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2009年12月

2009年12月31日 (木)

路上観察:鎌倉・和賀江嶋

 少し前のことですが鎌倉を散歩しました。相変わらずの賑わいでしたので人混みを離れて海に向いました。  

 鎌倉の鶴岡八幡宮社前から延びる若宮大路を30分ほど歩くと海岸に出ます。目の前の海は相模湾、進行方向右手(西)が由比ガ浜、左手(東)が材木座海岸です。

 由比ガ浜の尽きる辺りの岬が稲村ガ崎。新田義貞が鎌倉に攻め入ろうとした時、稲村ガ崎で道が狭まり行く手を遮られたが、剣を海に投じたところ潮が引いて軍勢を進められたという故事のあるところ。と言っても私もこの程度の理解です。それより「稲村ジェーン」の舞台と言った方が通じるでしょう。

 視線を反対に向けると、材木座海岸の外れに海上にわずかに頭を出した和賀江嶋が見えます。国指定史跡・日本最古の築港です。厚い雲が所々切れて、光芒が和賀江嶋を照らしたりしています。きれいな写真が撮れるかもしれないと思い、結局、海岸道路脇を和賀江嶋に向かいました。

 光の様子を見ながら小一時間ほど和賀江嶋付近に佇んでいました。じっくり和賀江嶋を見るのは初めて。傍らの案内によれば、貞永元年(1232年)7月15日着工、8月9日完成。大きな根石を置き、その上に丸石を積み上げて作られたようです。

 この日は海面から少し頭を出していただけで、私はこの状態の時しか行き合わせません。しかし大潮の時はどうも陸続きになるようです。それで港の役割を果たせるか疑問ですが、当時とは潮の流れも変わっているでしょうし、多少はくづれたかも知れません。とにかく800年程前の庶民の労役の証が残っていることに感動しました。
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 海岸線から山側に入り、光明寺などに寄りながら鎌倉駅に戻りました。いずれ大潮を狙って再度、和賀江嶋に出かけたいと思っています。

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  (2009年12月30日記)

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2009年12月29日 (火)

路上観察:横浜公園・岩亀楼の石灯籠

 横浜ベイスターズの本拠地・横浜スタジアムは横浜公園内にあります。その横浜公園に小規模ながら池泉回遊式の日本式庭園のあることに気付きました。

 何百回となく公園を通り過ぎていますが、最近まで全く気付きませんでした。恐らく横浜市役所側から公園内に入り、中華街方面か県庁方面に出るか、その逆の道筋を辿ります。よって、道筋の間にある日本式庭園に気付かなかったのです。

 

 なぜそれを知ったかと言うと、立ち読みしていた何かの本で、横浜公園内に岩亀楼の石灯籠が残っているとの記述を目にして、それを探し回ったからです。石灯篭の背後は小山の向こうが横浜スタジアムです。
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 石灯籠脇の碑文から次のようなことがわかります。
 横浜公園一帯は江戸時代末期までは入海で、安政三年(1856年)に埋め立てられ大田新田、横浜開港にともないさらに埋め立てられて港崎町(みよざきちょう)と命名された。その中に岩亀楼などが開業し、国際社交場として栄えた。しかし慶応二年(1866年)の大火で港崎町一帯は消失、跡地に日本最初の洋式公園(横浜公園)が誕生した。岩亀楼も類焼し、以後、二転三転した後に明治17年(1883年)に廃業。

 碑文では国際社交場としていますが、岩亀楼は遊郭だったそうです。一軒だけであったのか町を形成していたかは不明です。

 

 横浜公園関連でもう一つ。古図を見ると開港前の横浜は現在の山手の方から突き出た砂嘴だったことが判ります。先日のNHK番組「ブラタモリ・横浜」でも紹介されていました。横浜公園から日本大通を港に向って歩くと、わずかな上り勾配、それから下り勾配になって海岸に至ります。埋め立てで無い自然の地形の証でしょう。横の浜、横浜の語源を感じて頂けるかも知れません。(写真は横浜公園から港方面を望む)

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 横浜開港150周年の記念年である2009年も残り数日で終えようとしています。最近、古い横浜、と言っても開港前後ですが、に興味を抱いて気が向いたときに調べたりしています。150年間の移り変わり、悲喜こもごもの話題など、見つけましたらまた紹介します。

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2009年12月24日 (木)

路上観察:2009年12月24日 横浜夜景

 横浜港大桟橋で日没を迎え、その後、赤レンガ倉庫からランドマークタワー周辺を散策しながら写真を撮ってきました。何枚かを掲載しますのでお楽しみ頂ければ幸いです。
 いずれ、説明をつけてホームページの方に掲載予定、追ってご案内致します。

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音楽:「小林道夫チェンバロ演奏会」

    曲目    : J.S.Bach ゴールドベルク変奏曲
          J.S.Bach 平均律クラヴィーア曲集・第1巻より
                    前奏曲・ハ長調(アンコール)

    独奏    : 小林道夫

  会場    : 東京文化会館・小ホール
  公演    : 2009年12月23日
  鑑賞    : 2009年12月23日 14時~15時45分(休憩20分)

 毎年この時期に開かれる恒例の演奏会、今年で38回目だそうです。私は今年と、7・8年前に大阪公演を聴いたことは明確に認識しています。それ以前に1・2回聞いたことがあるように思いますが定かでありません。

 演奏に先立って短いお話がありました。要旨は「原典版でも全ての曲の最後にフェルーマータが付いている。最近読んだ?の本で、オリジナルはフェルマータが付いている曲と付いていない曲がある。それを読んでしまったので、今日はそれで演奏したい」だったと思います。下地がないのできちんと聞き取れた自信は無いのですが。

 これが演奏にどのように反映されていたかスコアが無いので明確ではありません(フェルマータの有無程度はわかります)。恐らく、曲間がほとんど無くて次に移ったところがフェルマータ無し。ページをめくり、一息入れたところがフェルマータ有りと判断しました。

 演奏は、去年(?)リリースされたCDとちょっと異なるように思いましたが、もう演奏会に出かけられただけで良いと思いました。

 初期の頃から開催を認識していました。その頃は私も音楽雑誌を読んでいましたので。しかし、なかなか出かけることも出来ませんでした。今年からは制約がなくなりましたので元気なうちは出かけましょう。それにしても随分と長い時間が過ぎました。

 アンコールも素敵でした。グノーのアヴェマリアの伴奏部分です。この説明はおかしいとは思いますが話は伝わりやすいでしょう。

 良い年を迎えられそうな気がしてきました。(2009年12月24日記)

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2009年12月22日 (火)

映画:のだめカンタービレ最終楽章・前編

   出演     上野樹里
          玉木宏、他 

   場所     ワーナー・マイカル・シネマズ みなとみらい
   鑑賞     2009年12月21日
   公式HP    http://www.nodame-movie.jp/index.html#/top

 指揮者コンクールで優勝した千秋は、マネージャの思惑で老舗の「ルー・マルレ・オーケストラ」の常任指揮者就任が決定します。しかし、就任以前の演奏会で、予定指揮者キャンセルのため急遽、代理で指揮することになります。そこでプロのオーケストラながら現在のレベルは低く、楽団員はタクシー運転手など、多くがアルバイトしており練習にも身が入りません。さらに昔を懐かしむ意固地なコンサートマスター。千秋は前途を危ぶみます。

 一方、のだめは千秋の常任指揮者就任を誰よりも喜びますが、自らのコンセルヴァトワールの進級試験も控えています。

 さて日は過ぎて千秋の常任指揮者デビュー。プログラムは「チャイコフスキ・序曲1819年、バッハ・ピアノ協奏曲第1番、チャイコフスキー・交響曲第6番悲壮」、ピアノ協奏曲では指揮兼独奏します。
 結果は如何に。それを聴いたのだめの心境は如何に。後は映画を見て下さい。

 

 多くの楽曲が聴けて楽しいですが、さりとて全曲が聴けるわけではありませんので満たされないものが残ります。物語ですから仕方ありません。気にいった曲があればCDなりDVDを購入して心行くまで聴くことでしょう。クラッシック音楽のコンサートに出かけるのも素敵でしょう。

 生活のためにアルバイトが本業とも思えるような状態の「ルー・マルレ・オーケストラ」の楽団員。状況は日本も似たようなものではないでしょうか。思わず事業仕分けを思い出しました。
 私は事業仕分けを肯定しますが、世の中に芸術が無くて良いなどとは思いません。他分野とのバランスもありますが、現場活性化の為に必要な予算が確保され、現場優先で無駄なく執行される仕組みが必要と考えるだけです。そのような仕分け結果なら納得できそうです。アルバイトと本業が入れ替わるような状態は、芸術家の不幸ですし、見聞きする観衆の不幸でもあります。

 一方、その才能を開花させるためには、生まれ育つ環境も大きいと感じます。世の中は基本的に不公平かもしれません。それを乗り越えるに必要な社会支援が用意されていることも必要と思います。これは芸術に限りませんが。

 楽しく映画を見ましたが、多少はあれこれ考えてしまいました。

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2009年12月19日 (土)

路上観察:最近の「Y市の橋」

 画家・松本俊介の名作「Y市の橋」、ご存知の方も少なくないでしょう。Y市とは横浜市のこと、「Y市の橋」は横浜駅きた東口を出てすぐ、派新田間川に架かる月見橋がモデルだそうです。このことは以前に書きました。

 横浜駅の北東にショッピングモール・横浜ベイクォーターがあります。その間の距離は直線で200mも無いでしょう。しかし国道1号を横断するか、横浜駅東口地下街を抜けることになり、道筋は複雑で遠回になります。それもあるでしょう、最近、横浜駅きた東口と横浜ベイクォーターを結ぶ高架歩道橋が完成しました。

 

 月見橋南詰めと高架歩道橋の昇り口はほとんど離れていません。すなわち「Y市の橋」の景観がまた変わりました。

 次の写真は月見橋北詰めから見た高架歩道橋です。右から左への伸びる青い高架が、新しくできた高架歩道橋です。真上および向こう側に見える高架は首都高速道路です。
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 次の写真は高架歩道橋の昇り口から見た月見橋です。
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 次の写真は高架歩道橋の途中から見た月見橋です。手前のトラックが走る道路が国道1号、橋は金港橋です。
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 「Y市の橋」には駅を跨ぐ鉄骨剥き出しの高架歩道橋が描かれています。次の写真は、月見橋から横浜駅を見たところですが、高架歩道橋は健在です。プラットホームの北側(東京寄り)まで歩けば、駅を出なくとも見ることができます。
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 実はほぼ同じ位置に地下道ができて横浜駅の東西を結びます。高架歩道橋の役目も終えているとも言えます。いずれ取り壊される運命かも知れません。

 「Y市の橋」は1942年制作で70年近くが過ぎています。変わらない訳がありませんね。でも今ならまだ「Y市の橋」の面影を感じることができます。多少の想像力は必要ですが。興味がありましたら、横浜に来られた際にでも眺めて下さい。

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2009年12月18日 (金)

路上観察:横浜・小机城址市民の森散策

1.年月日  : 2009年12月17日

2.通過地点 : JR小机駅~小机城址市民の森(本丸広場・二の丸広場・富士仙元)~
        鶴見川流域センター~日産スタヂアム前~JR新横浜駅

3.記録   : 所要時間:約2時間30分(歩くだけなら1時間強だと思います)

4.案内   :

 (1) JR小机駅下車、北口(日産スタジアム側)に出ます。 (2) 線路に沿って八王子方面(左手)に進むと、正面に城山(市民の森)が見えています。数100mで突き当たりの丁字路、そこを右折します。 (3) およそ100メートル先の突き抜けの丁字路を左折します。見難い標柱があります。 (4) 後は直進、途中に十字路、この先行き止まりの案内がありますが直進します。 (5) 第三京浜高速道路の高架が少し手前を右折すれば、市民の森入り口です。工事用の柵が見えて行き止まりに見えましたが、通行できます。(写真は歩き始め、正面に城山)
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 竹薮の中の少し暗くなった急な道を登ります。深い空堀が見えます。やがて本丸広場、そして二の丸広場に至ります。広葉樹の落ち葉を踏みしめて進めば「兵どもが夢の跡」。

 思いは広がりましたが、私の思いはかなり情緒的です。漠然と、そこに居たであろう雑兵たちのことを想像します。大将はどうでも良く、とりあえず歴史的意義も後回し。本丸広場は子供用の野球場になっていて、おじさんがひとり落ち葉を集めていました。他に出会う人もなし。(写真は空堀、本丸広場)
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 以前は山が続いていたのでしょうが、今は間を第三京浜高速道路が走っています。富士仙元は一旦山を下り、第三京浜高架下を潜って再び山に登ります。頂上付近は狭い畑があり、西側に進むと木立の間から丹沢山塊が見えます。雲が多くて定かではありませんが富士山の北斜面の一部も見えています。

 これだけかと思って振り返ると富士塚がありました。脇を通っていたのですが気付きませんでした。滑りやすい道を登ると頂点に「富士仙元大菩薩」と刻んだ石碑がありました。木が茂って視界が開けませんが、昔は富士山が良く見えたことでしょう。(写真は富士仙元から丹沢山塊(大山)遠望、富士塚)

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 来た道を戻り、十字路を左折します。日産スタジアム方面は見えているので適当に進みます。途中、広大な鶴見川の遊水地に驚き、巨大な日産スタジアムに驚き(遠目には見ていましたが)、随分変わったと思いました。遠い親戚があったので、子供の頃、時々小机にきていました。当時、横浜線は単線で、鶴見川も荒れ川で洪水の話も聞きました。50年も過ぎないうちに、此の付近を第三京浜が通り、東海道新幹線が通り、日産スタジアムが出来て、本当に変わったと思います。(写真は鶴見川流域センタ、洪水時の掲示写真)

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 振り返ると夕焼け空に城山が黒く横たわり、遥か彼方に丹沢山塊、雲が切れて富士山も見えます。ふと「国破山河在 城春草木深(杜甫の「春望」)」が思い浮かびます。自然のままではありませんが、広大な景色は心休まります。JR新横浜駅はもうすぐです。(写真は、城山から丹沢山塊・富士山)

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5.参考サイト:

 (1) 市民の森 歩いてみませんか
 (2) 鶴見川流域センター

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2009年12月16日 (水)

美術:「束芋 断面の世代」展

  会場    横浜美術館
  会期    2009年12月11日(金)~2010年3月3日(水)
  休館日   木曜日(ただし2月11日は開館)  
        12月29日~1月1日、2月12日
  開館時間  10時~18時(12月25日を除く金曜は20時まで)、入館は閉館の30分前まで
  入場料金  一般:1100円(当日券)
  鑑賞日   2009年12月14・15日
  公式HP  http://www.yaf.or.jp/yma/jiu/2009/exhibition/tabaimo/

 

 ビデオ・インスタレーションを余り好みません。メッセージがなかなか受け止められないこと、時間的に拘束されること、そんな思いが底流にあって余り好みません。

 その中で「束芋」は数少ない例外の一人かもしれません。もちろん、メッセージが容易に受け止められるわけではありません。が、受け止められそうな気にさせてくれます。時間的な拘束はそれほど感じません。と言うわけで、早速14日に出かけました。

 14日は1時間ほどしか余裕が無かったので、改めて細かく観ようと15日も出かけました。しかしTVクルーが入っていて、「束芋」と司会が対話しながら時間を掛けて巡回していました。観ていて構わないとは言われましたが、落ち着かないのでそこそこに出てきました。近所なのでまた散歩途中に寄るつもりです。そのような訳で面白いと感じていますがまだ漠然としています。

 

 タイトルにもなっている「断面の世代」とは、30代半ばを迎える「束芋」の「団塊の世代」に対峙する自らの世代感と世界観を示すキー・コンセプト。具体的には個への執着、小さな差異にスポットライトを当てることのようです

 作品はビデオ・インスタレーション「団地層」「油断髪」「団断」「ちぎれちぎれ」「BLOW」の5点、新聞小説「惡人」の挿絵原画一式です。

 「団地層」は、団地+地層と解釈しました。10号棟の各部屋に押し込まれた家具などは、その部屋の所有者の個性を示します。やがて・・・。

 この作品はエントランスで投影されているので入場料を払わなくても観ることができます(関係者の皆さん、ごめんなさい)。解説にも「断面の世代」の目次的作品とあるように、全体感を把握するための良い作品です。近くに行かれたらちょっと覗きませんか。現代美術に触れる良い機会です。面白そうだと思ったら是非入場して下さいね。

 「BLOW」はまだ首を傾げていますが、他のビデオ・インスタレーションは面白いです。鏡を使用したり、立体的な三次元的なスクリーンに投影したりの工夫があります。

 

 今回が公立美術館における「束芋」の初めての展覧会だそうです。横浜から始まった物事は多いですが、また初物が加わりました。そういえば今春には「金氏徹平」の初めての大規模な個展も開催されました。横浜美術館の企画も、若い作家にも焦点を当てて素晴らしい。閑話休題。

 まだ始まったばかりで会期は充分にあります。本当に、近所に行かれたらエントランスだけでも覗いて下さい。私も改めて感想を書くつもりです。

   (2009年12月16日記)

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2009年12月15日 (火)

音楽:ヴェルディ「歌劇・椿姫」

    作曲       : ジュゼッペ・ヴェルディ
    台本       : フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ
    演出・照明・
    衣裳デザイン : 鈴木忠志
    指揮       : 飯森範親

  ヴィオレッタ   : 中丸三千繪(S)
  アルフレード   : 佐野成宏(T)
  ジェルモン    : 堀内康雄(Br)
  フローラ     : 向野由美子(Ms)
  合唱       : 藤原歌劇団合唱部

  助演       : SPAC
  ダンス      : Noism1(振付/金森穣)
  管弦楽      : 東京フィルハーモニー交響楽団

  会場       : グランシップ中ホール・大地
  公演       : 2009年12月11・13日
  鑑賞       : 2009年12月13日14時~16時50分(休憩20分) 1階7列26番
  公式HP     : http://www.spac.or.jp/09_autumn/camille

 

 「客席への挨拶を終え、指揮者が指揮棒をやわらかく振り下ろして前奏曲が始まる。物語を暗示する悲しげな響が、第二幕第一場のアルフレードとの別れを暗示するメロディーに移る。やがて幕が上がれば、そこはパリのビオレッタのサロン。華やかなパーティが繰り広げられている」となる筈だが、鈴木忠志の演出はそうならない。

 舞台下手に大きな机が置かれ、一人の男が書き物をしている。もう一人の男が現われて「ジュゼッペ、まだ幻を見ますか?」、書き物をしている男が「いいえ、前ほどでは」。演劇の一場面を思わせる。そして書き物をしている男は「ジュゼッペ・ヴェルディ」と知れる。直後に前奏曲が始まる。

 

 前奏曲が終わって舞台が明るくなる。上手に数10Cm高の台、その上に大きめのスツール2脚とサイドボード(名称は自信なし)が置かれ、なお周囲に人が動き回れる余裕がある。舞台後方には合唱の大半が座れるほどの肘掛け付き椅子が並ぶ。上方には大きな長方形の枠が様々な高さで無数に吊り下げられている。
 第二幕前半だったか、大きな長方形の鏡が下がってきてヴィオレッタがその姿を写したのが大きな変化。全幕を通して場面転換はなかった。

 ヴィオレッタの衣装は白いロングドレス。第一幕・第二幕途中までは丈の長い赤色の上着、第二幕後半に黒の上着と小さな丸縁のサングラスを掛け、第三幕ではロングドレスのみだったと思う。上着の色は内面の投影だろう。
 女性は暗い色のロングドレスに白地に模様の長いショールをはおり、男性は黒の丈の長いコートを着用。

 ヴィオレッタは上手の台を降りることはほとんど無い。スツールに身体を横たえたり、手のひらを内向きにして両手を顔の前にかざして泣く表現をするが、演技はかなり抑制されている。
 アルフレード、実はヴェルディが歌う時は中央に出るが、ほとんど直立で大きな演技を伴うことはない。脇役も合唱も同様で大きな演技を伴うことはない。

 第二幕後半のアルフレードがヴィオレッタを侮辱する場面、アルフレード、実はヴェルディとは別のアルフレードが出て、歌と演技は分離された。

 全体的に演技は極端に抑制されていた。普通のオペラからは想像できない。だから普通のオペラで無いとも言える。ただ悲劇とはいえオペラに華やかさを求めるならば、ネガティブな印象をもたれるかも知れない。

 なお第二幕後半のジプシー女の合唱の場面、女性1、男性4のNoism1の踊りが加わり、大きな場面変化。実にシャープで美しい動き。

 

 中丸三千繪の名前は以前から承知していたが聴くのは初めて。簡素ながら美しいヴィオレッタになった。最初は少し声が太いように感じたが、私が明確な尺度を持ち合わせないので感じだけ。最後の死を迎える場面、指を細かに前方に這わせやがて崩れ落ちていった。演出か、実に細かい。

 佐野成宏のアルフレード、実はヴェルディは一途な青年が伝わってきた。声も美しい。出ずっぱりで大変だったろうが、演技の負担は軽減したのか、反って緊張したのか、聴いてみたいところ。

 オペラにおいて合唱が良くなければ、タイトルロールも脇も引き立たない。第二幕後半のスペインの闘牛士の合唱は裏の舞台で歌っていたのだろう、恐らく初めての経験だろうな。合唱は多くないけれど、全体が良く響いた。

 飯森範親は以前、現代曲を何回か聴いたが、オペラを聴くのは初めて。東京フィルも初めて。演出に視点が向いてしまうが、気になることは何も無い。今度はシンフォニーを聴きに行こう。

 

 ヴィオレッタの死で幕が降りるところだが、ここでも鈴木忠志の演出はそうならない。やがてヴィオレッタはゆっくり起き上がり舞台後方に向って歩き出す。

 舞台後方は可動壁を境にして静岡芸術劇場の舞台と背中合わせに接している。その可動壁を開いたので静岡芸術劇場の舞台と一体(オペラはグランシップ中ホール・大地で)になり、さらに後方には静岡芸術劇場の無人の客席も見える。

 ビオレッタはさらに奥へ。此岸から彼岸へと進むようだ。この間、頭上から紙吹雪が舞い続ける。雪、いやヴィオレッタを癒す散華と思った。アルフレード、実はヴェルディは相変わらず机で書き物をしている。

 ヴイレッタが歩き出し、意識は和洋折衷。再び音楽が鳴り響いているのだが耳が留守になっていた。恐らく第一幕の前奏曲の繰り返し。客の多くは、この場面を心に留めたであろう。唐突さは否めないが、この場面だけをとれば実に美しい。

 

 スタンディングオーベーション。オペラファンと鈴木忠志ファンのどちらが多いのか、ちょっと興味を持ったが判ることはないだろう。各々で評価は微妙に異なるように思えた。

 実はこの公演、「グランシップ開館10周年記念」と銘打って、祝祭の意味合いが込めてられている。とかく芸術は常日頃から風当りが強いようだ。10年は長かったのか短かったのか。慰労の意味合いも込められていると思った。

 最初と最後の場面、私はオペラとして唐突さを感じないわけでも無い、特に他劇場で再演することを思えば。本体部分は必要最小限の演技が、簡素ながらも様式美を感じさせて美しいオペラになった。とって付けたような演技より何層培も良いと思った。

 私は見聞きした範囲でまとめました。演出意図に興味あればお手数ですが調べて下さい。

 なお会場で、建築家・磯崎新さん、ファッションデザイナー・山本寛斎さん、指揮者・井上道義さん、作曲家・細川俊夫さんを見かけました。見間違いはないと思いますが。

   (2009年12月15日記)

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2009年12月13日 (日)

演劇:国盗人 シェイクスピア「リチャード三世」より

   作     河合祥一郎
   演出    野村 萬斎
   作調    田中傳左衛門

   美術    松井るみ
   衣装    コシノジュンコ

   囃子方   梅屋小三郎(囃子)、福原友裕(笛)、古寺正憲(囃子)

   出演    白石加代子  女 杏(悪三郎の妻)
                  王妃(白薔薇王・一郎の妻)
                  政子(赤薔薇王の妃)
                  皇太后(白薔薇の長の妃、一郎・善二郎・悪三郎の母)
         野村萬斎   悪三郎(白薔薇一家の三男)
         石田幸雄   久秀(悪三郎の腹心)
         大森博史   左大臣(一郎の忠臣)
         小田豊    王妃の弟
         山野史人   一郎(白薔薇の王)

   会場    世田谷パブリックシアター
   公演    2009年12月5日(土)~12月12日(土)
   鑑賞    2009年12月11日 19:00~21:30(休憩20分) 1階O列9番
   公式HP   http://www.atre.jp/henry/

 2007年の初演、今回は再演になる。だが内容は変化して受けた印象が随分異なる。

  舞台は三間四方の能舞台を思わせる。前方へ多少傾斜し、周囲の柱は焼け爛れている。舞台と左右袖を結ぶ橋掛かり状の通路は左右に二本ずつ。正面の階段が舞台と客席を繋ぐ。舞台後方全面に葦簀(よしず)が下がっていて、照明効果によって奥舞台の視界を遮ったりする。その中央に開閉可能な扉があって、前舞台と奥舞台を繋ぐ。

 蝉時雨が響き、客席後方から白いドレスに白い日傘の女が舞台に進む。舞台中央に置かれた異形の能面を手にして「夏草や 兵どもが」。

 剣を杖代わりに不自由な体を揺らして悪三郎が舞台後方から正面に進む。悪三郎の動作は、初演時よりは控えめになったと思う。が、ここまでに大きな変化はない。変える余地もないが。

 

 舞台進行は、周囲を扇動して悪三郎が王位に登り詰めるまで、すなわち原作第三幕までが前半。再び白薔薇・赤薔薇の戦いが始まり、悪三郎が戦いに敗れて命果てるまでが後半になる。とてもシンプルな進行になった。
 記憶は定かでないが、初演時は王位に登り詰めるのが後半に入ってからだったと思う。休憩がもっと前だった。

 悪三郎は初演時にマイク片手に歌を歌ったが、それは割愛された。代わりに、前半最後で客を市民に見立てて巻き込み、王位推戴を整えるなどのサービスがあった。客は愉快になって前半を締めくくる。狂言仕立ての真骨頂であろう。

 女はすっきりした。初演時より狂言回しの役割が減ったため、4役であっても各々の役割が良く判った。

 後半の白薔薇・赤薔薇の戦いは、前半に比べて少し萎んだ。狭い舞台上で限られた殺陣になるとかそういう問題ではない。悪三郎と理知門の対峙に迫力が感じられなかったから。悪の限りを尽くして登り詰める悪三郎は、徹底的な正義によって滅ぼされなければならない。その徹底的な正義を感じられないところに、多少の不満が残った。

 

 再び蝉時雨が響き、女が舞台中央に置かれた異形の能面を手にする。「兵どもが 夢のあと」。これは夢だったのか。夢であって欲しい。

 初演時に比べて随分すっきりしたと感じる。残るは後半の力強さ。それにしても、萬斎・白石はじめとして役者に依存する部分が大きいようだが、それもありだ。それにしては、初演時の理知門・今井明彦は「新国立・ヘンリー六世」に回っているようだが少々残念。

   (2009年12月13日記)

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2009年12月 9日 (水)

美術:「内藤礼 すべて動物は、・・・」展

  会場    神奈川県立近代美術館鎌倉
  会期    2009年11月14日(土)~2010年1月24日(日)
  休館日   月曜日(ただし1月11日は開館)  
        11月24日(火)、12月24 日(木)
        12月28日(月~1月4日(月)、1月12日(火)
  開館時間  午前9時30分~午後5時(入館は4時30分まで)
  入場料金  一般:700円
  鑑賞日   2009年12月9日
  公式HP  http://www.moma.pref.kanagawa.jp/public/HallTop.do?hl=k

 

 正式なタイトルは、「内藤礼 すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している」と大変に長いものです。

 この言葉はジョルジュ・バタイユの「宗教の理論」から引用だと、立ち読みした図録に書いてありました。と知ったところで、私の場合は鑑賞の手がかりが増える訳でもありません。

 内藤礼の作品を観たことは片手で数えるくらいはありますが、内藤礼を冠した展覧会は初めてです。

 

 2階第1室、近美で最も大きなL字形の展示室の全てを使ったインスタレーション、《地上はどんなところだったのか》。あまり説明しても行かれた時の興を削いでしまうので、使用された素材だけ列記します。

 照明、布(プリント布、貝紫染、コチニール染、アクリル絵具染)、テープ、リボン、ボタン、風船、ビーズ、糸、テグス、ガラス瓶、水、ガラス玉、鏡、鈴。

 室内照明は大分落としてあります。通常、作品を展示するケース内も利用します。過去に内藤礼作品を観た方は何となく想像できるように思います。

 自然の営みがこの一室に凝縮されたような感じです。はかなさとか無常とか、そのような思いが過ぎります、私の場合ですけど。観る方観る方の様々な思いが湧き起こると思います。何だこんなもの、というのも有りでしょう。

 

 第2室は《地上はどんなところだったのか(母型)》、素材はプリント布。

 何だこんなもの、というのが私の感じ方でした。底の浅さをさらけ出しているかも知れませんが、私は受け停められませんでした。傍らに《恩寵》、素材は紙で、これはお土産に一枚頂けます。

 

 1階は中庭、および2階下の外気に開放されている空間に6点の作品が展示されています。いずれも簡単なものですが、冬景色に変わった源平池や空を背景にして、心が開放される気がします。

 

 身近にある素材を使って深く考えることを要求する内藤礼、気になる作家です。
 会期は1ヶ月以上残ります。展示の規模も大きくありません。子供連れでも刺激的な部分は一切ありません。初めてでもとっつきやすいと思います。鎌倉観光を兼ねて、現代美術鑑賞に出かけてみませんか。
 
 
   (2009年12月9日記)

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2009年12月 8日 (火)

音楽:ヘンデル「歌劇・リナルド(演奏会形式)」

  指揮・チェンバロ   :鈴木雅明

  リナルド       :ティム・ミード(カウンターテナー)
  アルミレーナ     :森 麻季(ソプラノ)
  アルミーダ      :レイチェル・ニコルズ(ソプラノ)
  アルガンテ      :萩原 潤(バリトン)
  ゴッフレード     :クリストファー・ラウリー(カウンターテナー)
  ユスタチオ      :ダミアン・ギヨン(カウンターテナー)
  キリスト教徒の魔法使い:上杉清仁(カウンターテナー)
  シレーナ1&女    :松井亜希(ソプラノ)
  シレーナ2      :澤江衣里(ソプラノ)
  アラルド       :中嶋克彦(テノール)

  管弦楽        :バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)

  会場         :東京オペラシティコンサートホール(1階21列6番)
  公演         :2009年12月6日
  鑑賞         :2009年12月6日15時~19時05分(休憩20、25分)

  参考リンク      :クラシック・エアへようこそ(解説・あらすじ) 

 

 3階に空席はありましたけど1階後方に補助席も出ていました。満席と言って良いでしょう。曲の持つ魅力に惹かれるのか、それともBCJに惹かれるのか、恐らく両方。

 物語はエルサレムを包囲する十字軍の勇士リナルドに、総大将ゴッフレードが戦に勝利すれば娘アルミレーナを与える約束をする場面から始まります。
 三幕からなり、各々が80分弱、50分強、50分弱。休憩20分が2回に挨拶で4時間を越える大曲。最近、カウンターテナーを含むコンサートは少なくないですが、4人が同時に揃う機会はめずらしいでしょう。第二幕に歌われるアルミレーナのアリア「私を泣かせてください」がどのように響くかも興味あるところです。

 管弦楽で目立つのは中央に対向してチェンバロが2台、通奏低音と指揮者用。編成はトランペット×4、ティンパニー・パーカッション×1には風の音を発する装置(正式には?)と薄い金属板と小太鼓を含み、リコーダー×1、フルート・トラベルソ×2。第1バイオリン×4、第2バイオリン×3、ビオラ×2。通奏低音はチェロ×1、コントラバス×1、ファゴット×1、アーチリュート×1、チェンバロ・オルガン×1。

 

 第一幕。弾むようなフランス風序曲が始まれば既にバロックの世界、柔らかで豊かな音色に包まれます。続いてゴッフレード、アルミレーナ、リナルドのアリアが続いて物語りは佳境に。

 第三場。3本のトランペット・アリア「復習の女神アレクトーの蛇と」は第一幕の聴き所ですがトランペットが少し弱いか。相手を威嚇する場面、力強くアルガンテと対峙しないと勇ましいアリアが引き立たない。

 第二幕第四場。アルミレーナがアルガンテの横恋慕に我が身を嘆く「泣くがままにさせてください(私を泣かせてください)」。舞曲風のアリアから、美しくも芯の強いアルミレーナを感じました。参考としてスミ・ジョーとバルトリのCDを聴いていましたが、森麻季は森麻季、装飾も含めて。歌い終えて拍手。

 第十場。アルミーダのアリア「戦いを挑み、打ち勝つのだ」は、レイチェル・ニコルズに迫力
を感じました。同じソプラノでもアルミレーナよりアルミーダが適役だと思います、その通りになっていますが。曲中のチェンバロのカデンツアも魅力的でした。

 第三幕第六場。アルガンテとアルミーダが戦いに向けて励ましあい、愛を確かめあう二重唱「我らが義憤を満たすべく」。レイチェル・ニコルズはここでも力強くしっかりと、萩原潤も深みのあるバリトンを響かせました。歌い終えて拍手。

 第九場。リナルドのアリア「輝かしいラッパの音に」。トランペット4本とティンパニーが高らかに鳴り響き、リナルドの勇壮さを演出するところだがトランペットがやはり弱い。金管の高らかに輝く響きが場面を盛り上げるのだが。

 第十三場。全員で「忌むべき嫉妬を砕くのは」を合唱して大団円。

 

 ティム・ミードは、少し線の細いリナルドだと感じました。やや言葉がクリアでないようにも感じました。イタリア語が判るとか判らないとは別の問題として。カウンターテナー4人に各々の個性があって面白い、まあ当然ですが。そのせいもあってバリトンが新鮮に響きます。
 一番良かったのはアルミーダのレイチェル・ニコルズと思いました。とにかく凄い迫力でした。

 筋はシンプルですが、場面場面は面白く、要所要所に聴き所もあります。ティンパニ・パーカッションは大活躍で、鳥の声とセイレンは2階(舞台でなくオルガン脇)から響くなどの工夫がありました。全ての演奏を終えて大きな拍手が10分ほど続きました。所どころに自分なりの感想はありますが全体的にはとても素晴らしかった。ヘンデル没後250年の今年、掉尾を飾るにふさわしい演奏だと感じました。

 それにしても、「私を泣かせてください」「見よ勇者は帰る(歌劇:ユダス・マカベウス)」「オンブラ・マイ・フ(歌劇:セルセ)」「調子の良い鍛冶屋(ハープシコード組曲5番)」などヘンデルの曲は良く耳にします。これを機会にもっと親しむことにします。

   (2009年12月08日記)

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2009年12月 6日 (日)

美術:「睡蓮池のほとりにて~モネと須田悦弘、伊藤存~」展

  会場    アサヒビール大山崎山荘美術館(京都府大山崎町)
  会期    12009年10月28日(水)~2月28日(日)
  休館日   月曜日(祝日の時は翌火曜休)
        年末年始休2009/12/26(土)~1/2(土)
  開館時間  午前10時~午後5時、最終入館は午後4時30分まで
  入場料金  一般:700円
  鑑賞日   2009年11月30日
  公式HP  http://www.asahibeer-oyamazaki.com/index.html

 

 諺に「木に竹を接ぐ」がありますが、木で竹を作るなどは有り得る話でありません。しかし、それを実現してしまったのが須田悦弘、2001年直島スタンダード展における作品でした。以来、須田悦弘は気になる作家です。

 木で作られた作品は写実的です。しかし薄い彩色部分からは木目が見えたりします。掛ける手間隙を想像すれば伝統工芸の職人技とも思えます。写実の向こうに何を見るか、私はまだ判りませんがこれからも注目したい。

 かって須田悦弘は木で睡蓮を作りました。その作品とモネの5点の睡蓮の絵、両者のコラボレーションが今回の企画展です。

 新館は円形で、その壁面にモネの睡蓮の絵が5点展示されています。中央部に「」状の仕切られた空間があり、そこに須田悦弘の睡蓮が展示されています。白い絨毯敷きの中央部に直径1mほどの水面に模した黒い石板(?)、その上に木で作られた睡蓮。靴を脱ぎ、座って間近に鑑賞しました。

 実は2002年に同様の企画展(伊藤存は含まなかった)がありました。その時はモネの睡蓮の絵7点あったと記憶します。そして「」の片側から、須田悦弘の睡蓮越しに、反対側の壁にかかるモネの睡蓮を観るという、実にエキサイティングな光景がありました。

 今回は残念ながら壁しか見えませんでした。壁面がさびしかったので、私の記憶違いで無くモネの絵が2点減ったのだと思います。ちょっとしたことのようですが受ける印象は大きく変わりました。独立した二人の作品展示ではないかと。多少の失望感を味わいました。

 

 本館には河井寬次郎・濱田庄司らの手になる民芸作品多数が展示されています。それらの間に伊藤存の作品が展示されています。民芸と現代美術のコラボレーションです。私の理解不足もありますが、今ひとつ興味を惹きません。民芸という名の芸術作品も未だに興味を惹きません。

 

 鑑賞途中で本館二階バルコニーでコーヒーを飲みながら眺望を楽しみました。写真はモネ「睡蓮」のイメージのお菓子3種、会期中限定です。鑑賞後に庭園散策、少し遅い紅葉を楽しみました。
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 横浜からは遠い。近ければ季節季節に訪れたい美術館の一つです。

   (2009年12月6日記)

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路上観察:京都・大山崎町界隈散策


注:添付資料等の関係で、正式版はホームページに掲載しています。

 

1.年月日   2009年11月30日(月)
2.所要時間  11時20分~16時00分
3.通過した名所・旧跡
  JR山崎駅~(バス)~アサヒビール大山崎山荘(鑑賞)~宝積寺~
  サントリー山崎蒸留所(工場見学)~水無瀬神宮~芭蕉句碑~
  離宮八幡宮~JR山崎駅

4.案内

下り東海道新幹線が京都駅を出るとすぐ右手にサントリー山崎蒸留所が見えます。大山崎は、その京都寄り一帯で京都府乙訓郡大山崎町。サントリー山崎蒸留所には山崎の名が付いていますが住所は大阪府三島郡、この付近は大阪・京都の府境が走ります。京都駅・山崎駅間はJR京都線で15分ほど。

サントリー山崎蒸留所の背後から東に続く山が天王山、「天王山の戦い」の語源です。山裾の平地では、桂・宇治・木津の京都三川が合流して淀川となります。昔から交通の要所だそうで、今は東海道新幹線・JR京都線・阪急電車が隣り合って行き交います。

 

前日、奈良から京都に移動。朝、遅めにホテルを出て大山崎に向ったのは、アサヒビール大山崎山荘美術館の企画展「睡蓮池のほとりにて~モネと須田悦弘、伊藤存~」展鑑賞が目的です。

美術館はサントリー山崎蒸留所の東側の天王山の山裾に位置します。本館「大山崎山荘(登録有形文化財)」と新館、四季折々に表情を変えるという庭園からなります。展示作品鑑賞ばかりでなく、本館二階のバルコニーでコーヒーを飲みながら京都方面に開ける風景も飽かず眺めるのも一興です。
なお大山崎駅・山崎駅・美術館を結ぶ無料送迎バスがあります。歩いても15分ほどです。

企画・常設展示を鑑賞し、庭園を散策しました。過去に10回は訪れたと思いますが、紅葉の時期は初めて。盛りは過ぎていましたが、それでも充分に楽しめました。通常は月曜休館ですが、11月中は休館無しとのことで幸運でした。

 

美術館の裏手から宝積寺に向いました。美術館から一部が見えるほどの距離です。
宝積寺の通称は宝寺、奈良時代に聖武天皇が建立し、豊臣秀吉も援助したという歴史を辿ったそうです。今でも本堂、大黒天を祀る小槌宮、三重塔、九重の石塔、山門など堂々たる伽藍構成です。ただ地の利が無いのか、私のいる間にハイカーの一団は見かけましたが、一般参拝客は一組を見かけただけです。

 

時間が無いので天王山に登るのはあきらめて宝積寺を下り、一旦山崎駅に出ました。
山崎駅からサントリー山崎蒸留所までは歩いて10分ほど。工場見学は、見学とその後の試飲で約一時間。電車の中から何十回となく見た工場を見学しました。奥深くまで入りませんが大変きれいな工場でした。

面白いことを知りました。工場は一般道の両側に出来ているため、一般人が工場内を通行しているように見えます。道路脇に守衛所があるので、そこから工場内と思ってしまいますが、一般道ですから誰でも通行可能だそうです。もちろん工場内には入れませんが。

 

多少の余裕があったので水無瀬神宮に向いました。水無瀬神宮は、宗祇らによる連歌・水無瀬三吟の巻かれたところ。

   雪ながら山もと霞む夕べかな    宗祇
      行く水遠く梅匂う里     肖柏
   川風にひとむら柳春みえて     宗長

は、眼前に広がる大山崎の風景でしょう。早春を詠んで実に美しい発句・脇・第三だと思います。

境内には大きなポリタンクを沢山抱えて、名水・離宮の水を汲む人たちがいました。コップ一杯の水を汲ませて貰って賞味、癖も無く美味。

 

ここで本日の予定を終えることにしました。西国街道を山崎駅に戻る途中の民家の門前に芭蕉句碑を見つけました。碑には、

   ありがたき 姿おがまむ 杜若   芭蕉

と刻んでありました。

山崎駅至近の離宮八幡宮を駆け足で参拝し、山崎駅から京都駅経由で横浜に戻りました。

どなたにもお勧めできる観光地ではありませんが、歴史や美術に興味があれば大山崎は見過ごせない所と思います。

 

後日、芭蕉句碑の「ありがたき姿」が気になったので調べたら、連歌師・山崎宗鑑の屋敷を訪れた時に詠まれたそうです。そう言えば、大山崎山荘へ行く途中に「山崎宗鑑冷泉庵跡」碑があり、

   うつききて ねぶとに鳴や 郭公(ほととぎす)

と刻まれています。碑面は読めませんが、脇にある解説で確認してあります。ただし意味が判っていません。

   (2009年12月05日記)

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2009年12月 5日 (土)

路上観察:第7回大和路まほろばツーデーウォーク・第2日目

 11月29日に参加した第7回大和路まほろばツーデーウォーク・第2日目の報告を、添付資料等の関係でホームページに掲載しました。お手数ですが参照願います。

   (2009年12月05日記)

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2009年12月 3日 (木)

路上観察:第7回大和路まほろばツーデーウォーク・第1日目

 11月28日に参加した第7回大和路まほろばツーデーウォーク・第1日目の報告を、添付資料等の関係でホームページに掲載しました。お手数ですが参照願います。

   (2009年12月03日記)

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2009年12月 2日 (水)

路上観察:京都・六道の辻

 11月27日、横浜から奈良へ移動の道筋、京都途中下車、市バスで四条河原町へ。昼時だったので鯖寿司で腹拵えしてから「祇園花見小路」を下って「六道の辻」へ。

 仏教では天道・人道・畜生道・修羅道・餓鬼道・地獄道を総称して六道、迷いのある人間は六道を輪廻する存在と考えられるそうです。よって「六道の辻」とはこの世とあの世の境目の意味。具体的には東山区松原通大和大路東入、松原通を東に20分ほど歩けば清水寺に至ります。

 

 横断歩道が描かれていていささか興を削ぎますが、中央の石の標柱に六道の辻と刻んであります。標柱後方の寺院が西福寺です。西福寺の斜め向かいに「みなとや幽霊子育飴本舗」があります。ベッコウ色した子育飴を一つ口に含めば、柔らかな甘みの懐かしい味が広がります。
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 「六道の辻」はT字路。T字の横棒が西東に、縦棒が南に伸びるとすれば、東に少し歩くと「六道珍皇寺」、南に少し歩くと「六波羅密寺」があります。

 「六道珍皇寺」には地獄の入り口と言われる井戸があります。本堂右手奥にあって普段はそに近寄れませんが、格子の隙間から見ることはできます。

 井戸から地獄に通ったと言われる「小野篁」、本堂脇の「閻魔・篁堂」に弘法大師像・閻魔大王像と並んで篁像が安置されています(前掲の「冷泉家 王朝の和歌守展」に私家集・小野篁が展示されていました)。

 「閻魔・篁堂」の奥に先祖の霊を呼び戻すと言われる「迎え鐘」の堂が。この鐘は外から見えず、堂外に伸びた綱を引くと鐘がなります。

 寺内に観光客は少なく、地元民の寺の雰囲気が色濃く漂います。夏のお盆には先祖を迎える人たちで賑わうそうです。その頃に再訪し、傍らで地元民の信仰の様子を見たいと思いました。

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 「六波羅密寺」本堂裏手の宝蔵庫には重要文化財が多々展示されていますが、改めて一つ一つを印象に残しました。と言うのも、口から仏を吐き出す「空也上人像」ひとつの印象があまりにも強かったからだと思います。少し残念なのは展示空間が狭いこと、もう少しゆったり展示されると良いと思いました。ただ寺域にスペースも無いようです。

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 この後、京阪電車利用で東福寺に移動、通天橋から紅葉を見ました。盛りを過ぎていましたがそれでも多くの人出、さすがに紅葉の名所。私は木々が重なりすぎていてあまり感心しないのですが、みなさん如何でしょうか。

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 多少の時間が残ったので鳥羽街道を少し南下、伏見稲荷に詣でました。本堂裏手に続く千本鳥居、庶民の途切れることの無い厚い信仰を感じます。時間がないので途中で引き返しました。

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 ここまで4時間強、それほど急いだつもりもありません。

   (2009年12月2日記)

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2009年12月 1日 (火)

美術:「冷泉家 王朝の和歌守展」

  会場    東京都美術館
  会期    10月24日(土)~12月20日(日)
  開室時間  9時~17時(入室は16時30分まで)
  入場料金  1200円
  鑑賞日   2009年11月26日
  公式HP  http://www.asahi.com/reizei/

 

 800年の時が本当に過ぎているのでしょうか。展示された古文書類を目の当たりにした時の偽らざる感想です。一枚一枚をめくって勉強した汚れや角の丸みなどはありますが、書、紙、表装などを含めて全体的に実に美しい。

 古文書類に書き付けた内容が読めない判らないので、この類の展覧会には積極的に出向きません。でも出かけて本当に良かったと思います。歴史を実感できます。王朝の和歌守、見事に言いえています。

 一角に「乞巧奠(きっこうてん)~七夕の宴」の飾りが展示されていました。「乞巧奠」、名前のみ承知していましたが、飾りはきめ細かく、実に優雅なものです。私は染色された衣の色が非常に鮮やかだと思いました。日本の伝統色なのでしょう。

 

 先に「シェイクスピア・ヘンリー六世」を観劇しました。古典は民族の財産だと感じます。シェイクスピアも良いけど、日本の古典にも親しみたいと痛切に感じています。判る判らないを脇において、まず手に取らないと始まりません。「一穂青灯万古心」、菅茶山の冬夜読書の一節ですが、そのような思いに至ることができれば実に素晴らしいことなのですが。

 私家集にあった小野篁や業平朝臣、あまり意識した訳ではありませんが翌日からの京都・奈良旅行で旧跡にたたずむことになりました。追って報告します。

 

 見事な展覧会でしたけど、会場である東京都美術館の雰囲気はあまり感心しません。内容とミスマッチではないでしょうか。適当な会場もあるように思えないのですが。

   2009年12月1日記

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