならば、そうともいえないが。

 

 私は関心があったので23日中にニコニコ動画を視聴した。『怒号が飛び交った「原子力安全委員会・臨時会議」(2012年3月23日)』と『【大飯原発の安全性に関する評価について】 原子力安全委員会 臨時記者会見』が掲載されている。

 前者が報告である。報告は0秒少し前から5分間ほどで、後は傍聴者が意見を述べている。抗議の怒号が飛び交う中、斑目委員長が開会を宣言し、事務局が報告を読み上げ、委員長が了承、閉会を宣言している。これで原発の安全性を云々しようとするのか、なさけない光景だ。

 後者が記者会見である。記者会見は委員長に久木田委員が同席している。中には首を傾げたくなる記者の質問もあったが、それにしても安全委は何を言いたいのか。

 自民党参議院議員・山本一太氏のツィート(本人発信と思う)は『原子力安全委員会の班目委員長のコメント、何度、読み返しても意味が分からない。(苦笑)一種の責任放棄じゃないだろうか???』としていて、私だけが判らない訳でもなさそうだ。

 繰り返し発言されたので記憶に残ったのは、「原子力安全委員会は安全性の確認を求められていない」、「Yesとしているが全て条件付」「二次評価を早急に実施すべき」。要は、原発が安全とは言えないということだろう。

 

 安全委の報告、記者会見を視聴して、新聞報道と併せて私なりに考えを整理してみた。時々、各種報道の妥当性チェックも必要かと思う。

   (2012年3月24日記録)

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2012年3月23日 (金)

路上観察:旧東海道・宇津ノ谷峠とさった峠(2012年3月18・19日)

 旧東海道徒歩の旅は大井川手前で休止中。今までの道筋で印象に残る所は、箱根峠・さった峠・宇津ノ谷峠。今回は箱根西坂に向かう予定でしたが空模様が怪しく、宇津ノ谷峠とさった峠に目的地変更。移動は自動車。

 

 宇津ノ谷峠の静岡側と藤枝側に「道の駅」があり、自動車は静岡側に停めました。藤枝市側でも同じとだ思います。

 宇津ノ谷峠は古来より交通の要衝、伊勢物語・第九段の「駿河なる宇津の山辺のうつつにも夢にも人にもあはぬなりけり」の歌で辺鄙な所と知れます。今は国道一号線が山腹を貫き、他に昭和第一トンネル、明治トンネル、旧東海道、蔦の細道のルートがあります。

 今回は旧東海道を往き、明治トンネルで戻りました。歩き始めてすぐに間宿・宇津ノ谷、昔の面影を残しているように思えます。家並みを抜けると山道、峠は容易に越えられますが、それはここだけ歩くから。昔の旅人は、日に30~40Kmを歩く途中の峠です。

 一端下ってから明治トンネルへの道へ。トンネルは全長は200mほど、煉瓦積みで技術の高さを感じました。往時は人と人力車が主に通ったようです。
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 久能山東照宮経由で宿泊地の三保に移動。翌朝、天気はまずまずだけど、視界はうっすら富士山が見える程度。羽衣の松は二代目に引き継がれていました。「能・羽衣」のシテ(天女)の言葉「いや疑は人間にあり、天に偽なきものを」が身に沁みます。
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 さった峠への起点はJR新蒲原駅。自動車は海側のイオンタウン・ショッピングモール駐車場へ。

 JR東海道線で興津へ移動、そこからさった峠経由でJR新蒲原駅まで歩きました。距離は14Kmほど。旧東海道を味わうためですが、興味なければJR由比駅から電車利用も良いでしょう。

 さった峠も交通の要衝。東名高速は由比辺りで海上を通過しますが、本当に海から崖が立ち上がるような地形。古道は海岸線を進む下道、途中から山道に入る中道、興津川沿いに少し遡ってから山道に入る上道があります。さらに内陸を通る通称地蔵道もあるようです。いずれも興津側のこと、由比側は一本道です。今回は上道を歩きました。

 今の時期、みかんの生る山道から見る駿河湾が美しく、崖下のJR東海道本線、東海道、東名高速道路を、電車や自動車が気忙しく行き交う様子が見られます。でも富士山見えてこそのさった峠とは少し言い過ぎでしょうか。今回は少しも見えず、残念でした。
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  (2012年3月22日記録)

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2012年3月16日 (金)

随想:朝日「原発は退場すべきか」記事に対する私の考え(長文)

 2012年3月15日朝日新聞朝刊科学面に、「原発は退場すべきか」との設問に対する日本原子力学会長の聞取り記事が掲載された。その内容が、私には理解できない。ざっくばらんに言えば支離滅裂だと思う。一部引用ではニュアンスが伝わりそうもないので、次に全文引用するが、クレームが生じれば全文引用に関しては考慮する。

 

 『福島第一原子力発電所であのような大事故が起きるとは思っていなかった。シビアアクシデント(過酷事故)の対応が十分ではなかった。大量の放射性物質の放出はどんなことがあっても防がなければいけない。それを防ぐのが私たち科学者や技術者の責務だ。それができなかったのはいくら反省してもしきれない。

 だからといって原子力発電がだめだということではない。今回の事故という持別な問題と、原子力の安全という全体の問題は違う。

 エネルギー保障や産業界への貢献など、原子力はまだまだ必要な技術だ。その大前提として安全確保が重要だ。原子力発電の潜在的なリスクを認識し、いかに防ぐかが大切だ。多重防護によって安全は確保できる。原子力は人類が扱える技術だと私は思っている。

 絶対の安全はない。絶対の安全があると思考停止するのが一番怖い。安全性を高めるため、改善が常に必要だ。その意識を持つことが大切だ。安全の向上のため、現場で原子力に関わる人が高い感受性を持ち、最新の知見を反映し続ける努力を怠ってはならない。

 原子力学会は単なる学術組織ではない。研究者のほか電力会社やメーカーの技術者もいる、現場を知り抜いた専門家集団だ。専門家としてなぜ今回の事故が起きたのか、いかに原子力の安全を確保すればよいのかを指摘しないといけない。学会としての報告書をこの1、2ヵ月で示したい。

 閉鎖的で「原子カムラ」と批判されていることは真摯に受け止めないといけない。低放射線の影響や除染など、みなが知りたかっていることをきちんと伝えることが必要だ。私たちの情報の発信のやり方はこれまで一方的だった。本当の意味でコミュニケーションが成り立っていなかった。

 専門家集団として原子力学会が今ほど存在意義を問われている時はない。だが、事故から1年がたち、私たちが十分変わったとは言えない。もっと変わらないといけない。事故の被災者の声を受け止め、原子力の現場をよく知っているプロとして何を発信するかが問われている。』

 

 十分な反省をして頂くことを切望するとして、その次の「だからといって原子力発電がだめだということではない」はどういう脈絡から言えることだろうか。かなり飛躍しないと、この結論に至らないだろう。

 「今回の事故という持別な問題と、原子力の安全という全体の問題は違う」が全く判らない。チェルノブイリ・スルーマイルとは異なる、日本は別だと言って、現状肯定に都合の悪いものを切り離してきた。そういうセンシティブな思考体形が今回の事故を引き起こしたと考える。福島第一原発事故も切り離そうということだろうか。

 原発に絶対的な安全はない事を知ってしまった今、再稼動などありえないと思う。が、再稼動を仮定して再び事故が発生すれば、また全体から切り離して特別な問題と考えようとすることは容易に想像できる。

 チェルノブイリ・スルーマイル、ここ数日のうちに判明した、アメリカ・ネブラスカ州の原子力発電所火災、韓国の原子力発電所の電源供給停止事故およびその隠蔽、幸い大事には至らなかったようだが。

 その他を含め、これら全ての原子力発電所事故を鳥瞰すれば、原子力発電所事故は限りなく発生している。労働災害における経験則の一つにハインリッヒの法則がある。原子力事故にも何らかの経験則が見出せそうに思うが、如何なものだろうか。

 

 後半に興味深い言い回しがある。「絶対の安全はない」「最新の知見を反映し続ける努力を怠ってはならない」「私たちの情報の発信のやり方はこれまで一方的だった」「事故から1年がたち、私たちが十分変わったとは言えない」。

 これって、原子力発電は安全でない、安全なものには成し得ないと言っていることに他ならないだろう。「原子力発電がだめだということではない」とはどこからも導けない。再稼動ありき、原発継続で辻褄を合わせようとしているとしか考えられない。

 私は、演繹的に原子力発電所の安全を否定できない。しかし、福島第一原子力発電所の事故は、帰納的に原子力発電所が安全でないことを証明した、悲惨すぎる出来事ではあるのだが。
 よって、私は原発再稼動に反対し、脱原発を支持する。

   (2012年3月15日記録)

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2012年3月14日 (水)

随想:七万アクセス越えに感謝(2012年3月13日)

 昨日、2012年3月13日に七万アクセスを超えました。アクセス頂きました多くの方々に心より感謝致します。その瞬間をしっかり確認しました。
Photo

 ざっと振り返ってみますと、

   ブログ開設   2006年 6月11日
   四万アクセス  2010年10月13日、記事数634件
   五万アクセス  2011年 4月20日、記事数739件
   六万アクセス  2011年10月 1日、記事数831件
   七万アクセス  2012年 3月13日、記事数924件

となります。

 ログを確認すると、七万アクセス目は「萬鉄五郎美術館(2011年8月19日)」が参照されています。検索ワードが「萬鉄五郎」ですから、的外れの記事でなくて多少は安心しています。というのも、この検索ワードでなぜ私の記事がヒットするのか、判らないケースもありますので。

 最近はアドレス指定で直接参照していただいている方もおられるようで、ありがたく思っています。それと巡回ロボットもそこそこの頻度で訪れています。

 自分の行動記録をつづっているようなものですが、それを成り立たせる技術面への興味も多少はあります。それを何かに生かそう、ということはなくなりましたが。

 これからも、テーマを定めずに様々なことを書くつもりです。できれば、大震災や原発事故・反原発にも触れたいと思いますが、少々、荷が重い感じがします。私なりに整理がつけば、いずれ。

 これからもよろしくお願いします。

    (2012年3月14日記録)

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2012年3月13日 (火)

路上観察:梅は咲いたか・その2(2012年03月12日)

 昨日、横浜市内の根岸森林公園、三渓園の梅の様子を見に出かけました。さすがに前回(2月27日)よりは進んでいますが、ようやく見られる程度。春の訪れは極めてゆっくり進むようです。

 

 根岸森林公園は起伏ある地形、バス通り側から園内に入ると逆T字型に谷が走っています。梅の木は主にTの縦棒の位置に集中していますが、次の写真は手前部分が写っています。ちなみに右手の枯れ木は桜ですから、楽しみは暫らく続きます。この日は、小学生と思われる集団がいましたけど、何しているかは判りませんでした。
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 梅の種類は様々で、各々に名札が下げられています。種類が異なるので開花状況が異なるのでしょうか。高みから眺めた写真と開花が進んでいる木の様子、一枝のアップショットです。全体の様子を、この一枝が示しているように思います。すなわち二三分咲きといったところ。
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 三渓園も起伏ある地形に立地しますが、中央部は大きな池を中心にした平坦な部分が広がります。正門側から入園すると、目の前に大きな池、背後の山の上に三重塔が見られます。写真は南に向いて撮っています。ということは、日中は全体的に逆光になるということです。梅の木は散策の所々にありますが、写真の左手奥に地を這うように枝を広げた「臥竜梅(がりょうばい)」があります。
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 重要文化財指定の臨春閣を背景にした梅の木ですが、咲き始めといったところです。
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 正面入口の左手にある数本の梅の開花が進んでいました。違う方向から撮りました。
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 全体の様子は二三分咲きといった感じです。観梅会の期間延長が掲示されていました。3月20日(火・祝)までです。

  (2012年3月2613日記録)

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音楽:神奈川フィル第279回定期演奏会

  指揮  金聖響

  演奏  神奈川フィルハーモニー管弦楽団

  曲目  ベートーヴェン:序曲「コリオラン」
      ベートーヴェン:交響曲第8番ヘ長調
      ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調「運命」
      J.S.バッハ  :アリア(東日本大震災被災者への献奏)

  会場  横浜みなとみらいホール(1階13列22番)
  公演  2012年3月10日14:00~15:45(休憩15分)

 

 全てベートーヴェンのプログラム、名曲コンサートと言って良いでしょう。交響曲に限定すれば、録音を含めて最も良く聴く作曲家に違いありません。私は緊張するでもなく、かといって弛緩するでもなく、音楽を充分に楽しめそうな気がしていました。協奏曲を挟まないので、神奈川フィルを思う存分に楽しめそうでもありました。

 今回が2011-2012シーズンの最後の定期演奏会ですが、きちんと締めた思いがしました。絃はいつものように美しく、管は冴えていました。8番にしても5番にしても突出するところのない、極めて自然な流れの演奏で素直に聴きました。音楽の良さ、ベートーヴェンの良さを感じさせてくれたと思いました。

 8番は他の曲に埋もれているような気がしますけど、私は好きです。
 第1楽章のいきなり出てくる第1主題は明るく力強く、第2主題は絃が美しく、後は気持ち良く聴いていました。演奏を終えて、指揮者とコンサートマスターが顔を見合わせて頷きあっているように見えたのですが、お互いに納得した出来だったのではないでしょうか、それが印象的でした。ホルン、クラリネット、ソロを取ったチェロの主席が祝福を受けていました。

 5番、気になるのは「運命はかく扉を叩く」と言われる第1楽章の出だしです。
 8分休符の後のダダダダーン、良く音が揃うものだといつも感心するのですが、そこがプロなのでしょう。そしてダーンについたフェルマータ、結構あっさり目でした、具体的に伝えられないのですが。でも、変に思い入れを込められるよりは良しと。後は押して知るべし、悪い意味では無しに軽快な運命と感じました。管、ティンパニーが祝福を受けていました。8番を含めて管が美しいと思いました。

 予定の演奏を終了してから指揮者挨拶があって、東日本大震災被災者へ「J.S.バッハ:アリア」が献奏されました。演奏後、無言のうちに長い黙祷に入りました。予め指示されたわけではありませんが、恐らく全員が自然に起立していたと思います。

 270回定期演奏会は2011年3月12日に予定通り開催されました。演奏されたのが「マーラー:交響曲第6番イ短調・悲劇的」。演奏前に指揮者挨拶があって「我々ができることのは音楽しかない。精一杯演奏する」と。献奏は間に合わなかったのでしょう、次回の冒頭に演奏されました。1年が過ぎたのですね。

   (2012年3月11日記録)

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2012年3月10日 (土)

美術:神奈川県立近代美術館鎌倉「藤牧義夫展」

  名称   生誕100年 藤牧義夫展 モダン都市の光と影
  会場   神奈川県立近代美術館鎌倉
  会期   2012年01月21日(土)~3月25日(日) 、詳細は要確認
  鑑賞日  2012年03月07日(水)

  参考   公式ホームページ

 

 1911年1月群馬県館林に生まれ、1935年9月失踪。確かに生きた証は、記録に残る24年余の生と短い創作期間に生み出された作品群。岡本太郎1911年2月、佐藤忠良1912年7月生まれと知れば、多少は私の生と重なる期間があって良かった筈なのに、なぜ生き急いだか。

 藤牧を知ったのは木版手彩色の「赤陽」。恐らく平塚市美術館「画家たちの二十歳の原点展」で観たと思う。建物の輪郭は太く鋭い線彫り、壁面は影になり、電車の走る路面は夕陽に輝く。人気の無い街並が淋しげ。建物の向こうに手彩色の赤陽。時代は異なるにしても、私の心象として存在する古き街並のように思えて何故か気になった作品だった。

 

 展示作品は木版主体、一部を除けば小品として括られる範疇。他に資料、写真。
 一部の版画は、摺りの異なる作品が並べて展示されていて興味深い。私が気付くような版木の変化は無かったが、色や掠れの差はある。

 「赤陽」は展示の中ほどにあった。415×280mm、展示作品中では大きい方。最初に観た時の印象は変わらないが、藤牧の人生を知れば余計に淋しげに見える。摺りの異なるものの展示があればさらに興味は増す。手彩色の差、一部コラージュになっているのでその辺りの差はどうなっているだろうか。あるか無いかは知らないが。

 「白描絵巻(申孝園)」は巻子の体裁だが、庭園内を散歩して次々と目に入る光景を連続的に描画したもの。視点が次々と移り変わる様子が、簡素な描画ながら大胆にレイアウトされていて斬新な印象が伝わってくる。現代風に言えば劇画背景か。他に「隅田川絵巻」二巻、試作一巻も楽しい。

 

 大正が1912年、昭和が実質1927年から始まる。第一次世界大戦が1914~18年。藤牧は大正と昭和一桁に生き、幼少期に第一次世界大戦が勃発、創作活動は晩年の4年間。どういう時代だったのだろうか。

 作品を見渡すと随分とモダンな感じを受ける。都市が急速にモダン化し、藤牧の表現が相乗効果でより輝きを増したように思える。版画家集団の創設に参画したりして、前途洋々たるものがあったように感じられるのだが、なぜ失踪。

 印象深い企画展と言える。地味ながら時代を掘り起こすような企画展は捨てがたい。週中の鑑賞であったが、予想より客が多いと感じた。もちろん鑑賞に支障をきたすような混雑では無かったけれど。

   (2012年3月10日記録)

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2012年3月 6日 (火)

音楽:聖響音楽堂シリーズ「モーツァルトシリーズ」第3回

  指揮  金聖響

  独奏  斉藤雄介(Cl)

  演奏  神奈川フィルハーモニー管弦楽団

  曲目  モーツァルト :歌劇「魔笛」序曲
      モーツァルト :クラリネット協奏曲イ長調
      モーツァルト :クラリネット五重奏曲イ長調・第2楽章(アンコール)
      モーツァルト :交響曲題41番ハ長調「ジュピター」

  会場  神奈川県立音楽堂(24列3番)
  公演  2012年3月3日15:00~16:50(休憩20分)

 

 神フィルの定期はみなとみらいホールで開催されますが、聖響音楽堂シリーズは神奈川県立音楽堂で開催されます。音楽堂は1954年に完成した日本初の音楽専用ホール、客席は多少窮屈ですが音の美しい木のホールとして知られています。定員は1000名ほどですが、二管編成ぐらいのシンフォニーなどにはうってつけ。ある意味贅沢な音楽が楽しめます。

 1週間後に定期ですから、1ヶ月の間に神フィルを3回聴くことになります。有難味が少し薄れているかも知れません。なかなか演奏会に行かれない方には罰当たりな発言ですが。

 前半は私の調子も今ひとつで集中できませんでした。そんなことに関係なく、神フィルは美しい音を奏でます。残響が少し短いせいもあるでしょうが、絃が何時もよりクリア、多少ウェットにも聞こえました。

 

 魔笛序曲、特筆することはありませんが、序曲だけと言うのも何か空しい気がします。

 クラリネット協奏曲、神フィルの首席である斉藤雄介がソロ。そつは無いですけど、ちょっと地味な演奏と感じました。このシリーズでは各パートの首席がソロを取っていますが、良いものですね。神フィルへの親しみが増します。

 意外だったのがソロ・アンコール、聴いていてなぜか涙が滲んできました。通常は独奏曲が選ばれるでしょうが、今回は絃の首席が加わってクラリネット五重奏曲より。演奏も素晴らしく、それより仲間内で音楽を楽しんでいる雰囲気が漂って感動しました。この日はソロ・コンサートマスターも席に座っていましたし。

 後半は多少覚醒したところで41番。第4楽章のジュピター音型を堪能しました。指揮は管に対して丹念に指示を与えていたようでしたけど、二管でもかなりの音量で目立ちます。ちなみに絃は、第1ヴァイオリンから8、6、5、4、3でした。

 

 この数年、ブリュッヘン・新日本フィルを聴いた以外は神フィルでした。来シーズンは他のオーケストラも聴きに出かけようと思っています。

   (2012年3月5日記録)

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2012年3月 4日 (日)

音楽:みなとみらいクラシック・クルーズ Vol.36

  出演   藤原歌劇団メンバーによる日本の歌
         小林厚子(Sop)、大木かおり(Mez)、持木弘(Ten)、星和代(Pf)

  曲目   ランチタイム・クルーズ(12:10~13:00)
         成田為三曲/林古渓詞    浜辺の歌(Sop)
         アイルランド民謡      庭の千草(Sop)
         高田三郎曲/高野喜久雄詞  くちなし(Mez)
         河村光陽曲/武内俊子詞   かもめの水兵さん(Mez)
         瀧廉太郎曲/鳥居枕詞    箱根八里(Ten)
         本居長世曲/野口雨情詞   七つの子(Ten)
         E.サティ         ジュ・トウ・ヴ(Sop)
         R.シューマン       献呈(Mez)
         E.デ・クルティス     帰れソレントヘ(Ten)
         岡野貞一曲/高野辰之詞   ふるさと(Sop、Mez、Ten)
         多忠亮曲/竹久夢二詩    宵待草(Sop)(アンコール)
         瀧廉太郎曲/土井晩翠詩   荒城の月(Mez)(アンコール)
         新井満           千の風(Ten)(アンコール)
       ティータイム・クルーズ(14:30~15:30)
         山田耕筰曲/北原白秋詞   かやの木山(Sop)
         山田耕筰曲/北原白秋詞   からたちの花(Sop)
         小林秀雄曲/野上彰詞    落葉松(Mez)
         本居長世曲/野口雨情詞   赤い靴(Mez)
         梁田貞曲/北原白秋詞    城ヶ島の雨(Ten)
         山田耕筰曲/北原白秋詞   あわて床屋(Ten)
         E.デ・クルティス     忘れな草(Sop)
         J.P.マルティーニ    愛の喜び(Mez)
         A.ララ          グラナダ(Ten)
         團伊玖磨          オペラ「夕鶴」より‘さよなら’(Sop、Ten)
         岡野貞一曲/高野辰之詞   ふるさと(Sop、Mez、Ten)(アンコール)
         E.サティ         ジュ・トウ・ヴ(Sop)(アンコール)

  会場   横浜みなとみらいホール・大ホール
  公演   2012年3月2日(金)

 

 日本の歌ということだったが、世界の歌も交えて。多くはおぼろげながらでも知っている。この日に歌われた曲目は、アンコールを含めて全て列記、順番通りである。皆さんはどれだけご存知でしょうか。私は懐かしさを通り越して歴史を感じた。数週間前、滝廉太郎像の建つ豊後竹田の岡城跡に立ったのでことさら。

 小林厚子、持木弘はベテランの味、大木かおりは若々しさ、それぞれの持ち味が感じられた。ピアノの星和代も裏に回り、ある時は表にでて良いサポート。

 この日の一番は、ティータイム・クルーズのアンコールで歌われた小林厚子の「ジュ・トウ・ヴ」。「ふるさと」で終わる予定だったのだろう、譜面が用意されておらず、ピアノの星和代があわてて譜面を取りに戻った。実は客がもう一曲をせがんだのだった。ランチタイム・クルーズでも歌われたが、私はこちらをより良く感じた。いままで名前を知らなかったが、タイトル・ロールを歌うときに聴きに行こうと思った。

 今回は短めで。知っている曲を一つでも二つでも口ずさんで頂くのがよろしいかと思います。写真は、横浜山下公園内の「赤い靴はいてた女の子像」と「かもめの水兵さん歌碑」。
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 次回は4月16日(月)、神奈川フィルハーモニー・メンバーによる室内楽です。

   (2012年3月4日記録)

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2012年3月 3日 (土)

映画:pina ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち

  監督・脚本・製作  ヴィム・ヴェンダース
  参考サイト     公式サイト
  場所        横浜ブルク13
  鑑賞        2012年3月1日

 

 ピナ・バウシュ、2009年6月急逝。日本における追悼公演が2010年6月に新宿文化センター他にて行われた。随分と前の出来事のような気がする。時間的な余裕が出来たというのに、時は過酷だ。ベジャールしかり、カニングハムしかり。

 

 準備はピナの生前に開始されたそうだが、撮影開始直前にピナ急逝。この映画は踊り続けるいのち、すなわちブッパタール舞踊団の仲間たちの胸の中にあるピナの姿、受け継いだ精神を、踊りと語りで表現したもの。仲間たちは多国籍の集合体、年齢やピナとの接触の仕方が異なるから様々に表現される。

 ピナの作品「春の祭典」「カフェ・ミュラー」「フルムーン」が大きな動機として位置づけられる。気付いた範囲なので他にもあるだろう。それらの間に小さな作品あるいは大きな作品の一部かも知れない踊りが挿入される。ピナへの思い出、受け継いだ精神などの語りが挿入される。

 踊りというと美しい場面が想像される。ピナの作品はもちろん美しいが、創作は土俗的というか原始的というか、そちらの方に向く。ゆえに、舞台は劇場・練習場に限らず屋外にも及ぶ。モノレールが頭上を通り抜ける街中、モノレール車中、工場、野辺、川辺、丘陵であったりする。あらゆる生活空間だ。

 

 映像表現に様々なテクニックが用いられる。踊りに入り込んだカメラセッティングもある。全てがピナを髣髴させる。しかし、予備知識無しにピナの世界を思い描けるだろうか。映像は新たに撮られたものが大半。過去の公演記録ではないし、ドキュメンタリーとも言えない。新たな創作とも言えない気がする。捕らえ方が難しい。

 ヴィム・ヴェンダースが悪い訳ではない。むしろ素晴らしい映画だ。ただ、結局はそこに回帰するが、ピナとヴィム・ヴェンダースは直接対峙できなかった。それを言って何が変わる訳でもないが。

 

 ピナの思い出・精神に浸りたいなら、貴重な情報を与えてくれるだろう。ピナとは何者かと新たに思う方がいるならば、その一歩を踏み出す貴重な情報を与えてくれるだろう。ライブステージは敷居が高いと思う特に中高年男性諸氏、まずはこの映画を見たら如何だろうか。

 私は3D映像を好まない。立体感が時に安っぽく見える。カラーでなくても良いと思う。技術の粋を尽くせば失うものもある。それだけは気になった。

   (2012年03月03日記録)

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