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2011年3月

2011年3月27日 (日)

随想:偉大とは方向を与えることだ

 東電原発事故の影響について「ただちに健康に影響が出るとは考えていない」との表現が多用される。この表現が間違っているとは思わないが、知りたいことが言い尽くされていないことも事実だ。

 「ただちに」と「間をおいて」、「出る」と「出ない」を対峙させて条件を整理すれば、

   1.ただちに出ない そして 間をおいて出ない
   2.ただちに出ない そして 間をおいて出る
   3.ただちに出る (そして 間をおいて出ない)
   4.ただちに出る (そして 間をおいて出る)

となる。「ただちに健康に影響が出ない」としても、「間をおいても出ない」のか「間をおいたら出る」のかはっきりしない。すなわち、先の見通しが利かない。

 

 インターネットで「放射能漏れに対する個人対策(山内正敏・スウェーデン国立スペース物理研究所)」を見つけた。転載自由と記されているが、ここではリンクを張った。

 この一文には、『どこまで放射線レベルが上がったら行動を起こすべきか(赤信号と黄信号)』との指針が簡明にまとめられている。

 インタネットで「山内正敏氏「放射能漏れに対する個人対策」を読む際に考慮すべき点とは」も参照できる。両者の一読をお勧めするる。ただし、出所を含めて個人的に判断願う。
 私は記された通りに行動できるとは思えないが、行動指針として記憶に留める。

 

 さて「放射能漏れに対する個人対策」の紹介は、内容の貴重なこともあるが、何より物事に真正面から対峙していると感じたからだ(正当な資料と判断する)。それに比して「ただちに健康に影響が出るとは考えていない」との言い回しには責任回避の意識を感じた。

 類稀な事故に直面する現在、東電(広く電力会社)・関係官庁・関係有識者・報道機関は、一般市民の安全確保の行動指針となる簡明な情報を最優先で広報すべきと考える。『偉大とは方向を与えることだ』との先哲の言葉を思い起こして欲しい。

   (2011年3月27日記録)

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2011年3月25日 (金)

随想:未曾有の天災だったのか?

 物事を考える時、事実と意見は明確に区別する必要がある。そして、原因と結果は論理的整合性により結びつくかを吟味する必要がある。

 東電福島第一原発事故は未曾有の天災により引き起こされたとする論調もある。原発の安全神話は特定の制約下でのことだったのだろうか。

 原発事故に至る時間経過を大雑把に 地震->津波->事故発生 だ。未曾有の天災とは、地震を指すのか、津波を指すのか、はたまた両者を指すのか。

 

 「平成23年理科年表・国立天文台編・丸善発行」で津波について調べた。「津波規模(P709)」が整理されているのは、少なくともこの範囲の津波発生は過去にあったと推測する。

  規模階級 津波の高さ 被害程度
   -1   50cm以下  無被害
   0    1m程度   非常にわずかの被害
   1    2m前後   海岸および船の被害
   2    4~6m    若干の内陸までの被害や人的損失
   3    10~20m   400km以上の海岸線に顕著な被害
   4    30m以上   500km以上の海岸線に顕著な被害

 『東電福島第一原発を襲った津波は高さ14メートルを越えた。東電が想定していた5.4メートルの3倍近い(朝日新聞・2011年3月25日13版・大津波 東電甘い想定)』。高さ14メートルを表に当てはめれば3階級で、まだ上がある。

 

 同じく理科年表より「日本近海のおもな被害地震年代表(P714)」の一部を抽出した。さっとした整理なので参考に留めて貰いたい。

  1994.10.04 M8.2 北海道東方沖 花咲 1.73m
  1993.07.12 M7.8 北海道南西沖 青苗 10m超
  1983.05.26 M7.7 日本海中部  石川・京都・島根などでも被害発生
  1964.06.16 M7.5 新潟     新潟県沿岸 4m
  1952.03.07 M8.2 十勝沖    北海道 3m、三陸沿岸 1~2m
  1944.12.07 M7.9 東南海    熊野灘沿岸 6~8m、遠州灘沿岸 1~2m
  1940.08.02 M7.5 積丹半島沖  羽幌・手塩 2m、利尻 4m、金沢・宮津 1m
  1933.03.03 M8.1 三陸沖    綾里湾 28.7m
  1923.09.01 M7.9 関東大震災  熱海 12m、横浜 9.3m
  1896.06.15 M8.25 三陸沖    吉浜 24.4m、綾里 38.2m、田老 14.6m
  1854.12.24 M8.4 安政南海   串本 15m、久礼 16m、種崎 11m
  1854.12.23 M8.4 安政東海   房総から土佐までの沿岸

 綾里は、今回の大震災で大きな被害を受けた陸前高田の北に位置する土地だが、1896.06.15に38.2m、1933.03.03に28.7mを記録している。今回は被害を免れただろうか。

 

 今回の津波が未曾有の天災とは言い難いと思った。
 日本近海でマグニチュード9に至る地震はないようだ。世界に広げればある。「世界のおもな大地震・被害地震年代表(P748)」から抽出した。地震発生原理の相違など詳しいことは判らないが。

  1964.03.27 M9.2 USA:[Alaska EQ]
  1960.05.22 M9.5 Chile:[Chilean EQ]
  1957.03.09 M9.1 USA:Andreanof Is
  1952.11.04 M9.0 Russia[Kamchatka EQ

 

 「未曾有の天災だったのか?」との疑問を設定して初歩的な事項を調べた。市井の人々が未曾有の天災と思うのは無理もない。豊穣の大地や海が牙を向けた事実に、悲しみと憎しみの感情が何時までも薄れることはないように思う。
 しかし、原発を運用管理する東電(広く電力会社)・関係官庁・関係有識者が「未曾有の天災」などと言うことは許されないだろう(朱字追記)
現時点での私の結論は「未曾有の天災ではなかった」。

 今後の論調を吟味する基礎としたい。不安をあおるつもりなど皆目ないので念のため。

 参考:巡視船 大津波乗り越える瞬間

   (2011年3月25日記録)

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2011年3月23日 (水)

随想:ネットメディアで衆目にさらされる記者会見

 先日、東電福島原発事故の経過の記者発表をネットメディアで視聴しました。その時の記者の質問の一つに多少怒気を含んだ感じの「Cs137の半減期はいくらですか?」がありました。配布資料に記載されていなかったようです。

 その時に感じたのは、「自分で調べろ、理科年表に出てるだろう」でした。東電側もそんなことは言いません。しかし、錯綜する中で資料作成・記者発表なので多少の落ちは仕方ないのでは。東電しか知りえない事実ならともかく、原発事故の取材なら半減期などは予備知識だろうと思いました。

 他にも威張り腐ったような質問がありました。国民が知りたがっているではないかも何か胡散臭い感じです。修羅場で相手を追い込んでも事態が好転しないでしょう。記者も一方の当事者だから、質の高い発表になるように協力したらどうでしょうか。

 ネットメディアは、私が記者会見の場にいるような情報を提供してくれます。同時にマスメディアの実体もさらけ出します。

 手元になかったので、最新の「平成23年理科年表・国立天文台編・丸善発行」を購入してきました。放射性同位体の半減期、確かに掲載されています。

   (2011年3月23日記録)

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2011年3月21日 (月)

随想:(阪神淡路大)震災と美術をめぐる・・・

117 蔵書のなかに「震災と美術をめぐる20の話・発行 ギャラリー ラ・フェニーチェ・発行日 1995年9月28日」がある。

 ここで震災は阪神淡路大震災。インタビュー形式で纏められた20の話の各々に味わいがあるけど、忘れられられない一文があるので紹介する。インタビュウを受けたのは(作家)粟国久直さん。長くなるけど引用する。

--- 引用開始 ------  

 僕は今、大阪芸大で1回生を受け持っているのだけど、長田に住んでいて家が潰れた女子学生がいるんです。彼女は今、教会に避難しているんだけど、手紙をもらったんです。2~3週間ぐらいしか経っていない頃で、克明に自分の心情を書いている。彼女はアートについて色々書いているわけよ。アートは何も出来ないって。避難所生活をしている中で、自分が美術をやっているからって何にも役に立たない。でもね、彼女は最後に「私は今、無性に絵が描きたい」って書いているの。もう感動して涙流しちゃったよ。そして、その手紙にいろんな貼り絵やドローイングみたいなものを描いていて、「先生どうでしょうか」って意見を聞いているわけ。

 そんな彼女を前にして、オレは美術にどんな力があるのかって聞かれて、答えられなかった。まじで。だって現実に、美術って力ないもの。たとえば人を集める力も、下世話な話だけど集金力もないもの。当事者である彼女に、僕は美術が力があるって風には言い切れなかった。

 でもね、美術の力っていうものは、僕は確かにあると思うのです。なんで僕らは作ろうとする。売れなくても作ろうとするやろ。有名になりたいわけでもなく。マスコミに取り上げられたり、ちやほやされたり、賞を取ったりする、それ以外のところで、もっと作ろうとしている。彼女は、自分の体験としてて二十歳にもならないうちにそれを悟ったわけ。美術は華やかな世界だけど、根底に流れているのは、個人個人のリアリティだし、意志だし、それが美術の力につながるのでは。

--- 引用終了 ------

 私は主に美術・音楽・演劇を愛好する。大震災のような激烈な環境変化に遭遇したことはないが、どのような環境にあっても美術・音楽・演劇は身近にあって欲しいと思う。まあ、本も含めたい。
 少なくとも私は、それらから力を貰うし、精神的な豊かさに繋がっていく。

 それ以上のことは言えない。しかし、他の人に伝えたかった。そういうことも意識しながら支援の輪に加わるつもりだ。

   (2011年3月21日記録)

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2011年3月20日 (日)

随想:キロキロとヘクトデカけたメートルが

 恐らく中学生の時、「キロ(k)キロ(k)とヘクト(h)デカ(da)けたメートルがデシ(d)におわれてセンチ(c)ミリ(m)ミリ(m)」と習いました。

 この意味が判る方は、以下を読まないで下さい。怒られそうです。

 この一週間、TV報道等を視聴していて、各種数値の取り扱いに覚束ない場面がありました。μSv(マイクロシーベルト)とmSv(ミリシーベルト)は、1:1000 の関係があります。

 

 国際単位系(SI)のMKS単位系のSI基本単位は、長さにメートル(m)、重さにキログラム(kg)、時間に秒(s)、電流をアンペア(A)、熱力学温度をケルビン(K)、物質量をモル(mol)、光度をカンデラ(cd)、で表します。
 シーベルト(Sv) は生体被曝の単位。基本単位を組み合わせて作ることのできるSI組立単位。

 日常生活で使うのは、長さ、重さ、時間、電流まで。

 さて、「キロキロと・・」を置き去りにしていますが、これは基本単位に付ける接頭辞を覚える暗誦言葉。接頭辞とは、大きな数値や小さな数値で「0」を多く重ねるのを防ぐ意味があります。すなわち、次の関係を覚えるためです。

  0.001km = 0.01hm = 0.1dam = 1m = 10dm = 100cm = 1000mm

 ただし、ヘクト、デカ、デシ、(技術系で)センチは殆ど使われません。

 

 最近、目にする接頭辞は大きい方で、

  テラ(T)    10の12乗
  ギガ(G)    10の9乗
  メガ(M)    10の6乗
  キロ(k)    10の3乗

小さい方で、

  ミリ(m)    10の-3乗
  マイクロ(μ)  10の-6乗
  ナノ(n)    10の-9乗

でしょう。

 これらを覚えれば、少なくとも大小関係は判ります。生活に必要な基礎知識と思えます。ところで、これらを覚える現代の暗誦言葉はあるのでしょうか。

   (2011年3月20日記録)

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2011年3月18日 (金)

随想:残念な公演中止

 予約あるいは前売券購入してあった3月中の催しのいくつかが中止になりました。

  ヴェルディ・歌劇「アイーダ」   20日   神奈川県民ホール
  杉本文楽「曾根崎心中」      23・26日 神奈川芸術劇場
  講演「近代建築の見方、楽しみ方」 19日   神奈川近代文学館ホール   

 理由は「東北地方太平洋沖地震の発生とその影響」のようです。その影響とは何なのでしょうか、具体的な説明ではないです。

 多くの死者・行方不明者がおり、避難所生活を余儀なくされている方がおります。皆さんの心情は想像に難くありません。少しでも寄り添いたい気持ちもあります。
 しかし、悲しみを乗り越えて生活していかなければならないことも事実です。公演を生きる糧にしている方のおられることも事実だと思います。

 これが正しいという答えは見つからないかも知れません。でも、可能な人は極力普段どおりの生活を継続しないと、全体が縮こまってしまうような気がします。いかがでしょうか。

   (2011年3月17日記録)

 講演「アートって何のためにあるの?」 22日 ヨコハマ創造都市センター も中止でした。

   (2011年3月17日追加記録)

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2011年3月17日 (木)

音楽:神奈川フィル第270回定期演奏会

  指揮     金聖響

  演奏     神奈川フィルハーモニー管弦楽団

  曲目     マーラー:交響曲第6番イ短調「悲劇的」

  会場     横浜みなとみらいホール(1階29列24番)
  公演     2011年3月12日14:00~15:40

 

 東日本大震災翌日の公演、主催者は公演中止も頭を過ぎっただろう。

 演奏が始まるまでの手順がいつもと異なった。いつもは、メンバー登場・コンサートマスター登場・チューニング・指揮者登場。当日は、メンバーの後の方に混じってコンサートマスターも登場・指揮者登場・指揮者挨拶・黙祷・チューニングであった。

 指揮者挨拶は「我々ができることのは音楽しかない。精一杯演奏する」。それにしても、演奏されるのが「悲劇的」であるのも何と言う巡り合わせだろうか。

 

 第1楽章、低音絃がリズムを刻み、ヴァイオリンは何かが押し寄せるような行進曲風の主題を奏でる。激しい演奏だ。地震・津波が脳裏に浮かぶ。追い立てられるようだ。
 第2楽章、たゆたうような、印象的な主題で始まる。絃が美しく、癒される。
 第3楽章、第1楽章を思い起こす主題で始まり、様々な楽器が繰り返す。管楽器が印象的。
 第4楽章、30分ほどの長大な楽章、盛り上がりは何箇所もある。そのなかで2回打たれたハンマー、生演奏は初めてだから見るのも初めて。木造建築の柱を立てるときにつかうような大槌を頭上高く振り上げ、専用テーブルをたたく。

 ところでマーラーはこの交響曲を悲劇的に締め括っただろうか。一筋の燭光を見る思いがするのだが。

 

 演奏が終わると静寂、ステージ上は動きを止めた。暫らくしてぱらぱらと拍手が始まったが再び静寂に戻る。やがてブラーボの声がかかり、思い出したように拍手が始まった。心に残る演奏だった。

 ホルン・トランペット、管楽器が見事。打楽器は音楽を盛り上げた。弦は相変わらず美しい。二年前からの定期会員、当初は管にぎこちなさを感じたが、今は全体が良くバランスしている。

 返り際、メンバーが募金を募っていた。
 淡々と日常をこなし、その中で被災した皆さんへ思いを馳せ、出来ることを実行する。それが被災した皆さんへの何よりの励ましになる思いがした。

   (2011年3月17日記録)

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2011年3月14日 (月)

随想:情報発信考(2011年3月14日)

 この一つ前の記事について私なりに考察したことです。固有名詞を記述すると、この一文が検索にヒットしてしまうので、あえて避けています。以下、前回記事と言います。

 私のブログ記事は、60ヒット/日ぐらいです。ところが前回記事は昨日16時ごろ掲載したのに昨日中に約80ヒット、本日16時現在で90ヒット弱です。

 検索キーワードは区名のものが多く、丁目まで入っているものもありますが、その他記事は含みません。

 前回記事は、知りえた事実のみを掲載したものです。しかし、限られた区域の状況を知りたい人も多くいるのだと感じました。

 私の記事では情報不足とは思います。私にこれ以上の情報は集まりません。しかし、多くの方の情報を小地域ごとに集約・整理できたら多少は役立つと思いました。

 思うだけで具体化できないのが、なんとも歯がゆいのですが。

   (2011年3月14日記録)

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2011年3月13日 (日)

地震情報:仙台市若林区の状況

 2011年3月13日16時頃、仙台市若林区沖野7丁目(陸上自衛隊霞目駐屯地の南側)の親戚から電話あり。津波は少し手前で止まった。家の中は散乱とのこと。

 地図で確認すると海岸線から5Km以上内陸、名取川上流の広瀬川の左岸。

   (2011年3月13日16時50分記録)

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2011年3月10日 (木)

音楽:みなとみらいクラシック・クルーズ Vol.24(2011年3月9日)

  出演 東京交響楽団主席メンバーによる弦楽四重奏
      大谷康子(Vn)、田尻順(Vn)、青木篤子(Va)、西谷牧人(Vc)

  曲目 ランチタイム・クルーズ(12:10~13:00)

       アルベニス   : アストゥリアス(Va)
       ハルヴォルセン : パッサカリア(Vn+Vc)
       マルティヌー  : 弦楽三重奏曲第2番・第1楽章(Vn+Va+Vc)
       ドヴォルザーク : 弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」・第1・4楽章
       ビジョルド   : エルチョクロ(弦楽四重奏・アンコール)

     ティータイム・クルーズ(14:30~15:30)

       モーツァルト  : ディベルティメントK.136・第1楽章
       W.シュレーダー : アイネ・クライネ・ラッハムジーク・第1・4楽章
       ショスタコーヴィチ : 弦楽四重奏曲第8番・第2・3・4楽章
       カプースチン  : 弦楽四重奏曲第1番・第1・4楽章
       ピアソラ    : オブリヴィオン
       ピアソラ    : 鮫
       ビジョルド   : エルチョクロ(弦楽四重奏・アンコール)

  会場  横浜みなとみらいホール・大ホール
  公演  2011年3月9日

 

ランチタイム・クルーズは、ビオラ独奏から弦楽器を一本づつ追加して弦楽四重奏に至る。軽い気持ちでクラシック音楽を楽しむ機会だが、こういうプログラムは勉強もさせられる。

 弦楽三重奏と四重奏はヴァイオリン一本の差だが、音の厚み・表現力の差が随分とある。楽器が増える意味合いが実感できた。しかし独奏には異なる興味があるし、デュオの丁々発止も面白い。結局は各々に魅力があると言える。

 「アストゥリアス」はギター曲で認識するがなく、実はピアノ曲。頭の中でギター演奏と比較していたように思えます。「パッサカリア」は「ヘンデル・チェンバロ組曲第7番」の終楽章主題に基づく変奏曲。

 ティータイム・クルーズは全て弦楽四重奏による演奏、「ショスタコーヴィチ」の厳格さを除けば楽しい曲ばかり。「ショスタコーヴィチ」以降はチェロを除く奏者が立って演奏。

 弦楽四重奏は厳格なスタイルを特徴とするのだろうが、どのような曲でも表情豊かに演奏可能であることも認識できた。

 「W.シュレーダー」は、「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」を基にした冗談音楽。「ショスタコーヴィチ」は、流れからして別の曲に差し替えても良かった。「カプースチン」はジャズの雰囲気を醸しだし、本邦初演かそれに近いとのこと。「ピアソラ」は、バンドネオンがなくともタンゴのなかのタンゴと感じた。

 「エルチョクロ」は懐かしい。叔父が聴くタンゴのレコードを子供の頃に耳にしていた。当時はSP盤だった。

 

 東京交響楽団の演奏を聴いたことがない。主席による演奏を聴いて、若々しい演奏をする楽団と想像した。神奈川フィル定期会員も三年目に入る。これからは、広く他のオーケストラも聴きたいと思った。

 次回は4月6日(水)、東京フィルハーモニー主席メンバーによる弦楽五重奏です。

   (2011年03月10日記録)

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2011年3月 8日 (火)

読書:最近の読書から(2011年3月8日)

1.『恋する伊勢物語(上・下)』 俵万智著 埼玉福祉会発行

 

 本書は解説書で、現代語訳ではない。平易で軽やかな文体は、高校生を意識して書かれたものだろう。はるか昔の高校生にとっても快適だ。

 

 「第1節 とりあえず、男がいた」で基本を押える。

 「とりあえず、ビール」、物語の書き出しはそれに似て「(とりあえず)むかし、男ありけり」。成立に遡ると業平の存在は重要かも知れないが、時空から解き放たれた自由な存在の「男」を再び現実に呼び戻すことはないだろう。どんなに短い段でも必ず短歌が出てくると。

 

 「第2節 短歌は必修科目」で短歌を押える。これ以降、主要な段が取り上げられるが、ここでは「初段 初冠」。

 大人の仲間入りした若者が狩に出かけて美しい姉妹に一目ぼれする。当時の恋のステップではまず短歌を贈る。

  春日野の若紫のすり衣しのぶのみだれかぎり知られず

 若者は自分の狩衣の裾を切り取って短歌を書き付ける。ところで聞いたような歌、実は古今集の源融の

  みちのくのしのぶもじずり誰ゆえにみだれそめにし我ならなくに

の借用。古歌をふまえた短歌を詠み、凝った紙(衣)に書きつけ女性に贈るなんて、いきなり恋の上級編。若者の胸は高鳴っただろう。姉妹のいずれに恋したか、結果は。それは想像におまかせだと。

 

 一読すると目の上の鱗が落ちる思いがする。
 言葉が現代とは異なるけれど、描かれる世界は実に人間臭くて、現代に生きる私たちの喜怒哀楽と共通することに気付かされる。
 高校生には、男女の機微や愛憎を深くは理解できないかも知れない、私だって多くを判りはしない。しかし、恋に恋する多感な一面は共振させられるだろう。現代は大らかな気持ちを失っているように思えるから。

 伊勢物語の根底にそれらが潜むのは当然だが、それらを顕在化させたのは著者の技量とセンスだ。「サラダ記念日」の、そして高校教師でもあった著者の。
 「とりあえず、ビール」が高校生に理解されるかは疑義が湧くけれど。

 

 注:上・下分冊は大活字本シリーズのため。底本は『ちくま文庫 恋する伊勢物語』である。

   (2011年3月8日記録)

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2011年3月 7日 (月)

路上観察:第21回南房総フラワーマーチ(2011年3月5・6日)

 2011年3月5・6日開催の第21回南房総フラワーマーチ、両日とも20Kmコースに参加。中央会場はJR内房線千倉駅近くの千倉中学校。

 

 第1日目(5日)、会場に到着した時は既に多くのウォーカーで賑わっていました。挨拶・体操・激とばしがあって9時10分過ぎにスタート。やや肌寒い感じで歩くには絶好。

 コースは会場を頂点にする逆三角形。内陸部を10Kmほど北上、3Kmほど東奔して海岸線へ、後は海沿いの道を南下して会場に戻ります。ほぼ平坦です。
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 写真は順に、激とばしの光景、11Km過ぎの南小学校のチュックポイント兼昼食場所、民家の軒先の植木面。
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 ローズマリー公園のフォークダンス・踊りながら柱から下がるリボンを織っていく、北緯35度最東端標識(「松本清張・Dの複合」が思い浮かびます)、太平洋の波の押し寄せる千倉海岸。
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 ゴールが14時15分過ぎ、休憩込みで約5時間少々を要しました。平均時速5Km強、いつものペースで完歩しました。

 

 第2日目(6日)。昨日と同じように挨拶・体操・激とばしがあって9時15分過ぎにスタート。暖かいけれど風が強く、ディパックを背負っているので体が捻られるほど。

 コースは会場を頂点にする北東から南西に伸びる長円形。内陸部を西南に進みますが、途中で小高い峠を越える高低差のある前半、12Km過ぎで海岸線に出ます。後半は海岸道路を東北に進んで会場にに戻ります。
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 写真は、菜の花畑脇を進むウォーカー・日本唯一の料理の神様を祀る高家神社、日本最大級大規模海底地すべり地層(ずたずた)、昼食場所の塩浦公園附近。
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 風は強かったものの後半が追い風で助かりました。何か判りませんがゼッケンをつけた自転車乗りの長い列とすれ違いましたが、彼らは完全に向かい風で見た目に判るほどばてていました。特に後ろになるほど。

 ゴールが14時10分過ぎで、昨日とほぼ同じペースで完歩しました。

   (2011年03月07日記録)

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2011年3月 5日 (土)

南房総フラワーマーチ第1日

南房総フラワーマーチ第1日
14時過ぎにゴール、約23kmを5時間少々で完歩しました。歩き始めて直ぐに暴風着を脱ぎ、1日中シャツ1枚で過ごしました。後半は雄大な太平洋を望むコース、少し日焼けした感じです。
写真は、途中のローズマリー公園のフォークダンス風景で
、リボンを織るように踊っていました。柱の上部に注目。

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南房総フラワーマーチ第1日

南房総フラワーマーチ第1日
間もなく20kmコースの出発です。天気は絶好、風はやや冷たいですが、歩くには丁度良さそうです。

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2011年3月 4日 (金)

美術:東京国立博物館「仏教伝来の道 平山郁夫と文化財保護」展

  名称   文化財保護法制定60周年記念
         特別展「仏教伝来の道 平山郁夫と文化財保護」
  会場   東京国立博物館 平成館 (上野公園)
  会期   2011年1月18日(火)~3月6日(日) 、詳細は要確認
  鑑賞日  2011年3月3日(木)
  参考   公式HP 

 

 木曜日の午前中なのに20分待ちの行列でした。平山の奈良薬師寺・玄奘三蔵院「大唐西域壁画」を一目見ようと出かけてきたのでしょうか。

 展示は次の構成です。

  第1部 文化財の保護と継承 ―― 仏教伝来の道
   序章 平山郁夫 取材の軌跡
   1章 インド・パキスタン―マトゥラー・ガンダーラ
   2章 アフガニスタン―バーミヤン
   3章 中国―西域
   4章 中国―敦煌
   5章 中国―西安・洛陽(龍門石窟)・大同(雲崗石窟)
   6章 カンボジア―アンコールワット
  第2部 文化財保護活動の結実 ―― 「大唐西域壁画」

 

 第1部序章は、スケッチ20点余りとスライドによる取材風景紹介。他の各章は、平山の作品が1・2点とその地域に関連する装飾品・石像・壁画などの展示でした。

 これらの展示から「文化財の保護と継承」は鮮明になりませんでした。マトゥーラやガンダーラの石仏、バーミヤンの壁画など各所の美術品とは判ります。しかし、それを大テーマに結びつけるのは困難でした。

 第2部は、奈良薬師寺から移動した「大唐西域壁画」および「大唐西域壁画」制作の過程で描かれた一部の大下図です。どちらかと言えば第2部が目当て。

 「明けゆく長安大雁塔・長安」など7つのテーマで描かれた作品展示は、日本画の質感がよく伝わってきます。最近の展覧会は展示方法がとても良くなっています。

 「ナーランダの月・インド」は、月の位置が大下図とは異なっています。平山の意図を調べると面白いと思いました。おそらくカタログに解説されているでしょうが購入しませんでした。

 全体的に、作品に強く惹かれることはありませんでした。モティーフや調子に強い既視感があったからです。大雁塔を目の当たりにしたことはありますけど、他は全く知らないのに。奈良薬師寺で見れば異なる印象を抱くでしょうか。機会を見つけて出かけてみます。

   (2011年03月03日記録)

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2011年3月 1日 (火)

一駅散歩:東急電鉄東横線大倉山駅~綱島駅(2011年2月27日)

 2011年2月27日、観梅目的の一駅散歩にでかけました。コースは昨年も歩いた東急電鉄東横線大倉山駅~綱島駅です。天気が良く、多少風はあったものの暖かく、多くの人で賑わっていました。

 大倉山梅林には約30種類約200本の梅の木があるそうで、咲き具合にむらがありましたが、それでも見頃といえます。空きスペースに出店が出来ていて、顔を赤くしている方もちらほらいました。
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 大倉山梅林を出て太尾見晴らしの丘公園に向います。途中のお宅の庭先に見事な梅の木が何箇所も見られました。公園には大きな梅の木が何本かあります。その中の一番大きな梅の木が下の写真です。下枝の下に大人が入れ、高さは7・8m、あるいはそれ以上ありそうです。満開で見事なものでした。
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 詳細コースなどは昨年の記録を参照願います。写真も昨年の方が良く映っています。今年は県道140号に出る手前から太尾見晴らしの丘公園に向いました。

   (2011年3月1日記録)

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