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2011年4月

2011年4月27日 (水)

美術:「近代の洋画」展

  名称   開館60周年
       ザ・ベストコレクション 近代の洋画
  会場   神奈川県立近代美術館鎌倉館
  会期   前期(2011年4月9日~7月10日)、
       後期(2011年7月12日~10月10日)詳細は要確認
  鑑賞日  2011年4月26日(火)
  参考   公式HP

 

 鶴岡八幡宮の平家池のほとりから美術館建屋を眺めれば、手狭な感じは否めないが、今でもモダンな感じは色濃く漂う。熱心に美術展を出かける訳でもないが、記憶に残る初めての美術館が神奈川県立近代美術館。かれこれ50年前、中学生の時のことで「棟方志功の企画展」であった。版画の印象が強烈で、作家は後で覚えたかも知れない。それにしても、随分と昔のことになったものだ。

 収蔵作品から代表的な80点ほどを展示、20点ほどが前後期で入れ替わる。

 最初の展示は「高橋由一・江ノ島図」、歩いて江ノ島に行き来する多くの人物も描かれているが、静謐な雰囲気に満ち溢れている。横浜美術館収蔵「愛宕山より品川沖を望む」や多くの「鮭」の画で気になる画家。

 「萬鉄五郎・日傘の裸婦」も強烈な印象を与える。もう一枚は「田園風景」。先日観た「画家たちの 二十歳の原点」展では、萬の作品が全て写真展示だったので、作品を目の当たりにして感激した。何かにつけて東日本大震災への思いが湧いてくる。

 一々上げていればきりはないが、最も惹き付けられたのが関根正二の「村岡みんの肖像」と「少年」。特に「少年」の前で動けなくなった。450×370のカンバスに、横向きの胸から上の少年が描かれている。セザンヌの色彩を感じさせるが、厳しい顔つき、頬は赤く、うつむき加減で手にした花を凝視している。いや花より先の何かを凝視しているのかも知れない。21歳も迎えず夭逝した関根のことを思えば、あるいは見つめているのは死だろうか。

 久しぶりに「松本竣介・立てる像」も観ることができた。他にも良く知られた画家の作品ばかりだ。日本の近代洋画が概観できる。

 鎌倉に出かけるついでがあれば立寄ったら。いや、神奈川県立近代美術館に出かけたついでに鎌倉を巡るのは如何だろうか。小学校高学年以上の子供さんなら充分に楽しめるだろう。連休に美術館に出かけるのは如何でしょうか。

   (2011年4月27日記録)

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随想:この人・百話一芸 第12回「雅楽演奏家・芝祐靖」

 2011年4月24日14時~16時10分、第12回横浜能楽堂講座「この人・百話一芸」。ゲストは雅楽演奏家・芝祐靖、聞き手・進行はNHKアナウンサーの葛西聖司。

 きちんとしたメモを取れなかったので雑駁な記録だが、以下に要点をまとめる。興味あれば、そのことを承知して一読願う。

 

 芝はパンフルート様の和楽器を演奏しながら、橋掛りから本舞台に登場。演奏楽器の話から始まる。

 名前は排簫(はいしょう)、中国の楽器だが、中国では現用されていない。さらなるルーツはルーマニア・?のパンフルート。正倉院に管の残欠と帯があり、管を帯に嵌めれば18管と判って復元。曲は古代歌謡をもとに作曲した「あげまき(少年のこと)」。

 雅楽奏者は、笙(しょう)、篳篥(ひちりき)、横笛、琵琶、十三絃、鞨鼓(かっこ)、太鼓(たいこ)、鉦鼓(しょうこ)を演奏できる。中国唐時代は陽旋法だったが、日本には合わない。おかしいと思ったことが凄い。改革が出来たから1000年続いている。今は日本にだけ残る。

 (傍らに琵琶が置いてある)
 背面が客に見えるように置いてあるのは宮内庁の置き方。4絃でペルシャ系、撥は小さい(薩摩琵琶の形状と異なる)。楽器自体は6Kgほどあるけど、少し削ってもらった。

(以下、本人作成のスライドを投影しながら)

 三歳の写真はヴァイオリンを手にしている。雅楽奏者は洋楽もやる。明治維新の際、洋楽も宮内庁楽部で演奏することになった。

 芝家は15代前位(?)に興る。奈良には一字姓の家がある。狛系。音楽の家。父の祐泰は伝統的な縦書きの楽譜を、西洋譜に書き換えた。古代歌謡は歌った。万葉集などはリズムが付いていたと思う。リズムで言葉を覚える。

 皇太子殿下・美智子様のご成婚祝典序曲を作曲(洋楽)し、宮内庁学部の舞台で演奏し、ありがとうと言われた。聴いた人は限られている。

 アイルランド大統領が来日した時に「威風堂々」を演奏してしまい問題になった。そのため大統領を迎える音楽を作曲した。(退職の時?)皇后様(美智子妃)がピアノ、私がフルートで二重奏をした。あまりはっきり言わなかったが、新しい世界で音楽をやりたかったようだ。

 国連での演奏(昭和34年)が初めての海外公演。

 室町時代の楽人、豊原統秋は「笛竹の調べにつけてものぞ想ふ世に合わぬ音は有るも甲斐なし]と詠んでいる。思うと転がった。

 長野五輪の開会式では、私(龍笛)と宮田ますみ(笙)が演奏(君が代)した。

 国立劇場で「武満徹・秋庭歌一倶」など演奏した。武満に感動した。

 「Music from Japan(海外公演、場所は聞き漏らす)」は私の曲で構成、モダンダンス(写真から勅使河原三郎と思える)とも共演した。総立ちの拍手だった。

 儀式・祝祭の演奏に拍手はない。スタジオプレーヤーは。それが宮内庁樂所を出た理由。

 一芸では、琵琶譜を実演、弟子の龍笛と琵琶の二重奏で越殿樂を。最後に龍笛演奏、14年修行している弟子との差に愕然、まさに一芸を極めた感じ。名誉の為に添えるが、弟子の演奏も立派なものだったのだが。

 

 雅楽を聞いた経験は少ない。大阪いずみホールで四天王寺樂所による一夜のコンサート、利賀フェスティバルにおける宮田まゆみの笙の演奏(確か高田みどりのパーカッションとのデュオ)。演奏会でないけれど、奈良東大寺二月堂のお水取り(総称でなく十二日深夜に行われる)の際の演奏。興味は持っているけれど、聴く機会がない。芝祐靖の百話一芸に接して、雅楽のコンサートにも出かけたくなった。気が多いか。

   (2011年4月26日)

 

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2011年4月26日 (火)

随想:五万アクセス越えに感謝

 報告が少し遅れましたけど、2011年4月20日に五万アクセスを超えました。画面の右上部の6桁の白抜き数字がそれです。最初の記事掲載は2006年6月11日、四万アクセスが2010年10月13日でした。アクセス頂きました多くの方々に心より感謝致します。
50000

 掲載した記事は、四万アクセスまでに634件、五万アクセスまでに739件。最近は二日で1件強の記事を書いていることになります。

 四万アクセスの際の反省は文書が長くなっていることでした。最近の記事は、基本的に本文800文字以内でまとめています。これからも簡単明瞭な記事を掲載するつもりですので、相変わらずよろしくお願いします。

    (2011年4月26日記録)

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2011年4月25日 (月)

音楽:神奈川フィル第271回定期演奏会

  指揮     金聖響

  演奏     神奈川フィルハーモニー管弦楽団

  曲目     J.S.バッハ:管弦楽組曲第3番よりアリア
         マーラー :交響曲第7番ホ短調「夜の歌」

  会場     横浜みなとみらいホール(1階13列22番)
  公演     2011年4月23日14:00~15:40

 

 2011-2012シーズンの幕開け。昨シーズンはA席だったが今シーズンは会場中央やや前よりのS席、舞台が近いづいた。

 

 絃パートメンバーのみが登場。指揮者挨拶があって、予定外の「G線上のアリア」が演奏され、東日本大震災被災者へ捧げられた。美しい曲がこれほど悲しく響くこともないだろう。低音パートの跳ねるようなメロディーが、長い道のりを歩き始めた被災者の力強い足音にも聴こえて、心に沁みた。

 前回定期公演は大震災翌日の3月12日、1/3ほどの入場者。指揮者は「我々ができることのは音楽しかない。精一杯演奏する」と挨拶、「マーラー・第6番悲劇的」が演奏された。しかし、被災者へ捧げる音楽が準備ができず、今回、「G線上のアリア」が演奏されたのだろう。

 

 全メンバーが揃って舞台は一杯。「夜の歌」は五楽章からなる長い曲、珍しい楽器が加わる曲、なじみにくい曲、との思いがある。

 第1楽章、序奏のテノールホルンが印象的。第2楽章、ホルンで静かに始まり、途中でカウベルが響く。第3楽章、ヴァイオリン独奏が印象的。

 第4楽章、直前にギターとマンドリン奏者が席に着く。音量の小さなギターとマンドリンが聴こえるかと思った。録音と生演奏では大いに異なる。マンドリンははっきり認識、ギターは認識できる部分もできない部分もあった。それにしても楽器選択はどのような閃きによるものか。

 第5楽章、ティンパニーで始まりホルンとトランペットによる行進曲風の旋律。明るく、他の楽章と印象が異なる。

 一曲で一夜のプログラムになるほどの長大な曲で、大雑把にもなかなか把握できるものでもない。そういう状態でも生演奏は飽きずに聴きとおせるものだ。いつにも増して盛大なブラボーが湧いていたけど、私も神フィルの魅力が大いに発揮されたと感じた。ホルン・トランペット・他の管楽器、ティンパニ、絃も熱い演奏と感じた。神フィルは素晴らしい。

   (2011年4月24日記録)

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2011年4月23日 (土)

随想:ネットメディアで衆目にさらされる記者会見(5)

 東電社長の避難所訪問の様子をTVニュースで視ると、避難住民に君子の様相を感じる。はらわた煮えくり返るほどの環境におかれているにも関わらず、節度を持って東電社長に接していたように見えた。避難住民に、人としての度量の大きさを感じた。

 細部はあまり伝わらないが、原発事故現場で働く人の健康管理は充分に為されているだろうか。1998年のWHOの健康定義は、
   Health is a dynamic state of complete physical,
   mental, spiritual and social well-being and
   not merely the absence of disease or infirmity.
となっている。私は mental と spiritual の差異が良く判らないが。肉体的・精神的な管理は東電の最低限の責務。私にできることは、東電社員あるいは関係会社社員ということで誹謗・中傷などしないこと、そのような思いはもとより持たないが。

 東電記者会見をインターネットメディアで時々視聴する。マスメディアでは伝わらない内容・雰囲気も伝わる。最近は2回/日の開催のようで、通常の説明者は中間管理職の方のようだ。意志決定のできる立場ではないだろうが、記者会見では東電代表として振舞わなければならず、つらいものがあると思う。それでも真相追求の矛先を緩めてはならないけど、説明者から個人に戻った時に誹謗・中傷のないことを願いたい。

 東電記者会見の様子から、私はメディアを3グループに分けている。A.インターネットメディア・フリー記者、B.マスメディア一群、C.マスメディア二群だ。基準は抽象的だが、何事にも影響されない真実追求の度合い。インターネットメディア・フリー記者が存在したからこそ、マスメディからは伝わり難い多くの事実を知った。マスメディ一群を真実追求の度合いが高い方とすれば、東京新聞、赤旗、流動的だが全国紙の一部を入れたい。出来上がった紙面は未確認だが。記者も様々と感じる。

   (2011年4月23日記録)

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2011年4月22日 (金)

美術:平塚市美術館「画家たちの 二十歳の原点」展

  名称   開館20周年記念展「画家たちの 二十歳の原点」
  会場   平塚市美術館美術館
  会期   2011年4月16日(土)~6月12日(日) 、詳細は要確認
  鑑賞日  2011年4月20日(水)
  参考   公式HP

 
 
 明治から現代に至る時代に画業を残した、あるいは残し続けている画家たちの、二十歳前後に描いた油彩画に焦点を絞った企画展。

 特記しなければならないこと。作品の原寸大写真が所々に展示されている。断り書きは掲載されているが、東日本大震災の影響で借用不能になった作品の替わり。岩手県立美術館、萬鉄五郎記念美術館、宮城県美術館、福島県立美術館などの収蔵元から、改めて被害の広範に及んだことを知る。

 

 作品展示された画家は54名。最も古い作品は「黒田清輝・自画像(トルコ帽)」で1889年、最も新しい作品は「石田徹也・飛べなくなった人」で1996年、その間は100年余。その程度の年月かと思い、年月の割に大きな変化があったとも思う。

 夭逝の画家が多いようにも思う。青木繁28歳、萬鉄五郎41歳、中村彝37歳、村山塊多22歳、佐伯雄三30歳、関根正二21歳、三岸好太郎31歳、靉光38歳、佐藤哲三44歳、松本竣介36歳。私の知る範囲。結果論かも知れないが20歳の重みを感じる。もっと時間があったらどうなっただろうか、想像することにあまり意味はないのだが。

 萬鉄五郎4枚、松本竣介3枚、加藤太郎2枚、尾形亀之助1枚、桜井浜江1枚は展示予定作品の全てが写真であった。一部が写真となった画家も何人かいる。写真展示の展覧会としても記憶に残るだろう。若き松本竣介の作品を観たかった。

 

 画家の盛期の作品を観る機会はそこそこにあるように思うが、20歳前後の作品がこれだけ集まることはないように思う。未熟とは言い切れないが、多感な思いで時代を受け留め、未来を夢見ていたであろうことは何となく伝わってくる。華々しい一面があるわけではないが、心に沁みる企画展と感じた。過ぎにし春がそこにある。

 平塚市美術館の後、下関市立美術館、碧南市藤井達吉現代美術館、足利市立美術館を巡回するようだ。期間は確認願いたい。

   (2011年4月21日記録)

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2011年4月21日 (木)

演劇:新国立劇場「ゴドーを待ちながら」

  作    サミュエル・ベケット
  翻訳   岩切正一郎
  演出   森 新太郎

  出演   ヴラジミール  橋爪 功
       エストラゴン  石倉三郎
       ボッゾ     山野史人
       ラッキー    石井愃一
       少年      柄本時生

  会場   新国立劇場・小劇場
  公演   2011年4月15日(金)~5月1日(日)、詳細要確認
  鑑賞   2011年4月19日(火) 19:00~21:50(休憩15分)
  参考   公式HP

 

 「田舎道。一本の木。夕暮れ」、東日本大震災の光景に重なる。瓦礫を掻き分けて延びる道、一本だけ残った松の木、早や40日ほどが過ぎた。

 この戯曲は何度となく観たが、今、再び観る巡り合わせ。自然の摂理とは言え、人々の築いた幸せを一瞬で奪う不条理。残された人々は、それでも生きなければならない条理。演劇は生きることを後押ししてくれるのだろうか。

 

 田舎道は土間の中央を貫くように作られている。客席は、田舎道の両側に対向して作られている。田舎道の端に一本の木。

 今回の台本は新訳。上演時間は一番長いが、繰り返しのような部分も省略なしで演ずるためのようだ。

 

 橋爪功はTVで良く見るが芸達者と思う。過去に舞台を観た記憶は定かでないが、改めて身体表現の凄さを確認した。例えば、歩くにしろ走るにしろ、場面場面に応じた歩きであり走りなのだ。全身から滲み出す表現に打ちのめされてしまう。ストーリーを牽引するヴラジミールに見事に嵌っている。

 石倉三郎もTVで見るが、舞台に立つとは知らなかった。全体にぶっきらぼうな表現と感じたが芸風か。思いを貫きたいのにヴラジミールから離れられないエストラゴンを良く感じさせた。

 橋爪と石倉の組合せどんなものかと思っていたが、終わってみれば実にうまい組合せだ。中だるみしそうな長時間の舞台を見事に繋いだ。

 山野史人のボッゾと石井愃一のラッキー、二人の繰り出すコミカルな場面は大いなる息継ぎ、緊張感を和らげた。一幕後半のラッキーの長台詞で、客席の一部から拍手が沸いた。柄本時生の少年は爽やかで世代間ギャップが表現された。いつの時代でも若者の方が冷静なのかも知れない。

 

 今日も、次の日も、ゴドーは現れない。明日はきっと来ると言伝しておきながら。しかし、期待を裏切られても、明日に向わなければならないのはヴラジミールだけではない。律儀で健気なことが尊く思えてくる。

   (2011年4月21日記録)

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2011年4月19日 (火)

路上観察:マニエール・ノワールの長谷川潔碑

 数日前、横浜市営地下鉄阪東橋駅で下車する機会があった。地上に上がれば、そこは運河を埋め立てて出来た細長い大通り公園の一角。今は橋などないけれど、地名は横浜橋、TVで時々取り上げられる横浜橋商店街が公園に直角に伸びる(右側写真の右奥、楕円内に碑)。
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 ふと目に入ったのが「長谷川潔画伯之碑」。このあたりは時々歩くが今まで気付かなかった。彼が横浜生まれであることは承知していたが、それにしても、なぜこの地に碑が建立されたのか。ハマッ子としては意外な感じがした。

 背後の碑銘には次の記載(原文縦書き)がある。

長谷川潔画伯碑銘
一八八一年十二月横浜市西区西戸部町131(御所山)に生まれる
一九八〇年十二月パリ市ビラスーラにて客死 享年八十九才
一九一八年渡仏して 六二年間一度も日本に帰国せず 望郷の
念にかられつゝ制作した彼の銅版画は世界の注目するところと
なり その評価は極めて高かつた そして彼はフランス芸術院
会員に列せられた
ここに一九八〇年九月開催された国際ロータリー第二五九地区
大会を記念してこの碑を横浜市民に贈るものである
ひとには歴史がある ひとには歓びがある ひとには涙がある
   そして ひとには明日がある
  一九八一年六月  国際ロータリークラブ第二五九地区

 

 現在、横浜美術館は「生誕120年 長谷川潔展」開催中。東日本大震災の影響で「プーシキン美術館展 フランス絵画300年」が開催見合わせに伴うものであろう。しかし、理由はともかく長谷川潔のマニュエル・ノワールは美しい。最近は横浜美術館に足を向けていない。たまには出かけてみるか。

   (2011年4月19日記録)

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2011年4月18日 (月)

音楽:華麗なる出逢い

  演奏   寺神戸亮(Vl)
       曽根麻矢子(Cemb)

  曲目   ジャック・デュフリ :
         『ヴァイオリン助奏付きクラブサン曲集より
         『クラブサン曲集』より
       フランソワ・フランクール :
         ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ第6番ト短調
          (休憩)
       ジャン・マリー・クレール :
         ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタハ短調“トンボー”
       ゲオルグ・フィリップ・テレマン :
         無伴奏ヴァイオリンのための幻想曲第12番イ短調
       ヨハン・セバスチャン・バッハ :
         ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ第3番ホ長調
          (アンコール)
       ヨハン・セバスチャン・バッハ :
         ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ第4番ハ短調第1楽章
       ジャック・デュフリ :
         『ヴァイオリン助奏付きクラブサン曲集より

  会場   横浜みなとみらいホール小ホール(12列16番)
  公演   2011年2月19日14:00~16:00(休憩15分)

 

 久しぶりにバロック音楽の演奏会でした。ジャック・デュフリの演奏が始まった時、ヴァイオリンの音色・奏法、細部は判りませんけど、ああバロック音楽だと。

 ジャック・デュフリ:『クラブサン曲集』よりがチェンバロ独奏、ゲオルグ・フィリップ・テレマンは言うまでもなくヴァイオリン独奏。テレマンとバッハ以外の曲は録音を含めて初めてを聴きました。

 気になったのは、チェンバロの音量が意外に小さかったこと。もともと大きな音を出す楽器ではありませんが、ヴァイオリンが豊かに響いているのに、ちょっとバランスが悪いと感じました。使用チェンバロのデータは不明です。

 テレマンに限りませんし、ヴァイオリンに限りませんが、無伴奏の演奏は音楽として制約が多いように思います。しかし、生真面目に始まるシンプルなこの曲が魅力的に演奏されたと感じました。

 バッハの華やかな第3番ですが、チェンバロの音量が少ないためにヴァイオリンとの掛け合いが後退した思いがします。期待していたような響きにはなっていませんでした。

 響きは他の曲も同じですが、初めて聴くだけに余計に判りにくく感じました。

 途中に寺神戸亮の話が挟まれ、大震災について触れていました。アンコールのバッハは被災者への鎮魂の思いが込められていたように思います。マタイ受難曲の有名なアリア「憐れみたまえ、わが神よ」の旋律が響きます。

 

 二人の共演に惹かれてコンサートに出かけました。ただチェンバロが期待した響きではありませんでした。使用チェンバロによるものと思います。他の方はどのように聴かれたか、知りたいところです。
 あらためて曽根麻矢子を聴きに出かけたいと思っています。

   (2011年4月17日記録)

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2011年4月15日 (金)

美術:世田谷美術館「白洲正子」展

  名称   白洲正子 神と仏、自然への祈り
       生誕100年特別展 世田谷美術館開館25周年記念
  会場   世田谷美術館
  会期   2011年3月19日(土)~5月8日(日) 、詳細は要確認
  鑑賞日  2011年4月13日(水)
  参考   公式HP

 

 渡岸寺の、聖林寺の、十一面観音に頭を垂れたのは「十一面観音巡礼」で思いを膨らませたから。比叡山回峰の荒行を知ったのは「比叡山回峰行」。白洲の著書で日本的な美意識に触れたのは三十歳前後、それから三十年余が過ぎた今も私の美意識の基準はそこにあるように思います。

 

 作品は白洲の文書の断片と共に展示されています。作品を鑑賞して白洲の文書の確かさを知るか、白洲の文書から浮かび上がるイメージに作品を重ねるか、人それぞれでしょう。

 私は文書をほとんど読むことなく作品鑑賞に徹しました。混雑していて文書を読むのが困難なこともありました。しかし展示された作品群全体から、それらを選び出した白洲の美意識の一端を窺えないかとの思いもありました。見事に跳ね返された気がしますけど。

 全体は「Ⅰ 自然信仰、Ⅱ かみさま、Ⅲ 西国巡礼、Ⅳ 近江山河抄、Ⅴ かくれ里、Ⅵ 十一面観音巡礼、Ⅶ 明恵、Ⅷ  道、Ⅸ 修験の行者たち、Ⅹ 古面」のサブテーマに分けて展示されています。当然、各々に対応する著書があります。私の記憶に強く残るのは「かくれ里、十一面観音巡礼、修験の行者たち」。

 国宝・重文指定の作品も少なくありませんが、一部の絵画を除けば全体的に地味です。しかし、そこに内在する美しさを顕在化させたことこそ、白洲の真骨頂だったと思います。

 白洲正子の切り口で集まった作品、再び一堂に会する機会も想像できませんから、白洲ファンはお見逃し無き様に。できれば私ももう一度、人の少なそうな時間帯に出かけたいと思っています。

 最近の国立博物館の展示に比べると照明が貧弱(従来通り)です。仏像の陰翳が濃かったりして見難い作品もありました。予算的に厳しいかとも思いますが追々改善されることを希望します。

 

 世田谷美術館は砧公園内にあります。桜の大木が多く、既に散り始めていましたが鑑賞前に小一時間の散策を楽しみました。
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   (2011年04月14日記録)

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2011年4月13日 (水)

路上観察:鎌倉の桜は散り始め(2011年4月12日現在)

 鎌倉の桜は盛りを過ぎていると思いましたが、一目見ようと出かけました。

 JR鎌倉駅に到着したのは13時少し前、とりあえずは二の鳥居から段葛を通って鶴岡八幡宮に向います。両脇に連なる桜は散り始め、先週末が見頃だったと思いますが天気は荒れていました。来年こそは見事な桜を、って気が早過ぎます。
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 歩くコースを決めていたわけではありません。八幡宮前交差点まで進んでから扇ガ谷方面に向おうと決めました。途中、川喜多映画記念館の庭で桜の大木を見つけました。
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 寿福寺の正式な名前は金剛寿福禅寺、さすがに禅寺だと思いました。三門から本堂に向う美しい石畳に桜の花びらがいくらか落ちているのですが桜の木は見当たりません。裏の墓所で、源実朝と北條政子の墓へ詣でてから、山道を源氏山に向いました。

 源氏山公園ではお花見をしている人達がいました。春を満喫するというより行く春を惜しんでいる感じがしました。今年の春は、決して忘れることができないでしょう。
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 荒れた感じのする化粧坂切通しを下って海蔵寺に向います。桜は見当たりませんがカイドウが見事。
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 ユキヤナギが風に揺られています。大きなつぼみは何、間もなく咲きそうです。
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 JR横須賀線に沿って鎌倉駅に戻りますが、途中の英勝寺は陽も傾いていたので素通りしました。鎌倉は気の向くままに歩くのも良いものです。

   (2011年4月12日記録)

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2011年4月11日 (月)

随想:ネットメディアで衆目にさらされる記者会見(4)

 「ネットメディアで衆目にさらされる記者会見(2)」で、「朝日新聞記事は米国人に出した退避勧告の根拠が薄いと印象付けているように感じる」と述べた。そのポイントは「3月16日以前に充分な実測データは公開されていただろうか。多少の親切心があるならば、主張を鮮明にしようとするならば、記事はその点を明確にすべきであろう」と指摘し、「安全第一の視点に立つならば、理屈抜きに80Km以上の退避勧告はあり得る」とまとめた。

 同一主題の記事が2011年4月10日付東京新聞朝刊11版Sに掲載された。その中に「(3月16日の退避勧告)の後、日米の連携による観測で信頼できるデータがそろってきたことから」とある。すなわち16日以前には信頼できるデータが不足するか、無かったと言えないか。

 ゆえに、最悪の条件を仮定して80Km圏外退避の結論を出すことにいささかの不思議もない。それなら20Kmでも30Kmでも同じでないかと思われるかも知れないが、それは専門家の良識に裏づけされた知見と安全第一の観点から結論されたと判断できることが重要である。「今のところ問題ない」としか発言しない専門家を私は信用しない。

 東京新聞記事を是とすれば、朝日新聞記事に感じた私の印象は当然と言える。
 インターネットメディアによる東電記者会見も時々視聴しているが、その様子を加味すると、私は東京新聞記事がより正確な印象を与えていると判断する。

 

 ところで、東京新聞記事の「日米の連携による観測で信頼できるデータがそろってきた」「米国の分析結果が判断に影響を与える可能性もある」などを読むと、原子力発電所は安全だと言ってきた専門家とは何だったのかと思う。自分なりに考えてこなかった私も何だったのかなと思っている。

   (2011年4月11日記録)

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路上観察:長興山紹太寺のしだれ桜は満開(2011年4月10日現在)

 小田原駅で箱根登山鉄道に乗換えて三つ目の入生田駅下車。案内に従って進むこと1Km強、途中から上り坂になりますが、徒歩約20分で長興山紹太寺のしだれ桜に到着します。

 今が満開、花びらがちらほら舞う感じです。
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 樹齢340年ほど、樹高十数mのしだれ桜は見事と言いたいところですが、何となく精気が薄れているように感じます。昨年も感じたのですが、少し元気が無いように思います。たまに陽が射す程度の曇り空のせいだけでもないようです。

 とは言いながら、多くの花見客が訪れていました。

   (2011年4月8日記録)

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2011年4月10日 (日)

随想:ネットメディアで衆目にさらされる記者会見(3)

 ネットメディアの中継あるいは録画で東電原発事故の記者会見を視聴すると奇妙な光景が見られる。

 次に示す二枚の写真は、4月8日18時30分からの記者会見の様子をキャプチャーしたもの。正確には記者会見の終了後に、東電社員に押し寄せて個別質問する記者達である。
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 この記者達がどのような報道機関に所属するか、大雑把に推測しているが確証はないので記者達としておく。

 しかし、会見終了を宣言されてからの個別質問というのもおかしなものである。会見中に質問する勇気が無いのだろうか、まさかね。都合の悪い質問内容なのだろうか、視聴者・購読者にとって都合悪いことなどないけどね。

 とすれば、東電の事情をおもんばかり、回答を取捨選択して報道すると勘ぐられてもしかたないだろう。記者達あるいは所属する報道機関はどのような立ち居地で会見に臨んでいるのだろうか。

 

 この日の記者会見で、NPJ記者の「記者会見の方法について伺いたい」で始まる一連の質問に、「時間もある程度区切らして頂くが、終了後も引き続き皆様から納得頂くまで質問を承まわるので理解願いたい」との主旨の回答があった。それならば徹底的に記者会見やればよいようなものだけど、なんだかね。

 興味あれば『【4/8・18:30開始】東京電力本店から『原発』に関する記者会見 』の1時間17分25秒過ぎから視聴願いたい。

   (2011年4月10日記録)

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2011年4月 9日 (土)

随想:ネットメディアで衆目にさらされる記者会見(2)

 2011年4月9日付け朝日新聞朝刊(東京本社14版5面)のAsahi が気になった。東電原発事故関連で、見出しおよび冒頭部分は次の通りである。

 『米の「80キロ圈避難」 実は仮想シナリオ NRC幹部証言「判断しないよりましだ」
 福島第一原発の事故に伴い、米政府が原発から半径80キロ圏内に住む米国人に避難勧告を出した根拠は放射線量などの実測データに基づくものではないことがわかった。勧告の根拠となった米原子力規制委員会(NRC)の勧告は、仮想の事故シナリオによるものだったという。NRC幹部が7日、外部の専門家で構成される委員会で語った。』

 この記事のポイントは「半径80キロ圏内に住む米国人に避難勧告を出した根拠は放射線量などの実測データに基づくものではないことがわかった」であろう。すなわち、退避勧告の根拠が薄いと印象付けているように感じる。

 退避勧告は3月16日に出されているが、それ以前に充分な実測データは公開されていただろうか。多少の親切心があるならば、主張を鮮明にしようとするならば、記事はその点を明確にすべきであろう。

 もし実測データが公開されているならば、その後の見通しを加味した放射能物質の拡散予測(距離で漸減するわけでもないだろう)などが判断材料として加えられるだろう。

 しかし安全第一の視点に立つならば、理屈抜きに80Km以上の退避勧告はあり得る、なるべく離れた方が良いのだから。

 日本政府は周辺住民に対して20Km圏からの避難と20~30Km圏の屋内退避を指示している。マスメディアはこの妥当性を検証して記事にすべきで、重箱の隅をつつくような点を掘り下げるのは後回しで良い。

 ところで関係者達はどこまで避難したのだろうか。現場から離れることも出来ずに作業している方もおられるのだが。

 記者会見の感想にたどり着かなかったが続きとする。

   (2011年4月9日記録)

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2011年4月 8日 (金)

路上観察:横浜根岸森林公園の桜は五分咲き(2011年4月7日現在)

 JR京浜東北線根岸駅から徒歩15分ほど、根岸森林公園は横浜山手の最も南側に位置します。起伏にとんだ地形に広大な芝生広場が広がり、何時行っても多くの人で賑わっています。

 暫らく前は梅が咲き誇っていましたが、そろそろ桜の季節。大島桜の大木はほぼ満開でしたが、ソメイヨシノなどは五分から六分咲きというところでしょう。
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 本日(8日)は強い風が吹きまくって桜の様子が心配です。天気予報によれば、明土曜日(9日)は曇り時々雨ですが、日曜日はそこそこのようですからお花見にでかけませんか。子供さんが一緒ならば遊具持参でも思い切り遊べると思います。

   (2011年4月8日記録)

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音楽:みなとみらいクラシック・クルーズ Vol.25

  出演 東京フィルハーモニー交響楽団首席奏者たちによる弦楽五重奏
      荒井英治(Vn)、戸上眞理(Vn)、
      須田祥子(Va)、服部誠(Vc)、黒木岩寿(Cb)

  曲目 ティータイム・クルーズ(14:30~15:35)
      ◆さあ!思うぞんぶんに歌い倒すイタリア!◆
       パガニーニ :弦楽四重奏曲第3番イ短調より第1楽章(SQ)
       ゴルターマン:ベリーニの思い出(Vc+Cb)
       ロッシーニ :弦楽のためのソナタ第6番より第1・3楽章
       アルビノーニ:アダージョ
       ヴェルナー・トーマス=ミフネ
             :「おれは町の何でも屋七変化」より
       ロッシーニ :歌劇『ウィリアム・テル』序曲より
                       ”スイス軍隊の行進”
       ロッシーニ :歌劇『泥棒かささぎ』序曲(アンコール)

  会場  横浜みなとみらいホール・大ホール
  公演  2011年4月6日

 

 初めて聴く楽曲が半分。イタリアに限りませんが、私が聴いたことのある楽曲などたか知れています。少しづつでも新しい楽曲に触れられることが、この企画の魅力の一つと感じています。

 

 パガニーニの弦楽四重奏曲は、独奏曲や協奏曲のような輝きはやや稀薄と感じました。
 ゴルターマンは、もともとチェロとコントラバスのために書かれた楽曲です。珍しい組合せですが、そこまでと感じました。
 ロッシーニは、2本のヴァイオリンにチェロとコントラバスの組合せが珍しいばかりでなく、なんと12歳の時の作曲だそうです。いずれ全曲聴きたいと思いました。

 アルビノーニは、東日本大震災の被災者に捧げられました。深い悲しみの向こう希望が見えるような思いになります。

 ヴェルナー・トーマス=ミフネはポップス調、コントラバスが旋律を奏で、他の楽器はサポートしました。
 ロッシーニは、スイス軍隊の行進も、アンコールの『泥棒かささぎ』序曲も良く耳にする楽曲、心軽やかに締め括った感じがします。

 

 演奏は、音が少し篭っているように感じました。また、音の輝きも少し薄らいでいるように感じました。オーケストラを聴いたことがありませんけど、若い人たちが集まっているのではないかと想像しました。
 ランチタイム・コンサート「◆とことんモーツァルト◆」を聴きそこなったのが残念でした。

 

 次回は5月2日(月)、鈴木理恵子(Vn)+若林顕(pf)です。

   (2011年04月07日記録)

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2011年4月 6日 (水)

路上観察:横浜掃部山公園の桜は三分咲き(2011年4月6日現在)

 JR京浜東北線下り電車が桜木町駅に到着する少し手前、進行方向右手に見える山の上に掃部山公園があります。掃部山は「かもんやま」と読みます。

 隣接して神奈川県立音楽堂、神奈川県立青少年センター、横浜能楽堂、伊勢山皇大神宮があると言えば、およその見当がつく方もおられるでしょう。

 きょうはみなとみらいホールへ行く際、桜の様子を確認するために掃部山公園を通過しました。桜は三分から四分咲きといったところです。
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 ローカルな名所ですが、例年、賑わいます。今週末は少し早いかも知れませんが、みなとみらい21地区の夜景を眺めながら、夜桜見物の花見客で賑わうように思います。

 私は、東日本大震災の被災者の皆さんに思いを沿わせながら、自然の豊かさと残酷さを噛み締めて今年の春を味わいたいと思います。

 「さまざまなこと思い出す桜かな 芭蕉」ですね。

   (2011年4月6日記録)

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路上観察:追分市民の森

 2011年4月5日、横浜市旭区矢指町一帯の丘陵地に広がる追分市民の森を散歩しました。

 最寄り駅は相模鉄道三ツ境駅下車、野境道路沿いに徒歩約15分でマリアンナ口に到着します。目標は聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院、駐車場を過ぎたら右手の坂道を入ります。

 三ツ境駅からバスの便もありますが、徒歩をお勧めします。と言うのも、野境道路の両側は見事な桜並木ですから。今日はまだ咲き始めでしたが、今週末から暫らくが見頃でないでしょうか。
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 市民の森にはしっかりした散策路が付いているので、思いのままに進んだら良いでしょう。桃、早咲きの桜、菜の花などが見事です。
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 特に菜畑は今が盛り、柔らかな色合いの菜の花も気持ちを和らげてくれます。
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 市民の森には桜も植えられていますが、こちらの開花はもう少し時間がかかりそうです。また、矢指市民の森、瀬谷市民の森も隣接するので、それらを組み合わせて散策するのも楽しいと思います。

   (2011年4月6日記録)

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2011年4月 1日 (金)

路上観察:相鉄いずみ中央駅~市営地下鉄中田駅(2011年3月28日)

 2011年3月28日、久しぶりに散歩に出かけました。横浜駅から西に延びる相模鉄道の支線・いずみ野線の「いずみ中央駅」起点。2駅横浜寄りの「弥生台駅」終点。「相鉄おすすめ・駅からさんぽ(2011春号)」に紹介されていました。
 今回は変則、かつコース半ばの「横浜市営地下鉄中田駅」で打ち切りました。
Map

 

 「いずみ中央駅」の目の前に和泉川、親水公園で服まで濡らして遊ぶ子供達。左岸川べりの桃の花が見事。
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 石橋(石の橋に非ず)で右に進むと「左馬神社」、桜の咲き始め。
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 やがて畑で土おこしする人、何気ない光景が実に貴重と気付きました。

 一旦、「ゆめが丘駅」から電車で「いずみ中央駅」に戻りました。川沿いをもう少し歩こうと思ったからです。

 

 再び和泉川左岸に沿って。先ほども気付いていましたが、歩き出してすぐに見事な生垣、実に美しい光景。
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 その先に「長福寺」。境内の「伝承泉小次郎親衡縁起」の案内に、『信濃源氏の嫡流にして、建暦三年(1213)、二代将軍源頼家の遺児千尋を擁して執権北條家打倒を企てるも事前に発覚し追手を討ち、行方を晦ます』とあります。
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 石橋で右岸に渡り、川沿いに進むと親水広場などがあります。川には所々に岩が置かれて、岩走る水がさわやかな音を響かせていました。草木橋でコースに戻ります。

 一つ目の辻に立派な道祖神などが。その中の一つが「出羽三山供養塔」。ここらからは大山が近いですけど、遠い出羽三山信仰もあったということなのでしょう。
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 この後、中田駅までは住宅街を歩きます。知らない町歩きも好きですが、一般的な意味の見所はほとんどありません。中田駅の先はどうでしょうか、いずれ歩きます。

 

 1時間半ほどの散歩コースとして、コース案内どおりに歩き始め、途中、和泉川の草木橋から川沿いに「いずみ中央駅」に戻る短縮コースは如何でしょうか。ご近所の方向けです。

   (2011年3月31日記録)

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