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2010年9月23日 (木)

演劇:青年団第63回公演『砂と兵隊』

   作・演出 平田オリザ

   会場   こまばアゴラ劇場
   公演   2010年9月16日(木)~10月6日(水)、詳細要確認
   鑑賞   2010年9月23日 14:00~15:45(休憩なし)

 舞台上には砂が分厚く敷き詰められ、下手奥に向けて盛り上がっている。20分前開場で席に着くと、兵隊が下手の盛り上がりを超えて登場、匍匐前進で上手に消えていく。間をおいて何回か繰り返されるうちに開演。

 

 兵隊・西川が、腰高に軽機関銃を構え、腰を落としてゆっくりと、しかしリズミカルに進んで休憩する。遅れて兵隊・木下が到着。西川は、母から再婚するとの電話があったと世間話をする。やがて、兵隊・清水と津野、将校・岩本が到着し、ひとしきり世間話をしてから、匍匐にて再び前進する。

 兵隊たちは、下手の盛り上がりを乗り越えて登場、上手に消える基本パターンを、やや間を空けて繰り返す。

 これに絡むのが、現場を訪ねてくる妻、父と三姉妹の家族、新婚旅行中の夫婦。兵隊と同じように下手から登場して上手に消える。

 これに抗うように上手から下手に進むのは敵の兵隊・AとB。

 終演間際、西川が最初と同じように登場、遅れて木下が到着。西川は、父から犬を飼い始めたとの連絡があったと世間話をする。

 ホリゾントに「演劇は終了しました。退場して下さい」と投影されて終演。拍手するタイミングを逸した。直ぐに退場したが、どうも兵隊の前進は繰り返されていたようだ。

 

 不条理劇、一つ一つの出来事に辻褄が合う合わないを吟味するのも意味がない。しかし全体を通して浮かび上がるものがある。

 常動曲 (ヨハン・シュトラウス2世)は、繰返し演奏が可能で、終わり方も興味がある。FM放送で聴いたベーム・ウイーンフィルの日本公演は、ベームが日本語で「いつまでも」と言って終わらせた(古い話だ)。

 余計なことを書いたが、「砂と兵隊」は常動劇に分類して良いと思ったから。果てしなく繰り返される戦争を一般化する表現として有得る。

 様々な出来事は劇場化された戦争を思わせる。ミサイルが標的に向う映像を見る。夜空に飛び交う弾丸の軌跡も映像で見る。流出した重油にまみれた鳥の映像も見る。それらの映像は、戦争を自分には関係無い遠い世界の出来事と思わせる。

 兵隊と敵の兵隊と家族などが交錯する機会は少ない。最も接近するのは、新婚の夫を敵に撃ち殺された妻が、兵隊達に「戦いなさいよ」と叫ぶ場面、それさえ将校の「我々は行軍することが任務ですから」で急速に離れて、噛み合うことはない。

 5年ぶりの再演、初演を見ていないのが何とも残念。世界の、日本の、そして平田の5年間の変化が舞台に現れていたのだろうか。あるいは変化していないのだろうか。

 多くを観ていないが、過去の青年団の出し物とは趣向を異にしている。役者はいつものようにしっかりしている。多少とぼけた感じのある兵隊・西川役の石橋亜希子の雰囲気が、不条理感を高めている。

 小劇場だが満席、公演はまだ続きます。フランス語版も2公演あります。不条理劇は難しいように思いますが、余り気にしないで出かけてはいかがでしょうか。結果として残るものを大切にすれば良いと私は思います。
 私ももう一度出かけようかな。言葉は判らないけど、フランス語版も良さそうだな。

   (2010年9月23日記録)

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