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2010年5月23日 (日)

随想:芸術的な拍手(2010年5月23日)

 コンサートにおける拍手は何かと話題になりますが、そのことについて少しまとめます。自らの心がけと音楽を愛する皆様への多少の参考として。

 神奈川フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会で配布されるリーフレット「SONORITE」、2010年度から常任指揮者・金聖響の「コラム」が掲載されています。そして、第263回(5月21日)のそれに、以下の内容が掲載されていました。関係部分のみ引用です。それでも長すぎると思いますが、誤解のないよう、まとめず、そのままを掲載します。

 『最後に皆さんに一つお願いがございます。
 前回の定期演奏会、沢山のお客様にご来場頂いたことをこの場をお借りして心から御礼申し上げます。マーラー3番を皆さんと共有させて頂いたことは本当に幸せな時間でした。ただ一つ、是非今後皆様にお願いしたいことかあるのです。演奏の最後の瞬間です。最後の和音が響き渡り、完全に消えゆくまでは、拍手を待って頂けないでしょうか?音には響きがあります。みなとみらい大ホールは素晴らしい音響を持ち、その残響時間は2秒もあります。そして心の中の残響は更に長い時間、響き渡るのではないでしょうか?ブラボーや拍手は人それぞれのタイミングで頂くものだと思いますが、音楽を同じ場所で体感しているのですから、指揮者の手が降りてからでも遅くはないと思うのです。過去にマーラーの9番を演奏させて頂いた時に、最終楽章が終わってから1分以上拍手がありませんでした。心から感激しました。あの時間が今でも忘れられない経験になっています。今回の田園でも、ベートーヴェンが描いた物語と音の余韻や響きを、演奏後の静寂を作り出すことで、かみしめることが出来る時間にして頂ければと思います。拍手を頂戴する側の私がこんなことを書くのも恐縮の極みですが、ご理解、ご協力いだければ幸甚に存じます。』

 残響時間2秒の工学的な意味は脇においても、最後の和音は減衰しながらも2秒以上響くと言うこと。最後の方が聴こえるか聴こえないかは別にして。最後が休符ということだってあるでしょう。音楽が完全に終わってからの拍手は必須。神奈川フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会のみのこととも思えませんので。

 ここまでで用は済んでいます。以下は付け足しにつき、気が向いたら読んでください。

 

 細々と音楽を楽しんできましたが、30年位前でしょうか、雑誌で次のような記事を読んだことがあります。古い話ですから私の頭の中で脚色されているかも知れません。聖響さんの言うマーラー9番以降云々と、言っていることは同じです。

 今は亡きチェロ奏者・トルトゥリエが鈴鹿(?)の演奏会で、サンサーンスの白鳥を演奏した時、演奏を終えても暫らく静寂が続き、やがて少しづつ拍手が始まった。そのことを、トルトゥリエは鈴鹿(?)のお客さんは音楽をよく理解していると評しました。

 

 私が中学生の頃(半世紀も前)、中学生向けのレクチャーコンサートの1回は演奏会形式でオペラ・カルメンでした。詳しいことは忘れましたが、司会者が「今日のお客さんは拍手が上手だ」と。引率の先生がうまくリードした為に違いありませんが、中学生に対してそう言いました。拍手に上手い下手があると、その時に知りました。聖響音楽堂シリーズの会場でもある神奈川県立音楽堂でした。

 

 上手な拍手は難しい、知識も経験も必要でしょう。でも下手な拍手は少しの注意で避けられそうです。いずれは芸術的な拍手ができるようになりたい、気持ちよくコンサート会場を後にするために。

 蛇足ですが、当日は音楽が終わり一呼吸間をおいて拍手が始まりました。

   (2010年5月23日記録)

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