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2010年9月 6日 (月)

路上観察:利賀フェスティバル往路第2日目(2010年8月26日)

 明けて、JR高岡駅の大伴家持像を改めて眺めました。
 少し離れてライトレール・万葉線の高岡駅前駅があります。かなり格好良い車両が走っています。これから紹介する高岡市万葉歴史館は、この沿線にあります。(写真は、JR高岡駅前の大伴家持像と高岡駅前駅直前の万葉線車両)
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 高岡市内を自動車で通り抜けたことが過去に何回かあります。その際、二上山ドライブウェイの案内を見かけたので、なぜここに二上山があるのか疑問に思っていました。思いは大和盆地の西にそびえる二上山に直結するからです。

 

高岡市万葉歴史館は、万葉集と万葉の時代を広く伝えるために設立されたようです。しかし展示の中心は、万葉集の代表的歌人であり、その掉尾を飾る大伴家持が、746年から約5年間、越中の国守として国庁が置かれた高岡在任中に残した220余首の和歌に付いてと感じました。家持の半生を映像等で紹介する家持劇場や企画展示、講座・公演や調査・研究・情報収集も行っているようです。(写真は高岡市万葉歴史館正面)
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 自動車に積んである自転車で附近を走ってみました。まずは越中国分寺跡を目指したのですが、畑仕事をしている年配の方に道を聴いたのですが、「国分寺跡、難しいね。何を見るの」「跡ですけど」「・・・」「それなら気多神社はどこですか」。

 

気多神社は立派な造りです。平安時代の頃から、社格が一国の首位という越中国唯一の名神大社だそうです。境内に大伴神社もありました。
 結局、国分寺跡は直ぐ近くにありました。簡単な案内があるだけで、細かくは判りませんでしたが、時の移ろいだけは感じました。(写真は、気多神社、大伴神社、国分寺跡)
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 この後は自動車で、勝興寺・越中国庁跡に向いました。
 勝興寺は巨大な寺院です。なぜ、ここにこのような巨大な寺院があるのか不思議に思えるほどです。疑問を抱いていれば、そのうち判ってくるでしょう。本尊前の左右一対の大ローソクが見もの。

 境内は、奈良時代に越中統治の国庁のあったところとされており、碑が建てられています。「海行かば 水漬く屍 山行かば 草生す屍」を含む長歌は、この地で詠まれたそうです。歌碑があったようですが、見落としました。(写真は、勝興寺本堂、堂内、越中国府跡碑)
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 このあと二上山ドライブウェイを走りました。頂上付近に大伴家持像がありました。また、見通しが利けば立山連峰の雄姿が見られる筈ですがガスに隠れていました。ドライブウェイを降りて、道路わきに自動車を停めて振り返えりましたが、あれが二上山かなと思えるものの、はっきりはしませんでした。(写真は、案内複写の立山遠望、大伴家持像、二上山遠望・恐らく中央から左にかけて)
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 金沢21世紀美術館に移動。既に会期終了ですけれど「ヤン・ファーブル×舟越桂展」、難しい企画点だけど深奥さを孕んでいて秀逸。

 死を感じさせながら生を、個体の生ではなく累代の生を、累代の生ではなく人類の営みを、そのようなことをひしひしと感じました。現代美術は今だから生まれたのではなく、過去があってこそ成り立っているようにも。

 繰り返し観ることができても、思いが大きく変化することはないでしょうけど、より緻密にはなりそうに思えました。実物ではありませんが、カタログを購入しましたので、これからじっくり眺めます。(写真は、タレルの部屋から見た金沢の空、順に2006年、2007年、2008年、2009年、2010年の8月のある日)
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 この後、利賀に向かい17時過ぎに到着。

   (2010年9月6日記録)

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