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2008年10月

2008年10月31日 (金)

シンポジューム:舞台は劇場を飛び出す(その2)(長文)

 タイトル  第2回横浜フリンジフェスティバル
       シンポジューム『舞台は劇場を飛び出す』

 パネリスト 松本雄吉(維新派主宰)             
       遠藤啄郎(横浜ボートシアター代表 脚本/演出家)
       大橋泰彦(劇団・離風霊船主宰 劇作家/演出家)
       大西一郎(演劇プロデュースユニット 作家/演出家)
 司会    一宮均(PAW Yokohama主宰)

 会場    みなと未来テント劇場
 開催日   2008年10月26日12時00分~14時55分(休憩15分)
 
 
 私は演劇鑑賞者で、制作に関与していません。それでも大変に興味深い話でした。趣味を同じくする方に雰囲気をお伝えできればと思いながら拝聴しました。内容を整理しましたが、充分にまとまったようにも思えません。それでよろしければ一読願います。

 ただし、あくまでも私が受け止めた内容の記録です。パネラーがこの通りに発言されたわけではありません。また、著作権に抵触する旨の連絡等があれば掲載を中止します。承知おき願います。
 
 当日は30分遅れで入場しました。ワークショップ会場と勘違いして別の場所に行ったためです。と言う訳で入場した時は、遠藤啄郎の近況報告の終わり近くでした。
 
 
遠藤:(ボートシアター作品と思われる映像が投影されていました)作品にあった空間が必要で、良いスタッフがいれば良い劇場になる。船(横浜元町にあったはしけの劇場を指す。今は無い)にしろテントにしろ、行政の規制や経済的に縛られた状況下で活動するささやかな空間である。アートを抑制されては困る。

松本:(先の琵琶湖公演スタッフの撮影した写真を見せながら)1.5度傾斜で湖の中にまで入り込む舞台を作った。開演前の会場で老いた夫婦が一つの弁当を食べながら夕日を見ている光景に感動した。スタッフの焚く焚き火に2ヶ月間もあたっていると、手がスモークサーモンのような色になってくる。それが屋外でやっていることの証。琵琶湖では温暖化の影響か、多くの藻が流れてくる。その藻を拾って捨てる。長浜(滋賀県)に客が集まってくれるか心配したが沢山来てくれた。劇場を建てているだけで感動する。ある種の達成感がある。

大橋:(第1回フリンジフェスティバル・市電うどんのビデオを観ながら)火薬(銃器を)を使いたいので屋外を選んだ。

大西:テントの経験は少ない。初めの頃、雨が降った時はテント屋根を下から棒で支えていたことがある。(休憩)

司会:場の持つ力とは。

大橋:(横浜)大通り公園でノウハウ無しに公演をやったことがある。許可も取らずに。周囲にいた風太郎の技術を持った人がいろいろ教えてくれた。川崎公演では天幕だけを製作し、各地の公演では支柱を借りた。今回は新宿梁山泊のテントを借りている。しかし行政との折衝で紫色はだめ、景観を汚すので周りを白で囲めと言われた。高層ビルからの景観もあるので屋根も覆うように言われた。そういう苦労がある。芝居以外の苦労もあるが後になって良い思い出につながる。場に引き付けれれると言うより、場との闘いである。

遠藤:テントの経験はあるが体力がなくなると出来なくなる。公演の大変さが製作側の何かを結集する。不便なところで制作するのも大切なプロセス。池の上の舞台を作った時はカエルの声に妨害された。しかし考えるとそれは風情なのである。テントの外から音が入ることで不思議なからみが生まれる。それは計算できない。現代の劇場も良いが、屋外の場は身体表現能力ばかりでなく場との調和が大切。越後トリエンナーレに出かけたが、自然に負けない、近代芸術の良さを主張できる作品は多くない。制作する側に大きな力が要求される。自然と融和しながら、それに負けない作品を創り出す。しかし、規制でがんじがらめになる。それを打破しながらやっていく。

松本:38年間やって来ると、年寄りが若いものに尊敬されることがある。例えば、(焚き火に)火がつけられる。若い人は水平を知らない。月が東から昇ることも知らない。野外公演は自然と折り合いをつけることの連続である。発見もある。室生公演(奈良県室生村2001年公演、私も観劇した)は野球場で行った。人の声は客席に届くか判らなかったが、実際は良く聞こえた。山の中の言葉は、「おー」とか、「よー」とかは特に良く聴こる。そのような環境では、人が人の声を聞くという意識が強まる。光に比べて音は遅い。野球場のセンター付近から声を出すと1秒後に聞こえてくる。大きな会場などで反応がウェーブしていくのが良くわかる。そのような環境ではこだまを利用できないかと思った。せみの声の録音を流すが面白くない。遠くの山へ当てると反射してくる。若い人はぬかるみを知らない。琵琶湖公演の終幕で琵琶湖の水を舞台に流すが、その時に砂も巻き上げる。舞台は砂だらけになる。だから次の日の15時くらいになると、広い舞台を雑巾がけする。そういう行動が自然に発生する。習うより慣れろが野外劇場のルール。

遠藤:船は波で揺れる。役者もゆれて観客も揺れる。一体感が生まれるが、何の一体感なのか。バリ島のダンサーが劇場公演をした時、風を感じない、月が見えない、と言った。私たちは何かを失っている。これから若い人は場所を確保しながらやっていく。船は違法、何かやろうとするには規制が多すぎる。それは自然以上である。行政と戦うそのエネルギーも必要である。横浜は芸術創造都市を宣言しているけどそれでもいろいろある。一つづつやっていくと何か規制に引っかかる。

大橋:テントを白にしなさいと言われた後、TVでサウジアラビアのニュースを見たが、サウジアラビアのような光景にしたいのかと思った。昨年はテントが許可されなかった。その時、コンテナを並べて空間を生み出すアイディアを大西さんが思いついた。コンテナを置くだけ、中を使用しないならOKと言われた。コンテナが動かないようにコンテナをパイプでつないだ。雨対策にシートの屋根をかぶせたが、結局、最後までかぶせた。公演中の台風でシートが吹っ飛んだ。その日は俳優座公演の千秋楽であったが屋根無しで開演した。岩崎加根子がそれも面白いと言った。今回の公演の許可をとるため、1ヶ月間、毎日のように役所に行った。そしたら、担当者も気の毒に思ったかいろいろアドバイスしてくれた。1ヶ月つしかやらないことに何でこのような規制が必要なのか。それは何かあると部署の責任ではなく担当者の責任になるから。アネハ以来。

大西:パレットとコンテナで作った劇場は横浜らしいと思った。傍をタクシーが通る。北村想が奇跡的と言っていた。ヘリポートも近いのでヘリコプターの音もする。

司会:行政との関係は

松本:だまし方がうまい。石の鳥居は、構造的に良くわかっていないけど伝統があるからOK。行政は伝統に弱い。岡山ではOKなら神戸でも。行政の立場は、規模にもよるがうまくやってくれ。琵琶湖公演は滋賀県主催。北村想の依頼だが、琵琶湖でやるとは思っていなかった。琵琶湖の自然を守る団体は中止しろとも言った。交渉は交渉であって、演劇を開催するという本義が悪いことではないと判っている。今回の琵琶湖公演演は今後の前例になったはず。

司会:スタッフ作りは。

松本:村に村祭りがあるが都市に都市祭りが無い。都市生活者には祭りが無い。劇場を作っていると手弁当でやって来る人がいる。工務店の人はトラックや道具を持ってくる。それを重ねているうちにプロ化してきた。機構と建築の折り合いの付け方、安いものの見つけ方などがうまくなってきた。今回の公演でも10人ほどの知らないサポータがいた。暇だから来ているとか。非日常空間に素人が参加する。非日常が大事、日常だと工事現場になってしまう。

司会:去年はのぼりを50本立てた。しかし、今年はだめと言われた。大きな看板もだめ。そういうものにスポンサー名を掲載するなどして、協賛金名目の資金を作っていくのが厳しくなっている。

大西:ほとんど持ち出しでやっている。今回は文化庁の助成が得られたが、現金が入るのは来年。1000人入場しても採算はとれない。チケットだけでなく、テントなどに協賛の広告をを出したいが駄目。広告費も取れない。隣のサッカー場(横浜マリノスの練習場がある)には広告がある。仮設劇場が危ないと言うけど、横浜トリエンナーレのコンテナ(山下公園にコンテナを組み合わせた歓迎門があった)、それほうがとっても危ないと思う。節約するしかない。

松本:今回の琵琶湖公演は客席540×9公演。4000人ぐらい入場することで採算を計算する。今回は役者・スタッフの宿泊代、土地は県が。何千万円が動いていると思う。

司会:横浜フリンジの土地代は73万円、市が共済なら減免措置があるのだが。

遠藤:聞いていると頭にくる。不景気で、このまま行くと助成も無くなる。やっていけるか。バブルの頃、1本2億ほどの公演もやった。10年前、東京に3000の劇団があったが、それらが2・3万人の観客を取り合っていた。埼玉(彩の国のことと思う)はホリプロと提携している。東京は良いけど地方はどうなっていくのか。立派な劇場を作るばかりでなく、人を作ることに力を入れるべきでないか。東京も客が減っている。シアタートップス(2009年3月で閉館?)、ベニサンピット(2009年1月閉館?)もつぶれる。人形劇もジリ貧。73万円もとるのは不届きである。

司会:関東はテント、関西は丸太で劇場を作っている。

松本:かろうじて成り立っている。演劇は先細りになっているような感じがする。劇場はあるものでなく、為らすもの。楽して演劇することは演劇人の墓場になる。そういう状況を検証しなおして、若い人に伝える必要があると思っている。

遠藤:80歳になる。演劇をやりたい人はいる。極限ではもっている。ナンシーの演劇祭でテント公演をした。その時、寺山修二が「邪宗門」を上演した。シンポジュームのパネラーで同席したが、大喧嘩になった。私は少ない人に見せることを考えていた。寺山は「書を捨て街に出よう」を上演して多くの人を集めようとしていた。そこで意見の相違があり混乱、演劇はやめろと学生のアジテーションがあった。それが新聞にも載って。おかげさまで大入りだった。

司会:静かな演劇に対するダイナミックな演劇もあってよい。金を出せば劇場が借りられる。しかし、テントのように非日常空間も必要。大阪の劇団にもフリンジに参加して貰いたい。

大橋:(松本に、若い人が劇場建設のような)大変なことを良くやりますね。

松本:わからない、なぜやるのか。説明するとすぐやる。訳わからないけど何となくやっている。すると居心地が良くなってさらに続く。

大橋:(横浜フリンジ周辺はぬかるみで雨が降ると)泥を汲み出す仕事がある。若い人は「演劇をしにきたのに」と言うけど、「それも演劇だよ」と言う。すると、「便利な言葉ですね」と言われる。なぜ野外公演をやるのかと言えば、立ち上がったときの充実感。それで2回目をはじめた。

大西:維新派をせひ横浜に。

松本:脚本・演出・そしてプロデューサーみたいなことをやっている。良い脚本だからお客さんが着てくれるわけでない。琵琶湖でやることにインパクトがある。大阪人は照れ屋が多い。漫才師みたいな形で。(市電ウドンのセット準備で構想がどんどん膨らむことに)ジオラマ(セット模型)から壮大な光景ガ出現することをアピールすると盛り上がるかも知れない。プロデューサーの力である。

(舞台ホリゾントの開口部を開く)

大橋:額縁で切り取ると、見慣れた風景がまた異なる。観客席から見た舞台の延長線上にコンチネンタルホテルが位置するように計画した。

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2008年10月27日 (月)

シンポジューム:舞台は劇場を飛び出す

 タイトル  第2回横浜フリンジフェスティバル
       シンポジューム『舞台は劇場を飛び出す』

 パネリスト 遠藤啄郎(横浜ボートシアター代表 脚本/演出家)
       松本雄吉(維新派主宰)             
       大橋泰彦(劇団・離風霊船主宰 劇作家/演出家)
       大西一郎(演劇プロデュースユニット 作家/演出家)
 司会    一宮均(PAW Yokohama主宰)

 会場    みなと未来テント劇場
 開催日   2008年10月26日12時00分~14時55分(休憩15分)

 

 30分遅れで入場。ワークショップ会場と勘違いしていて横浜にぎわい座に行ってしまったためです。と言う訳で入場した時は遠藤啄郎の近況報告の終わり近くでした。

 全体的な話題のポイントは、野外公演開催のためには行政の規制と経済面の闘いに多くの精力の使うということ。

 先に掲載した維新派琵琶湖公演、おぼろげながら各種規制のクリアは大変だったと感じていました。松本雄吉は景観面から中止要請もあったと。
 しかし、私は今まででもっとも美しい琵琶湖を見た気がしました。規制不要とは言いません。しかし一過性の野外公演、良くも悪くも景観を見つめなおすトライアルと捉える度量があっても良いと思います。

 シンポジューム会場でもあるみなと未来テント劇場。これは新宿梁山泊からの借用だそうですが、紫色のため景観を汚すとのこと。そのため周りを白いシートで覆っています。さらに高層ビルからの景観もあるので屋根にも白いシートが。空が曇っていたせいもあるかも知れませんが、そんなにけばけばしい紫ではないと思います。

 シンポジュームの話題をメモしています。うまく整理できたら後日掲載します。が、とりあえず第2回横浜フリンジフェスティバルの応援のために雰囲気だけでも伝えておきます。
 公演詳細はHPを。雰囲気は写真を参照願います。

 写真は左上から、みなと未来テント劇場遠景、振り返れば横浜駅周辺の高層ビル、テント劇場全景、パネリスト、後半に舞台のホリゾントの開口部を開く(後日の公演で劇場内から劇場外への雄大な空間が出現しそう)。

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2008年10月22日 (水)

路上観察:横浜・山下公園(2008年10月19日)

 横浜の代表的な観光スポット。関東大震災で生じたガレキで埋め立てた日本初の臨海公園だそうです。中華街や元町に近く、港未来21地区・赤レンガ倉庫脇から昔の貨物線跡を歩いて10分ほどで到着します。

 山下公園ではいろいろな催しが行われます。特に今の季節、多いように思えます。

 まず何だろうと思ったのがウェットスーツを着た集団。海の清掃活動を行っていました。海上保安庁の名前の入ったウェットスーツを着た人たちがサポートしていましたが、やはりプロですね。体格もがっちりしていて、一目で良く訓練されていると感じました。頼もしく思えます。お世話になる機会のないことを祈りますが。
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 次にインドフェアー。インド料理などの店が並んで、カレーやナンを販売していました。見た目(確認したわけでないので)、インド人が料理をしていました。一皿を買って食しましたが、おいしかったです。外で食べるのはなおさらおいしいです。シタールの演奏をしていました。生でシタールの音を聴くのは初めてでした。

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 奥のほう(氷川丸の東側、元町に近い方)で日比野克彦の「THE SEEDS TRIP」が開催されていました。段ボールの船(種)が三つ四つありました。絵を描くスペースがあったりして、子供さんには特に楽しい場所だと思います。日比野は身近に感じられて夢のあるプロジェクトが多いように思います。

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  少し古い話ですけど公園に関する薀蓄を。公園の道路側に高架貨物線がありました。既に汽車は通っていませんでしたが高架は残っていました。道路側と海側が分断されて、景観は貧相なものでした。記憶に寄れば10年少し前、高架が撤去されました。道路と公園が一体化して港横浜を代表する景観が生まれました。古い景観を引用(*1)しておきます。道路側から海側に向って撮影されています。機会あれば現状と比べてみて下さい。

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 *1 続・街並みの美学・葦原義信著・岩波同時代ライブラリ・P58

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2008年10月19日 (日)

美術:横トリ2008・シャボン玉(2)(2008年10月18・19日)

 先に新港ピアで行われたパフォーマンスを報告しました。今回は大桟橋で実行との情報が掲載されましたので駆けつけました。

 ランドマークタワーやベイブリッジを背景にした雄大なシャボン玉の光景を予想していたのですが、風が強くて高く上がらず、天気が悪くてきらきらした感じがありませんでした。残念。

 19日は朝から天気が良く、今日こそはと思って再び出かけたのですが、開始の12時頃にはどんよりと曇ってしまい昨日と同じ状況に。でも子供はいつも喜んでいます。

 開始時刻の案内が不正確のように思います。1回目は11時だったり12時だったり、2回目は16時と書いてありますが15時30分から開始するようです。時間に注意願います。
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 大桟橋にでかけたら、エルメス・プロデュースの H-Box にもぜひお寄りください。出入国ロビーに設置された10人ほどが入場できる移動式映画館。短編8篇が順次上演されます。全部見ると90分ほどだそうです。私は半分ほど見ましたが、なかなか興味深いコンテンツです。

 また、映画館自体も大変美しく出来ていて、感動すら覚えます。側面の上下部の接続金具がHの形をしていているのがしゃれています。私は名前を知るだけですが、さすがエルメス。

 18日16時頃には数十人が列に並んでいました。19日12時過ぎはすぐに入場できました。
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読書:最近の読書から(2008年10月前半)

1.『忘れられた日本人』
    宮本常一著、岩波文庫、660円(税別)

2.『ジャーナリズム崩壊』
    上杉隆、幻冬社新書、740円(税別)

 

1.『忘れられた日本人』

 再読はほとんどしないが本書は例外中の一冊、何読目になるか。民俗学に分類され学術的価値大と思う。が、それを脇においても下手な小説よりずっと面白い。古き良き日本の記録か、いや極めて日常の記録。それが良いと思えるのは私が失ったかも知れない何かを発見するからだろう。例えば。

 四人の年寄りが村の変化の話す「名倉談義」。そこに著者も感動する話がある。Kは夜遅くまで仕事する、特にS宅前の田では。遅くまで灯があり仕事がはかどった。と言ったら、そうでない、Kが仕事しているからあかるくしていたと。座談会まで好意を知らず、伝えずにいた。共同体には目に見えない助け合いがある。

 親に叱られた子供が夕飯時になっても帰らず、警防団に頼んで探す「子供をさがす」。見つかった後で気がつくと、指揮者が居たわけでもないのに計画的な捜索がなされた。子供の家の事情や暮らし方を知り尽くした共同体をそこに見る。警防団が帰ったその時、若い男が戻っていないことに気づく。彼はのんべえでいつも子供を怒鳴りつけてたが、人気はあった。彼は子供の一番仲の良い友達のいる山寺まで探しに行っていた。そこは一番さびしく不便な山の中だった。

 これらは極めて日常的な話。他に、歌垣の原点を思わせる「対馬にて・民謡」なども生き生きとした日常が眼に浮かぶ。劇的な話ならばばくろう一代の「土佐源氏」か。
 後半に「文字をもつ伝承者(1)(2)」。すなわち、多くの話は文字を持たない者たちの記憶なのだ。

 どこから読み始めて良い。文体は平易で内容が難しいこともない。それなのに迫り来る何かが記録されている。宮本の暖かいまなざしがそれを可能にしたのだろう。
 読了して「強い日本」の原点はこういうところにある気がした。ゆめゆめ勘違いしないでと願わずにいられない。これからも折に触れて読み返すであろう。名著である。

 

2.『ジャーナリズム崩壊』

 著者はフリーランスのジャーナリスト、それ以前にNHK報道局勤務、衆議院公設秘書、ニューヨークタイムズ東京支局取材記者を経ている。

 著者の考え方を否定できない。しかし全面的に肯定も出来ない。どうしてかと言えば、私が確固たる判断基準を持ち合わせないことによる。それと著者の立ち位置にもよる。

 例えば、冒頭で次のように言う。「日本に『ジャーナリズム』はある。ただしそれは日本独自のものであり、海外から見ればジャーナリズムとは言えない。・・・・はっきりとそう認識したのは(ニューヨーク・)タイムズに入った1999年」。海外のジャーナリズムすなわちタイムズなのか、あるいはタイムズを包含する何かがあるのか。そういう疑問から私は終始解放されなかった。

 「第1章.日本にジャーナリズムは存在するか?」等で指摘される事実、それは著者の耳目を通して認識した事実ではあるが、の一端を私も日本のジャーナリズムを通して見聞きしたことはある。公知の事実もある。問題がないとは思わない。

 しかし、直ちに著者の見解を全面的にそうだとも言えない。物事の全貌を極めるのは容易でない。容易でないだけでなく突き止めることもできない、私には。絶対的な判断基準がないから輪廻に陥る。

 ジャーナリズムあるいは多くのメディアにもっと敏感になる必要があると思った。興味あれば一読を。

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2008年10月16日 (木)

演劇:維新派・呼吸機械(その2)

 客席の照明が落ちて舞台に照明が回ると、湖の中にまで入り込んだ舞台が浮かび上がります。空には数えられるほどの星が。対岸に灯りは少なく、先ほどまで沖に浮かんでいた、おそらく漁船の灯りもいつの間にか見えなくなっています。

 「呼吸機械 〈彼〉と旅をする20世紀三部作 #2」は、フラメンコを思わせる群舞で始まります。40人ほどが縦横に整列し、足を踏み鳴らし、仰向けに横たわって足と手を打ち付けます。板(?)張りの舞台が音を響かせます。群舞は執拗にリフレインされ、一気に舞台に引き込まれます。これが維新派だ。

 終盤、再びこの群舞で舞台は埋め尽くされます。ただし、客席との境あたりから大量の水が涌き出して舞台は水浸しに。足を踏み鳴らすたびにしぶきが上がり、役者は見る間に濡鼠。全ての出来事を洗い流すように。

 #1を観て、「ブラジルへの移民船。新しい大地を夢見た人々は、新たな理想の世界を作り上げることを夢見ていたのかも知れません。これが三部作を貫くテーマだと思います」と書きました。しかし、20世紀が戦争の世紀であったことに思い至れば、新しい世界が大いなる暴力で生み出されていることにも気付きます。松本の意識はそこにあるのではないでしょうか。

 

 さて、この間のストーリーは結構難解です。筋道立てた説明はとっても無理、印象的な場面を断片的に振り返ります。

 ところはヨーロッパ。少年たちは、リュックサックを背負った大男(数mもあるような着ぐるみ)と対面。大男は文明の象徴のようでもあります。響きわたる呼吸音。

 つくり物の上半分の月が湖面に浮かびます。飛行機が飛び交い、機銃掃射が繰り返されます。

 「シロップ・ゼリー、ココア・クッキー」など、韻を踏んだ台詞が繰り返されます。短い単語の組合せを歌うように繰り返すのは維新派の特徴。「あなたは塵だから土に帰らなければならない」などの言葉が挟まります。

 波打ち際を進む敗残兵、途中で力尽きて倒れます。子供たちが寄ってたかって銃や身に着けているものを略奪。力なく起き上がる兵隊を、子供たちは殺してしまいます。

 飽食する人たち。後ろには調理工場でしょうか、屋根から大男が顔を覗かせています。ひょっとして調理工場でなく、大男が食べ物を飲み込んでいるのでしょうか。おなか辺りに食べ物を置くと、UFOキャッチャーのようなハンドが上方へ吊り上げていきます。食糧難と飽食が同居する世界の隠喩(?)でしょうか。

 下手から上手に汽車が走り抜けます。ヘッドマークにかぎ十字が。築き上げようとするものはバベルの塔か。空襲。1939年3月、ドイツはポーランド・ワルシャワに進行。

 建設が始まり、世の中は立ち直り。建設は続き、均等・平等が芽生えます。やがて階級闘争に。プロレタリアートとブルジョワジーの対立。

 チェチェン、コソボなど、尽きない戦争が、追い討ちをかける様に歌い上げられます。

 最後、大男が船の上に横たわって湖上を横切っていきます。あてのない文明の漂流が続くようです。

 最終日の前日、随分こなれているように感じました。そして、随分と大きな問題提起がなされたように思います。一年間、一生懸命に考えようと思います。終わったばかりです#3が待たれます。

 写真は左上から順に、JR田村駅、劇場前屋台村、同じく、比叡山の方向に陽が落ちて、劇場遠景、終焉後の舞台を。
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2008年10月14日 (火)

演劇:維新派・呼吸機械(その1)

 作・演出 松本雄吉
 音楽   内橋和久
  舞台美術 柴田隆弘
 照明   三浦あさ子

 出演   岩村吉純、藤木太郎、ほか50名ほど
 劇場   滋賀県長浜市さいかち浜
        野外特設劇場<びわ湖水上舞台>
 時間   2時間(途中休憩なし)
 観劇   2,007年10月12日 19:00~(満員、約500名強)
 期間   公演終了(10月2日~5日、9日~13日)

 

 北陸本線米原駅から金沢方面に2駅目の田村駅下車。そこから徒歩5分ほどの浜辺に野外特設劇場ができています。
 大阪から快速電車利用で2時間弱、京都からは1時間強。終演後は1時間に2本ほどの電車しかありませんので、大阪に戻れば真夜中近くになりそうです。実に辺鄙な場所。

 天気予報は11日が雨、12日は晴れ。よって12日昼過ぎに横浜を出発。田村駅を一駅過ぎた長浜市のホテルに16時過ぎ到着。一通りの雨支度をして17時20分過ぎに野外劇場着。開場には少々早いですけど、例によって当日券で入場しようとの魂胆ですから早めに並ばないと。いい度胸と言うか、計画性がないと言うか。

 湖を臨むようにして階段状の客席。1列35人掛けで15・6列。中央と左右の通路に立ち見でざっと数えて約500名強の客入り。前述のように決してアクセスの良い場所でもないのにこれだけの人が集まってしまうのです。実に不思議です。

 舞台は砂浜から湖の中に至るようにゆるい傾斜の板(?)張り。後で判るのですが、この舞台が実に効果的に使われます。

 湖の向こうに比叡の山が。夕焼けの赤みが段々薄れて湖面も定かでなくなります。劇場脇に出店やライブの舞台が丸く並び、真ん中に焚き火が一つ二つ。開演前・終演後の楽しみも維新派ならではのもの。もっとも、特設野外劇場でないとこれも実現困難と思いますが。

 写真と感想は続きます。

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2008年10月12日 (日)

音楽:横濱ジャズプロムナード2008(10月11日)

 12時開演に間にあうように家を出るつもりが少し遅れました。それなら直行すればよいのに、会場手前の本屋になど寄るから「竹内直(ts)・五十嵐一生(tp)の2ホーン・カルテット:ランドマークホール」は既に佳境。モダンな曲を2曲ほど。

Img_4027  会場を出ると横トリ作品下でピアノ演奏が。Jazzyな演奏ではありませんでしたが、曲もわからず。横目で見ながら次の会場・開港記念会館へ。

 「中村誠一(sax)& JAZZ CREW:開港記念会館」を聴きたかったけど満員。会場の扉を開放出来ないかと係員に要望するも要領を得ず。あきらめて次の会場へ。通りすがりの「情文ホール」を覗けばここも満員。今日はお客さんが多いようです。

 「モヒカーノ関(p)ラテンジャズ8重奏団:関内ホール大」はラテン。オリジナル曲ばかりのようでしたが、パーカッションも加わって楽しい演奏。ピアノが随分と硬質な音を出しています。1時間の演奏時間はちょっと短いなとの感じました。

 お客さんも多いようで席も取れないかと思いましたので、関内ホールに居続けることにしました。

 「酒井俊(vo)オーケストラ」の酒井俊は男性名のように思えますが女性。モダンな感じの曲を。「黄金の花(?)、上を向いて歩こう、よいとまけの歌」などが挟まります。一つ一つはおもしろく聴きましたが、1.5時間を通すと単調な印象を受けました。

Img_4039_2  さて本日のメインである「鈴木章治メモリアル」。会場は満員で立っている人も。これを予想して関内ホールに居続けたのです。各ステージ間は1時間の間がありますけど、セッティングを見聞きしているのも楽しいものです。大物が登場すれば既に拍手。

 鈴木章治は1995年没だから今年に何かあるようには思えませんが、とにかくメモリアル。私は直接演奏を聴いたことがありません。しかし、「鈴懸の径」と言えば、ある程度の年配の方なら知っていますよね。

 何たってクラリネット。前半を鈴木章治の甥っ子にあたる鈴木直樹。途中で鈴木直樹の父であり鈴木章治の弟である鈴木正男が加わる。後半を北村英二。サイドは秋満義孝(p)、原田イサム(ds)など、ボーカルにペギー葉山。私が良く知るわけではありませんけど、日本ジャズ界を牽引してきた各奏者ですよね。

 演奏された曲は「森の小径、鈴懸の径」を含む十数曲。「浜千鳥、見上げてごらん夜の星を」はおやっと思いながらも美しく、「Star Dust、Memory of You、Body and Soul」はこれぞスイングでしょうか。

 途中、ペギー葉山が「私のデビューは横浜だった」と言って沸かせます。北村・秋満が「スイングは良いですね。残したいですね」と言って共感を呼びました。古いと言えば古いのですが、それでも良いものは良い。至福の1時間半でした。

Img_4028  12日、2日目。横浜は朝から良い天気です。散歩気分でたまにはジャズでもいかがですか。ランドマークタワー・ドックヤードガーデンや関内ホール前で公開演奏も行われますよ。

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2008年10月 5日 (日)

美術:横浜トリ2008・シャボン玉パフォーマンス(2008年10月5日)

 正式には「大巻伸嗣・Memorial Rebirth」という作品です。でも「シャボン玉パフォーマンス」のほうが判りよいですね。昨日今日(10月4日・5日)、パフォーマンスがあるとの情報が掲載されていたので見てきました。場所は新港ピア。午前中は天気も良く、大変きれいな光景が繰り広げられました。
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 この作品は、時々、場所を変えてパフォーマンスされているようです。公共空間で行われるので入場券も特に必要ありません(これからのことは判りませんが)。

 

 私は2回目入場券を購入、シャボン玉はどこかと確認したら会場の外だと。それなら次の機会に入場券を購入すれば良かった。購入してしまったので、ちょっと疲れ気味でしたが一周してきました。個々の感想は追って掲載するつもりですが、行列のできていた作品を、参考のためお知らせしておきます。

 本日は佐東利穂子だけでしたが勅使川原三郎のパフォーマンス。前回私が見たときよりは少ないですが、それでも30分程待ちそう(郵船倉庫)。

 マシューバーニーは入替え制ではありませんが、最初から見たい人は15分程度待ちそうです(郵船倉庫)。

 ミランダジュライは狭い通路を進んでいく作品のため随分待ちそう。いつも行列しているので私はまだ見ていません。今日も長い行列、私の感じでは1時間は待ちそう(赤レンガ倉庫)。

 作品リストがないので作者名のみ。次回からはタイトルをメモしておかなければ。

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路上観察:ごんぎつねの里

 「彼岸花とごんぎつねのふるさと半田」の秋祭りをご紹介しま。
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 彼岸花は良いとして「ごんぎつね」とは。
 それは、児童文学者・新美南吉の作品です。一部の小学校教科書に収載されているそうです。

 新美南吉は、愛知県知多郡半田町(現愛知県半田市)岩滑(やなべ)に生まれ、29年の短い生涯のうちに多くの児童文学作品を残しました。私は極めて一部しか知りませんけど。

 岩滑に「新美南吉記念館」があります。中部国際空港から東に自動車で15分ぐらいの位置と言えば、遠方の方にもだいたいの見当はつくでしょうか。知多半島のど真ん中?
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 記念館を中心にして新美南吉の生家や養家、「ごんぎつね」の舞台である権現山や矢勝川。のどかな田園風景が広がります。(左から、生家、中央左が権現山、ででむし広場)5
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  矢勝川の土手に200万本の彼岸花。去年は100万本だったようですから、どんと増えました。どんどん増やしているようです(10月4日撮影、赤みは残りますが実際は花を落としているものもあります)。

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  これは、ある方が汚れていた矢勝川を昔の姿に戻そうと、清掃して彼岸花の球根を植えはじめたのがきっかけのようです。やがてそれが地域の活動に広がり、今年は2回目の秋祭り。

 少し前ですが、隣町に二年ほど単身赴任をしていたことがあります。今でも毎週のように出かけます。そのころ、新美南吉記念館は何回か出かけていますが、周囲を散策することはありませんでした。秋祭りのことも聞きませんでした。なかったのですからね。

 と言いながら、訪れた時期が1週間ほど遅かったようで、彼岸花はもう終わりでした。聞いた話を総合すると、お彼岸では少し早く、月末では少し遅かったようです。と言うことは、9月25・6日の限られた期間が見頃でしょうか。来年こそは。

 それでも多くの方が「ごんぎつねのふるさと」の秋を楽しんでおられました。

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2008年10月 4日 (土)

読書:最近の読書から(2008年9月後半)

1.『ヘッダ・ガーブレル』
    イプセン、原千代海訳、岩波文庫、500円(税別)

2.『となり町戦争』
    三崎亜記、集英社文庫、476円(税別)

3.『建築史的モンダイ』
    藤森照信、ちくま新書739、740円(税別)

 

1.『ヘッダ・ガーブレル』

 「ヘッダ・ガブラー:演出・中島諒人:制作・島の劇場」を利賀フェスティバルで観た。前半は良かったが後半が判りにくかった。観る側の課題も大いにありそうだと思ったので一読。結論を言えば、演出は原作に忠実だったと思えた。内面的要素もあり原作も判りにくいか。 

 レェーヴボルクが失くした論文原稿をヘッダがストーブで燃やす場面。
 「ヘッダ (一折の原稿を火に投げ込み、自分に言い聞かせるように、ささやく)さあ、あんたの子供を焼いてやる、テア! あんたの縮れっ毛も一緒にね! (さらに二、三帖の原稿を投げ込み)あんたの子供で、エイレルトの子供をね。(残りを投げ込み)焼いてやる、---焼いてやる、あんたの子供を。」

 台詞がこの通りだったかははっきりしない。しかし底流に嫉妬があることは理解できた。元彼と既婚女性の逃避行にここまで激しい嫉妬の思いを抱くとは。思うが侭に過ごして来た将軍の娘、思うようにならない自分の結婚生活。

 「読んでから見るか、見てから読むか」。見てから読んだが、読んでから見たほうが面白みは増したように思った。(紹介になっていませんね、すいません)

 

2.『となり町戦争』

 奇妙なタイトルだ。戦争と言いながら戦闘シーンはない。
 主人公・北原修路は、町役場から配布された広報で、となり町との戦争開始を知る。身辺変化を予想するが何事も感じられない。暫くして配布された広報の町勢に「死亡23人(うち戦死者12人)」。

 ある日、役場総務課となり町戦争係からの封書を受け取る。中の書類に「戦時特別偵察業務従事者の任命について」。役場の女性から事務的な電話で、任務に従事する意思を確認される。北原はあいまいな気持だったが、丁寧だが有無を言わせぬ感じの話し方に「任命を受けたい」と答えてしまう。北原の日常は大きく変わらないが、やがて・・・。

 役場は、戦争で住民の暮らしは良くなると説明する。戦争反対を声高に叫ぶ住民はいない。「なぜ戦争をしなければならないのか?」との質問に、別の住民が「戦争が始まったんだから協力するしかないだろう」と言う。既成事実の積み重ね、小説の中のこととも思えない。

 戦争排他が根源にあるようだ。戦争を感じられなくとも戦争は忍び寄る。戦争の体裁をとらない戦争もありそうだ。知らないうちに善良な市民が戦争に巻き込まれる。いや善良な市民が戦争に加担する。そう感じさせる不気味さがある。だから戦争に備えよと思うか、平和を希求するか。重みを持った何かが残る。印象深い作家だ。

 

3.『建築史的モンダイ』

 住まいと建築は違う。実用性だけの住まいは建築の仲間に加えたくない。建築の条件は”美しいこと”、”視覚的な秩序があること”。これが著者の思想である。この思想を底流にして建築史的な”モンダイ”に言及する。

 実用一辺倒の住まいに住む私には関係ない話題かも知れない。しかし美しい住まいにはあこがれる。見るだけで心洗われる思いを抱く。特殊な話題のようでもあるが、著者の薀蓄は多方面に及び興味深い。例えば。

 アルタミラやラスコーの洞窟を見て著者は目のウロコを何枚か落とす。住んだ洞窟と描いた洞窟は全くの別物。住むのは入口近く、描くのは何Kmも奥まったところ。そんなこと教科書に書いてない。そこから、建築の外観は太陽が生み育て内観は洞窟で産み落としたといえないだろうか、とのモンダイ提起を含む「Ⅰ 建築とは何だ?」。

 他に、日本の社寺は左右に延び、教会は奥に延びるのはなぜ、などの「Ⅱ 和洋の深い溝」。茶室は世界的にも稀な建築類型である、などの「Ⅲ ニッポンの建築」。コンクリート打放しの壁をたどると・・・、などの「Ⅳ 発明と工夫」の構成。

 建築を通して文化を語る、そのように受け止めた。面白かった。

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