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2010年1月

2010年1月31日 (日)

読書:最近の読書から(2010年1月31日)

1.『年中行事を五感で味わう』
    山下柚実著、岩波ジュニア新書645、840+税

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 二月になればすぐに節分。7・8年前、奈良町でヒイラギに鰯の頭を差して飾ってあるのを見かけました。さすがに古い習慣が途切れることなく続くと思いました。我が家でも、私が子供の頃は飾っていましたが何となく途絶えました。もう50年ほど前のこと。

 カタカナ表記の年中行事が増えています。その陰で日本の伝統的な年中行事が忘れられていないでしょうか。親から子に伝わらなかったのでしょうか。

 本書は、一年を新春と春夏秋冬に五分したうえで、各地の代表的な年中行事を視嗅味聴蝕の五感に分類して紹介します。

 春だけ列記しましょう。視・ついな節分、嗅・お水取り、味・ひなまつり、視・お花見、味・花祭り、聴・炮烙割り、嗅・端午の節句、蝕・お戒壇巡りとお砂踏み、聴・神田祭。各行事が頭に浮かんできますか。

 知らない年中行事があるならば一読をお奨めします。親子で読んで話し合うのも楽しそうです。一読を契機により身近な年中行事を探すのも素敵だと思います。年中行事の頃を狙って旅すればより興が増すでしょう。

 ところで5節句をご存知ですか。3月3日(桃の)、5月5日(端午の)、7月7日(七夕の)、9月9日(重陽の)。残る一つは1月1日か、いえ1月7日(人日の)だそうです。厄払いと一年の無病息災を祈願し、この日の朝に七草粥を食べるでしょう。1月1日と思っていた私はこれで恥をかかずにすみます。他にも沢山あるだろうって、痛い所を突きますね。

 (2010年1月31日)

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2010年1月30日 (土)

路上観察:第18回いぶすき菜の花ウォーク・道中編2

 小京都と呼ばれる町は全国に50箇所あります(*1)。北から付番すると50番目が知覧、すなわち最も南に位置する小京都です。知覧の小京都らしい風景は武家屋敷、正確には武家屋敷群とその一帯ですが。特攻平和会館を訪れた後に武家屋敷を散策しました。

 武家屋敷は東西900m、南北200mの範囲、一帯は国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。

 武家屋敷の中央を通る道を進むと、江戸時代はこうであったろうと、何か納得させられる雰囲気を感じます。武家屋敷は石垣の上に意匠を凝らした生垣で囲まれています。脇道から二本差しの侍がふっと出てきそうな気がします。写真は、左側が東向きで後方の山が母が岳、右側が西向き。
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 武家屋敷が全部で何軒あるか判りませんが、公開されているのが7軒、飲食を供しているのが1軒、移築された二ツ家という構造の民家1軒を確認しています。公開されているのは建屋でなく庭で、多くの庭は母が岳を借景にしています。

 武家屋敷を道から見たのが次の写真です。突き当たりのT字路に位置している1軒なので配置が良く判ります。中央が土蔵、その左手に母屋、後方に庭。
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 公開されている武家屋敷は全て屋根のある門構えだったと思います。その一つの門を正面から見たのが次の写真です。袖屋根を持つ門は本家筋を示すそうです。正面には奥を遮るように石垣・生垣が設けられています。
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 門の脇だった思いますが、どこにも注連縄を張った神域がありました。鬼門鎮護でしょうか。次の写真はもっとも美しいと感じたものです。美しいばかりでなく張り詰めた感じも受けました。
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 公開されている武家屋敷の庭は、1軒が泉水式、他は枯山水式でした。規模は大きくありませんが質実、寺院庭園とは異なる武家の庭であることを強く感じました。寒い一日でしたが梅が咲き始めています。本来は暖かい土地なのでしょう。
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 武家屋敷一帯は往時の雰囲気を良く残していると感じました。小京都を冠した理由はどこにあったのでしょうか。庭でしょうね。私は、小江戸を冠するのも良いかなと思いました。武家の醸し出す雰囲気からです。他にも小江戸を冠する町はいくつかあるようですが、でも拠所となる江戸の存在しないところが弱点ですね。

 私が散策した時間帯は、観光バス客の一群と短時間交錯しましたが、その後は個人客がちらほら、辺り一帯を独り占めにした感じです。初めて訪れても何か懐かしさを覚える町、恒久平和を祈念する町、鹿児島に出かける機会がありましたら少し足を延ばして知覧に立ち寄ってみませんか。お奨めします。

 *1 「小京都と京都ゆかりのまち」全国京都会議発行資料、京都を含む、2009年2月20日現在

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2010年1月29日 (金)

路上観察:第18回いぶすき菜の花ウォーク・道中編1

 知覧特攻平和会館を訪れたいと思っていました。第18回いぶすき菜の花ウォーク(2010年1月23・24日開催)に参加を決めた理由の半分は、そこにありました。前日の22日早朝に自宅を出発。鹿児島空港到着が11時少し前、レンタカー利用で知覧特攻平和会館到着が13時過ぎ。

 南九州市知覧町に入ると両側に石灯篭の連なる道路が目に付きます。先のアジア・太平洋戦争の沖縄決戦における特攻作戦のために散った若い命の慰霊のためであろうことは容易に推測できます。後で知りますが、その数1036基、散った若い命に等しいそうです。石灯籠はさらに増えているようです。

 知覧町には特攻作戦の出撃基地がありました。南九州市は、散った若い命の慰霊、恒久平和祈念のために知覧特攻平和会館を建立したそうです。会館内には、短かいながらこの世に存在したことの証として、遺影・遺書・遺品・記録あるいは復元された特攻用の飛行機などが展示されています。

 遺影のいくつかに付箋が貼り付けてありました。そこには住所や階級が記されていました。身内あるいは縁者が訪れて、やりどころの無い悲しみを表出したのでしょうか。住所が変わったから霊に迷わずに帰ってこいと知らせているのでしょうか。生前のことを知る人がいれば連絡して欲しいとの思いが込められているのでしょうか。小さな付箋から私の思いは広がりました。(写真は知覧特攻平和会館およびその周辺)
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 多くの遺書をとびとびに読みました。美しい字で、内容も整然としています。そこには身近に迫る死を否定する文脈はありませんでした。なぜ。

 「特攻隊員たちが帰らざる征途に臨んで念じたことは,再びこの国に平和と繁栄が甦ることであったろうと思います。(南九州市HPより)」。遺書を読むと、そう思えないこともありません。しかし私はそれを鵜呑みにはしませんでした。10才代後半から20才代半ばまでの才気あふれる青年達、秀でた才能の持ち主でなければパイロットにはなれない、が生きて平和を築こうとするなら筋は通りますが、死をもって平和に貢献するとは如何に。

 時代背景を考えれば、青年達が本気でそう考えたことを否定できません。そうであったとしても、本来ならば分別ある多くの大人達が押し留めるべきでしょう。それが理屈にあうというものですが、背中を押すようにして死出の旅に送り出してしまうとは。

 特攻作戦は誰が考え、誰が命令したのでしょうか。作戦ならば目標と成果は把握されているのでしょうか。知覧特攻平和会館に掲示はあったでしょうか、見落としているかも知れませんが。二度とこのような作戦を繰り返さないために、二度と戦争を繰り返さないためにも、明確にしておくべきです。それがあってこそ、若くして落命せざるを得なかった特攻隊員達や家族への慰霊であり、後世への貴重な警告になると思いました。

 とは言いながら、歴史的な負の遺産を後世に伝える南九州市の方向性を否定するものではありません。組織としての限界はあると思います。

 知覧町には独特の雰囲気が漂っていると感じました。正確に言えば、私には重苦しい雰囲気でした。遺影等を見て重苦しさはさらに増しました。そして、重苦しさはやがて怒りに変化しました。
 もっと時間をかけて見るべきでした。しかし丹念に見れば見るほどつらい。矛盾した思いに陥ります。それでも再度、訪れる機会を持ちたいと思いました。合掌。

 

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2010年1月27日 (水)

路上観察:第18回いぶすき菜の花ウォーク第2日

1.年月日  : 2010年1月24日

2.コース  : 20Kmコース

3.所要時間 : 3時間30分(休憩15分を含む)

4.通過地点 : ふれあいプラザ菜の花館~魚見岳登山入口~魚見岳頂上~
        尾掛海岸~指宿エコキャンプ場~指宿港~砂むし会館~
        橋牟礼川遺跡公園~時遊館COCCOはしむれ~JR指宿駅~
        ふれあいプラザ菜の花館

5.案内   :

 主催者準備のバスにて午前7時30分にホテル発、スタート・ゴール地点のふれあいプラザ菜の花館まで約15分。各コース合計で7000名ほどの参加者、10Km、5Kmコースには小・中学校生の参加も多いようです。

 抱えてきた大きな荷物一式を預けます。ゴールした後、そのまま鹿児島市中に移動するためです。どこのウォーキングマーチでも荷物預かり所があります。小分けした荷物だけを持って歩けますので、本当に助かります。

 ふれあいプラザなのはな館は、文化創作活動施設、健康増進施設、研修者用宿泊施設,レストラン等を完備した地域の活動拠点のようです。後に遠望することになりますが、随分と巨大な施設です。

 

 8時過ぎから出発式を行い、8時30分スタート。
 暫くは狭い歩道を進みます。歩道は並んで二人しか歩けませんので、車道にはみ出してフランスデモ状態です。車が少ないとはいえ、主催者・ウォーカー双方が注意しないと交通事故発生の恐れがありますし、やがては地域住民の顰蹙を買うことになりそうです。街中のコースのスタート直後は大体思うようには歩けませんが、それを承知で参加すべきだと思います。交通ルール遵守も。
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 9時少し前に魚見岳の登り開始、2Km地点。山道とはいえニ車線の舗装道路で自動車の通行も少ないですから自分のペースで歩けるようになります。一気に加速、余り意味は無いのですがかなり多くの方を追い越しました。
 途中、スタート地点のふれあいプラザ菜の花館が見えます。かなり巨大な施設だと確認できます。
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 9時20分に標高215mの魚見岳頂上のチェックポイント、4.5Km地点。携帯したGPSで確認すると山道に入ってからは時速6~7Km、速過ぎます。本日は20Kmコースですから体力チェックを兼ねてやや強気で。
 錦江湾に面した斜面になりますので、薄く大隈半島が見えるようになります。多少の風は吹いていますが暖かく、のどかな風景です。傍らに与謝野寛歌碑が。
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 10時過ぎに指宿エコキャンプ場、9.5Km地点。とっくに山道を下り終えて、海岸沿いの道を歩いてきました。目の前に周囲約3Kmの知林ヶ島、潮が引くと歩いて渡れるそうです。かおり風景百選の一つのようですが、どのような香りがするのでしょうか。海岸沿いを進みます。
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 11時過ぎに砂むし会館、15.4Km地点。指宿名物砂蒸し風呂、宿泊したホテルにもありましたが、ここは立ち寄り客専用のようでした。砂に埋もれている時は暖かいですが、着ている物は浴衣一枚ですから移動中は寒いです。
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 コースは海岸を離れます。指宿市考古博物館・時遊館COCCOはしむれ前では、COCCOレンジャーから菜の花のご接待を受けました。お役所でしょう、しゃれたご接待に感謝。近くに橋牟礼遺跡などがあり、その拠点のようです。
 JR指宿駅前には足湯場がありました。流石に温泉町。
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 12時少し前にふれあいプラザなのはな館にゴール、20Kmにやや欠けるそうですが約3.5時間で完歩は速すぎます。ゴール直前に魚見岳が正面に見えましたが、随分と速いペースで登ったなと反省していました。もっとゆっくり楽しんでも良いと思いました。
 ただ、歩き終えて各地に戻っていく方も多いので、二日目は全体に速いペースで進みます。私は再び来られないかとも思い、鹿児島市中でもう一泊することにしていました。
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 ゴール地点で予約のお弁当を配っていますので、屋台で買った豚の串焼きとともに昼食。祝杯を挙げたことは言うまでもありません。
 それにしてもお弁当を配る時間が遅いですね。ゆっくり歩かれる方は、昼食が13時過ぎてしまいそうです。歓迎の太鼓が打ち鳴らされていました。
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 何となく雰囲気が伝わったでしょうか。各地でウォーキング・イベントが開催されています。身近なイベントに参加してみませんか。

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路上観察:第18回いぶすき菜の花ウォーク第1日

1.年月日  : 2010年1月23日

2.コース  : 25Kmコース

3.所要時間 : 5時間20分(休憩30分を含む)

4.通過地点 : かいもん山麓ふれあい公園~長崎鼻パーキングガーデン~
        フラワーパーク鹿児島~JR西大山駅~開聞児童館~唐船峡~
        玉の井~牧聞神社~開聞庁舎前~かいもん山麓ふれあい公園

5.案内   :

 主催者準備のバスにて午前7時20分にホテル発、スタート・ゴール地点のかいもん山麓ふれあい公園まで約30分。各コース合計で5000名強の参加者を確認。遠く北海道からの参加者も一人二人ではありません。横浜からでも遠いと思ったのですが、熱心な方が多いです。

 夫婦連れと思われる参加者は少なくありません。高齢の参加者、まあリタイアしたと思われる参加者も多いです。目的は健康維持、観光、歩行距離認定制度で少しづつ距離を増やすなどかと思います。私は妻と一緒、目的は観光兼体力チェックです。

 天候は曇り、風が強くて大会旗が真横に靡いています。気温はそれほど低くないですが、強い風のために体感温度はは真冬。後のことになりますが、手の指先が冷たくなって手袋をはめました。今冬初めてです。

 

 8時過ぎから出発式。8時30分、地元中学生のブラスバンド演奏を聴きながらスタート。小高いところにある公園から緩く下りながら長崎鼻を目指します。少し進むと開聞岳の全体が見えるようになります。薩摩富士と言われるだけあって端麗な姿をしています。
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 10時過ぎに長崎鼻到着、8Km手前。晴天ならば屋久島の宮之浦岳や硫黄島が遠望出来るそうですが、この日は期待を抱くことさえありません。西側に開聞岳、遮る物なしに海からすっと立ち上がる容姿は美しいけれど、光が少なくディテイルが判りません。
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 11時15分、JR日本最南端の駅・西大山駅到着、13Km手前。鉄道ファンならずとも旅情を誘われます。開聞岳を遠景に、菜の花畑を近景にした小さな無人駅です。
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 12時15分、開聞児童館到着、18Km手前。地域の子供達の集会場のようです。氷砂糖とお茶のかわいいご接待がありました。実にありがたいことでした。
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 13時過ぎ、開聞観光案内所到着、20Km過ぎ。事前予約のお弁当を受領、昼食。暖かい味噌汁を付けて頂いたのが何より。写真に焚き火が見えますが、この辺りは風を遮るものが無いので特に寒さを感じていたのです。それと適当な場所も無いようでしたが、昼食は11時過ぎにお願いでしたいですね。
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 海からの眺望も良いですが、菜の花畑に浮かぶ開聞岳も美しい。きらきらとした南国の陽射しがあればさらに美しかったでしょう。
 謡曲「玉の井」の謡われる玉の井。神代の昔、豊玉姫が朝な夕なに使っていたという日本最古の井戸だそうです。傍らに斉藤茂吉歌碑が。
 牧聞(ひらきき)神社は古来薩摩国の一の宮、南薩地方一帯の総氏神。実に立派なつくりです。

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 14時少し前、無事25Kmを完歩。屋台も出ていますので祝杯を挙げたいところですが、あまりにも寒いのでそそくさとホテル行きのバスに乗りこみました。

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2010年1月22日 (金)

いぶすき菜の花マーチ参加予告

 2010年1月23・24日に開催される「第18回いぶすき菜の花マーチ」参加のため、22日朝に鹿児島へ移動します。戻りは25日夜です。

 この間、ブログを更新できないと思いますので、26日以降に報告します。

 なお試用中のツィッタで、なるべく多くつぶやくつもりです。興味あれば「変様する港街から(ツィッタ版)」を参照ねがいます。

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2010年1月20日 (水)

横浜B級名所:生麦事件碑

 生麦事件とは、文久2年8月21日(1862年9月14日)晴天、武蔵国橘樹郡生麦村(現横浜市鶴見区生麦)付近において薩摩藩士がイギリス人4人を殺傷した出来事です。

 京浜急行生麦駅から少し歩いたところに生麦事件碑、生麦事件発生現場、生麦事件参考館が点在します。

 この事件で落命したリチャードソンの墓は横浜山手の外人墓地にあります。墓の後ろの碑に「近代国家発祥の発端となった/生麦事件犠牲者の■」と刻まれています。新しい国家の胎動期には避けて通れない出来事だったのかも知れません。

 写真・地図を添付した正式版はホームページに掲載しています。興味あれば一読願います。

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2010年1月18日 (月)

音楽:神奈川フィル第259回定期演奏会

  指揮  金 聖響

  独唱  澤畑 恵美(S)
      押見 朋子(Ms)
      吉田 浩之(T)
      長谷川 顕(Bs)
  合唱  神奈川フィル合唱団

  演奏  神奈川フィルハーモニー管弦楽団

  曲目  ベートーヴェン「ミサ・ソレムニス 二長調」

  会場  横浜みなとみらいホール(2階5列12番)
  公演  2010年1月16日18:00~19:20

 

 オーケストラは対向配置でノンビブラート、バロックティンパニー(?)、パイプオルガン使用。合唱は左からおよそ、女性50名(S)、男性40名(T、Bs)、女性40名(A)の合計130名。

 この曲は、CDで何回か聴いていますが、生で聴くのは初めて。キリエ、グローリア、クレド、サンクトゥス/ベネディクトゥス、アニュス・デイと進みますが、やはり聴くに難しい曲だと思いました。

 難しいと思うのは宗教曲だからではなく、覚えやすい旋律があるわけでなく、淡々と進むからです。まあ淡々と言う形容は不適当だと思いますが、技巧的に尽くされたであろう状態が延々と続くという方が正しいでしょう。まあそのように思う訳です。終演後の(新年)乾杯式でスピーチした演奏者も難曲だというようなことを言ってました。

 

 合唱はほとんど歌いっぱなしの状態ですからなかなか重要です。しかもアマチュアの合唱団、どのくらい練習しているのでしょうか、想像して頭が下がります。ただ、私の席では合唱が独奏、演奏に比して強く聴こえました。それと、高音部が金属的に響く印象がありました。

 独唱も歌う機会は多いです。重唱も多いですからなかなか大変だと思いますが、特に気付いた点はありません。

 演奏は、やはりフルートと独奏ヴァイオリンの下降音型で静かに始まるベネディクトスの印象が強く残ります。第一・第二ヴァイオリンのピチカートのうえで独奏ヴァイオリンが独唱、合唱のオブリガートのように旋律を奏でます。ソロ・コンサートマスターの独奏を始めて聴きました。
 アニュス・デイのティンパニーも印象的でした。全体的に活躍するのですが。

 

 宗教曲は年に数回は聴いているように思いますが、この曲は初めてであると同時にフル・オーケストラによる宗教曲も初めてです。悪い印象を持つことはありませんが、聴く準備をもっとしておくべきだと思いました。
 来シーズンの定期会員も手続きを終えています。少しづつ良い聴き手を目指します。

 今回、リハーサルの初日と3日目を各1.5時間ほど聴く機会を持ちました。興味深いものがありました。これからは機会を探してリハーサルも聴きにいくつもりです。
 なお神奈川フィルのリハーサルは、神奈川アートホールのホームページで日程等確認できます。

   (2010年1月18日記)

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2010年1月17日 (日)

路上観察:大磯海岸の左義長(2010年1月16日)

 昼間のうちですが、大磯海岸の左義長の飾りをひととおり見てきました。19時に点火されるそうですが、残念ながら夜は別の用があったので昼間だけでした。

 14時過ぎに大磯海岸に着きましたが、既に大きな飾りが10近く出来ていました。なかなか壮観です。無形文化財に指定されていることが納得できます。
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 ご祭神はいくつかありました。町単位のような感じもありましたが、詳しくはわかっていません。小耳に挟んだ話では、海に投げ入れまた持ち帰ってくるそうです。帰り道で「裸若衆宿」を見かけましたので、海に投げ入れることもうなずけます。
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 島崎藤村は昭和16年1月14日、左義長を見に大磯を訪れたところ温暖なこの地を気にいって、最晩年の2年余を過ごしたそうです。国道一号線から100mほど山側に入った地福寺に眠っています。
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2010年1月15日 (金)

横浜B級名所:掃部(かもん)山公園(要約版)

 位階・正四位上の正装(とのこと)で、みなとみらい地区の高層ビルを見やる銅像の人物は井伊掃部頭直弼、近江彦根藩の第15代藩主にして江戸幕府の大老。

 銅像が建つのは掃部山公園。旧東海道から分かれた横浜道が、野毛の切り通しに至る少し手前の左手一帯。今で言えば、JR京浜東北線が横浜駅を出発して桜木町駅に到着する直前に右手に広がる山の頂上付近になります。

 なぜ彦根藩主の銅像が横浜港を見下ろす掃部山公園にあるか。
 「明治十四年旧彦根藩有志は直弼追慕のため、大老の事蹟に縁故深き横浜に地を卜し 戸部町に一岡を購い 掃部山と称してここに造園を施し 明治四十二年園内一角に銅像を建立した」と銅像裏のプレートに記載(部分)してあります。

 写真・所在を示した地図を添付した正式版はホームページに掲載しています。興味あれば一読願います。

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2010年1月13日 (水)

音楽:神奈川フィルハーモニー管弦楽団・リハーサル

 神奈川フィルハーモニー管弦楽団第259回定期演奏会は「ベートーヴェン/ミサ・ソレムニス ニ長調」、2010年1月16日(土) 18時00分から、横浜みなとみらいホールで開催されます。指揮は金聖響、ソリストは澤畑恵美(S)・押見朋子(Ms)・吉田浩之(T)・長谷川顕(Bs)、そして神奈川フィル合唱団。

 神奈川フィルハーモニー管弦楽団のリハーサルは公開されています。場所は神奈川アートホール、自宅から徒歩1時間ほどの距離です。以前から散歩かたがた一度は出かけようと思っていました。

 本日(2010年1月13日)から3日間は「ミサ・ソレムニス」のリハーサルです。と言うわけで出かけました。10時30分開始のところ11時過ぎに到着、13時過ぎに途中退出しました。

 リハーサルは見学ギャラリーから見ることができます。オーケストラが入るホールは客席のない舞台のような構造、見学ギャラリーは指揮者後方の二階部分です。音響的には遮断されていて、スピーカーから音楽が流れます。受付でワイヤレス・ヘッドフォーンを貸してくれますのでそれを装着した方が良く聞こえます。見学ギャラリーへの入退場は自由。

 オーケストラ後方、もちろんホール内ですが、にパイプ椅子が20ほど並んでいて、希望すればリハーサルの休憩時に案内してくれます。こちらは途中で抜けるわけにいきませんが、オーケストラに参加している臨場感があると思います。いずれ一度は。

 本日のリハーサルは、オーケストラがポイントを確認しているようでした。明日は16時15分から20時45分(開始時間変更になっています)、明後日は15時00分から20時45分です。出来たら明後日もう一度出かけようかと思っています。本番は、もちろん行きますよ。

 神奈川アートホールでは、CD・DVDコンサートやカジュアルコンサートを開催しているようですから、興味あればホームページで確認して下さい。

  (2010年01月13日記)

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横浜B級名所:神奈川奉行所跡(要約版)

 横浜開港当時、旧東海道と開港場を結ぶ道が横浜道でした。その途中、野毛の切り通しの手前、左手に神奈川奉行所がありました。奉行所は内国司法・行政の事務を取り扱い、関内・港を一望する場所ですから睨みをきかしていたことでしょう。

 現在は、神奈川奉行所跡の石碑と案内が置かれています。

 写真・所在を示した地図を添付した正式版はホームページに掲載しています。興味あれば一読願います。

  (2010年01月12日記)

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2010年1月11日 (月)

路上観察:東海道線二宮~大磯・ひと駅散歩

 東海道線二宮駅至近の吾妻山では菜の花が咲き始めた、と正月の新聞記事だったかを見ました。今日(2010年1月11日)は曇でしたが、そろそろ身体を動かさないと月末のツーデーマーチがつらいと思い、昼前に自宅を出ました。

 

 吾妻山には何ヶ所かの登り口がありますが、二宮駅北口から線路沿いに小田原方面へ5分少々歩いた吾妻神社入口から登りました。

 20分ほどで頂上に至る標高140m弱の低山です。しかし、海沿いの独立峰ですから富士山は見えず箱根山も灰色でしたが、景色抜群であることは確信できました。
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 菜の花、見頃かも知れません。となれば雲りを承知で出てきたのですが、鮮明な景色の見られないのが残念。アスレチックコースも設置されていて、子供連れでも充分に楽しめそうです。四季折々の花が咲くようですから、早いうちに再訪したいと思います。

 

 吾妻山を下り、二宮駅のブリッジを渡り、国道一号沿いに大磯に向いました。途中、餅を竹の先につけて歩く親子連れが居たので、後に付いていきました。国道を折れた川縁に大きなトンドが二つ、人も集まっていました。先もあるので火が着く前に立ち去ってきましたが、伝統行事が残っているのが何となく嬉しくなりました。実は「年中行事を五感で味わう・山下柚実著・岩波ジュニア新書645」がポケットに入っていたのです。

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 大磯駅近くの城山公園に寄りました。ここも独立峰のようなもので、先ほど上った吾妻山も良く見えます。一帯は、中世には小磯城が建てられ、明治中期には三井財閥本家の別荘地だったそうです。今は神奈川県立大磯城山(じょうやま)公園になっています。頂上の展望台からは吾妻山と同様に見事な景色が見られるはずです。ここでは遊具を見かけませんでした。

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 大磯駅に向う途中、鴫立庵に寄りました。庭の紅梅が五分咲きくらいですか。西行像を拝んでから立ち去りました。

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 駅間距離が5Km強ですから、散策を加えて10Km弱は歩いたと思います。トレーニングには物足りませんが、正月早々ですからこれで良しと。国道脇を歩くことを除けば良い散策コースです。次の機会は海岸縁の道を探してみます。

 コンパクトデジカメが壊れかかっています。真っ白になったり、真っ黒になったり、時々写ったのが掲載の写真です。さてどうしましょうか。

   (2010年01月11日)

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2010年1月10日 (日)

随想:マークロスコー

 横浜美術館は自宅から徒歩20分ほどの距離ですから、散歩の途中にふらっと寄ったりします。寄らないまでも、その前を通ることはさらに頻度が高いです。

 先日、少し暮れかかった横浜美術館の前を通ったら、灯の点った喫茶室で団欒する人のシルエットの向こうにマークロスコーの絵が見えました。絵というのは不正確な表現で、実は15,750円のポスターです。それは知っているのですが、何となく心和む光景でした。

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 抽象画をこれほど抵抗無く受け留められるのはマークロスコーだけです。もちろん私の場合ですが。私が知る範囲で、川村記念美術館のロスコールームに確か6点が常設展示されています。

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横浜B級名所:岩亀横丁と岩亀稲荷(要約版)

 横浜開港当時、旧東海道と開港場を結ぶ道が横浜道でした。その途中に、東に延びる岩亀横丁がありました。

 岩亀横丁の一角に岩亀稲荷があります。その辺りに病に倒れた遊女達の静養する寮があり、信仰する稲荷が岩亀寮の傍らにありました。岩亀寮の横丁、岩亀寮の稲荷が詰まって、岩亀横丁と岩亀稲荷となったのでしょう。

 現在の岩亀稲荷は、民家の間の間口1mほどの路地を少し入った一間四方に満たない場所に鎮座しています。入口左右に赤い旗が立てられ、きれいに飾られた正月飾りで今に続く厚い信仰が伺えます。小社の脇に「露をだに いとう倭の女郎花 ふるあめりかに袖はぬらさじ 喜遊」の和歌一首。

 有吉佐和子の戯曲「ふるあめりかに袖はぬらさじ」は、岩亀楼一番の売れっ子・喜遊太夫(戯曲は亀遊)が主人公です。時は明治維新の少し前。

 写真・所在を示した地図を添付した正式版はホームページに掲載しています。興味あれば一読願います。

  (2010年01月09日記)

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2010年1月 8日 (金)

横浜B級散歩:横浜歴史の道・横浜道(2010年1月5日)

 横浜開港当時、旧東海道の神奈川宿・保土ヶ谷宿間から開港場である横浜村に向う一本の道が作られました。それが横浜道です。

 先日、横浜駅きた東口を起点、関内駅を終点にして歩きました。およそ2時間の行程です。当時を思わせるものは殆どありませんが、それが反って横浜の変化を感じさせました。

 詳細はホームページに掲載しました。一読頂ければ幸いです。

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2010年1月 6日 (水)

随想:ツイッター仮免中

 ツイッターを、今年の元旦から鳩山首相が始めたことが話題になっています。ツイッターが急速に浸透し始めているような話題も目にします。

 昨年末から読みたいと思っていた「Twitter革命・神田敏晶著・ソフトバンク新書118」を数日前から読み始めました。半分ほど進んだのですが、用語・内容が良く理解できません。一気に読み終えないことも影響しているかもしれませんが。

 実際に始めてしまった方が早いと思い、とりあえずツイッターにアカウントを登録、そして一言さえずりました。鳩山首相と金聖響をフォローしました。ここまでは何も難しいことはありません。

 しかし、これからどのうような流れで展開するのかが理解できていません。充分に操作を理解していないこともあります。習うより慣れろ、暫く仮免中です。

 現在、ホームページとブログを開設していますが、ようやく棲み分けの方針が整理できました。これから過去ログを整理していくつもりです。ここにツイッターが加わるとどうなるのか。有効なツールを利用するのはやぶさかでありませんが、それにしても覚えることが億劫になりました。

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2010年1月 5日 (火)

路上観察:大型客船3隻が横浜港に入港(2010年1月4日)

 

横浜港客船入港予定を確認して、本日(2010年1月4日)の14時から15時の間に3隻の大型客船が入港することを知りました。いずれも横浜港大桟橋。

 横浜市歌の一節に「今はもも舟もも千舟 泊るところぞ見よや」とあります。しかし最近は大桟橋に船の泊まっていることのほうが少ないのではないでしょうか。というわけで、数少ない3隻の大型客船の入港を写真に撮るべく自宅を出ました。

 「飛鳥Ⅱ」は14時入港予定、13時25分に大桟橋に到着したら接岸中。私にしては早めに着いたつもりですが。じつは横浜スタヂアムを過ぎて横浜公園の日本大通り側の交差点で信号待ちしている時、通りの外れに大きな船が見えました。大桟橋左岸壁は横浜公園から見通しが利くのです。いやな予感が湧きましたが、当たりでした。
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 13時30分頃、ベイブリッジ下を「PACIFIC VENUS」が通過、大きく弧を描いて右岸壁奥に着岸しました。
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 14時20分過ぎ、ベイブリッジ下を「ふじ丸」が通過、鶴見つばさ橋を背景にした姿も美しい。やはり大きく弧を描いて右岸壁手前に向いしました。左に「PACIFIC VENUS」、右にベイブリッジを望む姿はなかなか見られないと思います。「ふじ丸」の船首で接岸作業を監視する船員さん、カッコ良いと思いました。
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 いずれの船からも正月旅行を終えた多くのお客さんが降りてきました。この後、マリンタワー展望台に昇り、高みから大桟橋を眺めました。3隻の大型客船が大桟橋に接岸している様は何とも豪勢だと思いました。
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2010年1月 3日 (日)

路上観察:箱根駅伝復路(2010年1月3日)

 箱根駅伝・花の9区、JR保土ヶ谷駅から長い直線がJR横浜駅手前まで続きますが、その途中で応援しました。昨日、目の前を通過していった各大学は順位を大きく入れ替えて、再び目の前を通過していきました。

 東洋大学、だいぶ間を空けて山梨学院大学、駒沢大学。

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 応援から戻って自宅でTV中継を見ていますが、全ての選手は最終区間・10区を疾走しています。間もなく2010年の箱根駅伝を終えようとしています。

 勝利の栄光を讃えられるのは一校です。でも予選会を通過できなかった多くの大学を含む、全ての選手・関係者を讃えたい気持ちです。

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2010年1月 2日 (土)

路上観察:箱根駅伝往路(2010年1月2日)

 箱根駅伝・花の2区の横浜駅過ぎて暫くのところ、激走する選手達の姿を写真に留めました。自宅が国道1号からさほと離れていませんので家におれば必ず応援に出かけます。

 明治大学、早稲田大学、山梨学院大学他の3位集団、その後に日本大学が通過していきました。
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 応援から戻り、自宅でTV中継を見ていますが、2区から3区への戸塚中継点では明治大学、日本大学、山梨学院大学に順位が変わっています。この後も順位を変えながら箱根山を登っていくことでしょう。残る往路、明日の復路、全ての選手がベストを尽くせますように祈念いたします。

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2010年1月 1日 (金)

路上観察:去年今年

 明けましておめでとうございます。今年も「変様する港街から」をよろしくお願いします。

 横浜港周辺の何箇所かで新年カウントダウンが行われたようです。私は31日23時過ぎに自宅を出て、コスモクロック21に行きました。横浜ランドマークタワー近くの遊園地の大きな観覧車のことです。乗られた方もおられるでしょう。

 0時近くになると大勢の皆さんが集まってきました。遊具を彩どっていたネオンも消灯され、見知らぬ皆さんが一斉に、10・9・8・・・、とカウントダウンを始めました。

 0時とともに花火が打ち上げられて暫く続きました。2010年の最初の5分間を記録に留めましたのでご覧になってください。
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