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2009年7月18日 (土)

常識って!? 脳死は人の死か、死へのプロセス

 人の死は、瞳孔散大・固定、呼吸停止、心停止の三徴候で誰もが事実として認識できる。それならば脳死はどのように認識できるか。

 脳死は所定の判定プロセスの結果として認識できる。ただし認識できるのは判定に携わる医師であって、家族等は判定に携わった医師の報告で知ることになる。それが死とは異なる。

 

 脳死の判定プロセスは、(社)日本臓器移植ネットワーク・法的脳死判定マニュアル(以下マニュアル)を参照されたい。私は判らない部分が多い。言葉が判っても内容の判らない部分が多い。その中から脳死に至る推移のみを整理する。

 

 脳死は「第2回目の脳死判定終了時(マニュアル:Ⅶ 脳死の判定時刻)」に確定する。これ以降が法的脳死。逆に言えば、これ以前は臨床的脳死(明確な定義の有無を私は知らない)。

 

 第2回目の脳死判定の開始は「第1回目の脳死判定が終了した時点から6時間以上を経過した時点(マニュアル:Ⅵ 法的脳死判定における観察時間)」。「なお、原因、経過を勘案して、必要な場合は更に観察時間を延長する」との但し書きがある。

 第1回目と第2回目の脳死判定の間隔を6時間以上とすることは判る。しかし、但し書き部分を私は判らない。ここに作為の入り込む余地は無いか。有るとは言わない。無いことをいかに担保できるかであろう。

 

 第1回目の脳死判定の開始は臨床的脳死を受け入れた家族の同意による。
 現行法はドナーカードで臓器提供の意思表示していて、かつ家族の同意のあること。運用に当たっては15歳以上の者の意思表示を有効としている。
 改正臓器移植法A案は、本人の臓器提供の意思表示の無い場合でも、家族の同意があれば脳死判定プロセスを開始できる。本人の臓器提供の意思の有無に関わらない。かつ年齢制限も無い。

 

 脳死判定の開始以前に、医師は臨床的脳死を家族に宣告する。

 

 ここで死に至るプロセスを時間経過に沿って整理しなおす。

   1. 医師による臨床的脳死宣告
   2. 本人の臓器提供の意思表示の確認
      (改正法ではスキップできる)
   3. 家族の法的脳死判定プロセス開始の同意
   4. 第1回法的脳死判定
   5. 第2回法的脳死判定
   6. 死(三徴候死)

 生死の境目をさまよう本人を目の辺りにして家族は脳死判定プロセスに臨まなければならない。1~5は半日程度ではないだろうか。5~6はここで言及しない。

 

 臓器提供は一人の法的脳死が前提となる。しかし死を迎えるかも知れない本人は、臓器提供を前提にしていないかも知れない。そのギャップを埋める努力がなされたであろうか。それは生死の間際にいる本人や家族の倫理観であり、脳死を人の死とすることの医学的な客観性・妥当性であろう。刑法も関与するだろう。ギャップを法律で埋めてしまうことに未成熟な社会を感じてしまう。

 私の脳死に関する認識の整理である。お気づきの点があればご指摘願いたい。

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