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2010年10月 7日 (木)

演劇:─現代劇の系譜をひもとく─Ⅰ 『ヘッダ・ガーブレル』

   作   ヘンリック・イプセン
   翻訳  アンネ・ランデ・ペータス/長島 確
   演出  宮田慶子

   出演  ヘッダ・ガーブレル    大地真央
       ヨルゲン・テスマン    益岡 徹
       エルブステード夫人    七瀬なつみ
       アイレルト・レーヴボルグ 山口馬木也、他

   会場  新国立劇場・小劇場
   公演  2010年9月18日(金)~10月11日(月・祝)
   鑑賞  2010年10月6日(水) 19:00~21:45(休憩15分)

 

 亡きガーブレル将軍の娘ヘッダは美しい女性だが気位は高い。テスマンとの6ヶ月近い新婚旅行から帰ってきたばかり。テスマンは旅の途中で博士号を取得するほどの学究肌だが傑出した才能を満ち合わせているわけでもない。ヘッダにとって打算の上の結婚であり、既に平凡な日常に飽き足らなくない。

 次の日、レーヴボルグが訪れていないかと、エルブステード夫人がやってくる。レーヴボルグはテスマンのライバルにして、かってはヘッダの恋人であった。
 エルブステード夫人はヘッダの古い知り合い、才気あるが酒におぼれやすいレーヴボルグを励ましながら、優れた論文を書きあげていた。そして、家を飛び出してレーヴボルグを追って来たのだった。

 タイトルは「テスマン夫人」でなく「ヘッダ・ガーブレル」。結婚はしたもののそれを肯定できないヘッダ。才気と凡庸の友人、かっての恋人と不倫とも思える関係が交錯しながら、意外な結末に向って進んでいく。

 
 
 この戯曲は1890年に書かれているが、ひとかけらの陳腐さも内在しない。まるで昨日、書き上がったような新鮮さすら感じられる。

 大地真央は、「モネ・日傘の女」を思わせる清々しい美しさと気位の高さを表してヘッダの存在を明確にした。時おり示すユーモア、他人への痛々しい思いを伴う、もヘッダらしさが滲みでていた。
 大地真央には華がある。その華が、ヘッダにとてもマッチしていた。

 益岡徹は、凡庸にして鈍感なテスマンを好演。TVでしか見たこと無かったけれど、舞台役者だと感じた。
 
 
 七瀬なつみにしても、山口馬木也にしても、他の役者も含めて、各々に不満はないのだけれど、美術等も含めて全体的に見ると、何か派手な仕上がりになっているように感じた。ゆえに、内面的な部分が少し後ろにいったような気もした。

 恐らく、肩寄せ合うような小劇場系の演劇を多く観ているからだと思う。新国立の小劇場とは言え、小劇場系に比べれば規模は圧倒的に大きい。とすれば、小劇場系では上演困難な演目、例えば昨年の「ヘンリー六世」、を中心にするのも良いと思う。

 このシリーズ、─現代劇の系譜をひもとく─、は「やけたトタン屋根の上の猫」「我が町」「ゴドーを待ちながら」を残す。残りを観てから、また考えよう。
 
   (2010年10月7日記録)
 

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