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2009年1月

2009年1月26日 (月)

白想:旧暦元旦

 2009年は1月26日が旧暦元旦、横浜中華街には春節の飾りが施されています。馬祖廟には、いままでに見たことが無い太い長い線香が供えられていました。
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 中国の正月と言えば、獅子舞や雑技とともに「石田幹之助著・長安の春・東洋文庫91」が思い浮かびます。

 「陰暦正月の元旦、群卿百寮の朝賀と共に長安の春は暦の上に立つけれども、元宵観灯の節句の頃までは大唐の都の春色もまだ浅い。立春の後約十五日、節は雨水に入って菜の花が咲き、杏花が開き、杏花が綻ぶ頃となって花信の風も漸く暖く、啓蟄に至って一候桃花、二候棣棠(たいたう)、三候薔薇(しゃうび)、春分に及んで・・・・・」。

 私の理解は深いもので有りません。それでも美しい日本語により長安の春を目の当たりにする思いがします。唐詩「韋荘・長安の春」に続く書き出しは、読んでいて心浮き立つ感じがします。

 仕事で長安(現西安)の北30Kmほどの咸陽に3ヶ月滞在したことがあります。咸陽は秦の始皇帝の都、北側の台地に転々と漢代の王陵が、最も東側に劉邦陵、最も西側に武帝陵。中国歴史が目の前に広がっている感じです。思えば1980年から1981年にかけてのことですから、もう古い話ですが。「長安の春」などを読んでいたし、その頃は中国への旅行も制約があったようですから、ある意味幸運でした。

 滞在中に春節を迎えました。夜中、宿舎から1Kmほど離れた咸陽の町から爆竹の音が響いてきました。爆竹の破裂音で邪気を祓い、新年を祝うと聴きました。元旦の朝は餃子が供されました。副食でなく主食として、お皿一杯に。 

 実は25日に夫婦で散歩の途中に香港路のB園で昼食をとりました。わき道の小さな構えの店ですが、壁には横浜ベイスターズの選手や有名人の色紙が張り巡らされています。季節料理として大根餅、B園では今の時期だけだとか。日本のお好み焼きのようですが、細かい干し肉が中に入っただけの素朴な料理です。見栄えも美しいとは言えませんが、でもおいしかった。春を祝う伝統の料理で、日ごろは贅沢し過ぎているかとの思いに至りました。

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2009年1月24日 (土)

読書:最近の読書から(2009年1月前半)

1.『正倉院』
    杉本一樹著、中公新書1967、800円(税別)

2.『東京奇譚集』
    村上春樹著、新潮文庫、400円(税別)

3.『好戦の共和国アメリカ』
    油井大三郎著、岩波新書1148、780円(税別)

 

1.『正倉院』

 後書きに「正倉院事務所の若い人が使える教科書のようなものを意識、ただし学術的には不十分なものとなった。読み物として気楽にお読みいただければ」とある。
 毎秋開催される正倉院展に10回ほど出かけた。展示品を観ていると、なぜ1200年の長きに渡り多くの宝物が守られたかと疑問も沸き起こる。その背景をもう少し知りたい。しかし本書は気楽に読めない。私の知識の浅さの問題に帰するのだが。歴史に通じないと、豊富な内容は理解が進まない。
 それでも断片的な知識を得た。例えば「蘭奢待」という香木にまつわる歴史。実物を目の当りにしたこともあり興味を惹く。一部を切り取った権力者の名を記した付箋が貼られている。足利義政、織田信長・・・。徳川家康については議論があったようだが、結論は本書を一読願う。
 気楽に読めたら本当に楽しいだろうと思う。少しづつ進もう。

2.『東京奇譚集』

 村上春樹は5・6冊目。昨秋、電車に乗る前にふと手を出したのが最初。いずれも物語りの世界に自然に入り込めた。技術文書を思わせる簡明な文体。心をくすぐるこだわりのグッズ。短編でも長編でも、展開される世界の面白さは言うに及ばない。ただし、どこかにこだわると深みにはまり込みそうだ。その場合、とりあえずさりげなく通り過ぎる。いつか後戻りする日も来るだろ。中編・五編で構成される本書も、決して例外でない。
 「ハナレイ・ベイ」。サーファーで19才の息子が、さめに足を食いちぎられて他界する。知らせを受けた母・サチは飛び立つ。その後毎年、その時期に現地を訪れる。ある時、日本人の無鉄砲な二人の若者の世話をすることに。そして、二人が片足のサーファーを見かけたと。サチは自分になぜ見えないかとベッドで涙する。心情が痛いほど判る。
 「偶然の旅人」。ピアノの調律士をしている彼は、ゲイであることをカムアウトしたために姉の縁談がご破算になりそうに。それが契機で姉と疎遠になる。あることをきっかけに10年ぶりに姉に電話する。姉は今からそちらに行くと。何があったのか。
 他に「どこであれそれが見つかりそうな場所で」「日々移動する腎臓のかたちをした石」「品川猿」。前二者に比べて作為が強すぎるか。いや奇譚集なのだ。

3.『好戦の共和国アメリカ』

 「黒人のアメリカも、白人のアメリカも、ヒスパニックのアメリカも、そしてアジア人のアメリカもない。あるのはアメリカ合衆国だ」。2004年7月27日、民主党大会でのオバマ(現大統領)演説の一節。アメリカを世界に置換できないものか。世界の紛争の多くにアメリカが関係している。
 私は近代史の範疇、せいぜい第二次アジア・太平洋戦争以降で基礎知識を得たいと思ったが、著者は植民地時代から始める。そこを起点にしないと、アメリカの好戦性は説明できないと主張する。確かにアメリカの歴史は領地拡張の戦争に始まる。西部開拓は、視点を変えれば原住民、弱者阻害の歴史でもある。
 「第5章パクス・アメリカーナと局地戦争」で朝鮮戦争とベトナム戦争。そして、「第6章ポスト冷戦下の民族・宗教戦争とアメリカ」で湾岸戦争と対テロ戦争を取り上げる。近代史に該当するページは三分の一。
 「アメリカはなぜ好戦的なのか、デモクラシーの先駆者を自負するのに・・・」。2002年のブッシュドクトリンは、デモクラシーの先駆者であるがゆえに好戦的になると理解される、と著者は考える。
 多様な価値観をまず認めないと。アメリカの役割は大きいし、新大統領への期待も大きい。

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2009年1月18日 (日)

白想:断頭台への行進

 物騒なタイトルですけど「ベルリオーズ・幻想交響曲」中の第4楽章の標題です。
 用有りで、散歩がてら横浜駅西口のパソコンショップ・書店・レコード屋(CD屋)を巡りました。「断頭台への行進」をレコード屋で耳にしました。

 実験用のパソコンが壊れたので新しいものを購入しようと思いパソコンショップに寄りました。いろいろ知識を深めるために手を加えるためのパソコンで、常用するわけでありません。急ぎ購入する必要もありませんので見当をつけて店を後にしました。詳細な仕様を確認するのはインターネットの方が確実かも知れません。ついでにネットショップで買うことになるかも知れません。

 本屋では「いのちなりけり・葉室麟・文芸春秋」「納棺夫日記・青木新門・文春文庫」を購入しました。
 「いのちなりけり」はブログ「風の便り・夏」の紹介で興味を抱いたもの。少し読み始めましたけど後を引くので一旦やめます。読みかけがありますのでその後にします。
 「納棺夫日記」は今朝(2009年1月18日)の朝日新聞・朝刊の読書・売れてる本欄の紹介。「映画・おくりびと」の発案者にして主演の本木雅弘が読んでいたとのこと。私は15年ほど前の初刊で読みました。文庫になっていることを知り、しかも増補改定版とのことで購入しました。暫くしてから読みます。
 ネットショップで本を購入することもありますが、技術書を除けばまだまだ書店で購入する方が圧倒的に多い。品定めする楽しみはなくして欲しくないですね。

 レコード屋にいったら、以前から在庫一掃セールをしていましたが棚のCDが大分少なくなりました。どうもクラッシックコーナーをたたむようです。欲しいCDが無いと言うだけでなく、クラシックコーナーの体をなしていませんでした。私の知る限りで、横浜駅周辺に充実したクラシックコーナーを持つレコード屋がなくなりました。ファンが少ないこともありますが、種々のメディア・販売形態ができて成り行かなくなったのでしょうか。これからは東京に出向くか、ネットショップで購入することになりそうです。
 流れていた音楽が「断頭台への行進」。単なる偶然、それとも店員さんのブラックユーモア、あるいは惜別の念でしょうか。

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白想:セザンヌの塗り残し

 「横浜美術館・セザンヌ主義展」に、散歩途中で立ち寄りました。2日と14日。「セザンヌ主義展」はこれで3回目になります。

 初回は全体を丹念に見ましたが、2・3回目は人物画を主体に見ました。、特に「青い衣装のセザンヌ夫人・ヒューストン美術館蔵」と「縞模様の服を着たセザンヌ夫人・横浜美術館蔵」の前で暫く足を止めます。制作年は、「青い衣装」が「縞模様」の5年後になります。

 この二作品は隣同士に展示されています。なにか絶対に隣同士に展示するという強い意識が存在するように思います。無意識に展示されることなど無いでしょうけど。

 「縞模様」は横浜美術館の常設展示ですから既に数十回は見ています。重厚な印象です。絵の具が厚く塗ってある訳ではありませんが、色調や背もたれ椅子によりかかったポーズなどから、そのような印象を受けます。

 「青い衣装」もモデルの表情は硬いものの、少し軽やかな衣装、背景、色調などから、セザンヌがイメージできます。

 ところで「セザンヌの塗り残し」、気の利いたフレーズが私の口から出るわけはありません。「洲之内徹著・セザンヌの塗り残し・新潮社」からの借用です。美術に関するエッセイ集、各テーマは10ページほどにまとまっています。書名であり、あるエッセイのテーマが「セザンヌの塗り残し」。

 「この前の、セザンヌ塗り残しの話、面白かったですね」「僕が言ったの?何を言ったっけ」という前置きがあって、言ったとすれば、こういう風に言ったはずだ、と。

 「つまり、ゼザンヌが凡庸の画家だったら、いい加減に辻褄を合わせて、苦もなくそこを塗り潰してしまったろう。凡庸な絵かきというものは、批評家も同じだが、辻褄を合わせることだけに気を取られていて、辻褄を合わせようとして嘘をつく。それをしなかった、というよりもできなかったということが、セザンヌの非凡の最小限の証明なんだ」・・・

 「私はまた、この頃、眼の修練ということを考えている。絵から何かを感じるということと、絵が見えるということとは違う。これまた、これだけでは到底わかってもらえそうもないが、私が身にしみて感じる実感なのだ」

 この本は昭和58年1月発行、直後に一読したと思います。西暦で言えば1983年発行、四半世紀が過ぎました。少し洲之内徹の考えが感じられてきました。言った本人が忘れているようなことですが、何か重みを感じます。理解できたとは思いませんが。

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2009年1月12日 (月)

路上観察:下田水仙ツーデーマーチ・第2日(2009年1月11日)

 ツーデーマーチ参加者は背中のゼッケンに、居住県・名前・コースなどを書きます。歩きながら他人のゼッケンを眺め、どこから来ているか確認しました。南は宮崎、長崎、佐賀、岡山、京都。北は北海道札幌、岩手、山形、福島。日本海側は石川、富山、新潟。関東圏は省略。他にも各地から多くの方が参加していると思います。

 さて前日に引き続き天気快晴、しかし風強し。それでも陽があたっていれば汗ばむほど。多少の筋肉痛を感じながら2日目も23Kmコースを選択。
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 9時10分前、勇壮な下田太鼓に送られ多くの方と共に私たちも「道の駅・開国下田みなと」をスタートしました。下田名所・寝姿山の西麓を登り、北面を移動します。ロープウェー・寝姿山より大分北を通ります。

 10時少し前、最高点あたりからは南を望めば、下田の町から太平洋が鮮やかに見えます。東を望めば伊豆大島が手に取れるような近さで横たわります。寝姿山の東麓を、一旦、平坦な国道135号まで下ります。そのまま国道を横切り須崎へ向います。
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 10時25分、玉泉寺到着、幕末開国の歴史の中心舞台、日本最初の米国総領事館。寺内にハリス記念館がありますけど素通り。海べりから小高い丘の上を岬の先端の恵比須島に向います。
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 11時10分、恵比寿島到着。風が強くて波をかぶるかも知れないとの注意がありましたが、せっかくですから橋を渡って島を一周しました。逆光に沖行く船がシルエットで浮かび上がります。先端の少し小高いところに「若山牧水」と「エリカの咲く岬・松山恵子」の碑がありました。
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 私の場合、エリカと言えば「エリカの花散るとき・西田佐知子(昭和38年)」です。エリカの花を知りませんでした。調べたらかわいい花ですね。

 11時40分。須崎漁民会館で小休止、今日も大変おいしい豚汁のご接待を頂きました。講堂で何かお話をしているようでした。「ウォーカーは何でそんなに先を急ぐのか」と聞こえてきました。同感、少し反省。水仙の名所・爪木崎に向います。
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 12時30分、爪木崎駐車場付近到着。観光地で多くの人がいました。

 ここでミスコースをしました。ツーデーマーチの冠にもなっている水仙の爪木崎をショートカットしてしまったのです。案内の方がいたのかいないのか、コース案内があったか見落としたのか。先に進んでからおかしいと思ったのですが、後戻りする元気もありませんでしたから、来年のお楽しみとしました。

 13時30分、チェックポイントの外浦到着。暖かいお茶とみかんのご接待を頂きました。みかんが甘くておいしかった。海の向こうに伊豆大島、砂浜にどんどん焼きの準備。火のついたところを見たいものです。すぐに国道、あとはゴールに向ってまっしぐら。
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 14時10分、ゴール。一部ミスコースもありましたが、23Km弱を約5時間で無事に踏破。久しぶりの長距離ウォーキングにしてはまずまずの結果です。

 私の場合、筋肉痛が足首、右ひざ内側、腰の上部。左右の足、親指の付け根に500円玉程度の豆ができました。足元の支度を少し見直そうかと。

 次回は2月14・15日の河津桜ツーデーマーチにエントリーしようかと思案中です。

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路上観察:下田水仙ツーデーマーチ・第1日(2009年1月10日)

 天気快晴。小春日和の形容はおかしいのですが、一足早い春と言うのも何となく当日をうまく表現できていません。歩いていると汗ばむほどの暖かな一日。まさにウォーキング日和。

 第11回下田水仙ツーデーマーチは、1月10・11日、伊豆急下田駅近くの「道の駅・開国下田みなと」をスタート・ゴール地点にして開催されました。第1日の距離は30Km、23Km、10Kmの3コース。

 暮れに参加を思いついて年明けに段取り。夫婦で参加、昨年は長距離ウォークに参加もしませんでしたので、手堅く23Kmコースを選択。多少上部が切れていますけど当日のコースを。
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 9時40分、小中学生(?)の奏する朝日太鼓に送られ、多くの方に紛れて私たちもスタートしました。
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 前半は石廊崎方面に向う国道136号を縫うようにしてわき道を進みます。途中、立派などんどん焼きの準備がなされていて、ここらでは地域のつながりがまだまだ強いのかと思いました。この後もあちらこちらで見かけました。
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 12時10分、10Km地点の弓ヶ浜海水浴場到着。ごみ一つ落ちていないきれいな砂浜、逆光にきらきら輝く海。ホット一息。豚汁のご接待を頂きながら昼食。多くの皆さんもここで昼食。
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 12時30分、弓ヶ浜海水浴場出発。ここからゴールに戻るまでの行程で伊豆を満喫します。まず、小さな昇り下りを続けてタライ岬へ。太平洋に突き出たこの岬は180度の視界が開けます。とてもカメラには収まりきらないワイドビュー。これほど美しい光景はなかなか見られないと思いました。幸運の一言。
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 名前の判らない砂浜で女性が一人で波乗りをしていました。
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 13時20分、田牛海水浴場通過。吉佐美大浜海水浴場通過。
 14時30分、和歌の浦遊歩道到着。暖かな一日ですが、向きによっては風が強く、遊歩道の一部は波に洗われていました。波の引いた隙に急ぎ足で通り抜けます。それも楽しさでしょうか。
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 遊歩道を過ぎれば下田の町に入りゴールも間近。旗艦サスケハナを率いて太平の眠りをさましたペリー提督のモニュメントが。
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 15時20分、ゴール。
 昼食・小休止で30分ほどを費やしました。正味歩行時間は約5時間10分。時速4.5Kmほどで歩き通せたのは、久しぶりのウォーキングにしてはまずまずの結果です。もちろん早く歩くことが目的ではありません。

 適当に休憩すれば良いのですけど、途中のチェックポイントが一箇所でペースが掴み難い。チェックポイントが10Km地点で、残り13Kmの行程が随分と長く感じました。

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2009年1月 6日 (火)

美術:そごう美術館「白洲次郎と白洲正子」展

  会期    2009年1月2日(金)~1月22日(木)
  開館時間  午前10時~午後8時、最終日は午後5時閉館
        入館は閉館の30分前まで
  休館日   会期中に休館日無し
  入場料金  一般 1000円
  鑑賞日   2009年1月4日
  公式HP  http://www2.sogo-gogo.com/common/museum/

 大分前のこと、20歳代後半に白洲正子の著書を何冊も読み美意識の一端を垣間見ました。以来、白洲正子の世界に興味を持っていました。白洲次郎は名前を知るのみでした。暮れに旧白洲邸・武相荘に出かけようと思ったら一足先に年末年始の休館に入っていました。そのような訳で、この展覧会はまさにグッドタイミング。

 散歩がてら横浜駅東口そごう百貨店内のそごう美術館に出かけました。どのような方が鑑賞に来られるか興味あるところでしたが、私の出かけた1月4日昼前は年配の女性が多いと感じました。

 展示は大雑把に言えば前半が白洲次郎に関するもの、後半が白洲正子に関するものでした。そして武相荘(旧白洲邸)の一室、食卓の再現で二人の暮らしぶりが紹介されています。

 白洲次郎に関するものでは、昭和天皇の署名入りのポートレートや吉田茂と一緒に写った写真、日本国憲法のドラフトなど、敗戦後の日本の復興の最前線で奔走していた様子が判ります。背景に、若き日の英国ケンブリッジ留学、そこで英国風のマナーと教養を身につけたカントリーボーイであったことも興味深いものです。白洲次郎に関する知識は持ち合わせていませんでしたが、少し興味がわきました。

 白洲正子に関するものでは、身につけた和服や朱と黒を塗り分けた片身替り盆などが目に付きました。しかし、個人蔵と記載された作品が多く、どういう関係なのかが判りにくい。もちろん、白洲正子が愛したものであることは想像に難くないのですが。

 しかし、それらはある意味で抜け殻、一抹の寂しさも感じられます。少し暖かくなったら武相荘に出かけましょう。違った一面が見られるかも知れません。

 どちらかといえば白洲正子に惹かれて出かけたのに、白洲正子からは一抹のさびしさを感じ、白洲次郎に少なからぬ興味を抱きました。ゆるゆると、二人の本を読んでみようかなどと思いました。

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2009年1月 4日 (日)

路上観察:箱根駅伝復路(2009年1月3日)

 今年の箱根駅伝は東洋大学の初優勝で幕を閉じました。東洋大学の選手、関係者の喜びは一入でしょう。継続は力なりを見事に証明しました。何の縁もありませんが、その快挙に祝意を表します。

 そして、参加22大学と参加できなかった数多くの大学の選手は既に練習を開始したでしょうか。鬼に笑われてもまた来年を勇姿を待っています。ところで、例年に比べて応援する人の数が多かったように思います。不景気の影響かと思ってしまいました。

 私は選手の勇姿を記録に留めようと、またカメラ持参で応援に出かけました。位置取りはまあまあ、250mmのズームレンズの焦点を変えながら何枚も撮影しました。その中から通過順に紹介します。1位東洋大学、2位早稲田大学、3位日本体育大学。このままの順位でゴールしたことは皆さんご承知でしょう。
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 何をやるのも難しいですが、写真を撮るのも難しいですね。ディジタルカメラで何枚も取れますし、後からトリミングもできますので、中には見られる写真はありますけど。報道写真を見て、プロは流石だと思います。

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2009年1月 3日 (土)

読書:最近の読書から(2008年12月)

1.『お遍路さん』
    加賀山耕一著、平凡社新書、740円(税別)

2.『夢で会いましょう』
    村上春樹・糸井重里著、講談社文庫、448円(税別)

3.『四国遍路』 (再読)
    辰濃和男著、岩波新書727、700円(税別)

4.『宮本輝全短編 上』
    宮本輝著、集英社、2500円(税別)

 

1.『お遍路さん』

 四国八十八ヶ所の霊場を巡る遍路の旅。いつかその一人に成りたいと淡い思いを抱く方は少なくないだろう。
 1200Kmほどの行程、歩きなら40日ほどの日程を要することはすぐ判る。しかし、1200Kmを歩き通すという非日常、加えて食べる・寝るをどうするか。多くの人との出会い、ご接待。著者自らの体験から一つの見方を提示する。より良い生を求める旅は、最低限の生を確保することから始まる。そういう心構えの一端が本書から得られる。
 四国遍路を具体化させようと思う方に一読をお勧めする。

2.『夢で会いましょう』

 村上春樹・糸井重里の二人が揃えば役者に不足はない。しかし、私は少しも面白いと感じなかった。前書きにもあるように、カタカナことばを並べ、どちらかが思い浮かんだ話を付けるという形式。落語の三題話ならぬ一題話である。結果、恣意的な内容が多くなるのは仕方ない。しかも付け筋があまり上品でない。1986年発行で52刷まで進んでいる。それが何だ、面白くないものは何といわれようと面白くない。

3.『四国遍路』

 「しきりに誘うものがあった」と書き出す。芭蕉が思い浮かぶ。古来、野ざらしを覚悟しての旅があった。四国遍路もまた。白装束は死に装束と突き詰めて思うこと、今は無いかも知れないが。順打ちの旅程順に心に残る思いや出来事をまとめたのが本書であり、四国遍路の内面性に触れる。
 61番香園寺を過ぎてあいまいな姿の大日如来を目に映す。「如来はあちらの山の稜線に座っていたかと思うと、そぐ傍を一緒に歩き、かと思うと後ろの峰に座っている」。確認したいならば、四国の地に自らの身を置くしかない。
 四国遍路の精神性を確認したい方に、身近な入門書として一読をお勧めする。

4.『宮本輝全短編 上』

 「泥の河(太宰治賞)」「蛍川(芥川賞)」を含む15の短編で構成される。一編づつ間をおいて読んだ。
 多くの作品の底流に“せつなさ”を感じる。時代、地域、なにより生きることに対する。ただし、何とか乗り越えられる、乗り越えなければならない“せつなさ”で、絶望にまで至らない。宮本のやさしさであろう。
 私は宮本と同世代、大阪下町あるいはその周辺に7年余起居したことがあり、時代も地域も共有する部分がある。そのイメージは、作品理解に少なからぬ影響があった。逆に言えば、共有する部分がない方にどう写るか、それが多少の疑問。
 「泥の河」「蛍川」は、短編と言うより中編。それだけに他の作品より訴えかけるものが多い。この二編を読むだけでも宮本にかなり迫れる。

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2009年1月 2日 (金)

路上観察:横浜散歩・新春風景(2009年1月1日)

 初詣は伊勢山皇大神宮、JR桜木町駅から山側に昇りきった所に位置します。随分と多くの人出で参拝の規制をしていました。人の頭ばかり写っているので写真は省略。

 すぐ近くの成田山横浜別院にも初詣、ここにも多くの善男善女が。崖の上に位置するので昔は景色が良かったと思うのですが、いまはビルばかりが目に入ります。その中で一際高いのがランドマークタワー。
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 成田山の階段を下ると野毛。野毛にぎわい座の前を通り、JR桜木町駅下を潜って港未来21地区に入ります。ランドマークタワーの真下、日本丸を見ながら海縁まで進みます。コスモターワーは停止。年越しのカウントダウン・打ち上げ花火と続いたので元旦はお休みでしょう。
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 インターコンチネンタルホテルの白さが青空に映えます。帆の形をした建物は美しいと思います。ところで、写真の一番とがったところの右側面にフィギュアが収まっているのをご存知ですか。帆船の船首につけるフィギュアだと思います。機会あれば眺めて下さい。
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 赤レンガ倉庫まで進みますと、アイススケートリンクで多くの人が滑っているところが見られます。皆さん楽しそうです。一時期、織田信成船首のCMが放映されていました。いつまで営業しているか未確認です。
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 山下公園からフランス山を経由して山の手まで進みます。静かに横たわる氷川丸、メタリックな色調に模様替えをしたマリンタワー。海の見える丘公園からはベイブリッジが手に取るように、外人墓地からはランドマークタワーが遠望できます。穏やかな新年を感じます。
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 山手から元町公園を通って元町商店街に入りますが、お店は休みのようで普段の賑わいが嘘のようです。

 そのまま進んで中華街に入ります。航海安全の守護神を祀る馬祖廟、願い事を書いた赤い札が異国情緒を感じさせます。すぐ近くに商売の神様を祀る関帝廟。姓は関、名は羽、字を雲長、三国志における活躍に胸を躍らせました。
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  中華本通りは大勢の人で賑わっています。中国は旧正月、春節のほうが賑わうのですが、それでも新正月も大いに祝っているようです。
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  JR桜木町を起点にして、徒歩で正味2時間半から3時間のコースです。機会あれば、歩いて横浜を巡って下さい。ここには書ききれない光景が見られるかもしれません。例えば迫り来るかもめ(?)の乱舞(ピンボケ)。
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路上観察:箱根駅伝往路(2009年1月2日)

 国道1号線沿いに住む私の正月の楽しみの一つに箱根駅伝の観戦があります。TV中継でスタートから状況を確認して、往路は一団が横浜駅に近づくと家から応援に出かけます。

 一瞬のうちに通り過ぎてしまうのですが、鍛え抜かれた若者たちの織り成すドラマの一場面を目の当りにできること、それが応援に出かける理由です。

 このあたりは花の二区の中間点手前、まもなくすると難所権太坂に差し掛かるところです。神奈川大学の地元になりますが、応援は各校に満遍なく注がれます。正確に言えば、後ろの集団により大きいかもしれません。

 今年は位置取りに失敗して良い写真が取れませんでした。もっと早く家を出ないといけません。何事も周到な準備が必要です。
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 そう言っているうちに、先頭は第三区の中間近くまで進みました。

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2009年1月 1日 (木)

路上観察:国東半島の古刹・2(2008年12月30日)

 写真を整理しました。

 富貴寺の山門、阿形・吽形の仁王像、阿弥陀堂です。富貴寺は観光バスでも到着しなければ人影はまばらのようです。季節の良い頃に再訪の機会があれば、ベンチに腰掛けて時の移ろいを感じたいものです。
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 真木大堂に向かう途中、元宮磨崖仏、大門坊磨崖仏。そして、田んぼの傍らに立派な釈迦堂宝篋印塔を見つけました。周囲に釈迦堂はありませんでしたが、その形から由緒あるものと感じました。国東半島は石仏の里とも言われます。それは、篤い信仰心の現われなのでしょう。
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 真木大堂の仏像群は残念ながら撮影禁止でお見せできません。旧本堂も情緒がありますが、収蔵庫とかなり接近していて窮屈な感じがしました。寺内の古代公園には多くの石仏が静かに座していました。
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 熊野磨崖仏への約3Kmほどは緩やかなのぼり道が続きます。途中、土地の人一人を追い抜きましたが、他に歩いている人影は見かけませんでした。

 熊野磨崖仏は、陽が傾き始めて陰ができてしまいました。不動明王が8m、大日如来が7mほどの大きさです。改めて、どういう人達がこの磨崖仏を刻んだのか、疑問が涌きます。
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 この後JR中山香駅を目指します。道すがら一際高い山容が見えました。阿蘇山でしょうか、方角はそちらに向いていると思うのですが。
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白想:2009年歳旦

 明けましておめでとうございます。
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 風向きのせいでしょうか、停泊する船のか細いドラの音が聞こえて、港横浜は新らしい年を迎えました。2009年は横浜開港150年の記念年。種々のイベントが挙行されるでしょう。

 私が小学生の時に横浜開港100年を迎え、「百年、百年、開いて百年 ミナト横浜、朝がくる」との記念歌を歌いました。以来50年、長いと言えば長く、短いと言えば短い時間が過ぎ去りました。

 子供の頃、蜻蛉取りの竹ざおに釣り糸を付け、通称だぼはぜを釣った岸壁は、港未来21地区に変貌を遂げました。その変わり様は想像を絶します。経済発展は皆が幸せになるための必要条件だった筈です。しかし、それは実現したでしょうか。そう思えた時期もあったように思います。しかし、昨今は最低と言ってよい状況に陥っています。

 「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在および将来の国民に与えられる」と明言する憲法第11条を、むなしく感じている人は少なくないでしょう。為政者の果敢な施策が待たれます。

 2009年、世界平和の実現を祈念いたします。全ての人に健康的で幸多き生活が訪れることを祈念いたします。

 

 個人的には、団塊の世代の一人として脇目も振らずに会社生活を進んできましたが、この一・二年のうちにクーリングダウンすることになります。
 その代わりと言っては何ですが、今までできなかった何らかの社会貢献に関わるようにしたいと考えています。2009年、私にとって節目の年になるでしょう。

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