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2011年12月

2011年12月31日 (土)

演劇:SCOT「エレクトラ-オレステスを待ちつつ」

  原作   ホフマンスタール、エウリピデス

  演出   鈴木忠志

  出演   演奏家      高田みどり
       エレクトラ    ビョン・ユージョン
       クリテムネストラ 内藤千恵子
       クリソテミス   佐藤ジョンソンあき
       オレステス    竹森陽一 、他

  会場   吉祥寺シアター
  公演   2011年12月9日(金)~25日(日)、詳細要確認
  鑑賞   2011年12月23日(金・祝) 15:00~16:20(?)

 

 おぞましいギリシャ悲劇が演じられようとしているにも関わらず、打楽器演奏、車椅子・看護婦の登場は観る者を面食らわす。エレクトラを韓国人女優のビョン・ユージョンが母語で演じるが、当然、日韓語が混在して進行することになる。それが鈴木忠志演出の特徴であり、主張の形成する重要な要素である。私は何度も観てきたので今さら驚きは無いが、初めて観る方は何が行われているのか唖然とするように思う。それにしては、吉祥寺シアターは満員だ。

 

 車椅子に座る半裸の男達5人が登場、舞台中央で円を描くように行進する。動きは良く統制されている。5分か10分か、とにかく延々と行進が続く。単に舞台を何回か横切るだけなら演劇の一場面で終わるだろう。しかし、執拗に繰り返される意味は、この悲劇の性格を規定しようとするものであろう。

 車椅子で登場するビョン・ユージョンは、オレステスが帰って来て母へ復讐してくれることと強く信じるエレクトラの狂気性を色濃く表出する。かなり野性味を持った女優と感じた。台詞は多くないのは車椅子の男達が代弁するからである。あるいは打楽器演奏が内面に呼応するからである。

 エレクトラの思いを受けて母親に復讐を果たそうとするオレステスも車椅子で登場する。演じるのはベテラン・竹森陽一、見かけの強さとは裏腹に老いて弱々しいオレステスを浮かびあがらせる。果たしてエレクトラの思いをかなえられるのか。エレクトラと二言三言、言葉を交わすが医師に促されて去って行く。
 クリムネストラの叫び声、「もう一振り」、叫び声、「もう一振り」と車椅子の男達がエレクトラの思いを叫ぶ。

 エレクトラ・オレステスに限らず車椅子での登場は限定された世界を、医者・看護婦の登場はそこが病院であることを暗示する。とするならば、ここで演じられたのはギリシャ悲劇か、幻想か。鈴木忠志が描く代表的な世界だ。私も多くの劇団を観ている訳ではないが、今となっては貴重なスタイルと思う。
 もしまだ観たことがないならば一度は観て損はないと思う。

 

 確か、エレクトラは1995年利賀フェスティバルにおいて初めて観た筈。野外劇場に浮かび上がる美加理のエレクトラが記憶に残るが、さて車椅子に載っていただろうか、脇はSCOTだったのだろうか。演劇も一所に留まることはない。

 

 この一年、「変様する港街から」にお越し頂いた全ての皆様に感謝いたします。良き新年をお迎え下さい。

 

   (2011年12月31日記録)

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2011年12月30日 (金)

音楽:小林道夫チェンバロ演奏会

  演奏  小林道夫(cemb)

  曲目  J.S.Bach ゴールドベルク変奏曲
      J.S.Bach クラーヴィア練習曲第3番より
             4つのデュエットの3番目(アンコール)

  会場  東京文化会館小ホール(R列36番)
  公演  2010年12月25日14:00~15:55(休憩20分)

 

 クラッシック演奏会で年末恒例と言えば「ベートーベン・第九交響曲」。続いて「ヘンデル・メサイア」。
 使用楽器がチェンバロ、一演奏家によるコンサートということで観客動員数は限られるでしょうが、1972年から続いていることで「小林道夫チェンバロ演奏会」も年末恒例に加えて良いでしょう。私は三年連続、通算四回目の演奏会に出かけました。古くから認識していたのですが、ここ数年は出かけられるようになりました。

 「ゴールドベルク変奏曲」はいわばニックネーム、正式には「クラヴィーア練習曲集・第4巻」、バッハ自身の表題は「2段鍵盤付きクラヴィチェンバロのためのアリアと種々の変奏」としたそうです。私の場合、一年の締め括りとして聴く演奏会になりました。以前は録音されたものを自宅で年越しに聴きました。変奏を終えて再びテーマが現われる所に輪廻を感じるからです。それにしても、なぜ年末恒例なのかは判っていませんが。

 テーマがゆったりしたテンポで演奏されます。派手な感じはありません。誠実という言葉が浮かびます。変奏に入っても印象が変わることはありません。初めは遠くで演奏されているように聴こえるのですが、変奏が進むにつれクレッショエンドして音が充満してくる感じ。決してそのような事は無いのですが、耳が繊細な音に順応するのでしょう。
 30の変奏を終えて主題に復帰すると、これで終えてしまうという思いと、また始まるという思いが同時に湧きます。

 毎年違って聴こえても、派手な装飾が施されても相応しくないように思います。毎年同じように聴こえて、誠実とか真摯とかを感じさせてくれることが重要だと思います。小林道夫はそれを事を感じさせてくれます。だから長いこと支持されているのではないでしょうか。

 私は若い頃、東京ゾリステンのメンバーとして小林道夫の演奏を良く聴きました。晩年になって(まだ先は長いとおもっていますが)「ゴールドベルク変奏曲」の演奏会に出向き、いつか終わりを迎えるだろうけれど、その時までは聴き続けようと思う昨今です。結果的にですが、このことも輪廻なのかと。

 良い演奏会であった以上に、いろいろ考えるきっかけとなる演奏会でした。

   (2011年12月30日記録)

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2011年12月24日 (土)

路上観察:2011年横浜みなとみらい全館点灯

 12月22日、横浜みなとみらい地区の高層ビルの全館点灯が実施されました。例年は12月24日に実施されるのですが、週末3連休のため繰り上げられたのでしょう。

 終日、あまり良い天気ではなく、見事な夕焼けにはなりませんでしたが、撮影道具一式を背負ってみなとみらい地区の様子を撮影してきました。撮影メモを添えてご紹介します。

 16時50分ごろ象の鼻パーク到着。出遅れたので撮影場所の確保を心配しましたが、例年と実施日が異なるためか人出はさほど多くありませんでした。既に全館点灯が始まっていました。写真は、「横浜税関(クィーンの塔)から赤レンガ倉庫まで」と「同じ位置で少し寄った画角で」。
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 横浜港大桟橋のみなとみらい側に豪華客船あすかⅡが停泊していたので、何か面白い光景があるかと思ってくじらの背中(入出国審査等施設建屋)に移動。あすかⅡが丁度出航するところでした。
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 あすかⅡが出航してみなとみらい側への視界が開けました。くじらの背中から「みなとみらい」と反対側の「山下公園」。
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 移動の途中、象の鼻パークから横浜税関。
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 赤レンガ倉庫に特設スケートリンク。
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 万代橋上および脇のホテル・ナビオスから。
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 汽車道から。
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 日本丸正面から。
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 横浜美術館の北側に建設中のビル。これが今年のニューフェイス、近寄ったらランドマークタワーの光が入り込んでごちゃごちゃした感じ。遠くからの方がきれいに見えました。
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 カメラはNikon D90、レンズはNIKKOR 18-70mmを使用しました。なお、掲載写真は約20%に縮小したものです。

   (2011年12月24日記録)

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2011年12月22日 (木)

2011年横浜みなとみらい全館点灯(2)

横浜みなとみらい全館点灯(2)
大桟橋から万代橋上に移動しました。だいぶなりましたました。風があって、川面の影がせいししません。

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2011年横浜みなとみらい全館点灯(1)

横浜みなとみらい全館点灯
今年は休みの関係で今日、22日がみなとみらい地区の全館点灯です。ただいま横浜港大桟橋。飛鳥2が少し前に出港しました。クリスマス・クルーズでしょうか。

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音楽:中丸三千繪ソプラノリサイタル「アヴェ・マリア」

  独唱   中丸三千繪(Sop)

  伴奏   安達朋博(Pf)

  曲目    1.私を泣かせてください~歌劇「リナルド」より(ヘンデル)
        2.オンブラ・マイ・フ~歌劇「セルセ」より(ヘンデル)
        3.愛しき森(ヘンデル)
        4.“C”「セー」(プーランク)
        5.愛の小径(プーランク)
        6.我が母の教え給えし歌(ドヴォルザーク)
        7.赤い靴(本居長世)
        8.宵待草(多忠亮)
        9.初恋(越谷達之助)
       10.私のお父さん~歌劇「ジャンニ・スキッキ」より(プッチーニ)
         -休憩-
       11.アヴェ・マリア(シューベルト)
       12.アヴェ・マリア(カッチーニ)
       13.アヴェ・マリア(マスカーニ)
       14.アヴェ・マリア(バッハ/グノー編曲)
       15.柳の歌-アヴェ・マリア~歌劇「オテロ」より(ヴェルディ)
       16.ありがとう愛する友よ~
          歌劇「シチリア島のタベの祈り」より(ヴェルディ)
       17.私は芸術家のしもべ~
          歌劇「アドリアーナ・ルクヴルール」より(チレア)
       18.歌に生き、愛に生き~歌劇「トスカ」より(プッチーニ)
       19.清らかな女神よ~歌劇「ノルマ」より(ベッリーニ)
         -アンコール-
       20.もし~「ニュー・シネマ・パラダイス」より(モリコーネ)
       21.ピエ・イエズ(ロイド・ウェーバー)
       22.別れの曲(ショパン)
       23.さらば過ぎた日よ~「椿姫」より(ヴェルディ)

  会場   横浜みなとみらいホール(2階P2列31番)
  公演   2011年12月21日13:30~15:55(休憩20分)

 

 みなとみらいアフターヌーンコンサートは月1回開催される本格的なコンサートで、ビッグネームが出演するし、多少安めの料金設定を含めて魅力的な企画です。以前から承知していて、聴きたいコンサートもありましたが都合により今回が初めてでした。

 中丸三千繪は昨年「椿姫」のタイトルロールを聴きましたが、リサイタルを聴くのは初めて。もっとも、声楽家のリサイタルに出かけることが極めて稀ですけど。それで、圧倒的なボリューム感でアンコールを含めて全23曲を歌い上げて、ディヴァと称されるのももっともだと感じました。平日のマチネーにも関わらず九割ほど席が埋まっていて人気の高さも実感しました。

 「我が母の教え給えし歌」は配布されたプログラムでは4番目で、プーランクと入れ替わったのは間違えたと言っていたようです。それはともかくとして、全体が1~6、7~10、11~15、16~19の4つに分けられると思います。視覚的にも、この区分で銀、黒、赤、乳白色のドレスを身に付けました。

 最もディーヴァを感じたのは16~19です。オペラ歌手の会場を圧倒するようなボリューム感が劇的に感じられました。高音も美しい。ただ、ヘンデルはもっと繊細な感じが私のイメージです。歌唱云々ではなく声の質ですが。

 7.赤い靴はピアノから歌が抜け出ませんでした。編曲と私の席が舞台後方だったことも関係したと思います。9.初恋は、歌詞である啄木の短歌「砂山の砂に腹這ひ初恋のいたみを遠くおもひ出づる日」も素敵ですし、心に滲みました。8.宵待草を含めて、一流の歌手が情感込めて歌う日本の歌曲は美しい。

 この日のタイトルにもなっている「アヴェマリア」も美しい歌唱でした。私はカッチーニの曲にマリアの悲しみが最も感じられて一番好きです。バッハ/グノーは、どうしても伴奏に耳が行ってしまいます。

 良いリサイタルだったと思いました。曲の最後の高い音を伸ばす時が多少気になったのですが、私の思い過ごしでしょう。赤い靴を除けば、ピアノのサポートも良かった。しかし、中丸三千繪はオーケストラをバックにして歌い上げる姿がより似合うと思いました。次はオペラを聴く機会を探しましょう。

   (2011年12月22日記録)

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2011年12月20日 (火)

美術:「ベン・シャーン展」と「島田章三展」

  名称   ベン・シャーン クロスメディア・アーティスト
  会場   神奈川県立美術館葉山館
  会期   2011年12月 3日(土)~2012年 1月29日(日) 、詳細は要確認
  鑑賞日  2011年12月18日(日)
  参考   展覧会詳細

 ジャーナリスティックなテーマの作品が多いのは、20世紀を代表するアメリカの画家ではあるが、リトアニア生まれのユダヤ系リトアニア人という出自が底流にあると感じた。また、クロスメディア・アーティストと謳われる理由は、絵画ばかりでなく壁画、ポスター、写真、挿絵やレコードジャケット・デザインなどの多様な分野で作品制作していることから納得させられた。

 同じテーマの絵画と写真が展示されているが、写真をベースにして制作されたものだろう。市井の人々の生活の一場面が切り取られているが、表現に平板な印象がある。詳しく説明しろと言われれば口ごもってしまうが、良くも悪くもアメリカ的な表現のように感じた。

 私が興味を抱いたのはテーマの鮮明な作品、ポスター、レコードジャケット、版画集『一行の詩のためには・・リルケ「マルテの手記より」(リトグラフ)』。ポスターはともかく、他はアメリカ的なものが稀薄で魅力的だ。作品数が多いので丁寧に見るのに根気が必要と思うが、私は緩急をつけて鑑賞した。

 葉山館の裏手は葉山御用邸に続く海岸線、天気の良い日は相模湾越しに富士山から箱根・伊豆方面へ視界が開け、海上には伊豆大島も見えた。天気の良い日ならば景色も併せて楽しめる。(写真は、正面、敷地内からの景色)
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  名称   島田章三展
  会場   横須賀美術館
  会期   2011年11月19日(土)~12月25日(日) 、詳細は要確認
  鑑賞日  2011年12月18日(日)
  参考   島田章三展

 私の場合、神奈川県立美術館葉山館と横須賀美術館はペアーになっていて、どちらかに出かければ他にも原則立ち寄る。言い方は悪いが、今回はベンシャーンに惹かれて出かけ、その足で島田章三展に寄った。電車の吊り広告で認識していたが、それ以上に島田章三を知らなかった。1933年生まれ、青年期までを横須賀で過ごす。先頃まで初代横須賀美術館館長を務め、横須賀にゆかりのある画家。

 多くの作品が「かたちびと」というキーコンセプトに沿って描かれている。自ら設定した課題「キュビスムを日本人の言葉(造形)で翻訳」に対する回答とのこと。幾何学的に描かれた大半は正面を見据えた人物が組み込まれた具象絵画と言って良いのだろうか、キュビスムと言うほど多面的な視点はない。色調は暗め、印象的ではあるが私はあまり惹き付けられなかった。

 入場して直ぐに既視感のある風景画、タイトルを見れば『横浜落日』。運河沿いの倉庫や円筒形ガスタンクが夕焼けに染まっている。横浜駅西口から西に向いて描いた風景。時間的にずれはあるが、古い横浜の風景で私の記憶にかすかに残っている。

 世に認められた最初の作品だと思うが『ノイローゼ』も印象的、屹立した女性が顔を空に向けている。少し後の作品『母と子のスペース』も惹かれる。パレットナイフで絵の具を薄く延ばして描かれた母子像で、色調は明るい。その他、若い頃の作品に興味を覚えた。

 横須賀美術館の正面に東京湾が広がり、船が頻繁に行き交っている。鑑賞の後に景色を楽しむのも良い。裏手の山は古い軍事施設なども残り、散策すれば歴史も感じられる。(写真は、薄暮の外観、エントランスから外を見る)
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   (2011年12月19日記録)

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2011年12月19日 (月)

演劇:チェルフィッチュ「三月の5日間」

  作・演出 岡田利規

  出演   山縣太一、松村翔子、武田力 、青柳いづみ、
       渕野修平、鷲尾英彰、大田信吾

  会場   神奈川芸術劇場・中スタジオ
  公演   2011年12月16日(金)~23日(金・祝)、詳細要確認
  鑑賞   2011年12月16日(金) 19:30~21:15(休憩15分)
  参考   神奈川芸術劇場公演情報

 

 私のチェルフィッチュ歴は鑑賞順に「フリータイム」「わたしたちは無傷な別人であるのか?」「ゾウガメのソニックライフ」、そして今回の「三月の5日間」。途中で飛び出そうと思った「フリータイム」、まとまった感想を形成できなかった「無傷」「ゾウガメ」。

 4作の中では「三月」が最も古い2004年の初演。今回のツアー中、熊本にて100公演を達成。公演歴には多くの海外公演を含んで見事な足跡。今回の演出が初演時と変わっているかは不明だが、他の3作に比べて身体表現は抑制されているのか、驚くほどのことはない。そう思うのは馴れたのか馴らされたのか。そうではなく良く練れた作品だからだと思う。

 

 ミノベとユッキーは共にフリーターター、六本木のライブ会場で知り合い、そのまま渋谷のラブホテルに4泊5日間籠もる。避妊せずことに及ぶが突然気付いて、何か定かでないが心配して避妊具3ダース買いに出かけたり、食事には出かける。見知った筈の渋谷に旅先のような新鮮さを感じたりもする。「後3日ここに居たら戦争が終わってるかも」。5日目に二人は連絡先など交換せずに、掛かった費用の精算をして渋谷駅で別れる。余韻を引きずっていたユッキーは、ある光景に遭遇して一気に日常に戻される。
 それは2003年3月21日、すなわちアメリカ軍がイラク空爆を開始した日を間に挟む5日間の出来事である。

 

 若者と戦争の距離感が描かれ、距離感を短縮する方法のないことも描かれ、同時に若者が置かれる社会的な位置も描かれる。決して若者にのみのしかかる問題ではないことも。

 差し迫る問題にリアリティを与えるのが現代若者言葉、そして他人に語らせれたり、出来事をタイムスライスして入れ替えたり重複させたりする方法。それを超現代口語演劇と言ったり、Cubisticと言ったりするのだろう。そして、戦争と若者風俗というかなり距離の隔たった二物衝撃の組合せが、他の3作品よりは受け留めやすかった理由だと思う。まあ比較の問題で難解であることに変わりないが。

 中スタジオは満員、定員は300程と思うが、前一列のマット席は当日券入場者だろう。これだけ観客動員できることは大したものだ。若い人が多いけど、マニアックな感じの方が多いように思えたのは見立て違いか。
 私のような年配者は極めて少ないけど、もっと多くの元若者にも見られて良いと思う。

   (2011年12月19日記録)

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2011年12月16日 (金)

随想:抜粋要約「近世大名と菓子」

 姪から論文抜き刷り4冊が届く。そのうち「近世大名と菓子(*1)」を抜粋要約で紹介する。身近だけに興味深く、考えさせられるところもある。

 『菓子は元々果子から派生し果物を指したことは周知のところ、一概に菓子の定義を定めることは難しい』。

 漫画「美味しんぼ」に『和菓子は柿の甘さを超えてはならない』という一言があったと記憶する。菓子の原点は水菓子。

 『近世大名の愛好した御留菓子。御留とは、権力者の保護のもとに乱用を防ぎ、価値を高め、使用者の権威を象徴する意味があり、御留武術、御留窯などもある。伊予松山藩松平家の「タルト」、平戸藩松浦家の「カスドース」、出雲国松江藩松平家の「姫小袖」、豊後国岡藩中川家の「三笠野」、大名でないが大和国田原本平野家の「権兵もなか」など』。ここでタルトはパイ生地でなくカステラ状の生地だったようだ。

 『御留菓子の定義が確立しているとは言い難いが、一見解として、ほとんどの御留菓子が茶会で用いられたとの伝承を持つことから、茶道の嗜みが必須の近世大名に、それに伴う菓子も重要であり、藩主が保護したり、特別に注文し、藩主のみ、もしくは藩内のみで食することが許された菓子であり、流通にある程度の制限が加えられたものと言える』。

 昨秋、平戸で「カスドース」を賞味。文字で読むほどの甘さではないが、往時の人々には至福の甘みと想像する。世が世なら庶民の口に収まるものでなかったとは恐れ入る次第。

 『近世大名が菓子司または場内の台所方に作らせた菓子や自ら購入した菓子などが「御用菓子」。利用方法として、(1) 献上品や進物、(2) 茶道、年中行事、儀式などで、(3) 名物の創製と購入、(4) 城下町や寺社門前の繁栄、(5) 兵糧、保存、携行、(6) 薬として』。

 『献上菓子は日持ちが良く傷みにくい物が必須条件、多用されたのが「落雁」で、有名なのが加賀藩「長正殿」、墨型のデザインは前田利常好み、篆書体の文字は小堀遠州』。

 良くできた土産とは思っていたが、これも恐れ入る類だ。内包の栞を読めば判るだろうが、口に入れるほうが先で、そこまでは知らなかった。

 『兵糧、保存、携行の菓子にういろう餅の類、やうかんの類、細川家「朝鮮飴」、九州ではビスケット。薬としての菓子に出羽国山形藩「乃し梅」』。

 庶民の駄菓子は黒砂糖や粟などの穀類を使い、大名が口にすることは稀だったようだ。

  *1 近世大名と菓子・布谷陽子・生活文化史第57号・平成22年3月15日発行

   (2011年12月16日記録)

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2011年12月13日 (火)

音楽:みなとみらいクラシック・クルーズ Vol.33

  出演 東京メトロポリタン・ブラス・クインテット
       高橋敦(Tp)、中山隆崇(Tp)、西条貴人(Hr)、
       小田切寛之(Tb)、佐藤潔(Tub)

  曲目 ランチタイム・クルーズ(12:10~13:00)
       J.S.バッハ   :イタリア協奏曲へ長調BWV971より第1楽章
       J.S.バッハ   :レグレンツィの主題によるフーガハ短調BWV574
       G.F.ヘンデル  :合奏協奏曲op.6第10番より第4楽章
       G.F.ヘンデル  :「メサイア」より“ハレルヤ”
       アイヴソン編  :クリスマス・クラッカーズより
         ジングルベル~ひいらぎ飾ろう/キャロル・ファンタジー/
         クリスマスおめでとう(We Wish A Merry Christmas)
       スティーブ・ニールソン、ジャック・ローソンズ
               :フロスティ ザ スノーマン(アンコール)
       J.P.スーザ   :ワシントン ポストマーチ(アンコール)

     ティータイム・クルーズ(14:30~15:30)
       チャイコフスキー:バレエ音楽「くるみ割り人形」より
         序曲/行進曲/お菓子の国への旅立ち/スペインの踊り/
         アラビアの踊り/中国の踊り/ロシアの踊り/あし笛の踊り/
         花のワルツ/パ・ド・ドゥ/こんぺい糖の精の踊り/終曲
       G.F.ヘンデル  :もろびとこぞりて(アンコール)
       フェリックス・バーナード
               :ウィンター・ワンダー・ランド(アンコール)
       J.P.スーザ   :ワシントン ポストマーチ(アンコール)

  会場   横浜みなとみらいホール・大ホール
  公演   2011年12月8日

 

 このミニ・コンサート、ランチタイムとティータイムを合わせれば普通のコンサート一回分に相当する、は廉価で気軽にクラシック音楽を楽しめるということで私のお気に入りです。それと、室内楽曲中心に様々な音楽が楽しめるという意味でも勉強になります。

 今回は、いわゆるアメリカ式の金管五重奏の編成。トランペットはソプラノ・トランペットとコルネット(多分)を持ち替え。金管五重奏のオリジナル曲もあるようですが、今回は全て編曲物でした。

 

 ランチタイム。「イタリア協奏曲」は低声部がもたつく感じでしたが、軽快な曲なので仕方ないところです。そういう意味では、アンコールの「ワシントン ポストマーチ」はブラスバンド曲ですから、金管五重奏にはとてもマッチ(当たり前?)していました。

 良いとか悪いより、元の曲や編曲、楽器編成により響きが随分ことなることが実感されて興味深いです。座席が上手側前方でしたので、全曲を通じて低声部が強く感じられもしました。

 

 ティータイム。小道具を用い、寸劇をまじえて物語を語りながら演奏する、楽しい進行でした。良く聴く曲が多いので余計楽しめました。

 座席は下手側中ほどでしたのでバランスの悪さは感じませんでしたが、同じプログラムで聴いたらどうなるか、興味あるところです。舞台も観たくなりました。

 

 次回は2012年1月6日(金)、高橋多佳子、宮谷理香によるピアノ・デュオ「Duo Grace(デュオ・グレイス)」です。

   (2011年12月13日記録)

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2011年12月12日 (月)

音楽:神奈川県立音楽堂第46回クリスマス音楽会「メサイア」

  指揮     小泉ひろし

  独奏     市原愛(Sop)
         上杉清仁(C.Ten)
         中島克彦(Ten)
         加末徹(Bas)
         長久真実子(Cemb)
         宇内千晴(Org)

  合唱     神奈川県合唱連盟
         (合唱指揮 田中登志生)

  演奏     神奈川フィルハーモニー管弦楽団

  曲目     G.F.ヘンデル :メサイア

  会場     神奈川県立音楽堂
  公演     2011年12月11日14:30~17:30(休憩20分)

 

 神奈川県立音楽堂主催の第46回メサイア公演。私はクリスマスを祝うことも便乗する気もなく、信仰者に静かなクリスマスを過ごして欲しいと思う。しかし、第九・メサイアは暮れに公演が多いので、鑑賞するならこの時期が適当かも知れない。と言うことで、初めて生メサイアを聴きに出かけた。最近、合唱を聴きたい気も蠢いていた。

 合唱団は160~170名。調べたところ神奈川合唱連盟の所属者に限定されていて、初めて合唱する方が多いなわけでもないようだ。演奏は神奈川フィル、第1ヴァイオリンが6名、全体では定期公演の1/3位の編成。チェンバロにオルガンが加わる。ソリストおよび指揮者は初めて聞くお名前。アルト・ソロはカウンターテナーが。

 

 第一部において、アルト・ソロの高音部が少し刺激的に感じられた。合唱も多少鮮明さが不足するように感じたが、進むに連れて気にならなくなった。歌う熱気が伝わってくることもある。演奏は淡々とサポート。

 20分休憩。

 第二部になると音楽に浸っている感じ。若い頃は宗教曲を判らないからと敬遠していたが、ある時、少しは判る部分もあると発想の転換があってから、臆することなく聴きに出かけている。
 段々盛り上がってきてハレルヤ。この時に起立すべきか否か、結局、起立した方は6人(ほとんど最後列の席だったので確認できた)。慣習はどうなっているのでしょうか。それは別にして、大合唱団が歌い上げるハレルヤは感動的。

 休憩なしに第三部に続くが、第二部の熱気をそのまま引き継ぐ。ソプラノのアリアも美しく、そのまま最後の合唱に。後半のエイメンは高貴な感じ。

 

 アルト・ソロが最後まで気になった。合唱も大編成だから多少鮮明さの不足は仕方ないだろう。チェンバロ・オルガンがあまり目立たなかった。そういうことはあったにしろ、3時間近い大曲を聴く感動の方が大きい。宗教曲は難しいに違いないし、ましてや信仰者でない私に多くは判らないが、それでも以心伝心する部分が多々あった。全ての演奏者に拍手。

 ハレルヤとエイメンに、県立生田高等学校グリークラブの21名が加わった。平成27年度に第50回公演を迎えるに際して開始された「音楽堂『メサイア』未来プロジェクト」の一環だそうで、素晴らしいアイディアに拍手。

 この公演が1000円の廉価な値段で聴けるように企画した主催者にも拍手。年配者も多く、満員でした。

   (2011年12月12日記録)

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2011年12月11日 (日)

随想:月はどっちに出ている(2011年12月11日)

 10日から11日に掛けて皆既月食が進行中です。

 二階の物干し場で月を探したら天頂よりやや南。我が家は横浜の住宅密集地に建っていますが、この位置なら隣の家に遮られることもありません。今までに何回月食を見たか定かではありません。しかし、進行中の月食を見ると、原理は判っていてもそれなりに感動します。オペラグラスで覗くと多少鮮明に見えます。

 それと星がいつもより多く見えます。冬の星座といえばオリオン座、これははっきり見えます。そこから西に視線を移動すると、おうし座のアルデバラン(多分)が見えます。もう少し先にスバルが見える筈ですが、残念ながら見つかりません。それとも見えないのか。

 

 少しロマンティックに、星の思い出を二つばかり。

 半世紀以上前、私が小学生だった頃、宿直だったM先生が「F君、星を見ませんか?」と星座板を持参で我が家に来ました。私だけでなく近所の子供も集めていました。横浜駅からさほど遠くない場所ですが、星座を見ようと思うくらいには暗かったのでしょう。その時に何が見えたかは記憶にありません。しかし、ある意味、のどかな時代だったと思います。

 降るような星空に天の川、初めて見たのは1988年、富山県の最も南、岐阜県との県境に近い利賀村に於いてでした。そんな山奥の国際演劇フェスティバルを見に行った時のことでした。21時から22時くらいに演劇が終わり、懐中電灯の明かりを頼りに、田んぼと川に挟まれたあぜ道を民宿まで帰る時でした。併せて、蛍の群舞も見ました。懐中電灯を消して漆黒の闇、暫らく空と蛍を見ていました。その時が最初で最後、次の年には星も蛍も数が減り、何年か後には星は数えるほど、蛍も川の護岸工事などでほとんど見かけなくなりました。

 

 今、月を見てきました。もうほとんど食はありません。オリオン座も形が判りません。

   (2011年12月11日記録)

 

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2011年12月 6日 (火)

美術:ブリジストン美術館 野見山暁冶展

  名称   特別展「野見山暁冶展」
  会場   ブリジストン美術館
  会期   2011年10月28日(金)~12月25日(日) 、詳細は要確認
  鑑賞日  2011年12月01日(木)

  参考   公式ホームページ

 

 野見山の作品をどこかの常設展で見たことはあったかも知れないが、まとめて見た記憶がない。それなのになぜ出かけたかと言えば、多分、「洲之内徹・人魚を見た人」の中の「ゆめまぼろしのごとくなり」で野見山の名前を記憶したからだ。と思ったが、読み返しても野見山を強くどころか、記憶に残すような文章にはなっていない。印象的な文書を書く須之内にしては冴えないと言って良いだろう。さてどこでスタンピングされたのか。

 

 今年になって制作された作品を含む約110点が、年代順に区切られた次の4章に分けて展示されている。

   第1章 不安から覚醒へ-戦前から戦後へかけて
   第2章 形をつかむ-渡欧時代
   第3章 自然の本質を突きつめる-90年代まで
   第4章 響きあう色彩-新作をめぐって

 野見山暁冶は1920年生まれだから、90才を越えてなお旺盛な制作の日々を過ごしていることが伝わってくる。

 そのような全体感は抱いたとして、多くを語れるほどの感想は形成できなかった。後半になると、具象画でもないし、さりとて抽象画とも言えないだろう作品群。色の塊がどんと置かれていても、何かの形状を留めていない。タイトルはいくつかを確認もしたが、例えば「いつかは会える」「遠い日のこと」「かけがえのない空」、心象としか考えられない。標題音楽のタイトルのようでもある。

 その中で私の記憶に残った一枚は「ぼくの生まれた川オンガ」、1992年の油彩・カンヴァスの作品、他の作品が大きいから小振りに見える。遠くから見て何か伝わるものがあった。山に挟まれた川筋らしきものがおぼろげに確認できる寂しげな作品。生まれは筑豊である。若い頃の作品に炭鉱・廃鉱などをテーマにした作品がある。野見山の原風景が留められているように感じた。どこかに図版がないかと探してみたが、残念ながらない。

 作品に向き合うだけでは、私の理解はこれ以上進まないと思う。ベースがないから仕方ないけど。幸いにして著作があるようだ。近いうちに読んでみよう。

 ブリジストン美術館に足を運ぶことは多くないが、いつでもしっかりした作品リストが用意されていて大変ありがたく思っている。そのうえでの要望だが、作品サイズを追加していただけるとなおありがたい。

   (2011年12月6日記録)

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2011年12月 3日 (土)

美術:東京国立博物館 「法然と親鸞 ゆかりの名宝」

  名称   法然上人八百回忌・親鸞聖人七百五十回忌
           特別展「法然と親鸞 ゆかりの名宝」
  会場   東京国立博物館平成館
  会期   2011年10月25日(火)~12月4日(日) 、詳細は要確認
  鑑賞日  2011年12月01日(木)

  参考   公式ホームページ

 

 寒い中の入場待ちも少々きついと思いましたが、時間帯(14時半過ぎ)のためでしょうか、すんなり入場できました。しかし会場内は混雑、大体において三重から四重くらいの人垣でした。東博は今年になって「平山郁夫と文化財保護展」「空海と密教美術展」についで三回目ですが、いつも多くの入場者が詰めかけています。

 

 展示は、第1章-人と思想、第2章-伝記絵に見る生涯、第3章・1-法然をめぐる人々、第3章・2-親鸞をめぐる人々、第4章-信仰のひろがり、に大別されています。

 概観すると経典類・絵画類が多く、それに比して仏像類は少なめでした。時代は13・14世紀が多く、所蔵先は京都が多いものの広く分布しているようです。

 経典類の内容が判るわけではありませんが、ひらがな交じりの文書などもあって経典類にある緊張感が和らいでいるように感じました。密教美術では法具類の展示が多いと感じますが、今回の展示でその類はなかったと思います。宗派による差異でしょうか。その代わりか否かは定かでありませんが、絵画に絵伝や絵図が多くありました。荘厳さは後退するものの、庶民により近づこうとする方向性を感じました。

 印象深かったのは、何幅かあった二河白道図のテーマで始めての遭遇、法然上人行状絵図(京都・知恩院蔵)、当麻曼荼羅縁起(神奈川・光明寺蔵)は大和・当麻寺にあるものでなくても当麻曼荼羅、阿弥陀三尊坐像(神奈川・浄光明寺蔵)。恵信尼自筆書状類(京都・西本願寺蔵)は平仮名で書かれていて文書類では目立ちました。

 

 恐らく親鸞筆・阿弥陀経註だったと思いますが、『白鵠孔雀鸚鵡舎利迦陵頻伽共命之鳥』、この部分だけが強く記憶に残りました。調べたところ、極楽に棲む六種の鳥、白鵠・孔雀・鸚鵡・舎利・迦陵頻伽・共命、の列記。たまたま目に入った経典の一部、数多く展示された経典中の一つ、その長い経典の一行にも満たない部分がなぜ目に入ったのか。

 ここで迦陵頻伽、「車谷長吉著・赤目四十八瀧心中未遂」が映画化された時に、幸薄いながらも強く生きる主人公・綾(寺島しのぶ)の背中の彫り物。その場面が強く印象に残っていたからも知れませんが、それにしても目に入ったのが不思議でした。

 

 仏教関係者と思われる方も居られたようですが、多くは一般の方でしょう。私もその中の一人、取り立てて信仰心が厚いわけでもありませんが、なぜか出かけてしまいます。

   (2011年12月2日記録)

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