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2010年5月22日 (土)

文楽:第171回公演・第二部『新版歌祭文・団子売』

   演目  ・新版歌祭文
          野崎村の段
          油屋の段
          蔵場の段
       ・団子売

   会場  国立劇場・小劇場
   公演  2010年5月8日(土)~5月28日(月)
   鑑賞  2010年5月19日(水) 16:00~20:10(休憩 25+10分)

 

・新版歌祭文

 近松半二作の世話物。歌祭文とは「近世俗曲の一。死刑・情死などの事件やその時々の風俗をつづった文句を、門付け芸人が三味線などの伴奏で歌って歩いた。山伏が錫杖(しゃくじょう)を振り鳴らし、ほら貝を吹いて、神仏の霊験を唱え歩いた祭文の芸能化したもの。上方に始まる。→祭文(引用:デジタル大辞泉)」。新版とは、お染久松の心中事件の先行作を踏まえて新たに書き下ろした作品の意。

 「野崎村の段」、冒頭に祭文売りが登場して「ご評判の繁太夫節、本は上下綴じ本で六文、お夏清十郎の道行々々」と売り歩く。久松の親・久作、一冊を買うが、これが後に重要な役割を果たします。あらすじは「歌舞伎好きの手帳」さんを参照願います。

 竹本文字久太夫、竹本綱太夫、竹本住太夫と語り次ぎます。後二人は人間国宝、全編通しての山場と知れます。最近、綱太夫、住太夫はブラインドでも聞き分けられそうな気がしてきました。声で判ると言われればそれまでですが、表現力や重厚感とはこういうものだ、という感じがします。

 人形遣いは、娘おみつを吉田蓑助、久三の小助を桐竹勘十郎、丁稚久松を豊竹清十郎、娘お染を桐竹紋寿。蓑助が人間国宝、恋に破れたと知って尼になる薄幸なおみつを存分に感じさせます。勘十郎は小助のコミカルな役割りを。勘十郎が色々な役を遣うのをみましたが、これから核になるのだろうと思います。

 三味線は良い気持ちで聴くだけ、良し悪は未だに判りません。音色の艶やかさ激しさに比べて、存在は地味かも知れません。素人には難しいですが、回数を重ねて徐々に判っていくと思います。

 この段だけで満腹になった感じ。見ごたえ、聞きごたえありました。

 「油屋の段」、お染・久松の恋愛とは異なるストーリーが絡みます。追いかけられなくなりました。「蔵場の段」、お染・久松の仲はうまく収まりそうになるのですが、それを知らないお染・久松は死を選びます。蔵の窓から顔を出す久松、井戸端にたたずむお染、顔を見合わせます。やがて久松は縊死、お染は井戸に身を投げます。

 「油屋の段」「蔵場の段」は見ているだけでした。初めて見て何もかも判ることなどありません。一度見ると、判ったことが増えますので、勉強の方向性も見当はつくと言うものです。判らないから出かけないでなく、少し判るところがあるから出かけるで、良いのではないでしょうか。その程度のレベルでも、実に面白いと思います。

・団子売

 景事。初春の町に団子売りの杵造・お臼夫婦がやってきます。口上に始まり、米を餅にするまでの過程を踊りで表現します。そこに夫婦和合・子孫繁栄の思いが込められています。

 太夫は竹本南都太夫他、三味線は野澤錦吾。人形遣いは杵造が吉田幸助、お臼が吉田一輔。若手・中堅どころの面々。

 人形が踊るとは、何を以って踊っていると判断できるのか、いつも不思議に思います。でも人形が踊っているのですよね。人の振りの特徴をとらえ、人形ならではの振りを加えて見事に。前の出し物が心中の重い結末であったのを、幸助・一輔は気分一新して、劇場から送り出してくれました。

  (2010年5月21日記録)

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