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2010年3月

2010年3月31日 (水)

路上観察:長興山紹太寺のしだれ桜(2010年3月30・31日)

 長興山紹太寺の満開のしだれ桜を一目みたいと長いこと思っていました。 

 長興山紹太寺はJR小田原駅で小田急電鉄・箱根湯本行きに乗り換えて3駅目の入生田駅下車、旧東海道に出て小田原方面に戻るように歩くと、5分ほどで到着します。しだれ桜は本堂を左に見てさらに15分ほど歩きます。

 しだれ桜に至る道筋に石段と坂道があります。石段は、江戸時代初期の小田原藩主だった稲葉氏一族の墓所などを見ながら進むと、突然しだれ桜の脇に出る感じです。坂道を進むとしだれ桜が徐々に見えてきます。好き好きですが、私は坂道を登り、階段で下るのが良いと思いました。

 坂道を進んでしだれ桜全体が見えた辺りの写真です。しだれ桜の姿がとても美しいのですが、前景がどうにもなりません。建屋、みかんの木ともやっとした木、それらの無い様子を想像してため息が出ました。
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 しだれ桜の正面はちょっとした広場になっています。建屋は軽食兼土産屋さん、仮設の椅子・テーブルで多くの人が休憩しています。しだれ桜は見上げるような位置に生えています。この位置からは意外と花が少なく、幹が目につきます。
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 広場の右手がさらに登り斜面で、しだれ桜を見下ろせます。ロングショットで広場全体の雰囲気が伝わるでしょうか。
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 写真撮影は午前中、それも早い時間が良いと思います。午後は太陽がしだれ桜の左上に回ります。見下ろす位置からは逆光になります。

 30日は天気は良かったのですが、到着は午後でした。31日は10時ごろに到着し、その時は薄日が射していたのですがどんどん雲に覆われてしまいました。じっと2時間ぐらい太陽の出るのを待ったのですが、残念。
 待つ間に俳句でも捻れると良いのですが、ただ首を捻るだけでした。

  (2010年3月31日記)

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2010年3月28日 (日)

音楽:歌劇「ラ・ボエーム(2010年3月27日)」

    作曲     : G.プッチーニ
    台本     : ルイージ・イッリカ、ジュゼッペ・ジャコーザ

    演出     : アンドレアス・ホモキ

    指揮     : 沼尻竜典

  ミミ     : 浜田理恵
  ロドルフォ  : 志田雄啓
  ムゼッタ   : 中島彰子
  マルチェッロ : 宮本益光 他

  合唱     : びわ湖ホール声楽アンサンブル、二期会合唱団
  少年少女合唱 : 神奈川県立弥栄高等学校合唱団

  管弦楽    : 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

  会場     : 神奈川県民ホール
  公演     : 2010年3月27・28日
  鑑賞     : 2010年3月27日14時~16時45分(休憩なし) 3階11列17番

 

 パリの下町で繰り広げられる物語、原作の時代設定は1830年頃であるが、ホモキは現代に置き換えた。
 左右から壁が張り出て舞台間口を2/3ほどに狭めている。雪が降っている。ごま塩状の絨毯が舞台に敷き詰められていると思ったが、実は積もった雪。奥に黒塀が張り巡らされている他、舞台上に何もない。指揮者挨拶無しに音楽が始まる。途中休憩もなく、幕間も一息入れるだけで連続して上演された。

 第一幕。広場、マルチェッロが黒塀に黄と赤のペンキをぶちまけるアクション・ペインティング。仲間がドラム缶を転がしてきて据え、紙を燃やして暖をとる。ミミがろうそくの火を借りにきたことをきっかけに、ロドルフォとミミに、恋が芽生える。

 第二幕。横たえた大きな樅の木が運びこまれ、起こし、飾り付けが進攻する。クリスマスイブの雑踏のなかで、ロドルフォはミミに帽子を贈る。ムゼッタがパトロンのアルチンドロとやってくる。マルチェッロとムゼッタは撚りを戻す。警官が現われ群集を一旦ちりぢりにする。あたり一面、クリスマスプレゼントの残骸などが。群集は舞台前方でもう一度勢ぞろい、動きを止めたまま第三幕へ。

 第三幕。舞台上に大きな変化は無い。ミミはロドルフォの嫉妬深さ相談のためにマルチェッロを訪ね、別れろと言われる。ロドルフォはそこにいて、近づく気配にミミは木に隠れる。ロドルフォはミミが肺病だとマルチェッロに言う。それを聞いたミミは二人の前に出て「別れましょう」と言うが、「冬に別れるのは寂びしすぎる」とも言う。

 第四幕。下手から上手に向ってテーブルをセットしていく。今は成功者になったロドルフたちがパーティを開いている。そこえ瀕死のミミをつれたムゼッタがやってくる。手が冷たいと言うミミにマフを買うため、イヤリングを売りに行くムゼッタ、外套を売る仲間のコッリーネ。パーティは崩れ、テーブルも崩れ、木も倒れる(確かこの場面)。崩れたミミはテーブルによりかかり、マフを手にして息絶える。

 

 多少怪しいところもあるがホモキ演出の特徴的な部分を整理した。貧乏から成功者へ成り上がる若者達。そこに付きまとう青春群像。原作では若者達は貧乏のままに終わるから、コッリーネのアリア「古い外套よ」 などが感動的に響く。成功者になった若者達には不釣合いな出来事になってしまう。

 しかしながら「ラ・ボエーム」すなわち「ボヘミアン」は、現在漂流している若者達にイメージが重なる。成功者もそうでない者も紙一重かもしれない。ホモキの演出は、多少の矛盾を孕みながらも、それもありだろうと思える。
 矛盾を見逃せないと、ホモキ演出を肯定できないかも知れない。

 歌唱の細部を判るわけではないが、ムゼッタ役の中島彰子が素晴らしく、一際目だった。ミミ役の浜田理恵はそれなり、男性人は強烈なホモキ演出から浮き出ていない。

 休憩無しに1時間45分演奏した沼尻竜典と神奈川フィルに拍手。神奈川県立弥栄高等学校合唱団に拍手、貴重な経験は後々まで記憶に残るでしょう。

 

 付け足しで。
 第一日目のマルチェッロ役の堀内康男は練習中に脚部負傷、そのため宮本益光が二日間とも務めると。

 TVでお見かけする江川昭子さんは2日間聴いておられるようですが、「ノーモア・ホモキ」などとTwitterでいくつか呟いています。日本のオペラは大体ダブルキャストだから2日間聴きたいところですけど、江川さん、通なんですね。

 1999年6月、尼崎アルカイックホールで関西二期会創立35周年記念の「ラ・ボエーム」を聴いています。指揮は沼尻竜典。単身赴任の徒然でした。時は過ぎるけど、少しはましな聴き手になっているのかな。

   (2010年3月28日記)

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2010年3月27日 (土)

随想:利賀フェスティバル・1982

 

放送ライブラリー(横浜市)に初期の「利賀フェスティバル」関連の映像記録があったので、過日、閲覧しました。

 

 「利賀」「利賀村」をキーワードに検索すると7タイトルがヒット、そのうち「利賀フェスティバル」に関係しそうなものは次の2タイトルです。

(1) NNNドキュメント’82 “TOGA”世界を演じた小さな村

 1982年(昭和57)夏、人口わずか1200人という日本でも有数の過疎の村で開かれることになった世界演劇祭の模様を追うドキュメント。◆“TOGA”とは、没落した平家の落人の伝説で知られる大自然の情趣に満ちた山里、富山県五箇山の利賀村である。1976年(昭和51)、日本の前衛劇の旗手といわれる鈴木忠志氏の早稲田小劇場(現SCOT)がここに拠点を移した。

 放送日:1982.10.10、分数:50、放送局:北日本放送

(2) 古代に問う 神託がよみがえる二つの村

 平家の落人伝説で知られる富山県の過疎の村、利賀村、そしてヨーロッパ文化の精緻、ギリシャのデルフィ、この2つの村の交流のきっかけをつくったのは、10年前、活動の拠点を東京から利賀村に移した劇団SCOTである。姉妹提携をした利賀とデルフィで開かれる世界演劇祭で、SCOTはギリシャ悲劇を演じる。大自然の中で、土に生きる農民たちが支えてきた2つの村の歴史が、今、演劇を通じ、現代社会に新たによみがえる。

 放送日:1986.06.30、分数:50、放送局:北日本

 

 前者。白石加代子・トロイアの女、雪に埋もれた合掌造りのカット。鈴木忠志のインタビュー、「?年2月10日前後、猛吹雪、3~4mの積雪、点々と黒っぽい合掌造りが見えた。男性的、自然と闘っている建物に出会わなければここ(利賀村)でやってなかった」。
 利賀村阿別当の野原こと(67)、「利賀村の澄み通った自然の中、1~2時間働いて帰って来ると、また働きに行こうかと思う。働くことを苦にしない」。村民は勤勉だ。

 女性が歌う、「人多くして土地狭き 我が日本の悩みをば 我らが腕もて拓かなん いざ赴かん新天地 五箇の闘魂火と燃えり」。分村で昭和30年代から過疎が進む。高度経済成長は人ばかりでなく山の仕事を奪った。

 S55年、利賀山房建設、過疎脱却の夢、シンボルである。以後、6カ国のカンパニーを招請して第一回利賀フェスティバルが開催されるまでの様子と村の変化を追う。

 後者。遠く離れたギリシャの村の人たちと利賀村の人たちの考え方は良く似ている。
 「金銭の世、神様が遠ざかる。都会は歳をとると惨め。年寄り若いを別に大地に足を付けているものは奢らない。そこに神様がいる。自然は油断無く見ている」という利賀のおばあさん(前者と同一人?、追って再確認)の話は重みがある。
 デルファイ市との友好関係締結、演劇が取り持つ縁。

 

 私は1988年から20回ほど夏の利賀フェスティバルに通い、いつからか利賀村の変化も薄々見てきました。演劇は過疎化を止めはしなかったと思います。しかし何らかの変化は残しているでしょう。

 利賀村だけでなく日本の各所で起こっている過疎化と、一対となる過密化を自分なりに考える契機になると思いました。各地で開催される演劇祭あるいは芸術祭は何をしてきたか、しなかったのか。もともと関係ないのか。あるいは行政のマスターベーションか。
 初期の利賀フェスティバルの様子を知りたいと思って探した映像ですが様々のことを考えさせてくれます。

 30年を経た最近の様子もドキュメンタリにまとめてくれないかな。対比して検証も。報道の気骨も見せてくれないかと思いました。

  (2010年3月27日記録)

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2010年3月25日 (木)

映画:カティンの森(2007年作品)

   出演  アンナ          マヤ・オスタシェフスカ
       アンジェイ        アルトゥル・ジミイェフスキ
       アンジェイの母      マヤ・コモロフスカ
       アンジェイの父・ヤン教授 ヴワディスワフ・コヴァルスキ

   監督  アンジェイ・ワイダ
   原作  アンジェイ・ムラルチク
   音楽  クシシュトフ・ペンデレツキ

   公式HP 映画「カティンの森」公式サイト

   場所  シネマ ジャック&ベティ
   鑑賞  2010年3月24日

 

 1939年9月、ポーランド西側からナチスドイツが侵攻します。第二次世界大戦勃発。少し遅れて東側からスターリンのソ連が進攻します。ある橋の上で逆方向に逃げる人の群れが交錯します。引き裂かれるポーランドの悲劇。
 時は少し過ぎ、ソ連領カティンを占領したドイツは、虐殺されたポーランド人将校の遺体を発見。その数数千。

 物語は、ソ連の捕虜となったポーランド人将校たちの様子と、彼らの生還を待つ家族の姿を重層して描きます。戦後、ソ連管理下におかれた体制を受け入れられず、ささやかな抵抗を試みる青年の悲劇も追います。

 

 一部に記録映像を含み、カラー撮影でありながら大半が墨絵を思わせる無彩色の映像は、悲劇の告発を主旋律に、鎮魂を通奏低音として奏でているように思えます。

 遺体発見の場面で流れる音楽は、ショパン「エチュード・革命」「ソナタ2番から葬送行進曲」の断片(多分間違いない)です。小国の悲哀は繰り返される、その意図を感じます。そして哀悼と。
 最後に流れるアカペラ(本来の無伴奏教会音楽の意)、音楽担当のペンデレッキの「ポーランド・レクイエム」のようです。不慮の死を遂げた多くの人たちの安息を願い、再び安息を脅かさない願いのように響きます。

 

 アンジェイ・ワイダの作品を観るのは「大理石の男」「鉄の男」以来です。その間30年。彼の映画を観なかった言うよりは映画から遠ざかっていました。多くの名画を見逃したことでしょう。取り返せるものでもありませんが、これからはこまめに足を向けようと思いました。

 無音のエンドロール、読める訳でもありませんが最後まで観ました。そこに多くの良心を感じました。決して楽しい映画ではありませんが多くの人に見て頂きたい。あらゆる戦争を繰り返さないために。

   (2010年3月25日記)

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2010年3月23日 (火)

路上観察:鶴見川源流(2010年3月20日)

 一級河川・鶴見川は東京都町田市上小山田町に端を発し、横浜市鶴見区の工業地帯で東京湾に注ぐ全長42.5km。その源流域散策の報告です。

 

 町田駅発バスの終点・小山田バス停から北西に向う細い自動車道を500mほど歩くと「源流の泉広場」にたどり着きます。途中のどかな風景が広がり、気持ちが和む思いです。
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 広場は木道が整備され、中央に湧水のある池の周囲を散策できます。奥の一団高い場所で休憩可能ですが、手洗い等の施設はありません。
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 池の水は、時計回りの円弧状の小川に流れ出ます。季節季節に水生動・植物が戯れることでしょう。今にも開花しそうな黄色い花。黄菖蒲でしょうか、ゆらゆら流れる水面に映えて春を感じさせてくれました。
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 小川は50mほどで畑脇の人工水路に入ります。道路整備等の影響で流れも変わったと思います。自動車が行き交い、周囲もかなり開けているので、手が加わるのは残念ながら仕方ないところでしょう。
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 ボランティア活動により周辺はきれいに維持・管理されています。自然の営みをそっと覗かせて頂く、そんな気持ちが必要だと思いました。

 

 ところで、鶴見川源流を一目見るつもりで出かけたのですが、「源流の泉広場」は源流ではないようです。源流域に位置するのは確かですが、周辺の地形や水の流れを観察するともう少し上流がありそうです。いやあるのですが。

 源流に到達するにはもっと奥に分け入る必要があります。調べて、分け入ることが可能そうならば改めて、そっと覗かせて頂きに出かけるつもりです。

 

 補足です。今回は町田市北西部の小山田緑地まで自動車で移動し、そこから歩きました。所要時間は片道30~40分ほどです。
 なお小山田緑地は多摩丘陵の一角、尾根・谷戸に雑木林・水辺・草地などが広がり、散策や自然観察のために格好の場所です。子供連れ良し、弁当持参で一日楽しめそうです。いずれ報告します。

  (2010年3月23日記)

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2010年3月20日 (土)

随想:思い出はいつの日も・・・

 

ZAIM、若いアーティストやクリエーターのレジデンス創作活動拠点。横浜創造界隈の中心施設でしたが2010年3月31日をもって閉館されます。散歩の途中に立ち寄って何やっているかと覗く楽しみが減ります。

 ZAIMの一角を拠点にした横浜トリエンナーレ・市民アーカイブ・プロジェクトも、ZAIMでの活動を終了するようです。最後に『第2回 横浜トリエンナーレ・市民アーカイブ・プロジェクト展示会 「わたし、ひとりになっても続けます」』を開催(既に終了)しました。以前からその活動に興味を持っていたので最終日に出かけました。

 収集品の一部展示のようですが、会場模型、収集資料、新聞切り抜きなど。それでもかなりの量。収集資料の一部は各種展覧会のカタログ。

001  その中に「利賀フェスティバル'82 第一回国際演劇祭写真集」。そこに引用写真が。「白石加代子演ずるトロイアの女」です。

 写真を見てなるほど。土砂降りの雨のなかで演じているようです。雨の降っていない写真もありました。日が異なるのか、上演途中から降り始めたか。途中で上がったということはなさそうです。

 私が利賀フェスティバルに初めて出かけたのは1988年、それ以降何回も出かけました。そして思うのことの一つ、利賀は雨が多い。会場が野外劇場であれば雨具必携。私の思い出は、三度に一度が雨。多分。

  (2010年3月20日記録)

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2010年3月19日 (金)

路上観察:横浜・鶴見川河口

1.観察日 :2010年3月17日
2.最寄駅 :京浜急行花月園前駅あるいはJR鶴見線国道駅
3.記録  :所要時間:京浜急行花月園前駅から徒歩約20分
4.地図  :横浜B級名所地図(筆者作成)

5.案内  :

 一級河川・鶴見川は、JR京浜東北線川崎駅~鶴見駅間を東流し、やがて南に向きを変えて横浜市鶴見区の工業地帯で東京湾に注ぎます。全長42.5km、東京都町田市上小山田町が源流です。
 河口はおよそ見当付くものの正確な位置を知りません。調べたところ大体の位置が判りましたので現場検証に行きました。

 「河口から0.0Kmの標柱」は左岸、JR鶴見線陸橋からおよそ500m下流に位置します。最寄駅から目指す場合は、JR鶴見線陸橋からおよそ150m上流の臨港鶴見橋で右岸から左岸に渡ります。

002 「標柱」から上流側に向いた写真、左端の対岸が生麦、その後方が花月園方面、右端の奥が鶴見方面。標柱上部のバクの絵の左に錆色のJR鶴見線鉄橋が少し見えます。

001  「標柱」から下流側に向いた写真、高架の首都高速横羽線、その下に産業道路。鶴見川はまだ続いているように思えます。


003  「標柱」を正面から見ると、その後方に道が見えます。地図などを調べて、その道が陸地と埋立地の境と推測しています。


004  「標柱」の対岸に船溜りがあり、堤防の向こうに民家が連なります。民家後方100~150mに旧東海道が通ります。民家および旧東海道は船溜り辺りから45度位の角度で奥のほうに曲がります。
 船溜りの左側、陰になった護岸は埋立地でしょう、左後方に工場地帯が広がります。

 「標柱」のある左岸は陸地と埋立地の境が鮮明ではありません。しかし右岸はほぼ私の見解で合ってると思います。とすると標柱のある位置が河口で、それより下流と思われる部分は運河しょう。何れ陸地と埋立地の境を、強いては鶴見川河口を明確にしたいと思います。
 それと源流までの踏破。当日は試しに新横浜付近まで10数Kmを歩きましたが、追って正式に歩くつもりです。

  (2010年3月19日記録)

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2010年3月16日 (火)

演劇:MODE『女殺油地獄』

   演出   松本修

   原作   近松門左衛門
   台本   石川耕士

   美術   伊藤政子
   照明   大野道乃
   音響   長柄篤弘
   舞台監督 大川裕

   配役   河内屋与兵衛 ------------------------ 川口真五 
        河内屋徳兵衛(与兵衛の継父)--------- 藤井びん
        お沢(与兵衛の実母)----------------- 山本道子
        山本森衛門(与兵衛の叔父)----------- 宮島健

        豊島屋七左衛門(近隣の油屋)--------- 中田春介
        お吉(七左衛門の妻)----------------- 山田美佳

        小菊(北新地の女郎)----------------- 山田美紗子 、他

   会場   笹塚ファクトリー
   公演   2010年3月14日(日)~3月22日(月・祝)
   鑑賞   2010年3月15日 19:00~21:45(休憩なし)

 

 大坂天満の油商・河内屋徳兵衛の息子・与兵衛が、理不尽な理由で近隣の油商・豊島屋七左衛門の女房お吉を殺して金を奪う話。豊島屋店先での殺戮は、油桶をひっくり返したから辺り一面油の海。二人は足をとられて動き儘ならず、ひっくり返り、もがきながら、やがてお吉は息絶える。まさに油地獄。

 家庭内暴力の末に至る家族崩壊、かすかに漂う横恋慕、高利金融。今では油屋という商売こそなじみが薄いものの、底を流れる思想は今に通じます。享保6年(1721年)7月竹本座上演、近松門左衛門晩年の作は300年を経て今なお新鮮です。

 筋も結末も知った近松の名作を、『カフカから近松まで、「不条理」劇から「情理」劇まで』を標榜するMODEが如何に演ずるか、小劇場で如何に展開するか、それが興味の的。小劇場系にしては年配の方も多く、ほぼ満席。

(以降、舞台に言及しますので承知おき願います)

 
 
 
 
 

 舞台と階段席の間の平土間に目見当で幅4間・奥行2間の平台、大半はそこで演じられます。平台の左右、舞台との間にパイプ椅子が置かれていて、演技していない役者はそこに控えます。

 苦みばしった川口真五の与兵衛、小股の切れ上がった山田美佳のお吉。山田美佳は前作「心中天網島の遊女・小春」よりさらに、商家の美しい若女房がはまっています。何もない平台へ、役者が縁台を運び込んで野崎参り途中の徳庵寺堤。たまたま出会う与兵衛とお吉、地獄への行進が始まります。

 北新地の女郎・小菊への鞘当から誤って武士に泥をかけ、供の武士に成敗と迫られる与兵衛。よくみれば伯父の山本森右衛門。宮島健の森右衛門は味わい深い。宮島健に限らず脇がしっかりしています。

 

 徳兵衛・お沢から預かった800匁を与兵衛に渡すお吉、返す金が200匁不足するから貸してくれと与兵衛はお吉に頼むが断られる。それなら手持ちの油二升を取り替えてくれと。計るお吉の背後に白刃抜いてせまる与兵衛。逆ギレ。

 樽を倒しての油地獄、この場面は奥の舞台で演じられます。この時、与兵衛とお吉以外の役者は奥の舞台に向って平台に正座、油地獄を劇中劇として観ることになります。待ちの役者の扱い、平台の空白を避ける、障子に目あり、などの意図を感じます。油地獄の終焉で暗転、拍手が起きます。役者も手を叩いています。

 

 お吉が亡くなってから三十五日、逮夜の人々の集まり。そこに天井から血の付いた書付が落ちてきます。筆跡から犯人は与兵衛ではないかと。そこにお悔やみを述べに与兵衛が現われます。

 

 誇張もないし様式美も多くは意識されていないようです。言葉の判らない部分は多少はありますが、気になるものでもありません。淡々と進行する台本も反って効果的です。実に身近な近松になっています。古典もなかなか良い、かくなるうえは文楽も観たいとの思いが沸き起こります。MODEを通して古典に近づく、それも大ありだ。次は「曽根崎心中」をリクエストしておきます。

 確証がないので後回しでしたが、始まりのJazzyな音楽は「死刑台のエレベータ」のようです。終演後に後ろのおじさんの話し声が聴こえました。徳庵寺堤の場面で「野崎小唄」、歌手は往年の時代劇俳優・高田浩吉と思ったのですが、今になって少し揺らいでいます。最後にソプラノが歌う何か、「ガーシュイン」と後ろのおじさんの話し声。世に物知りは少なくない、多少でも近づけたら。

  (2010年3月16日記録)

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2010年3月15日 (月)

音楽:神奈川フィル第261回定期演奏会

  指揮  金聖響

  独奏  神尾真由子(vn)

  演奏  神奈川フィルハーモニー管弦楽団

  曲目  プロコフィエフ  :交響曲第1番ニ長調「古典交響曲」
      ストラヴィンスキー:ヴァイオリン協奏曲ニ長調
      パガニーニ    :24のカプリーズより第13番(ソロ・アンコール)
       (休憩)
      ハイドン     :交響曲第104番ニ長調「ロンドン」
      J.S.バッハ    :G線上のアリア(アンコール)

  会場  横浜みなとみらいホール(2階5列12番)
  公演  2010年3月12日19:00~20:50

 

 09-10年度最後の定期演奏会。ハイドンに始まり(4月25日 第253回 交響曲101番「時計」)ハイドンで終わります。

 プロコフィエフとストラヴィンスキーは録音も含めて初めて聴く曲です。今まで興味が向くことが無かったのですが、定期演演奏会に取り上げられたら事前に録音されたものをは聴くぐらいのことはしなければいけないでしょう、反省。

 プロコフィエフの「古典交響曲」はハイドンを意識して作曲されたそうで、それは感じました。ただ音が随分遠くに聴こえます。席も関係するし、耳が多少遠くなっていることもあります。このホールで他オーケストラを聴いたことがないので基準がありません。

 ストラヴィンスキーも音が遠いのは同じですが、ヴァイオリンも部分によっては浮かび上がってきません。他の方はどのように聴こえているのでしょうか。神尾真由子は実績あるヴァイオリニストだそうですが、音ばかり気になりました。アンコールは美しく、あっさりと演奏したかのようです。ソロを聴きたいですね、県立音楽堂がいいな。

 ハイドンになって音は近づいた感じがします。いつも休憩後に音量が増すように思えるのは気のせいでしょうか。少し安心して、冒頭のファンファーレ風のメロディを聴きます。ティンパニーはバロックタイプに変わっています。管楽器も美しく、弦も美しいです。私は楽しく聴きました。

 演奏を終えて金聖響がショート・スピーチをしました。マーラーと言う言葉が何回と無く聞き取れましたが後は判らず。10-11年度定期はマーラーを多く取り上げるのでそのことか。アンコールのG線上のアリアがマーラー編曲だったのか。管楽器は手持ち無沙汰でしたが、一年の締めくくりを静かに終わる意味もあったのでしょうか。

 

 長らくオーケストラを聴く機会を持ちませんでしたが、何の加減か神フィルの定期会員になって一年を経過しました。少し慣れてきました。新年度も継続したので、まずは楽しく聴けたら、できれば少し理解を深められたら良いと思っています。リハーサルも聴きに出かけます。他のオーケストラも聴きに出かけましょう。

   (2010年3月15日記)

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2010年3月12日 (金)

演劇:彩の国シェイクスピア・シリーズ第22弾『ヘンリー六世』 (長文)

   演出  蜷川幸雄

   作   W.シェイクスピア
   翻訳  松岡和子
   構成  河合祥一郎

   美術  中越司
   照明  勝柴次郎
   衣装  小峰リリー

   出演  上川隆也  ヘンリー六世
       大竹しのぶ ジャンヌ・ダルク/王妃マーガレット
       高岡蒼甫  リチャード
       池内博之  サフォーク伯爵/ジョージ
       長谷川博己 シャルル/エドワード
       草刈民代  オーベルニュ伯爵夫人/グレイ婦人エリザベス 他

   会場  彩の国さいたま芸術劇場・大ホール
   公演  2010年3月11日(木)~4月3日(土)(休演日あり)
   鑑賞  2010年3月11日 13:00~21:25(途中休憩を含む) (1階P列10番)
   公式HP http://www.saf.or.jp/arthall/event/event_detail/2010/p0311.html

 

 会場に掲示されていた進行は次のとおりです。
   第一部 13:00~14:35(休憩)14:50~16:50(大休憩)
   第二部 17:50~19:25(休憩)19:40~21:20
 鑑賞当日は、第一部が5分ほど延び、第2部は10分ほど遅れて始まり5分ほど遅れて終わりました。終了後、音楽の流れたこともあってか二拍子の拍手で挨拶が4回繰り返されました。最後は大竹しのぶが蜷川幸雄を呼込んで一緒に挨拶。21:35分に終了しました。これから鑑賞する方も多いでしょう、まずは参考まで。

 

 昨秋、新国立劇場の「ヘンリー六世」公演を観ました。関連企画の「シェイクスピア大学校・全6回」も5回、聴講しました。その2回目が『シェイクスピアは「ヘンリー六世」で何を書いたか?』で講師・松岡和子、6回目が『シェイクスピアは「ヘンリー六世」をなぜ書いたのか?』で講師・河合祥一郎。各々、今回公演の翻訳者、構成者です。講演で「彩の国・ヘンリー六世」公演予定を知り、絶対に出かけようと待ち構えていました。

 半年のうちに「ヘンリー六世」を二度観られることは幸せかも知れません。翻訳・演出・出演も異なり、舞台設備も異なる公演が、各々どのように展開するか、出来栄えはどうか。同じテキストから異なる世界が生まれるその場に居合わせることは幸せかも知れないと思っていました。

 「新国立劇場公演」と「彩の国公演」の双方を対比しながら観られる方も少なくないでしょう。私もその一人ですが、好き嫌いは脇において対比することで演劇への親しみ・理解が増すように思えました。

(以降、書きかけから追加です)

 

 週日の初日、空席がちらほら見えますが、ほぼ満席と言えます。観客は女性が多く、目見当で男女比は2:8くらいでしょう。私が比較的良く観る分野とは観客層が異なっているように思いました。
 私の席の隣の二人連れの女性は、後半、席に戻りませんでしたので、前半・後半を分けて観るのでしょう。通しで観るのも体力を要しますので、それも良いアイディアです。興味ある方は、チケットを探してみたら如何でしょうか。

 

 原作の三部構成を前半・後半に再構成しています。上演時間は前半3時間35分、後半3時間15分、合計6時間50分です。新国立は合計9時間25分ですから、新国立を基準にすれば2時間35分短縮されたことになります。

 彩の国の立地等を考慮すれば、このような条件で実施せざるを得ないとの話を聞いた気がします。私の場合、横浜駅から徒歩15分ほどの自宅を出発したのが9時45分、戻ったのが23:30分です。彩の国近辺で昼食しましたので、それを除けば1時間ほど出発を遅らせられますが。

 

 前半の幕切れは、ヘンリー六世から追放を宣告されたサフォーク伯爵が、王妃マーガレットから去って行く場面。すなわち、第二部第三幕第二場になります。

 テキストは小田島訳を一度読みましたが、松井訳は積読のまま。そのような状態ですから、どこを省略したか、どこを入れ替えたかは判りません。ただ、ジャックケードの反乱や親殺し・子殺しの場面が短めにまとまられていることから想像すると、全体的に圧縮されているように思えます。

(以降、舞台に言及しますので承知おき願います)

 
 
 
 
 

 舞台上には潔いくらい何もありません。ただ舞台奥は、人の背丈の倍くらい高さまでの階段になっています。階段には主客席と対向して4列の副客席が、左右三群に分けて設けてあります。間の通路は重要な舞台の一部です。副客席は床から立ち上がっているようで、すなわち主客席から見ると、人の隠れられる空間があります。
 舞台の左右に扉があって登場口になります。他にも階段脇、階段上正面二箇所・左右に登場口があります。

 そればかりでなく主客席後方からも役者が登場し、退場していきます。客席通路もまた重要な舞台です。王妃が、甲冑に身を固めた兵士が、庶民が、風を巻き起こして走り抜けます。私は通路脇の席でしたので、その勢いは怖いくらいに感じました。

 広大な原野、王宮などの多様な場面の表現には劇場全体を使用、何も無い空間で客の想像力を喚起することが重要。新国立に比して制限された劇場施設の彩の国では、より工夫が必要だとわかります。

 天井からは薔薇の作り物が終始降り続けます。時に激しく。それは赤薔薇であったり白薔薇であったり。
 時々、くすんだ赤色の袋が落ちてきます。落ちた時にグシャと音するので、かなりの重量があると思われます。傷付けられた肉体の象徴でしょう。

 

 開演前、白い舞台に赤の模様が描かれています。何気なく薔薇かと思っていました。客席後方から、ぞうきん・水洗桶を持った掃除のおばさん5人が出てきて舞台に上がり、赤い模様を拭き取ります。赤い模様は薔薇ではなく血糊の象徴と判ります。既にヘンリー六世の幕は開いていたのです。
 この後、おばさんたちは要所に登場して降り積もった薔薇の片付けや清掃を繰り返します。場面転換です。演劇集団さいたまゴールド・シアターの劇団員、年を重ねてから新しい世界に飛び込む情熱に頭が下がります。

 

 舞台上が片付くと、ヘンリー五世の柩が舞台上に現われます。柩の中に人形が横たわります。随分と具体的な表現、この後もそのように感じる部分はいくつかありました。

 戦闘場面は多々ありますが、胸に着けた赤薔薇・白薔薇、兵士は胸の紋章で区別していました。剣を交える音は響き渡りますが、限られた空間ですから場面ごとに大きく変化することはありません。ディテイルを追求するものでもありませんから、特に不足も無い気がします。

 

 幼いヘンリー六世は子役・中島来星が演じます。可愛く純真そのものです。
 長じたヘンリー六世にも可愛さと純真さが残る印象を抱いています。しかしながら上川隆也は力強く演じました。後半、赤薔薇・白薔薇の戦いをヘンリー六世は舞台下から舞台に身を持たせかけて嘆く場面はリアルで、もう少し遠い視点の表現も可能でないかと思いました。漂流する王のはかなさが全体的に薄かったように思います。

 ジャンヌ・ダルクと王妃マーガレットは大竹しのぶ。大きな二役を一人で演じることの是非はあるでしょう。私は非と言い切りませんが、二人に分けた方が良いと思いました。大竹しのぶの印象が強くて役が切り替わらないように思います。どちらと言われればジャンヌ・ダルク。王妃マーガレットを誰かに譲れば良いのでしょうけど、ビッグネームがもう一人参加するのは商業的にきついかも知れないと思います。

 サフォーク伯爵は池内博之。情欲と権勢欲に取り付かれた男が浮かび上がってきました。前半の最後、王妃マーガレットとの別離の場面、随分長く感じました。TV等で植え付けられた大竹しのぶの奔放な性格(嘘か真か知りませんけど)が王妃マーガレットに重なり、二転三転する感情変化にサフォーク伯爵の気持ちが次第に消沈していくところが面白かった。

 リチャードの高岡蒼甫は狂気性が薄く、エドーワードの長谷川博巳は淡々と、オーヴェルニュ伯爵夫人/エリザベスの草刈民代は舞台映えします。ヨークの吉田鋼太郎、グロスターの瑳川哲郎は渋いです。

 トールボット卿の活躍が少ないと感じるのは再構成のためか。ウォリックの変転が笑いを誘いました。

 ダイナミズムが抑制されていると感じましたが、劇場設備や上演時間の制約を考えれば充分と言えそうです。ヘンリー六世やジャンヌ・ダルクには人間離れしたところがあると思います。そういう面から言えば人間臭ささ漂うヘンリー六世になったと思います。

 めずらしく気合を入れて初日に出かけましたが、できれば後半にもう一度出かけたい思いがします。原作のしっかりした演劇は面白い。

  (2010年3月13日記録)

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2010年3月 9日 (火)

随想:記録映画「バッコスの信女」を鑑賞して(2010年3月8日)

 どこのサイトか既に不明ですが、記録映画「バッコスの信女」を上映するとの案内をインターネットで見つけました。何を差し置いても、って大したことがある訳ではありませんが、本日出かけましたので報告します。

 まず実施詳細は次のとおりです(プログラム転記)。

   主催  日本女子大学文学部・文学研究科
   共催  楽劇学会

   古典演劇の東西 ---女性・映画・演劇---

   羽田澄子監督記録映画作品「バッコスの信女」上映
   (出演=観世寿夫・白石加代子/演出=鈴木忠志)

   平成22年3月8日(月)午後1時開演
   日本女子大学目白キャンパス成瀬記念講堂

   プログラム(時間は、いずれも予定)
    13:00 開会
    13:05 上映に先立って(羽田澄子氏にきく)
        羽田澄子監督作品「鈴木忠志演出<バッコスの信女>」 (92分)
        出演:観世寿夫・白石加代子ほか
    15:20 休憩
    15:30 座談会 古典演劇の東西(90分)
        観世銕之丞氏・石井倫子・みなもとごろう・児玉竜一
    17:00 閉会

 休憩が15時10分過ぎから始まった以外は、プログラムどおりに進行しました。「羽田澄子氏にきく」の概要は次のとおりです。

 

 岩波ホール・演劇シリーズは「第1回・トロイアの女」「第2回・東海道四谷怪談」「第3回・バッコスの信女」、これで終わり。その後、映画ホールに。「トロイア」は知らない。「四谷」の時、高野悦子(岩波ホール総支配人)から記録しないかと言われ、撮影。「バッコス」も撮影。今回の上映のため編集したと聞いたが、フイルム痛みの修正のみである。30年前のまま、作ったまま公開していない。東京女性映画祭(2007年)が初めて、今回が2回目。30年の間ホールスタッフのみ(が鑑賞?)、そのまま保管。「四谷」も30年(保管)、昨年公開(2009東京女性映画祭)。そのまま撮るのは「四谷」が最初。

 「四谷」は客が入った状態で、「バッコス」は通し稽古の時、客はいない。客がいてもいなくとも撮り直せないので緊張する。「四谷」は客で緊張。TVだと何台もカメラを使う、フィルムが切れることもない。16mmカメラは10分撮影できた。フィルムチェンジ対応のためカメラ3台使用。脚本を参照してカメラの分担を決めた。NHKにも記録が残っている。今日のはアップが多い。TVは引いて延々と撮る。稽古を見てアップの指示。映画としても面白く。「四谷」は稽古を見ないで。「バッコス」は稽古で何をやっているか、衣装なしも見ていた。古い資料を見たら、細かいカット割をしていた。

 (稽古の様子が舞台の前に入っている。鈴木メソッドの練習風景が入っている。日本の古典的な動き。日本独特の(動作の)ナンバ。最近の若い人の体形とは異なる。近代演劇では如何に消化するか、西洋のものを日本的に)

 鈴木忠志のインタビューは稽古の合間に行った。自分は見ていなかった。びっくりした。ショックだった。10分少々。インタビューは、羽田の判断。

 舞台を撮るのはこれが初めて。狂言は撮ったことがあったがべったりではない。フィルムが切れないように設計。歌舞伎、仁左衛門。

 (92分でノーカット)

 (映画には映画の手法、舞台には舞台の手法、演劇の視点で創られている。アップする場所を指示して。緊張感は高かった。

 (映画監督・羽田澄子と演出家・鈴木忠志の共作と言える)

 岩波(映画)は監督と言わずに演出家と言う。ドキュメンタリは監督するわけでない。

 (一気に演出家の意気を感じる)

 撮ったことは覚えているが。あの頃、こんなにうまく撮ったんだ。

 

 この後上映。16mmカラー。映像は鮮明。多少の感想を次にまとめます。

 観世寿夫は名前を知るのみ。鈴木・白石・蔦森は若い、当然だが。実にテンション高く演じられている。生の舞台を観なかったことは返す返すも残念。鈴木演劇を観た方はご存知かもしれないが、紅白幕の女が既に存在しています。歌謡曲の利用も既に行われています。最後の場面は「襟裳岬・森進一」。実によくマッチしている。森進一の声もつやつやしています。

 映像はかなり緻密に撮られていると感じました。全身アップが多いと感じましたが、全体に違和感はありません。最近の映像はやたらに場面を細分して撮るので不快感を催すことが多々ありますが、そのような部分は皆無です。記録に徹してはいるのですが、ロングショットの多用で無難に済ませてはいません。対象の創作性を損ねない映像の創作性、そのような表現が通じるか否か不明ですが、そのように思いました。

 この記録映画が、再びお蔵に眠ってしまうのも実にもったいない。多くの人に見てもらう機会のあることを希望したい。なお、上映後の座談会も興味深いものがありましたが、残念ながら断片しか記録しなかったので省略します。

 

 最後に、貴重な記録映画の上映を公開して頂き、かつ上演台本を含む貴重な資料集を配布して頂いた主催者に厚くお礼申し上げます。

  (2010年3月8日記録)

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2010年3月 8日 (月)

美術:没後400年「長谷川等伯」(2010年3月5日)

  会場    東京国立博物館平成館
  会期    2010年2月23日(火)~2010年3月22日(月・休)
  休館日   月曜日、ただし3月22日(月・休)は開館
  開館時間  9:30~17:00、金曜日は20:00、土・日・祝・休日は18:00まで開館
        ただし、入館は閉館の30分前まで
  入場料金  一般当日:1500円
  鑑賞日   2010年3月5日
  公式HP  http://www.tohaku400th.jp/index.html

 

 「第1章」から「第7章」に整理して展示された作品群、週中の14時過ぎなのに最初のほうは人が多く、取り敢えず第5章から観始めました。気持ち、人は少ないようでしたがゆっくり鑑賞できるでもありませんでした。「第7章」まで進んで、再度「第1章」から会場を巡りました。

 「第6章・墨の魔術師-水墨画への傾倒-」、それ以前の作品が彩色で細部まできっちり描きこんでいる。私はきっちり描きこんでいるよりは大胆に省略されているほうが好き。

 「第7章」、墨の濃淡で描かれた二双六曲の「国宝・松林図屏風」が作品群の最後を飾る大作。近づけば細部を見ることは可能だが、離れて全体を観たい。しかし離れれば人の頭の連なりの向こうに作品が見える。静寂漂う雰囲気だけ把握。

 

 今回は意気消沈してしまい、作品の印薄があまり残っていません。好き嫌いは別にして、貴重な作品も多いのでゆっくり観たい。私も多くの人のなかの一人ですから、他の人の鑑賞を妨げていることを疑いませんが。何か良い工夫はないでしょうか。

 入場者の多いことは経営面を考えれば同慶すべき、作品鑑賞の観点から言えば不満。どこで折り合いがつくのでしょうか。朝一番の入場とか、週末のナイターとか、観る方で工夫する必要がありそうです。東京国立博物館は時々しか出かけませんが、何時出かけても人出が多いように思います。

  (2010年3月8日記)

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2010年3月 6日 (土)

読書:最近の読書から(2010年3月6日)

1. 須賀敦子全集・1より『ミラノ 霧の風景』
    須賀敦子著、河出書房新社、4800円+税

Suga1  人は二度死ぬと言う。初めの死は肉体が滅びる時、二度目の死は一緒に生きた人たちの記憶が滅びる時。これを肯定するならば、二度目の生を描く十二編の随筆と言える。ミラノ時代の友人たちへの慈しみ深い回想。はるか彼岸に渡っていった友人たちへの追憶。過ぎ去った日々を淡々と描写、そこに美辞麗句はない。

 

 例えば『遠い霧の匂い』。
 夕食に招いたローザを弟のテミが迎えに来るはずだった。テミがアルプス山麓までグライダー乗りに出かけた帰りに寄ることをローザは言わない。窓を開け、霧の流れる外気にあたりながら、テミの車の来る方角をいつまでも見透かしていた。私たちは、急に都合がわるくなったと平気な顔でなぐさめて、彼女のためにタクシーを呼んだ。

 翌日の新聞で、私たちはテミ操縦のグライダーが山に衝突して墜落、行方不明になったことを知る。生存の可能性はなく、雪が深くて春まで現場に登れない。

 「ミラノに霧の日は少なくなったというけれど、記憶の中のミラノには、いつもあの霧が静かに流れている」と結ぶ。

 

 イタリアで過ごした日々の光景、友人たちと共有した多くの出来事。友人たちの死も彼方に過ぎ去る。いっそ激しい言葉でもあれば容易に訣別できそうだ。静謐な言葉でつづられるとより深く胸に迫る。永遠の別れ、国を異にする別れ。年を重ねるとは、いくつもの別れを一つづつ納得し、次の一歩に踏み出すことか。

 十数年前に読んだ時よりは深い味わいを感じた。若ければ若いなりに、年取れば余計に、生きることの何たるかを教えてくれる気がする。何たるかを凝縮すれば、誠実に行き当たる。

 イタリアの文学・歴史・宗教などに素養があればより深い味わいがあるだろう。須賀の足跡が残る地名に興味を覚え、いつか訪れたい気にもなる。次に読む機会までに多少でも前進できていれば幸いだ。

 『ミラノ 霧の風景』は「いまは霧の向こうの世界に行ってしまった友人たち」に捧げられている。

  (2010年3月6日記録)

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2010年3月 4日 (木)

路上観察:横浜根岸なつかし公園・旧柳下邸の雛まつり(2010年3月3日)

 

旧柳下邸は横浜市指定有形文化財に指定され、NPO法人により維持管理されています。位置はJR根岸線根岸駅から歩いて10分ほどの所。3月6日まで雛祭りを開催しているとのことで散歩の足を延ばしました。

 少し高台に建つ旧柳下邸からは広がる磯子の海が見えたはずです、昭和30年頃あるいはもう少し後までは。縁側・廊下、波打った古いガラス、五右衛門風呂などから旧柳下邸が豊かな家庭であったことが想像できます。庶民の家庭とは大いに異なるでしょうけど、昭和前半の暮らしの気配が漂っています。
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 鄙飾りは、明治期から昭和期に制作された10組ほどが飾られていました。出来栄えを見極めできるわけではありませんけど、戦争を含む長い年月を経て目の前に存在することはなかなか感慨深いものです。
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 旧柳下邸裏の根岸台に進駐軍から引き続く在日米軍施設が広がることを知れば、感慨はより増すでしょう。平和と戦争の痕跡が紙一重で同居しているように思います。

 旧柳下邸に鄙飾りの無い状態がどのようなものであるか興味を抱きました。改めて出かけようと思いました。また、4月18日からは端午の節句が開催されるそうですから、それも出かけたいと思いました。

 根岸駅改札を出て右前方に案内板があります。根岸森林公園や三渓園もさほど遠くない所にあります。組み合わせて半日・一日を過ごすのも楽しいと思います。

  (2010年3月4日記)

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2010年3月 2日 (火)

演劇:チェルフィッチュ「わたしたちは無傷な別人であるのか?」

   作・演出  岡田利規

   出演    山縣太一、松村翔子、安藤真理、青柳いづみ、
         武田力、佐々木幸子、矢沢誠

   会場    横浜美術館レクチャーホール
   公演    2009年12月5日(土)~12月12日(土)
   鑑賞    2010年03月01日 19:30~21:15
   公式HP   http://chelfitsch.net/

 マンションに住む夫婦、新しくできる高層マンションに引っ越す予定になっている。話は2009年8月29日から30日にかけてのこと、そしてその少し前のこと。妻は夫に、土曜日か日曜日(29日か30日)に後輩を自宅に招きたいと言う。結局、土曜日に後輩を招待した。夜、ソファーでセックスする。日曜日、食べるパンが不足したので買い出かけ、ついでに投票に行く。凝縮すればこれだけの話である。

 詳細を追求すれば話は実に細かくなる。例えば、後輩は訪問前に手土産を見繕う。ワインを一本にするか二本にするか、二本分の値段ほどする高級なワインを一本にするとか。チーズはくせの無い、カビの生えていないものとカビの少ないものを選ぶとか。延々と続く気がする。

 細かい話はいくつも出てくる。「男の人がいます。その男の人は幸せです」を基本型にする幸せの定義。新しくできるマンションへの期待。手土産を見繕う過程。無差別殺傷事件の回想。
 マンションを訪ねてくる不審な男は、幸せの周りを不幸せが取り巻いているとつぶやく。快適な環境でセックスできる者は幸せとも。

 

 取り上げられた断片は当たり前のように繰り返される日常である。しかし第45回衆議院選挙が実施される特異な日には特異な日常になりそうだが、パンを買いにいくついでに投票に寄る程度の変化しか及ぼさない。

 舞台には何の飾りも無い。いやホリゾントのやや下手側に時計が掛けられている。意図的なものか、もともとあったものか判断はつかない。他用で何回か入ったが時計があったとは思わない。何も無いのに等しいから何かあると気になる。

 役者はカジュアルな服装、私服にも見える。役者が決まっている役もあれば、複数の役者が相互に役を分担するような場合もある。

 役者の身体と発する言葉は同期しない。身体は言葉から自由であるけれど、意味を感じられない動きは気持ち悪さを感じさせる。言葉と言葉は随分と間が空いているけれど、これまた気持ちをいらいらさせる。他の人はどう感じているのだろうか。

 幸せとは何か、大きなもの、見えざるものから切り離された極小な空間に宿るということか。幸せと不幸せの間の行き来はどのような力に拠るものか。観た者に考えることを要求する。

 チェルフィッチュは2回目。最初は「フリータイム」、途中で会場を出ようと思った。他に迷惑をかけそうだからこらえたが。今回、多少は緩和したが楽しめる心持には至らない。楽しむことを期待しない演劇かも知れない。同時に思考しなければいけない演劇かも知れない。それにしても上演時間が長いな。

 20日間強の日程の前半はSTスポット横浜、後半は横浜美術館レクチャーホールが会場、さして大きくない会場ではあるが、長期間にもかかわらずチケット入手はなかなか難しい。当日は外人も多かった。多くの人が興味を抱いていることを疑う余地はないけれど、私にはまだ良さが判らない。でも、次の機会にまた出かけるだろう。

  (2010年3月1日記録)

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