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2010年9月

2010年9月29日 (水)

路上観察:第4回平戸ツーデーウォーク(2010年9月25・26日)

 平戸市は、九州本土の最西端に位置する市で、古くは中国やオランダなどとの国際貿易港。私の知識はそこまでですが、何となく訪れたい場所でした。

 平戸市へは、福岡あるいは長崎のどちらから向っても自動車で2時間半から3時間程度。長崎原爆資料館も一度は訪れたい場所でしたので、長崎空港を起点にしました。添付は、歩いた所と訪れたところ(引用:Google Map)。
Map

 前後の道中は後に報告することにして、まずはツーデーウォークの様子から。

 

 第1日目、2010年9月25日、20Kmコースに参加。約3時間50分(8時40分~12時27分)、給水・トイレの小休止のみで一気に完歩。

 平戸市役所にほど近い平戸文化センターがスタート・ゴール。延べ参加者は2000人ほどのようです。九州以外からの参加者は10数名。九州の方も、長崎・福岡が多いようでした。佐世保基地からと思われる外人さんも見かけました。

 マーチング大会にもレベルがあり、国際マーチングリーグ公式大会、日本マーチングリーグ公式大会、オールジャパンウオーキングカップなど多くの分類があります。完歩した大会数による認定や表彰も行われます。

 そのような意味で、平戸ツーデーウォークはローカルな大会。今までの経験で言えば、参加者も少なく、運営を含めて手作りの大会との印象を受けました。私は認定数を重ねるわけでもなく、旅行のきっかけとしての大会参加です。かえって普段の平戸を垣間見られると思いました。

 コースは、平戸島から九州本土に渡り、海岸線から内部を廻って平戸島に戻ります。通過地点で全国的に知られるのは、日本最西端の駅・たびら平戸口駅でしょうか。いや、それすら鉄道ファンのみが知ることかも知れません。

 九州本土とは平戸大橋で結ばれていますが、架橋で島の生活がどう変わったのだろうかと考えます。中瀬草原では海が広がる雄大な景色を楽しみましたが、傍らの朽ちかけたレストハウスが気になりました。シートの覆いが破け、水の張っていない養魚場の残骸も見かけました。多くは判りませんが、取り巻く状況の厳しさが想像できます。

 写真は順に、平戸大橋から九州本土側を望む、平戸大橋上から平戸島中心部北側を望む、給水所脇で、中瀬草原、たびら平戸口駅×2。
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第2日目、2010年9月26日、15Kmコースに参加。約2時間50分(9時58分~12時50分)、給水・トイレの小休止のみで一気に完歩。

 コースは平戸島の西側の生月島に場所を移します。平戸島との間は生月大橋で結ばれています。昨日のスタート地点近くのホテルから、本日のスタート・ゴール地点の生月町開発総合センターまで、自動車で30分以上を要します。

 コースは、東側から西側へ、再び東側へと島の半分程を廻りますが、特に著名な場所は通過しませんでした。

 東側、すなわち平戸島との間の海峡ではアゴ漁が最盛期のようで、ペアーの漁船、間に網を張っている、がゆるゆると幾つも移動していました。港の一角ではアゴを天日干し、干し終わったものは串に差していました。潮の香りをことさら強く感じました。

 島の西側に進むと人家は殆ど見られず、五島列島の最北部に位置する宇久島が見えて、随分遠くまで来たものだと、何だか判りませんが感慨深いものがありました。島の中央部を横切ってゴールを目指しますがかなり急な峠越え。途中の段々畑に荒れている場所が多く、働き手が居なくなっているのだろうと感じました。

 写真は順に、アゴの串刺し場、塩俵の断崖・柱状節理地形(西側)、サンセットーウェイ(西側)、段々畑とかすかに宇久島(西側)、平戸島との間の海峡(東側)。
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 二日間を通じて海・海・海。そしてゴール・スタート地点や給水ポイントでの接待、幼稚園児のハイタッチによる歓迎、お年寄りとの二言三言の会話など、素朴な人情に触れました。

   (2010年9月29日記録)

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2010年9月26日 (日)

平戸ツーデーウォーク・4

平戸ツーデーウォーク・4
平戸ツーデーウォーク第二日目は生月島に場所が変わり、15Kmコースに参加しました。
特に名所・旧跡がある訳ではありませんが、島の様子が判りました。海峡側の海ではアゴ漁が時期で、ペアーになった船がゆるゆる動いていました 。島の反対側の海は東シナ海でしょうか、海原が広がっていました。
かなりアップダウンがありましたが、2時間50分程で完歩しました。
ゴール後、アゴとおにぎりを頂き昼食。携帯電池切れでツーデーウォークの写真はありません。
その後、長崎に移動、ホテルに荷物を置き、さっぱりしてから目の前の中華街で夕食。入ったお店か、長崎の全般的傾向か判りませんが、多少甘みがきいていました。子供のにぎり拳ほどあるゴマ団子にビックリ。
腹ごなしにめがね橋まで散歩。
明日は市内見学をしてから横浜に戻ります。

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平戸ツーデーウォーク・3

平戸ツーデーウォーク・3
本日は、平戸島のさらに西側の島、生月島を歩きます。平戸島から、さらに橋で結ばれています。
風の強い所と聞きましたが、今は、凪いでいます。天気ももちろん良し。
写真は平戸島と九州本土の間の海峡、潮がすごい速さで流れています。

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2010年9月25日 (土)

平戸ツーデーウォーク・2

平戸ツーデーウォーク・2
平戸ツーデーウォーク第一日目、20kmコースに参加しました。
平戸大橋を渡り、島をいったん出て、日本最西端の駅・たびら平戸口駅などを通過するコースです。最後に、再び平戸大橋を渡り、スタート地点 の平戸文化センターにゴールします。
正味21km強を3時間50分ほどで一気に歩ききりました。上には上がいますが、ぞれでも少し早過ぎました。もう少しゆったり風景を楽しむべきと反省。
昼食におにぎりと地元産品を食べてから、昨日見逃した旧跡を見学しました。
その後、他コースで歩けなかった風光明媚な場所に行きました。流石に自動車を利用しました。少し曇っていてクリアでなかったのが残念。周囲を海に囲まれた島を実感できました。写真は横浜に戻ってから。
添付写真はザビエル教会です。

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平戸ツーデーウォーク・1

長崎の平戸に来ています。25・26日のツーデーウォーク参加のためです。
昨日15時過ぎに到着、中心部を2時間ほど散歩しました。かって、世界への玄関であったことが、旧跡から感じられます。
また教会と寺院が隣合わせに位置しているところは、信仰の多様性の現れでしょうか。
神奈川県横須賀にある按針塚は墓と思っていましたが、終焉の地は平戸であり、墓も平戸にありました 。思いを新たにしました。
写真は、平戸大橋の夜明です。


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2010年9月23日 (木)

演劇:青年団第63回公演『砂と兵隊』

   作・演出 平田オリザ

   会場   こまばアゴラ劇場
   公演   2010年9月16日(木)~10月6日(水)、詳細要確認
   鑑賞   2010年9月23日 14:00~15:45(休憩なし)

 舞台上には砂が分厚く敷き詰められ、下手奥に向けて盛り上がっている。20分前開場で席に着くと、兵隊が下手の盛り上がりを超えて登場、匍匐前進で上手に消えていく。間をおいて何回か繰り返されるうちに開演。

 

 兵隊・西川が、腰高に軽機関銃を構え、腰を落としてゆっくりと、しかしリズミカルに進んで休憩する。遅れて兵隊・木下が到着。西川は、母から再婚するとの電話があったと世間話をする。やがて、兵隊・清水と津野、将校・岩本が到着し、ひとしきり世間話をしてから、匍匐にて再び前進する。

 兵隊たちは、下手の盛り上がりを乗り越えて登場、上手に消える基本パターンを、やや間を空けて繰り返す。

 これに絡むのが、現場を訪ねてくる妻、父と三姉妹の家族、新婚旅行中の夫婦。兵隊と同じように下手から登場して上手に消える。

 これに抗うように上手から下手に進むのは敵の兵隊・AとB。

 終演間際、西川が最初と同じように登場、遅れて木下が到着。西川は、父から犬を飼い始めたとの連絡があったと世間話をする。

 ホリゾントに「演劇は終了しました。退場して下さい」と投影されて終演。拍手するタイミングを逸した。直ぐに退場したが、どうも兵隊の前進は繰り返されていたようだ。

 

 不条理劇、一つ一つの出来事に辻褄が合う合わないを吟味するのも意味がない。しかし全体を通して浮かび上がるものがある。

 常動曲 (ヨハン・シュトラウス2世)は、繰返し演奏が可能で、終わり方も興味がある。FM放送で聴いたベーム・ウイーンフィルの日本公演は、ベームが日本語で「いつまでも」と言って終わらせた(古い話だ)。

 余計なことを書いたが、「砂と兵隊」は常動劇に分類して良いと思ったから。果てしなく繰り返される戦争を一般化する表現として有得る。

 様々な出来事は劇場化された戦争を思わせる。ミサイルが標的に向う映像を見る。夜空に飛び交う弾丸の軌跡も映像で見る。流出した重油にまみれた鳥の映像も見る。それらの映像は、戦争を自分には関係無い遠い世界の出来事と思わせる。

 兵隊と敵の兵隊と家族などが交錯する機会は少ない。最も接近するのは、新婚の夫を敵に撃ち殺された妻が、兵隊達に「戦いなさいよ」と叫ぶ場面、それさえ将校の「我々は行軍することが任務ですから」で急速に離れて、噛み合うことはない。

 5年ぶりの再演、初演を見ていないのが何とも残念。世界の、日本の、そして平田の5年間の変化が舞台に現れていたのだろうか。あるいは変化していないのだろうか。

 多くを観ていないが、過去の青年団の出し物とは趣向を異にしている。役者はいつものようにしっかりしている。多少とぼけた感じのある兵隊・西川役の石橋亜希子の雰囲気が、不条理感を高めている。

 小劇場だが満席、公演はまだ続きます。フランス語版も2公演あります。不条理劇は難しいように思いますが、余り気にしないで出かけてはいかがでしょうか。結果として残るものを大切にすれば良いと私は思います。
 私ももう一度出かけようかな。言葉は判らないけど、フランス語版も良さそうだな。

   (2010年9月23日記録)

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2010年9月22日 (水)

随想:季節外れですが「立春大吉」

 韓流時代劇「宮廷女官 チャングムの誓い」。日本ではNHK-BS2によって2004年10月から一年間に渡り放映されました。その後、NHK-BS2やNHK総合で再放送されました。当時は一部を見るに留まりましたが、断片的に見てもドラマとして面白いと思っていました。

 現在、「大長今-宮廷女官チャングムの誓い」としてノーカット(多分)で三話/週のペースでネット配信されています。今は時間も充分にあり、好きな時間に見られるので第1話から最新の第35話までを見続けています。字幕で吹替えではありませんから、宮廷韓国語(?)の響きも楽しんでいます。韓国語はわかりませんけれど。

 ここでドラマに触れるつもりはありません。第33話の残り34分を切ったところで「立春大吉」の貼付を見かけたので、そのことについてです。 

 

 2010年2月4日付けで「立春大吉」の一文をブログに掲載しました。概要は『立春の日の早朝、禅寺の門前に「立春大吉」と書いて張り出す、とのうろ覚えの知識を確かめるべく鎌倉に出かけましたが、見つかりませんでした』。

 2010年4月16日付けで「筑前の小京都・秋月(2)」の一文もブログに掲載しました。概要は『長生寺の山門を潜る時、右側の「立春大吉」の札に気付きました。左側には「鎮防火燭」の札が。これは知りませんでしたが、火難を防ぐ意で清明節に貼り付けるようです。山門だけでなく、本堂、庫裏にも掲げてありました』。

 きっかけが何であったか忘れましたが、「立春大吉」が気になっています。そして、「大長今-宮廷女官チャングムの誓い」に戻ります。キャプチャーした画面は次の通りです。場所は、宮廷の一部署の門、ドラマの時代設定は16世紀初頭のようです。
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 と言うことは、「立春大吉」の風習は朝鮮、恐らく中国渡来のものではないかと推測できます。急ぐこともないのですが、少しづつ明らかになれば自分としてはすっきりするのですが。

 

 これだけですが、漢字文化圏、共通する風習、中国、韓国、日本は近い国だとの思いが、改めて湧いてきます。紆余曲折しながらも、友好が強まる方向に進めば良いと思います。

   (2010年9月22日記録)

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路上観察:旧東海道徒歩の旅(2010年8月5日)

 旧東海道徒歩の旅、「大磯宿鴫立庵~箱根湯本猿沢石畳分岐」をホームページに掲載しました。興味あれば参照願います。

 旧東海道徒歩の旅は、区間を区切って少しづつ進んでいます。
 2010年7月20日に東京日本橋を出発、2010年8月11日に三島錦田一里塚に到着しています。その間の距離112Km、6日間を費やしています。

 記録整理が大分遅れてしまいましたが、残る「箱根八里」も整理を開始しています。それをを終えたら、三島錦田一里塚以降の旅を続けようと思います。しかし別用がありまして、9月は旧東海道徒歩の旅は一歩も進みそうにありません。10月になったら100Kmほど前進したいと思っていますが。

   (2010年9月21日記録)

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2010年9月20日 (月)

路上観察:黄金町バザール(2010年9月19日)

 横浜駅から京浜急行の下り普通電車に乗ると、二つ目の駅が日の出町、三つ目の駅が黄金町。

 日の出町駅と黄金町駅の間に点在した特殊飲食店(元違法風俗店)を芸術により浄化しようとする試みが数年前から展開されています。今では多くの特殊飲食店が立ち退き、空になり、作品展示空間あるいは作品の一部として利用されています。あるいは滞在型の制作活動が展開されています。

 普段でも一部の場所は様子を伺うことが可能ですが、黄金町バザールの期間(2010年9月10日から10月11日)は大々的に可能になります。詳しくは公式ホームページを参照願います。

 私は19日に、短時間でしたが一部を回りました。作者を丹念に確認しませんでしたが、恐らく未来の大家の作品あるいは習作でしょう。まだコンセプトが充分に伝わらない感じもしましたが、エネルギーは感じられました。

 時間を作って出かけてみませんか。現代美術の一端を垣間見ることができるかも知れません。

 黄金町駅附近の高架下にある黄金スタジオ内。左手に6部屋ほどあり、展示空間であったり、滞在制作が行われたりしています。中央の共有しペースでコンサートや講演会も行われます。
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 日の出町駅附近の高架下にある日の出スタジオ。美術関係の古書店などが入居しています。スタジオの前で路上コンサートも。手前は大岡川。背後に進むと伊勢崎町通り。黄金スタジオも外観は同様。
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 元特殊飲食店内の作品。
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 まだ残り期間がありますので、また出かけます。

    (2010年9月20日記録)

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2010年9月17日 (金)

路上観察:旧東海道徒歩の旅(2010年9月17日)

 旧東海道徒歩の旅、「藤沢宿伊勢山橋~大磯宿鴫立庵」をホームページに掲載しました。興味あれば参照願います。

 旧東海道徒歩の旅は、区間を区切って少しづつ進んでいます。
 2010年7月20日に東京日本橋を出発、2010年8月11日に三島錦田一里塚に到着しています。その間の距離112Km、6日間を費やしています。

 残る記録の整理を終えたら、三島錦田一里塚以降の旅を続けようと思います。歩きやすい気候にはなりますが、大分遠方になることと日の暮れも早くなりますので、そこそこに計画も練っておく必要がありそうです。

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2010年9月13日 (月)

路上観察:関内外OPEN!2(2010年9月12日)

 

 YCC(ヨコハマ創造都市センター)が 事務局となり、関内外に点在する多くのアーティスト・クリエイターの創作の場を探訪する企画で、今年で2回目だそうです。今年度は民間物件に入居し、横浜市、アーツコミッション・ヨコハマの助成制度を活用している方の創作の場が中心になっていたそうです。

 「関内外」の言葉はあまりこなれているとは思えませんが、横浜関内地区と関外地区の総称。本来は関門の内と外の意味、関門は伊勢佐木町の入口、今は首都高速道路上に架かる吉田橋に関門跡碑が建てられています。すなわち、横浜港から伊勢佐木町一帯ということです。(写真は吉田橋関門碑、写真の右側が関内、左側が関外)
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 「関内外OPEN!2」の企画全体については公式ホームページを参照ねがいます。
 前日の新聞で開催を知り、Webを検索して内容を知り、急遽参加しました。11日は用ありで、12日の「関外コース」に参加しました。所要4時間と他コースに比べて長時間のせいか、参加者は6名(前日は2名だったそうです)でした。

 関内外一帯を私は良く歩きますので、大雑把に何があるかの見当はつきます。しかし、この企画で訪問する創作の場は、個人事務所であったりして非公開の場所も多く、名前だけ知っている場所であったり、何回もその前を通っていても全く気付いていない場所だったり、それだけでも大変興味深い半日になりました。

 

 「関外コース」は桜木町・野毛・日の出町・黄金町、横浜の下町を辿ります。訪れた拠点は、YCC ~ BLROOM野毛Hana*Hana野毛マリヤビル長者町アートプラネット 黄金町バザール周辺のスタジオnitehi worksよこはまばし アートピクニックTOCO ~ 現地解散。

 メモを取りませんでしたので各拠点を詳しく説明できません。リンクを張りましたので興味あれば参照願います。一部気になった拠点を、補足しておきます。

 「BLROOM」は最初に訪れた拠点で興味津々ということもありました。国道16号と音楽通りの間の道から少し奥まった2階建て民家を改造しています。こんなところにという感じです。二階のアートマネージメントやキューレーション活動をしている方の部屋に「金氏徹平」の作品が展示されていました。(写真は金氏徹平作品)
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 「野毛Hana*Hana」に入居する団体の一つ「ザ・ダークルーム・インターナショナル」は貸し暗室、暗室に入れていただきましたが、何人かが焼き付けしていました。フィルムカメラの愛好家も少なくないのでしょう。他に有名人歌手のNPO事務所。

 「野毛マリヤビル」は大岡川に面したビル。3階以上が製作者が滞在する居室、屋上に昇り大岡川を高みから見下ろしましたが、この高さから見るのははじめて景色。

 「長者町アートプラネット」の直前は、風俗店だったそうです。

 「黄金町バザール周辺のスタジオ」である「西倉建築事務所」は、前回の横浜トリエンナーレの時、黄金町スタヂオ
だったと思います。

 「nitehi works」は、時々映画を見に行く「シネマ・ジャック&ベティー」の近所、出来て3ヶ月ほどだそうですが、何回か前を通っていますが、ぜんぜん気付きませんでした。元銀行、金庫なども展示スペースになっていて、今はカフェ&バー。(写真は全景、古い資料も残されていました)
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 「アートピクニックTOCO」は新聞でその存在は知っていました。これもこんな所に拠点がという感じ。(写真は全景、左手数10m先が横浜橋商店街)
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 「ZAIM」が閉鎖され、そこを活動拠点にしていた方はどうするかと思っていました。本日、訪れた拠点にも、ZAIMから移ってきた方たちがおりました。話を聴いていて、企業家精神が感じられる方も多かったです。芸術が純粋に保護されるばかりでもいけないと思いました。自ら切り拓くことが大事だろうと。

 私は何かを始められる年齢でもありませんが、若い人たちの活動から少しエネルギーを頂いたように思えます。少しばかり出来そうなことは、何か企画があればためらわずに参加することかな。

 

 案内して頂いたYCC事務局1名、インターンシップ2名の方、関係者の方、暑い最中のご苦労に心底謝意を表します。ありがとうございました。
 また、来年も参加させて頂くつもりですので、継続して頂きますようお願いもしておきます。

  (2010年9月13日記録)

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2010年9月12日 (日)

音楽:神奈川フィル第265回定期演奏会

  指揮  金聖響

  独奏  伊藤恵(pf)
      山本裕康(vc)
      柳瀬省太(va)

  演奏  神奈川フィルハーモニー管弦楽団

  曲目  ベートーヴェン :ピアノ協奏曲第4番ト長調
      ショパン    :別れの曲(ソロ・アンコール)
       (休憩)
      R.シュトラウス :交響詩「ドン・キホーテ」

  会場  横浜みなとみらいホール(1階29列24番)
  公演  2010年9月10日 19:00~20:55

 

 同音連打のピアノ独奏で始まります。ベートーヴェンらしからぬ静かな旋律、何がと突っ込まれて答えに困りまが。三楽章ではピアノとオーケストラの快活な協奏が展開しますけれど、とは言え全体的に静かな印象が残る曲です。静かで控えめな一・二楽章と、それに反して快活で弾むような三楽章の対比が聴き所でしょう。

 初めて聴く伊藤恵は、華麗な印象を持ち合わせていると感じました。それが一・二楽章のように静かで控えめな旋律を奏で、三楽章で開放されたように神フィルと対峙する。この曲を生演奏で聴くのは初めてですが、ピアノ独奏が強く印象に残りました。神フィルも、三楽章などとても神フィルらしかった。

 ソロ・アンコールに「ショパン・練習曲第三番『別れの曲』」。思い入れを強く感じました。こういう演奏に接するとソロ・コンサートにも出かけたくなります。腰が重くて機会がなかなか訪れませんが、いずれ。

 

 R.シュトラウスの音楽は録音でも殆ど聴いていません。初めて聴くに等しい。聴き終えて、もう暫らく脇に置いておこうと思いました。しかし、そのことと演奏は関係ありません。

 標題のとおり、ラ・マンチャの男「ドン・キホーテ」とその従者「サンチョ・パンサ」の物語です。そして、「ドン・キホーテ」をチェロが、「サンチョ・パンサ」をビオラが表現し、各々、神フィル主席の山本裕康と柳瀬省太が奏でます。

 ソロ・コンサート・マスターの石田泰尚のソロ、各パートのソロも多く、神フィルの総力を出し切った感じです。とても楽しい時間となりました。演奏を終えて金聖教が山本裕康とハグ、メンバーも讃えあって和やか雰囲気でした。

 残念だったのは自らの準備不足。物語の概要でも理解しておけばもっと楽しめたでしょう。公開リハーサルも三日のうち一日ぐらいは聴きに出かけたら、さらに楽しめたでしょう。いつも思うのですが、次の機会こそ。

 

 早くも来年の定期会員募集の案内が届いています。可能な限り継続するつもりですが、奮発してS席に変えようかな。今は一階の一番後ろ、A席ですが少し音が遠い感じがするので。

   (2010年9月12日記録)

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2010年9月11日 (土)

路上観察:東海道五十三次・藤沢宿(2010年9月7日)

 旧東海道五十三次を歩き通そうと思い、既に日本橋から三島宿近くまでを歩きました。近々、続きの三島宿以西を歩き始めようかと思っています。

 藤沢宿は試歩を含めて、過去に二回通過しています。しかし二回とも夕方近くの通過で、何となく薄い印象でした。そのような訳で、藤沢宿に焦点を絞って歩いてみました。

 経路は、小田急藤沢本町駅~上方見付跡~白旗神社~伝義経首塚~永勝寺(飯盛女の墓)~坂戸町問屋場跡~蒔田本陣跡~遊行寺(板割朝太郎墓、小栗判官・照手姫墓)~諏訪神社~小田急・JR藤沢駅。興味引かれるものが結構ありました。

 地図添付の関係でホームページに掲載しました。詳しくはそちらを参照願います。

   (2010年9月11日記録)

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2010年9月 9日 (木)

路上観察:利賀フェスティバル復路第2日目(2010年8月29日)

 四日市のビジネスホテルを出発して向った先は、岐阜県養老群養老町にある「心のテーマパーク 養老天命反転地」。

 今年5月に亡くなった荒川修作と、パートナーであるマドリン・ギンズの手になる実験的プロジェクト。怪我人続出の公園と言われたこともあったようです。それが証拠に(?)に、希望すればヘルメットと運動靴を貸し出してくれますし、監視員さんもいます。

 今回が2回目、5年振り。施設の傷みや汚れが進みました。しかし、樹木は成長して野性味を増したように思います。

 作者の意図は今回も判りませんでしたが、それなりに楽しみました。
 どのような公園か、到底、意を尽くした説明など出来ません。ちょっと気になった方は身を持って体験してみませんか。まあ、雰囲気を写真で説明しておきます。

 主となる施設を外側から撮影した写真。
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 前の写真で、人の居る辺りまで上って撮影した写真。左右、五分の一づつが切れている感じ。養老の山々が間近です。
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 前の写真で、外周を反時計回りに進んで、三つあるきのこ状の造形物のさらに右側から振り返って撮影した写真。濃尾平野が広がっています。
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 全体はすり鉢上ですが、結構急な斜面になっています。
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 すり鉢の外側に、岐阜県をテーマにした構造物 に、市郡名が記されています。地理的に北側は富山県に接しています。写真では左側になりますが、そこに利賀村の名前が記されています。
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 利賀フェスティバルに始めて出かけたのが1988年、夏は利賀が今に続いています。ただ途中の4年間ば出かけませんでした。プログラムの関係もあって行きそびれていました。その時にここへ来て、利賀村の名前を見つけ、また出かけようかと思った次第です。名古屋から南に下る海辺に単身赴任している時でした。

 

 このあと愛知トリエンナーレに向いました。半日で主として6箇所に分散する会場のうち、名古屋市美術館と愛知県芸術文化センターの作品を鑑賞しました。

 名古屋市美術館で印象に残った作品。
 塩田千春は、天井から下げた大きなワンピースにビニールチューブを縦横に這わせ、そこに血液を思わせる赤い液体を循環させるインスタレーション。2001年横浜トリエンナーレにおける大きなドレスに泥水を流し続けたインスタレーションを思い出します。
 島袋道浩は、映像を中心にした「きみは魚をさばけるか」。知多半島の先端にある篠島における生活記録。あまりにも日常の光景を記録に留めているので、かえって新鮮。魚だけに鮮度が第一、なんちゃって。

 愛知県芸術文化センターで印象に残った作品。
 草間弥生は、水玉に決まっているけど、どこで見かけても厭きさせない。存在感があります。
 蔡國強の大きな部屋の壁面に展示された火薬で描いた絵。ただ、思ったことは「文台降りれば反古なり」と言う芭蕉のことば。反古は言い過ぎかもしれませんが、火薬に火をつけて作品を作る製作過程こそ真の面白みを漂わせているのではないかと。
 宮永愛子は、初めて意識する作者。ナフタリンで身の回りの、例えば靴を模った作品群。靴の甲が磨りきれたように薄れているのはナフタリンが昇華しているからと思いましたが、何か儚なさを感じました。「この秋は何で年寄る雲に鳥 芭蕉」が思い浮かびました。

 都市型・郊外型の芸術祭が増えているように思いますが、どこでも作品展示されている作者がいます。ビッグネームではあるのですが、ここだけにしか作品展示しないという作者がいたら、万難を排してでも観に出かけるのですが(写真は撮影可の作品や移動中に。左から名古屋市美術館正面、白川公園、愛知県芸術センター正面および展示場入口)。
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 もう一泊して残る作品を見ようかとも思いましたが、興味が続いていれば、改めて来名することにして、横浜に戻ることにしました。
 4泊5日の利賀フェスティバルと往復路の旅もこれでお終い。また来年。

   (2010年9月9日記録)

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路上観察:利賀フェスティバル復路第1日目(2010年8月28日)

 利賀フェスティバルは2日間で5演目を鑑賞しました。例年、少なくとも3日間は滞在していたので、多少の物足りなさを感じながらも、09時頃に「また来年もお願いします」と言って民宿を出発。

 利賀から鈴鹿サーキットへ移動、14時過ぎに到着。
 目的は、自転車競技の祭典「シマノ鈴鹿ロード」、そのうちの一種目「2時間エンデューロ・ソロ」に息子がエントリーしたので、応援とTVでしか見たことのない鈴鹿サーキットを直に見るため。

 時間に余裕がありましたのでパドックをうろついたり、他種目を見学したり。とにかく自転車・自転車・自転車・・・。

 「2時間エンデューロ」は、フルコース・5.821Kmを使用しましたが、F1レースとは逆周り。スピードが出過ぎないように、直線が上りになっています。

 15時45分スタート。オートバイの先導で徐々にスピードを上げていきます。ソロの他に、2人・3人・・、レディースなどのクラスに1800組がエントリーしたので、最後尾がスタートラインを横切るまでに数分は掛かったでしょう。

 これだけの集団だと、いくら息子でもなかなか見分けられません。7・8週して集団がバラけてから、何となく見つかるようになりました。でも、双眼鏡を覗きながら確認していたら、見ている私が何となく気持ち悪くなりました。(写真は、スタート時の様子、直線出口附近(手前)と最終ラップでブリジストンコーナーを行く息子)
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 公式リザルトによれば、ソロ優勝は14ラップ・平均時速40.21Km。3位までが1秒以内ですから見事なものです。ただ、スタートから数週で周回遅れが出て、どこが先頭だか後尾だか判らなくなっていますので、優勝者のゴールの瞬間も判りませんでした。

 息子は優勝者から2ラップ遅れ、660人中の120番台で完走。競技経歴などない素人レーサーですから、まあまあ立派な成績です。陽が傾きだしてからのレースとは言え暑さの中で熱中症も心配しましたが、とにかく完走したのが何よりです。

 競技後に顔を合せて、私はレースを見ながら探したビジネスホテルへ。四日市泊。息子達も四日市泊だったようですが、それは後で知りました。

   (2010年9月8日記録)

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2010年9月 6日 (月)

路上観察:利賀フェスティバル往路第2日目(2010年8月26日)

 明けて、JR高岡駅の大伴家持像を改めて眺めました。
 少し離れてライトレール・万葉線の高岡駅前駅があります。かなり格好良い車両が走っています。これから紹介する高岡市万葉歴史館は、この沿線にあります。(写真は、JR高岡駅前の大伴家持像と高岡駅前駅直前の万葉線車両)
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 高岡市内を自動車で通り抜けたことが過去に何回かあります。その際、二上山ドライブウェイの案内を見かけたので、なぜここに二上山があるのか疑問に思っていました。思いは大和盆地の西にそびえる二上山に直結するからです。

 

高岡市万葉歴史館は、万葉集と万葉の時代を広く伝えるために設立されたようです。しかし展示の中心は、万葉集の代表的歌人であり、その掉尾を飾る大伴家持が、746年から約5年間、越中の国守として国庁が置かれた高岡在任中に残した220余首の和歌に付いてと感じました。家持の半生を映像等で紹介する家持劇場や企画展示、講座・公演や調査・研究・情報収集も行っているようです。(写真は高岡市万葉歴史館正面)
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 自動車に積んである自転車で附近を走ってみました。まずは越中国分寺跡を目指したのですが、畑仕事をしている年配の方に道を聴いたのですが、「国分寺跡、難しいね。何を見るの」「跡ですけど」「・・・」「それなら気多神社はどこですか」。

 

気多神社は立派な造りです。平安時代の頃から、社格が一国の首位という越中国唯一の名神大社だそうです。境内に大伴神社もありました。
 結局、国分寺跡は直ぐ近くにありました。簡単な案内があるだけで、細かくは判りませんでしたが、時の移ろいだけは感じました。(写真は、気多神社、大伴神社、国分寺跡)
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 この後は自動車で、勝興寺・越中国庁跡に向いました。
 勝興寺は巨大な寺院です。なぜ、ここにこのような巨大な寺院があるのか不思議に思えるほどです。疑問を抱いていれば、そのうち判ってくるでしょう。本尊前の左右一対の大ローソクが見もの。

 境内は、奈良時代に越中統治の国庁のあったところとされており、碑が建てられています。「海行かば 水漬く屍 山行かば 草生す屍」を含む長歌は、この地で詠まれたそうです。歌碑があったようですが、見落としました。(写真は、勝興寺本堂、堂内、越中国府跡碑)
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 このあと二上山ドライブウェイを走りました。頂上付近に大伴家持像がありました。また、見通しが利けば立山連峰の雄姿が見られる筈ですがガスに隠れていました。ドライブウェイを降りて、道路わきに自動車を停めて振り返えりましたが、あれが二上山かなと思えるものの、はっきりはしませんでした。(写真は、案内複写の立山遠望、大伴家持像、二上山遠望・恐らく中央から左にかけて)
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 金沢21世紀美術館に移動。既に会期終了ですけれど「ヤン・ファーブル×舟越桂展」、難しい企画点だけど深奥さを孕んでいて秀逸。

 死を感じさせながら生を、個体の生ではなく累代の生を、累代の生ではなく人類の営みを、そのようなことをひしひしと感じました。現代美術は今だから生まれたのではなく、過去があってこそ成り立っているようにも。

 繰り返し観ることができても、思いが大きく変化することはないでしょうけど、より緻密にはなりそうに思えました。実物ではありませんが、カタログを購入しましたので、これからじっくり眺めます。(写真は、タレルの部屋から見た金沢の空、順に2006年、2007年、2008年、2009年、2010年の8月のある日)
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 この後、利賀に向かい17時過ぎに到着。

   (2010年9月6日記録)

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2010年9月 5日 (日)

路上観察:利賀フェスティバル往路第1日目(2010年8月25日)

 横浜を自動車で朝出発すれば、夕方には利賀に到着します。しかし、ここ数年は、一・二泊の寄り道をしながら見聞(?)を広めています。

 今年は、入善発電所美術館・高岡泊・高岡市万葉歴史館・金沢21世紀美術館を経由して利賀に向いました。

 

 入善発電所美術館は、北陸自動車道入善スマートICを出たら10分ほどの距離。名前の通り、隣に新しい発電所が出来たことを契機にして、古い発電所の機器類を取り払って美術館にしたもの。産業現場の力強さを色濃く残しています。少し前の町長が、取り壊さないで美術館に転用したとか。調べもしていないのですが、素晴らしいアイディアの持ち主だと思っています。(写真は遠景(建屋は、手前が新発電所、奥が急発電所・発電所美術館)と発電所美術館全景(建屋は半分隠れており、上部は付帯施設・展望台))
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 今年の企画は、『ヤノベケンジ×ウルトラファクトリー「MYTHOS(ミュトス)」展』。6月19日から9月23日までの会期を序章・第一章「放電」・第二章「大洪水」・第三章「虹のふもとに」に分けて、異なるインスタレーションを展示。各章の間は公開制作。

 私の行った日は、第二章と第三章の間の公開制作中。それは知っていたのですが、それも良しと。天井から吊り下げた大きなベルのような作り物を揺らして調整しているところでした。

 アシスタントと思われる女性が、事務室に入れてビデヲや写真を見せてくれました。少しは話したのですが、「大洪水」を観た人は、驚くより度肝を抜かれたそうです。天井に大きなお釜のようなものが取り付けられていましたが、そこから5トンの水をぶちまけたそうです。各章を通せば、かって町民の家々に電力を供給した発電所へのオマージュになっていそうです。あるいは人類創生か。一通り観たい思いもしたのですが、横浜からはちょっと遠すぎます。

 30分ほど調整作業をみていたのですが、ヤノベケンジが自動車でやってきて、発電所内に入るところを見かけました。以前、豊田市美術館でジャイアント・トラヤンの調整しているときにも見かけましたので、すぐ判りました。
 途中道を間違えたりして時間がなくなってしまったのですが、もう少しゆっくり観ていたい気持ちのままに、暮れ行く発電所美術館を後にしました。

 

 本日の宿泊は高岡駅前。予約した部屋が鉄道趣味者、平たく言えば鉄ちゃん用サービスのある部屋だったので、JR高岡駅を見下ろせる部屋で、時刻表や電車の絵のついたキーホルダーなどが詰まった袋を頂きました。(写真はJR高岡駅前の大伴家持像)
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   (2010年9月5日記録)

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路上観察:旧東海道徒歩の旅(2010年9月5日)

 旧東海道徒歩の旅、「神奈川宿神奈川駅~藤沢宿伊勢山橋」をホームページに掲載しました。興味あれば参照願います。

 旧東海道徒歩の旅は、区間を区切って少しづつ進んでいます。
 2010年7月20日に東京日本橋を出発、2010年8月11日に三島錦田一里塚に到着しています。その間の距離112Km、6日間を費やしています。

 記録の整理が遅れていますが、残る区間もなるべく早く掲載します。なお三島錦田一里塚以降の旅を、そろそろ計画しようと思っていますす。

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2010年9月 2日 (木)

演劇:利賀フェスティバル2010・第二日目

 「SCOT Summer Season 2010」、「利賀フェスティバル」の方が通りが良いか。8月27日は「葵上」「風の歌が聴こえる」「ディオニュソス」の三公演を見聞きした。

 

1.池の下「葵上」

   演出     長野和文
   作      三島由紀夫

   出演     鬼頭理沙    六条康子
          深沢幸弘    若林光
          稲川美加    葵
          看護婦     飯田武

   会場     利賀山房
   公演     2010年8月27日

 2006年、利賀演出家コンクールで「犬神」を上演、優秀演出家賞を受賞、2007年に同作品を利賀フェスティバルにて上演。

 若林光の妻・葵が入院する病院。深夜、光が妻を見舞う。看護婦は、葵が夜な夜なうなされていること、頻繁に見舞いに来る女性がいることを告げる。そこへ、かっての光の恋人・六条康子が銀色の車に乗って現われる。康子は過去の愛を回想し、よりを戻そうと迫る。葵の様態が急変すると康子はいなくなる。光が自宅に電話すると、いないはずの康子が電話に出る。光は、夜な夜な見舞いに来る女性が康子の生霊と知る。そして光は・・・・。

 演劇と舞踏の融合を志す劇団。合掌作りの劇場・利賀山房は、観るに柱が視界を邪魔するが、かえって能舞台の各柱を連想させる。

 背中合せに置かれた椅子の奥のほうに、葵は背中を客席に向って座っている。腰まで届くかと思える長い髪が、手前の椅子に垂れている。ほとんど動きはないが、様態の急変を、頭が前に倒れる結果、髪の毛が徐々に引き上げられることで表現する。

 光は、禁欲的な動き・台詞回しで、二人の女性の間を揺れ動く気持ちを内に秘めている。康子は、光るとよりを戻そうとする年上の女性を、前に前に進んでいく台詞で表現する。

 全体的に大きな動きはなく、あたかも現代能的な雰囲気を感じさせた。淡々と演じられることが必須と思うこの演目は、演劇と舞踏の融合を目指すこの劇団に適している。
 この劇団はこれで二度目だが、様式美を前面に出すようなスタイルが特徴であり、成功していると感じた。興味深かった。

 

2.「風の歌が聴こえる」

   曲目   1.恨五百年        打楽器独奏
        2.散調          伽倻琴独奏
        3.ポリョム(執念)    伽倻琴+打楽器
        4.ペンノレ(舟歌)    長鼓・歌+打楽器
        5.密陽(ミリャン)アリラン 歌+打楽器

   演奏   池成子     伽倻琴・長鼓・歌
        高田みどり   打楽器(マリンバ)

   会場   利賀創造交流館
   公演   2010年8月26・27日

 伽倻琴(カヤグム)は韓国を代表する伝統楽器、片側を膝の上において奏する小型の琴。長鼓は鼓の大きなもので、撥で叩いて演奏する。

 歌を伴う 4.ペンノレ(舟歌)、5.密陽アリラン が高揚感を誘発して楽しかった。
 ペンノレは、魚を相手に暮らす漁師の一般の風俗を歌った民謡。密陽アリランは娘心の切なさと気高さを歌い、500年近くも民衆に愛され続けている大衆的、伝統的民謡の代表格。だそうである。

 韓国語で歌われる歌詞の意味は判らないけれど、歌唱は素朴で情感は伝わってくる。思わず足踏みしたくなる思い。特に 5.密陽アリラン は仕草も加わって、会場全体がクレッシェンドしていく様子。

 前半の三曲はやや単調に思えた。くり返し聞くと良さが判ってくるかも知れないが。伽倻琴は12弦(?)の旋律楽器ではあるが、どちらかと言えば伴奏楽器ではないか。もっとも独奏楽器だとしても、現代楽曲のように軽快に演奏されるものでもないだろうが。打楽器との組み合わせも地味な感じがした。

 とにかく尻上がりに高揚してくる気持ち、異国、特に身近な韓国の伝統音楽もまた良いものだ。若い頃は言葉がわからないのになどと思うこともあったが、言葉がわからなくても伝わるものがあると思うようになった。多少は成長したのか。

 

3.SOT「酒神 ディオニュソス」

   演出     鈴木忠志
   原作     エウリピデス

   出演     新堀清純    テーバイの王・ペンテウス
          内藤千恵子   ペンテウスの母・アガウエ
          蔦森皓佑    ペンテウスの祖父・カドモス
          竹森陽一、他4 ディオニュソス教の僧侶
          高野綾、他2  ディオニュソス教の信女

   会場     新利賀山房
   公演     2010年8月27・28日

 酒の神ディオニュソスがテーバイの町にやってくる。だがテーバイの王ペンテウスはディオニュソスを神と認めない。そこでディオニュソスは、ペンテウスの母親をはじめとしてテーバイの女たちを自らの教えに帰依させ、山に集めてしまう。ディオニュソスの教えがテーバイの市民を浸透するのを恐れたペンテウスは、ディオニュソスを捕らえようと女に扮して山に出かけるが・・・・。

 SCOTを代表する演目。既に何回も観ているが、新利賀山房において上演されるのを観るのは初めて。かなり舞台が狭いと感じた。それにしても、緊張感を持って演じられるていた。くり返し演じられる演目も良いものだ。

 

 それにしても役者の層が薄くなってはいないか。新堀清純が昨日の「新・帰ってきた日本」、「ディオニュソス」、「シラノ・ド・ベルュジュラック(多分)」が、主役あるいは主役級で出ずっぱりである。新堀は二十年ほど観ていて、重厚さも感じるようになってきた。しかしそれ以上のベテランはともかく、同年代あるいは続く年代がどうなっているのだろうか。

 都合により二日間の観劇だったが、物足りなさを感じた。最低三日間は欲しいところだが、ただ、演目に新鮮味が不足するのも確か。三日でも四日でも、客を引き付けるプログラムを来年は期待したい。

   (2010年9月2日記録)

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