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2010年7月

2010年7月29日 (木)

演劇:国立劇場第78回歌舞伎鑑賞教室(2010年7月26日)

   演目  歌舞伎のみかた
       新古演劇十種の内「身替座禅」

   会場  神奈川県立青少年センター
   公演  2010年7月26日(月)~7月27日(火)
   鑑賞  2010年7月26日(月) 11:00~13:00(休憩 20分)

 

・歌舞伎のみかた

   出演  中村壱太郎
       中村隼人

 カジュアルな服装の二人が客席後方から現われて舞台に上がる。19歳と16歳だそうで、まさに隣のお兄ちゃん。この回は年配者が多かったけど、夏休み中の学生さんが多ければ歌舞伎を身近に感じるだろう。

 「身替座禅」は狂言「花子」を歌舞伎に取込んだ「松羽目物」と呼ばれる歌舞伎舞踊、能舞台と歌舞伎舞台の類似点、狂言にはない侍女千枝・侍女小枝、常磐津・長唄連中の役割、花道や所作台などの舞台設備、が解説される。

 若い二人が臆することなく解説する様子を見て、小さいうちから歌舞伎役者としての種々経験を重ねているのだろうと思う。

 隼人が先に楽屋に戻り、化粧する様子をスクリーンに映して解説したりもした。

 

・新古演劇十種の内「身替座禅」

   出演  山蔭右京   中村錦之助
       太郎冠者   坂東亀三郎
       侍女千枝   中村壱太郎
       侍女小枝   中村隼人
       奥方玉の井  坂東彦三郎

 筋は狂言「花子(はなご)」に同じです。花子は遊女の名前。花子が都に出てくるのを知った山蔭右京は、何としても会いたいと思案します。一人きりに成る口実を色々考えますが、奥方玉の井と相談の結果、屋敷内の持仏堂で一夜の座禅を許されます。そこで、いやがる太郎冠者を代理にして、自分は花子に会いに行きます。様子を見に来た奥方玉の井は、太郎冠者が座禅していることに気づいて入れ替わります。翌朝・・・。

 第58回横浜能(2010年6月5日)で「花子」を鑑賞していましたので、狂言と歌舞伎の差異に注目しました。当たり前ですが、歌舞伎は狂言に比べて全ての面で華やかです。上手に常磐津連中、正面に長唄連中がずらっと並びます。役者の衣装も華やかだし、顔も化粧しています。所作も大きく、表情も作っています。

 錦之助の山蔭右京は恐妻家で優男、彦三郎の奥方玉の井は猛女を演じて充分に納得させます。この二人で筋は進行するようなもので、他は太郎冠者が居なくては成り立ちませんけど役としては軽い。
 侍女千枝・侍女小枝は狂言に無い役と前述しましたが、壱太郎・隼人が踊りの所作を見て、深みはないものの小さい時から鍛えられているのだろうと、妙なところで伝統芸能の家系を感じました。

 

 歌舞伎も狂言も、鑑賞の経験はゼロに等しいのですが、面白みは充分に感じています。虻蜂取らずになるかも知れませんが、能、文楽を加えて幅広く鑑賞したいと思いました。知識取得を目的にした鑑賞教室は良い機会ですが、演目の解説中心でないと、毎回、超入門を聞くことになりそうです。

  (2010年7月29日記録) 

 
追記:

 「身替座禅」が終わって、再び、壱太郎・隼人が舞台上に現われます。今回は紋付・袴姿。常磐津・長唄連中の各々の役割を、実演しながら解説します。
 その後、「棒縛り」の一部を演ずる。一人は後手に縛られ、一人は肩に置いた棒に手を伸ばした格好で縛られ、酒を飲んでしまう様子が滑稽。糸の切れた凧のようにダイナミックな所作が、狂言とは大きく異なると感じました。

  (2010年7月29日記録)

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2010年7月25日 (日)

随想:漢字の国(2010年7月25日)

 韓国時代劇「宮廷女官チャングムの誓い」は何度となくNHKで放送されたのでご覧になられた方も少なくないでしょう。良くできた韓国時代劇です。私は部分的に見ましたが、それでも結構面白く感じました。

 いま、「宮廷女官チャングムの誓い」は GyaO! で配信されています。常時3話が配信されていて、月水金に1話づつ更新され、現在の最新が第9話です。その範囲内では無料ですが、配信が終わってしまえば、以降は有料で鑑賞できるようです。

 

 さて前置きはここまでにして本論にはいります。

 第8話では女官試験が話題になります。
 試験は、試題を読み料理名を当てる試験と、実際にその料理を作る試験の2つからなります。その試題は次のとおり。
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 漢字で表記されていることが何とも新鮮でした。現在、韓国はハングル文字を使用していますが、時を遡れば漢字が使われていたということ。その辺りの経緯はいずれ調べたい。

 

 これは故事に基づく試題で、答えは饅頭。試験官は次のように解説します。

 『諸葛孔明が南蛮討伐の帰り、嵐のため川を渡れずにいた。南蛮の風習では人の頭を49個供えるのだが、孔明は人を殺してはならぬと知恵を絞り、人頭を似せ作ったのが饅頭だ。

 “頭否頭”は頭であった頭でないという意味。南蛮族の“頭”と饅頭の“頭”を指す。
 “衣否衣”の衣は饅頭の皮のこと。
 “人否人”は孔明が人の頭の代わりに饅頭を川に投げたことを表す。』

 これは三国志の中に出てくる話。
 中国、韓国(朝鮮)、日本の文化的つながりは、他国に比して強いものがあります。文化面から結びつきを強化する、韓国時代劇の一場面からそんなことがあって良い様に思いました。

 ところでチャングムはどうなるか、是非、配信をご覧になって下さい。

  (2010年7月25日記録)

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2010年7月24日 (土)

路上観察:横浜三渓園早朝観蓮会(2010年7月24日)

 蓮の花は午前7時ごろが一番の見ごろだそうです。

 この時期、横浜三渓園においては早朝観蓮会が開催されます。通常は午前9時開園ですが、早朝観蓮会の日は午前6時開園になります。

 毎年開催されることは承知していましたが、早起きの苦手な私は、7月24日、初めて早朝観蓮会に出かけました。午前7時過ぎに到着しましたが、いつもと同じような人出におどろきました。茶店も営業していました。

 蓮池の周りは散策する人、写真を撮る人が行き交っていました。
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 早朝観蓮会は7月25日(日)までですが、蓮の花はつぼみも多く、暫らくは楽しめそうです。開花した蓮の花は、昼ごろには閉じてしまうそうですから、なるべく早い時間帯に入園するのがよろしいようです。

 なお、睡蓮の花もまだ盛りのようで、もう暫らくは楽しめそうです。
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 百日紅や他の花も咲いています。暑さにめげずに三渓園に出かけてみませんか。

    (2010年7月24日記録)

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2010年7月23日 (金)

演劇:劇団コロモッキル『そんなに驚くな』

   作・演出 朴根亨

   出演   張榮男
        金英弼
        金柱完
        李珪會
        金東炫

   会場   こまばアゴラ劇場
   公演   2010年7月17日(土)~19日(月)
   鑑賞   2010年7月17日 19:00~20:35(休憩なし)

 

 第17回BeSeTo演劇祭の参加作品。

 場末の粗末な家と思われる、その一室。中央に半間四方ほどの便所、便所の扉は観客席に向けて開く。すなわち用を足す場面が見えてしまう。その上手側に洗面所。上手・下手に隣の部屋への扉。もっとも上手に玄関。多少の家具がおいてある。

 登場人物は5人。舅は妻に家出されている。長男は映画監督を気取って家にいつかない。長男の妻は生活資金をかせぐためにカラオケ・スナックで働く。次男は引きこもり、身体障害のあることを感じさせる。消防士はカラオケの客で、長男の妻に気がある。

 底辺の生活を描く喜劇的悲劇。
 舅は友人の葬儀に参列し、そこで家出した妻が喪服を着て泣いている姿を発見し、家に帰って落ち込んでいる。やがて便所で首を吊る。
 便秘に苦しむ次男は、釣り下がった舅の脇で用を足すが、換気扇が壊れて臭いと言う以上のことはない。長男の妻は長男が帰ってきてから処理しようと言って、いつものようにカラオケに働きに出る。久しぶりに帰った長男は、映画制作が佳境にあるからといってすぐに出て行く。
 消防士は嫁に気があって玄関口まで来ることはあったが、今日は部屋に上がりこんでいる。そこに長男が帰ってきて顔を合せてしまう。しかし、どたばたが起きるようなことでもない。

 家族でありながら個人の振る舞いしか意味を見出せない家族。家族として機能しない悲劇。芝居が始まってそばらくして首を吊った舅は、最後までその状態のまま。苦しいから降ろせと言ったり、目をむくので目隠しにテープを貼られたり、身体をゆらしたり。死体が狂言回しを担う喜劇。悲劇と喜劇が同居している。

 

 儒教の国、韓国をそう思っている。それにしては意外な発想。韓国においても核家族化を通り越して利己主義に陥ろうとしている事への警告だろうか。それとも芝居の中だけのことだろうか。
 直截的と思える表現だが、出演者の熱演・怪演はぐいぐい芝居の中に引き込んでいく。暗い話でありながら、笑いが絶えない。韓国小劇場系演劇は揺籃期から発展状態に向っていると推察した。

 

 第17回BeSeTo演劇祭の三作品を観た。「日本:シラノ・ド・ベルジュラック」「中国:覇王歌行」「韓国:そんなに驚くな」である。多くはわからないが、それでもお国柄が表れていたように思う。なかなか大変な時期にあることは承知するが、いつまでも続くことを期待している。

  (2010年7月23日記録)

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2010年7月20日 (火)

演劇:SCOT「シラノ・ド・ベルジュラック」 (2010年7月17日)

   原作   エドモン・ロスタン
   演出   鈴木忠志

   出演   喬三(シラノ)  新堀清純
        クリスチャン   藤本康宏
        ロクサアヌ    内藤千恵子  他

   会場   新国立劇場中劇場
   公演   2010年7月16日(金)~18日(日)
   鑑賞   2010年7月17日 15:00~16:30(休憩なし)

 

 第17回BeSeTo演劇祭の参加作品。

 物語は原作を断片化して要所を繋ぎ合わせた。本歌取りによる新たな物語が創作された。原作を理解していれば面白さは倍加する。

 舞台中央に文机。背後、上手から下手に及ぶ数列の花生垣。下手に花をつけた大きな木。下手後方に数奇屋造り風の家。舞台後方の大黒幕上部に合掌作り民家を思わせる窓枠が吊るされている。日本の伝統的な風景を思わす。

 文机に座する喬三。和服に袴をつけ、とんびを羽織っている。物語は、喬三自らがシラノを演ずる、喬三の空想として展開する。シラノ以外の出演者も和服、すべてが日本的風景に同化する。

 ところが、音楽は「ベルディ・オペラ椿姫」の前奏曲などが使われる。甘美なメロディー。

 アンバランスであるが、すべてが美しさに向けて焦点を結ぼうとしている。鈴木演出において珍しいことではない。

 追求されるのは、男のやせ我慢、せつない男の美学。愛する人に自分の心情を吐露できないばかりか、同じ人に思いを寄せる友人の愛を成就させようと助力するシラノ。

 

 「シラノ・ド・ベルジュラック」を観るのは3・4回目、場所は新国立劇場・利賀フェスティバル

 出演者は、喬三ことシラノの新堀清純は変わりないが、他は入れ替わっている。気になったのは脇の弱さ。
 出演者間の緊張感が様式美を生み出すのだが、今回はアンサンブルに難があり、様式美が後退した。

 すべてが美しさに向かうのに、出演者の焦点がずれていたのは残念なこと。身体表現の成果は一朝一夕で実を結ぶものではないとすれば、解決にはしばらく時間を要するだろう。

 

 最後、喬三ことシラノが「これが男の心意気・・・」と叫んで文机に突っ伏すと、空から白いものが落ちてくる。雪だろうか、花びらだろうか。永遠に続くかのように降り続ける。やがて起き上がり、蛇の目傘を差して舞台後方に退いて行く。

 実に美しい幕切れ、全てはこの場面に向けてクレッシェンドする筈だが、途中に難あり。終わりよければ全て良し、とはできない。

 

 新国立劇場中劇場は大きすぎるかもしれない。客席はほとんど埋まっていたが、舞台が埋まっていないと感じた。

 音響も気になった。繊細さが不足、良い音とは感じられない。

  (2010年7月20日記録)

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2010年7月17日 (土)

美術:懐かしい絵(2010年7月14日)

 東京国立近代美術館の企画展「建築はどこにあるの?7つのインスタレーション」展を見終えてから、常設展に足を向けました。前回訪れたのが何時だったか、記憶にありません。まあ、初めてに等しい。

 常設展会場は1階からエレベータで4階に上がります。4階から2階へ、各階を鑑賞しながら降りてきます。

 4階のエレベータホールから展示室に入った瞬間、懐かしい思いがこみ上げてきました。若い時にどこかで観た作品が固まって展示されていたからです。

 彫刻では「荻原守衛・女」「中原悌二郎・若きカフカス人」「高村光太郎・手」。絵画では「中村彝・エロシェンコ氏の像」「佐伯祐三・ガス灯と広告」「松本俊介・Y市の橋」。

 彫刻三点は、安曇野・碌山美術館で初めて観たと思います。恐らく40年近い前のことです。
 碌山美術館の立地に惹かれる一面もありますが、近代彫刻の作品群が何とも魅力的です。こういう時代を経て、今につながるという思いが湧き出てきたように記憶します。かなり以前、斜めに読んだ「臼井吉美・安曇野」も、今読めば少しは判るかも知れない。

 「荻原守衛・女」は、裸婦の斜め上に向っていくポーズに、新しい時代を切り拓く意気込みが込められているように感じます。「中原悌二郎・若きカフカス人」は、その後いろいろな所で観ました。モデルの寡黙さ・誠実さが滲み出てくるようです。この作品は好きだな。「高村光太郎・手」は、さらに以前、美術の教科書に掲載されていたように記憶します。詩を創り、彫刻も。天は二物を与えると。

 中村彝を意識したのは茨城県立美術館の「中村彝と時代展」、水戸の近所で仕事していた合間に出かけました。確認すれば1982年のこと。「中村彝・エロシェンコ氏の像」の展示はなく、「鶴田吾郎・盲目のエロシェンコ」が展示されていました。私は長いこと混同していました。その時は、中村彝の「少女」「髑髏をもてる自画像」が強烈に刻み込まれました。

 佐伯祐三は名古屋市美術館の「佐伯祐三展」だったと思います。愛知県下で仕事をしていて休日に出かけました。パリの街角を描いた作品が多く、「佐伯祐三・ガス灯と広告」が展示されていたか否かは定かでありません。「郵便配達夫」のポスターを購入、パネルに仕立てて寮の部屋に飾っておいたものでした。

 何時だったかはっきりしませんが、「松本俊介・Y市の橋」を初めて観たのは神奈川県立近代美術館だったような気がします。ただし、「Y市の橋」のタイトルが付いた絵は4点あるそうで、展示されている絵は青みがかった色調、私の記憶は茶色っぽい。モティーフとなったY市の橋は自宅から歩いていける距離、と言うより横浜駅きた東口を出たら目の前。以前、私のブログでも言及しています。

 

 その他にも懐かしい絵は何点もありましたけど、初めて見たときの思いのようなものが残るのは、ここで取り上げた作品です。制作年代は明治後期・大正・戦前の昭和。私は戦後世代ですけど、作品が懐かしいばかりでなく、作品に込められた思いのようなものにも懐かしさを感じるのはなぜ。

  (2010年7月17日記録)

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2010年7月15日 (木)

美術:「建築はどこにあるの?7つのインスタレーション」展

  名称   「建築はどこにあるの?7つのインスタレーション」展
  会場   東京国立近代美術館
  会期   2010年4月29日(木)~8月8日(日) 、詳細は要確認
  鑑賞日  2010年7月14日

 

 展覧会名称に惹かれて出かけました。ただ、展覧会名称の意味は鮮明ではありません。何かいらだった印象を含んでいるようにも思えます。

 案内では、展覧会のポイントを次のようにまとめています。

   1. 7組の建築家による展覧会
   2. 新作インスタレーションを展示
   3. 作品の写真撮影もOK(条件付)
   4. 開催は当館のみ
   5. 開館中に会場内でダンスを上演予定
   6. カタログなど印刷物は中島英樹がデザイン

 私は、2、3、5を認識していました。7組の建築家のうち伊東豊雄の名前を知る程度で、各々の業績などの知識は無いに等しい状態でした。

 

 第一室には、中村竜治《とうもろこし畑》、中山英之《草原の大きな扉》、鈴木了二《物質試行 51:DUBHOUSE》の三点。

 《とうもろこし畑》は、特殊紙を用いた大きな構造体。人の背丈ぐらいの高さ、上から見れば三角形をしているだろうことは判ります。紙とは言いながら針金状に切り出したものを接着しているので、構造体の見え方も一様でないし、透けて見える背景もまた変化します。
 興味深いけど既視感があるのは、愚直な繰り返しゆえでしょう。ただ、愚直な繰り返しから得られる感動は大きいものがありました。
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 《草原の大きな扉》は、北海道の広大な草原にピクニックで集まった人々に軽食をふるまうカフェとして設計した建築の1/3模型。
 《物質試行 51:DUBHOUSE》は、家のようで中に入れず、模型にしては大きすぎる。
 いずれも全体的な把握ができなくて、取り付く島もないという印象でした。

 第二室には、内藤廣《赤縞》が。
 天井から床に向けて赤色レーザー光を照射。床に何本もの赤い平行線が引かれます。その場に人が入れば、平行線は人の凹凸に沿って曲げられ、複雑な空間が出現します。スカーフ状の薄布を貸してくれますが、平行線は薄布のそよぎにさえも曲げられます。
 会期中に何回かのダンスが予定されていて、その時は場の魅力が倍加するでしょう。他者の様子を場の外から観察するのが面白そう。場の中にいる自分を、自分が観察するのは面白さが半減しました。仕掛けは単純であるほど良い。

 第三室は、菊地宏《ある部屋の一日》。
 模型を中心に回転する光源、模型中に仕掛けられたカメラで模型の明暗の変化を撮影し、別の場所でリアルタイムに映像を投影します。
 そうなの、という印象。
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 第四室は、伊東豊雄《うちのうちのうち》。
 瀬戸内の大三島で進行中の「今治市伊藤豊雄ミュージアム(仮)」プロジェクトでは、3種類の多面体を組み合わせて全体が構成される。その多面体を1/2スケールで展示、「美術館のなかにもう一つの美術館をつくる」。タイトルは、家の中の家か。
 インスタレーションか、模型か。垂直線のない建築、その中に包み込まれるような多面体、柔らかな印象が放たれています。谷口吉郎設計の垂直・水平で構成された国立近代美術館で展示されることが面白い。建築の多様性・可能性が止まらないと思いました。
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 屋外にアトリエ・ワン《まちあわせ》。
 竹橋(美術館の所在地)には、竹の橋があったとか、橋のたもとに竹林があったとか、諸説あるようだが、そこに端を発して竹を作って何かをやろう。ということで竹を使って動物を作り、竹をアーチにしてその下に空間を作った。作者の説明はもっともっと具体的ですが。
 屋外に場を求めたことは反則ではないか。他の展示と異種格闘技をしているようにも感じた。良い意味、悪い意味の両面で既視感がある。
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 全体的には、事前の思い込みにくらべて今ひとつの印象。事前知識を持っているほうが理解が進みそう。
 来場している方は、建築関係やデザイン関連の周辺に位置する方のように見えました。どちらかといえば制作側の。
 私のような素人は少なそう。だからと言って、臆することもないのですが。しかめっ面して鑑賞していれば、らしく見えるでしょう。気が向けばもう一度出かけます。

  (2010年7月15日記録)

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2010年7月13日 (火)

路上観察:緑薫る葉山古道ハイキング(2010年7月10日)

 2010年7月10日、京浜急行主催の「2010よこすか京急沿線ウォーク第1回・緑薫る葉山古道ハイキング」に参加しました。

 京浜急行新逗子駅前の受付を10時過ぎに出発、ゴールである京浜急行逸見駅を目指しました。当日は好天、暑い一日でしたが、無事にゴール。添付資料の関係で詳細はホームページに掲載、興味あればこちらを参照願います。

 なお、「2010よこすか京急沿線ウォーク第2回・龍馬の妻・おりょうの墓参と開国の町浦賀巡り」は10月2日(土)に予定されています。

   (2010年7月13日記録)

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2010年7月11日 (日)

演劇:中国国家話劇院「覇王歌行 ~項羽、歌の翼にのる」(2010年7月9日)

   作      藩軍(Pan Jun)
   演出     王暁鷹(Wang Xiaoying)

   出演     房子斌(Fang Zibin)    項羽
          長昊(Zhang Hao)      范増・李由・他
          刘璐(Liu Lu)       虞姫
          田征(Tian Zheng)     劉邦
          黄宇珩(Huang YuHeng)   古琴演奏

   会場     こまばアゴラ劇場
   公演     2010年7月8日(木)~11日(日)
   鑑賞     2010年7月9日 19:00~20:35(休憩なし)

 

 第17回BeSeTo演劇祭の参加作品。

 天井から吊り下げられた床に届く大きな紙、舞台後方中央に4枚が並び、それより手前・左右に各1枚。舞台前方に大き目のアクリルケースが並び、剣や冑、胴当などが収まっている。その一つに水が10Cmの深さに満たされている。

 役者は4人、壮大な歴史を4人で演じる。項羽、虞姫、劉邦は固定しているが、長昊は范増・李由など全13役をこなして物語を繋げる。

 メイクは、虞姫が京劇風であるが、他は素顔に多少のアクセント。
 衣装は、虞姫が伝統的な服装だが、他は漢服風だがかなり現代的な感じ。
 発声は、虞姫が裏声を使い、他は地声だったと思う。伝統的な抑揚が付いている。何ヶ所かで歌う。

 中国現代劇ではあるが伝統劇、この場合は京劇「覇王別姫」の香りが色濃く漂う。 

 物語の概要はおおむね次のとおり。

 中国を統一して秦を興した始皇帝が没し、再び天下が争乱に陥った頃。項羽は楚の地で蜂起。劉邦は秦軍と戦ったが追撃を受け、ひとまず項羽の元に身を投じた。

 項羽は鉅鹿にて秦軍を迎え撃破、その間に劉邦は都・咸陽を占領する。怒る項羽は鴻門で宴を開き、その席で劉邦を殺害しようとするが、剣先の光を見て我に返り、剣を収めてしまう。項羽は人格を尊ぶことを優先した。

 後に劉邦は項羽に宣戦するも、項羽は劉邦を栄陽の戦いで撃破する。劉邦は投降するが、虞姫の懇願で死を免れる。

 やがて態勢を立直した劉邦は、負け知らずだった項羽を烏江に追い詰める。虞姫は項羽の邪魔にならぬよう、一舞した後に自害する。項羽は、虞姫の面影を抱き、四面楚歌のなかに駆け出していく。

 項羽は悟る、”此天之亡我、非戦之罪也(これは天が我を亡ぼすのであって、戦い方の責任ではない)”。この後、時代は劉邦の興した漢に移る。歴史の綾だろうか。

 

 房子斌は、武骨ながら冷酷に徹しきれない項羽を浮かび上がらせた。
 長昊は、全13役を見事に演じ分けて物語をうまく紡いでいた。長昊なくしてこの演目は成り立たない。
 刘璐は虞姫、すなわち虞美人を演ずるに適った美貌を持つ。始終、伝統劇を思わせる発声・仕草が、伝統に裏打ちされた現代劇であることを暗示明示する。
 田征は、おどおどした言動ながら世渡りの上手い劉邦になっていた。
 出演者全員が、伝統劇も現代劇もこなしているように思える。とにかく皆が芸達者である。

 

 現代劇と言いながら内容が歴史物であるから、伝統劇の雰囲気を引きずるのは仕方ないだろう。その中で次のような特徴を感じた。

 まず、項羽のモノローグの多用。モノローグと言うよりナレーションが的確か。どこか離れた視点から過去を見ている印象が漂う。回想の物語か。

 舞台に吊り下げられた紙は、殺人の場面などで紅いインクが上方から流され、血糊・血しぶきを明示する。あるいは血を思わせる居ろ水がアクリルケースに落下して紅く染める。伝統劇の華やかな殺陣に置換されるのだろうが、表現として直感的である。

 古琴演奏はかなり抑制的に使われていて、もったいない感じがした。楽器的に大音量は望めないと見えたが、別の楽器でも良いからもっと前面に出たら。

 中国国内ではどのように評価されているのだろうか。かなり斬新なのだろうか、多分そうだろう。制約のある中でいろいろ試みているのだろう。それにしても、なかなか興味深い一夜だった。

 私個人について言えば、その昔、仕事で咸陽に三ヶ月ばかり滞在した。劉邦陵を遠望し、周辺も見学したので懐かしい思いがした。

   (2010年7月11日記録)

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2010年7月 9日 (金)

音楽:みなとみらいクラッシック・クルーズ Vol.16

  演奏  NHK交響楽団メンバー With 佐份利恭子

  曲目  プッチーニ   :「菊の花」
      ドヴォルザーク :弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」
      クライスラー  :愛しのロスマリン(アンコール)

  会場  横浜みなとみらいホール・大ホール
  公演  2010年7月8日14時30分~15時20分

 

 みなとみらいクラッシック・クルーズは、横浜みなとみらいホール主催のミニ・コンサート。毎月の開催、ランチタイム・クルーズ(12時10分~)とティータイム・クルーズ(14時30分~)の2回公演で各40分程度。室内楽中心のプログラムで、各回の演奏は同じですが、曲目は変わります。料金は1回券800円、通しで1400円。短い時間でも生の音楽を楽しみたいという方で結構賑わっています。

 今回は弦楽四重奏、ランチタイムのベートーヴェン:弦楽四重奏曲第10番「ハープ」も魅力的でしたが残念ながら用ありで、ティータイムのみを聴きました。

 

 メンバーは、第1Vn・佐份利恭子、第2Vn・松田拓之、Va・坂口弦太郎、Vc・桑田歩。

 「菊の花」は初めて聴く曲、めったに演奏されることもないようです。親交のあった伯爵が亡くなった際、哀悼の意を表すために作曲されたといわれます。弔意に添える菊の花は、元はヨーロッパの習慣らしいですよ。しみじみと故人を振り返るような静かな曲です。弦楽四重奏の形式が深みを増します。

 「アメリカ」は何か民族音楽を思わせます。故郷を思い起こしての事でしょうか、「交響曲・新世界より」の直後に作曲されています。
 第1Vn が正面にくる前よりの席、音と楽器の関係を見極めようかと。外声はともかく、内声を聴き分けるのは難しいですね。第2Vn と Va はボーイングがほとんど一緒、同じ旋律を弾いているのでしょうか。スコアを見れば一目瞭然ですけど。

 弦楽四重奏による「愛しのロスマリン」、ピアノ伴奏は華やかな感じがしますが、同種楽器による演奏は渋い美しさを感じます。

 

 常設の弦楽四重奏団ではありませんがプロの集まりですから、充分に楽しめました。弦楽四重奏は久しぶりに聴いたのですが、本当に素敵な音楽の形式です。今回はミニ・コンサートでしたが誘い水のようなもので、通常のコンサートに出かけたくなりました。 

 

次回開催は8月4日、日本フィルメンバーによるクラリネットを含む室内楽です。

   (2010年7月9日記)

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2010年7月 8日 (木)

演劇:MODE「カフカ・変身」(2010年7月8日)

   原作     フランツ・カフカ
   構成・演出  松本修

   出演     中田春介  グレーゴル・ザムザ
          小嶋尚樹  父
          石井ヒトミ 母
          山田美佳  妹・グレーテ 他

   会場     THEARTER IWATO
   公演     2010年7月6日(火)~11日(日)、詳細要確認
   鑑賞     2010年7月6日 17:30~21:10(休憩なし)

 

 「MODE・変身」は、2007年3月初演、今回が再演。少し前に東欧公演を好評裡に終えたそうで、いわば凱旋公演。それにしても、初めて出向く劇場・THEARTER IWATO の客席は100に満たない、まさに小劇場。とは言いながら、客の年齢層は比較的高いことが、並みの小劇場系とは異なる。手が届くような近さの舞台は、客席が隣の部屋であるような一体感を形成する。

 

 『ある朝、グレーゴル・ザムザが不安な夢から目を覚ましたところ、ベッドのなかで、自分が途方もない虫に変わっているのに気がついた。甲羅のように固い背中を下にして横になっていた。頭を少し持ち上げてみると、こげ茶色をした丸い腹が見えた。・・・からだにくらべると、なんともかぼそい無数の脚が、目の前でわやわやと動いていた 池内紀訳・白水ブックスより』。

 主人公・グレーゴル・ザムザが、虫に変身してしまうという無理筋な物語。ザムザは全編を通して虫なのだが、それを如何に表現するかは演出するうえでの大きなポイント。

 冒頭、ベッドのザムザが目を覚ます場面。三人が縦に連なる形で手足を蠢動させ、やがてベッドを転がり落ちて室内を這い回り、虫になったことを明示する。虫が明示されるのはこの瞬間だけで、以降は人の姿で演じられる。
 記憶に照らせば初演時より、虫であることの表現は執拗であったように思う。部屋を歩き回り、頭を振り上げて。

 虫の変化を具体的に提示しない演出、すなわち客の想像に任せる方法を好ましく思う。客の内面に、それぞれの考える虫が想起される。

 

 舞台は、ほぼ原作どおりに進行する。ザムザの変化の様子は、家族たちの反応で示される。家族はユーモラスさを秘めながらも、ザムザに対する仕打ちは次第にきつくなり、やっかいもの扱いになっていく。
 客はその反応から、変化の様子を感じ取ることになる。ザムザの見かけは何も変化していないから。

 主人公はザムザだが、家族もまた主人公たりえる。虫、すなわち異質なものが家の中に出現した時、どうような行動をとるか、それも注視される。

 やがてザムザは死を迎える。
 考えてみれば、家族三人は仕事もそこそこ順調で、現状はさほどひどいものではない。先の見込みもある。何ヶ月もなかったことだが、そろって郊外に出かける道すがら思うのである。

 

 ザムザの中田は地味な印象を受ける役者。新聞紙のうえに置かれた食事(えさ)を上手そうに食べたりと、体当たり的かつ淡々とした演技。ザムザの抑圧された状況も良く伝わった。他のカフカ作品にも出演するが、ザムザは適役。

 妹・グレーテの山田は、いまやMODEの主演女優。彼女の演技を通してザムザの変化を感じさせる重要な役回り。何となく繊細な印象を受けるのだが、小さな劇場でそれは良いほうに向っている。

 父・小嶋尚樹は創設メンバー。つねにユーモラスさを漂わせながらも、しっかり脇を固めている。今回もしかり。

 

 100年前に書かれた原作が、つい昨日書かれたような新鮮さを持って再演された。初演時は130分を要し、多少、冗長な印象を抱いた。今回は100分に短縮されすっきりした思いがする。
 それにしても虫とは何だろう。胸に巣食う虫をあぶりだす必要がありそうだ。

 多少、窮屈な思いのする劇場だが、それに耐えても観る価値のある公演だと思う。初演時の感想はこちら、読み返すとなんだか判らない文章だが。

 

 帰り際、思いがけず旧知のNさんに出会った。利賀フェスティバルの際、民宿を同じくする。今年もそろそろ計画する時期になったが、どうするか。ちょとごたごたしている。

   (2010年7月8日記録)

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2010年7月 6日 (火)

音楽:コムラード マンドリン アンサンブル 第38回定期演奏会

  指揮      飯塚幹夫・日高哲英
  演奏      コムラード マンドリン アンサンブル 

  会場      トッパンホール(東京飯田橋)
  公演      2010年7月4日 14時~16時

 縁あって定期演奏会に出かけることになりましたが、早いもので今回で三回目。当日の演奏曲は次のとおりです。

  1'st Stage
   (1) 還俗修道士   : G.フィリッポ、中野二朗編曲
   (2) 交響曲的前奏曲 : U.ボッタキリア
   (3) 歌劇「南の港にて」より間奏曲(独奏:小野智明)
             :  N.スピネルリ、中野二朗編曲
   (4) 組曲「吟遊詩人」
      Ⅰ.供奉 Ⅱ.若き騎士の歌 Ⅲ.牧歌(愛の歌) Ⅳ.結婚祝宴
             : A.アマディ、中野二朗編曲
  2'nd Stage
   (5) 桜幻想曲    : 鈴木静一
   (6) アンデルセン童話による音楽物語「マッチ売りの少女」
             : 鈴木静一
   (7) スペイン第3組曲 Ⅰ.ヒターノ Ⅱ.夜想曲 Ⅲ.春の祭
             : 鈴木静一
  アンコール
   (8) 粉屋の踊り   : ファリャ

 このグループは鈴木静一作曲の全曲演奏を目標にしているようです。プログラム後半に鈴木静一の曲が並ぶのは、その目標に沿ったものでしょう。アマチュア・グループならではの志高い行き方だと感じています。 

 最初の音を聞いて、バランスが良くなったと思いました。すなわちマンドリン族の音が前面に出てきている、良く聞こえました。

 以前よりメンバーが多いのでしょうか、多分、多いと思います。奏法の向上もあるでしょう。相俟って音が良く聞こえました。

 曲によって管、打楽器、ピアノが加わりますが、以前はそれらの音が大きくて、マンドリン族の音にかぶっていると感じることがありました。今回は気になる部分がほとんど有りませんでした。

 ただ、メンバーが増えればアンサンブルを整えるのは難しくなる。多少気になる部分がありました。あるいは表現が淡白になった部分もあったように思いました。

 一段上に行くための過渡状態にあるのではないでしょうか。今後がより楽しみになります。

 なお、「マッチ売りの少女」は、ソプラノとナレーションが加わりましたが、どうも不鮮明でした。実際の会場で合せていないでしょうし、客が入ると状況も変わるでしょうから、バランスさせるのが大変だとは思いますが。

 

 会場は座席数約400ですが満席でした。一年の成果を楽しみに待たれている方が多くいるのだと思います。今後、ますますのご発展を祈念いたします。

   (2010年7月6日記録)

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2010年7月 5日 (月)

随想:この人・百話一芸 第9回(2010年7月3日)

 

横浜能楽堂講座「この人・百話一芸」は、古典芸能の第一人者をゲストに迎え、前半で来し方の事などを聞き、後半で至芸を見聞きする構成になっています。

 今回のゲストは琉球音楽・三線奏者の人間国宝・照喜名朝一。聞き手は元NHKアナウンサー・牧港襄一。沖縄出身で沖縄NHK等勤務したことから、本来の聞き手であるNHKアナウンサー・葛西聖司が引っ張り出したようです。

 前後半で1時間45分(休憩15分)の予定が、約2時間に延びています。

 後半の演奏された曲目は次のとおりです。プログラムにない短い曲が2曲、最初に演奏されました。

  (1) 雑踊「浜千鳥」
      中川和恵・石黒愛菜・小松雅子

  (2) 雑踊「取納奉行(しゅぬぶじょう)」
      児玉道子・児玉絹枝・児玉小百合

  (3) 雑踊「鳩間節(はとまぶし)」
      平良豊子

  (4) 雑踊「加那(かな)よ-天川(あまかー)」
      児玉洋子・児玉由利子

  (5) 独唱「二揚(にあぎ) 仲風節(なかふうぶし)」
      照喜名朝一

   【地謡】  歌・三線  照喜名朝一・照喜名朝之
         筝     名嘉ヨシ子

 

 独唱「二揚 仲風節」は張り詰めた高い調子の歌。言葉はわかりませんが、心の底から湧き出す切なさが伝わってきました。

 今は立派な劇場で歌われますけど、元来は、生活に密着していたのでしょう。自分が歌ったら相手も歌い、そしてまた自分が歌う、すなわち歌合戦の場面が彷彿されます。

 歌がコミュニケーションの手段とすれば誰もが歌った筈ですけど、相手を納得させる技術の高いものが有利であることは当然。歌の上手いものが良い思いをする(例えば、宮本常一著・忘れらた日本人・対馬にて)。

 歌を聴きながら、伝統的な風習の存在が頭の中を駆け巡りました。歌の背後に生活が見えました。私だけの感じ方かも知れませんけれど。

 

 踊りは全体に魅力的でした。何となく琉球舞踊のイメージはあります。手の動きが印象的で、動作は大きくなく円滑、顕な決めポーズは無いような。それに沿ってはいるのですが、が、各々はコミカルな仕草を含んでいたりして面白いです。 特に印象が強かったのは最初に観た「浜千鳥」、手の動きが特に鮮やかでした。

 

 前後しますが、前半の話から興味深いところを整理しておきます。言葉が良く聞き取れないところもそこそこにあったのですが。

 古い写真を投影して。戦前の物はこの一枚しか無い。皆焼けてしまった。戦争中はどうすれば生きられるか、そういう気持ち。3月4月は飛行機、軍艦、上陸艇に囲まれ、しょっちゅう移動していた。

 戦前から三線はあった。家宝みたいなもの。大切なものとと貸し出し用があった。小さい頃、大切なものは近づけなかった。おもちゃの三線を作ってもらった。その頃の覚えた曲を爪弾く、もしもしけめよ。

 戦後建てた家の写真を投影して。裏山の頂上で歌った。ガマもあった。山を降りてさまよっていたら、戦場になっていたのでどうなったことか。ガマにいた。

 10代の頃から祝いの式で弾いていた。年寄り・女・子どもしかおらず三線の弾けるのは自分だけだった。みんなを喜ばせようと色んな歌を覚えたが、皆泣いている。恋人などが戦争に行っている。

 人間国宝になったのは、エアー沖縄をやめてすぐ(航空関係事業をしていた)。連絡があったので、試験はありますかと聞いたら笑っていた。

 他に仕事の話など。音楽の話などもあったが聞き取れない、言葉のわからない部分も少なからずありました。

 

 淡々と話していましたが、戦争の思いは色濃く残っていると感じました。現在の沖縄の状況に及びませんでしたが、どのように思っているのでしょうか。もっと沖縄の事を知らなければいけないと、そんな思いも強くしました。

   (2010年7月4日記録)

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2010年7月 4日 (日)

路上観察:「たまリバー50キロ」完歩計画・その3(2010年6月30日)

 最初に当日の記録を。
   起点  上流側 0Km地点 羽村取水堰下橋際
   終点        23Km地点 是政橋
   全長     26Km
   総時間    6時間00分(前後区間を含む)
   歩行時間   5時間14分(前後区間を含む)

 

 既に「たまリバー50Kmコース」の部分を何回か歩いています。今回は上流側起点、すなわち0Km地点から歩こうと思いました。最寄り駅はJR青梅線羽村駅。横浜から電車を乗り継いで2時間ほど、青梅線に乗るのは初めてでした。
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 羽村駅西口の案内板を参照、羽村取水堰までは距離900m。取水堰は玉川上水の取り入れ口で、この辺りの水量は豊富、分かれた玉川上水にも水は滔滔と流れていました。玉川上水は完成当時から何回か手が加わっているようですが、当時の大工事だったのでしょう。偉業です。感動しました。
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 少し周辺を巡りましたが、取水堰の真横に玉川水神社・玉川上水羽村陣屋跡、羽村公園に玉川兄弟像がありました。
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 玉川兄弟像の裏面に嵌め込んであるプレートには次のように刻まれていました。

   表題 東京都知事安井誠一郎書

   徳川氏の江戸に幕府を開くや市外を整え
   道路を通じ衆庶の安住を計る 飲用水そ
   の主要なるを以て先に井頭溜池等の水を
   引いて之につ 三代家光の時に至つて
   戸口増加し更にその対策に苦慮す 老中
   松平信綱は町奉行神尾元勝等をして多摩
   川の引水を計画せしむ 承應二年多摩郡
   羽村の生縁なる庄右衛門清右衛門の兄弟
   あり能く水利に通じ土地の高低を察し幾
   多苦辛の末は村に堰を設け水路を江戸四
   谷に通じて多摩川上水を引入れ以て市民
   の飲用に供す 幕府表彰して玉川の姓を
   追贈す 爾来三百余年その規模は漸次拡
   大して今日の東京都の水道となり益々大
   東京の発展に寄与せり 茲に玉川氏往年
   創業の跡に兄弟の銅像を建設し東京都民
   の感謝の意を永遠に傳えんと欲す
     昭和三十三年九月
      玉川兄弟銅像建設委員会建
      東京都文化財専門員稲村坦元撰
        鳳竹   仁平一雄碓
           (注:原文は縦書き)

 さて、羽村公園で「たまリバー50Kmコース」の案内板を見つかったのですが、0Km標識が見つかりませんでした。無いわけないと土手を歩き始めたら、最初の橋・羽村堰下橋脇で見つかりました(案内板の周辺地図利用、追記)。
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 橋中まで進んで上流側を見ると、羽村堰全体がよく見えます。もう一度、感動し直しました。
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 桜並木が暫らく続きますので、春はさぞ美しいことだろう、来春に忘れないで再訪しようと思いました。それ以前に再訪しそうですが。

 3Km付近に、多摩川中央公園の一角に古戦場「史蹟石濱渡津跡」および「牛浜渡し跡」の碑がありました。先を急ぐので横目で見るだけで通り過ぎました。ゆっくり眺めるのも楽しいのですが。
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 10Km過ぎに多摩大橋、14Km手前で立日橋と多摩都市モノレール、19Km過ぎで京王線鉄橋、23Km手前でJR貨物線鉄橋を潜ります。橋や鉄橋が歩く時の目印になります。あの橋まで、あの鉄橋までと。
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 23Km手前から是政橋が見え、時刻も18時近くになっているので、ここで切り上げることにしました。橋を渡って神奈川県に入るとJR南武線南多摩駅は間近です。少々疲れましたが、この位の距離ですと後に痛みが残るようなことはありません。
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 今回で「たまリバー50Kmコース」を一通り歩いたことになります。次回は是政橋から残りを一気に歩きたい。そうすれば、とりあえず2日間で53Km歩くことになります。

 

 毎度のことですが歩き始めが遅く、今回も12時でした。距離30Kmを8時間とすると、遅くとも10時前にスタートする必要があります。
 水分補給も重要、今回、ペットボトル1本持参で不足しました。コースに自販機等ありませんし、近くにもなかなか見つかりません。おおめの持参必須。スポーツ飲料を凍らせたものを持参すると、顔を冷やしたりするのにも使えます。ハイキングと同じ準備をする必要があります。反省。

   (2010年7月4日記録)

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2010年7月 2日 (金)

路上観察:横須賀美術館周辺散策(2010年6月28日)

 

 横須賀美術館に向うには、京浜急行馬堀海岸駅あるいは浦賀駅から公共バスを利用します。馬堀海岸駅から海辺をハイキングしながら向かうのも楽しいものです。
 横須賀美術館の鑑賞を終えたら、周辺を散策するのが常です。
 色々な組合せで丸一日を楽しめます。以下、「ブルーノ・ムナーリ展」鑑賞前後の、主に後の行動を紹介します。

 

 京浜急行浦賀駅から観音崎行きバス利用、所要時間15分。下車後、進行方向に5分ほど歩くと横須賀美術館です。

 横須賀美術館正面です。背後は、道路一本隔てて海です。
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 美術館エントランスの左側がレストラン(写真では中央やや左)、海を見ながらのんびりとランチするのも素敵です。会期中の特別メニューの一つ、ブルーノ・ムナーリが妻に捧げた色「ディルマ・ローズ」をイメージしたカンパリとビールのカクテル。グラス越しに貨物船が見えるかも知れません。
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 エントランス脇の螺旋階段を登ると「恋人の聖地」、何だか判りませんが。晴れていれば行き交う船の向こうに房総半島が手に取るような近さで見えます。ここから 観音崎公園に出られます。
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 足の赴くままに観音崎公園に向かいます。レンガ舗装の道が、崖の要所には石垣が。この辺り一帯は要塞跡、その片鱗だと思います。砲台跡があちらこちらに、脇道やトンネルもあります。草に覆われ落ち葉が積もっていて、タイムスリップしたような思いが湧いてきます。
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 「戦没船員の碑」もあります。無念の思いを抱きながらあの世に旅立ったのでしょう。こういう記念碑を見るのはつらいものがあります。
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 がらりと印象は変わりますが、花の広場やアスレチック広場があります。
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 観音崎といえば、日本で最初の洋式灯台・観音崎灯台にも足が向きます。「映画・喜びも悲しみも幾年月」が思い出されるとすれば、私より上の世代でしょう。リメイク版もあるようですから、一概にそう言えないかも知れませんけど。傍らに高浜虚子の句碑「霧いかに 深くとも嵐 強くとも」が。季語は霧、嵐は「あらし」、「らん」ではないでしょうね。
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 灯台を下って海岸へ、沖には大きな貨物線が。
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 海辺を京浜急行馬堀海岸駅までハイキング。途中の何気ない歩道橋、左手は海ですけど上手く撮れていません。この歩道橋、実は「ユーミン・よそゆき顔で」で歌われている観音崎歩道橋のようですが、私は未確認です。
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 馬堀海岸駅に行く途中、ボードウォーク、走水神社、東京湾一望のビュースポット、走水水源地他にも名所があります。
 京浜急行浦賀駅に向えば、東叶神社、西叶神社、浦賀の渡しなどがあります。体力と相談しながら楽しんでください。

   (2010年7月2日記録)

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2010年7月 1日 (木)

美術:ブルーノ・ムナーリ展(2010年6月28日)

  名称    ブルーノ・ムナーリ展  アートの楽しい見つけ方 
  会場    森横須賀美術館
  会期    2010年6月26日(土)~8月29日(日) 、詳細はこちら
  鑑賞日   2010年6月28日

 
 

 作曲家・武満徹の作品「ムナーリ・バイ・ムナーリ」は、ムナーリから贈られたオヴジェに触発されて生まれたらしい。それが記憶に残るか、あるいは美術雑誌で知ったか、一部作品を観たことがあるか。とにかく名前を知るものの、その作品をまとめて観たことはありませんでした。興味がありましたので、早めに出かけました。

 

 展示は次のように区分されています。

   第1章    機械とアート ---- ムナーリの原点 
   第2章    アートによるコミュニケーション
             ---- グラフィックワークを中心に
   第3章    空間を豊かにするアート ---- 彫刻、オブジェ
   第4章    生活を豊かにするアート ---- プロダクトデザイン
   第5章    手のひらのアート ---- ムナーリの本たち
   体験コーナー アートと遊ぼう ---- ムナーリの遊具

 大掛かりなインスタレーションを持て囃す傾向があるように思います。興味深い作品も少なくないのですが、背後に商業資本の影がちらくものもあるように思えます。

 「ブルーノ・ムナーリ展」に展示された作品はインスタレーションではありませんが、大掛かりなものもなく、商業資本とも隔絶していると感じました。威圧されることもなく、滋味かなとも思えます。でも、所々で思わず笑いがこみ上げてきたり、懐かしさを感じたりします。

 そう、副題にあるように「アートの楽しい見つけ方」が確かに、そこにありました。

 例えば第1章。機械は効率的に動くもの、役に立つものと言う概念の逆の概念として、「軽やかな機械」「役に立たない機械」などの作品が展示されていますが、平たく言えばモビール。小学生の頃、似たようなものを作った記憶があるでしょう。子供連れならば、対話が始まるきっかけになりそうです。

 第5章、ムナーリーの本たちは、谷川俊太郎、須賀敦子などにより翻訳されたものも多々あります。意匠をこらした美しい装丁で大いに楽しめます。

 作品が多方面にわたりますので、ブルーノ・ムナーリとは何かという思いに回答は得られませんでした。が、総合したものがブルーノ・ムナーリなのだとは思いました。貫くものがアートなのでしょう。

 今日から7月、学校の夏休みはもうすぐです。子どもたちと一緒に「ブルーノ・ムナーリ展」に出かけるのも素晴らしい思い出になりそうです。
 7月3日からの常設展は「原田和男・鉄の響きに耳を澄ます」。正式なタイトルではありませんが、意はこれで尽くしているでしょう。鉄の楽器の演奏、何か楽しそうです。私もまた出かけます。

 

 横須賀美術館は観音崎の海に面し、背後に観音崎公園が控えています。美術と海と山を同時に楽しめます。美術館併設のレストランから、行き交う船を眺めながらのランチも優雅です。が、いつ行っても混雑していますので要注意。

  (2010年7月1日記録)

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