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2009年6月

2009年6月28日 (日)

音楽:神奈川フィル第254回定期演奏会

  指揮  金聖響
  演奏  神奈川フィルハーモニー管弦楽団

  曲目  武智由香 :オーケストラのための
            「Eaux Lumières Temps」(世界初演)
      ハイドン :交響曲第100「軍隊」
      ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」より
            前奏曲と愛の死
      ドビッシー:「海」
      ドビッシー:「小組曲」より小舟にて(アンコール)

  会場  横浜みなとみらいホール(2階5列12番)
  公演  2009年6月27日14:00~16:05(途中休憩15分)

 金聖響常任指揮者就任して2回目の定期公演。「横浜開港150周年」、今月は「横浜フランス月間」でもあります。ホールの目の前のパシフィコ横浜では「海のエジプト展」が本日開幕。横浜は賑やかです。

 プログラムは祝祭の雰囲気を漂わせる名曲コンサートの様相。最初と最後は「海」がテーマ。ワグナーは150年前の1859年に完成、横浜開港はそういう時代。ハイドンはペリー提督による日米和親条約、武州久良岐郡横浜村にて1854年を想起します。ちょっと無茶ですか。

 武智由香の新作は横浜開港150周年記念委嘱作品。中央にピアノ、その脇にチェレスタ、後方にマリンバ、ヴィブラフォン、ハープなどを加えた大編成。ヴィブラフォンを弓で擦っての発音を除けば、特異な奏法はなかったと思います。三部からなり15分強の演奏時間、全体を透明感を漂わす音色が支配し、静寂からクレッシェンドしてまた静寂に戻る、そこに清涼さも感じました。
 祝祭の華やかな雰囲気は希薄でしたが、50年後・100年後に向けて歩み続ける横浜の、海との共生による街づくりを暗示するように感じました。「むかし思えばとま屋の煙 ちらりほらりと立てりしところ(開港50周年記念・横浜市歌より)」。150年前に横浜に戻すことはできませんが、週単位ぐらいで変化を見ていると、この勢いで突き進むわけにも行かないだろうと思います。そういうことを感じさせる、新しい祝祭の音楽になったと思います。大編成ゆえ再演の機会は限られそうですが、何回か聴いてみたいものです。

 ハイドン、二管編成でメンバー半減のようにも感じます。ピリオッド奏法から繰り出される親しみやすい旋律は心地よく響きます。ほんとうに楽しい。

 ワーグナー、ドビッシーは、私にはかなり遠くの存在です。
 若い時にはワーグナーの重厚な音楽は聴くこともないと思っていましたが、最近は撤回しています。元気を貰える気がします。「前奏曲と愛の死」はそのような曲ではありませんが。
 ドビッシーの代表作とも言われる「海」、20世紀に入ってから作曲。現代曲、近代曲でしょうか。きらきらしている印象を抱きますが、受け止めるのはなかなか難しい。

 プログラムを通して時間の流れを考えていました。一人が100年を生きるのは難しいにしても、次世代に引継ぎ引継ぎ持続していく人の営みを。

 定期会員になって二回目の演奏会。神フィルは多彩なプログラムをしっかり演奏していると感じました。前回の「時計」に続いて「軍隊」、ハイドンは好きです。来年3月の定期で「ロンドン」が予定されますが期待しています。ワグナーやドビッシーはもっとCDを聴いておかなければ。
 演奏が終わると、金聖響は特に管・パーカッションを立たせて讃えていました。最後にコンマスも。良い関係が出来ていくと良いですね。

 

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2009年6月27日 (土)

白想:鵠沼辺り

 長谷駅に到着した電車は既に満員に近く、ホームで待つ多くの人の半分ほどを残して出発しました。次に到着する電車には乗れそうでしたが鎌倉駅の混雑を想像し、反対側のホームに移動して藤沢経由で帰ることにしました。

 電車が一駅目か二駅目に到着した時、その少女が乗車してきて私から少し離れた入口付近に立ちました。垣間見たその顔は外人かと思わせるつくりで目鼻立ちが涼しげでした。恐らく小学生か中学生か、その位の年頃です。

 既に横顔しか見えません。セミロングの髪の毛をポニーテールに束ね、前髪はピンで乱れないように押さえていました。Tシャツにベルボトムのジーンズで華美なところはありません。強いて変わっている所と言えば銀色のフラットシューズ、ジーンズの裾から見えるストッキングは白。

 視線を外に向けほとんど動きは無く、バレエのポジションをとっているようにも見えました。さわやかな立ち姿。

 立ち姿の美しい人を時々見かけますが、少女は既に身に付けているように感じました。天性のものでしょうか。

 私は、彼女が若きバレーリーナであると確信しました。そしてこれからレッスンに向うところであると。

 鵠沼駅で電車を降りた少女は、踊り終えて舞台袖に戻る踊り子のような軽やかな足取りで改札口に向かいました。いや舞台袖から中央に歩み出すところかも知れません。一陣のさわやかな風が通り抜けていったようでした。

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2009年6月26日 (金)

路上観察:鎌倉天園~葛原岡・大仏ハイキング(2009年6月20日)

 京急金沢文庫駅~金沢自然公園~天園~明月院~葛原岡~裏大仏~江ノ電長谷駅に至る約15Km、歩行時間4時間余りのウォーキングです。通常はJR北鎌倉駅を中間点にして天園コースと葛原岡・大仏コースの2コースに分かれます。いずれも鎌倉を代表するハイキングコースです。

 この日の目標は20Kmを歩くことでした。実は3月に右足第二指の付け根を骨折して、ようやく違和感が薄らいだのでどの程度歩けるかを確認したかったのです。骨折の原因ですって、こちらをご覧下さい。

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2009年6月23日 (火)

音楽:コムラード マンドリン アンサンブル 第37回定期演奏会

  指揮      飯塚幹夫・日高哲英
  演奏      コムラード マンドリン アンサンブル 

  会場      トッパンホール(E列22番)
  公演      2009年6月21日
  鑑賞      2008年6月21日15時~16時05分(後半のみ)

 

 昨年に続いて2回目の定期演奏会に出かけました。しかし、めったに予定などない私ですが、この日は横浜で別の予定が重なり残念ながら後半しか鑑賞できませんでした。後半の立派な演奏に接すると、返す返すも前半を聞き逃したことが悔やまれます。

 

 当日演奏された曲は次のとおりです。(5)以降が後半になります。

   (1) ファリャ・鈴木静一編曲
           :スペイン舞曲第1番~歌劇「果敢な人生」より
   (2) 日高哲英  :グリーンスリーブス変奏曲  
   (3) ファルボ  :組曲「スペイン」
   (4) 鈴木静一  :劇的序奏「細川ガラシャ」

   (5) ギターアンサンブル
     サティ   :君が欲しい(ジュ・トゥ・ブー)
     J.S.バッハ :シチリアーナ
     ルイスポピー:歌と踊り
   (6) 鈴木静一  :「ふるさと」をテーマとする主題と変奏
               マンドリン独奏:小野智明
   (7) 鈴木静一  :幻の国 ~邪馬台~

 

 11人のギターアンサブルによる三曲。プログラムでは「1'st Stage」「Guiter Emsemble Stage」「2'nd Stage」となっていて面白く感じました。縁の下の力持ちが主役になる一瞬なのでしょう。

 サティは歌詞付のシャンソン曲、ピアノ曲で聴く方が多いです。バッハはフルート曲、余りにも有名。ルイスポピは聴いたことがありません。
 ギターアンサブルの音色は暖かな感じですから、例えばシチリアーノの明確な輪郭は後退するような感じがします。しかし、それは曲の話であって、演奏は指揮者無しにも関わらず良くコントロールされていると感じました。

 

 「ふるさと」の旋律は面影程度にありました。曲は主題と変奏ですが、演奏形態は独奏マンドリンとマンドリンアンサンブルのための協奏曲と言って良いと感じました。ちなみに弦楽器のみの編成。
 失礼な表現ですが驚きました。主題と変奏と言えば技巧的な曲が多いように思います。この曲もその部類でしょうけれど、何と見事な演奏。素晴らしい独奏、アンサンブルも良くサポートしていました。アマチュア恐るべし。
 席の関係だと思いますが、コントラバスの音が良く響きました。

 

 「幻の国」は、管楽器・打楽器も加わったフル編成。一回聴いただけでメロディが記憶に残るわけではありませんが、聴いているときは「邪馬台」が浮かび上がってきました。標題付楽曲はそれに誘導される一面もありますが、この曲は自然とそのようなイメージにたどり着く感じです。
 鈴木静一作曲楽曲の全曲演奏を目指すこのアンサンブルのもっとも力の入るところでしょう。演奏は言わずもがな。
 ファゴットはともかく、コントラバスの音は相変わらず良く響きました。

 アンコール、良く聴く曲ですが名前を思い出せません。音楽だけでありませんけど、最近は物事を思い出せないことが多い。

 

 トッパンホールは座席数約400の良いホールだと思います。しかしアンサンブルの編成が50人規模なので少し小さいように思いました。前方上手側の席だったので低声部が強めに聴こえます。次の機会は遅刻しないで後方座席を確保しよう。

 直接・間接の関係者の皆様、巣晴らしい演奏をありがとうございました。改めて、後半しか聴けなかったことを本当に残念に思います。

 

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2009年6月17日 (水)

白想:常識って!?、足利事件、裁判員だったら(2)

 一次資料へのアクセスは重要ですが、なかなか敷居が高い。そこで今は『MCT118型DNA鑑定の証拠能力』を参考に私なりに考えを整理します。

 

 引用中の判旨を整理すれば次のとおりです。

  (1) その科学的原理が理論的正確性を有する
  (2) 具体的な実施の方法も、その技術を習得した者により、
    科学的に信頼される方法で行われている
  (3) その後の科学技術の発展により新たに解明された事項等
    を加味して慎重に検討されるべきである

 

 (1) に関して。『学説には、鑑定の原理や手法の妥当性が、所属する専門分野で一般的に承認されたものでなければならないとする立場もある』ようです。

 私は「公知であること」が、科学的原理が論理的正確性を有することの唯一の根拠と考えます。よって学説にとどまっていることが不思議です。
 その方法が公知であるならば、私に科学的・理論的な背景がわからなかったとしても、その方法を用いた結果を証拠採用して良いと考えます。

 この観点に立てば、足利事件における判断に疑義を覚えます。

 

 (2) に関して。引用中、評釈に『一般論としては、

  (a) 検査者の知識・経験の適格性、
  (b) 鑑定資料の収集や保存の確実性、
  (c) 鑑定機器の動作性能、
  (d) 増幅したDNAを電気泳動にかけて得られるバンドパター
    ンのズレを許容できる範囲の設定、
  (e) バンドパターンからDNAの型を判定するマーカーの正確性、
  (f) 別人のDNAから得たバンドパターンが偶然に一致する頻度
    の認識などが審査されることになろうか。』

とあります。

 これはこのとおりだと考えます。ただし(a)~(c)はDNA型鑑定に留まらない科学的な鑑定に共通する考え方。(d)~(f)はDNA型鑑定に固有な内容で理解するには専門知識が必要です。
 よって、前半は鑑定プロセスの基準があれば、それに照らして判断できる可能性はあります。後半は専門性を必要とするので、にわか判断すら出来ないでしょう。

 鑑定プロセスを含め理論的に正確性を有する科学的原理を用いた場合は証拠価値を認めて良いと考えました。
 鑑定プロセスには、再鑑定・再々鑑定・・・に、異なる組織・集団で行われても、同一方法が再現できる十分な記録が残されるべきでしょう。同一結果が得られなければ証拠能力を欠きます。もちろん、鑑定対象となる試料も必要十分な条件で保管され続けることが不可欠ですし、試料を使い切ってしまうようなことがあってはいけません。

 この観点にたてば、少なくとも再鑑定を否定するような判断に疑義を覚えます。

 

 (3)に関して。(2)の延長線上にある、すなわち再鑑定・再々鑑定・・・に類似すると考えます。DNA型鑑定は、当事より現在の方法が格段の進歩を遂げています。とすれば、現在の方法で再鑑定する必要が生じます。もちろん、足利事件では現在の方法が決め手になったわけでしょうから、不幸中の幸いでありました。しかし、請求がなければ再鑑定が行われなかった可能性が大きい。

 この観点にたてば、新しい科学的原理が出現したら、精度が格段に向上したら、自動的に古い科学的原理を再検証する仕組みがあって良いと考えました。それが(3)を空文にしないために必要だと考えます。

 

 牛歩ですが、少しづつ整理を進めたい。

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2009年6月14日 (日)

美術:東京都現代美術館「+/-」

  会期    2009年4月24日(木)-6月21日(日)
  会場    東京都現代美術館
  開館時間  10時00分-18時00分(入館は閉館の30分前まで)
  入場料金  一般 1000円
  鑑賞日   2009年6月7日
  公式HP  http://www.ryojiikeda.mot-art-museum.jp/

 

 正式な展覧会名は「+/- [the infinite between 0 and 1] Ryoji Ikeda」で良いと思います。
 「Ryouji Ikeda」は池田亮司、電子音楽分野の作曲家/アーティスト。パフォーマンス集団「Dumb Type」のメンバー(過去はそうであった、現在は未確認)。

 作品の主体は大型のオーディオ・ビジュアル・インスタレーション。数学的に処理された無彩色の数字の羅列と電子音。生理的に受け入れるか排斥するか。私は受け入れました。

 ここに展示された数字によるビジュアルは、非常に大型の画面のこともあって、床に座ったり壁に寄りかかったりしての鑑賞になります。何かその空間に包み込まれるような感じがしてゆったりした心持になります。多くのオーディオ・ビジュアル・インスタレーションでは、何か鼻につく、違和感を感じることが多いのです。が、それは感じませんでした。

 それならば判るか判らないか。私は判りませんでした。判らないから作品が悪いと言うつもりはありません。作品を受け入れつつも何か判らないと言うだけです。どうしたらより良い鑑賞ができるか、今後の課題です。

 他に、超指向性スピーカ5台からなる音場。野球のホームベースの各々の角にスピーカーが配置され、4台が相対して、もう一台がそれに直行して配置されています。各々にスピーカら発する正弦波音が干渉し相殺したりして、移動するにつれ聴こえ方が変化します。物理的に理解できますが、その先は。

 

 1997年9月に神戸新開地にて、池田亮司がメンバーの一員である「Dumb Type」のコンサート「OR」を聴いた感想を某所掲示板に次のように書きました(一部)。

 「体育館の様な空間に聴衆は200人強程度と思えました。空間の一方にスクリーンが、その両脇にミキサーやシンセサイザー等のディジタル音響機器が用意されています。スクリーンに心拍を思わせる波形を描くオシロスコープの画面が写し出され、心拍を思わせる音響が流れて演奏が始まりました。何拍目かにハム音(音響機器の調整中などに発生するブーンと言う音)が混ざるようになって、音楽が展開していきます。自分の身体が共鳴するような大音響も混ざって、これが今風の音楽なのかと思ってしまいました。10分程して、これは演奏会なのだと初めて気がつきました。この時まではまだパフォーマンスが展開されると思っていたのです。
 さて、この後の音楽の展開をうまく説明できません。スクリーンにヨーロッパを感じさせる山を正面に見ながら車が疾走する部分なども写しだされるのですが、演奏をどう説明したら良いか判りません。全体的にメロディラインが希薄で、と言ってもあまり否定的な意味で希薄といっているのではないのですが、もっぱらリズムの変化が楽しめました。私にはパーカッションの演奏の様にも思えました。」

 若い人に混じってオールスタンディングのコンサート。「Dumb Type」はパフォーマンス集団と認識していたので、途中まで誤解に気付いていません。めったに接することも無いのですが、10年を経過して進歩していないと感じました。

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2009年6月10日 (水)

路上観察:童謡「赤い靴」

 一月ほど前、静岡県の日本平に立ち寄りました。「赤い靴」に日本平は関係ないだろと思われる方、それまでは私だって関係ないと思っていました。と言うより「赤い靴」は横浜山下公園の「赤い靴」像しか知りませんでした。

 日本平山頂からの景色は多少かすんでいましたが見事。富士山から視線を右下に移してくると清水市街、その向こうに三保の松原、まさにペンキ絵。決して悪口ととらないで下さい。そこまで日常化した日本を代表する風景だと思ったのです。
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 山頂から少し降りたところに「赤い靴」像がありました。像の脇に「赤い靴をはいていた女の子を尋ねて」と題したプレートがあります。それによれば、女の子のモデルは静岡県清水市有渡郡不二見村出身の岩崎かよの娘・きみ。薄幸であった親子を不二見村を見下ろす日本平山頂にて相合わせようと考えた、とありました。
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 横浜山下公園に「赤い靴」像があります。こちらの像は女の子だけ、港に向うようにして置かれています。作詞:野口雨情、作曲」本居長世の童謡「赤い靴」があって、それを具象化した像であると、勝手に考えていました。

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 「一を聴いて、十を知らない」、最近つくづくそう思います。そうかと言って何もかも知り尽くせるわけで無し、大きくは好転しないまま時間は過ぎていくかと。「赤い靴」像からそんなことを思いました。

 蛇足ですが、横浜山下公園には童謡「かもめの水兵さん」の歌碑もあります。昔は、港に物語を生み出す雰囲気が漂っていたのでしょうね。
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 折りしも横浜開港150周年、長かったのか、つかの間のことだったのか。童謡が生まれる雰囲気は無くなったと私は思います。もし横浜を訪れる機会があれば、横浜山下公園の「赤い靴」像、「かもめの水兵さん」歌碑にも足を向けてください。

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2009年6月 7日 (日)

白想:常識って!?、足利事件、裁判員だったら

 「足利事件」で、無期懲役が確定、服役中のSさんが釈放されました。DNA再鑑定で無罪の可能性が高まったと判断されたためとのこと。既に多くの報道等により承知しているでしょう。

 DNA型鑑定結果が証拠能力ありと最高裁で初めて認められた「足利事件」。皮肉にも事件当時より格段に進歩したDNA型鑑定による再鑑定は、当初鑑定結果を覆す結果となりました。再鑑定結果は自白を否定することにもつながり、有罪を導いた2本柱は崩れ去りました。報道等を概観してこのような経緯と認識します。

 さて、もし「足利事件」が裁判員制度発足後に発生していたら、裁判員はこの事件をどう審理するでしょうか。もし裁判員の一員だったらどのような心構えで望むべきでしょうか。

 何冊かの本を読みながら、事実を真摯に追求することが必須。事実の連携に矛盾があれば「疑わしきは被告人の利益に」を実践すること、それが基本だと認識しています。
 「疑わしきは被告人の利益に」の中に、特に検察側の説明が理解できないことを含めて良いでしょう。

 「足利事件」においてはDNA型鑑定という新しい科学の成果が使われました。
 DNA型鑑定の当時の精度は「1000人に1・2人」だったそうですが、これでひとりを特定できると言えるか。それ以前に、鑑定に至るプロセスを含めて使用した試料の扱いはどうだったか。他の鑑定を否定して、自らの鑑定を肯定できる根拠は何か。

 これは感性ではなく、科学やその他の学術知識、それらの応用に類することです。私はDNA型鑑定について何も知らないに等しい。限定された場所でリアルタイムに判断しなければならない事柄としてあまりにも複雑です。時間をかけて多少の知識が増えたとしても、大きく状況が変わることはないでしょう。

 科学が前面にでると一般的には惑わされやすい。DNA型鑑定結果の判断は審理の一部ではあるけれど、科学が示した事実に全体が影響されやすいと想像します。これは裁判員だけに言えることか、多くの職業裁判官にも言えることなのか、どうでしょう。

 判らないことを判らないと言えること。特に裁判員の立場であれば「判らないことも被告の利益に」を常識にしたいと思います。その実行が相当に難しいだろうことも承知していますが。如何でしょうか。

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2009年6月 1日 (月)

読書:最近の読書から(2009年5月)

1.『多読術』
    松岡正剛著、ちくまプリマー新書106、800円(税別)

2.『「戦地」派遣』
    半田滋著、岩波新書・赤1175、780円(税別)

3.『裁判官はなぜ誤るのか』
    秋山賢三著、岩波新書・赤809、700円(税別)

4.『法とは何か・新判』
    渡辺洋三著、岩波新書・赤544、780円(税別)


1.『多読術』

 1300夜まで進んだ(2009.5.29現在)「松岡正剛の千夜千冊」を参照しても、質量ともに私の及ぶ世界ではない。しかし多少でも私の読書をより良くするヒントがあるか。

 「読書は大変な行為だとか崇高な営みだとか思いすぎないこと」、これは自信あり。「読書って二度するほうがいいんです」、最近そう思うようになった。幼児期・青年期の環境はその後に大きな影響を与えるだろうが、私にはいまさらどうしようもない。

 「理解できるかどうかわからなくとも、どんどん読む。読みながらチェンジ・オブ・ペースを発見していく。敵ながらあっぱれだと感じるために本を読んだっていい。むしろそういうことをススメたい」、そういう方向性は多少持っているように思う。

 まね出来ないことが多いけど、既に実行したのが鉛筆によるマーキング。2mm太のシャープペンを2本購入、携行している。心情的に本に書込みしたくはないが、鉛筆によるマーキングが他に比べて手っ取り早いのは確か。

 読書好きは自分なりの方法を持っていると思う。しかし、たまには寄り道して他人のそれを覗き見るのも面白い。私の及ぶところではないと再確認するのみだが、それでも読書をやめようとは思わない。

2.『「戦地」派遣』

 自衛隊の海外活動は1991年の掃海艇ペルシャ湾派遣から始まる。2004年イラク特措法を根拠に戦火くすぶるイラクに陸上自衛隊が派遣された。

 著者は東京新聞勤務、1992年から現防衛省取材を担当。海外活動に至る政治的駆け引きや現地での活動を描き出す。

 例えば、活動地域がサマワに選定された理由を、①フセイン政権に捨て置かれ、支援を受け入れる下地があった、②サマワ総合病院は日本のODAで建てられ、日本との関わりが深かった、③クウェートから近く、補給の心配がなかった、と分析する自衛隊幹部の見解。こうした事情から「人道復興支援活動」がイラク復興のためではなく、米国に対するアピールとして居続けることに目的があったことは明白だろう、と言う。

 現地では迫撃弾・ロケット弾攻撃にさらされた基地、襲撃された陸自車両。陸自撤収後の航空自衛隊の空輸活動は、その後エスカレートしている。

 報道により断片的な情報を認識するが、ここに書かれたことは概ね真実だと判断する。「バクダッド空港と言う非戦闘地域」などという為政者。無理が通れば道理が引っ込む図式を認識しない。いや認識したうえでの発言だろう。読了しての総括である。多くの人に読んで頂きたい。主義主張は脇において、事実確認が始めになければならない。

3.『裁判官はなぜ誤るのか』

 裁判員制度は「国民の視点、感覚が、裁判の内容に反映され、その結果、裁判が身近になり、国民のみなさんの司法に対する理解と信頼が深まることが期待される」ということ。素直に解釈すれば、現状は国民の視点、感覚とかけ離れた判決に至ることもあり、その結果、国民の司法に対する理解と信頼は深まらない場合もあるということか。究極は誤判・冤罪か。

 26歳から50歳までを裁判官、1991年に退官して弁護士を始めた著者が、誤判・冤罪の背景に何があるかを探る。前半で裁判官と市民の距離、選任・要請システム、刑事裁判官の立場と悩みなどに触れる。エリートゆえに世間から遠い世界に住む裁判官の話は興味深い。

 中半以降、徳島ラジオ商殺し、袴田再審請求、長崎(痴漢冤罪)事件に触れる。なぜ冤罪が生まれるか。その背景に納得がいく。職業裁判官や検察官はどう思うのか。対峙する見解があれば知りたい。

 最終章、「裁判で証明されるべき事実とは何か」「疑わしきは被告人の利益に」「市民井開放された司法は実現できるか」「職業裁判官に対する十戒」。

 裁判関係者は、誤判・冤罪を生み出さないために、社会正義の発露を前提にしなければならない。裁くも裁かれるも同じ国民。多くを学んだ。

4.『法とは何か・新判』

 冒頭の一文を読めば、本書を貫くものが何か判る。「法の精神とは、一言で言えば、正義である。それゆえ、法と何かという問いは、正義とは何か、という問いに置きかえられる。・・・だから、法を学ぶ者は、正義を求め、正義を実現する精神を身につけなければならない」。

 構成は、「法とは何か」「法の歴史的変動」「現代日本の法システム」「国家と人権」「法の解釈と裁判」「国際法と国内法のはざまで」と広範だが、法を概観するには最適だ。文書の端々から正義が滲み出ている思いがする。

 本書は1979年出版の「法とは何か」を1998年に改めて「新版」としたものである。それも10年を過ぎた。例えば、「日本は、国民が裁判に参加していない、めずらしい国である」と指摘するも、裁判員制度に言及されているわけでない。著者の裁判員制度に関する見解を聴きたいが、それは適わない。

 裁判員に選ばれる可能性は低くない。あるいは、意に反して容疑者になることだって有り得ないことではない。法の精神は正義、心に留めよう。

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