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2010年8月

2010年8月31日 (火)

演劇:利賀フェスティバル2010・第一日目

 「SCOT Summer Season 2010」、「利賀フェスティバル」の方が通りが良いか。8月26日は「新・帰ってきた日本」「授業」の二公演を観た。

 

1.SCOT「前衛漫画劇 新・帰ってきた日本」

   構成・演出  鈴木忠志

   出演     斉藤真紀    患者1・日本の母親
          植田大介    患者2・日本の落ちこぼれ
          大久保美智子  患者3・任侠研究家
          新堀清純    患者4・中国の渡世人
          塩原充知    患者5・韓国の渡世人  他

   会場     新利賀山房
   公演     2010年8月21・26・27・28日

 狂気の下で演じられる侠気。長谷川伸・沓掛時次郎が底流。演出ノートはここ

 「これが大根おろし。これが人参おろし。大根おろしを人参おろしに混ぜると、紅葉おろし(笑)」、言い回しは多少違うかも知れないが、こんな出だしである。この後、紅葉おろしには栄養がない云々。

 出だしのねちっこい言葉のやり取りは鈴木忠志の得意とするところ。役者がペンギンのように小刻みに足を動かして移動する様は笑いを誘う。しかし、全体に理解は進まなかった。

 舞台が病院であり、登場人物は患者である。この設定は多くの鈴木忠志演劇に共通する。しかし、日本の母親、日本の落ちこぼれはともかく、中国の渡世人・韓国の渡世人。以下、モンゴル・ベトナム・インド、そして朝鮮の将軍。

 日本の落ちこぼれと義理を重んじる中国の渡世人が、切りあいを数回繰り返す。音楽で言えば変奏。

 全体を支配するものが何か、考えてもそんなもの判るわけない。元首相だってそれですませたことがある。まあ前衛漫画劇なので、判ろうとしても無駄かも知れない。再演、再々演されるだろうから、観ていればいずれ少しは判るだろう。そう思って利賀に何回通ったことか。

 

2.百景社「授業」

   演出     志賀亮史
   作      ウージェーヌ・イヨネスコ

   出演     村上厚二    教授
          山本晃子    若い女性と
          鬼頭愛・栗山辰徳・梅原愛子・国末武  女中

   会場     野外特設・岩舞台
   公演     2010年8月26日

 志賀亮史は2009年、イヨネスコ作「授業」で利賀演劇人コンクール優秀演劇賞(演出)を受賞。

 イヨネスコの不条理劇。教授のもとに若い女性が訪れ、個人授業を受ける。初めは熱心に授業が続いている。時間が過ぎて、若い女性は歯の痛みを訴える。徐々にひどくなる様子。それに関わらず、教授の授業は科目も変わり、急速に難解になっていく。まるで若い女性を屈服させるように。

 舞台は暗転しないが、舞台前面を幕で覆う。野外では、月が出ていれば暗転は不可能だから。って、それは私の思い。

 そして幕に血しぶきが飛び散り、幕が外されると、そこには全裸で殺されている教授が横たわっている。

 全体に快いテンポで、軽やかな演技は、不条理劇であることを忘れそうになる。別に重々しく演じることが必須でもない。しかし、教授はなぜ殺されてしまうのか。

 原作と異なる点が二つ。一つは、原作で独りの女中が四人いること。一つは、原作は若い女性が殺されること。

 四人の女中は出演者を増やすためかも知れない。しかし、壁に耳あり障子に目ありの意図が感じられる。密室の中の出来事などないと言うように。そう言えば、時々、女中が教授に授業の進め方を注意したりする。

 教授殺されてしまう動機が何か。若い女性が歯の痛みを訴えるにも関わらず授業が継続することへの逆切れか。

 原作では若い女性が殺されるので、意味は全く異なる。授業に持ち出したナイフが重要なポイント。女中の、これで40回目ですとの台詞が重い意味を秘めているのだろう。

 不条理劇の結末を変えて不条理劇になっているか、それが気になるけれど、「新・帰ってきた日本」を見た後だけに軽やかさが何とも心地良かった。

 写真は冒頭場面、写真を撮ったら電源を切るようにと。サービス精神を含んで、しゃれた案内になっていた。
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   (2010年8月31日記録)

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随想:民主党代表選に関する雑感

 五日ばかり旅行している間に、小沢前幹事長の民主党代表選立候補が伝えられていた。

 本日(8月31日)の朝日新聞・朝刊は、「首相、挙党態勢に同意 きょう小沢氏と会談 民主党代表選」との見出し記事がトップである。そこには、菅首相が両者対立による代表選の回避を願望するような雰囲気が漂っている。

 しかし、小沢一郎前幹事長が立候補を明言した以上は、少なくとも菅首相との代表選が実施されて当然である。それがルールだ。あくまでもルールなのだ。

 代表選を回避したうえでの挙党態勢など信じない。代表選の結果により民主党が分裂するなら、それも仕方ないだろう。しかし、代表選による結果を乗り越えることこそ、挙党態勢というものだ。

 談合により代表選を回避するならば、早晩、民主党の退潮に繋がるように思える。なぜならば、古い政治体制への回帰であり、これから先の期待を一気に萎ませるからである。先の衆議院選挙結果への冒涜でもあろう。

 党員でもサポータでもない私に投票行動は関係ないが、投票結果が首相に直結する訳だから、あくまでもルールに基づく判りやすい代表選が実施されることを期待する。

 

 ところでマスメディアの言う世論は、小沢前幹事長の政治資金規正法違反事件、元秘書ら3人が逮捕・起訴され、本人の事件関与の有無が問わていることを問題視する。

 しかし世論以前に、政治資金規正法違反事件の実体とは何か。これがさっぱり判らない。ざっとだがネットメディアを見ていると、事件形成の要件などないとの論調もある。

 事実を探求することは実に困難なものだ。事実探求をおろそかにし、あるいは心象膨大な論調でマスメディアが世論を喚起するとしたら、それは真っ当な世論とは言えない。

 マスメディアは事実と意見を明確に分離した記事を心がけているだろうが、さらに心がけて欲しいものだ。マスメディアに流れたと言われる官房機密費問題など、自らに痛みが生じるかも知れないことに目をつぶってもいけない。それでこそ、記事への信頼が得られるというものだ。

 

 ルールに基づき民主党代表選は実施されるべきだ。
 それが公正に実施されるよう、マスメディアは恣意的な論調を避けるべきだ。
 ネットメディアは、取材上の制約など困難も多々あるだろうが、しがらみのない記事をこれからも期待する。

   (2010年8月31日記録)

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2010年8月29日 (日)

愛知芸術文化センター

愛知芸術文化センター
愛知トリエンナーレ会場の一つ。正面に水玉模様の自動車。どこにいっても草間弥生の存在感は確か。場内にも。
サイコッキョウ、火薬で描いた絵。大作だけど、映像記録で見る製作過程の方がより面白そう。「文台降りれば反故なり」との俳聖の言葉を思い出す。まあ、製作過程の方を見たいものだ。
他に一人、興味を持った。名前失念、自宅に戻ってからしらべる。
今日は二会場しか見られなかったが、自宅に戻ることにした 。チャンスがあればまた出かけたい 。

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名古屋市美術館

名古屋市美術館

愛知トリエンナーレ会場の一つ。
塩田千春、面白し。ただし、あちらこちらで観るから新鮮味に乏しい。
島袋道造、「きみは魚をさばけるか」。影像だけど、日常を記録していて、反って新鮮。
写真は、美術館正面。

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養老天命反転地

養老天命半天地
昨晩は四日市泊。今朝移動して、現在は養老天命半天地。荒川周作の大いなる遺産。それにしても、はなはだ暑し。

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2010年8月28日 (土)

シマノ鈴鹿ライド・2

シマノ鈴鹿ライド・2
遅くなりました。撤収やら、ホテル探しなどしていました。
さて、2時間エンデューロは予定どうり終了。2ラップほどするうちに集団はばらけて、鈴鹿サーキットのフルコース全面がフランスデモ状態に。確か2000組が出場したのですから。という訳で息子の確認もままならず。13ラップしたとの事ですが、5ラップ程しか気付きませんでした。
写真は女子ペアの表彰式。チャリ女も大勢いました。

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シマノ鈴鹿ライド

シマノ鈴鹿ライド
鈴鹿サーキットにいます。シマノ鈴鹿ライド、観戦中。皆さん、カッコ良い。
15:45からの2時間ファンライドに、息子がエントリー。陽は傾くであろうが、サーキット上はかなり暑い。
写真は前のプログラム、チーム戦のよう。

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蕎麦の花

蕎麦の花
利賀に入って気付いたのですが、蕎麦の畑が増えているように思えます。稲作の手が無くなったのではないか。限界集落は一年過ぎると何かしら変わっている。

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利賀をでます

利賀をでます
今夜、野外劇場での公演があるけど、一足早く利賀をでます。
利賀は今日も上機嫌、夕方の降水確立50パーセントですけど。
行く先は鈴鹿、何があるかは追って。

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2010年8月27日 (金)

利賀フェスティバル会場・3

利賀フェスティバル会場・3
利賀フェスティバル会場の遠景です。中央やや左手に三角屋根がみえます。
ひょうこう700m、昨晩は肌寒さを感じました。昼間は横浜より多少涼しい程度です。

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利賀フェスティバル会場・2

利賀フェスティバル会場・2
ギリシャ風野外劇場と合掌造り劇場・利賀山房。三角屋根が入り口で左側に劇場がある。

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利賀フェスティバル会場・1

利賀フェスティバル会場・1

昨夜観た演劇二本の会場。手前の岩のあるところが特設野外劇場、後方が合掌造りの劇場・新利賀山房。

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2010年8月26日 (木)

利賀フェスティバル会場到着

利賀フェスティバル会場到着
17時30分頃、利賀芸術公園、利賀フェスティバル会場に到着 。写真の三角屋根はスタディオ、ここも演劇会場の一つ。この奥一帯に野外劇場や合掌劇場がある。
宿泊する民宿はもう少し奥(写真では右手方向)。圏外になるので今まで送信できず。今は、一つ演劇を観て休憩中。21時からもう一つ。特設野外劇場だが星空。来る時に雨が降ったけど、大丈夫そう。利賀は雨具必携。

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金沢21世紀美術館

金沢21世紀美術館
「ヤン・ファーブル×舟越桂」展。死の前提としての生、生の行き着くところとしての死。最近,良く考えること。だからと言って、特別なことをする訳でもないが。良い企画展だと思う。

これから利賀に向かう。雷が聞こえる。

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大伴家持像

大伴家持像
高岡市の二上山頂上付近にあります。
大和の二上山は自らの足で登るしかありませんが、ここはドライブウェイが通じています。

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高岡万葉歴史館

高岡万葉歴史館
富山県高岡市の万葉歴史館。越中之守・大伴家持の全貌が展示されています。

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2010年8月25日 (水)

JR高岡駅前の大伴家持像

JR高岡駅前の大伴家持像
万葉集の棹尾を飾るのが大伴家持の「新しき年の始めの初春の 今日降る雪のいやしけ吉事」。新年を寿ぐようでいて、大いなる寂しさを感じるのは私だけか。
それはさておき、家持は五年程を越中守として赴任している。それを記念してか、JR高岡駅前に像が建立されている。
今まで高岡は素通りばかり、明日は万葉故地を訪ねようと思っている。

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入善発電所美術館

入善発電所美術館
ヤノベケンジ×ウルトラファクトリー「MYTHOS」展の公開製作中。本番は見られず、残念。

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利賀フェスティバルに向け移動中

利賀フェスティバルに向け移動中
寄り道しながら利賀フェスティバルに向かいます。ただいま横川サービスエリア、昼食に峠の釜飯を食す。素朴にして美味。

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2010年8月24日 (火)

映画;キャタピラー(2010年作品)

出演    寺島しのぶ  黒川シゲ子
      大西信満   黒川久蔵  、他

製作・監督 若松孝二

参考サイト 「キャタピラー」公式HP

場所    シネマ ジャック&ベッティ
鑑賞    2010年8月23日

 

 主演の寺島しのぶが、2010年ベルリン国際映画祭コンペティション部門において銀熊賞最優秀女優賞を受賞した話題作です。ウィークデーの12時上映に出かけましたが、客席数138の2/3ほどが埋まっていました。通常は10~20ほどしか埋まっていないのですが。次の回を待っている人もかなりいました。

 寺島しのぶ主演の映画を観るのは二回目、最初は「赤目四十八滝心中未遂」、その時も特殊な環境にいる女性を熱演しましたが、若さを前面に出して乗り切れるように感じました。今回も特殊な環境にいる女性を演じていますが、内面的な感情まで表出してはるかに上手いと感じました。
 まあ、寺島しのぶの演技についてとやかくいう必要はないでしょう。世界に認められたのですから。

 戦争を後方支援と細分して肯定する傾向があります。この映画を観れば、銃後という後方支援よりもはるか後方にも戦争の爪あとが及ぶことをひしひしと感じます。若松孝二は、記録映像は用いているものの、戦闘場面を描くこと無しに戦争反対を明確に主張しています。いかなる戦争も許されないとのメッセージは鮮明です。

 ただし、私は戦争直後の世代ですから状況が判らないことはありませんけど、若い世代はどうなのでしょうか。判らなければいけないと思いますが、判らなかったとしても若い世代のせいではありません。そういうことを伝える環境はあるのか。そのような思いは抱きました。この映画と直接は関係ないことなのですが。

 以下、内容に触れます。承知おき下さい。

 
 
 
 
 
 
 
 

 先のアジア・太平洋戦争、国家のために招集された黒川久蔵は盛大な見送利の中、勇ましく出征する。しかし、戦争も終わらないうちに故郷に返された久蔵は、顔面が焼けただれ、四肢を失い、言葉も失っていた。

 久蔵は村人ばかりでなく、親からも奇異な目で見られながらも、「生ける軍神」として祀りあげられる。

 それでも久蔵は、自分を讃えた新聞記事の切抜きや勲章を誇りとしている。そして、食欲と性欲は旺盛だ。シゲ子は戸惑いながらも妻として健気に尽くす。それだけでなく、周囲に対して「軍神の妻」を誇示するようになる。

 やがてシゲ子は、このような状況に拠所のない虚しさを感じるようになる。久蔵は戦場における殺戮の光景が蘇り、性欲も萎える。シゲ子は、かって子供ができないことを理由に久蔵から暴力を振るわれた記憶が蘇たことも加わって、久蔵にきつく当たる。そして国にために命を捧げることへの疑いを抱くようになる。

 戦局は悪化をたどり、1945年8月15日12時玉音放送。
 シゲ子は近寄ってきた知的障害のあるクマにつられて、戦争の終わったことに心から万歳と叫ぶ。久蔵は全身を使って芋虫のように這いずり、家の中から外へ。

 敗戦は、現人神を人間天皇へ、生きる軍神を身体障害を負った普通の人間に変えた。そして、身体障害を負った普通の人間は這いずって、自ら溜池に落ち込んで命果てる。戦争が終わったことを理解したからか。戦争が終わって軍神と言う唯一の心の拠所さえ失くしてしまったからか。

   (2010年8月24日記録)

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2010年8月22日 (日)

路上観察:奥久慈方面ドライブ(2010年8月20・21日)

 思い立って一泊のドライブをしました。前々日に宿探し、目的地を奥久慈方面としました。横浜起点、東京を抜けなければなりませんが、距離的には片道200Kmほどです。

 第一日目は西山荘・竜神大吊橋・袋田の滝。第二日目は常陸大子の観光やな・笠間稲荷・笠間日動美術館・春風万里荘・笠間芸術の森公園を巡りました。

 

 東京を抜けるのに多少の渋滞に巻き込まれました。建設中のスカイツリーの脇を通り、ちらっと見ましたが、真下でないのでそれほど高い印象は受けませんでした。現在400m過ぎでしょうか、あと200m。

 西山荘は、水戸黄門こと水戸藩2代藩主徳川光圀の隠居所。ここで「大日本史編纂事業」などを手がけたそうです。最初の建物は野火により焼失、2年後に8代藩主齊脩が1/3ほどに規模を縮小して再建し、今に至るそうです。知的所有権遵守のため、受付の外からと案内のみを掲載します。
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 竜神大吊橋は、常陸太田市の竜神川をせき止めた竜神ダムの上に架けられた吊橋。歩行者専用で長さ375mは本州一だそうです。行って戻ってくるだけ、向こう岸にあるのはハイキングコースだけ。私たちもそうですが観光客は多いようです。でもダム湖上とはいえ、自然の中にこれだけの大規模建造物を作ることに、いささか疑問を抱きました。町興しにはなっているようですが。
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 袋田の滝は日本三大名瀑の一つ、四段になって水は落ちるというより岩肌を滑るようです。白布をさらしているようで実に美しい。上下二ヶ所の観瀑台からも、一目で全体を見渡すことはできないようで、上部・下部を分けて見ます。一目で見られたら圧巻だと思い、それが残念。
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 第一日目は袋田の滝近くに宿泊。

 常陸大子の観光やなは、宿から近く、観る機会も少ないので寄りました。暫らく見ていましたが鮎はかかりませんでした。今の時期は無理なのでしょうか。釣りの競技会をやっているようで、多くの釣り人が川に入っていました。
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 笠間稲荷は、思っていたより境内は狭いものでしたが、本殿などは立派です。門前町もあって、大いなる信仰を集めていることが感じられました。
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 笠間日動美術館は、東京・銀座の日動画廊創業者、長谷川仁・林子夫妻により創設されています。私は三十年ぶりの再訪。当時の記憶は定かでありませんが、船越保武の彫塑・原の城と画家から創設者に贈られた使いかけのパレット展示が強く印象に残っています。今回もそれらを観ることができました。
 企画展は岩合光昭写真展、貴重な動物写真が展示されています。写真に添えられたB.T.グリーブのキャプションが、私の感性に合いませんでした。所々しか読みませんでしたけれど。
 写真は彫刻広場と船越保武・原の城。
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 春風万里荘は、北鎌倉にあった北大路魯山人のアトリエを移築したもの。その前は厚木市近郊にあった、江戸時代初期の民家だそうです。笠間日動美術館の分館。ここも再訪。
 魯山人の手になる調度等もあり、魯山人に興味ある方は、近くに出かける時は足を延ばしたら楽しめると思います。
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 笠間芸術の森公園は、陶芸美術館を含む陶芸関係の施設や、野外ステージ、水辺の広場、あそびの杜などで構成される大きな公園です。市民の憩いの場なのでしょう。広くて全部を回れませんので、焼き物を展示販売する店など一部を覗いただけです。三十年前にここで購入したご飯茶碗風の器が壊れずに、まだ自宅にあります。
 写真は、公園内にある登り窯。陶芸講座などの作品を焼くようです。それにしては立派な登り窯です。
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 帰りは渋滞もほとんどなく、明るいうちに戻りました。一日目の途中でネズミ捕りがありましたけど、のんびり走っているので引っかかることもありません。一泊だとのんびりとはいきませんけど、気分転換にはなりました。最近は自動車を運転する機会も減りましたが、たまにドライブも良いものです。

  (2010年8月22日記録)

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2010年8月20日 (金)

残暑お見舞

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 日本三名瀑の一つ、袋田の滝です。

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2010年8月19日 (木)

路上観察:旧東海道徒歩の旅(2010年8月19日)

 旧東海道徒歩の旅、「六郷橋北詰~神奈川宿神奈川駅」をホームページに掲載しました。興味あれば参照願います。

 旧東海道徒歩の旅は、区間を区切って少しづつ進んでいます。
 2010年7月20日に東京日本橋を出発、2010年8月11日に三島錦田一里塚に到着しています。その間の距離112Km、6日間を費やしています。

 記録の整理が遅れていますが、残る区間もなるべく早く掲載します。 なお三島錦田一里塚以降の旅は、9月に入ってから続ける予定です。

   (2010年8月19日記録)

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2010年8月16日 (月)

随想:朝日新聞2008年8月16日社説について

 朝日新聞2008年8月16日社説「党首選のあり方―政権交代時代にあわない」について、感じたところをまとめた。

 

 こちらはリンク、念のため全文引用させていただく。、

--- 以下、引用開始 ---------------

党首選のあり方―政権交代時代にあわない

 民主党の代表選が9月に行われる。目前に迫ってくる前に、党首の選び方のそもそも論を考えておきたい。

 今回の民主党代表選になにか釈然としない思いを抱く人も少なくないと思う。疑問は大きく二つあるだろう。

 仮に菅直人首相が敗れれば、新代表が首相になる。毎年のように首相が代わったあげく、今度は3カ月でお払い箱か。こんなに短命政権続きで日本は大丈夫か。それが、疑問の第一だ。

 次に、菅氏は先の参院選で自民党に敗北しても首相を辞めなかったのに、なぜ一政党内の手続きにすぎない投票の結果次第で首相を辞めなければならないのか。それが第二の疑問だ。

 むろん9月の代表選は公明正大にやってもらおう。それとは切り離して、今後の党首選のあるべき姿を今から議論しておくことは有益だと考える。

 日本の首相は大変である。政権を維持するのに乗り越えなければならないハードルが実に多い。政権選択がかかる総選挙、中間評価としての参院選、それに加えて党首選も、だ。どれも、しくじったら退陣に追い込まれかねない正念場である。

 永田町の抗争局面である「政局」がほとんど毎年のように首相を脅かす。これでは内政外交の重要課題に腰を据えて取り組むどころではない。

 代表選をにらんで党内を刺激しないよう気を使い、精彩を欠く菅首相の現状はその象徴だろう。

 ハードルの多さが政権を弱体にし、ひいては短命政権の連続にもつながる。日本政治が急いで解決しなければならない宿題である。

 自民党の一党支配が盤石だった頃、首相は党総裁選で事実上、決まった。総選挙を通じた政権交代など想像できない時代だったから、それが通った。

 いまは、有権者が総選挙を通じて新しい首相を直接指名し、政権交代を起こしうる時代になった。

 総選挙よりも党内手続きを優先し、党の都合で首相を交代させる従来のやり方は正当性を失ったといっていい。

 有権者が「自分たちで選んだ」という意識を持てない首相は、最初から基礎体力を奪われているに等しい。

 小泉内閣後、総選挙を経ずに生まれた安倍、福田、麻生各内閣の発足時の内閣支持率は63、53、48%と、たらい回しの度に低下。昨年の総選挙で生まれた鳩山内閣は71%、菅内閣60%だ。

 改革の方向ははっきりしている。

 現状では党首の任期は総選挙の時期と無関係に決められているが、これを見直すことである。

 民間有識者らがつくる「21世紀臨調」は、党首の任期を総選挙のサイクルと一致させるよう提言している。首相候補である党首は、原則として次の総選挙の前に選挙する。

 現実的なアイデアだろう。

--- 以上、引用終了 ---------------

 「党首選のあり方」についての提言は、朝日新聞の意見として傾聴する。しかし、どうにも煮え切らない文書と思えるのは、普遍的な党首選のあり方に関する提言なのか、来る民主党代表戦に関する恣意的発言なのか、混沌としている点にある。

 「党首の選び方のそもそも論を考えておきたい。」と言いながら、直ちに「今回の民主党代表選になにか釈然としない思いを抱く人も」と繋げるのは、木に竹を接ぐような思いがする。

 まさか、民主党党首選のそもそも論ではないだろう。政権交代時代と言っているのだから各政党についてのそもそも論であろう。

 そして「なにか釈然としない思いを抱く人も少なくないと思う」とは推察。社説なのだから、あくまで朝日新聞はこう考えると、毅然たる態度表明が欲しい。「そう思う人」、すなわち「国民の一部には」と言うことだろうが、社説の中で安易に国民を引き合いに出すのは避けるべきではないか。あくまで主語は朝日新聞とすべきである。

 

 普遍的な提言であるならば、次の文書で足りるだろう。

--- 以下、私案開始 ---------------

党首選のあり方

 党首の選び方のそもそも論を考えておきたい。

 日本の首相は大変である。政権を維持するのに乗り越えなければならないハードルが実に多い。政権選択がかかる総選挙、中間評価としての参院選、それに加えて党首選も、だ。どれも、しくじったら退陣に追い込まれかねない正念場である。

 永田町の抗争局面である「政局」がほとんど毎年のように首相を脅かす。これでは内政外交の重要課題に腰を据えて取り組むどころではない。

 改革の方向ははっきりしている。

 現状では党首の任期は総選挙の時期と無関係に決められているが、これを見直すことである。

 民間有識者らがつくる「21世紀臨調」は、党首の任期を総選挙のサイクルと一致させるよう提言している。首相候補である党首は、原則として次の総選挙の前に選挙する。

 現実的なアイデアだろう。

--- 以上、修正案終了 ---------------

 「党首選のあり方」については、これで主旨が足りるだろう。民主党も自民党も、他党も引き合いに出すことなく提言は可能だ。

「21世紀臨調」を現実的なアイディアと言うだけに止まらず、朝日新聞のアイディアがあるならなおさら良い。そうでなければ、「現実的なアイディアだろう」と言葉を濁さず、「賛同する」と言い切るべきではないか。

 見出しの「政権交代時代」もまた判らない。およそ一年前に、自民党から民主党への政権交代があっただけである。同一政党内の政権交代は、民主党の場合は一回あっただけである。「政権交代時代」とは、それ以上の何かを言いたいのか。あくまで、政党間の政権交代は一回あっただけであって、時代などと言うこともないだろう。それとも、見えざる力でこれから次々に起こすと言うことか。

 

 蛇足だが、提言が成り立つためには、各政党にそのアイディアを受け入れさせる必要がある。先頭を切って欲しい。また、一票の重みの公平さが不可欠と考える。その点もあわせて言及願いたい。

   (2010年8月16日記録)

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2010年8月14日 (土)

路上観察:旧東海道徒歩の旅(2010年8月14日)

 東京日本橋から京都三条大橋までの旧東海道を、週に一日か二日を費やし、区間を区切って少しづつ歩き通そうと思い立ちました。

 2010年7月20日に東京日本橋を出発、2010年8月11日に三島錦田一里塚に到着しています。その間の距離112Km、6日間を費やしています。

 記録を整理中で、ようやく最初の区間「日本橋~六郷橋」をホームページに掲載しました。興味あれば参照願います。

 

 詳しくは後になりますが、箱根超えについて付け足しておきます。

 8月11日は箱根八里を歩きました。小田急箱根湯本駅からJR三島駅までですから箱根七里ほどですが、道を二回間違えたので結果八里を歩くことになりました。

 それまでの市街地を歩くのと異なり、いささか反省することがあったので、これから歩かれる方の為にまとめておきます。

1.石畳の道、特にぬれている場合は滑りやすいので注意を。

 上りだけでなく、三島への下りも素晴らしい石畳の道が続きますが、そこで二回転び、足を滑らせたのは何回も。注意していたつもりですが。雨は止んでいましたが石畳が濡れており、プラスティック系の靴底のウォーキングシューズは良く滑りました。道が濡れていることを前提に、滑りにくい履物を選択する必要があります。

2.歩道の無い一般道を歩く部分があるので注意を。

 旧道ばかりでなく、一般道を歩く部分があります。道は狭く、歩道がなく、車道脇を歩くことになります。特に箱根峠手前、国道一号と箱根新道の分岐辺りは、道のどちら側を歩き、どこで横断したら良いか、鮮明でありません。

 

 それでも箱根八里を自らの足で歩ききるのは爽快です。いずれ天気の良いときに再び歩いてみたい思いがします。芭蕉は、「露しぐれ 富士を見ぬ日ぞ おもしろき」と詠んでいますが、これは負け惜しみでしょう。快晴の日に三島に向って下れば素晴らしい光景が広がると思います。その片鱗を見ることができましたけど。

 追って歩いた残り区間も掲載します。
 これから歩く区間は9月になって再開するつもりですが、横浜の自宅から離れますので、少し綿密に予定を作ります。

   (2010年8月14日記録)

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2010年8月11日 (水)

随想:品格を欠く朝日新聞素粒子欄の表現

 朝日新聞8月10日夕刊・素粒子欄の最初のパラグラフは次のとおりです。

 「民主政権の長さ、細川・羽田内閣を越す。与党も野党も有権者も未経験の域へ。どれだけ続くか、怖いモノ見たさの感も。」

 これを読んで、なんとも品格のない文書だと思いました。政権与党である公党に対して、「どれだけ続くか、怖いモノ見たさの感も」とは。自らの立場をどのように位置づけて、このような表現をしているのでしょうか。

 表現の自由を否定するつもりはありません。与党批判がいけないとも思いません。ただ、それ以前の問題です。天下の公器である朝日新聞の表現として、私は適切でないと感じました。

  (2010年8月11日記録)

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2010年8月 9日 (月)

映画:ヒロシマ・ピョンヤン(2009年作品)

   企画・構成・撮影・監督  伊藤孝司

   制作・配給 ヒロシマ・ピョンヤン制作委員会
   参考サイト 映画「ヒロシマ・ピョンヤン」公式サイト

   場所    シネマ ジャック&ベティ
   鑑賞    2010年8月8日

 

 朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)で暮らす、広島での被爆者を取り上げたドキュメンタリー。

 朝鮮の首都・平壌で暮す李桂先(リ・ゲソン)が、ゴム手袋を二重にはめて食器洗いをする映像で始まる。素手で食器洗いをするとすぐに出血してしまうゆえに。髪の毛が抜けたこともあった。広島での被爆が原因だと言う。

 桂先と母親は、原爆投下から12日目の広島市に入市して被爆する。日本敗戦に伴い、朝鮮への帰国手当てが支給されるとの話を耳にして、広島市から27Kmほど離れた大竹市からわざわざ手続きに出かけた。しかし、帰国手当て支給の話はデマであった。

 引き続き日本で暮らす一家の生活は困窮を極めた。
 やがて、桂先は大学進学の思いを募らせるが、一家の状況がそれを許さない。その頃、朝鮮への帰国事業が始まる。桂先は家族と別れ、大学進学のために一人朝鮮に向った。

 結婚した後、桂先の健康は次第に悪くなった。

 2004年、広島から訪ねて来た母は、娘の様子を見て、被爆の事実を告げた。既に59年を経過していた。それまで母が沈黙していた理由とは。

 桂先は、自分の被爆時の詳しい様子を母から聞き、被爆者手帳の交付に繋げたかった。被爆の事実を公式に証明して欲しかった。だが、日本政府の朝鮮制裁により、日朝間を結んでいた万景峰(マンギョンボン)号の日本入港は不可能になった。母は、再び来ることができない。

 桂先の日本在住記録は確認できた。朝鮮制裁下でも、家族に会うため、被爆者手帳交付に繋げるための日本行は実現するかに思えた。しかし、付き添いは許されない。健康不安のある桂先は付き添いなしに行動できないため、実現することはなかった。

 最後、桂先が涙を滲ませながらも淡々と気持ち吐き出す。静かな海辺、カメラは固定されたままである。10分ほども続いただろうか。

 ドキュメンタリーは予想外の結末で終えた。

 

 広島・長崎で被爆した事実があったとして、その後の対応により、様々な被爆者が存在する。被爆者手帳取得の有無は、その最たるものか。

 国交の無い国に在住する被爆者の、被爆者手帳取得の思いは永遠に実現しないように思えてしまう。桂先も年老いた。ましてや母は。思いの実現は時間との競争でもある。
 被爆者の救済は、主義主張・国境を超えて早急に実現すべきであろう。

 映像は、記録資料・記録映像と実写で構成されている。編集もシンプルだ。ディジタル映像のよう、画面も昔の16mmサイズ、不鮮明な部分もある。

 しかし、記録された平壌市内、郊外風景、海岸風景、桂先の夫・孫などの映像の重み。
 何より、生まれ育った家族と自らが育てた家族への愛、祖国愛と郷土愛、被爆の事実を探求したいとの思い、それらを吐露する桂先の言葉の重み。朝鮮人被爆者を代表しての言葉と理解する。桂先の話す流暢な日本語が、深い思いを直線的に伝える。

 片隅に置き忘れられたようなテーマに、何役もこなしながら真摯に取り組んだ監督・伊藤孝司、真のジャーナリストとして記憶に残す。

 近所で上映される機会があれば、是非、ご覧になって頂きたい。

   (2010年8月9日記録)

 
 
ご参考
 「池田香代子ブログ」に教えられることは多い。「2010年8月7日:ある原爆犠牲者慰霊碑ではない慰霊碑」でもまた教えられた。できれば一読願います。

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2010年8月 8日 (日)

随想:ガラスのうさぎ像(続)(2010年8月5日)

 「ガラスのうさぎ像」脇に碑があります。
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 碑文は次のように刻まれています。

    太平洋戦争終結直前の昭和二十年八月五日
   ここ(国鉄)二宮駅周辺は艦載機P.51の機銃
   掃射を受け 幾人かの尊い生命がその犠牲と
   なりました
    この時 目の前で父を失った十二歳の少女
   が その悲しみを乗り越え けなげに行き抜
   く姿を描いた戦争体験記「ガラスのうさぎ」
   は 国民の心に深い感動を呼び起こし 戦争
   の悲惨さを強く印象づけました
    この像は私たち二宮町民が 平和の尊さを
   後世に伝えるために また少女を優しく励ま
   した人たちの友情をたたえるために 多くの
   方々のご協力をいただき 建てたものです
   少女が胸に抱えているのは 父の形見となっ
   たガラスのうさぎです

    ここに平和と友情よ永遠に

    昭和五十六年八月五日
    「ガラスのうさぎ」像を二宮駅に建てる會

 二宮は、海に面して今でものどかな街並みが続きます。当時はもっと人家がまばらだったのではないかと思えます。そのような所でもむごいことが起きた。ここに限らないし、国内に限らないし。戦争はいけない。

  (2010年8月8日記録)

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2010年8月 6日 (金)

随想:ガラスのうさぎ像(2010年8月5日)

 「ガラスのうさぎ像」は、JR東海道線二宮駅(神奈川県中郡二宮町)の高架駅舎の階段を下ると目の前に建っています。
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 秋葉忠利広島市長の平和宣言中、「非核三原則の法制化、核の傘からの離脱」に賛同します。

   (2010年8月6日記録)

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2010年8月 4日 (水)

音楽:みなとみらいクラッシック・クルーズ Vol.17

  演奏  日本フィルハーモニー交響楽団メンバー

  曲目  ・ランチタイム・クルーズ(12時10分~12時55分)
         外山雄三  :クラリネット五重奏曲
         モーツァルト:クラリネット五重奏曲
      ・ティータイム・クルーズ(14時30分~15時15分)
         ブラームス :クラリネット五重奏曲

  会場  横浜みなとみらいホール・大ホール
  公演  2010年8月4日

 

 横浜みなとみらいホール主催のミニ・コンサート。今日はランチタイム・クルーズとティータイム・クルーズの両方を聴きました。料金は通しで1400円、1回券は800円。短い時間でも本格的な生の音楽が楽しめるので、とても良い企画だと思います。

 今回は全てがクラリネット五重奏曲、作曲家の作風が明確になりそうで、期待していました。

 メンバーは、Cl・伊藤寛隆、第1Vn・堂坂俊子、第2Vn・中谷郁子、Va・中川裕美子、Vc・伊堂寺聡。

 

 「外山雄三」は一楽章からなる短い曲です。この曲は、本日のクラリネット奏者・伊藤寛隆が委嘱したもので、2009年2月に世界初演されたそうです。現代曲ですが特殊な奏法があるわけでもありません。聴いて気になるところはありませんでしたが、特に記憶に残るような部分もないような感じでした。初めて聴くので仕方ないと思います。

 演奏上で気になったのは、弦の音量が少し不足しているのでないかと思えたことです。

 

 「モーツァルト」はモーツァルトですね。名曲の誉れ高いこの曲、クラリネットが前面に出てきます。楽しく聴きました。どうもヴァイオリンの線が細いように思いました。

 「ブラームス」もまたブラームスですね。同じく名曲でしょう。ただ、モーツァルトがクラリネットが強調されたのに比して、全体のアンサンブル重視といった曲。苦悩ではありませんが、何と重厚なことか。

 

 固定メンバーではないと思いますが、弦の音量の他は気になることもありませんでした。

 「モーツァルト」のオーボエ四重奏曲、ブラームスの弦楽六重奏曲第一番が聴きたくなりました。一回で、この組み合わせは無理でしょうけど、いずれかの機会に。

 

 次回開催は9月2日、東京フィルハーモニー交響楽団首席奏者たちによる弦楽五重奏です。曲目は小品集。

   (2010年8月4日記録)

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2010年8月 3日 (火)

美術:横須賀美術館「鉄の響きに耳をすます」

  名称   第2期所蔵品展 特集:原田和男
       キポス イホス 庭・響 鉄の響きに耳をすます
  会場   横須賀美術館
  会期   2010年7月3日(土)~9月26日(日) 、詳細は要確認
  鑑賞日  2010年7月31日

 

 老いも若きも、男も女も、おそらくみんなが楽しくなる展覧会です。常設展示室の中央床に置かれた数々の音響彫刻。美術館前の芝生広場にも置かれています。

 機械仕掛けで音を出す音響彫刻。叩いたり、擦ったり、弾いたりして音を出す音響彫刻。素朴な楽器のようですが、楽音を発するわけではありません。でも雑音でもないのです。特徴は産業機械を思わせるような造りでしょうか。

 これはなんと言う名前だったか。左下のハンドルを回すと上部の筒と球体が回転します。筒は万華鏡、球体は音を発します。万華鏡を覗きながらかすかな音を聴く。恋人の聖地の一角に置かれています。
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 これはなんと言う名前だったか。風でゆらゆら揺れています。揺れているところを見ていましたが、音を発しているか確認しませんでした。どなたかお願いします。
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 これはプラホス。おそらく鋳物でしょうけどドラム風。上部に細かく切れ込みが入って、叩く場所で音が異なります。
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 同じくブラホス、プラホスと蝿の彫刻。
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 常設展示場の作品はさらに多種多様ですけど、端から叩いたり、擦ったり、弾いたりしたら良いでしょう。途中から常設展示は目に入らなくなります。とにかく楽しい。

 先日ご案内しましたけど「ブルーノ・ムナーリ展」も開催中です。こちらも子どもさんが充分に楽しめます。夏休みの一日、美術館に足を向けるのも楽しいと思います。見終えたら、美術館周辺散策は如何でしょうか。

   (2010年8月1日記録)

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2010年8月 1日 (日)

美術:「浜田知明の世界展」

  名称   版画と彫刻による哀しみとユーモア 浜田知明の世界展
  会場   神奈川県立近代美術館葉山館
  会期   2010年7月10日(土)~9月5日(日) 、詳細は要確認
  鑑賞日  2010年7月31日

 

 浜田知明の初年兵哀歌シリーズが強く記憶に残る。弱者に及ぼす戦争の悲惨さが強く滲み出た作品。エッチングによる素朴な作品ゆえに、かえって深い悲しみに誘われ、共感が湧きあがる。

 1917年生まれの浜田知明は現在92歳、今も版画家・彫刻家として活躍している。数年前、訪れた熊本県立美術館の浜田知明室で多少まとまった作品を観た。ただそれほど展示作品が多くなかった。印象が強いわりに、いままでに観た作品は多くない。

 

 「浜田知明の世界展」は、現在までの創作活動の全貌を確認できる。作品数は実に多く、展示は次のように分類されている。

   1章  <初年兵哀歌>シリーズを中心に
   2章  1956年から「わたくしのヨーロッパ印象記」まで
   3章  1970年以降2000年まで<哀しみとユーモア>
   4章  彫刻
   5章  初期油彩と最近のデッサン

 空洞のような目からは一粒の涙、銃口を首にあてがい、左足でまさに引き金を押そうとする「初年兵哀歌<歩哨>」。立てかけられた銃の影が延び、傍らで眠るの兵隊は芋虫の姿に描かれた「初年兵哀歌<銃架の影>」。
 初年兵哀歌シリーズの作品は浜田知明の原点、国を守るという掛け声の下、理不尽な扱いを受けた弱者の気持ちが一瞬にして伝わる。これらの作品は何回か観たし、私の中では、浜田知明=初年兵哀歌シリーズの思いは強い。観終えて、その思いが覆ることはなかった。

 以降の作品は、戦争が直接表に出ることは少なく、もっと根源である人間の愚かさや虚しさ、哀しさに向かう。場合によってはユーモアに押し込められて。

 彫刻は、版画で取り扱われたモティーフの立体的表現のようだ。表現が具体化するゆえに想像は限定される。

 

 浜田知明は戦争に駆り出され、理不尽な扱いに自ら死を選択しようとしたこともあったようだ。初期作品に、その体験は色濃く反映されている。しかし、その体験は今になっても薄らぐことはないようだ。戦争の悲惨さ、権力への抵抗が創作の底流に流れていることを強く感じる。

 観て思い、改めて作品リストを眺めて確かめた。自画像が東京藝術大学美術館蔵であるほかは、熊本県立美術館蔵と神奈川県立近代美術館蔵の作品で構成されている。熊本県立美術館は、地元の作者であり収集に努めることは当然と思える。神奈川県立近代美術館に多くの作品が収蔵されていることは、確かな収集方針によるものだろう。多くを知らないが、神奈川県立近代美術館の残してきた足跡は大きいと改めて感じた。

 土曜日の昼下がりであったが客は少なかった。暑さの盛りだが、もう少し多くの方に足を向けて頂きたい。
 折りしも8月6日、9日、15日とアジア太平洋戦争の記憶を確認する日が巡ってくる。浜田知明の作品に対峙して、戦争の悲惨さに思いを馳せることも意義あること。そして、いろいろな方法で平和を希求することが大切だ。

   (2010年8月1日記録)

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