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2009年5月24日 (日)

白想:常識って!?・裁判員制度

 2009年5月21日に裁判員制度がスタートしました。付焼刃ですが少し調べたりしています。常識に成り得ていませんが次のようなことを考えています。  

 

 裁判員制度が開始されるにあったての法務大臣談話の一部。『この制度は、国民の皆さんから選ばれた裁判員の方に、裁判官と一緒になって、被告人は有罪なのか、有罪ならどのような刑にするのかを決めていただく制度です。』

 推定無罪の観点から言えば、被告人はなぜ無罪でないか、と言う方が正しいように思います。意図するところは同じかも知れません。しかし、合理的な疑いを入れない程度に証明されない限り無罪なのですから、無罪を起点に物事を考える必要があると思います。

 

 同じく法務大臣談話の一部。『この制度により、皆さんの視点や感覚が裁判に反映され、司法が身近になり、司法に対する理解や信頼が深まることが期待されます。』

 司法が身近になるということは一部肯定できます。私は裁判関係の何冊かの初歩的な書籍を購入しました。今2冊目の読了に近づいています。裁判員制度がきっかけとなっったのは確かです。しかし、裁判に近づきつつあっても、司法全体が身近になったとは思っていません。

 裁判員制度の対象となる事件も司法を身近にするとは言い難いものがあります。職業裁判官の判断の方が適切だと思えます。でも、なぜ裁判員制度が生まれたか、それ以前の問題点をはっきりさせていないように思います。

  裁判員の視点や感覚が裁判に反映されたとしてそれは何を解決するものか、職業裁判官に不足するものがあるとすればそれは何か。特に後者がよく判りません。いずれにしても、疑わしきは容疑者の利益に。それが後退してはいけないでしょう。

 今後、三権分立におけるの司法の役割なども再確認する必要があるように思います。立法府・行政府に対して互角でしょうか。腰が引けていないでしょうか。

 

 法務省HPの一部。『国民が裁判に参加する制度は、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリアなど世界の国々で広く行われています。』

 参加するという部分は同じかもしれません。表決方法など、他の部分は異なるようです。参加するとの部分で制度全体が同じとは思えません。誤解を与えなければ良いですけど、与えてしまいそうです。

 

法務省裁判員コーナー
法務大臣談話・裁判員制度スタート!
日弁連裁判員制度

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