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2010年8月 9日 (月)

映画:ヒロシマ・ピョンヤン(2009年作品)

   企画・構成・撮影・監督  伊藤孝司

   制作・配給 ヒロシマ・ピョンヤン制作委員会
   参考サイト 映画「ヒロシマ・ピョンヤン」公式サイト

   場所    シネマ ジャック&ベティ
   鑑賞    2010年8月8日

 

 朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)で暮らす、広島での被爆者を取り上げたドキュメンタリー。

 朝鮮の首都・平壌で暮す李桂先(リ・ゲソン)が、ゴム手袋を二重にはめて食器洗いをする映像で始まる。素手で食器洗いをするとすぐに出血してしまうゆえに。髪の毛が抜けたこともあった。広島での被爆が原因だと言う。

 桂先と母親は、原爆投下から12日目の広島市に入市して被爆する。日本敗戦に伴い、朝鮮への帰国手当てが支給されるとの話を耳にして、広島市から27Kmほど離れた大竹市からわざわざ手続きに出かけた。しかし、帰国手当て支給の話はデマであった。

 引き続き日本で暮らす一家の生活は困窮を極めた。
 やがて、桂先は大学進学の思いを募らせるが、一家の状況がそれを許さない。その頃、朝鮮への帰国事業が始まる。桂先は家族と別れ、大学進学のために一人朝鮮に向った。

 結婚した後、桂先の健康は次第に悪くなった。

 2004年、広島から訪ねて来た母は、娘の様子を見て、被爆の事実を告げた。既に59年を経過していた。それまで母が沈黙していた理由とは。

 桂先は、自分の被爆時の詳しい様子を母から聞き、被爆者手帳の交付に繋げたかった。被爆の事実を公式に証明して欲しかった。だが、日本政府の朝鮮制裁により、日朝間を結んでいた万景峰(マンギョンボン)号の日本入港は不可能になった。母は、再び来ることができない。

 桂先の日本在住記録は確認できた。朝鮮制裁下でも、家族に会うため、被爆者手帳交付に繋げるための日本行は実現するかに思えた。しかし、付き添いは許されない。健康不安のある桂先は付き添いなしに行動できないため、実現することはなかった。

 最後、桂先が涙を滲ませながらも淡々と気持ち吐き出す。静かな海辺、カメラは固定されたままである。10分ほども続いただろうか。

 ドキュメンタリーは予想外の結末で終えた。

 

 広島・長崎で被爆した事実があったとして、その後の対応により、様々な被爆者が存在する。被爆者手帳取得の有無は、その最たるものか。

 国交の無い国に在住する被爆者の、被爆者手帳取得の思いは永遠に実現しないように思えてしまう。桂先も年老いた。ましてや母は。思いの実現は時間との競争でもある。
 被爆者の救済は、主義主張・国境を超えて早急に実現すべきであろう。

 映像は、記録資料・記録映像と実写で構成されている。編集もシンプルだ。ディジタル映像のよう、画面も昔の16mmサイズ、不鮮明な部分もある。

 しかし、記録された平壌市内、郊外風景、海岸風景、桂先の夫・孫などの映像の重み。
 何より、生まれ育った家族と自らが育てた家族への愛、祖国愛と郷土愛、被爆の事実を探求したいとの思い、それらを吐露する桂先の言葉の重み。朝鮮人被爆者を代表しての言葉と理解する。桂先の話す流暢な日本語が、深い思いを直線的に伝える。

 片隅に置き忘れられたようなテーマに、何役もこなしながら真摯に取り組んだ監督・伊藤孝司、真のジャーナリストとして記憶に残す。

 近所で上映される機会があれば、是非、ご覧になって頂きたい。

   (2010年8月9日記録)

 
 
ご参考
 「池田香代子ブログ」に教えられることは多い。「2010年8月7日:ある原爆犠牲者慰霊碑ではない慰霊碑」でもまた教えられた。できれば一読願います。

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コメント

韓国の慰霊碑は元々川の対岸にありました。
ようやく平和公園に移されたのです。
朝鮮の慰霊碑(?)があるのは初めて知りました。
被爆者手帳の取得は日本人外国人変わらず困難なようです。根本的な問題は何なのか。つい勘ぐってしまいます。

投稿: strauss | 2010年8月 9日 (月) 21時19分

 一つ事実を知ると、判らないことがいくつも増えます。被爆者認定
にしても、慰霊碑にしても、何故と思ってしまいます。この先、どう
行動したら良いか、それも到底判っていないのですが。

投稿: F3 | 2010年8月10日 (火) 00時59分

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