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2010年6月

2010年6月30日 (水)

随想:野球賭博と若き力士の死

 スポーツとしての相撲に強く惹かれる訳ではありませんが、反社会的な一面が顕になって、相撲はどうなるのかなと思っています。

 今日、ツイッターで下記ツイートを読みました。テキストも貼り付けておきます。
Sumo_3

 『s_yo_ko 大荒れの相撲界。盛り上がる野球賭博。ただ、そこでハッとさせられる一言。「たかが博打で部屋が閉鎖するなら、何でウチの息子が死んだ時はそうならなかったんだ。」3年前、時津風部屋で暴行されて亡くなった斉藤俊くんのお父さん。今年の法要には、力士も、記者も朝日新聞記者1人を除いて来なかった』

 若い力士の死、親御さんにしたら何年過ぎても風化するできごとではないでしょう。

 世間は目は野球賭博に集まり、私もそこにしか目がいきませんでした。野球賭博はどうでも良い、とは思いませんが、このツイートには大いに考えさせられました。

 みなさんは感じるところがあるでしょうか。

  (2010年6月29日記録)

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2010年6月28日 (月)

音楽:神奈川フィル第264回定期演奏会(2010年6月26日)

  指揮  小泉和裕

  独奏  矢野玲子(vn)

  演奏  神奈川フィルハーモニー管弦楽団

  曲目  ブラームス :ヴァイオリン協奏曲ニ長調
       (休憩)
      ブラームス :交響曲第1番ハ短調

  会場  横浜みなとみらいホール(1階29列24番)
  公演  2010年6月26日14:00~15:55

 

 若き小泉和裕を聴いたことがあります。恐らく新日本フィル、曲は「トリスタンとイゾルデ・前奏曲と愛の死」、後は何だったか。カラヤンコンクール優勝直後で颯爽としていました。

 暫らくして私はオーケストラに足を向けなくなり、2009年から神奈川フィル定期に通うようになりました。今回の定期で、およそ30年ぶりに小泉和裕を聴くことになりました。舞台の出入り、指揮ぶりは相変わらず颯爽としていましたが、さすがにお年を召した感じ。私も同世代、自分もお年を召したのだろうなと、音楽とは程遠い思いに浸っていました。

 

 さて名曲コンサートの趣のあるプログラムも良し。淡々と響きわたる演奏もまた良し。何か変化しなければならない雰囲気が支配的な世の中ですが、変化しないものがあることも大切だと感じました。ミクロ的に見れば変化していないことなど無いでしょうが、でもそのように感じさせるのが名曲であり、名曲の良い演奏ではないでしょうか。

 V協独奏の矢野玲子(りょうこ)は、見た目にも若さがみなぎっていました。まだ30歳前だと思います。新鮮な演奏でしたが、随分と堂々しているようもに感じました。演奏ばかりでなく、待っている時など観客席を見やったりして。不可能でしょうが、30年後にどのような演奏をするか聴いてみたい思いがしました。

 1番は、またオーケストラを聴きだして、本当に良かったなと思いました。ティンパニー連打を伴う冒頭から、4楽章のベートーベンを思わせる主題、フィナーレに向けて高揚していく気分。どの部分ということでなく、どのパートということでなく、総合力。弦はいつもより少し乾いた音色に感じましたが、それさえブラームスに適していたと。小泉和裕のカラヤン風なものが出ていたのでしょうか。神奈川フィルもそれに応えたと。

   (2010年6月28日記録)

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2010年6月27日 (日)

路上観察:鎌倉源氏山・天園ハイキング(2010年6月24日)

 JR鎌倉駅西口を起点に、京浜急行金沢文庫駅を終点にした健脚向きのハイキングコース。良く知られた大仏コース・天園コース・六国峠コースを連続して歩きました。

 鎌倉大仏前を通り過ぎて裏山へ登り、源氏山を経由してひとまず北鎌倉へ。観光客に紛れて明月院に向うも、明月院を通り過ぎて山道を天園へ。茶店でしばし休憩した後、京浜急行金沢文庫駅に向います。

 古都鎌倉は、周囲を山に囲まれた天然の要塞であるこことを実感できます。それでも滅びてしまうのですけど。

 記録等を含む詳細は「ホームページ・変様する港街から」を参照願います。

   (2010年6月27日記録))

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2010年6月24日 (木)

読書:最近の読書から(2010年6月24日)

1.『ノーマ・フィールドは語る  戦後・文学・希望』
    岩波ブックレットNo.781、500円(税別)

 

 ノーマ・フィールド(以下、ノーマ)は、1947年、米軍人と日本人女性の間に生まれる。シカゴ大学教授、日本文学・日本文化専攻。著書に「天皇の逝く国で・1994年」「祖母のくに・2000年」「へんな子じゃないもん・2006年」(以上は大島かおり訳・みすず書房)。他に「小林多喜二―21世紀にどう読むか・岩波新書赤1169」など。

 本書は、ノーマ、岩崎稔(東京外国語大学教授、哲学・政治思想専攻、成田龍一(日本女子大学教授・日本近代史専攻)の鼎談を記録したもの。60数ページと短いが、ノーマの創作の背景に言及していて興味深い。

 「天皇の」では、昭和天皇の病から死に至る間、東京に滞在していたノーマが日本人の行動様式を考察したもの。特に、山口・中谷康子(殉職自衛官靖国合祀取消し訴訟)、沖縄・知花昌一(沖縄国体日の丸焼却事件)、長崎・本島等(長崎市長銃撃事件)を取り上げ、日本人には書けないであろう日本を書いた。

 「祖母の国」は、英語・日本語で書かれた論文の集成。ノーマのバックグラウンドに迫ると述べられているが、記憶が薄い。

 「へんな子」は、過去に感想をまとめている。そこで、書名について疑義を発しているが、本書ではそれにも触れている。

 本書の話題は、例えば、「著書について」「基地と沖縄」「源氏研究と「天皇の」を結ぶもの」「生い立ち」「出版のプロセス」「多喜二から新しい取組みについて」などなど。

 著書を読むこと無しに本書の理解の進まない面もある。しかし、本書を読んでから著書を読めば、より理解が深まるように思える。

 私は「天皇の」「祖母の国」「へんな子」を既読、しかし、理解は充分と思っていない。時間に余裕ができたこともあって再読したいと思っている。その前に本書を知り、一読できたのは幸運であった。

 「沖縄」「イラク人質事件」「外務省機密漏えい事件」・・・。為政者に流されず、世間に流されず、自ら考えて判断することの重要さを、より深く気付く契機となるだろうから。そして行動へ。

 うまくまとまりませんでしたが、知って頂けただけでも良かった。できれば書店で手にして下さい。
 著書もどうぞ。一冊なら「天皇の逝く国で」、名著だと思います。

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2010年6月22日 (火)

読書:最近の読書から(2010年6月22日)

1.『アメリカから<自由>が消える』
    堤末果著、扶桑社新書071、700円(税別)

 

 結びに引用されているのが、後に第四代アメリカ大統領となるジェームズ・マジソンが合衆国憲法起草に関わった際に残した言葉。「民主主義にとって最大の脅威とは<戦争>や<安全保障>の名の下に、司法、立法、行政などすべての権力が一箇所に集中することだ」。
 本書は、この一箇所に向けて進んでいくアメリカの様子を報告したもの。

 著者は9.11から数日して、見えない敵に気を取られている間に、アメリカを少しづつ侵食し始めた何かに気付いた。やがて「愛国者法が議会を通過し、自由を謳歌したはずのアメリカ社会は急激に変わり始めたと言う。例えば。

 「搭乗拒否リスト」はアメリカ政府が存在を公式に認めている。そこには、テロ容疑者に止まらず、緑の党会員、キリスト教系平和活動家、市民は弁護士などが掲載されている。掲載された理由は判らず、取り消す方法もない。その人たちは飛行機に乗ることができないばかりでなく、就職の面接でテロ容疑者と看做され不採用になることすらあると言う。

 「ミリ波スキャナー」とは、ミリ波レントゲンで全身をスキャンすることにより、下着の下に隠している金属物や爆発物など、様々な物質を感知する。いわば乗客を裸にするに等しい機器のこと。設置が進む。

 「監視カメラ」は、およそ三千万台が設置され、毎週四十億時間におよぶ国民の画像が撮られている。2009年7月、国内六カ所の空港に七百名十万ドル相当の監視カメラ設置計画が発表された。

 これらがエスカレートした背景に「愛国者法」がある。9.11以後、猛スピードで議会を通過した。この法で、国内でやり取りされる電話、Eメール、ファクス、インターネットなどの全通信を、政府が監視する体制が作られることになる。政府機関の間で情報の寄せ集めも可、五億六千万件の個人情報が入っている巨大データベースが、50の政府機関の共有となった。

 こういう仕掛けが、言論の自由を抑制する。市民団体や学生の集会やデモが標的にされ、科学者や大学教授が口を封じられる。疑心暗鬼の雰囲気が周囲に立ち込める。

 

 自由の国・アメリカの印象が一変する。そう思っていることが既に時代遅れになのだろう。さて日本はどうなのだろうか。

 最近つくづく思うことがある。
 見知らぬ人の正面から唐突に写真撮影したら、その人はどのような行動をとるだろうか。誰もが少なくとも不快の念を抱くだろう。
 街角の監視カメラが増大し、常に写真を撮られていると感じる。正面きっての撮影ではないし、撮影者の存在も感じない。が、唐突に写真(あるいは映像)撮影されていることは事実だろう。
 やましいことは無いから撮影されても構わないと思う方、本書を一読しても考えは変わらないだろうか。

 日本の現状はアメリカと異なるだろう。しかし、ちょっとしたきっかけで大きく方向を変えることは容易だ。ハードは着々と設置が進む。ソフト(運用など)は容易に変えられるのだ。

 本書は、<自由>の観点からアメリカを見つめたら、かなり不自由なことが
増大していると言う。しかし、それに抗う動きも芽生えていると言う。見つめ続ける必要があるだろう。

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2010年6月21日 (月)

読書:最近の読書から(2010年6月21日)

1.『ルポ貧困大国アメリカⅡ』
    堤末果著、岩波新書赤1225、720円(税別) 
 

 前著「ルポ貧困大国アメリカ」の続編。公教育、社会保障、医療、刑務所の四分野を取り上げる。

 公教育の要旨は以下のとおり。

 アメリカ人にとってマイホームと高等教育は夢、その実現に政治家たちが一生懸命になった時代もあった。しかし、この二つは似ているようで性質が違う。マイホームはなくても生きられるが。

 高等教育が、ワーキングプアーにならないための投資ならば、どんなに借金を重ねても高くはないと思ってしまう。例え、教育がビジネスであったとしても。

 しかし、子どもにとっての教育の動機が恐怖や強迫観念に変わるとすれば、それは有益なビジネスチャンスになる。例え、国の未来を食い物にすることであったとしても。

 民間の学資ローンを借りる学生数の割合は増大している。ある学資ローン企業のCEOは、四億五千万ドルの高額報酬を手にした。巨大市場が生まれ、破綻する学資ローン利用者が増大する現状。

 

 さて、日本の状況はどうか。国が異なっても、子どもに高等教育の機会を与えたいと思う親の気持ちは変わらない。息子が大学に通っていた頃、うちは貧乏だと言っていた。母集団の範囲によってはそれを否定できない。教育機会が親によって左右されるとしたら、子どもにとっては大いなる不幸。社会的な不平等とも言える。

 ある分野がビジネス対象になれば、利益最大の原則が適用される。それが社会保障、医療、刑務所だとしても、例外とはならないことが本書を読むと理解できる。

 ここに取り上げた事例が、日本の先行指標にならないことを祈るばかりだ。が、現実は少しづつその方向に向っているように思う。

 折りしも「最小不幸社会」という新たな概念が呟かれた。新たな概念は、既知の言葉や事実で定義されるべきであろう。

 「チェンジは待つものでなく起こすものだとという人々が、リーダーに丸投げする代わりに自らのビジョンを描き、未来を創るプロセスに参加し始めた時、真のチェンジは訪れるだろう」とは本書の結び。こういう一面にアメリカの偉大さを感じる。そしてまっすぐ歩けば良いのにとも思う。

 一読をお勧めする。本書はルポであり、新書の性格としてこれ以上の言及は無理。別の形で続きを期待する。

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2010年6月19日 (土)

路上観察:鎌倉長谷付近のアジサイ(2010年6月18日)

 アジサイもそろそろ見頃、天気予報によれば横浜周辺は午後から雨とのこと、午後の早いうちに予定を終われば雨に濡れることもないでしょう。という訳で久しぶりに鎌倉へ。10時過ぎに江ノ電・極楽寺下車、JR北鎌倉駅まで気の向くままに散策予定。以下、訪問順にご紹介します。

 極楽寺。門を潜って境内に入ったところに撮影禁止の立札。私もカメラ片手に出かけたので機先を制された思いもしたですが、確かに撮影マナーも悪くなっているので仕方ない一面もあると納得、気をつけないと。帰り際、門前で一枚。
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 成就院。本堂は高台にあり、東西の参道から登ります。参道のアジサイは多少早いかもしれませんが、それも魅力的。東の参道を下る際、アジサイの連なる先に由比ガ浜が視界に入って奥行きのある光景。しかし、写真を撮ろうと思えば構図と露出が難しいです。
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 御霊神社付近。珍しい丸い郵便ポスト、取り囲むアジサイの色は意識して選んだのでしょうか。
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 御霊神社。なかなか重厚な社殿です。社殿裏にアジサイが咲いています。社殿側から入口方向を眺めると、江ノ電が目の前を通過します。皆さん右を向いていますが、線路脇のアジサイ越しにトンネルから出てくる江ノ電を撮影しているためです。
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 長谷寺門前まで行きましたが人が多そうなのでパス。光則寺も同じく。

 甘縄神明宮。裏道を鎌倉文学館に向う道筋にあるので寄りました。普段と変わるところはありません。手水鉢に刻まれた文字を「漱石」と読んだのですが、正しいでしょうか。
 後方の石碑は万葉歌碑で「鎌倉のみ輿の崎の石崩の君が悔ゆべき心は持たじ」と刻んであります。社殿の裏山を御(み)輿ヶ嶽、御(み)輿の崎と言うそうです。
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 鎌倉文学館。元は旧前田侯爵家の鎌倉別邸。建屋内から、広大な庭園越しに由比ガ浜が見えます。
 企画展は「高浜虚子」。「去年今年貫く棒の如きもの」の短冊、去年今年という表現が面白くて記憶します。福岡秋月の出かけた時の写真、私も今年四月に行ったばかりですので判りましたが、秋月城長屋門前でした。その他、軸、短冊、俳誌「ほととぎす」などの展示。
 常設展は鎌倉文士の作品等展示。「中山義秀・芭蕉庵桃青」のみ読んだことがありました。
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 かすかな雨が降り始めていました。JR鎌倉駅まで進んだところで予定を切り上げました。鎌倉のアジサイ、19・20日の週末は見頃でしょう。

  (2010年6月19日記録)

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2010年6月18日 (金)

路上観察:横浜・三渓園の花菖蒲と睡蓮(2010年6月16日)

 横浜・三渓園は歴史的建造物が配置された池泉回遊式庭園。重ねて四季折々に花が咲いて散策の楽しみが増します。今は花菖蒲と睡蓮。

 正門から入場して池端に立てば、右岸と左岸に花菖蒲が咲いています。つぼみも沢山ありますが、開花しているのも少なくありません。しばらく楽しめそうです。
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 右岸通路の右の小さな池には睡蓮が咲いています。こちらは咲き始めでしょうか。同じく、しばらくは楽しめそうです。
 また、南門に接した園外の池にも睡蓮が咲いています。本牧市民公園の一角ですから、入園しなくとも楽しめます。写真は園外の池に咲く睡蓮です。
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 7月に入ると園内の蓮が咲くことでしょう。朝6時からの早朝観蓮会が案内されています。お近くにお住まいの方、出かけてみませんか。

  (2010年6月18日記録)

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2010年6月17日 (木)

随想:蓮舫著・一番じゃなきゃだめですか? 期間限定全文公開

 6月18日20時までの期間限定らしいですけど、「一番じゃなきゃだめですか?・蓮舫著・PHP研究所発行」が、PDFファイルにて全文公開。新刊なのに鷹揚。

 事業仕分けに関する思いや、行動基準が形成された生い立ちなどについて語られています。報道で部分的に知ることも、当事者が語ればニュアンスは異なります。

 Twitter を利用したQ&Aがコラムになっているのも面白い。インタネットによる事業仕分け中継の背景にも触れられています。

 トレンディな話題ですから、部分的にでも読んでみたらいかがでしょうか。ページが左右入れ替わっていますけど、読むに支障はありません。

 私は一気に読了、一冊売り上げ減。

   (2010年6月17日記録)

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2010年6月16日 (水)

読書:最近の読書から(2010年6月16日)

1. 『Twitter革命』
2. 『なぜツイッターでつぶやくと日本が変わるのか』


1. 『Twitter革命』
    神田敏晶著、ソフトバンク新書・118、730円+税

 Twitter(以降、ツイッター)とは何か。「140字のミニフログ」と言ってもブログを知らないと想像つかないだろう。140字でどのようなメッセージを伝達できるか疑問も湧くだろう。
 判らないまま年初にツイッターを始め、それから本書を読み、最近再読。

 ツイッターは玉石混交の情報が向うからやってくる。ブログ等既存のサービスは自分が情報を探す、その点がまずは異なる。

 誰からやってくるかと言えば、原則はフォローした人から。どのような人をフォローできるか、例えば、原口総務大臣、タレントの水道橋博士、参議院議員の山本一太・世耕弘成。オバマ大統領も。有名・無名の多くである。

 相手が自分をフォローしていれば、自分のメッセージは時々刻々相手に届く。フォローしていなくとも、相手のアカウントを指定すれば自分のメッセージは届く。

 誰かのメッセージを、その人をフォローしている人以外に届けたければ、リツイート(ReTweet)。そのまま、あるいは自分のメッセージを付加して届ける。これも既存サービスと異なる点である。

 

 極めて一面を説明した。本書は「革命はもう始まっている」「ツイッターの何がすごいか?」「メディア革命」「ビジネス革命」「革命は終わらない」との章立て。ツイッターの基礎知識からサービス利用面の一通りの知識を与えてくれる。

 知らないことだから、そんなものかと思う。ツイッターを始めたら異なる一面を発見するかも知れない。それで良いだろう。

 新しいことを始める時、ゼロからスタートするか、手っ取り早く多少の知識を得てスタートするかである。後者を選択するなら、本書は役に立つだろう。

 

2. 『なぜツイッターでつぶやくと日本が変わるのか』
    上杉隆著、株式会社晋遊舎、900円+税

 著者はフリージャーナリスト。本書は著者の対談を記録したもの。副題は「マイクロジャーナリズムが政治とメディアを揺らす8つの話」。

 対談相手は、原口一博(総務大臣)、水道橋博士(タレント)、山本一太(参議院議員)、世耕弘成(参議院議員)、逢坂誠二(内閣総理大臣補佐官)、岩上安身(ジャーナリスト)、亀松太郎(ネットメディア記者)、畠山理仁(フリーライター)の8人。いずれも、マイクロジャーナリズムのどこかに位置する。

 

 水道橋博士:記者クラブが存在するのは世界中で三カ国、ガボンとジンバブエと日本。著書に書評が付くが、唯一つ「ジャーナリズム崩壊」は書評が一文字もなく、口コミで売れた。ツイッターを利用すればこれが可視化できると気付く。それは一瞬で記者クラブの壁をやぶるというより、壁を越えたきっかけ。

 原口総務大臣:ツイッターは権力者にではなく、一般の人にとっての武器になる。政治システムそのものを変えることになるかも知れない。既存クラブのメディアは、新聞にせよテレビにせよ加工された情報が出る。ツイッターは未加工の情報、これまでとは180度違うものがたくさん出る。

 岩上安身:マスメディアの記者クラブの特徴は、官僚と結託することにより情報をコントロールすること、それを「官報複合体」と造語した。ツイッターを使えば、旧来のメディアを通さない、「中抜き」で情報を送ることができるけれど、間に入って論評することは必要になる。そのとき大資本がいまあるような新聞しか作っていなかったら日本人にとって不幸。カウンター情報を出すところも作ってほしい。

 

 ツイッターやUstreamなどを利用するマイクロジャーナリズムの可能性は大きい。そしてフラットな世界だ。ダイレクトに事実を知り、意見を表明する、新しい政治の形態が生まれつつある。その中にあなたが加わるための敷居は低い。

 ここで対談する8人+1人は、マイクロジャーナリズムの各々の場所に位置し、核ともなる活動をしている。政治の世界で何が起きているか、今後の可能性は、本書からその先端がうかがえる。

 興味があれば、いや興味がなくともとりあえず、未来の為にいささかの読書時間と1000円弱の投資を避けるべきではないと考える。

  (2010年6月16日記録)

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2010年6月15日 (火)

舞踊:ピナ・バウシュ「私と踊って」(2010年6月12日)

  演出・振付  ピナ・バウシュ

  出演     ブッパタール舞踊団
           アン・エンディコット
           ウルス、カウフマン  他
  リュート演奏 アンドレアス・リンベルク

  会場     新宿文化センター・大ホール
  公演     2010年6月8日(火)~6月13日(日)
  鑑賞     2010年6月12日 14時00分~15時30分(休憩なし)

  参考     日本文化財団公演案内(映像あり)
         当日公演をNHK収録(放映予定は不明)

 ベルが鳴ったかも定かでない。開演時間も過ぎた。もう始まっているのだろうか。

 舞台の前後中間に幕が降りている。幕の中央やや左手に人が立って通れるほどの長方形の切欠き。
 舞台はほの暗く、客に背を向けたデッキチェアに男一人座っている。男は幕の切欠きから奥の様子を伺っているようだ。切欠きの向こうは明るく、歌いながら和になって跳ね回っているようだ。

 やがて幕が上がり、舞台は照明に照らし出される。
 ほぼ左右一杯に広がる白いスロープ、形状はスノーボード競技・ハーフパイプの半分と思える。後方が高く客席に向って落ちて、前後中央から前方は平坦。舞台中央に、葉を落とした何本かの木が横たわっている。

 

 ダンスと言えばダンスであろうが、ひたすら美しさや技巧を求める類ではない。演劇と言えば演劇のようでもあるが、重心は身体表現に傾いている。ダンスと演劇の境界領域のパフォーマンス、ダンスシアター(独:ドタンツテアター、Tanztheater)と言われる所以である。

 パフォーマンスは音楽と共に進行する。

 音楽は古いドイツ民謡より採られたもの、リュート伴奏、独唱、合唱の形式。独唱、合唱はメンバーによる。歌のタイトルは末尾に示すが、歌詞(原詞は独語、対訳あり)には、暗い悲しい言葉が少なくない。

 パフォーマンスは、常に暴力的な雰囲気を漂わせている。

 喜怒哀楽、様々な感情をもって女は男に向って「私と踊って」「愛して」と懇願する。ドレスを替え、化粧し、媚をうる。女というジェンダー。

 スロープ上から滑り降りる男達。木を鞭のように叩いて女を追い回す男達。木を用いて女をスロープに追い込む男達。デッキチェアーに座って女を見つめる男。

 最後近く、二本の大きな木がスロープに落とされ、滑って止まる(客席に飛び出さない配慮あり)。驚きと緊張感が漂い、舞台は乱雑に。障害物をを避けるようにしてパフォーマンスは続く。

 

 表現されたのは男と女の愛であり、持続する暴力的な雰囲気は男に支配される女の暗示。そこには、古い女というジェンダーからの脱出が意図されていることを強く感じた。

 今回を含めてピナ・バウシュは三公演を観た。「カフェ・ミュラー、春の祭典」「フルムーン」、そして今回の「私と踊って」である。その中でもっとも暴力的な表現と思えるのが「私と踊って」であった。
 初演順に並び替えれば、1970年代中・後半の「春の祭典」「私と踊って」「カフェ・ミュラー」、そして2006年の「フルムーン」。なるほど、若きピナ・バウシュのエネルギーがほとばしっているのだろう。

 パフォーマンスの所々に見られる振付に、やはりダンスだと感じる部分があった。例えば、男達が肩を組んで一列に並び、その中央に女が挟まり、ステップを踏みながら前に出てくる場面。小さく上下する身体、前後させる右足、和を描く右足。単純な動作が短く続くだけだが気持ちが弾んでくる。

 女、アン・エンディコットはオリジナル・キャスト。オペラグラスに映る容姿に年輪を感じるが、揺ぎないパフォーマンス。
 女はダブル・キャスト、もう一人はジュリー・シャナハン。今さらどうにもならないけど、こちらも観たかった。

 

 ピナ・バウシュの初来日は1986年、今回公演を含めて12回。そのうち最後の三公演に接し、行きたくて行けなかったのが数公演。昨年にピナ・バウシュは急逝し、暫らくは遺産が残るとしても、これからどうなるか誰も判らないのだろう。創作過程を知れば、残念だが継続は相当困難と思える。時が結論を導いてくれるだろうが、その足跡は長く語り継がれることだろう。

 入口正面にピナ・バウシュの大きなポートレイトが飾られ献花が。ロビーに過去公演の写真が展示されていました。合掌。
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補足:
   私と踊って
 01.パッカ、パッカ、お馬が駆ける    合唱
 02.私は夜、夢をみた          独唱
 03.お姉ちゃん、いつお家に帰るの?   独唱
 04.血には血を             独唱、リュート伴奏
 05.ひそやかに月がのぼる        独唱
 06.三人の天使が甘美な歌を歌った    独唱、リュート伴奏
 07.あの娘は薔薇の木のようだ      独唱
 08.シナイの山に            独唱、リュート伴奏
 09.夕べの歩み             独唱
 10.恋のなげき             独唱
 11.迷い草               独唱
 12.金のゆりかご            独唱、リュート伴奏
 13.愛の痛み              独唱、リュート伴奏
 14.春の世に霜が降りた         独唱、リュート伴奏
 15.王様にふたりの子供がいた      独唱
 16.鎌音をならせ            独唱、リュート伴奏
 17.いま一日が終わった         独唱
   血には血を
 18.夢                 独唱
 19.ひそかななぐさめ          独唱

  (2010年6月15日記録)

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2010年6月14日 (月)

随想:「はやぶさ」帰還(2010年6月13日)

 6月13日23時少し前(JST)、「はやぶさ」帰還の様子をUSTREAMのライブ映像で見ていました。いくつかの異なるチャネルの中継が告知されていました。しかし、私のパソコンでは和歌山大学のライブ映像のみが見られました。

 夜空に小さな星が現れたと見るや、徐々に大きくなって火の玉を思わせ、近くの雲を明るく照らし出し、再び小さくなってもとの夜空に戻りました。40秒少々の出来事でしたが感動しました。その理由は大きく二つ。

 1. 7年間、60億Kmを旅をした後に帰還したという事実。それに携わった多くの技師・関係者のご苦労を想像して。

 2. 大手メディアでは無理と思われるライブ中継が、インターネット技術等を駆使した関係者のご苦労で実現したことに関して。

 

 「はやぶさ」帰還の様子は、和歌山大学宇宙教育研究所サイトで映像が見られます。

 14日朝日新聞朝刊のトップ(東京本社14版)を飾った美しい写真はこちらで見られます(これもプロの仕事だと感じます)。

 そして、宇宙航空研究開発機構・宇宙科学研究所のトピックスも是非ご覧になって下さい。カプセルが発見されたそうで、このうえは、小惑星「イトカワ」の砂が一粒でも入っていることを願うばかりです。

 予算は「二番」にも届かないでしょうが、成果は他の大プロジェクトに匹敵するのではないかと思います。 

 追記 :NHKニュース映像が掲載されました。 
 再追記:宇宙科学研究所のカプセル着地写真が掲載されました。

   (2010年6月14日記録)

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2010年6月13日 (日)

路上観察:柳原義達・道標 鳩(2010年6月9日)

 気付いていました、以前から。横浜市立中央図書館(最寄り駅:京浜急行日之出町駅)前広場、片隅のベンチにブロンズの鳩が止まっているのを。

 「柳原義達・道標 鳩」。四羽と言うべきか、四体と言うべきか。あるいは一式か。

 なぜ気付いたたときに紹介しなかったかと問われれば、人が座っていたり、傍らに自転車が置いてあったりして、見て頂ける写真を撮れなかったから。

 今日は雨。光は不足していますが、人もいませんし、自転車も置いてありません。
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 全体の配置は、左手前のベンチから、時計回りに右手奥のベンチまで。図書館は左手後方に位置します。
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パブリックアートにしては小品で、しかもさりげなく置かれています。近くを通る時にでも、ちょっと図書館の敷地に足を向けてみませんか。

 柳原義達について知ることはありませんが、ブロンズの鳩を見ると柳原義達の名前が思い浮かびます。どこでスタンピングされたかは判りません。

  (2010年6月13日記録)

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2010年6月11日 (金)

映画:クロッシング(2008年韓国作品)

   出演    キム・ヨンス(父):チャ・インピョ
         キム・ジュニ(子):シン・ミョンチョル
         キム・ヨンハ(妻):ソ・ヨンファ   他

   監督    キム・テギュン

   公式サイト 映画「クロッシング」

   場所    シネマ ジャック&ベティ(横浜黄金町)
   鑑賞    2010年6月11日

 

 物語概要は公式サイトを参照願います。

 

 誰しも今より豊かな未来を願う。キム・ヨンス(父)とて異なることはない。さし当たっての願いは、栄養不良による結核に侵されたキム・ヨンハ(妻)に薬を与えたい、充分な栄養を与えたい。

 しかし、そのささやかとも思えるな願いは、祖国・北朝鮮にいる限り実現されることはない。不法に祖国を脱出、中国に渡ることが、ささやかな望みの一歩になると思う悲しさ。病気の妻と子と家族の思い出を残して父は豆満江を渡る。

 国境の川を不法に渡るしか幸せになる可能性が無いという不幸。その底流に、国民を幸せにしないナショナリズムが存在する。国に忠誠を要求しても、国民に責任を負わない国家があるということ。

 

 これは物語である。
 しかし、映像の部分部分に限りないリアリティを感じる。それは豆満江渡河であり、大使館駆け込みであり、脱北者支援などである。マスメディアの流す映像と重なるからである。

 ゆえに、部分部分を補間して完成した映像も、事実と思って良いだろう。物語ゆえに、反って本質に近づいたとも言えそうだ。

 脱北ルートが様々と知る。父は豆満江渡河。紆余曲折の末にひとまず落ち着いた父が支援組織を介して子を引き寄せる。そのルートは中国各地を経てモンゴルに向う。

 

 父役のチャ・インピョの朴訥さを感じさせる演技、子役のシン・ミョンチョルの素朴さを感じさせる演技、脇を固める役者を含めて心に沁みた。涙を禁じえない。

 と同時に、国民にささやかな望みさえ与えられない国家とは何かと考えた。時代と空間を広げれば、糾弾されるべき数は増える。再び繰り返さないために何が出来るか、考え続けたい。

 多くの人に、心して見て頂きたい映画である。

   (2010年6月11日記録)

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2010年6月10日 (木)

路上観察:横浜・ビール発祥の地(2010年6月6日)

  1859年横浜開港は、西洋文化の多くが日本で初めて横浜に上陸することを意味しました。横浜から日本全国へ広まったものは多々あります。

 ビール醸造・販売もその一つ。そのことは知っていましたが、具体的な場所は知りませんでした。先日、散歩途中に「日本最初のビール醸造・販売の地」に偶然出くわしました。
 「山手外人墓地」から徒歩十分弱の距離、坂を下る途中、横浜市立北方小学校に隣接した所です。

 道路に面して「麒麟園」と刻まれた立派な門柱、左右は立派な石垣。しかし少々おかしい。門は行き止まりで、よじ登りでもしない限り中に入れません。
 路上観察を標榜するものの目覚しい物件に出くわさない私ですが、これはトマソン(無用門)に分類できます。しかも「麒麟園」の格調高い名称。曰く因縁のありそうな感じが漂っていました。
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 少し戻って横に回れば、そこは児童公園。ただし、児童公園には不似合いな大きな石碑がありました。
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 石碑の脇に案内、下部の写真は拡大して貼付します。
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 案内には以下の記述が。
 『麒麟麦酒開源記念碑
 1870(明治3)年、アメリカ人ウィリアム・コープランドは横浜・山手にビール醸造所/スプリング・バレー・ブルワリーを設立し、日本で初めて産業として継続的にビールの/醸造・販売を行いました。コープランドはその功績から、「日本のビール産業の祖」と/呼ばれています。
 1885(明治18)年、スプリング・バレー・ブルワリーの建物と土地は、日本在住の外国/人経営の会社ジャパン・ブルワリーに引き継がれ、1888(明治21)年に「キリンビール」/が発売されました。そして、1907(明治40)年、ジャパン・ブルワリーの事業を引き継ぎ/麒麟麦酒株式会社が創立。1923(大正12)年の関東大震災まで、この地においてビールを/醸造しました。石碑はこの地がキリンビール発祥の地であることを記念して、1937(昭和/12)年に建立されたものです。
 ※石碑建立当時は、スプリング・バレー・ブルワリーの設立は1872(明治5)年とされていましたが/その後の調査で1870(明治3)年であることが判明しました。(注:/は改行を意味する)』

 改めて石碑を見れば、上部に『麒麟麦酒開源記念碑』と刻まれています。本文は長文のため読取りを断念しました。
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 しからばコープランドはどうなるかと思いました。が、石碑に向って左後方に、大人の背丈より一回り低いもう一つの石碑がありました。
 正面には『文化遺跡/日本最初の麦酒工場/横浜市長 半井清』、裏面には『昭和三十七年二月十一日W・コープランド氏の/命日に建てる 横浜ペンクラブ』と刻まれていました。
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 尾根続きの根岸の森林公園近くに滝があり(今はか細い流れ)、山元町付近には湧水があります。他にも湧水があるかと思いますが、ここも恐らく湧水があったと推測しました。いずれ何か判るでしょう。

  (2010年6月10日記録)

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2010年6月 9日 (水)

路上観察:横浜・港の見える丘公園・ローズガーデン(2010年6月6日)

 「港の見える丘公園」の一角はイギリス山地区と呼ばれ、イギリス館や大仏次郎記念館、沈床花壇などがあります。散歩で訪れたことは数え切れないほどです。しかし、不覚にもローズガーデンのあることに気付いていませんでした。いつも、海側の通路や沈床花壇を通り過ぎるので、それより山側にあるローズガーデンに気付きませんでした。

 ローズガーデンなど珍しくもないと思われるでしょう。しかし、案内によれば歴史的な積み重ねがあって今に至ったようです。案内から『横浜とバラ』の部分を次に引用します。

 『横浜とバラの関わりは、開港とともに数多くの西洋文化と/一緒に上陸したことに始まります。

 明治の初め、山手の外国人住宅の庭に梅、桜、菊、ぼたん等、/日本の園芸植物と一緒にかつて見たこともない美しい花が/咲き誇っており、これを見た人々は「いばらぼたん」とか「洋ぼ/たん」と呼んで、この珍しい渡来植物を羨望のまなざしで見て/いました。

 その後、外国人との交流が盛んになるにつれて、市民の庭にも/植えられるようになりました。

 昭和6年、当時親交のあったアメリカのシアトルに高さ4mの/桃山式太閤型の石燈籠を贈ったところ、その返礼として200種/3,000本のバラが届けられました。このバラは「日米親善の/バラ]として当時の野毛山動物園、山下公園、横浜市児童児遊/園地に植えられました。

 また、昭和10年から「バラ祭」が催され、その行事のひとつ/に「バラ行進」があり、馬車や自動車に市長を始め来賓や/ミス・ヨコハマが乗ってパレードしました。これが、現在5月/に開催する国際仮装行列のもとになりました。これらの行事は/戦争のため、中止され、バラもすべて姿を消してしまいました。

 昭和24年に「日本貿博覧会」が山下公園等を会場に/開催され、当時最新の「ピース」を始め数種のバラの切り花が/サンフランシスコから空輸され世界の注目を集めました。

 平成元年9月市民投票で一番人気のあった「バラ」が「市の花」に/制定され、横浜博覧会(YES'89)の会場で発表されました。(注:/は改行を示す)』

 バラが横浜市の花とは知りませんでした。まだこれから見ごろになるバラもあるようです。もし近くに出向くことがありましたら、足を延ばしては如何でしょうか。

 見ごろのバラを何種類か、順に、「ブルーパーフューム」「ブルームーン」「ローズヨコハマ」「花霞」。
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 ローズガーデンはイギリス館の脇、横浜ベイブリッジも眺望できます。
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  (2010年6月9日記録)

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2010年6月 8日 (火)

路上観察:横浜・愛の母子像(2010年6月6日)

 「港の見える丘公園」は横浜名所の一つ、名前のとおり「横浜港」、「ベイブリッジ」が手に取るような近さに見えます。

 「港の見える丘公園」の北側一帯は、「フランス山」と呼ばれ、緑濃い傾斜面に散歩道が続きます。「フランス山」の呼称は、明治初期にフランス軍が駐屯したことに因みます。山下公園側から緑濃き斜面を登り、平坦部に至るとトリコロールカラーに塗られた井戸揚水用の風車や建屋遺構が見えてきます。

 

 少し進むと「愛の母子像」、案内は次のように記述されています。
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 『昭和52年(1977)年9月27日、横浜市緑区荏田町(現青葉区荏田北)に米軍機が墜落し、市民3人(母と幼い子二人)が亡くなりました。
 生前に海が見たいと願っていたことから、この公園に愛の母子像の寄付を設置したものです。』

 『パパ・ママ、バイバイ』、『ポッポッポ』を今生の最後の言葉にして亡くなった兄弟。大やけどを負い、四年余の治療も及ばす亡くなった母。一般市民9名が死傷した大きな事故でした。

 既に事故から30年以上過ぎました。事故を知らない方も多いでしょう。むごい出来事が風化してはいないか、像の前を通るたびに思います。
 簡単な案内さえ紆余曲折があった末にようやく設置されたものです。

 像が見つめる先に、生前見ることのなかった横浜ベイブリッジ。事故がなければ今ごろ兄弟は、自分の子ども達を連れてこの景色を眺めていたかも知れません。
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 港の見える丘公園付近を散歩する機会があれば、せひ母子像を訪れてください、合掌。

 参考:ウィキペディア(Wikipedia)、他

  (2010年6月8日記録)

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2010年6月 7日 (月)

路上観察:横浜港カッターレース(2010年6月6日)

 横浜山下公園に接する海面で、2010年6月6日、カッターレースが開催されました。熱いくらいの陽射し、風もそれほど強くなく、最高のレース日和でした。
 背中に「三重・・」と書いた応援団を見かけたので、横浜近辺だけでなく、遠方から参加したチームもあったのでしょう。

 当日は横浜港周辺の各所で多くの催しが行われていました。  パシフィコ横浜(イベント会場)の一角でコスプレ博。象の鼻パークではハマこい踊り(よさこいソーラン系)。日本大通から横浜公園にかけて開港記念バザー。そんなこともあってか山下公園はいつにも増して多くの人で賑わっていました。
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 カッターレースは女子予選を数レース見ました。チーム編成は、艇指揮1名、艇長1名、漕手6名。漕手は女性に限られます。距離は360m、大桟橋側マークをスタート・ゴールにし、氷川丸側マークを回航します。1レースは4艇が勝負を競います。

 見たレースは、実力差が歴然としていました。1艇あるいは2艇が抜きん出ていて、あとはほとんど練習していないのではないかと思えるほどでした。最後まで漕げなかったり、オールの入水がばらばらだったり。練習する場所も限られるでしょうから、無理もないと思えますが。参加に意義を感じるチームもあって良しか。

 写真はスタート直後、マーク回航、力強く美しいオール捌きのチーム。
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 実は、先週・先々週の週末、ドラゴンボートレースが同じ海面で開催されていました。どんよりした曇りで寒く、暗くて写真も撮れそうもないので出かけませんでした。屋外のイベントは天候に恵まれないと本当に気の毒です。6日は良かった。

  (2010年6月7日記録)

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2010年6月 6日 (日)

演劇:第58回横浜能(2010年6月5日)

   番組  狂言:花子(65分)
          シテ(夫)    山本則俊
          アド(太郎冠者) 山本則秀
          アド(妻)    山本則重
       能:弱法師(60分)
          シテ(俊徳丸)  大坪喜美雄
          ワキ(高安通俊) 工藤和哉
          アイ(通俊の下人)山本東次郎
          大鼓       柿原光博
          小鼓       鵜澤洋太郎
          笛        一噲幸弘

   会場  横浜能楽堂
   公演  2010年6月5日(土)
   鑑賞  2010年6月5日(土) 14:00~16:20(休憩15分)

 

 能舞台で能を観るのは初めて。以前、利賀フェスティバルにおいて合掌造り内の舞台で演じられた能を観たことがあります。その時も「弱法師」。狂言のみは何回か観でいます。
 と言うわけで、極めて初心者ですが感想を整理しておきます。内容に迫れる訳もないことは承知おき願います。

 

 500弱の客席は見た限り全て埋まっていました。公演数は多くないですが、一定数の固定客はいると感じました。

 客席を見渡せば、女性は和服を着ている方も少なくありません。そこそこにきちんとした格好はしていると感じました。私はコットンパンツに半そでシャツ。あまり意識する必要なないでしょうが、次回は上着着用と思いました。が、あまり気にすることもないかと。

 上演時間は休憩を含んで2時間20分。能が予定より10分ほど早く終えました。調べると、狂言1舞台・能1舞台だと2時間30分ぐらいになるようです。

 横浜能のチケットは正面席4000円、二階席3000円。これはプログラム・出演者で大きく変わるでしょう。横浜能楽堂の場合、二階席の特に最前列はとても観やすい。私は原則として二階席。公演がない時は見学可能で、興味あれば下見して確認しておくことをお勧めします。

 

 少しだけ演目について。

 狂言:花子。「はなご」と読み、遊女の名前です。花子が都に出てくるのを知った夫は何としても会いたいと思います。妻と相談して、屋敷内の持仏堂で一夜の座禅を許されます。いやがる太郎冠者を代理にして、自分は花子に会いに行きますが、翌朝・・・。

 言葉が多く、動きは少ないと思いました。言葉は独特な発声ですから、上手く聞き取れない部分が多かったです。ストーリーは単純ですから、理解に苦しむことはさほどありません。慣れること、数をこなさないと。

 

 能:弱法師。「よろぼうし」と読みます。高安通俊は、他人の告げ口を信じて我が子・俊徳丸を追い出しますが、それを後悔して天王寺で七日間の施行を行います。そこに「弱法師」と呼ばれる盲目の青年が現れ、天王寺縁起を語り、日想観(沈む太陽観て、極楽浄土を想う)を拝み、心の難波浦を偲び、盲目の身を悲しみますが・・・。

 動きは少なく、能楽・地謡でつなぐ部分も多々あります。総合芸術です。面をつけているので声がこもるのは仕方ないところです。やはり慣れること。

 天王寺は、大阪の四天王寺の略称。この一帯を何回か散策したことがあります。西に少し進むと地形は大きく落ち込みます。上町台地の外れ。今は通天閣やビル街が望めますが、昔は難波津が広がっていたようです。瀬戸内海に沈む夕陽、日思観の修行が目に浮かびます。台地の外れの大江神社境内に「あかあかと陽はつれなくも秋のかぜ 芭蕉」の句碑。ここで詠まれた句ではないのですが、ピタリはまっていると思ったことがありました。
 多少の下地があればより楽しめそうです。少しづつ知識吸収に努めます。

  (2010年6月6日記録)

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2010年6月 5日 (土)

映画:のだめカンタービレ最終楽章・後編

   出演     上野樹里
          玉木宏、他 

   場所     109シネマズ MM横浜
   鑑賞     2010年6月1日  

 

 指揮者として実績を重ねる千秋。千秋に追いつくべくレッスンに励むのだめだが、師オクレールはコンサート出場を許可しない。ある日、あせるのだめはラベルのピアノ協奏曲の演奏を聴いて心惹かれ、いつか千秋との共演を夢見る。

 しかし、千秋とルイがラベルのピアノ協奏曲を共演、その演奏の素晴らしさに直面したのだめは大きな衝撃を受けて・・・・。

 

 クラシック音楽を縦糸に、様々な青春群像を横糸にした娯楽作品として、おおいに楽しめます。その理由を考えると。

 まず、女優・上野樹里の魅力。間が抜けているようで、それでいて大器の片鱗を感じさせるのだめ役が実にはまっています。ピアノ演奏の演技もさほど違和感を感じさせません。
 今回を以ってのだめカンタービレが終わるのは惜しい。が、大河ドラマに主演した後ののだめを見たいと思わないし(私は大河ドラマを見たことがありませんけど)。

 それとクラシック音楽の魅力。クラシック音楽全体からすれば、極めて限られた一面しか見聞きできません。最初から最後まで演奏されるわけではありません。欲求不満を抱いたり、もっと聴きたいと思ったら、演奏会なり録音されたものを聴くなりして解消するしかありません。そう思わせたら映画として成功でしょうし、成功しています。

 前編を見ていなくとも、後編だけで楽しめそうです。

   (2010年6月5日記録)

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2010年6月 4日 (金)

常識って!?:民主党代表選とミドル・メディア(2010年6月4日)

 民主党代表選は、おおかたの予想どおり菅氏に決定しました。樽床氏も三割ほどの票を得て、まずはハッピーな結果に終わったのではないかと思います。それはそれとして。

 民主党代表選は「NHK TV」でライブ中継していました。
 インターネットを利用した「USTREAM」でもライブ中継していました。そして一時は15000人近くが視聴しました。15000人を多いと見るか少ないと見るか、人それぞれでしょう。私は多いと思いました。(追記:Max36513人、USTREAM日本コンテンツの同時視聴者数を更新したみたいです by @minshu_kun
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 民主党代表選の中継では、内容の差はあまりありません。画質は、当然「USTREAM」が劣ります。しかし、ミドル・メディアから未編集の映像が、末端に直接届く機会が増えることは大いに歓迎すべきと考えます。

 私の既存大手メディアに対する信頼感は後退しています。それは、

 報道内容を恣意的に選択していると思える。例えば官房機密費のメディア・評論家へ配布されたと言われることに対する取組み。

 自らの立ち位置を明確にした上での論調が稀薄と思える。例えば、民意を恣意的に利用した循環的な報道内容。

と思うからです。どこか一分野に限ってでも、大手メディアとミドル・メディアを比較しながら、自らの意見を整理したいと思っています。必要ならば、ミドル・メディアに対する購読費を支払うことも考慮します。

  (2010年6月4日記録)

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路上観察:横浜・臨港パーク(2010年6月3日)

 晴天、空がきれい、視界も良さそうに思えたので、夕方、自転車で臨港パーク方面に出かけました。臨港パークの北側(横浜駅寄り)から入場し、水際に沿って赤レンガ倉庫まで進み、ほぼ元の道筋で戻ってきました。

 横浜港周辺では年2回、花火大会が開催されます。前日の6月2日は横浜港開港祭花火大会が開催されていました。私は東京に出かけていたので見られませんでしたが。
 臨港パークには花火観賞用の仮設スタンドが設置されたようで、その解体作業が行われていました。

 臨港パークからは、横浜ベイブリッジが真正面に見えます。みなとみらい21地区の高層ビル群も間近に見えます。港に向けてゆるやかに下る芝生広場、緑陰でのんびりと時間を過ごす人たちも少なくありません。

 予想した通り、ベイブリッジが西日に浮かび上がり、いつにも増してクリアな景色が広がっていました。子どもの頃から随分変わってしまった、以前なら海の中に立っている、そのような思いも浮かびました。「変様する港街」の今を改めて感じました。
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 横浜名所は多々あります。その中で、臨港パークを含む「水際ウォーク」は、点でなく線で横浜を感じていただけると思います。のんびり散歩してみませんか。

 そうそう、タイトルロゴの背景を置き換えました。臨港パークから撮影した横浜ベイブリッジの写真です。中央に写った船は横浜港周遊観光船です。

 

  (2010年6月4日記録)

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2010年6月 3日 (木)

演劇:モナカ興行第8回公演『木をめぐる抽象』

   作      フジノサツコ 
   演出     森新太郎

   会場     こまばアゴラ劇場
   公演     2010年6月2日(水)~8日(火)、詳細要確認
   鑑賞     2010年6月2日 17:35~21:00(休憩なし)

 

 『満ち足りているはずなのに誰もが小さな幸せを守るのに必死。この幸せは意外と脆い。一歩も踏み出すことのできない危うい刃の上に座っている。優しい人間なんていない。頑張って幸せが手に入る訳ではない。今の小さな満足を守ることに必死。それでも何か明るいという事は時に必要。夕暮れなどは場所を選ばず踊り出す(案内より)』。

 見終えてあまり良い気分になりませんでした。
 ただし、演出・役者が悪いと言うわけではありません。切り取られた状況が、あまりにも的確だったからです。私(たち)は、かなり意識的に小さな幸せを守ろうとしていることを、正面きって指摘されるからでしょう。

 多くの人にとってもっとも身近な話題と思います。私は来し方を振り返ってどうであったかと。

 ダンスが2回挿入されました。初めは中間に挿入され、鬱屈した気分を表現したようでした。女性一人で、極めて短いものです。終了間際は数分続きました。四人、途中から五人、全て女性。
 振り付けの基本は、いずれも同じようでした。椅子に座って、髪の毛を振り乱して。「ローザス」が何となく思い浮かびました。

 以下、多少内容に触れます。

 新卒説明会を開く会社、その会場設営を請け負う会社。前日から当日、その間の人間模様を描きます。

 手堅く進めればそれほど難しい仕事ではありませんが、関わる人の思惑が絡みます。

 800人規模の設営を予定するが、1000人必要ではないか。受付は横長を予定するが、左右に分けた方が流れがスムースではないか。設営を任せた女性に上司は不安をよぎったか、アシスタントと言う名で経験者を付けると。

 各々が善意の提案を行ない、それを正しいと思うが、責任は伴わない。ささやかな出来事の積み重ねの行く末は。それに不倫や家族別居の話が絡みます。

  (2010年6月3日記録)

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2010年6月 2日 (水)

RT:鳩山首相の辞意表明演説映像(2010年6月2日)

 @minshu_kun のツィートを再掲します。Twitter をやっていない方も多いと思いますので。

 『両院議員総会での鳩山首相の演説はこちらからストリーム配信でご覧いただけます。見逃した方は、マスコミのつまみ食い映像じゃなく、こちらを「全部」見てください。』

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常識って!?:大手メディア論調の一様性(2010年6月2日)

 定期的に参照するブログ「内田樹の研究室」は、最近、接続できない状態が頻繁に発生します。

 「基地問題再論」が掲載された後からと思います。切れ味の良い論調が、一部の方の不快を買って攻撃を受けているかと思っていました。

 本日の「思考停止と疾病利得」の冒頭で次のように書いています。

 『政治向きのことをブログに書くと、しばらく接続が困難になるということが続いている。べつにサイバー攻撃とかそういうカラフルな事態ではなく、一時的にアクセスが増えて、「渋滞」しちゃうのである。
それだけ多くの人が政治についてのマスメディアの報道に対してつよい不信感をもっており、ミドルメディアに流布している現状分析や提言に注目していることの徴候だろうと私は思う』。

 攻撃を受けたわけでないとのこと、アクセス集中によるリソースの問題なら仕方ありません。さらに次のように書いています。

 『今回の普天間基地問題をめぐる一連の報道によって、私は日本のマスメディアとそこを職場とする知識人たちはその信頼性を深く損なったと思っている。
新聞もテレビも、論説委員も評論家も、「複雑な問題を単純化する」「日本の制度的危機を個人の無能という属人的原因で説明する」という常同的な作業にほぼ例外なしに励んでいた。
私はその時代を知らないけれど、「大政翼賛会的なものいい」というのはたぶん同時代の人々にこのような種類の徒労感を及ぼしたのだろうと思う』。

 うなづけるものがあります。新聞・TVの大手メディアの論調とブログ・ツイッタの論調に異なるものがあると感じています。正反対ということではありません。大手がおおむね一様であるのに対して、ミドルは多様であると言ってよいでしょう。

 大手のみを情報源とすると、ミス・リードされたとしても判らないだろうと思います。1時間ほど前、鳩山首相の辞意表明がありました。大手に追い込まれてしまったと思っても、あながち的外れではないでしょう。

 時間があれば「思考停止と疾病利得」を読んで下さい。

  (2010年6月2日記録)

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2010年6月 1日 (火)

路上観察:「たまリバー50キロ」完歩計画・その2(2010年5月31日)

 背中に痛みが一週間ほどありました。筋肉痛か、病的なものか様子を見ていましたが、どうも筋肉痛ようでした、心当たりは無いのですが。痛みもほとんどなくなりましたので「たまリバー50キロ」完歩計画・2回目。

 今回の起点は府中街道に架かる是政橋、上流側から23Km手前の地点。JR南武線・南多摩駅下車、徒歩10分ほど。あるいは西武多摩川線・是政駅からは5分ほどと思われます。是政橋上から上流側の眺め、中流域まで来たと感じます。
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 終点の目標は最低でも丸子橋、42Km過ぎで距離は約20Km。できれば六郷橋、50Km手前で距離約27Km。

 結局は最低の丸子橋で打ち切り、至近の東急東横線・多摩川駅に出ました。
 余力はありましたが、時刻は18時30分を過ぎて暗くなりかけていましたので。歩き始めが14時過ぎですから遅すぎます、反省。次回は是が非でも30Km走破。

 土手は多くの人が行き交っています。歩いている人、走っている人、自転車に乗る人。陽射しは強かったですが、強めの風が吹いていて暑さを感じませんでした。

 途中で目に付いた光景。水陸両用自転車(?)。投網を打つ集団、様子からして生物調査をしているのではないかと思えました。
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 参考:「たまリバー50キロ」完歩計画・その1

  (2010年6月1日記録)

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