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2012年2月

2012年2月29日 (水)

路上観察:梅は咲いたか(2012年02月27日)

 雪は目見当で7Cmほど積もったでしょうか、横浜駅から歩いて15分程の場所ですが。午後になって雪かき、角地の家なのでL字型に。前は小学校の、横は中学校の通学路なので割と丁寧に作業、1時間以上かかりました。運動不足がたたって、夜になって体が少し痛みます。

 

 今日の雪は特別としても今冬は寒い日が続きます。それでも、そろそろ梅もほころび始めたのではないかと、一昨日(2月27日)横浜市内の横浜市児童遊園地、根岸森林公園、三渓園の様子を見に出かけました。

 横浜市児童遊園地は梅はそれほど多くありませんが、子供植物園や英連邦墓地が隣接していて、この時期に限らず出かけます。
 気の早い木に花がほころんでいるものもありましたが、まだつぼみが大半でした。写真はもっとも咲いているものですが、この程度です。
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 根岸森林公園は横浜山手の尾根筋のもっとも南側になります。梅ばかりでなく桜の名所でもあります。また、起伏のある芝生広場は一年を通して賑わいます。
 梅は横浜市児童遊園地と似たような状態でした。ロングショットの後方の木は桜です。
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 三渓園まで足を延ばす予定でしたが、それほど状態は変わらないと思って中止しました。今日の雪で、梅の咲くのがおそくなるでしょうか。そろそろ暖かくなっても良いのになどと思っているのですが。

  (2012年2月29日記録)

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2012年2月28日 (火)

音楽:聖トーマス協会合唱団:マタイ受難曲(やや長文)

  指揮   ゲオルグ・クリストフ・ビラー(トーマス・カントール)

  独唱   ウーテ・ゼルビッヒ(ソプラノ)
       シュテファン・カーレ(アルト)
       マルティン・ペッツォルト(テノール/ 福音史家)
       クリストフ・ゲンツ(テノール)、
       マティアス・ヴァイヒェルト(バス)
       ゴットホルト・シュヴァルツ(バス)

  演奏   ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

  曲目   J.S.バッハ:マタイ受難曲

  会場   横浜みなとみらいホール(2階4列26番)
  公演   2011年2月25日15:00~18:15(休憩15分)

 

 「マタイ受難曲」を初めて聴いたのは、確か1985年のバッハ生誕300年で来日した聖トーマス協会合唱団、カントルはハンス・ヨアヒム・ロチェ、福音史家はペーター・シュライアーだった。当日券が無かったけど立席を発券してくれた。3時間余の立ちっぱなしは結構きつかったけど。

 再び聖トーマス協会合唱団、「マタイ受難曲」を聴くのは今回で5回目。判らないことの方が多いようなものだが、それでも惹き付けられる。ただし、もう立席で聴けるほど若くない。A席だけど前売券を購入しておいた。今回もほとんど満員だった。

 

 初めに特記すべき出来事をまとめておく。
 ソプラノ・ソロの女性以外は、他のソロ、コーラス、ソプラノ・リピエーノは全て男性、遠目にも判る日本で言う小学校高学年くらいの男の子達が多くいる。私の経験上では、この編成は聖トーマス協会合唱団のみ。日頃の訓練の賜物であろう。

 クリストフ・ゲンツが体調不良で出演見合わせ、テノール・アリアはマルティン・ペッツォルトが歌うとの告示があった。また、アルトのシュテファン・カーレは合唱メンバーでもあり、ソリストの席と何回か行き来した。コーラスの少年一人が開始直後に舞台から退いた(前回も一人いた)。第二オーケストラにビオラ・ダ・ガンバが加わっていたが初めての経験、あるいは今まで気付かなかっただけか。

 みなとみらいホールにはオルガン前席があるけど、舞台横席とオルガン前席には客を入れていなかった。祭壇の位置に相当するのだろうか。

 

 左右二群のオーケストラがプロローグを奏で始める。地味だが艶やかで深みのある響きと受け留めた。ゲヴァントハウス管弦楽団として一度聴いたことがあるけど、どのような場合でも伝統の重みを感じる。マタイは器楽パートだけでも聴き所が多い。全体を通して素晴らしい演奏だった。

 プロローグの途中から左右二群のコーラスが入ってくる。クリアさが少し不足しているように感じた。各声部がセパレートしていないような。でもすぐに解消した。3時間余に及ぶ演奏を見事に歌いきった。音楽的には女性を加えた合唱団のほうが安定するだろうが。遠目にも子供子供した少年達が合唱に加わっている様子は、伝統を継続する重みがある。

 独唱は、キリストが音量不足で響かなかったのが不満。私の席は二階席であることも関係するだろうが、他はそれほど感じなかった。通常はどの程度のキャパシティで演奏されるのだろうか。福音史家はテノールパートも歌ったので大変だったろう。

 

 35.アリア「忍べよ,忍べよ,偽りの舌われを刺す時」のヴィオラ・ダ・ガンバが実に印象的に響いた。39.アリア「憐れみたまえ,わが神よ,したたり落つるわが涙のゆえに」、42.アリア「われに返せ,わがイエスをば!」のヴァイオリン・ソロはあまりにも美しすぎる。60.アリア「見よ,イエスは我らを抱かんとて御手を拡げたもう」のオーボエ・ダ・カッチャ(多分)も物語の先行きを見事に暗示した。曲も演奏も見事。

 45.レチタティーヴォ「マタイ伝27-15~22」の悪人の無罪放免を求める場面で、コーラスが「バラバ」とfffぐらいで声を張り上げる部分。私はここでバラバが安堵の深い息を吐く映画の一場面を思い出すことが多いけど、今回も見事に一場面が浮かんだ。それにしても一回しか叫ばないのが実に劇的。

 ゲオルグ・クリストフ・ビラーの指揮は、後姿を見ていてシンプルだが、指示は良く行渡っていると感じた。ソリストにやや不満を感じたが、全体的に見事な演奏だと思った。
 視覚的にも楽しいので、一度はライブでマタイ受難曲を聴くことをお勧めしたい。病み付きになるかも。

 

 演奏を終えて余韻を噛み締める間も無しに拍手が始まったのは興ざめだ。演奏者にも失礼だと思うのだが。こういう時こそ「沈黙は金」、素晴らしい沈黙は素晴らしい演奏に匹敵すると思うのだが如何でしょうか。

   (2011年2月28日記録)

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2012年2月26日 (日)

美術:原美術館「マイウェイ」展

  名称   ジャン=ミシェル・オトニエル「マイウェイ」展
  会場   原美術館
  会期   2012年1月7日(土)~3月11日(日) 、詳細は要確認
  鑑賞日  2012年2月18日(土)

  参考   公式ホームページ

 

 会場は賑わっていて、特に女性あるいはカップルの客が多いように感じました。ムラーノガラスを主な素材にして制作された作品は、見ているだけで充分に美しい。現代アートなどと肩肘はる必要もない。多くの人を惹き付けることが納得できます。そこから先は、各々が思いを巡らせば良いことでしょう。
 なお、写真撮影が許されていました(一部不可)ので、撮影したものを文書中に挿入します。

 

 玄関を入ったところに展覧会タイトルでもあります「マイウェイ」の展示があります。ボール状のムラーノガラスを、文字の形に並べて壁面に留めてあります。色やガラスの質感は、現物で確かめて頂きたいものです。
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 「私のベッド」は、アルミニウムのフレームの要所にムラーノガラスを嵌め込んだ作品、ベッドに横たわった時に目に入る天井部は見事です。一番大掛かりな作品と言って良いでしょう。
 ちょっと見に美しい作品ですが、良く見ればガラスにしてもアルミにしても寒色系のイメージの素材、どのような夢が見られるのでしょか。囲まれる構造も周囲と切り離されるようで、孤独を感じない訳にいきません。ゆりかごから墓場まで、その間の少なくとも1/3はベッドにて過ごします。プライベートな時間が凝縮される空間、そんなことを感じました。
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 「涙」は、水を満たしたガラス器の内部に、恐らく色のついたガラスを満たした作品、器には人形を思わせる形と円筒の形があります。
 ガラスの透明感と満たされた色付きガラスの様々な形状が、ガラスの本質をとても良く表現していると感じました。無機質な素材なのに、恐らく胎内環境のような温かみも感じました。
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 他に「ラカンの結び目」「ハピネスダイアリー」など、エスキースを含む60点程の作品が、屋内外に展示されています。会期は残り少なくなりましたが、ご都合のつく方は是非お出かけ下さい。
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 多少蛇足。今回、写真撮影を許可して頂いたことをありがたく思い、自戒の念を込めて触れます。天井から大人の顔の位置ほどに吊るされた作品にぶつかって音をたてている場面がありました。後ろ向きに下がって当たったようです。それと、作品に近づきすぎる場面も多く見かけました。写真を撮る場合は特に注意して、お互いに作品保護に配慮しましょう。これからも可能な限り写真撮影を許可して頂くためにも。

   (2012年2月26日記録)

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2012年2月24日 (金)

音楽:神奈川フィル第278回定期演奏会

  指揮     金聖響

  独奏     横山幸雄(Pf)

  演奏     神奈川フィルハーモニー管弦楽団

  曲目     ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番ハ長調
         ベートーヴェン:ピアノソナタ第17番「テンペスト」
                    より第三楽章(ソロアンコール)
         マーラー   :交響曲第1番ニ長調「巨人」

  会場     横浜みなとみらいホール(1階13列22番)
  公演     2012年2月17日19:00~21:20(休憩15分)

 

 ベートーヴェン・P協第1番、録音でもあまり聴くことのない曲、生で聴くのは初めて。ハイドンやモーツァルトの雰囲気がそこはかとなく漂っている感じがする。横山幸雄は初めて聴くが、「ショパン・全曲演奏会」の大企画が話題になったのは承知している。

 易々と弾いているようにも聞こえた。あるいは学究肌の演奏のようにも感じた。交響曲第1番よりも前に書かれた若きベートーヴェンの作品だが、はつらつとした印象はなかった。四文字熟語ならば、謹厳実直でしょうか。神奈川フィルもそういう一面があるから、きっちりとした演奏だった。
 何回かのオベーションの後に弾き始めたソロ・アンコールも同様に感じた。

 

 マーラー・第1番、私はマーラーの交響曲の中で一番好き。何があってもきらきらと輝く若さが感じられるから。

 この日の特記は、まず第2楽章「花の章」付き。繰り下がって第4楽章冒頭の"Are you sleeping?"の旋律、ただし短調、はコントラバス・ソロで。第5楽章のフィナーレで、ホルンと金管パートがすくっと立ち上がって演奏するのは視覚的にも格好良いが、録音を聴いている限りは判らないだろう。

 何時もの定期より客の入りは良く大いに盛り上がった。演奏を終えて、コントラバスのソロ、ホルン、金管、ティンパニー、第1ヴァイオリンのコンマスと2番が、まず祝福を受けた。全体も大いなる祝福を受けていた。

 私もそれに異を唱えるわけではないし、美しくも、力強くもあった演奏と感じた。ただ、何か間延びした思いを抱いたのは「花の章」が加わったためだろう。「花の章」無しの方が緊張感があると思うし、きらきら輝く青春の感傷が伝わると思う。録音で聴きなれているためかもしれないが、そのことが気になったけど。

 聖響・神奈川フィルのマーラーも、第10番が2013年に演奏されてひとまず終わる。第8番千人の交響曲が演奏されないのは画竜点睛を欠くきらいがあるものの仕方ないだろう。一年前の3月12日、第6番悲劇的が、ほとんど客の入らない客席に響いたことも強く印象に残る。終えてしまうことは残念であるが、新しい世界がまた開けるだろう。

   (2012年2月24日記録)

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2012年2月21日 (火)

路上観察:第10回豊後水道絶景ウォーク・総集

 ウォーキングイベントは年に4・5回参加します。イベントは土・日曜開催ですが、私は前後に周辺観光を加えて、金曜早朝出発、月曜夕方帰途に着くのを原則にしています。イベント開催予定は、日本ウォーキング協会HPで調べます。めぼしいイベントがあれば詳細情報を入手します。

 豊後水道絶景ウォークは、以前から国東半島・臼杵・豊後竹田を巡りたいとの願望があったので、それを加えました。イベントの様子・臼杵・豊後竹田巡りは記事掲載済なので、よろしければ参照願います。

 国東半島の中央に聳える両子山の周囲に点在する寺院群をまとめて六郷満山と呼びます。2012年2月10日・13日、そのうちの何ヶ寺かを訪れました。

 

 10日10時大分空港着。レンタカー借用、帰途に着くまでレンタカー移動です。大分空港→両子寺→長安寺→富貴寺→真木大堂→熊野磨崖仏→杵築を巡って、18時過ぎに臼杵着。

 両子寺は参道の両脇に屹立する仁王象が印象的、奥に進むと山岳信仰の雰囲気が色濃く漂います。
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 富貴寺は国宝の阿弥陀堂の端正な姿が美しく、阿弥陀如来坐像、山門の仁王象も印象に残ります。
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 真木大堂は国東最大の寺院だったそうですが焼失、往時の姿は想像できません。ただ、収蔵庫の阿弥陀如来座像を含む仏像九体は国宝、暫し見入りました。
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 熊野磨崖仏は愛くるしい不動明王と大日如来頭像、鬼伝説の急な石段は往復30分ほどかかります。
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 杵築は海に面した城下町、海に突き出た城、大通りの左右高台に並ぶ武家屋敷などで往時を偲びました。
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 13日10時過ぎ別府温泉出発。別府→宇佐八幡→豊後高田→天念寺→旧千燈寺→文殊仙寺を巡って、16時に大分空港着。

 宇佐八幡は全国四万余の八幡宮の総本宮、見事な造りです。神仏混交の国東半島が納得できます。
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 豊後高田は昭和の町で売り出し中。昭和の面影を残す商店街や博物館を見学。
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 天念寺は修正鬼会の里として知られています。無住寺ですが鬼会の映像が流れていました。背後の山の割れ目に掛けられた修行者が渡る石橋は濃い霧で見えませんでした。
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 旧千燈寺は1Kmほど手前に車止め有り。歩くには時間がなく、雨も降っていたので断念しました。

 文殊仙寺は雨水のたまった急な石段を上って参拝、直ぐに下りました。天気が良ければ。
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 六郷満山の北側を西から東に移動した感じです。舗装されていますが一部山道がありました。

  (2012年2月21日記録)

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2012年2月19日 (日)

路上観察:第10回豊後水道絶景ウォーク・第2日番外

 2012年2月12日、臼杵ステージ・20Kmコース完歩。小休止を終えて14時。当日は別府泊り、移動を含めて4時間ぐらいの時間がありました。

 

 まずは臼杵市街へ。先ほど歩いた二王座周辺も印象的だったのと、臼杵に二泊したのに街中を見ていなかったので、少し丁寧に見学しようと思ったからです。

 臼杵城近くの市営駐車場が起点。以下は、歩くだけなら30分ほどの距離、見学込みで2時間ほどを費やしました。

 稲葉家下屋敷。廃藩置県後、居を東京に移した旧藩主の里帰りのために明治35年(1902)、町の有志が建てたそうです。古い建物ではありませんが書院造りの奥座敷など、格式ある造りになっていました。
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 久屋の大蔵。元酒蔵、今はイベント用展示施設。多数の紙雛が展示されていました。臼杵では天保の改革の頃、質素倹約のため紙製のお雛様を飾ることしか許されていなかったそうです。紙雛は各所で見られました。
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 野上弥生子文学記念館。生家の一部を改造して資料展示しているそうです。名前は知るものの、恥ずかしながら著書を読んでいないので入場しませんでした。
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 街中の光景、確か新町通り。町中で出会ったおじいさん(私も似たようなもの)の話、臼杵市街は空襲(当然、アジア太平洋戦争)があったそうですが、風が吹いて焼夷弾(判るかな)を臼杵石仏手前の田畑に流したため、焼けることが無かったそうです。
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 二王座の寺町の風景。旧寺院が休所になっていて紙雛が飾ってありました。近くの民家、明石原人発見者直良信夫博士生誕の地だそうです。手前の一角に資料展示がありました。
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 豊後水道を眺めていなかったので、別府への移動途中で佐賀関に寄りました。灯台からは豊後水道の急潮や漁船が見られました。左手に霞むのは四国の佐多岬。灯台は間近に見えますが、急な曲がりくねった坂道を下ります。帰りは当然上りで息が切れました。20Km歩いたのに、我ながら元気です。
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 この後、別府に向かいました。別府では大きなホテルに宿泊したのですが、コンビニ+ファミレスの雰囲気を感じました。もちろん豪華バイキングに各種売店が連なっているのですが。それにしても日曜日の夜なのに子供連れが多いのは何故、月曜日は学校が休みなのでしょうか。

  (2012年2月19日記録)

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2012年2月18日 (土)

路上観察:第10回豊後水道絶景ウォーク・第1日番外

 2012年2月11日、津久見ステージ・10Kmコース完歩。小休止後の11時30分過ぎ、豊後竹田に向かいました。津久見・豊後竹田間は自動車で約1.5時間、信号も自動車も少なく快適なドライブでした。

 

 豊後竹田の歴史資料館に駐車、まず町中散策。

 滝廉太郎記念館は歩いて5分ほど、荒城の月・花などを作曲した廉太郎が10代前半の2年間を過ごした家。門構え・玄関周りのみ見学。途中の廉太郎トンネルは、通る時に荒城の月などが流れました。
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 記念館近くの高台から家並み越しに岡城址が、要塞堅固な典型的な山城と判ります。
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 近くに重文の願成院本堂(愛染堂)、1635年の建造物。元は岡城にあったものが、明治期に移されたそうです。軒下に手の込んだ仕事が確認できます。斜面から裾にかけて寺町が広がります。
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 自動車で岡城址に移動。「岡城は、文治元年(1185)大野郡緒方荘の武将緒方三郎惟栄(これよし)が、源頼朝と仲違いをしていた弟義経を迎えるため築城したと伝えられるが、惟栄は大物浦(兵庫県)を出航しようとして捕らえられ、翌年上野国(群馬県)沼田荘に流された」と案内に。

 歌舞伎「義経千本桜」に大物浦の場がありますが、話は繋がるでしょうか。大物は大阪から直ぐの所。瀬戸内海を通して大阪・九州は直結していたのでしょう。

 岡城址の広さは東京ドーム22個分だそうです。石垣が残り、碑はいくつも建立されていますが、復元建屋はありません。強いて言えば、家老屋敷の原寸平面模型(床レベルまで)がありました。本丸下に滝廉太郎像がありますが、岡城址で良く遊んだそうです。
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 何もありませんが、私はこれで良いと思います。登り口の土産物屋が荒城の月を流していましたが、そこを過ぎれば静寂そのもの、この静けさが色々な思いを膨らませます。桜や紅葉の季節は素晴らしいでしょうが、冬枯れの岡城址も素敵でした。

 

 帰路、岡城址から自動車で10分ほどの原尻の滝に寄りました。落差20m、巾120m。水のカーテンは切れ切れでしたが、水量の多いときは見事でしょう。近くに道の駅も。18時過ぎに臼杵着。
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 岡城址と原尻の滝で当初目的は達成しました。
 できれば、豊後竹田の武家屋敷町、湧水群、堰堤の美しい白水溜池、臼杵・豊後竹田間にある彫刻家の朝倉文夫記念館、風連鍾乳洞にも寄りたかったけど、ちょっと欲張りですね。いつか訪れたいものです。

  (2012年2月18日記録)

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2012年2月16日 (木)

路上観察:第10回豊後水道絶景ウォーク・第2日

 2012年2月12日、第10回豊後水道絶景ウォーク・第2日は臼杵ステージ、大分県臼杵市の諏訪山体育館をスタート・ゴールにした30Km・20Km・10Kmの3コースです。

 私は20Kmコースを選択しました。臼杵といえば国宝臼杵石仏、以前から一度は訪れたいと思っていましたが、30Km・20Kmコースは途中で国宝臼杵石仏を通過します。通過というより自由に拝観できます。

 諏訪山体育館は、市街地の北に位置するスポーツ集合施設の一角にあります。名前の通り山の上にありますが視界が開けている訳ではありません。スタート直後の下り、ゴール直前の上り以外はほとんど平坦でした。

 

 20Kmコースのスタートは9時30分でしたが、私は40分ほど早くスタート。8時30分の30Kmコースと同時にスタートした方も数十人おられたようです。
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 1KmでJR熊崎駅前を通過、直後に1両の電車が走ってきました。のどかな思いがします。
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 2Kmで臼杵神社、5世紀前半築造の前方後円の臼塚古墳、後円部に社殿が、社前には重文の二基の石甲(石人)が建っていました。浩宮様御足跡之地碑も。
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 熊崎バイパス、臼杵川左岸の田園地帯を歩きます。ゆったりした光景ですが、特に見所がある訳ではありません。
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 11.5Kmの家野橋で右岸に渡った辺りでスタートから最も離れます。

 すぐに国宝臼杵石仏、ウォーク参加者は自由に入場できました。ウォーク途中ですが、再度の訪問は困難ですから通常の拝観ほどに時間を掛けました。
 多くの石仏は4群に分かれて岩壁に刻まれていました。背中は岩壁に接していますが、それ以外は彫り出されていてかなり立体的です。以前、写真で見た仏頭の落ちた阿弥陀仏の印象は強烈でしたが、修復されてきれいに仕上がっていました。周辺の状況も含めて印象的でした。拝観すると少し疑問が氷解しますが、次の疑問が浮かびますので、再訪したい気持ちが湧きました。小一時間を費やしてからウォーク再開。
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 広場を挟んで石仏の反対側にある深田公民館で昼食。お願いしておいた弁当に、大変おいしいトン汁のご接待を頂きました。ありがたいことです。

 臼杵川の右岸を進むとやがて市街地。
 17.8Kmの二王座歴史の道は市街地の一角にあって、寺院など昔の面影を色濃く留める街並が続きます。
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 19.0Kmの中須賀橋から初めて海が見えました。海が見えたのはここだけでしたが、おにぎりの形をした島が瀬戸内海の小島に似ているような。
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 後はゴールへまっしぐら。
 スタート8時50分、ゴール13時55分。所要時間5時間5分のうち、1時間10分ほどが石仏拝観と昼食で途中休憩はありませんでした。

 

 豊後水道絶景ウォークは手作りの大会の趣、それほど規模の大きなイベントではありません。第1日の津久見ステージで10Kmコースを選択したので、豊後水道を目にすることもありませんでした。でも、念願の国宝臼杵石仏を拝観できたし、津久見や臼杵の街並に興味深いものを感じました。

 無事に二日間を完歩できたのは多くのスタッフやボランティアの皆さんの支援があったればこそ、大いに感謝する次第です。ありがとうございました。いつの日か、また訪問したいと思います。

  (2012年2月16日記録)

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2012年2月15日 (水)

路上観察:第10回豊後水道絶景ウォーク・第1日

 2012年2月11日、第10回豊後水道絶景ウォーク・第1日は津久見ステージ、大分県津久見市の市民会館をスタート・ゴールにした40Km・26Km・10Kmの3コースです。

 私は10Kmコースを選択しました。歩き終えてから豊後竹田に脚を伸ばす予定にしていたからです。10Kmだと歩いたうちには入りませんが、時間配分を考えると26Kmは無理でした。ウォーキング・イベントに参加するにしては多少の矛盾があると思われそうですが、私の場合は周辺観光も目的に含めています。

 市民会館は津久見湾南岸に位置しています。湾奥に山を切り崩すように鉱山、湾奥から対岸にかけて工場が建ち並んでいます。朝の移動途中にセメント通りの案内を見かけましたが、セメント関連企業が多いのでしょう。写真では山の一部しか切り崩していないように見えますが、左手に向かって広範に続いています。
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 コースは、市民会館前から東4Kmほどに位置する日見公民館を折り返し点にする往復型。往路途中で千怒崎方面に少し折れますが、それ以外は国道217号線に沿って歩きます。途中に1.3Kmほどのトンネルを往復で通過します。単調ですが、山が海に迫った地形ゆえにコースの変化が難しいようです。

 写真は、出発式、千怒崎途中から湾奥。
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 折り返し点の日見公民館、日見会館脇.。ご接待頂頂いたデコポン、大変おいしかった。
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 復路途中の様子で昔の海岸線と思われます。右手に海、左手に日豊本線が走ります。
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 2時間弱で完歩。豊後竹田行は追って掲載します。

  (2012年2月15日記録)

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2012年2月12日 (日)

豊後水道絶景ウォーク・第2日目(2)

14時少し前、20kmを完歩しました。

臼杵駅近くの寺町が見事でした。昨日、一昨日は夕方に到着したので散策しませんでしたが、臼杵城を含めて半日ぐらいの時間をかけて良いと思いました。

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豊後水道絶景ウォーク・第2日目

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国宝臼杵石仏を途中で通過する20kmコースに参加。既に臼杵石仏を小一時間拝観して、近くの集会場で昼食を終えました。残り8kmほど、14時にはゴール出来るでしょう。
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2012年2月11日 (土)

豊後大野の原尻の滝

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豊後竹田から臼杵に戻る途中、原尻の滝に寄りました。所在は豊後大野になりますが、岡城趾から自動車移動で約10分ほど。

以前、TVでちらっと見かけてから気になっていました。日本のナイアガラと形容されていました。

渇水期のようで水が少なく、迫力にかけました。滝の上流側に沈降橋が見えますが、それが沈んでしまうほど水量が増える事もあるそうです。そうなれば、落下する水は全面的に繋がるのでしょう。一度見たいものです。

人里離れた所にあるかと思っていましたが、すぐそばに道の駅「原尻の滝」がありました。

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豊後竹田の岡城趾

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豊後水道絶景ウォーク・第1日目の11kmを完歩した後、一休みしてから豊後竹田に移動しました。自動車利用で約80分、途中で速度違反取締をやっていましたが、安全運転ですから気にすることもありません。

豊後竹田は岡城趾観光が目的。少しですが、豊後竹田の町も散歩しました。

岡城趾は、今の時期訪れる人は少ないのかも知れません。入り口の土産物店が大音量で「荒城の月」を流していましたが、そこを過ぎれば静寂そのもの。城趾ですから石垣や碑がおもな見ものです。そして本丸跡近くに滝廉太郎像。

滝廉太郎は、城下の一角にある屋敷で10代前半の2年を過ごしたそうです。

「荒城の月」と岡城趾、とても良くマッチします。ただ、その事を裏付けるものはないと、何かの本で読んだ記憶があります。曲でなく土井晩翠の詩の事だったか定かでは有りませんが。

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豊後水道絶景ウォーク・第1日目(2)

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2時間弱で11km完歩。風がやや強いものの良く晴れて、汗ばむほどでした。

完歩者にはクジ引きが有りますが、大当たりはぶり4Km、さざえなど。私はミネラルウォーターでした。ぶりが当たっても旅先では困ってしまいますけど。

写真はゴール直前の風景です。


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豊後水道絶景ウォーク・第1日目

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第1日目は大分県津久見市を舞台に、40、28、11kmの三コース。通常は20km前後のコースを選ぶのですが、今日は11kmコースを選択しました。歩き終えてから、荒城の月で知られた豊後竹田の観光に行くためです。

大分県津久見市は、高校野球か高校サッカーで有名だと認識します。移動途中で山を切り崩している光景が目に入りました。セメント原料の石灰を生産しているようです。会場からも山が見えます。

出発式がはじまりました。後ほど続きを。

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2012年2月10日 (金)

城下町杵築

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今夜は臼杵泊です。移動の途中で城下町杵築に寄りました。城は復元だそうですが、往時の姿を留めているのでしょうか。内部展示品を含めて、かなり疑問を感じました。

その後、武家屋敷跡を散策しました。趣は感じますし、武家屋敷も幾つかは残っているのですが、全体として何か作為が感じられました。そう思うのは私だけでしょうか。

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国東半島(3)

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富貴寺の後、真木大堂に寄りました。結跏趺坐した阿弥陀仏、周囲に四天王。左に威徳明王、右に不動明王。収蔵庫に収められているのは残念ですが、国東半島の仏教文化の成果の一端と感じました。残念ですが撮影不可。

十分ほど自動車で移動すると熊野磨崖仏。駐車場から、鬼が並べたという急な自然石の階段を息きらして登ると、左に不動明王、右に阿弥陀仏頭像が目に入ってきます。

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国東半島(2)

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両子寺の後、長安寺を参拝し、富貴寺に寄りました。

冬枯れの境内に阿弥陀堂、定期観光バスの参拝客が過ぎ去った後は私達夫婦のみ、緊張感を覚える冷え込みの中、静寂に浸りました。華々しいことはありませんが、得難い時間と感じました。

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国東半島

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11・12日の豊後水道絶景ウォークに参加のため、前日移動で大分に来ました。

国東半島の古寺巡りの最初の両子寺、国東半島固有の仏塔、国東塔に雪が残っています。横浜より寒い。

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2012年2月 6日 (月)

随想:菅井円加讃

 2012年ローザンヌ国際バレエコンクールにおける菅井円加の優勝を、今朝(2月6日)の新聞が伝えてていました。それを知って、次の素晴らしさを感じました。

  1 菅井円加の才能(ファイナリストに5名の日本人)
  2 日本の指導者が育成(海外留学経験なしとのこと)
  3 ファイナルの様子などが既に視聴可能

 優勝を讃え、これからの発展を祈念致します。いつか舞台に接したいものです。審査員である吉田都のインタビューも興味深いものがあります。

   (2012年2月6日記録)

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2012年2月 3日 (金)

随想:この人・百話一芸 第15回「長唄囃子方・堅田喜三久」

 2012年1月29日14時~16時00分、第15回横浜能楽堂講座「この人・百話一芸」。ゲストは長唄囃子方・堅田喜三久(略歴は末尾に)、聞き手・進行は元NHKアナウンサーの葛西聖司。
 大雑把ですが、以下に話の内容をまとめておきます。

 

 多くの方はテレビCMで堅田の打つ小鼓の音を聞いたことがあります。「お正月を写そう、ポン、・・・」のポンがそれ。話の途中で出たのですが先に記しておきます。

 囃子が使う楽器は70種類ほど、木物20、皮物20、金物20、蛙・鶯などの吹物(?)10がある。四拍子(しびょうし、笛・太鼓・大鼓・小鼓)が並んで演奏する。

 子供の頃は漫画家になりたかった。15歳までは鼓に見向きもしなかった。父は11代目太左衛門、母は杵勝系の三味線弾き。18歳で堅田喜作、兄は望月長作。望月と堅田は兄弟社。

 兄は歌舞伎だったが、自分は別の行き方をした。海外公演等もやったが、UCLAの臨時講座として20年間に渡り出稽古もした。

 人間国宝認定の食事会で、天皇陛下から「海外に広めて下さい」と言われて、いろいろ行った。派遣費用は出たが、足が出た。

 中村富十郎と仲が良かった。歌舞伎は松竹の囃子方を使うが、マネージャーも通さずに出演依頼が直接来ることもあった。

 15歳過ぎて自然にこの道に入ったが、兄が師匠だった(父は亡くなっていた)。喧嘩しながら稽古をした。

 CMに良く出るが、名前が出ることはない。コロンビアから「お化けづくし」のCDを出したが売れなかった。最近、携帯の着信音に使わせてくれと言ってきた。

 従来は縦譜、古典は演奏時に譜を見ない。現代は五線譜。昔、猫と鼓打ちに天気予報は要らないと言われた。天気には敏感。鼓の皮を舌で舐めるのは許される。和紙を舐めて皮に貼り付けることもある。掛け声が大事である。最近、掛け声の良い人が居なくなった。

 

 休憩の後に一芸として3曲が披露された。

  1.逍遥(小鼓独奏)
  2.鷹 ~囃子組曲より(大鼓・小鼓・笛)
  3.弁慶の引っ込み ~長唄勧進帳より(太鼓・笛)

 

 長唄囃子と言われると腰が引ける感じもするが、パーカッションにヴォイスと言い換えたらどうでしょう。私も長唄囃子だけを聴くのは初めてでした。良し悪しなど判りませんが、機会あればレクチャー・コンサートなどに出かけたい思いがしました。

 

 1935年、九世望月太左衛門次男として東京市ヶ谷本村町に生まれる。51年より叔父の三世堅田喜惣治に師事。53年、望月康仁より三世堅田喜三久襲名。67年創作舞踊会において芸術選奨文部大臣新人賞の作品『百済観音』を作曲。81年アメリカUCLAに初の囃子講師として夏期講座を行う。82年に米国堅田会を結成。、同年8月ロサンゼルスにおいて「第一回囃子発表会」を開催。以後現在まで国内のみならず海外公演も多数行う。99年重要無形文化財保持者(人間国宝)となる。90年芸術選奨文部大臣貧、94年松尾芸能賞、96年芸術選奨芸術作品賞受賞(日本コロムビア『邦楽囃子太糸』など受賞多数。01年紫綬褒章、07年旭日小褒章受章。

   (2012年2月2日記録)

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2012年2月 1日 (水)

音楽:神奈川フィル第277回定期演奏会

  指揮  サッシャ・ゲッツェル

  独奏  松田理奈(Vn)

  演奏  神奈川フィルハーモニー管弦楽団

  曲目  R.シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」
      ブルッフ   :ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調
      イザイ    :無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番第1楽章
                          (ソロ・アンコール)
      ブラームス  :交響曲第4番ホ短調

  会場  横浜みなとみらいホール(1階13列22番)
  公演  2012年1月28日14:00~16:00(休憩15分)

 

 R.シュトラウス。コンマスのソロがあったりホルンの聴かせどころがあったりして、オーケストラの様々な表情が現われます。新年の最初の曲には相応しいかもしれません。もっとも神奈川フィルの新年度は4月からですが。

 サッシャ・ゲッツェルは大きな動きで精力的に指示を出していました。指揮台で何度跳び上がったことか。まあ、それはそれとして、神フィルの魅力も曲の魅力も惹き出してくれました。

 

 ブルッフ。ソロの松田理奈は初めて聴きます。ヴァイオリンを胸の前に両手で持ち、しばし頭を垂れて祈るようにしてから演奏が始まりました。初々しい感じでしたけど、始まってみれば実に堂々とした演奏です。でもまだ20代、才能は偏在する。

 ロマン派らしい叙情的な曲ですが、美しく物語るように演奏されて私は好感を抱きました。使用したヴァイオリンはJ.B.Guadagniniと記されていましたが、華やかさを控えめにした重厚で実に豊かな音色、私は好きです。神フィルのサポートも良く、コンチェルトの魅力を充分に感じました。

 アンコールのイザイは、バッハを感じさせながら鋭い旋律が続きます。ブルッフとは随分と異なる面が聴けました。この曲のCDをリリースしているくらいですから、得意とするところなのでしょう。全曲、聴きたくなりました。

 

 ブラームス。休符を挟んで下降・上昇が繰り返される哀調ある主題がヴァイオリンで奏でられ、一気に演奏に惹きつけられてしまいます。やがて管に移り、チェロとホルンに移っていきます。神奈川フィルの絃は美しく、管も美しいし安定しているし、それだけではありませんけど。

 4曲の交響曲中では1番・4番が好きですけど、一つを選ぶとすれば、哀調を帯びた主題で始まり、劇的な総奏で終わる4番。ホルンで始まる第2楽章、ティンパニーが活躍する第3楽章を含めて印象深いものがあります。

 4番の魅力を充分に惹き出されたと思います。演奏を終えて管・打楽器パートが丹念に祝福されていました。サッシャ・ゲッツェルと神奈川フィルは相性が良さそうです。ちょっと動きすぎと思うのですが、結果良し。

 

 神奈川フィルの特徴を確認するために、今年は横浜みなとみらいホールで定期的に公演する他オーケストラも聴きに出かけるつもりです。この3年間、神奈川フィル以外のオーケストラを何回聴いたかな。

   (2012年2月1日記録)

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