美術:懐かしい絵(2010年7月14日)
東京国立近代美術館の企画展「建築はどこにあるの?7つのインスタレーション」展を見終えてから、常設展に足を向けました。前回訪れたのが何時だったか、記憶にありません。まあ、初めてに等しい。
常設展会場は1階からエレベータで4階に上がります。4階から2階へ、各階を鑑賞しながら降りてきます。
4階のエレベータホールから展示室に入った瞬間、懐かしい思いがこみ上げてきました。若い時にどこかで観た作品が固まって展示されていたからです。
彫刻では「荻原守衛・女」「中原悌二郎・若きカフカス人」「高村光太郎・手」。絵画では「中村彝・エロシェンコ氏の像」「佐伯祐三・ガス灯と広告」「松本俊介・Y市の橋」。
彫刻三点は、安曇野・碌山美術館で初めて観たと思います。恐らく40年近い前のことです。
碌山美術館の立地に惹かれる一面もありますが、近代彫刻の作品群が何とも魅力的です。こういう時代を経て、今につながるという思いが湧き出てきたように記憶します。かなり以前、斜めに読んだ「臼井吉美・安曇野」も、今読めば少しは判るかも知れない。
「荻原守衛・女」は、裸婦の斜め上に向っていくポーズに、新しい時代を切り拓く意気込みが込められているように感じます。「中原悌二郎・若きカフカス人」は、その後いろいろな所で観ました。モデルの寡黙さ・誠実さが滲み出てくるようです。この作品は好きだな。「高村光太郎・手」は、さらに以前、美術の教科書に掲載されていたように記憶します。詩を創り、彫刻も。天は二物を与えると。
中村彝を意識したのは茨城県立美術館の「中村彝と時代展」、水戸の近所で仕事していた合間に出かけました。確認すれば1982年のこと。「中村彝・エロシェンコ氏の像」の展示はなく、「鶴田吾郎・盲目のエロシェンコ」が展示されていました。私は長いこと混同していました。その時は、中村彝の「少女」「髑髏をもてる自画像」が強烈に刻み込まれました。
佐伯祐三は名古屋市美術館の「佐伯祐三展」だったと思います。愛知県下で仕事をしていて休日に出かけました。パリの街角を描いた作品が多く、「佐伯祐三・ガス灯と広告」が展示されていたか否かは定かでありません。「郵便配達夫」のポスターを購入、パネルに仕立てて寮の部屋に飾っておいたものでした。
何時だったかはっきりしませんが、「松本俊介・Y市の橋」を初めて観たのは神奈川県立近代美術館だったような気がします。ただし、「Y市の橋」のタイトルが付いた絵は4点あるそうで、展示されている絵は青みがかった色調、私の記憶は茶色っぽい。モティーフとなったY市の橋は自宅から歩いていける距離、と言うより横浜駅きた東口を出たら目の前。以前、私のブログでも言及しています。
その他にも懐かしい絵は何点もありましたけど、初めて見たときの思いのようなものが残るのは、ここで取り上げた作品です。制作年代は明治後期・大正・戦前の昭和。私は戦後世代ですけど、作品が懐かしいばかりでなく、作品に込められた思いのようなものにも懐かしさを感じるのはなぜ。
(2010年7月17日記録)
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