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2009年6月17日 (水)

白想:常識って!?、足利事件、裁判員だったら(2)

 一次資料へのアクセスは重要ですが、なかなか敷居が高い。そこで今は『MCT118型DNA鑑定の証拠能力』を参考に私なりに考えを整理します。

 

 引用中の判旨を整理すれば次のとおりです。

  (1) その科学的原理が理論的正確性を有する
  (2) 具体的な実施の方法も、その技術を習得した者により、
    科学的に信頼される方法で行われている
  (3) その後の科学技術の発展により新たに解明された事項等
    を加味して慎重に検討されるべきである

 

 (1) に関して。『学説には、鑑定の原理や手法の妥当性が、所属する専門分野で一般的に承認されたものでなければならないとする立場もある』ようです。

 私は「公知であること」が、科学的原理が論理的正確性を有することの唯一の根拠と考えます。よって学説にとどまっていることが不思議です。
 その方法が公知であるならば、私に科学的・理論的な背景がわからなかったとしても、その方法を用いた結果を証拠採用して良いと考えます。

 この観点に立てば、足利事件における判断に疑義を覚えます。

 

 (2) に関して。引用中、評釈に『一般論としては、

  (a) 検査者の知識・経験の適格性、
  (b) 鑑定資料の収集や保存の確実性、
  (c) 鑑定機器の動作性能、
  (d) 増幅したDNAを電気泳動にかけて得られるバンドパター
    ンのズレを許容できる範囲の設定、
  (e) バンドパターンからDNAの型を判定するマーカーの正確性、
  (f) 別人のDNAから得たバンドパターンが偶然に一致する頻度
    の認識などが審査されることになろうか。』

とあります。

 これはこのとおりだと考えます。ただし(a)~(c)はDNA型鑑定に留まらない科学的な鑑定に共通する考え方。(d)~(f)はDNA型鑑定に固有な内容で理解するには専門知識が必要です。
 よって、前半は鑑定プロセスの基準があれば、それに照らして判断できる可能性はあります。後半は専門性を必要とするので、にわか判断すら出来ないでしょう。

 鑑定プロセスを含め理論的に正確性を有する科学的原理を用いた場合は証拠価値を認めて良いと考えました。
 鑑定プロセスには、再鑑定・再々鑑定・・・に、異なる組織・集団で行われても、同一方法が再現できる十分な記録が残されるべきでしょう。同一結果が得られなければ証拠能力を欠きます。もちろん、鑑定対象となる試料も必要十分な条件で保管され続けることが不可欠ですし、試料を使い切ってしまうようなことがあってはいけません。

 この観点にたてば、少なくとも再鑑定を否定するような判断に疑義を覚えます。

 

 (3)に関して。(2)の延長線上にある、すなわち再鑑定・再々鑑定・・・に類似すると考えます。DNA型鑑定は、当事より現在の方法が格段の進歩を遂げています。とすれば、現在の方法で再鑑定する必要が生じます。もちろん、足利事件では現在の方法が決め手になったわけでしょうから、不幸中の幸いでありました。しかし、請求がなければ再鑑定が行われなかった可能性が大きい。

 この観点にたてば、新しい科学的原理が出現したら、精度が格段に向上したら、自動的に古い科学的原理を再検証する仕組みがあって良いと考えました。それが(3)を空文にしないために必要だと考えます。

 

 牛歩ですが、少しづつ整理を進めたい。

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