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2010年11月

2010年11月30日 (火)

美術:芸大美術館「ラグーザと荻原碌山」展

  名称   明治の彫塑 ラグーザと荻原碌山
  会場   東京芸術大学大学美術館
  会期   2010年10月23日(土)~12月5日(日) 、詳細は要確認
  鑑賞日  2010年11月27日(土)

 

 日本近代彫刻で重要な役割を果たしたラグーザと荻原碌山に焦点を当てる。ラグーザは、彼が指導した弟子達の作品も展示して美術教育のあり方を回顧する。荻原碌山は、「女」像の石膏・ブロンズ像を複数展示して彫塑に関する種々の問題や技法を浮き彫りにする。

 展示は次の2部で構成される。 

   第一部 ラグーザとその弟子たち
   第二部 没後100年 荻原碌山

 

 第1部、「日本夫人」像に引き付けられる。左胸をはだけた勝気な顔立ちの夫人像は、黎明期の具象彫刻として強烈な印象を放つ。石膏・ブロンズ像が展示されるが、両者の雰囲気は随分違う。石膏像は鮮明でブロンズは重厚、同一軸上の印象にはなっていないが。左胸がはだけているのは、襟部分のパーツが壊れたからとのこと。

 最近は、大型の現代作品を見る機会が多いので、反って具象彫刻が新鮮だ。他の作品にも惹かれる。多くの作品は、石膏・ブロンズ像が展示されている。このような機会は貴重だ。ただ、弟子達への教育の成果は具体的に把握できなかった。図録が販売されているのは承知するが、数ページのリーフレットが鑑賞の役立ちそう。

 

 第2部、何回も見た作品が多い。「トルソー」、「デスペア」、「坑夫」、「文覚」など。
 圧巻は「」像。1910年石膏像、1910年鋳造ブロンズ像、1954年複製制作石膏像、1971年鋳造ブロンズ像、2010年ディジタル処理樹脂像、2010年鋳造ブロンズ像が一室に展示される。差異はあるはずだが素人目には定かでない。
 版画でも刷りが進むと線にシャープさがなくなるそうで、彫刻でも似たようなことはあるだろう。判らくとも、オリジナリティの観点から面白いと試みと思った。

 

 帰りに谷中墓地で川上音二郎顕彰碑を見つける。形が少しおかしいと思ったら、銅像部分が金属供出で無くなっているそうだ。多くの像を観てきたばかりで、平和が何よりだと思った。

 

注1:東京藝術大学大学美術館ホームページより引用

 イタリア人彫刻家ヴィンチェンツォ・ラグーザ (Vincenzo Ragusa, 1841-1927) は、明治9年に開校した工部美術学校に招かれ、日本にはじめて西洋彫刻を伝えました。ラグーザは明治15年に帰国しますが、その間日本でも積極的に制作し近代日本彫刻の基礎を作りました。没後の昭和8年、来日中および帰国後の作品が妻清原玉から東京美術学校に寄贈され、今日、そのコレクションは明治初期の西洋彫刻受容の経緯を知るうえで貴重な存在となっています。この展覧会では、ラグーザ芸術だけでなく工部美術学校での美術教育のあり方にも注目していきます。

 一方、荻原碌山(1879-1910)はラグーザの来日から30年を隔てた明治後期、パリでロダンの「考える人」をみて彫刻家を志しました。パリのアカデミー・ジュリアンで勉強し、明治41年に帰国。明治43年に没するまでのわずかな活動期間でしたが、碌山の作品は日本の近代彫刻に新しい風をもたらしました。2010年は碌山の没後100年にあたる記念の年となります。この機会に、展覧会では碌山の芸術を検証するにあたって、とくに絶作「女」に焦点を当てて、石膏原型と複数のブロンズ像との比較、そして新たに石膏原型から鋳造するブロンズ像の制作過程もくわしく紹介いたします。

   (2010年11月30日記録)

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2010年11月29日 (月)

美術:東京国立博物館「東大寺大仏」展

  名称   光明皇后1250年御遠忌記念
       特別展「東大寺大仏―天平の至宝―」
  会場   東京国立博物館平成館
  会期   2010年10月18日(金)~12月12日(日) 、詳細は要確認
  鑑賞日  2010年11月27日(土)

 

 タイトルで東大寺大仏を謳うが、大仏を移動できないことは端から判る。このような場合、多少注意を要する。

 開催概要は「大仏造立にかかわる作品を通して、天平文化の精華をご覧いただくとともに、「奈良の大仏」の寺として、現代に至るまで広く信仰を集め、日本文化に多大な影響を与えてきた東大寺の歴史をたどります」だそうだ。大仏に直接迫るものでない事が判る。

 

 展示は次の4章に分けらる。

   第1章・東大寺のはじまり―前身寺院と東大寺創建
   第2章・大仏造立
   第3章・天平の至宝
   第4章・重源と公慶

 第1章は、東大寺創建前の寺院跡からの瓦等出土品等展示で学術的な趣が強い。

 第2章は、西大門勅額、誕生釈迦仏立像・灌仏盤、八角燈籠・八角燈籠火袋羽目板等に惹かれる。経本類は文字も仕上げも美しく、光明皇后を彷彿させる展示品で魅せられるが、内容が判らないので興味は中途半端だ。

 第3章は、不空羂索観音菩薩立像光背に惹かれた。光背だけを観る機会など無いし、法華堂では観音像に目が行くので貴重な機会だ。少し前までは正倉院御物の展示もあったのだが遅かった。

 第4章は、重源上人坐像に惹かれた。年老いた上人の内面まで見通したような坐像、具象彫刻と捕らえても立派なものだ。ユーモラスな阿弥陀如来坐像も惹かれる。

 

 奈良に出向けば見られる展示品ばかりではなく貴重な展覧会だ。惹かれる展示品も多い。ただし、東大寺大仏や光明皇后が浮かび上がるかと言えば、そうとも言えない。時代背景や功績を認識していないと理解は難しい。

 人を集めていたのはヴァーチャル大仏かも知れない。コンピュータ技術を駆使したバーチャルリアリティーで大仏を体感する。こういう展示が最近は多くなっている。照明等を含め、展示方法が随分進化しているように感じた。より良い鑑賞に繋がる。観る方も勉強しなくては。

   (2010年11月28日記録)

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2010年11月27日 (土)

読書:最近の読書から(2010年11月27日)

1.『美術館をめぐる対話』
    西沢立衛著、集英社新書0564F、700+税

 興味惹かれる企画点の開催中でも行くのをためらう美術館がある。遠方で度々行けなくとも、近所に行く機会があれば必ず立寄る美術館がある。私の場合、前者は新国立美術館、後者は金沢21世紀美術館。その差はどこにあるか。うまく表現できないが箱物部分が関係しているのは確かだ。

 著者は建築家、同じ建築家の妹島和世とのユニットSANAAが、金沢21世紀美術館を設計した。根底にあった設計思想は何か。建設中のルーブル美術館ランス別館は、何が評価されてコンペを勝ち抜いたか。

 本書は異なる分野の5人の専門家、建築家の青木淳、小説家の平野啓一郎、森美術館館長の南條史生、アーティストのオラファ・エリアソン、そして前述の妹島和世との対談(オラファ・エリアソンは電子メールによる)をまとめたものである。

 それらの対談から、21世紀が求める、多様化するアートが求める、新しい公共性などが求める美術館と、それらを実現するために建築家が何を考えるか、如何に考えるかを顕にする。重要な専門用語には解説が付く。

 権威の発露と思われる美術館がある。貴重な作品を良好な状態で収蔵・展示する美術館がある。作品と対峙・対話しながら都市に開かれた美術館もある。
 企画点に出かけるのも良い。しかし、散歩途中に気軽に立寄れる美術館、常設展示を繰り返し見たいと思える美術館も素敵だ。ただし、それは安易な作品展示や空間を意味しない。日常生活の糧となるような作品展示や空間が必要だ。

 第一歩は美術館建築である。いや、その前に利用者の、美術館側の、オーナー(多くは行政)の、時代の声がある。

 本書は美術館を再考するきっかけを与えてくれる。美術を愛する方に一読をお勧めする。美術に興味ない方へも一読お勧めする。考えの深さが美術を愛するきっかけとなるかも知れないから。

   (2010年11月27日記録)

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2010年11月26日 (金)

路上観察:第7回尾鷲ツーデーウォーク・第2日(2010年11月21日)

 三重県尾鷲市の三重県立熊野古道センターをスタート・ゴールにして熊野古道を歩く、第7回尾鷲ツーデーウォークに参加しました。

 第2日は、尾鷲市の南に位置する八鬼山を通過する「Cコース:世界遺産熊野古道 八鬼山 全踏破コース 13Km」にエントリーしました。

 八鬼山越えは西国一の難所と言われ、さらに追剥や獣が出没して旅人は苦しんだようです。いまは、さすがに追剥はでないでしょうが、難所と獣は注意が必要でしょう。
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 道の途中には史跡が多くあり、もちろん石畳も良く残っています。頂上付近のさくらの森広場などから美しい熊野灘や熊野の山々が遠望できます。

 正味距離11Km弱はコースとしては短いですが、今までに参加したマーチングの中では最難コースだと思います。第1日の「Aコース:世界遺産熊野古道 馬越峠・猪ノ鼻水平道満喫コース 25Km」よりきついかも知れません。

 案内に登山タイプとありますが、ハイキング等に良く出かけている方は問題ないでしょうが、起伏の緩いウォーキングをイメージするとかなり違います。

 しかし、二日間で熊野古道の魅力に取り付かれました。都合がつけば来年も参加したいし、他の区間も歩いて見たいと思いました。

 なお、詳細記録はホームページに掲載してあります。

  (2010年11月26日記録)

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2010年11月24日 (水)

路上観察:第7回尾鷲ツーデーウォーク・第1日(2010年11月20日)

 三重県尾鷲市の三重県立熊野古道センターをスタート・ゴールにして熊野古道を歩く、第7回尾鷲ツーデーウォークに参加しました。

 第1日は、尾鷲市の北に位置する馬越峠を通過する「Aコース:世界遺産熊野古道 馬越峠・猪ノ鼻水平道満喫コース 25Km」にエントリーしました。

 馬越峠は、石畳が良く残された美しいコース、ただしけっこう急登・急降です。初めて歩く熊野古道ですが、その魅力に惹き付けられました。
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 猪ノ鼻水平道は、明治時代に海沿いの崖の中腹に切り拓かれた、大八車(判らない人もいるでしょうね)が通行できる幅広の道です。名前の通りに殆ど平坦な道です。ただし、現在は人一人が歩けるような部分や丸太を数本並べた橋がいくつもあったりして、やや怖く感じるところもありました。景色は抜群。
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 正味距離23Km弱は決して長いコースではありませんが、今までに参加したマーチングの中では最難コースだと思います。案内に登山タイプとありますが、確かに健脚向きです。でも信仰の歴史に触れ、自然を満喫できる良いコースでした。

 来年、あなたもエントリーしてみませんか。なお、詳細記録はホームページに掲載してあります。

  (2010年11月24日記録)

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2010年11月21日 (日)

尾鷲ツーデーウォーク第2日目


八鬼山コースは、電車で山の反対側まで移動します。

スタート地点近くの大曽根浦駅で電車待ち。この駅は、青春18切符のポスターになったそうです。

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尾鷲ツーデーウォーク第2日目

尾鷲ツーデーウォーク第2日目
尾鷲ツーデーウォーク第2日目、快晴。多雨の尾鷲では珍しいようです。

今日は八鬼山コース、13kmです。熊野古道伊勢街道中、最大の難所だそうです。700mほどの登り降り、山岳コースです。

写真は、三重県立熊野古道センターです。昨日も今日も,スタート・ゴール地点です。

それでは元気に歩いてきます。

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2010年11月20日 (土)

尾鷲ツーデーウォーク第1日目完歩

尾鷲ツーデーウォーク第1日目完歩
尾鷲ツーデーウォーク第1日目、馬越峠コースは正味23km、6時間50分で完歩しました。いつもより1時間ほどゆっくりでした。

距離が長いことはありませんが、急登あり、並んで歩けないような山路あリで、軽登山の趣でした。ウォーキングを想定していると,少し難度が高いと思います。
一部しか歩いていませんが、熊野古道は修験の道、厳しい路だと思いました。

写真は、コース後半 の山路から見た尾鷲湾、湾の向こう右側にスタート地点の熊野古道センターが見えると思います。

今日もまた,スタッフ,ボランティアなど多くの方の御世話になりました.多謝。

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尾鷲ツーデーウォーク第1日目

尾鷲ツーデーウォーク第1日目
尾鷲ツーデーウォーク第1日目、快晴、絶好のウォーキング日和。
写真の前方の山の間を抜けて進みます。
後半は,右の山の右,海岸線を戻ります。
それでは。

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2010年11月19日 (金)

路上観察:尾鷲にいます

20日、21日の尾鷲ツーデーウォーク参加のため、尾鷲に来ています。
20日は馬超峠を行く25kmコース、21日は八鬼山を超える13kmコースにエントリーしています。
初めての熊野古道、楽しむとともに情報収集します。いずれ、もっと奥にまで入りたいと思っていますので。
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2010年11月18日 (木)

路上観察:横浜・掃部山公園(2010年11月18日)

 調べ物があって神奈川県立図書館に行きましたが、図書館の直前で
掃部山公園を通り抜けます。掃部山公園については既に何回か触れています。

 今日は天気が良く、色づいた木立越しにランドマークタワーが鮮やかでした。
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 井伊掃部頭の銅像は北東を向いているので、写真を撮るのは光の向きがよくありません。背後10mほどに横浜能楽堂があります。
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 銅像の左手に噴水状の物があります。あるのは承知しているのですが、裏面に回ったら寄贈者の名前が刻んでありました。なお、はっきり写っていませんが背後の建物は神奈川県立音楽堂です。
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 いままで気付きませんでしたが、公園の一角に案内がありました。内容は次の通りです。

 『横浜市地域史跡
   井伊掃部頭ゆかりの地

                  平成五年十一月一日 登録
                  所有者 横浜市

 明治四二年七月、横洪開港五〇年記念に際して、旧彦根藩有志が藩主の
開港功績の顕彰のため、大老井伊掃部頭直弼の銅像を戸部の丘に建立し、
その地を掃部山と名付けて記念しました。銅像の左側にある水飲み施設は
その時に子爵井伊直安よリ寄付されたものです。

 当時の銅像は、藤田文蔵、岡崎雪声によって勢作され、その姿は、正四
位上左近衛権中将の正装で、高さは約三・六メートルを測リました。しか
し、当初の銅像は、昭和一八年に金属回収によって撒去され、現銅像は、
昭和二九年、横浜市の依頼により慶寺丹長が製作したもので、その重量雄
は約四トンあります。

 なお、台石は妻木頼黄の設計で。高さは約六・七メートルあり、創建当
初のものが残っています。

                       平成六年三月
                       横浜布教育委員会』

 60過ぎの私でさえ金属回収の詳細は知りません。若い人には何だか判らないでしょう。しっかり伝えていくことが大切だと思うのですが。

   (2010年11月18日記録)

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演劇:─現代劇の系譜をひもとく─Ⅱ「やけたトタン屋根の上の猫」

   11月15日掲載したものを本文800字以内にまとめたものです。
   今後は演劇・音楽等のの評・感想類は800字以内でまとめること
   にします、たぶん。その手始めです。

 

   作   テネシー・ウィリアムズ
   翻訳    常田景子
   演出    松本祐子
   出演  マーガレット   寺島しのぶ
       ブリック     北村有起哉
       メイ       広岡由里子
       ビッグ・ママ   銀粉蝶
       ビッグ・ダディ  木場勝己
       グーパー     三上市郎、 他

   会場    新国立劇場・小劇場
   公演    2010年11月9日(火)~11月28日(日) (詳細は要確認)
   鑑賞    2010年11月12日(金) 18:35~21:20(休憩15分)

 

 舞台はブリック夫婦の部屋。中央に大きなベッド、上手にバスルーム、下手に応接セット。奥はバルコニー、下手側は廊下、部屋の境はドアとドア枠で示されるが壁はない。下手手前の階段は奈落に消える。全幕、このセット。

 1幕、マーガレットは子供達に服を汚されて着替え、ブリックはバスに。マーガレットとブリックの会話は徐々にお互いの攻撃に移る。激高したブリックは松葉杖でマーガレットを叩こうとさえする。
台詞が多く大半は寺島。この雰囲気が後の伏線になるが軽い印象で終始。台詞の多さが身体表現を削いだような。北村もアルコール依存を感じさせない。後の伏線になる二人の対峙が少し薄っぺらだ。

 2幕、ビッグ・ダディとブリックの対話はやがて対立に。ブリックに財産を譲りたいビッグ・ダディはアルコール依存を止めようと説得を試みる。しかし同性愛を匂わす言葉を聞いたブリックはビッグ・ダディの余命幾許もないことを叫んでしまう。
木場は一代で大農場主にのし上ったビッグ・ダディの傲慢不遜さを良く表現する。確かな存在感。北村は金持ちの次男の立場・過去を背負う虚無感を表現してビッグ・ダディに対峙する。この場面は魅力的だ。北村は一幕と雰囲気が変わる。

 3幕、ビッグ・マザー、長男夫婦、次男夫婦が集まる。長男夫婦はビッグ・ダディの先を考え銀行に財産管理を任せようと書類さえ準備している。マーガレットは子供が出来たと嘘を言うが、一緒に寝ることのないブリックは何も言わない。
銀粉蝶が知らぬ間に金持ちになったビッグ・マザーの雰囲気を漂わす。広岡が狡猾な長男の嫁のメイをさもありなんと表現する。

 役者は各々に魅力的だが全体的な調和が稀薄だ。興味を持続できなかった。
 物語がありふれたものだからだろう。原作の否定ではなく、現実が追いついている。劇的な内容が相対的に薄まってしまっている。新訳だが、これを取り上げた意味も検証されるべきだ。

  (2010年11月18日記録)

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2010年11月17日 (水)

路上観察:旧鎌倉街道下道・鎌倉から上大岡へ(後半)

 長文のため「旧鎌倉街道下道・鎌倉から上大岡へ(後半)」をホームページに掲載しました。よろしければ参照願います。

   (2010年11月17日記録)

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2010年11月15日 (月)

演劇:─現代劇の系譜をひもとく─Ⅱ「やけたトタン屋根の上の猫」

   作   テネシー・ウィリアムズ
   翻訳     常田景子
   演出     松本祐子
   出演  マーガレット   寺島しのぶ
       ブリック     北村有起哉
       メイ       広岡由里子
       ビッグ・ママ   銀粉蝶
       ビッグ・ダディ  木場勝己
       グーパー     三上市郎、 他

   会場    新国立劇場・小劇場
   公演    2010年11月9日(火)~11月28日(日) (詳細は要確認)
   鑑賞    2010年11月12日(金) 18:35~21:20(休憩15分)

 

以下、内容に触れますので承知おき願います。

 
 
 

 マーガレットとブリックは次男夫婦、子供はいない。ブリックはホモセクシャルな関係にあったと疑われる親友の死をきっかけに酒びたり、マーガレットのある事件をきっかけにセックスレスな状態になる。マーガレットは失った夫の愛を取り戻そうと必死になっている。

 ビッグ・ダディーは一代で大農場を築き上げたが、今は癌に侵され余命いくばくもない身、しかし本人はそれを知らない。ビッグママに不信感を抱いている。遺産はブリックに相続させたい気持ちを持つが、酒びたりの状態を危惧している。

 メイとグーパーは長男夫婦、5人の子供がいて、6人目を身籠っている。ビッグ・ダディーの様子を知って相続を有利に運ぼうと画策している。

 今日はビッグダディの誕生パーティ、セクシャリティと遺産相続が底流になって、各々の本心と思惑が暴かれていく。

 

 ブリック夫婦の部屋。中央に大きなベッド、上手にバスルーム、下手に応接セット。奥はバルコニー、下手は廊下で、部屋との境はドアとドア枠で示されるが壁はない。ゆえに壁に身を寄せて聞き耳立てる様は観客から見える。下手手前の階段は奈落に消えて、二階部屋であることが判る。

 1幕、マーガレットは子供たちに服を汚されたと言って着替え、ブリックはバスに浸かっている。やがて、マーガレットとブリックの葛藤が示されるが、マーガレットの台詞が大半を占める。
 寺島は、長い台詞を良く覚えるものだと感心はするが何か軽い印象を受けた。そういう役作りか。遺産相続を企むほどの人間は、もう少しどっしり構えているようにも思える。台詞の多さが災いしているか。北村も、アルコール依存を感じさせない。後の伏線になる二人の対峙が、少し薄っぺらい感じだった。

 2幕、ビッグダディとブリックの葛藤が示される。ビッグダディはブリックに財産を譲りたいのだが、ブリックのアルコール依存を何とかしなければと説得を試みようとする。しかし、ホモセクシャルを匂わす言葉にブリックは父親と対立する。
 木場は、一代で大農場主にのし上ったビッグダディの傲慢不遜さを良く感じさせながら、ブリックと対峙する。その存在感は確かだ。北村は、金持ちの次男の立場を背負った虚無感を感じさせる。とすると一幕もその意識があったのか。多少ギャップがあるように思える。

 3幕、ビッグダディは自分の部屋に戻り、ビッグマザー・長男夫婦・次男夫婦が集まる。長男夫婦はビッグダディの先の事を考えて銀行に財産管理を任せようと書類まで準備している。マーガレットは、子供のいない事が弱みと認識し、子供が出来たと嘘の話をしてしまう。しかし、ブリックはそのことに関して何も言わない。
 銀粉蝶が、知らぬ間に金持ちになってしまったビッグマザーの雰囲気を漂わす。広岡が狡猾な長男の嫁のメイを、さもありなんといった感じで演じる。

 

 結局、主役は誰なんだろう。皆が、やけたトタン屋根の上の猫で飛び跳ねているようだ。空気など読まないで我を張っているようだ。そこに入らないのはビッグダディーとブリック、去り行く者と世間をはみ出した者か。

 大いなる興味を持てなかった。演じられる物語がありふれたものになってしまったからだろう。もちろん原作を否定する気などないけれど、現実が追いついてしまっている。劇的なるものが相対的に薄まってしまったからだろう。
 とは言え、遺産相続など関係ない我が身には遠い世界のことであるが。

 役者はそれぞれに魅力的だが、全体的な調和は稀薄と感じた。それと、医師や牧師も呼んだビッグダディの誕生パーティを含めて、全てがブリック夫婦の部屋で演じられたことに違和感を感じた。

  (2010年11月15日記録)

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能楽:APEC横浜開催記念 横浜能楽堂特別普及公演

   番組  狂言「呼声」
          シテ(太郎冠者) 山本東次郎
          アド(主)    山本則重
          アド(次郎冠者) 山本則俊

       能「羽衣」和合之舞
          シテ(天人)   関根祥六
          ワキ(漁夫白龍) 宝生閑
          ワキツレ(漁夫) 則久英志
          ワキツレ(漁夫) 御厨誠吾

   会場  横浜能楽堂
   公演  2010年11月13日(土)
   鑑賞  2010年11月13日(土) 14:30~15:30(休憩なし)

 

 警戒厳しいAPEC会場であるみなとみらい地区の西側に位置する掃部山、APEC会場周辺の喧騒が這い上がってくるほどの距離に横浜能楽堂があります。掃部山には、横浜等の開港を決断した井伊掃部守直弼の銅像が港を睨んで建っています。

 森鴎外作詞の横浜市歌の一節に「むかし思へば苫屋の烟 ちらりほらりと立てりし處」とあります。私が子供から青年に至る時期は、大きなクレーンが林立する三菱重工横浜造船所が威容を誇っていました。その後高層ビルが建ち始め、今に至ります。掃部山から見える光景は激しく変化し続けています。
 道を隔てて神奈川県立音楽堂もあります。ついでの折にでも立寄ってみませんか。

 いきなり横道にそれましたが、APEC横浜開催記念などとは意識せず、能「羽衣」を見たくてチケットを購入しました。当日は数十人程度の外人さんが来場していました。冒頭の横浜市長の歓迎挨拶、休憩無しに狂言・能が演じられて一時間と短いこと、ロビーなどにAPEC関係者と思われるスタッフやボランティアが多数いたことなどが、通常公演と異なるところでしょうか。(写真は、プログラム表紙・裏表紙)
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 狂言「呼声」、大蔵流山本家の重鎮達による。

 内緒で旅行に出かけた太郎冠者が戻ったことを知った主人は、懲らしめるために次郎冠者を連れて太郎冠者の家に出向く。次郎冠者、主人が呼びかけても、太郎冠者は他人をよそおって、太郎冠者は留守だと答える。一計を案じて次郎冠者は平家節で呼んでみるがやはり留守だと。次に小歌節で、次に踊節呼んでみると、浮かれた太郎冠者が躍り出てくる。

 小品ながら惹きつけられる作品でした。狂言は滑稽な作品が多いと思いますが、節が加わり踊りだすことで滑稽さはさらに増します。山本東次郎の太郎冠者はじめ、山本家の面々が味わい深い雰囲気を醸し出していました。技の深奥が判るわけではありませんが、どっしりと演じながら面白さが充分伝わる点を素晴らしく感じました。古典でありながら新鮮さを感じました。
 外国人に対しては同時解説をしていたようです。しかし、なかったとしても日本の伝統芸能の良さが充分に伝わったと思いました。

 

 能「羽衣」、シテは観世流関根祥六、80歳。

 各地の天女伝説にはいくつかのヴァリエーションがある。「羽衣」は、漁夫白龍に羽衣を拾われた天女が、還して貰うお礼に舞いながら天に帰っていくというシンプルなストーリー。羽衣を還す時、白龍は舞ったら還すと言い、天女は羽衣を還して貰えなければ舞えないと言う所がポイントだろう。

 「羽衣」は初めて観る。脇正面で観るのも初めて。何となく惹かれるものが少なかった。うまく説明できないのだが。脇正面は情報量が少ないのだろうか、視覚からストーリーが浮かび上がってこない。残念ながらここまで、何とも感想がまとまらない。

 ただ、記憶に残ったのが天女の言葉。羽衣還すことを疑う白龍に「いや疑は人間にあり。天に偽なきものを。」だ。外国人のお客さん、すなわちAPEC関係者には伝わったかな。

   (2010年11月15日記録)

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2010年11月14日 (日)

路上観察:旧鎌倉街道下道・鎌倉から上大岡へ(前半)

 長文と地図添付の関係で「旧鎌倉街道下道・鎌倉から上大岡へ(前半)」をホームページに掲載しました。よろしければ参照願います。

   (2010年11月13日記録)

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2010年11月11日 (木)

路上観察:鎌倉鶴岡八幡宮の大銀杏(2010年11月11日)

 本日はJR鎌倉駅から京浜急行上大岡駅までウォーキング、コースは旧鎌倉街道下道。詳しくは明日にでも掲載しますが、ここでは鶴岡八幡宮の大銀杏について。

 

 鶴岡八幡宮の大銀杏は、公暁の隠れ銀杏とも言われました。それは、鎌倉幕府3代将軍源実朝を暗殺した公暁が、この大銀杏の陰に隠れていたと言い伝えられているからです。

 その大銀杏(樹齢推定千年、高さ約30m、幹の周囲は6.8m)が、2010年3月10日の強風で倒れたことは、多くの方がニュース等で知ったと思います。

 

 ウォーキングは、まず鶴岡八幡宮に向いました。折角ですから参拝しようと思ったわけです。本殿の階段を上り始めて、上方から大銀杏跡を確認しました。

 元の位置には根から「ひこばえ(?)」が育っています。大銀杏は4m高の位置で切断されて、少し離れた位置に移植されていますが、そこから新しい枝がの伸びています。
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 素人目には順調に再生しているように思えます。このまま育てばどの位で大銀杏が見られるようになるのでしょう。私が確認できることはないでしょうが。

 ただ、生物の生きる力は強い、たくましいと感じました。

   (2010年11月11日記録)

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2010年11月10日 (水)

随想:尖閣ビデオ、海保職員“自分が映像流出”?(2010年11月10日)

 

NHKニュース速報が流れています。下記に引用しておきます。

 『海保職員“自分が映像流出” 11月10日 12時8分

尖閣諸島沖で起きた中国漁船による衝突事件の映像が流出した問題で、神戸市にある第5管区海上保安本部の職員が「自分が映像を流出させた」と上司に名乗り出ていることが関係者の話でわかりました。東京地方検察庁と警視庁は国家公務員法の守秘義務違反などの疑いで事情を聞くことにしています。

関係者によりますと、映像を流出させたことを認めたのは、神戸市にある第5管区海上保安本部の職員で、これまでに上司に対して「自分が映像を流出させた」と認めたということです。この職員は現在、航行中の船に乗っていて10日に神戸港に戻るということです。東京地検と警視庁は、この職員から国家公務員法の守秘義務違反などの疑いで事情を聴くことにしています。』

 

 いずれ、流出元が海保職員であるか否かの真偽は判明するでしょう。しかし、全貌が明確になるか否かは疑心暗鬼です。

 というのも、流出した尖閣ビデオは複数ルートで閲覧・保管されていたと、asahi.com『複数ルートで閲覧・保管 尖閣ビデオ、海保と検察 2010年11月6日5時51分』の記事中に図示(下記に引用)されています。しかし、第5管区海上保安庁はそこに記述がありません。図の中にどのように追記されるのでしょうか。
 削除されたという映像を含めて、その挙動ははっきりするものではないでしょう。
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 私は、今回の映像流出に関して、個人的な行為であるか、組織的な行為であるか、その他を含めた全貌が明確になってから考えたいと思っています。断片的な情報で右往左往しては本質を見逃すと考えます。

 ただ言えることは、コンプライアンス、メディアリテラシ、セキュリティ等は一朝一夕に成るものではありません。もろもろの責任の頂点が内閣にあることは否定できないと思います。しかし、政権交代して一年ほど、それらが整う間があるとも思えません。とすれば旧政権の成し遂げたものが今に至っていると考えるのが自然です。多少の向上はあったかも知れませんが。

 尖閣ビデオ流出は、社会正義の観点から評価されるでしょうが、管理面・技術面からもきちんと評価されるべきです。いずれ総括がなされることを期待しています。

   (2010年11月10日記録)

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路上観察:金沢道(金沢横丁から京急上大岡駅)(2010年11月8日)

 東海道五十三次保土ヶ谷宿の中ほどの金沢横町から、金沢の六浦陣屋(現横浜市金沢区六浦)、すなわち六浦藩の藩庁に至る道が金沢道です。六浦から朝比奈峠を越えると鎌倉に至ります。

 2010年11月8日、昼過ぎてから天気に誘われて散歩に出ました。現在、横浜みなとみらい周辺はAPEC警備でどうなっているか判らないので、金沢道を途中まで歩こうと思い立ちました。

 

 JR保土ヶ谷駅を西口に出ると、ロータリーの向こう側に見えるビルの裏手が旧東海道になります。駅から向って左側に進むとやがて東海道線踏み切りに出くわしますが、その一つ手前の十字路が金沢横丁です(写真、正面も道が金沢道交差するのが旧東海道で、右手が京都方面)。
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 金沢道の右手に、4基の道標等があります。右から二番目の道標に“かなざわ・かまくら道”と刻まれています。
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 歩き始めると直ぐに工事現場があって行き止まりかと思いましたが、塀に沿って回り込むと東海道線踏み切りに出ました。
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 直ぐに国道一号線ですが、正面に坂道が見えています。この急な坂が“いわなさか”、漢字では「石名坂」「磐名坂」「石難坂」と諸説があるようです。
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 坂の途中、右手に“御所台の井戸(政子の井戸)”があります。将軍源頼朝の妻政子が鎌倉への途中でこの水を使ったとの言い伝えがあるそうです。
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 坂を上り切ると十字路、右前方に“北向地蔵”があります。天下泰平・国土安全・道中安全を記念して建立されたそうです。
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 道なりに進み、清水ヶ丘公園、京浜急行ガード、蒔田橋(大岡川)と進みます(写真は、京浜急行ガード、蒔田ハ視からの大岡川)。
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 現鎌倉街道に突き当たったら右に折れると、市営地下鉄弘明寺駅前に至ります。目の前に横浜国立大学がありますが、塀沿いに石碑1基があり、“鎌倉街道 神奈川県”と刻まれています。
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 少し先のY字路を左側に進みます。左側が旧道で、途中に看板がありました。暫らく歩きますが、新道に合流すると直ぐに京浜急行上大岡駅です。
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 歩行距離は6Km強です。古道を歩くという目的でもない限り面白い道中ではありませんので、どなたにでもお勧めはできません。蒔田橋から弘明寺に至るルートが古道なのか疑問に感じましたが、古道はなくなっているようです。
 近々、上大岡から六浦陣屋跡附近まで、いや上大岡起点だと鎌倉までを歩いてみます。

 

 参考:ホームページは、歩行区間の地図付きで掲載しています。

   (2010年11月10日記録)

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2010年11月 7日 (日)

路上観察:一の酉(2010年11月07日)

 今年の酉の市は、7日と19日。19日は熊野の雰囲気を味わいに出かける予定なので、今日の一の酉に行ってきました。

 横浜でお酉さんと言えば、南区真金町の金刀比羅大鷲神社。最寄り駅で言えば、横浜市営地下鉄坂東橋駅あるいは少し離れますが京浜急行黄金町駅。伊勢佐木町通りも近くです。

 11月にしては随分と暖かかったです。例年もこんなものでしょうか、そんなことはないような気がします。人混みに揉まれて歩いていると汗ばむほど、ただし私は他人より1・2枚薄着ですが。

 例年と変わっているようには思えませんが、変わらないことも大事なのかも知れません。最近はそう思うことが時々あります。世代を繋いでいく基準みたいなものかと。

 写真は順に、大鷲神社正面、縁起物を売る出店、同じく、一本南側の通りが有名な横浜橋商店街ですが付きたて餅を売る店。
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   (2010年11月7日記録)

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2010年11月 6日 (土)

路上観察:横浜市長公舎一般公開(2010年11月3日)

 2010年11月3日、市長公舎が一般公開されました。私が承知した初めて機会ですから、早速出かけました。市長公舎は、横浜市中央図書館から野毛山動物園に向う途中にあります。最寄り駅は京浜急行日の出町駅になります。

 市長公舎は昭和2年5月、洋館と日本家屋からなる市長住居用市有家屋として建設。昭和63年、日本家屋の老朽化が進んだため、集会室(小ホール)に建て替えられています。

 市長公舎全景で、手前が集会室、奥の二階部分が洋館です。
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 正面からの洋館全景と玄関部分の拡大、そして裏庭からの洋館全景です。
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 洋館の玄関(旧玄関)を入るとホール。正面にステンドグラス、作者は日本のステンドグラスを芸術域に昇華させた先駆者と言われている小川三知だそうです。天井のシャンデリアも素敵です。
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 ホールの隣が第2応接室、その奥が第1応接室、その奥に食堂(?)。ホールから延びる廊下から各室に入れます。
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 集会室です。
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 洋館は直線を強調した設計で、庇や壁面の出入り、タイルによる壁面などが印象的です。一世を風靡したフランク・ロイド・ライトが、日本での建築に取り入れていたスタイルに倣っていると言われているそうです。設計は横浜市建築家の坂本信太郎・鳥海他朗。一度見学したことのある、フランク・ロイド・ライト設計の芦屋・ヨドコウ迎賓館を思わせるものがありました。

   (2010年11月5日記録)

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2010年11月 4日 (木)

音楽:みなとみらいクラシック・クルーズ Vol.20(2010年11月4日)

  演奏 漆原朝子(vn)
     三輪郁(pf)

  曲目 ランチタイム・クルーズ(12:10~12:50)
       シューベルト :ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ第1番 ニ長調
       クライスラー :愛の喜び
       クライスラー :愛の悲しみ
       ベートーヴェン:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ第5番 ヘ長調
                                 『スプリング』

     ティータイム・クルーズ(14:30~15:20)
       シューベルト :ヴァイオリンとピアノのためのヂュオソナタ イ短調
       クライスラー :ウィーン小行進曲
       クライスラー :美しきロスマリン
       ブラームス  :ヴァイオリンとピアノのためのソナタ第2番 イ長調
       クライスラー :ウィーン奇想曲(アンコール)

  会場  横浜みなとみらいホール
  公演  2010年11月4日

 

 横浜みなとみらいホール主催の小音楽会。演奏時間は各回40分ほど。価格は各回800円、通しで1400円と手頃。しかし、内容は充分に堪能できます。各回の間が1.5時間ほどありますので、近所でランチも可能でしょう。私はファーストフードで済ませますが。

 

 シューベルト以外は、主として録音ですが比較的良く聴く曲です。それに副題が「漆原朝子と三輪郁と行く“ウィーン紀行”」と銘打ってあるとおり、やわらかな雰囲気が漂っていたように思います。そのためか、いつものコンサートに比してリラックスして聴いていました。充分に堪能しました。

 今日は、特にピアノを良く聴いたように思います。もちろん、ピアノだけを聴くことなどありませんが、ヴァイオリンと協調し、対峙するピアノの面白さを少し感じるようになったのかも知れません。良く聴いている曲だから、そのように感じられるのだと思います。

 「みなとみらいクラシック・クルーズ」は大変良い企画だと思います。ウィークデーの昼間ですから、若い方は少なく、年配の方が多いです。しかし、拍手のタイミングなど要領を得ていますから、そこそこに、あるいは随分と音楽を楽しんできた方が少なくないと思われます。いつまでも続いて欲しい企画です。

 

 さてAPECが、ホールの目の前の国際会議場一帯で7日から開催されます。今日は数日前に比べて警備も強化されているように感じました。14日を過ぎるまでは、自動車でこの周辺に来るのは避けたほうが良いと思います。徒歩による観光・散歩も立ち入りを制限される箇所があると思います。横浜みなとみらい地区に来られる予定のある方は、情報を良く確認されることをお勧めします。

   (2010年11月4日記録)

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2010年11月 3日 (水)

路上観察:それはそうですが(2010年11月3日)

 横浜は起伏が多く、従って坂道も多くあります。中には、正月の箱根駅伝・二区の難所の権太坂のように、恐らく全国的に名の知れた坂道もあります。

 京浜急行線日の出町駅(横浜駅から下り方面二つ目)から野毛山動物園方面へ向う道、どちらかと言えば土地っ子が通る裏道ですが、そこに急坂(横浜市西区東ケ丘)があります。急坂のためか階段になっていますが。

 次の写真は、下から上を見上げたところです。余りにも良い天気のため、コントラストがきつすぎますが。
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 さて、この坂道の名前は何と言うでしょうか。次の写真を見れば一目瞭然。
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 それはそうですが、何と単刀直入な。

   (2010年11月3日記録)

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2010年11月 2日 (火)

文学:小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)展(2010年11月2日)

   会場    神奈川近代文学館展示室
   会期    2010年10月2日(土)~11月14日(日)、月曜日休館(要確認)
   開館時間     午前9時30分~午後5時(入館は4時30分まで)
   鑑賞    2010年11月2日(火)
   参考    公式ホームページ http://www.kanabun.or.jp/

 

 ラフカディオ・ハーン=小泉八雲の生誕160年、来日120年を記念する展覧会。展示は四部構成で、

   第一部   来日まで
   第二部   日本の面影をたずねて-松江、熊本、神戸時代-
   第三部   旅の終わり-東京時代-
   第四部   小泉八雲・怪談 Kwaidan の世界」

となっています。第一部から第三部で54年の生涯と作品を振り返り、第四部では代表作「怪談」を掘り下げています。

 それに、プロローグでは日本の第一歩を記した横浜や鎌倉・江ノ島での行動などが、エピローグでは各地で開催される八雲関連行事や教科書掲載・各国出版状況などが、各々紹介されています。

 作品に関する資料は非常に多く、英文原稿と和訳を展示するなど丁寧な展示になっています。また、当時の風景写真・肖像写真や記念写真など、使用した文房具類などが併せて展示されていて、理解を促進します。

 

 私は1時間半ほどを費やしましたが、大きな解説と写真等を主に鑑賞したに止まりました。それでも大変興味深いものがありました。横浜上陸後に鎌倉や江ノ島に出かけた様子も私の行動圏に重なっており、最近興味を持っている古い横浜の様子などを知ることもできて、これまた大変興味深いものがありました。

 家に戻って古い本「ラフカディオ・ハーンの耳・西成彦・岩波書店」を引っ張り出しました。読んだ記憶はありますが、内容は記憶にありません。ぱらぱらめくると、面白いではありませんか。読みかけを終えてから読み直して、もう一度、小泉八雲展に出かけようと思いました。

 実は眼鏡を携帯していなかったので細かいところを跳ばしたこと。昨日とは逆コースの散歩、すなわち、みなとみらい地区、赤レンガ倉庫、山下公園、港の見える丘公園を散歩した後に入場したので、最後は閉館予告がアナウンスされて急いだこと。もろもろの理由もあります。

   (2010年11月2日記録)

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2010年11月 1日 (月)

路上観察:横浜山手からみなとみらい地区へ(2010年11月1日)

 月が替わって11月。穏やかな天気に誘われて、山手から山下公園・みなとみらい地区を経由して自宅まで散歩しました。往復を歩くことも少なくないのですが、本日はみなとみらい線新高島駅まで歩き、終点の元町・中華街駅を起点にしました。

 駅の改札を出たら、エレベータで屋上に向います。そこがアメリカ山公園、どこまでが屋上でどこから地面かわからない、小さな公園です。抜けると山手外人墓地の東側の道、坂を少し上ると外人墓地正面に至ります。

 左手(東向き)に折れると、直ぐに港の見える丘公園。ローズガーデンを周遊します。1週間前に来た時、既にバラの時期には遅かったので、今日はもう無理ですが、それでも遅く咲いたバラがちらほら見つかりました。

 港の見える丘公園内の神奈川近代文学館では特別展「小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)展」が開催中、月曜日は休館日(詳細HP参照)ですので改めて。

 港を右手に見て、フランス山を下り、横浜人形の家の前を通って山下公園へ、山下公園を大桟橋側に進み、汽車道を通って赤レンガ倉庫で一休み。その後、みなとみらい地区に入り、途中で折れて自宅に戻りました。横浜へ良く来られている方は道筋がそうぞうできるでしょう。

 今、横浜は11月7日から14日まで開催されるAPECの警備が行われていて、全国から警察官の応援が来ているようです。今日も、熊本・愛媛・秋田・新潟・鹿児島の各県警の警察官を見かけました。職務とは言えご苦労様なことです。

 また、みなとみらい地区周辺では自動車の検問が行われていたり、赤色灯を点滅させた警察関係車両が巡回しています。近々に横浜観光や来浜を予定されている方は、情報確認したうえでお越し下さい。

 写真は順に、山手外人墓地、ゴールデンハート、レディーライク。
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 港の見える丘公園にて、小港方面、大桟橋方面、ベイブリッジ、愛の母子像。
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 山下公園にて、インドの水塔、同天井。象の鼻パーク、赤レンガ倉庫。
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   (2010年11月1日記録)

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