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2010年10月12日 (火)

文楽:平成二十二年十月地方公演・曽根崎心中

   演目   近松門左衛門作・曽根崎心中
          生玉社前の段
               竹本三輪太夫
               鶴澤清旭
          天満屋の段
           切   豊竹嶋太夫
               鶴澤清友
          天神森の段
           お初  竹本千歳太夫
           徳兵衛 豊竹睦太夫 、他

   人形役割 手代徳兵衛 吉田蓑助
         天満屋お初 桐竹勘十郎 、他

   会場  神奈川県立青少年センター
   公演  2010年10月11日(月)
   鑑賞  2010年10月11日(月) 18:00~20:00(休憩15分)

 

 およそのあらすじは次のとおり。

 堂島新地・天満屋の遊女・お初と、醤油商・平野屋の手代・徳兵衛は恋仲。
 店で誠実に働く徳兵衛に、実の叔父は姪と結婚させて店を持たせようと思うが、徳兵衛はお初がいるからと断る。しかし、叔父は徳兵衛の継母相手に結納を済ませてしまう。それでも固辞する徳兵衛を、叔父は勘当して大阪から出て行け、結納金を返せと言う。

 徳兵衛は継母からやっとのことで結納金を取り返すが、友人・九平次からの金策の依頼に応じ、その金を三日限りの約束で貸す。日が過ぎて、徳兵衛は九平次に貸した金の返済を迫るが、証文まであるのに落とした印鑑が押してあると、借金など知らぬと言い張り、人々の前で徳兵衛を詐欺師呼ばわり、殴る蹴るして面目を失わせる。

 死んで身の潔白を晴らそうと決め密かにお初を訪ねるが、見つかっては大変とお初は徳兵衛を縁の下に隠す。そこに九平次が客として訪れるが、お初に辛気臭いことを言われ、素っ気無くされて早々に立ち去る。

 九平次をあしらう間、縁の下の徳兵衛は、縁側に座ったお初の足首を自らの首にあてがい、死の決意を伝える。真夜中、店を抜け出したお初・徳兵衛は、手を取り合って天神の森に消える。

 

 元禄16年(1703)4月に起きた心中事件を基にした近松門左衛門の最初の世話物。昭和30年(1955)、野澤松之輔の脚色・作曲により復活上演。この名作が、なぜ忘れ去られていたかが不思議な気もします。私が文楽に、たまにでも足を運ぶようになったのはここ10数年のこと、それ以前のことは文献で多少知る程度ですが。

 見所は、「天満屋の段」縁の下の徳兵衛と縁側に座ったお初が死の決意を交わす場面と、「天神の森の段」道行の場面でしょう。ここに人形が演ずる美しさが結集すると思います。生身の人間では決して現せない美しさが。

 「曽根崎心中」を観るのは今回が2回目。最初は大阪の国立文楽劇場で、お初を吉田蓑助、徳兵衛を吉田玉男が遣い、太夫、三味線は失念しました。

 今回は、お初を桐竹勘十郎、徳兵衛を吉田蓑助が遣い、太夫は豊竹嶋太夫、三味線は鶴沢清友でした。最高の芸達者が揃ったと思います。吉田玉男が故人となって舞台上にいないこと、時の移ろいを感じました。それにしても筋の何と現代的なこと、人間の本質は変化していないのでしょうか。

 

 「天満屋の段」の二人が死の決意をかわす場面はやはり美しかった。女の人形に足はありませんが、この場面では白い足首が現われます。

 「天神の森の段」の道行きも美しかったのですが、道行という感じが少し稀薄な演出だったように思いました。
 記憶は薄れていますが最初に観た舞台は、人形が余り移動せずに、巻き取り式(?)の背景が一方向に移動することで、果てしなく続く死出の道のりを示していました。今回の振り付けは、大道具が移動することで道行きの感じを示していましたが、人形が上手に一度引き込み、再び出てきたことが果てしなく続く死出の道のりを稀薄にしたように思いました。

 そのような思いは残ったものの「曽根崎心中」、広く文楽は素晴らしい日本の無形財産だと感じさせてくれました。

   (2010年10月12日記録)

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