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2009年8月

2009年8月30日 (日)

路上観察:利賀フェスティバル2009・道中編(往路3日目~復路1・2日目)

 最近は夏休みの一部に利賀フェスティバルを含めている、と言って良いと思います。利賀フェスティバルだけで一週間を費やすほどのプログラムが用意されているわけではありません。演劇界に身を置く方には必ずしもそうでないかも知れませんが、私は素人ですからマニアックなものは避けています。まあ利賀フェスティバルに行くこと自体がマニアックかも知れませんが。
 よって往復路で各所に寄る楽しみを含めて利賀フェスティバルです。

 往路3日目、第3日目以降の行程は次の通りです。

  第3日目  二十一世紀美術館~金沢城・尾山神社散策~
          「リア王」「アイアス」観劇~利賀(泊)
  第4日目  利賀・上畠アート09散策~「天と地のはざまで」
          「廃車長屋のカチカチ山」観劇~利賀(泊)
  第5日目  発電所美術館~越後妻有トリエンナーレ~十日町市(泊)
  第6日目  越後妻有トリエンナーレ~横浜着

 

二十一世紀美術館はここ数年、必ず立ち寄ります。今夏の企画展は「未完の横尾忠則」「愛についての100の物語 」。

 「未完の横尾忠則」展、サブタイトルが「君のものは僕のもの 僕のものは僕のもの」。公開制作作品を含む多くの作品に圧倒されます。滝の絵葉書で一室を埋め尽くすインスタレーション。何でも作品にしてしまう貪欲さは芸術家の命でしょう。丹念に記された日記公開なども。

 最初の部屋は、Y字路をテーマにした作品7枚、大半が2m弱×2m強のサイズ、一枚はさらに横長。以前からY字路をテーマにした作品を描いていたようですが興味はどこに。Y字路、言い換えれば分かれ道、というころでしょうか。

 「奇縁まんだら」という80枚ほどの肖像画も興味を惹きました。大半が古い作家。山本有三、高村光太郎、吉行淳之介、大岡昇平、・・・。その中に淡谷のり子、忌野清志朗は異質かあるいは作家か、私は知りません。

 アンリルソーの絵を横尾忠則流に解釈しなおして描いた数十点の作品もまた興味を惹きました。本歌取り、「君のものは僕のもの 僕のものは僕のもの」ですか。このタイトル名の作品もありましたが、ルソー風の絵の方がサブタイトルに合致するように思いました。(写真はタレルの部屋、金沢城、尾山神社)
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 「愛についての100の物語 」、キーワードは「オープン・ダイアローグ(開かれた対話)」。既知の作品も少なからずあったように思います。目当ては塩田千春のインスタレーション。

 実は5日目の発電所美術館、越後妻有トリエンナーレにも作品があって、それを横断的に観てみたら何か少しは理解できることもあるかと思っていました。これは別にまとめる予定です。(写真は発電所美術館、展望台から山側、海側を望む)
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 上畠アート09は今年で3回目、利賀フェスティバルが開催される利賀芸術公園から一山超えた(実際はトンネルを抜ける)三十戸ほどの上畠集落の家や田畑で作品展示する催しです。工芸作品主体ですが、民家などを利用した展示が素晴らしい。家を開放すること、それは都会に住む私からすれば実に大らかで豊かな行為だと思います。現南砺市長はこの集落から出ていて、そのお宅でも作品展示されています。今後の継続が危ぶまれてるようです。(写真は、作品の一部)
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 越後妻有トリエンナーレは前回見落とした主な所を巡りました。これも別にまとめる予定です。

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2009年8月29日 (土)

路上観察:利賀フェスティバル2009・道中編(往路2日目-2)

 郡上八幡から北に向えば、蛭ケ野高原・御母衣・白川郷を経由してかなり早い時間の利賀に到着できます。しかし、進路を北北西に取りました。金沢でもう一泊してから利賀に向います。

 九頭竜ダムはロックフィル型ダムで、逆光で不鮮明でしたが積み上げられた岩が迫力あります。真下から見上げればさらに力強く迫ってくることでしょう。
 九頭竜線は愛称で正式には越美北線です。九頭竜湖駅は九頭竜湖からは大分離れていましたが、九頭竜線の終点。時刻表には一日五本の電車が記されていました。数少ない電車の出発が見られました。
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 小京都・越前大野は静かな街です。見所は越前大野城、七間朝市が立つ街並み、そして御清水(おしょうず)を初めとする湧水、朝倉義景墓所、武家屋敷など。昼近くに到着したので七間朝市を観られませんでした。大野城は山の上にあって時間の関係で見上げただけ。

 名水百選に選ばれた御清水は別名殿様清水、古くは殿様の用水として利用されていたためだそうです。御清水を使った近所の蕎麦屋さんで蕎麦を頂きましたがなかなか美味でした。

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 その後で街中を散歩。華々しいものは何もありませんが、ゆっくりした時間の流れが感じられる街です。つい長居してしまいました。

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 後ろ髪を引かれる思いでしたが一乗谷朝倉氏遺跡は通り過ぎました。

 「雪は天から送られた手紙である」との素敵な言葉を残した中谷宇吉郎、その名を冠した雪の科学館は加賀・片山津温泉の入り口にあります。六角形のとんがり屋根を三つ連ねたその建物は磯崎新の設計になるもの。傍らに大きなポプラの木が何本か植えられているのは北大教授・中谷宇吉郎をしのぶものでしょう。過冷却した水を一瞬で凍らせる、ダイヤモンドダストなどの実験を見せてくれます。時間の関係で映画を見ませんでした。科学的好奇心をくすぐられます。近所だったら何回も出かけたいところです。

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 この後、小松市立宮本三郎美術館に向ったのですが5分違いで閉館していました。目の前を通っていたのですが気付くのが遅れました。久しぶりの訪問予定でしたが残念。それにしても16時30分の閉館は少し早くありませんか。

 このあと金沢に向い、18時過ぎに到着。

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2009年8月28日 (金)

演劇:利賀フェスティバル2009・劇評編「廃車長屋のカチカチ山」

 演出   鈴木忠志

 出演   日本の狸     新堀清純
      ロシアの兎    ナナ・タチシビーリ
      キャデラックの女 内藤千恵子
      日本の老人    蔦森皓祐
      老人の女友達   久保庭尚子
      医者       竹森陽一  他

 会場   野外劇場
 公演   2009年8月22・29日
 鑑賞   2009年8月22日 20:20~21:50

 「カチカチ山:原作・太宰治:演出・鈴木忠志」の物語を、「廃車長屋の異人さん:原作・マクシム・ゴーリキ:演出・鈴木忠志」の構成で。プラス打ち上げ花火。プラス各国の俳優。二・三週目の最後を飾る祝祭性の濃い演目です。

 「カチカチ山」「廃車長屋の異人さん」は、2007年2006年に利賀で上演されています。

 外国人数人の役者を含みますが、日本語上演。表現上で多少気になるところもありますが、短い期間で仕上げたとのこと、立派なものです。特にロシアの兎(ナナ・タチシビーリ)は主役で多くの台詞がありましたけど、少なくとも言いよどむことはありません。後で判りますが、日本語は全然理解しないようで、音として台詞を発声しているようです。

 祝祭性の濃い演目ですからあまり細かいことをいうのも無粋ですが、気になる点をまとめておきます。

 私は最前列のほぼ中央に座りました。ここからは、舞台に数多くの廃車が並びますので、背後に広がる池、池の上に設けられている左右の花道はまったく見えません。利賀の美しい野外劇場の魅力が損なわれます。階段席ですから、中段より後方に座るのが全体を見渡せてベストだと思います。

 祝祭性の濃い演目にしては少し難解です。説明的な独白も多く、言葉の妙も少なく感じました。音楽も、花火も同調性にやや欠けたと思います。この演目を目当てに来場する方も少なくないようですから、もう少し砕けた内容で良いと感じました。

 役者が引き上げて灯の落ちた舞台の後方で、ナイアガラが火の粉を散らし、別れを告げるように打ち上げ花火が上がります。
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 この後、鏡割。私の隣の方が立ち上がり舞台に進みました。南砺市長だったのです。いよいよ舞台上の酒宴が始まります。
 かくして私の今年の利賀フェスティバルも終わりを告げます。後何回来られることか、気力も体力も衰えてきました。

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2009年8月27日 (木)

演劇:利賀フェスティバル2009・劇評編「天と地のはざまで」

 演出   ジョルジオ B コルセッティ
 作    ジョルジオ B コルセッティ
      ジャンピエロ・ラッパ

 出演   フェデリカ・サントーロ
      フィリッポ・ディーニ
      アンドレア・ディ・カーサ
      フィオーラ・ブラーシ

 会場   創造交流館芸術劇場
 公演   2009年8月22・23日
 鑑賞   2009年8月22日 15:00~

 創造交流館は、以前、サマースクールなどに利用された富山県の教育施設だったと思います。その講堂状の一室を改修して演劇等のトレーニングに利用し、照明音響設備を整えて公演可能な施設としています。

 イタリアのファットーレKによる。イタリア語上演(多分)、日本語訳がディスプレイ表示されます。

 映像装置を利用し、演技とその映像を同時に観る仕掛けです。舞台下手にスクリーン、主に上手で演技します。しかし特殊効果(クロマキー)やミニチュアセットを併用して、スクリーンに投影される映像では役者があたかも家の中からドアーを開けて出てきたりする。

 「とある街の日常で、4人の登場人物が、地上に這い上がってきた悪魔と、空から舞い降りた天使に出くわし、善悪をわきまえるための苦闘を強いられる。その過程で、彼らは神の存在の是非を問いかけられる。
 ・・・
 そしていくつもの物語が交錯するなか、その中心には常に繊細な問いかけが存在している。”コマレ・セッカ(死)に出会ったら、どうする?(配布資料中演出ノートから抜粋)」

 いくつもの場面で構成されていて細かい内容をうまく説明できません。全体的には、演出家の意図が伝わってきます。天がスクリーンで、地が演技、観客はそれを同時に観ながら、すなわちはざまにおかれているということで、かなり明示的です。神様は全てを見通しているとの宗教観は、神様は異なったとしてもどこでも同じようです。

 イタリア的と言って何を意味するかは不明ですが、漠然と抱いているイタリア的な雰囲気が充分に表出されていたと思います。昨夜の「ギリシャのアティス・シアターによるアイアス」の対極にあるような様式・演出・役者です。世界は広い。

 スクリーンと演技で左右広がり、観客席が近いので舞台はかなり観づらかったです。スクリーンの右上方(舞台中央になる)に日本語ディスプレイがあって、輪をかけて観づらかったです。縦長の劇場が適当と思いますが、利賀には横長の劇場しかありません。一般的には舞台と観客席が近くて迫力があるのですけれど。

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2009年8月26日 (水)

演劇:利賀フェスティバル2009・劇評編「アイアス」

 演出   テオドル・テルゾプロス
 原作   ソフォクレス

 出演   アナスタシオス・ディマス
      メルティオス・イリアス
      サバス・ストゥルンボス

 会場   岩舞台
 公演   2009年8月21・23日
 鑑賞   2009年8月21日 20:00~

 岩舞台は仮設の野外劇場である。開演前から雨が降っていて、上演中も降ったりやんだり。それも一興。野外である限り雨も覚悟しておかなければならない。(写真は翌日、舞台後方から客席を望む、客席後方は合掌造りの新利賀山房)
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 ギリシャのアティス・シアターによる。ギリシャ語上演(多分)、日本語訳がディスプレイに表示されたが、タイミングはあっていたか。まあ、大筋を理解すれば内容は難解でない。

 「トロイア戦争でアキレウスに次ぐ強さを誇ったアイアス、アキレウス戦死後の慰霊の弁論競技会でオデッセウスと舌戦を繰り広げる。判定を託されたイリオスの捕虜はオデッセウスに軍配を上げた。アイアスは逆上し、オデッセウスや味方の諸将を殺そうとした。しかし女神アテナはオデッセウスを救うためにアイアスを狂わせ、羊を諸将と思わせる。神に嫌われ、諸将にも評価されないことを知ったアイアスは彼らのために戦う虚しさから自刃して果てる(配布資料から要約)」

 「アイアスが犯した殺戮の場面をとりあげ、どのようにしてアイアスは羊たちを兵士と思いこんで殺したのか、に焦点をあててこの舞台を創った(配布資料中演出ノートから抜粋)」

 舞台には小さな踏み台が十字状に並べてある。そのうち三つは天地逆に置いてあり、箱状で内側は赤色。三人は膝まづいてその中に顔を突っ込み、低い笑い声を発して物語は始まる。笑い声はクレッシェンドして哄笑に変わり、やがてディクレッシェンドして泣き笑いに変わる。随分と長い時間続いたように感じた。

 一人の役者が踏み台の上をたどりながら刃物を振り回し、殺戮を模した、様式化した動きを繰り返す。やがて役者が変わり類似の動きを繰り返し、そしてもう一人の役者が類似の動きを繰り返す。時には赤いハイヒールを持って。

 

 最初の長い笑いの後、殺戮を様式化した最初の動きを A とすれば、その後は A'、A'' と言える。シンプルな構成である。逆に言えば単純すぎる。テーマを絞りすぎていないか。私はそう思うが、ギリシャ演劇界ではどうなのか。

 雨の中、観客も偉いと思った。観ることもだが、遠来の劇団に暖かいカーテンコール(カーテンは無いが)を送っていた。自らの尺度を持つだろうが、それはそれとして遠来の劇団を受け入れていたように思う。役者も無骨な挨拶を繰り返していたが、思いなしか感動しているように見えた。ここには国際化した姿があるように思う。

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2009年8月25日 (火)

路上観察:利賀フェスティバル2009・道中編(往路2日目)

 郡上八幡で一泊、朝食前に小一時間の散歩。自動車の行き来も極めて少なく、街全体が静寂さに包まれていました。家々の朝の支度をしている音、近づく自転車の軋む音、川を流れる水の音。音による風景が残っていました。時間を巻き戻したような懐かしいサウンドスケープ。

 郡上八幡は水の街です。街中に多くの水飲み場が設けられています。通りの両側の側溝にきれいな水が流れていて、蓋をあけて道に打ち水をしたりしていました。
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 郡上八幡に寄る大きな目的は、水飲み場の一つである宗祇水を訪れることでした。室町時代の連歌師・飯尾宗祇の名を冠した名水です。

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 郡上八幡は、郡上八幡城から見下ろすまでもなく小さな街です。写真中央部が徹夜踊りの場となる新町辺り、川が木立に隠れる辺りで、右手から流れる川が合流します。その付近に宗祇水があります。

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 宗祇については断片的な知識があるだけです。例えば。

 芭蕉は「笈の小文」で、「西行の和歌における、宗祇の連歌における、雪舟の絵における、利休が茶における、其貫道する物は一なり。しかも風雅におけるもの、造化にしたがひて四時を友とす。」と書いています。大いに影響を受けたということでしょう。

 京都山崎の近く(所在は大阪府)に水無瀬宮があります。祭神は後鳥羽天皇、土御門天皇、順徳天皇、由緒正しき神宮。ここに奉納されたのが宗祇等による「水無瀬三吟百韻」。

   雪ながら山もとかすむ夕べかな  宗祇
     行く水とほく梅にほふさと  肖柏
   川風に一むら柳春見えて     宗長

 発句から第三までですが、実に美しい。
 水無瀬とは、京都三川が合流して淀川になるあたり、天王山の古戦場跡。今は東海道新幹線が疾駆し、JR、阪急電車が行き交ってあわただしい。しかし、私の乏しい鑑賞力でさえ、往時の美しい風景が蘇えります。

 なぜか宗祇水に寄りたかったのです。多少は歌心が向上するかって、そんなことがある訳は無いのですが。

 

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演劇:利賀フェスティバル2009・劇評編「リア王」

 演出   鈴木忠志
 原作   W・シェイクスピア
 美術   戸村孝子

 出演   老人(リア王)  ゲッツ・アルグス(独)
      ゴネリル     エレン・ローレン(米)
      リーガン     チャン・イジュ(韓)
      コーディリア   大桑茜
      グロスター    蔦森皓祐
      エドガー     石川治雄
      エドマンド    カメロン・スティール(米)
      看護婦1     久保庭尚子  他

 会場   新利賀山房
 公演   2009年8月15・21・28・29日
 鑑賞   2009年8月21日 17:00~18:45

 「鈴木忠志演出のリア王」は、1984年12月、豪雪の利賀山房にて初演、もはや伝説であろう。私が初めて「鈴木のリア王」を観たのは1989年の利賀フェスティバル、利賀山房であったと記憶する。ピークは過ぎていたと思うが、まだまだ旧SCOTが、そして利賀村が元気だった頃である。以来、両手で数えるほどの舞台を観てきた。日本人役者による、米国人役者による、日米混成役者による。男性役者のみによる舞台も少なくなかった。吉行和子が看護婦を演じたこともあった。最後に観たのが何時だったかは定かで無いが、恐らく1990年代末であったろう。

 久しぶりに観た「鈴木のリア王」、精神病院にいる孤独な老人すなわちリア王、そしてリア王の回想あるいは空想として物語が展開するというコンセプトに変化は無い。しかし個々の場面は以前に比べて具象化されていると感じた。今回を新版、以前を旧版とすれば、両者の変化は何時からか。上演時間は旧版が60分程であったと思うが、新版は100分を超える。

 今回の「リア王」で特筆すべきは独・米・韓・日の俳優による上演形式であろう。各々の俳優の台詞は母国語で、舞台袖に翻訳が表示された。その場に居合わせないと奇妙な印象を抱くだろうが、台詞回しにまったく違和感はない。ただし役者は大変であったろう。Kによれば「最初は頭が痛くなるほどであった」とのこと。

 ゲッツ・アルグス(リア王)は力強い表現で、精神病院にいる老人との印象は稀薄であった。それが個性か、外国のテキストを演じることによるものかは定かでない。そのような表現を求めないのかも知れない。しかしリア王は弱者である。老人の寂しさや悲哀さが漂わないと、物語の意図は鮮明にならないように思う。
 かっては蔦森皓祐がリア王を演じたことがある。蔦森には飄々とした感じがあって、老人の寂しさや悲哀さを感じたものである。

 エレン・ローレン(ゴネリル)は米国における鈴木メソッドの体現者であり、伝道者であろう。久しぶりに観たが、その印象がくずれることはない。

 チャン・イジュ(リーガン)は抑制されてはいるが表情豊かな役者だ。彼女一人で韓国演劇界の現状が知れるわけでもないけど、アジアは広い。ホームでの彼女を観てみたいものだ。

 全体的には「怒りのリア王」である。背信も憎しみも怒りで表現される。世界は怒りに満ちている。「政権選択か、命の洗濯か」、明るい世の中になって欲しい。

 音楽について触れておく。旧版では「ヘンデル・ラルゴ(オンブラ・マイ・フ)」と「チャイコフスキー・スペインの踊り(白鳥の湖より)」が使われていて実に印象的であった。
 新版ではこれに「ライバッハ・KRST(BAPTISM)」と「中田章作曲・吉丸一昌作詞・早春賦」に加わった。早春賦はともかく、ライバッハは現代曲だろうが何も知らない。付け加わった2曲は知る知らないでなく、印象が薄い。どのような意図があるのだろうか。

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2009年8月21日 (金)

路上観察:利賀フェスティバル2009・道中編(往路1日目-2)

 豊田市美術館は静謐な雰囲気を漂わせた美術館で設計者は谷口吉生。数年前に谷口吉生展が開催された時は同じ県内に居住していたので訪れたことがあります。外観写真を掲載しておきます。
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 美濃市は、名古屋方面から高山や白川郷に向う道筋になります。機会があれば立ち寄っては如何でしょうか。街並みの雰囲気だけ、写真を掲載しておきます。
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路上観察:利賀フェスティバル2009・道中編(往路1日目)

 夏休みは利賀フェスティバル、何回か抜けた年もありましたが随分長いこと続けてきました。昔は1週間連続で演劇を見続けたこともありましたが、最近は2日か3日にしています。今年の計画は利賀2泊、往路2泊、復路1泊。今年も既に横浜を出発しています。

 往路1日目は豊田市美術館、美濃を経由して郡上八幡泊。

 豊田市美術館は「ジュゼッペ・ぺノーネ展」。初めて観る制作者ですが、実に重厚な作品群で感動しました。自然と対峙した作品ですが、単なる自然礼賛にとどまるものでありません。例えばアカシアのとげを大きなキャンバスに貼り付けた作品、無秩序にとげが並ぶようでが、すこし離れてみれば人間の目などが浮かび上がります。人間と自然の接点を意味するのだと思います。

 美濃は「うだつのあがる街並み」見学です。以前に徳島県脇町の街並みを見たことがあり、この地方独特の構造物と思っていましたが、そうではないようです。うだつは防火のための構造物ですが、「うだつが上がる」という言葉も残ります。今井家など十数件の古い建物が残ります。上空に架線が無く美しい街並みでした。

 郡上八幡は小さな町ですが、美しい街並みをとどめています。水の町と言ってよいでしょうか、その代表が宗祇水です。「和歌の西行・連歌の宗祇・俳諧の芭蕉」、宗祇の名前の付いた名水です。町のあちこちに水のみ場がありました。

 それと徹夜踊りで有名な盆踊り、8月13~16日の徹夜踊りはすでに終えていましたが、徹夜踊りは挟んで1ヶ月ほどは、各町内で踊りが繰り広がられるようです。当日も宿泊先の近所で踊りがありました。団体コンテストとのこと、5・6人のグループが揃いの浴衣で踊る姿は美しくもあり、伝統も感じさせます。「七両三分の春駒、春駒」の掛け声の入る春駒は、結構動きが激しい。老いも若きも一つ輪になって踊る一ヶ月間は一年の最大の楽しみなのではないかと思いました。

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2009年8月18日 (火)

路上観察:越後妻有アートトリエンナーレ2009(3)

 土地の人と話をするのも「大地の芸術祭」の楽しみです。大地を感じさせる食事も同様です。話と食事関連の話題をいくつかご紹介します。
 写真はお手数ですがホームページを参照願います。作品番号は合せてあります。

206:酒百宏一:LIFE works+みどりの部屋プロジェクト

 「フロッタージュて知っていますか?」「少しは!」「フロッタージュとは・・・」。受付担当の70才過ぎに見えるおじさんが一生懸命に説明してくれました。大地の芸術祭が開催されなければ、そのようなことを覚えることもなかったでしょう。二階には周辺住民の制作した作品が壁面を埋め尽くしています。「好評を頂いています」と少し誇らしげでした。清々しい思いがしました。

192:古巻和芳+夜間工房:繭の家-養蚕プロジェクト

 少し早めに出向きましたが既に開いていました。お新香をご馳走になりながら受付のおばさんと話しました。2006年からお蚕を飼っている。その時に紡いだ絹糸は艶が失せたので今年になって新しい絹糸を紡いだ。糸を紡げるお年寄りが健在なこと。過去の大雪では電線に雪が届きそうになったので棒で線を持ち上げて雪を落としたが、今大雪になれば雪落しの手がない。今年は雨が多く田んぼが乾かないので刈取り機を田に入れられないかも知れない。などと30分ほど話してきました。「お元気で」と言って辞しました。

207:日比野克彦;明後日新聞社文化事業部

 3年前に比べて朝顔の植え込みは規模が大きくなっていました。ところが今年は雨が多くて花が少ないそうです。都会で生活しているとそういうことに気付きません。

108:富永敏博:かき氷マウンテン

 冬に雪を集めて山状にし、実際のシロップをかけてカキ氷にを作ったそうです。食べたかどうかは確認しませんでした。写真にはにおいも無いからと、実際にカキ氷を作ってご馳走してくれました。暑いさなかに一服の涼を感じました。土日のみのようです。

147:イリア&エミリア・カバコフ:棚田

 第一回の作品ですが、大地の芸術祭を代表する作品の一つと言って過言で無いと思います。「農舞台」内にあるレストランで、土地の野菜(と思われる)を主体にしたランチを頂きながら鑑賞(見る)すると、より「大地の芸術祭」を感じます。

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2009年8月16日 (日)

路上観察:越後妻有アートトリエンナーレ2009(2)

 越後妻有アートトリエンナーレで撮影した写真を整理しました。作品番号順です。作者・作品名は記載してありますが、コメントはこれから追記予定です。
 腕も確かではありませんが、輪をかけて雨模様の天気のため見難いところもあります。

 写真が多いのでホームページに掲載しました。お手数ですがホームページを参照願います。

 追って、過去開催分も整理するつもりです。興味ありましたら、たまに参照してみて下さい。

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2009年8月13日 (木)

路上観察:越後妻有アートトリエンナーレ2009

 越後妻有アートトリエンナーレ、越後妻有地域で展開される国際的なアートトリエンナーレです。2000年に第1回が開催され、2009年が第4回です。

 越後妻有地域とは、現在は十日町市と津南町の2市町からなりますが、2005年以前は十日町市、川西町、津南町、中里村、松代町、松之山町の6市町村で構成されていました。面積は760K㎡、東京23区が621K㎡だそうですから、実に広大な地域です。山々が連なり、谷あいの平地に町が開けています。冬の豪雪、「鈴木牧之著・北越雪譜」に描かれています。まさに「大地の芸術祭」。

 私は過去三回も数日間の日程で出かけていますので多少とも様子がわかるようになりました。作品などの感想は後回しにして行動の概要を整理しておきます。

 交通手段として自動車を利用する場合、旧市町村間を結ぶ道路はともかく、コース選択によっては林道のような狭い道を通過することもあるので安全運転を心がけましょう。事前にあるいは現地に入ったらすぐに「越後妻有アートマップ(100円)」を入手すると作品鑑賞にも便利です。
 電車を利用する場合、現地では作品鑑賞のための巡回バスを運行されているので利用されると良いと思います。

  日程    8月9日~11日(2泊3日)
  交通手段  全行程を自動車で

  第一日目  07:00 横浜発
           (第三京浜、環八、関越自動車道・塩沢石打I.C.)
        12:00 中里エリア・清津峡着
           (中里エリア 12作品)
        17:30 松代芝峠温泉着

  第二日目  09:30 松代芝峠温泉発
           (松代エリア、十日町エリア 17作品)
        18:00 松代芝峠温泉着

  第三日目  09:00 松代芝峠温泉発
           (松代エリア、松之山エリア、津南エリア 22作品)
        16:00 津南エリア・津南スキー場発
           (関越自動車道・塩沢石打I.C.、環八、第三京浜)
        22:00 横浜着

 過去作品も含めて作品番号は256まで、他にイベントなどもあります。新しい作品を主体に鑑賞しようと計画したつもりですが、必ずしも思うようになりませんでした。三日間で鑑賞できた作品も50強ですから全体の二割程度です。作品鑑賞に徹すればもっと多くを鑑賞できると思いますが、大地を楽しむことも大切です。

 一日目は時々強い雨が、二日目は終日雨が降っていました。三日目は多少日が射しましたが後に曇り。天気に恵まれませんでしたが、それも良し。機会があればもう一度出かけます。

 越後妻有の風景を添付しておきます。
 1.津南スキー場の頂上付近、一番低いところに信濃川、向こう見事な河岸段丘
 2.ミオン中里付近、土手の左側に信濃川が流れる
 3.松代城山からみた松代のまち、松代駅・農舞台・花咲ける妻有が見える。
  途中の斜面に多くの作品群
 4.松代芝峠温泉から見た雲海、もっと雄大な雲海が見られることもある
 5.松代芝峠付近・棚田鑑賞ポイントから見た棚田

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2009年8月 6日 (木)

最近の読書から:『秋月記』

最近の読書から:『秋月記』
  葉室麟著、角川書店発行、1700円(税別)

 秋月藩は福岡藩(俗に黒田藩)の支藩。その所在を今で言えば福岡県中央部、東側には筑紫山地が迫り九州の小京都とも形容されることから美しい街並みが想像できる。秋月藩五万石に対して福岡藩五十万石。秋月藩も七代目・八代目あたりになれば、福岡藩としてもいっそ秋月藩を吸収してしまえとの雰囲気も漂よう。時は1800年少し前から1800年代前半にかけてのこと。物語の背景である。

 間余楽斎は弘化二年(1845年)、馬廻役・戸波六兵衛方に呼び出され、上意として幽閉する旨を告げられる。余楽斎は驚いた様子もなく「承った」と短く答える。藩の重職を務め、43歳で隠居してからも藩内に隠然たる力を行使、藩主をないがしろにしての専横の振る舞いがあったとされた。しかし、余楽斎は淡々として安堵の思いであることを口にする。自らの弱さに打ち勝ちたいと思って生きた一生のようなもので、これでその荷を降ろすことができたと。思い出すのは若かった日々のことで、あれから何十年たっただろうか。

 間余楽斎、若いときの名は吉田小四郎、元服して俊勝。子供の頃、小心であった小四郎は弱さを克服するために剣を磨く。学問でも秀才の一人に名を連ね、評判が伝わったか馬廻役二百五十石の間篤との養子縁組の話が持ち上がった。間家では養子を迎えると同時に遠縁の娘・もよと夫婦にさせるつもりだったが、急に江戸遊学に出立する。そこでの仲間うちの話題に、家老・宮崎織部、渡辺帯刀らの悪行。遊学を終えた小四郎は秋月藩を愛する気持ちから本藩である福岡藩に直訴するが・・・。

 

 小藩である秋月藩の悲哀を感じながら、それでも秋月藩のより良い明日を信じ、自らの信念に基づいて行動する小四郎。志を同じくし、やがて離反し、それでも結束して敵に立ちむかう仲間たち。小四郎を支えるもよ、危機を救われたことを契機に惹かれていく稽古館教授・原古処の娘・猷。美しくも強く生きる女性たち。魅力的な人物群が興味深い。

 何箇所かに出る漢詩が物語に余韻を与える。と言いたいが扱いが雑ではないか。漢詩と言いながら読み下し文のみ、読めるか否かは別にして原詩も記述したらどうか。見た目の美しさが漢詩にある。猷が旅立ちに際して小四郎に届ける手紙には七言律詩のみが。七言律詩といいながら読み下し文4句しかない(P259)のは如何なる理由か。そこに叶わぬ恋心がほのかに吐露される。そして小四郎は諸国を巡り歩く猷を思い浮かべ、ふと羨ましさを感じる重要な場面であるのだが。

 歴史は繰り返す。人は自ら思う範囲で最適行動を考えるが、人が多数集まればそこに食い違いが生じる。長い時間で見れば不整合も生じる。武士は戦う集団であるが、江戸末期になればその役割は終えていて商人の時代に移り変わっている。
 これを今の世に当て嵌めようと思う気持ちはさらさら無い。が、自らに当て嵌めるならば、どの人物に当て嵌めたとしても、その人物になりきって行動するだけのことかと思う。悲しいことのようだがそれを乗り越える術はあるだろうか。時に憎まれ役もなくてはならないと言うことか。

 葉室麟は群像を描いて時代を炙り出している。旅心も誘う。権力闘争を描いてなお美しい物語に仕上がっている。一気に読み終えた。

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2009年8月 4日 (火)

路上観察:横浜三渓園ザリガニ釣りのご案内

 しばらく前のことです。主題の催しを知りましたのでご案内します。子供さんと一緒に夏休みの一日を過ごされてはいかがでしょうか。

  月日 : 8月8日(土)、9日(日)、15日(土)、16日(日)
  時刻 : 9:00~18:00
  場所 : 三渓園蓮池
  料金 : 入園料のみ必要

 詳しくは、添付のポスター写真で確認願います。
Img_5623_2
 

 

 

 

 ザリガニ釣りなど知らない子供さんが多いでしょうね。めったに無い機会だと思います。私も覗きに行きましょうかね。

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最近の読書から:『世代を超えて語り継ぎたい戦争文学』

『世代を超えて語り継ぎたい戦争文学』

    澤地久枝・佐高信著、岩波書店、1700円(税別)

 

 

 戦争を知るには努力が要る。それは判るとして、如何なる努力すれば良いだろうか。

 「戦争をまったく知らない戦後世代が多数派になった今、戦争が個々人にとってどんなものであったか、知ってもらいたいと思う。知って判断する習慣の確立ということもある。
・・・
 忘れられて埋没してしまいそうな戦争についての文学者の証言。その作品を読むことから、若い人たちに戦争を直視し考える姿勢が生まれることを望む」と澤地は言う。

 これで本書の狙いは明白である。あとは二人が戦争文学を順に炙り出す。『五味川純平の章』『鶴彬の章』『高杉一郎の章』『原民喜の章』『大岡昇平の章』『幸田文の章』『城山三郎の章』、そして『取り上げたかった作家たちの章』。

 『五味川純平の章』で「人間の条件」に触れる。
 「人間の条件」が訴えようとしたことは、戦争下、良心に従いよりよく生きたいとする人間に、その余地があったか否かということだろう。かって「人間の条件」は大ベストセラーであった。その訴えを社会が受けとめようとした証だろう。

 残念ながら五味川純平は既に忘れられた作家だと言う。今の社会には作者の訴えをうけとめようとする雰囲気がなくなったということだろうか。二人の対談は、作品の背景や作者の思い出にも触れながら戦争下の人間を明かしていく。

 『幸田文の章』で「父・こんなこと」に触れる。
 これは戦争文学とは言い難いと。しかし、戦場での体験などが戦争文学の大きなテーマだけれども、それは戦争の全体ではない。留守宅でどういう生活があったか、それから八月十五日を境にして一応戦争は終わった。けれども、実はそれで終わらなかったのが戦争だ、との理由による。

 最近は後方支援を戦争と切り離して考える風潮があるが恣意的なものだろう。後方支援も戦争の内である。多方面からの戦争の認識が、より客観的な理解に繋がるだろう。

 寡読な私は、この中で五味川純平・大岡昇平しか戦争文学作者として認識しない。その二人でさえ多くを知らない。最近、原民喜が広島で被爆していることを知った。戦争文学に対する私の知識はその程度である。

 既に今年も八月。六日、九日、十五日もすぐである。避けられなかったのか、避けられたようだ。なぜ行動が伴わなかったのか。
 本書は戦争文学への道案内である。道をたどることで、それらのことも鮮明になるかも知れない。末尾に本書で取り上げられた本の一覧がある。7ページに及ぶが、一冊でも多く読んでみよう。

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2009年8月 3日 (月)

東海道五十三次・日本橋から箱根三枚橋へ(2)

 7月27日から31日までの5日間、日本橋から箱根三枚橋まで旧東海道に沿って歩きました。その第二日目・蒲田から保土ヶ谷宿先までが整理できました。
 続きは「HP:東海道五十三次」へ。写真が多いのでお手数かけます。第三日目以降も至急掲載します。

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2009年8月 2日 (日)

東海道五十三次・日本橋から箱根三枚橋へ(1)

 7月27日から31日までの5日間、日本橋から箱根三枚橋まで旧東海道に沿って歩きました。その第一日目がようやく整理できました。
 本文は「HP:東海道五十三次」を参照願います。写真が多いのでお手数かけます。

 

第二日目以降も至急掲載します。

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