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2011年7月

2011年7月31日 (日)

路上観察:青森県立美術館(第34回十和田湖ウォーク復路第2日)

 2011年7月26日。浅虫温泉の海縁の旅館だったので、朝もやの中、左手に青森市街、右手には靄の中に恐らく下北半島が見えています。余計に一泊したのは青森県立美術館が月曜休館のため。

 

 青森県立美術館に9時30分到着。2ヶ月たらずでの再訪は、「開館5周年記念 光を描く 印象派展-美術館が解いた謎-」鑑賞が目的。
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 バルビゾン派の「ドービニー:花咲く果樹のある草原」と印象派の「カイユボット:コロンブの丘」が並んで展示されています。バルビゾン派にしろ印象派にしろ多様ですけど、二枚の絵で各々の特徴が何となくつかめます。意表を突く始まりです。

 『第一章 「印象」とは何か?』『第二章 何を使って描いたのか?』『第三章 どこで描いたのか?』『第四章 感じたままに描いたのか?』『第五章 作品は完成していたのか?』『第六章 作品は描かれた当時のままなのか?』に分けて展示されています。

 章題は全て疑問形ですが、作品と解説によってその答えを明らかにします。最新の研究成果も披露されます。例えば、植物の種が絵の具に付着しているとか、キャンバスの使い回しがあるとか。

 印象派の理解を深めるためにとても良い企画です。繰り返し鑑賞したいところですが、ちょっと遠すぎます。展覧会図録とドイツ展図録翻訳版を購入しましたので少しづつ勉強します。

 

 多少の時間の余裕があったので山内丸山遺跡に寄りました。5月の時は発掘品の展示を見る時間が充分になかったので、その続きです。
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 約5500年前~4000年前の縄文時代の集落跡から発掘された土器などを丹念にみると、豊かな生活を営んでいたことが想像できます。現代の豊かさとは質を異にしますが、「住めば都」を実感できます。

 発掘は続いていますし、試掘も何箇所かありました。まだまだ新発見があるでしょう。

 

 15時過ぎに青森を後にしました。まもなく、ウォーク&アートの4日間も終わります。

   (2011年7月31日記録)

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2011年7月30日 (土)

路上観察:八甲田・十和田ゴールドライン(第34回十和田湖ウォーク復路第1日)

 2011年7月25日、昨日の十和田湖ウォークの余韻は足腰の筋肉痛に残ります。行動に支障があるほどのことはありませんが。

 朝の散歩がてら、十和田湖畔の「高村光太郎:乙女の像」に向かいました。光太郎の最後の彫刻、モデルは智恵子、女性ではあるけれど逞しさを感じます。向き合った一対ですが、一体の原型から二体を鋳造して向き合わせたものだそうで、多少の違和感はそこにあると思いました。
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 奥入瀬渓流は樹木に囲まれて自然のまま、実に美しいです。曇りがちでしたが、陽が出ていればもっと輝いているのでしょう。遊歩道を歩きたくなりました。銚子大滝で小休止。
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 渓流沿いの道を抜けてから、八甲田・十和田ゴールドラインで青森方面に向かいました。

 睡蓮沼、沼の向こうの八甲田連峰は一部が雲に隠れていました。睡蓮沼と言いますが、スイレン科のエゾヒツジグサの自生で、小さな花が咲いていることだけは確認できました。
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 地獄沼、火口湖で強酸性の熱湯が水中に吹き出しているそうです。近くに「八甲田山登山道入口」「日本山脈縦走起点」の道標、それだけで雄大な思いがしました。
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 酸ケ湯温泉、棟の異なる建屋に湯治客の姿が。名物千人風呂に浸かり、湯治場の売店でおにぎりとトマトを買って昼食、昼寝、もう一度風呂に浸かりました。二時間ほどのんびりしたでしょうか。外に出ると山から下りてきた一団が、附近を歩いて温泉に浸かるのも魅力的です。
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 八甲田ロープウェー、田茂萢岳山頂駅附近からはば下北半島・津軽半島まで見渡せるそうですが、当日はそこまでの視界は開けませんでした。30分周遊コースを散策、池塘の廻りに広がる湿原、遠くに見える傾斜地は「新田次郎:八甲田山死の彷徨」の舞台。今は美しい風景が、冬には豹変するのでしょう。紅葉の頃、一日をかけて歩いてみたいものです。
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 青森市内に入って棟方志功記念館へ。通常は月曜休館ですがこの時期は開館。さして広い展示スペースではありませんが、本人の考えのようです。展示の中に「釈迦十大弟子+二菩薩」が、私の好きな作品で何度も見ても素晴らしい。力強くして素朴、若さが溢れている感じ。
 棟方志功の個人美術館は、神奈川県鎌倉市・棟方版画美術館富山県南砺市・愛染苑(疎開先)とここだと思います。一度訪れたかったので思いがかないました。
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 海のそばが良かったので、当日の泊まりは浅虫温泉。珍しくのんびりした一日でした。

   (2011年7月30日記録)

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路上観察:十和田市現代美術館(第34回十和田湖ウォーク往路)

 2011年7月23日、十和田湖に向かう途中で十和田市現代美術館に立寄りました。JR八戸駅前でレンターカー手配、運転すること1時間ほどで到着しました。

 

 美術館は官庁街通りと呼ばれる広い道路に面して立地しています。展示室等は、大小の直方体が平面的に配置され、それらを通路で結んだ構造です。一部は直方体が三層に積み上げられていますが、スカイラインが周辺の建物から突出することはありません。
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 展示室の一部は道路側の一面がガラス張りで外から作品が見えます。空きスペースには屋外展示の作品が据えられています。
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 また道路を挟んだ反対側にも屋外展示スペースがあって、作品が展示されています。
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 興味を持った作品は、受付直後の部屋の「ロン・ミュエック:スタンディングウーマン」、屋外展示の「草間弥生:作品郡」です。いずれも初めて見る作者ではありませんが、何回見てもインパクトがあります。

 企画展は「マイケル・リン:ふれあい」展、テキスタイル模様を拡大して壁面や床面を飾るインスタレーションです。梱包の系統かと思いましたが、どうでしょうか。包んだものを開梱して、その折筋を楽しむ逆梱包の作品もありました。
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 実は、到着したのが昼時でしたからいきなりカフェに向かい昼食。カフェにはスパゲッティ・ピザなどの軽食と飲み物が用意されています。

 カフェは、記念グッズ販売コーナーと休憩室が一体になっています。やはり直方体の簡素な造りですが天井は高く、一面はガラス張で街の風景と連続して実に開放的な空間でした。権威の片鱗さえ感じさせず、鑑賞者のみならず、通りすがりの人が喫茶店替わりに利用できるような雰囲気を感じました。
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 十和田市現代美術館に立寄ることができて、昨年からの思いが叶いました。それだけでなく、市民と共生しようとする新しい美術館のあり方も垣間見たような思いがしました。いずれ、再訪します。

 3時間ほどのくつろぎの時を過ごしてから、今夜の宿泊地である十和田湖休屋に向かいました。

   (2011年7月29日記録)

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2011年7月28日 (木)

路上観察:第34回十和田湖ウォーク(2011年7月24日)

 2011年7月24日、青森県十和田市十和田湖小学校をスタート・ゴールにして開催された「第43回十和田湖ウォーク」に参加しました。十和田湖ウォークの特徴は、反時計回りに十和田湖を一周する、その全長が50Kmという長さです。

 機会あれば参加しようと思う方もおられるでしょう。地図を添付した詳細な記録をホームページに掲載しましたので、興味ありましたら参照願います。

 とりあえず雰囲気を知りたいと思われる方は以下を一読願います。内容はホームぺージの一部です。

 

 前夜の弱い雨は、スタート地点に向かう頃には止んでいた。曇ってはいるが涼しく、十和田湖一周の長丁場には反って幸いだ。申込番号順に整列してスタートするが、最後尾は901~1000番。1000人近くがこの馬鹿げた(失礼)企画に参加している。それでも例年に比べると少ないそうだ。見知らぬ方たちばかりだが、愛すべき仲間たちと感じる。

 参加者は比較的若い方が多い。と言うより、高校生くらいから各年代が均等に参加しているように感じられた。年に何回か各地のマーチングに参加するが、比較的高齢者に偏っていると感じていたので、特にその思いを強くした。

 4時40分から開会式、「今年の開催を危ぶんで問い合わせがあったが、この大会は雨が降っても槍が降っても開催する」と言う挨拶、注意事項とラジオ体操があって、5時00分スタート。 

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 参加者は背中にゼッケンを付けるが、そこに都道府県・氏名・一言を記入する。
 弘前・青森・津軽は今年の5月にお邪魔した。陸奥・六ヶ所・東通は原発関係だ。そのようなことを思いながら眺めた。福岡・岐阜・横浜・川崎・福島・北海道からの参加者を確認したが、遠方からの参加者は少ない。福島県いわき市からの参加者の一言に、心の中でエールを送る。
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 20・30Kmのマーチングだと写真を撮りながら歩くが、今回はペースを乱してもいけないので撮影は控えめにした。視界が開けず、興味を惹く対象のなかったことも事実だ。

 コース全体を通して特にきついと感じた部分はなかった。御鼻部山への長い上りも淡々と歩くだけ。軽い筋肉痛は半ばから感じていたが、40Kmを過ぎた頃から臀部の下、脚の付け根辺りに本格的な筋肉痛を感じるようになった。残り10Kmはいささかうんざりしながら歩いたのも事実。
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 スタッフが万歳三唱してくれる中をゴールした。
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 記録を整理して気付いたが、ゴール前5Kmの各1Kmのスプリットタイムが10分、時速6Km/hで最後まで歩いている。自分で自分を大したものだと思った。長距離歩行の良いところは自分の力を見直せるところだ。他に見直す余地のないことも感じてしまうのだが。

 多少の付け足し。今回は夫婦で参加した。妻は5年ほど前に左肺下葉1/3を切除している。時間の経過とともに各地のマーチングに参加してきた。今回は、第2か第3チェックポイントでのリタイアも想定して参加した。結局、最後まで歩き、私と同時にゴールした。上りで多少ペースは落ちるが、下りと平地では私より早く歩く。元気すぎるかも知れない。
 誰もができるとは思わないけれど、誰もができない訳でもないだろう。同様の状況に直面された方もおられるだろうから、多少の参考になればと思う。

 最後に十和田湖ウォークを企画・開催して頂いた関係者に謝意を表します。ありがとうございました。条件が整えばまた参加します。

  (2011年07月28日記録)

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2011年7月26日 (火)

十和田湖ウォーク(復路)

十和田湖ウォーク当日の移動は予定が定かにならないので十和田湖で一泊。せっかく近くまで来たので青森県立美術館に寄ろうと浅虫温泉にもう一泊。なぜって、月曜日は休館日なのです。

月曜日は、奥入瀬を横目にドライブして酸が湯温泉で休憩。名物の千人風呂に浸かり、昼寝。湯治気分をチョッピリ味わいました。

直ぐに八甲田ロープウェイ、山上へ。30分の周遊コースを散策。多彩な緑、山を写す池塘。改めて、周辺のハイキングに来たいと思いました。
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青森市内に入って棟方志功記念館へ。釈迦十大弟子は、棟方の作品で一番好きです。

浅虫温泉は海の近くということで選びましたが、あまり特徴のない温泉街と感じました。
夜、津軽三味線第58代名人・中野みち子の実演があり、「津軽三下り」などを聴きました。歌、踊り、共に見事。

火曜日、開館直後の青森県立美術館へ。前評判の高い「光を描く印象派展」。現代美術も良いけど印象派もね。他へ巡回しないので、近くに来る機会があれば是非お立寄り下さい。

この後、三内丸山遺跡に立寄り、只今、横浜へ向かう車中です。

追って、十和田湖ウォークの記録や美術館の印象などを掲載予定です。

   (2011年7月26日記録)

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2011年7月24日 (日)

十和田湖ウォーク(2)

14時32分、50kmを歩ききって無事にゴールしました。休憩込みで9時間32分は、予定より1時間以上も早いゴールです。

足にマメが二カ所でき、足と腰の筋肉痛は有りますが、元気です。何もやりたくない、なんてことはありません。旅館に戻って祝杯をあげています。

貴方も、来年チャレンジしてみませんか。

写真はゴールの様子、他所の方ですけど。万歳三唱で祝福してくれます。
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十和田湖ウォーク

天気は良好。05時にスタートです。50knの道も一歩から。無事にゴールするつもりです。それでわ。
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2011年7月23日 (土)

十和田湖ウォーク(往路2)

十和田市現代美術館と周辺を見学、街と共生している思いを強く抱きました。

第一室に展示されるロン•ミュエックのスタンディング•ウーマンに圧倒されました。ロン•ミュエックは、何年か前に金沢で企画展を鑑賞していますが、一点だけでも存在感があります。奇をてらったところの無いのが良いと感じます。

写真は、美術館正面です。
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十和田湖ウォーク(往路)

明24日開催の十和田湖ウォークに参加のため、06時前に横浜を出発、ひとまず八戸に向けて移動中です。

八戸でレンタカーを借り、十和田市現代美術館経由で十和田湖に向かいます。時間に余裕があれば、十和田湖を一周して、コースの下見をしようかと思っています。もちろん自動車でですけど。

天気予報によれば、明朝は弱い雨が。05時スタートですから、朝のうちは雨中のウォーキングになりそうです。軽い雨具は持参していますが、使わないで済むことを期待しています。

この三週間で、平均20kmのウォーキングを7回こなしました 。間のランニング一時間は数回しかできませんでした。目標の70%ほどの達成です。

体重は5kg減の目標でしたが、3kg弱減に止まっています。食事制限をしたわけではないので、こんなものかも知れません。とにかく、軽い方がウォーキングには有利だと思います。
明日完歩すれば、遅ればせながら5kg減の目標に到達しそうですが。

東北に行くことについて、思うことは多々あります。
明日、最善を尽くすことは当然として、地元や参加の皆さんと大いに交流したいと思っています。

   (2011年7月23日記録)

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2011年7月21日 (木)

随想:俄カメラマン

 先日、ピアノ発表会の写真撮影を依頼されて、俄カメラマンを務めました。引き受けたからには良いショットを撮りたいので、かなり神経を使いました。舞台撮影は初めての経験ではないのですが、撮り直しできないので緊張もします。

 演奏者は幼稚園・小学生から高校生・大学生くらいだと思います。演奏時間は短いと1・2分、その間にロング、ミドル、アップの最低3ショットを撮りました。
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 演奏会は音楽を聴きに行くので、姿かたちに注意を払うことはほとんどありません。しかし、今回は撮影なので姿かたちというか、身体の動きとかが気になりました。

 女性の場合、髪をアップしていないと、髪で顔が隠れるので撮影が難しいです。顔が少しでも見えた瞬間に撮ります。

 演奏者は楽譜や手元を凝視しているので、ほとんど横顔の撮影になりました。見開きの楽譜の左側を見ていると、舞台奥に顔が向いている感じ。かと言って、右側の楽譜を見ていても、客席側に顔が向く感じでもありません。

 ヴァイオリン演奏も何曲かありました。ヴァイオリンの場合、手元を凝視していると顔が下を向くので、目がパッチリ開くことはほとんどありません。

 お子さんがピアノ発表会に出演する場合、女性ならおしゃれ以前に髪をアップして、客席から顔が見えるようにしてあげてはどうでしょうか。後は、女性でも男性でも、演奏は本人に任せるしかないでしょう。

 

 大雑把に撮影条件。

 会場の座席数は約270席、15列。ピアノはヤマハCFで、演奏者を含めて左右に3mほどの広がり。

 撮影はホール最後列の上手端と中央の間、舞台より少し高い位置。

 カメラはNikon-D300S+70~300mmズーム、これでロングから上半身まで丁度良い具合。一杯に伸ばすとピントがシビアでした。明るいレンズなら改善されるでしょう。

 

 演奏も聴いていて、それなりに楽しかったです、特に後半は良く耳にする曲も出てきて。

   (2011年7月20日記録)

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2011年7月19日 (火)

演劇:この人・百話一芸 第13回「前進座80年と梅之助」

 2011年7月17日14時~16時15分(休憩15分)、第13回横浜能楽堂講座「この人・百話一芸」。
 ゲストは俳優・中村梅之助、聞き手・進行はNHKアナウンサーの葛西聖司。

 

 一部。前進座、中村梅之助の来し方について語る。
 東京国立劇場の五月公演が、創立80周年記念公演。80年前、37人が新しい歌舞伎を目指して立ち上げた。松竹だけが歌舞伎ではないと思いながら80年。梅之助は昭和5年生まれ、昭和6年に前進座が立ち上がっている。

 舞台に接したことはないし、前提知識もないので、話を上手く聞き取れない。「これにて一件落着~」、遠山の金さんの決め台詞で一部を締めた。

 

 二部。裏話を挟みながら名台詞を披露。

 父は三代目中村翫右衛門、子は二代目中村梅雀。梅之助は子役の名前だが、父が元気で、子が梅雀を継いだので、「昔の名前で出ています」と。

 鳴神では、白雲坊以外の役は演じた。翫右衛門の芝居を求めていた。

 瀬川菊之丞が土間から飛び降りる芝居の時に、履く草履を間違えたことがないと。良く見ていると、必ず右足から左足へ。走ってきて遠くへ跳ぶので、草履を少し離して置くようにした。

 「毛抜き」。父が、お前は美男子ではない。しかし、良い顔をする時がある。猿之助の隈を塗ってから白塗りをした。市川家の十八番の上演をなぜ許されたか。応援してくれた文化人達が、市川家に掛け合ってくれた結果、見て見ぬふりをしておくことになった。

 「五重塔」。川越の源太が重要。十兵衛と源太のどちらが棟梁になるか。父が演じた時、色っぽくて中年女性が身震いしたと。

 《源太の台詞を》。

 「勧進帳」。太刀持ちを50回くらいやった。手が下がってくるとぱちんとたたかれた。30周年の時は、「ロミオとジュリエット」と「勧進帳」を上演した。ロミオを演じたかったが、最初に切られた。河原崎長十郎が文化大革命で中国に行ってしまったので、長十郎の役を狙って演じた。梅原立三郎の言伝に「延年の舞が良かった」と。

 《弁慶の読み上げを》。

 「魚屋宗五朗」。翫右衛門と梅之助が交互に演じたことがある。判らないなりに演じて、次の日に本物が見られる。本物の相手とも演じられる。

 《通夜で酒を飲む場面を》。

 舞台では、酒を飲むのに合わせて三味線が早くなったり遅くなったり。顔が青くなったり赤くなったり。一杯の酒を息をつめて飲むから。

 《酒を飲む場面を台詞入りで》。

 橋掛かりを、《飛び六法》で引き下がる。途中、滑ったか前のめりに転ぶ。起き上がって、欄干に足をかけて見得を切る。舞台に残る葛西が「役者やの~」。

 

 一芸に秀でた人の話は深みがあり、それを何気なく話すところに、尽きぬ興味を感じます。思うように記録できず、皆さんに上手く伝えられないのが残念です。

   (2011年7月18日)

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2011年7月15日 (金)

路上観察:ご安航を祈る

 7月15日午後、山下公園から横浜駅まで散歩しました。良く晴れて暑い日でしたが、何時に増して海が綺麗でした。

 山下公園やみなとみらい地区のそこかしこに、国際信号旗「UW」が翻っていました。「UW」には「ご安航を祈る」の意味があるそうです。これは、明16日に封切りされる映画「コクリコ坂から」のタイアップ企画でしょう。

 見かけた順に写真を並べます。1.山下公園前の横浜産貿センター途中階の窓、2.大桟橋に向かう通り、3.象の鼻パークに停泊する船、4.赤レンガ倉庫前。
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 5.ハマのジャック(横浜税関)を背景に、6.ワールドポーターズ前の遊覧船乗り場、7.汽車道、8.日本丸・ランドマークタワーを背景に。
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 映画の内容は、私の守備範囲ではないようです。でも、古い横浜が舞台になっているようですから、観に出かけようと思っています。

   (2011年7月15日記録)

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2011年7月14日 (木)

路上観察:横浜三渓園早朝観蓮会2011年 ご案内

 横浜三渓園、2011年の早朝観蓮会は、

   7月16、17、18、23、24、30、31、8月6、7

だそうです。詳しくはこちら

 蓮の花は午前7時ごろが一番の見ごろだそうです。早朝観蓮会の日は午前6時開園、通常は午前9時開園です。この差が気になる方は、早起きして出かけてみてはいかがでしょうか。

 13日午前中に様子を見てきました。ちらほら咲いていましたが、時期的にはまだまだ早いようです。
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 今週末はどうでしょうか。私の感じでは来週末かなと。あくまで私の感じです。

 

 今の時期、睡蓮も綺麗に咲いています。そちらも楽しんで下さい。
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    (2011年7月14日記録)

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音楽:みなとみらいクラシック・クルーズ Vol.28

  出演   NHK交響楽団メンバー with 佐份利恭子
         佐份利恭子(Vn)、松田拓之(Vn)、坂口弦太郎(Va)、桑田歩(Vc)

       
       

  曲目   ランチタイム・クルーズ(12:10~13:00)
         シューベルト:弦楽四重奏曲第12番ハ短調 D.703 「四重奏断章」
         ハイドン  :弦楽四重奏曲第78番変ロ長調 op.76-4 「日の出」
         ハイドン  :弦楽四重奏曲第77番ハ長調 op.76-3 「皇帝」より第3楽章(アンコール)

       ティータイム・クルーズ(14:30~15:30)
         シューマン/石井康編曲 :「子供の情景」より(弦楽四重奏版)
                    第1曲「見知らぬ国と人々について」、
                    第3曲「鬼ごっこ」、第6曲「重大な出来事」、
                    第7曲「トロイメライ」、第13曲「詩人は語る」
         スメタナ  :弦楽四重奏曲第1番ホ短調「わが生涯より」
         マスカーニ :「カバレリア・ルスティカーナ」より間奏曲(弦楽四重奏版・アンコール)

  会場   横浜みなとみらいホール・大ホール
  公演   2011年7月12日

 

 常設の弦楽四重奏団ではないようですが、一年前のVol.16でも同じメンバーでした。メンバーによる短い解説、ランチタイムに古典派、ティータイムにロマン派の曲を演奏すると。

 

 「四重奏断章」。第1の奏でる焦燥感あふれる第1主題を第2、ビオラ、チェロと引継ぎ、やがて現れる第2主題は伸びやかな歌の旋律のようで印象的。生演奏でも録音でもシューベルトを聴く機会は多くありません。この曲も意識して聴いたことは無かったように思いますが、今回の演奏で好きになりました。

 

 「日の出」。冒頭の旋律から「日の出」の副題がついたそうですが、実に上手いネーミングだと思います。この旋律を聴くと「梅が香にのつと日の出る山路かな 芭蕉」を思い出します。弦楽四重奏曲ならヘンデルの作品76、副題もついて親しみやすいでしょう。だから、今回の演奏もとても親しみを感じました。生演奏は視覚にも訴えるので、理解が多少進んだように思います。

 

 「子供の情景」より。第1が牽引する古典派スタイルの編曲と認識しました。
 原曲がピアノ曲であることは言うまでもありませんが、弦楽四重奏に編曲されると少し焦点が甘くなるように感じました。それは演奏に対しての評価でなく、曲に対してですが。そういうことに気付くのも、なかなか面白いことです。

 

 「わが生涯より」。ティータイム・クルーズにしては重厚すぎる一曲。打ちのめされそうな曲、演奏でした。第1楽章、短い序奏の後にビオラで提示される第1主題からして厳しさが滲み出ます。第4楽章の聴力を失うことを暗示する第1の悲鳴に似た響き。音楽の深みを垣間見る、いや聴かせて貰った気がします。スメタナと言えば「我が祖国」に留まっていますが、もったいないと思いました。

 次回は8月3日(水)、「ハマのJACK in みなとみらい」です。

   (2011年07月14日記録)

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2011年7月10日 (日)

音楽:聖響音楽堂シリーズ「モーツァルトシリーズ」第2回

  指揮   金聖響

  独奏   鈴木純子(ob)

  演奏   神奈川フィルハーモニー管弦楽団

  曲目   モーツァルト:ディベルティメント ニ長調 K.136(125a)
       モーツァルト:オーボエ協奏曲 ハ長調 K.314(285d)
       モーツァルト:交響曲40番 ト短調 K.550

  会場   神奈川県立音楽堂(29列31番)
  公演   2011年7月9日15:00~16:40(休憩15分)

 

 小暑のマチネー、神奈川県立音楽堂は小高い丘の上にあるから、皆さん、ハンカチを手にして汗を拭ったり、センスを使いながら上ってくる。それでも会場は8~9割ほど埋まっているので、聖響+神奈川フィル+音楽堂の組合せは魅力的なのだと思う。

 

 ディベルティメント ニ長調。コントラバス三挺が加わった弦楽五部による演奏。

 屈託のない明るさを持つこの曲が、暖かな響きの音楽堂で何とも楽しく演奏された。低声部のうえでヴァイオリンが踊るような旋律を奏でる。

 神奈川フィルの若手主体の編成、弦楽の繊細さを残しながら楽しい演奏だった。バスの響きが心地よかった。

 

 オーボエ協奏曲 ハ長調。ソロは神奈川フィル首席オーボエ奏者の鈴木。

 オーボエの音色は複雑、哀愁を感じるし華やかにも響く。鈴木のソロは充分な華やかさを感じさせた。オーケストラで短いソロを聴く機会はあっても、協奏曲のソロは初めて。神奈川フィルの管の充実は、とりもなおさず各パートの充実と改めて感じた。

 カデンツァも素晴らしかった。演奏を終えて、仲間に丁寧な感謝の挨拶をしているのも好ましく感じた。曲も演奏も、音楽の楽しさを感じさせた。

 

 交響曲40番 ト短調。40番を生で聞くのは数十年ぶりだと思う。クラシック音楽の聴き始めに聴く曲だろうが、例に洩れず、私もそうであった。40番が通俗名曲であるか否か定かではないが、仮に通俗であったとしても、愛すべき名曲であると改めて感じた。

 第1楽章冒頭の「ため息のモティーフ」で一気に引きずり込まれる。第1ヴァイオリンが4列で、通常の編成に比べたら半分ほどだが、後方から4列前の席でも実に豊かに響いてくる。

 翳りのある40番にしては、3・4楽章が随分と力強く響いたように感じた。まあ初めて聴くようなものだから、あまりあてにはならないが。

   (2011年7月月10日記録)

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2011年7月 7日 (木)

路上観察:鎌倉鶴岡八幡宮の七夕飾り

 7月7日、小暑・七夕。

 6月22日が夏至でしたから、昼の長さは徐々に短くなっています。しかし、暑さはこれから本格的になる節目が小暑。暦は、先人の智恵の集積なのでしょう。じっくり調べると面白そうだと思っています。

 本日は旧暦6月7日、旧暦の七夕は8月6日になります。それは別にして、今夕に七夕の祝いをされる方も少なくないでしょう。天気予報によれば雨の地域が多いようで、何とも残念なことですが。

 昨日、鎌倉鶴岡八幡宮を通過したのですが、七夕飾りが風に靡いていました。神社でも七夕を祝うのですね。あえて確認したこともないのですが、私の経験としては初めてのこと、美しく思いました。
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 横浜は正午現在、白雲の間から青空が少し覗いています。今夕はどうなるでしょうか。

   (2011年7月7日記録)

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2011年7月 5日 (火)

読書:最近の読書から(2011年6月30日)

1.『原発大崩壊!』 武田邦彦著、ベスト新書

2.『原発震災の真実』 広瀬隆著、朝日新書

3.『原発のウソ』 小出裕章著、扶桑者社新書

 

 東電福島事故を契機にして脱原発を鮮明にしたとしても悪いことない。安全神話が、バベルの塔のようにガラガラと崩れ去ったのだから。もっと早くに気付くべきであったと言われればそれまでだが、もっと早く真実が語られていたらとも思う。私の観点は『安産第一』。遅れ馳せながら知識の探求を始めよう、まずは入門。

 

1.『原発大崩壊!』

 著者は原発推進を主張していると認識する。

 最後の章「原子力エネルギー政策はどこへ向かうのか」で次のように述べる。

   (1) 良質の石油や石炭はおよそ1000年分はある
   (2) 太陽光・風力・水力などの「自然エネルギー」は自然を崩壊する
   (3) 日本の原発はすべて危険だが、日本には「安全な原発」をつくる技術はある

 (1)は、表現の差はあっても反原発の主張も言及されることがある。(2)は、その主張が直ちに納得できるものでもなく、多くの資料を探る必要がありそうだ。

 問題は(3)で、著者は内閣府原子力安全委員会委員等の役職についているのに、この主張は論理矛盾と思える。ただ、長い時間をかけて積み重ねられたものだから、個人を突いても何も出ないだろう。「安全な原発をつくる技術はある」とは何を意味するか。技術はあるが阻害要因があるということ。そうだとすれば、それを解消する力はどこから出てくるのかが知りたい。少なくとも、原発が安全でないことが実証されてしまったのだから。

 

2.『原発震災の真実』

 著者は反原発を主張する。

 第一部の「福島第一原発事故の真相」、マスコミや特にインターネットの報道に接していると納得できる。
 第二部の「原発震災、ここで阻止せよ」、プレートテクトニクスから巨大地震の激動期に入った日本を説明する。常識の範囲で理解できるし、阪神淡路大震災、中越沖地震、東日本大震災と続けば実感として理解できる。北から南に至る主な原発の周辺の活断層の説明は、次の巨大地震がきたら何が起きるかと背筋が寒くなる。原発建設後に既知となった場所も少なくないし、判っていながら矮小化した場所もあるそうだ。

 終章の「完全崩壊した日本の原子力」、原発は温暖化対策の切り札と成り得なず、温排水が大陸棚の生態系を破壊する。原発がなくても停電はしない、と主張する。

 東電原発事故は大きな社会混乱をもたらしているのだから、疑わしきは罰して良いだろう。反証は、政府・原発企業が率先して行うべき状況にあると思う。

 

3.『原発のウソ』

 著者は反原発を主張する。

 前半は、福島第一原発事故、放射能の特質、放射能汚染から防護までを概説する。事故の後で規制値が引き上げられたのは、現実の汚染に合わせただけとの主張は、科学的背景無しでも肯定できる。どんなに少ない被爆量であっても、それに比例した影響が出る。安全な被爆は存在しないという、アメリカ科学アカデミーの中の委員会の報告を引用するが、これもその通りだと思う。

 後半は、原発のおかれている状況とこれからどうすべきかを概観する。
 原発は電気を作るけれども同時に死の灰も作る。東京電力は管内に火力発電所を建てても原発は建てない。これらは事実だろう。

 事故の補償をするのは国民自身。電力会社が責任を取らないシステム。原発を造れば造るほど儲かる電力会社。大量の二酸化炭素を出す原子力産業。地球を暖め続ける原発。資源枯渇の恐怖が原発を推進してきた。核燃料サイクル計画は破綻している。これらは、理解をさらに含めて今後の判断の基盤を形成しておく必要があると思った。

   (2011年7月4日記録)

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