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2011年8月18日 (木)

文楽:曽根崎心中 付り観音廻り(長文)

  演目  近松門左衛門作 曽根崎心中 付り観音廻り

        プロローグ
             鶴澤清冶
          胡弓 鶴澤清志郎
        観音廻り
             豊竹咲甫太夫
             鶴澤藤蔵、鶴澤清馗、鶴澤清丈
          お初 桐竹勘十郎
        生玉社の段
             竹本津駒太夫
             鶴澤清志郎
        天満屋の段
          切  豊竹嶋太夫
             鶴澤清冶
        徳兵衛おはつ 道行
             竹本文字久太夫、豊竹呂勢太夫、豊竹咲甫太夫、
             豊竹靖太夫
             鶴澤清介、鶴澤藤蔵、鶴澤清志郎、鶴澤清馗、鶴澤清丈
        フィナーレ

        人形役割

             平野屋徳兵衛 吉田蓑助
             長蔵     桐竹紋臣
             天満屋お初  桐竹勘十郎
             油屋九平次  吉田幸助 、他

  構成・演出・美術・映像  杉本博司
  作曲・演出        鶴澤清冶
  振付           山村若

  会場  神奈川芸術劇場
  公演  2011年8月14日(日)~16日(火)
  鑑賞  2011年8月15日(月) 17:00~19:25(休憩20分)

  参考  公演概要
      平成二十二年十月地方公演・曽根崎心中

 

 開催中の「ヨコハマトリエンナーレ2011」において、「神秘域」のユニークなタイトルで作品展示する杉本博司は日本を代表する現代美術作家の一人です。

 その杉本が構成・演出・美術・映像を担当する「杉本文楽 曽根崎心中」は今年三月に公演予定でしたが、東日本大震災の影響により全てキャンセルされました。
 このたび、三日間の特別公演が実現したのは杉本の執念かと思います。というのも、三月の主催者は神奈川芸術劇場、今回の主催者は「公益財団法人小田原文化財団」です。この財団を詳しく知りませんが設立者が杉本のようですから、いわば自主公演。

 

 ところで「杉本文楽 曽根崎心中」とは何でしょうか。少し長くなりますが、解説(*1)の一部を引用しておきます。

 『現行の文楽『曽根崎心中』は、近松の原文ではない。歌舞伎での1953(昭和28)年の復活上演とその流行をうけ、1955(昭和30)年、松竹・因会が復活した。戦時演目の作者として新作の腕を磨いた野澤松之輔(1902-1975)が作詞・作曲した、同名の別作である。
 このたびの2011年『杉本文楽 曽根崎心中』公演で、『曽根崎心中』の近松の原文が、初演以来308年(改作『お初天神記』から数えても278年)ぶりに蘇る。『杉本文楽 曽根崎心中』の上演意義は、この一転に尽きる。』

 私の文楽鑑賞は知れたものですが、「曽根崎心中」を過去二回観ています。現行上演形式(以下、現行とする)と「杉本文楽」の異同を私なりに整理します。

 

 プロローグ - 舞台後方から前方に向かう花道状のスロープは、客席中央に伸びる花道に繋がる。定式幕はなし。客席の照明が落ると、三味線を抱えた清冶が花道前方のセリで舞台に現れる。予想外の演出。

 三味線は繊細、冥土から死者達を呼び出すようでもある。スポットライトに浮かぶ清冶は、姿も音色も美しい。途中から加わる清志郎の胡弓も哀調を帯びて、これから始まる物語を暗示する。 

 観音廻りの段 - 大型スクリーン2張がハの字型に据えられている。回転する床はなく、上手側に太夫と三味線が歩いて座る。スロープ奥から勘十郎の遣うお初が進み出る。人形は黒装束の一人遣い。スクリーンに観音廻りの社寺やお初の顔が映し出される。花道先まで進んだお初は、セリ上がった十一面観音にしなだれかかるようにしてセリに沈む。

 艶やかな衣装を着けた人形は、一人遣いゆえに小振り。後方席や二・三階席からは見づらいと思う。勘十郎は、自らも踊るように身をくねらせたり人形を高く掲げる場面もあって、14分ほどだが大変だと思った。

 この段は地味で、現行で割愛されるのも仕方なさそう。ただ、往々にして人形遣いに関心が向くが、ここは太夫・三味線に耳を傾けるべきなのだろう。信仰心の厚いお初がなぜ心中にまで至るのか、落差の大きさを示すことが、この段の伏線にあると思った。
 蛇足だが、十一面観音は「杉本博司著・現な像」に挿入された写真の仏さんだろう。杉本は古美術商でもあったのだ。

 

 現行にプロローグはなく、観音廻りの段は割愛されます。ここまでは初めて観聴きしたことになります。

 

 生玉社の段 - 全ての人形が黒装束の三人遣い、主遣いは舞台下駄をはいていない。演出的には「観音廻りの段」の延長線上にある。

 舞台下駄をはかないのは、足許を隠す手摺がなく、船底もないためであろう。それより舞台の広さ、花道のあることが大きいように思う。舞台下駄・手摺・船底がないので人形遣いの移動の制約は消滅する。ただ、足遣いは足の位置が下がるので窮屈そうだ。それと、遣い手三人が同じ高さになるので、人が密集する感じだ。
 これらは、以降に共通する。

 ここで二十分の休憩。

 

 天満屋の段 - 天満屋の店先。下手に玄関の構が。一階の座敷から二階に上る階段の書割が据えられている。ただ現行のようなリアルなものではなく、それとわかるシンプルなもの。ホリゾントに紅白梅図屏風を思わせる模様が描かれた赤地の大きなのれん(?)が掲げられている。

 人形の振りに関して気になることが一点。縁側に腰掛けたお初が、縁の下に隠した徳兵衛の前に足を垂らし、足で心中の覚悟をただす劇中一の名場面。

 現行は、徳兵衛はお初の足をとり、自分の喉笛をかき切る仕草をして決意を知らせる。

 今回は足があったようには見えなかった。この前後でお初の裾が上手く捌けず、徳兵衛の顔に被ったりしていた。そのために見えなかったのか。私は足は使わずに裾で喉笛かき切る仕草をしたと感じた。女性の人形に足が無いことを思えば、その方が往時の再現には相応しいと思ったのだが。
 事実は定かでない。はっきり確認できた方がおられたら教示願いたい。

 

 徳兵衛・おはつ道行 - 「此の世の名残り。世も名残り。死にに行く身をたとうれば あだしが原の道の霜。一足づつに消えてゆく。夢の夢こそ哀れなれ。」と太夫が語る。太夫・三味線は下手側に位置していた。
 下手から徳兵衛・お初が現れ中央に進み、そして花道を前に進む。幕切れ、二人は向き合い、徳兵衛は脇差でお初の胸を突く。逆反るお初。徳兵衛は剃刀で喉をかき切り、お初に覆いかぶさる。花道の上でこの状態をどう始末つけるか、セリで下りるしかない。

 予定時間40分、随分と長い道行きだ。蓑助・勘十郎の熱演をもってしても少し長い。ただ、観音廻りするほどに信仰心の厚いお初、もとより二人が望む死でもなく、決意の上とは言え葛藤を振り払うために、この長さが必要だったように思う。物語を予め知って観ている私と、芝居を観て物語を知る往時の人々の差かも知れない。逆に言えば、現行があっさりしているのだ。

 

 フィナーレ - 太夫・三味線・人形遣い、多分囃子も。全員が舞台に揃っての挨拶。蓑助・勘十郎は花道からセリで上がってから全員の中に。人形遣いは出遣いでなかったので、黒頭巾をとって初めて顔を見せる。

 

 全体的に感じたことを整理しておきます。

 上演時間は、現行より30分ほど長いと思います。

 演出の一番の特徴は、舞台奥から続く花道にあったと思います。
 現行は上手下手の移動、すなわち左右の移動主体。花道で前後の移動が可能になり、彼岸と此岸の概念が喚起されました。「観音廻りの段」で舞台奥からお初が登場する場面は、プロローグの三味線であの世から呼び出されたことになります。現行とは、舞台機構に留まらぬ様々な変更が必要になりそうですが、実に興味深いものがありました。

 花道による空間の広がりは、人形遣いの移動量増大に結びつきます。そのために、伝統的な手摺・船底・定式幕・舞台下駄は邪魔になるでしょう。このことは一人遣いならともかく、三人遣いの場合は遣い手が密集する感じをもたらします。特に心中の場面、セリの上に人形2体と遣い手6人が団子状になって乗ります。愛の昇華する名場面の美しさを大分損ねたように思います。

 原典に限りなく近づいたこと。お初の信仰心の厚さなど物語の本質に迫ったこと。死に行く者の物語のようであって、実は死者を呼び出して物語らせていること。興味深い点が多々ありました。そして、見栄えの悪さなどの課題も感じました。再考のうえ再演の機会のあることを期待します。

 ところで、太夫たちの素直な感想はきけないものでしょうか。とても興味があります。

 *1 神奈川芸術劇場「杉本文楽 曽根崎心中」上演台本+解説

   (2011年8月18日記録)

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