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2011年1月

2011年1月30日 (日)

路上観察:東海道53次徒歩の旅・三島~東田子の浦

 京都三条大橋を目指して江戸日本橋を旅立ったのは昨夏でした。連日は無理なので日を空けながらも、六日間で箱根を越え三島に到着しました。大した理由があったわけではありませんが、そこで中断していました。

 1月24日、思い立ってJR三島駅に降り立ち、三嶋大社門前から徒歩の旅を再開しました。予定では、沼津宿・原宿を経て吉原宿まで行くつもりでしたが、日が暮れかかったので原宿・吉原宿の中間、JR東田子の浦駅附近で当日の行動を止めました。

 吉原まで残り5Kmほど、1時間ほどで歩けますが、この先の名所田子の浦を暗くなってから歩くのも寂しすぎます。白砂青松に富士の景色を見たいと思いましたので、予定未達でしたが行動を止めました。芭蕉は「霧しぐれ富士をみぬ日ぞ面白き」と詠みましたが、私にその風流さはありません。

 間もなく富士川、「猿を聞人捨子に秋の風いかに 芭蕉」が思い出されます。そして「駿河なる宇都の山辺のうつつにも夢にも人に逢はぬなりけり 業平」、「年たけてまた越ゆべしと思ひきや命なりけり小夜の中山 西行」。良く知る訳ではありません。むしろ、知っている全てをさらけ出しているようなものですが、この先楽しそうです。

 高校生の教科書で記憶した短歌に、与謝野晶子の「遠つあふみ大河ながるる国なかば菜の花さきぬ富士をあなたに」があります。ここで大河は天竜川だそうですが、このような景色が見られるうちに、大河を渡れるでしょうか。

 

 余計なことを書きました。今回の道中記の前半をホームページに掲載しました。お時間があれば参照願います。

   (2011年1月30日記録)

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2011年1月28日 (金)

音楽:神奈川フィル第268回定期演奏会

  指揮     金聖響

  独奏     菊池洋子(Pf)
  独唱     大岩千穂(S)

  演奏     神奈川フィルハーモニー管弦楽団

  曲目     モーツァルト :ピアノ協奏曲第27番変ロ長調
          (休憩)
         マーラー   :交響曲第4番ト長調

  会場     横浜みなとみらいホール(1階29列24番)
  公演     2011年1月22日14:00~15:55

 

 2011年最初の定期演奏会、いつもに比べて客は多いようでした。マーラーの交響曲第4番に引き付けられたのでしょうか。

 

 モーツァルト。最後のピアノ協奏曲、確かにモーツァルトですが、それ以前のピアノ協奏曲とは随分違うと感じます。録音を含めてそれほど聴いた訳ではありませんが、何か違います。

 出だしからオーケストラの響きが豊かでした。大抵は、小品の一曲目が終わる頃までは音が小さく感じられるのですが。何が違ったのかな。

 菊池洋子は随分と柔らかで軽やかな演奏でした。もう少しカチッとしても良いような。初めて聴くので持ち味なのかは判りません。経歴を読むとモーツァルトを徳意とするようですが、他の作曲家の作品も聴きたいと思いました。

 全体として、協奏曲の胸がすくような思いが少し稀薄でした。

 

 マーラー。最後の音が消えてから暫しの静寂。金聖響の指揮棒が、まだ演奏が終わっていないと言っていましたけど、静寂を楽しんだ客も素晴らしかった。そして、素晴らしい演奏の証明でもあったようにも思いました。

 橇の鈴の音とフルートで始まり、第1ヴァイオリンが主題提示、そして低声部に引き継がれるわずかの間で挽き付けられました。ちょっとおどけた感じのするホルンやトランペットのファンファーレも魅力的。

 第2楽章のコンサートマスターの2度高く調弦されたヴァイオリン持ち変えのソロも実に美しかった。他の要所でもソロが。

 第3楽章が終わる間際、演奏中にソプラノが指揮者脇まで進み、間をおかずに第4楽章へ。天国の楽しさを歌い上げる大岩千穂は美しい声、最も短い楽章でおいしい所を持っていく感じだけど、スコアにそう書いてあるから仕方ないでしょう。最後はコントラバスの最弱音で終わりますが、この後で冒頭に書いた場面へ。

 

 神奈川フィルのマーラー4番は素晴らしかった。この後、5・6・7・9番と続きますが楽しみです。

   (2011年1月28日記録)

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2011年1月21日 (金)

美術:世田谷美術館「ある造形家の足跡:佐藤忠良」展

  名称   ある造形家の足跡:佐藤忠良
         彫刻から素描・絵本原画まで:1940-2009
  会場   世田谷美術館
  会期   2010年12月23日(土)~2011年3月6日(日) 、詳細は要確認
  鑑賞日  2011年1月18日(火)
  参考   公式HP 

 

 懐かしい思いがした。一つは、心象としての日本を作品から感じること。一つは、宮城県立美術館・佐藤忠良記念館開設直後、仕事先から何回か訪れたことを蘇がえらせて。

 

 第1室:特別テーマ<冬>。「ボタン」には静けさと慈しみが漂う。モデルは幼い長女、後の俳優・佐藤オリエ。シンメトリカルなフォルムが反って新鮮だ。「ラップ帽」はポスターに使われている。
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 第2室:頭像-人間の相貌。頭像群は圧巻、見ごたえがある。モデルは私たちの隣にいるような市井の人。「群馬の人」は1952年制作、私がもっとも早く知った作品、具象彫刻(彫塑)の深奥さを何となく感じた作品。ちなみに「にいがた」が2009年制作。
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 第3・4室:女性像-人体の構造。裸婦像には華がある。「帽子・夏」は一番好きな作品。シンメトリカルな作品だが、うつむき加減に帽子を被り、腰かけて脚を開き、かかとを上げたフォルムに静謐な流動感かある。
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 第5室:子供の情景。長男達郎、長女オリエ、知人の娘や孫をモデルにした作品が並ぶ。彫刻家という特殊な職業の父と子供達の幸せな関係が感じられる。唐突だが「銀も金も玉も何せむに 勝れる宝子にしかめやも 山上憶良」だ。最近は揺らいだ例も伝わるが。

 他に、素描・水彩、そして絵本原画などの展示も楽しい。

 

 副題にあるように、1940年に世田谷で彫刻家の活動を開始してから2009年までの主要作品が展示される。1912年生まれだから今年で99歳だが、70年に及ぶ彫刻家としての足跡は偉大だ。そして足跡はまだ延びるだろう。

 佐藤忠良の作品は観れば判りそうな気がする。何が根拠かは私自身定かではない。好きだからとしかいいようがない。最近は現代アート鑑賞に重心が移っているが、佐藤忠良の作品に心改まる思いがした。

 しみじみとした好い企画展だと思います。砧公園の散策と合わせて、出かけてみませんか。

 注:全ての写真は、企画展カタログから引用

   (2011年01月21日記録)

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2011年1月18日 (火)

音楽:みなとみらいクラシック・クルーズ Vol.22(2011年1月13日)

  出演 横浜シティオペラメンバー(ピアノ:服部容子)

  曲目 ランチタイム・クルーズ(12:10~13:00)
       W.A.モーツァルト    :歌劇「フィガロの結婚」ハイライト

     ティータイム・クルーズ(14:30~15:20)
       ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「こうもり」ハイライト

  会場  横浜みなとみらいホール
  公演  2011年1月13日

 

 ピアノ伴奏、日本語上演、曲間に台詞も入りおおまかなストーリーは判ります。衣装は付けていますが大道後は無し。

 「フィガロの結婚」で歌われた曲は「1.床の寸法を測って」「2.けしからぬ!すぐさま追い出せ」「3.もう飛ぶまいぞ、この蝶々」「4.恋とはどんなものかしら」「5.さあ出て来い 不埒な小僧め」「6.ひどいぞ!どうして今まで私を」「7.そよ風に寄せて」「8.もう芝居はやめにして~どうか許しておくれ」。

 「こうもり」で歌われた曲は「1.ついて来たまえ踊りに行こう」「2.泣き泣きお別れ」「3.グラスを上げて飲みほせ酒を」「4.十人十色」「5.伯爵さま、あなたに教えましょうか」「6.やさしいもの涙~時計で胸の鼓動を)」「7.気がかりだわ~俺はアイゼンシュタイン」「8.許してくれロザリンデ」。

 オーケストラが序曲を奏で、やがてカーテンが上がるときめきはありませんが、そこまで望むのは酷。安価なチケット(通しで1400円)で音楽を楽しむ目的は充分に達せられました。

 私は「フィガロ」をサバリッシュ指揮(古い話です)の引越し公演で聴いたことはありますが、「こうもり」は残念ながら今まで聴く機会を逃しています。ですから、ハイライトとはいえ生で聴けるのはとても楽しかった。横浜シティオペラは聴いたことがありませんけど、気軽に楽しむには不足ありません。

 気になったのは残響が長くて声が多少もやもやしてたこと。みなとみらいホールの残響は2.1秒(満席時)でオーケストラには適度ですが、声楽にはどうでしょうか。ちょっと長いように思いました。

 とは言え月に一度の「みなとみらいクラシック・クルーズ」は好企画。入場者は結構多いですが当日券が無いことはないでしょう

 次回は、2月22日(火)、サンクトペテルベルク・フィルハーモニー金管五重奏団によるロシアンブラス。聴き逃せません。

   (2011年01月18日記録)

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2011年1月17日 (月)

路上観察:大磯・左義長(2011年1月15日)

 小正月にあたる15日、大磯・左義長に出かけました。重要無形民俗文化財に指定されている伝統行事です。さいと焼きとかどんどん焼きとかの呼称を知るものの、地方によってさらに様々な呼称があるようです。

 昨年初めに『年中行事を五感で味わう・山下柚実著、岩波ジュニア新書645』を読んで大磯・左義長を知り、昼間のうちですが見学しました。次は火の入る夜に見学したいと思ったものでした。

 

 JR大磯駅下車、会場の大磯北浜海岸までは徒歩10分ほど、18時過ぎに到着しました。サイトは八つほどあったと思いますが、暗いので正確には判りません。中央の一回り大きなサイトがライトアップされていました。
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 19時、サイトに次々点火されました。瞬く間にサイトは火に包まれ、10分ほど過ぎると柱の部分が倒れます。
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 暫らくして火が少し衰えると、皆さんがダンゴを長い棹の先に吊るして火にかざします。焼けたダンゴを食べると風邪をひかないそうです。
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 そうこうするうちに掛け声が聞こえてきました。皆さんが綱を引っ張るその先に、下帯姿でそりに乗る六人の若衆。呼称は知っていましたが、これがやんなごっこ。
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 左義長は道祖神のお祭り。やんなごっこは藁で作った仮宮で厄病神を封じ込め、海に入れたあと壊して疫病神を追い払うそうです。その後、そりに乗った若衆は、みなさんに引かれて宮入するそうです。

 

 全体の状況が判らないので状況を見ながら写真撮影しました。最近のカメラはシャッター押せば写るようなものですが、それは光が充分にあってのこと。これだけ暗いとマニュアルで5~30秒ほど露出します。ストロボ発光すれば近くは鮮明に撮れますが、写真として面白いかといえば否。

 全体の状況も大まかに把握しました。何をするのも難しいものですが、来年に向けて撮影の腕を磨きます。

   (2011年01月17日記録)

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2011年1月16日 (日)

演劇:─現代劇の系譜をひもとく─Ⅲ「わが町」

 珍しく初日に出かけました。上演中なので感想はHPに掲載しました。支障なければ参照願います。以下は思いつくまま。

 

 表現される時代が現代であれ過去であれ、身体表現をもって生身の人間の営みを彷彿させるのが演劇ではないか。そこに観客は喜怒哀楽を重ねる。

 「わが町」は特異な演劇で死後の世界を描く。1938年世界初演の近代戯曲だが、底流となる思想から日本の伝統芸能・能の世界を想起することは容易だ。

 私が初めて観た「わが町」は、1992年・劇団MODE・松本修演出による「瀬戸内版(坂手洋二脚本)」、観ていないが「北海道版(松本修脚本)」と交互に上演されていた。後年、「池袋を舞台にした版(平田オリザ作)」も上演された。その後も他劇団により繰り返し上演されているようだが、各々の地方に置換して上演されること少なくないようだ。

 

 今回の「わが町」、脚本は新訳。舞台はアメリカ合衆国ニューハンプシャー州グローヴァーズ・コーナーズという小さな町、原作どおり。帰り際に気付いたが、新国立の玄関から中劇場までの間、グローヴァーズ・コーナーズ(英語表記)への腰高の道案内ができていた。

 「現代劇の系譜をひもとく」シリーズの1回目「ヘッダー・ガーブレル」、2回目「焼けたトタン屋根の上の猫」は小劇場で上演された。3回目の今回は中劇場、中劇場の機構が必要だったと思っているが、観終われば理由は多分わかる。

 日本人の感性に受け入れられ易い演劇。これからも繰り返し上演されるだろうから、時をおいて観れば自分の感性の変化にも気づきそうだ。近・現代演劇になじみのない方も、手始めにグローヴァーズ・コーナーズを訪ねてみませんか。チケットは要確認。

   (2011年1月16日記録)

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2011年1月12日 (水)

能楽:能・狂言に潜む中世人の精神 第1回・歌

   番組  講演(30分)      馬場あき子

       狂言「連歌盗人」
          シテ(盗人・甲) 山本東次郎
          アド(盗人・乙) 山本則重
          アド(主)    山本則俊

       能「雨月」
          シテ(尉・宮人) 大槻文蔵
          ツレ(姥)    上田拓司
          ワキ(西行法師) 福王和幸
          間(末社の神)  山本東次郎

   会場  横浜能楽堂
   公演  2011年01月08日(土)
   鑑賞  2011年01月08日(土) 14:00~17:00(休憩15分)

 

 「講演」。中世は、源氏物語、徒然草、能・狂言などを通して我々の精神に残る。和歌は力を入れずして天地を動かす。院政末期から中世に至る清貧の思想は切実に求める美しさ。中世の美の全てではないが、何も要らない風流は乱世に生まれた美意識。その中に歌、歌の席は貧富の差が無くなる。歌人の思いが滲み出たように思った。

 

 「連歌盗人」。連歌会の当番になったが貧しくて準備の進まない二人、必要なものを知り合いの金持ちから盗もうと忍び込む。そこに発句をしたためた懐紙。二人は盗みを忘れて句を付けるが、金持ちに見つかり成敗されかかる。

 伝統文芸と盗人の取り合わせ、根っからの盗人に成りきれない貧者、いかにも狂言。昨年11月の「呼声」で演者三人の味わい深い雰囲気に触れた。今回の内容はよほど地味だが、華麗さとわび・さびを併せ持つ連歌の世界に思い添わせ、滑稽の向こうに中世の美意識を浮かび上がらせた。

 

 「雨月」。摂津国住吉明神に参詣の西行、一夜の宿を老夫婦に請う。二人は壊れた屋根を直すか直さないかで争う最中。ふと漏らした「賎が軒端に葺きぞわづらふ」に興を感じた翁は、上の句を付けたら宿を貸そうと。「月は洩れ雨はたまれととにかくに」の付けに感心した翁は西行を招き入れてもてなす。
 眠りにつくと末社の神が現れ、老夫婦は住吉明神の化身と告げる。やがて住吉明神が現われ、和歌の功徳、参詣を嘉納すると告げ、一舞して喜びを示す。

 伝統芸能を通じて神との交流を描く。極限まで抑制された身体表現は、通常から遠ざかる世界の表現に必須なのだろう。雨月に限らないが、そのような感じを受けるようになった。とすれば、演者は通常からいかに遠ざかるかが技量なのだろう。私の仮説。
 雨月は90分の長い演目、それにも関わらず興味を切らさない演者は、実に遠い世界に連れて行ってくれた。確かに中世は我々の精神に宿っている。

   (2011年1月12日記録)

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2011年1月10日 (月)

路上観察:鎌倉えびす(2011年1月10日)

 兵庫県尼崎市勤務の7年余、1月10日と前後の3日間は、大阪今宮、西宮、尼崎の「十日えびす」の賑わいを味わいに、たびたび訪れました。以来、えびす信仰は関西の風習と思っていました。

 昨年末、鎌倉史跡碑めぐりの途中、本覚寺えびす堂にて「十日えびす」の催しを知りました。年が変わり、10日になるのを待って様子を味わいに出かけました。

 

 JR鎌倉駅には昼前に到着。東口から若宮大路へ。鎌倉駅入口交差点を渡ると大巧寺、参拝してから小町大路へ抜けます。右手を見れば本覚寺は直ぐそこ。

 本覚寺の境内は予想よりはるかに大勢の人で賑わっていました。えびす堂前では餅つきが始まっていました。国会議員や名士が順に杵を振り下ろし、頃を見計らって福娘も小さな杵を振り下ろしていました。つき上がった餅は参拝客に振舞われ、長い列が出来ていたので私はパスしました。
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 屋台では縁起物をつけた福笹も授与されていました。福笹を受け取る時、男衆の掛け声をきっかけに「家内安全、お祈りしま~す。」と福娘や男衆が声を合わせます。家内安全の部分は、商売繁盛などに変わります。
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 ドイツ人と思われる年配の女性が「良縁をお祈りしま~す。」と福笹を受け取っていました。たまたま近くに居た方が通訳したようでしたが、本心か遊び心か、あるいは通訳の行き違いか。でも、ほのぼのとした雰囲気を感じたのは確か、恋は年齢に関係ありませんから。

 

 「十日えびす」は関西の風習と思っていましたが、どうもそうでないようです。家内安全や商売繁盛は、時と所を選びません。

 えびす信仰も、調べれば興味深いものがありそうです。中華思想における東夷・南蛮・西戎・北狄の蔑称。水死人を含む海からの漂流物信仰。えびす信仰に繋がると思うのですが。

 「振売りの雁あはれなりゑびす講 芭蕉」も味わい深い一句です。

 

 鎌倉では早くも、梅・蝋梅がほころび始めていました。
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   (2011年01月10日記録)

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2011年1月 9日 (日)

路上観察:鎌倉史跡碑巡り・3(2011年1月5日)

 鎌倉史跡碑巡りの3回目。今回はJR鎌倉駅を起点、江ノ電稲村ガ崎駅を終点にするコース。途中、長谷観音・長谷大仏附近を通過、4時間ほどで次の18の史跡碑を確認しました。

 松谷寺及佐介文庫阯~蓮華寺跡~問注所旧跡~飢渇畠~塔の辻~主馬盛久之頚座・盛久頚座~染谷太郎太夫時忠邸址~長楽寺跡~足達盛長邸址~稲瀬川~桑ケ谷療養所跡~宿谷光則屋敷跡~星月井~極楽寺坂~播磨橋~阿仏邸旧蹟~十一人塚

 

 何度も歩いたコースなので「問注所旧跡」「飢渇畠」「主馬盛久之頚座・盛久頚座」「星月井」「極楽寺坂」「十一人塚」は既知でした。

 「蓮華寺跡」は「松谷寺及佐介文庫阯」に行く途中の歩道脇にありますが、1mほどの所を通過したのに気付かず、戻る時にようやく気付きました。
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 「阿仏邸旧蹟」も大分探しました。江ノ電極楽寺駅と稲村ヶ崎駅間の踏み切り脇に建っていたのですが、行きつ戻りつしてようやく見つけました。辺りを見回しながら進みますが、気付かない時は本当に気付きません。
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 「稲瀬川」は、翌6日の朝日新聞朝刊に神奈川県内の万葉故地案内の記事に掲載されていました。川幅は2mもありませんが、往時はどうだったのでしょうか。
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 碑文は次のとおりです。

 『萬葉ニ鎌倉ノ美奈能瀬河トアルハ此ノ河ナリ 治承四年十月政子鎌倉ニ入ラントシテ来リ日 並ノ都合ヨリ数日ノ間 此ノ河邉ノ民家ニ逗留セル事アリ 頼朝ガ元暦九年範頼ノ出陣ヲ見送リタルモ 正治元年義朝ノ遺骨ヲ出迎ヘタルモ 共ニ此ノ川邉ナリ 元弘三年義貞ガ當手ノ大将大舘宗氏ノ此ノ川邉ニ於テ討死セルモ人ノ知ル所 細キ流ニモ之ニ結バル物語少ナカラザルナリ
大正十二年三月建    鎌倉町青年團建  (注:原文縦書き、空白を適宜挿入)』

 

 史跡碑巡りをして、今までとは異なる視点で鎌倉を眺めています。古い鎌倉への興味が増したようにも思います。早く整理して、皆さんに一つでも二つでも視て頂けるようにします。

   (2011年1月8日記録)

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2011年1月 6日 (木)

路上観察:第87回箱根駅伝・復路の車列(2011年1月3日)

 選手達は来年に向けて練習を開始していると思います。今さら箱根駅伝でもないでしょうけどお付き合い願います。

 実は、カメラにメモリー2枚差し込んだのを失念、常用のメモリーを確認して写真が撮れていないと勘違いしていましたが、他のメモリーに記録されていました。まだ数回しか使用していない新しいカメラに慣れていません。整理が遅れた理由です。

 

 駅伝やマラソンを間近で観戦する機会がある方は、選手達や関係する一団がどのように編成されているかご存知でしょう。TV観戦する方は、全体像が良くわからないように思います。そこで、私が目の当たりにした光景を、先頭から順にご紹介します。場所は九区中間点を過ぎた辺りです。

 最初に共催者広報車、主催者広報者、規制車が順に通過しました。
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 共催者広報車から4・5分後にTV中継者、直ぐ後ろに2台の白バイに先導されて1位の早稲田の選手が通過しました。
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 競っていたので直ぐに2位の東洋大の選手が通過しました。前には三輪のTV中継車、後ろには監督が乗る運営管理車が続きます。なお運営管理車は各校に1台が付いている筈です。
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 用途不明の自動車、TV中継車、ラジオ中継車などが要所要所に入ります。
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 最後に広報車、白バイで駅伝の一団が全て通過したことになります。
 忘れてならないのは、選手達の移動に合わせて空をゆるゆる進むヘリコプター。今回は2機を確認しました。TV中継車が発信する電波を基地局に中継していると思います。空にヘリコプターを見つけると、間もなく選手達が通過します。この写真だけは2日撮影です。
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   (2011年1月6日記録)

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2011年1月 4日 (火)

映画:ハーブ&ドロシー

  監督・プロデュース  佐々木芽生
  参考サイト      ハーブ&ドロシー 公式サイト
  場所         シネマ ジャック&ベティ
  鑑賞         2011年1月4日

 

 類稀な二人のアートコレクターに迫るドキュメンタリー、数多くのアーティストも登場する。全編が現代美術に関する話題で満たされている。

 ハーブ&ドロシーはニューヨーク・マンハッタンの1LDKのアパートに住む、大分以前にサラリーマンをリタイアしたであろう老夫婦。

 二人の収集方針は二つ、「1.自分達の給料で購入できる作品であること 2.1LDKのアパートに収まるサイズであること」。作品選択の基準は「考えるのではなく、心に響くもの」。

 収集作品は膨大で、そこに含まれる成功したアーティストの作品は高額で取引きされる。売却すれば一躍大金持ちになるところだが、二人の望むところではない。全てを国立美術館に寄贈してしまった。

 二人からは、無名のアーティストの才能を信じて暖かく支援し、公共財として作品を収集、将来に引き継ごうとする、崇高な使命感がひしひしと伝わる。顕にすることはないのだが。

 

 内容は地味だが現代美術、広く美術を愛する人は必見。現代美術に興味がないと退屈しそうだ、

 監督・プロデューサーの佐々木芽生はニューヨーク在住のフリージャーナリスト。これが、初プロデュース・初監督作品。全編を通して、二人からの信頼の厚いことが感じられる。

 多くのアーティスト達のインタビューの挿入は、二人の人となりを良く伝える。映し込まれる作品が美しい。
 気になったのは、ハーブが元の職場である郵便局に出向いた場面。若き日のエピソードとして微笑ましいが、そこまで遡らなくても伝えたいことは充分判る。

 ハーブ&ドロシーの生き方を余すところ無く記録して、素晴らしい作品に仕上がっている。前述のとおり万人向きではないけれど、これを現代美術に親しむ契機とするのもありそうだ。一人でも多くの人に見てもらいたい。

 佐々木芽生は引き続きハーブ&ドロシーの生き方を記録しているようだ。続編の公開を期待したい。

   (2011年01月04日記録)

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2011年1月 3日 (月)

路上観察:東海七福神めぐり(2011年1月2日)

 旧東海道品川宿周辺の社寺を巡って東海七福神に参拝しました。最寄り駅は、京浜急行線ならば新馬場駅から大森海岸駅まで、JR線ならば品川駅から大森駅までです。JR線利用の場合は少し距離が延びます。

 私達は大森海岸駅からスタート。磐井神社・弁財天、天祖諏訪神社・福禄寿、品川寺・毘沙門天、荏原神社・恵比寿、一心寺・寿老人、養願寺・布袋遜尊、品川神社・大黒天の順で参拝して、新馬場駅に至りました。

 

 磐井神社では皆さんが列を作り、順番に進んで参拝していました。実に丁寧です。氏神さまの伝統が生きているように感じました。この光景は、この後の各社寺も同様でした。
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 境内で獅子舞の奉納がありました。若衆が口上を述べ、笛・太鼓に合わせて獅子が舞います。正月らしい光景、懐かしい光景です。横浜では中国の獅子舞を良く見ますが、日本の獅子舞は見る機会がありません。
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 京浜急行・立会川駅近くに坂本竜馬像が建っています。若き龍馬は、沿岸警備のために現在の品川区東大井にあった土佐藩の下屋敷に派遣されたそうです。この辺りは竜馬が歩いた道だそうです。
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 一心寺近くで薄暮、提灯に灯が点りました。なかなか風情ある光景です。ここで旧東海道から折れますが、いつも賑やかな、長く続く商店街も和菓子屋とケーキ屋以外は店を閉めていました。昔は正月に働く人もいましたが、大概はゆっくり休んだもので、静まりかえった商店街も懐かしい光景です。
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 品川神社は第一京浜国道沿いにあって、電車の窓からは良く眺めますが参拝するのは始めて。格式ある佇まい。富士塚もあって登頂してきました。手水舎に「手水の使い方」のイラスト・タイプを発見、しかも石に刻まれたものを初めて見ました。
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 参拝を含めて2時間ほど、運動不足の身には良い散歩になりました。お近くの方、散歩を兼ねて出かけて見ませんか。1月15日までは七福神の縁起物も用意されているそうです。

   (2011年1月3日記録)

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2011年1月 2日 (日)

路上観察:第87回箱根駅伝・往路(2011年1月2日)

 正月の楽しみの一つは、箱根駅伝の選手達の応援です。花の二区の中間附近の近所に自宅があります。TV中継で選手達の進行を確認しながら、頃を見計らって国道1号に出かけます。観る者には良い天気ですが、走る選手達には少し暑いでしょうか。

 選手達は目の前を一気に走り抜けます。動く被写体の撮影はなかなか難しい。300mmのズームレンズの焦点を変えながらの撮影は、選手達にピントがなかなか合いません。手ぶれも少なからずありそうで、明日の復路は一脚を使用してみようかと思います。少しはましなものを選んでみました。
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 整理している間に、選手達は三区の後半に差し掛かっています。本当に早い。この後も一路平安で箱根のゴールに走りこむことを祈念しています。

   (2011年1月2日記録)

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2011年1月 1日 (土)

新年ご挨拶

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