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2008年10月 4日 (土)

読書:最近の読書から(2008年9月後半)

1.『ヘッダ・ガーブレル』
    イプセン、原千代海訳、岩波文庫、500円(税別)

2.『となり町戦争』
    三崎亜記、集英社文庫、476円(税別)

3.『建築史的モンダイ』
    藤森照信、ちくま新書739、740円(税別)

 

1.『ヘッダ・ガーブレル』

 「ヘッダ・ガブラー:演出・中島諒人:制作・島の劇場」を利賀フェスティバルで観た。前半は良かったが後半が判りにくかった。観る側の課題も大いにありそうだと思ったので一読。結論を言えば、演出は原作に忠実だったと思えた。内面的要素もあり原作も判りにくいか。 

 レェーヴボルクが失くした論文原稿をヘッダがストーブで燃やす場面。
 「ヘッダ (一折の原稿を火に投げ込み、自分に言い聞かせるように、ささやく)さあ、あんたの子供を焼いてやる、テア! あんたの縮れっ毛も一緒にね! (さらに二、三帖の原稿を投げ込み)あんたの子供で、エイレルトの子供をね。(残りを投げ込み)焼いてやる、---焼いてやる、あんたの子供を。」

 台詞がこの通りだったかははっきりしない。しかし底流に嫉妬があることは理解できた。元彼と既婚女性の逃避行にここまで激しい嫉妬の思いを抱くとは。思うが侭に過ごして来た将軍の娘、思うようにならない自分の結婚生活。

 「読んでから見るか、見てから読むか」。見てから読んだが、読んでから見たほうが面白みは増したように思った。(紹介になっていませんね、すいません)

 

2.『となり町戦争』

 奇妙なタイトルだ。戦争と言いながら戦闘シーンはない。
 主人公・北原修路は、町役場から配布された広報で、となり町との戦争開始を知る。身辺変化を予想するが何事も感じられない。暫くして配布された広報の町勢に「死亡23人(うち戦死者12人)」。

 ある日、役場総務課となり町戦争係からの封書を受け取る。中の書類に「戦時特別偵察業務従事者の任命について」。役場の女性から事務的な電話で、任務に従事する意思を確認される。北原はあいまいな気持だったが、丁寧だが有無を言わせぬ感じの話し方に「任命を受けたい」と答えてしまう。北原の日常は大きく変わらないが、やがて・・・。

 役場は、戦争で住民の暮らしは良くなると説明する。戦争反対を声高に叫ぶ住民はいない。「なぜ戦争をしなければならないのか?」との質問に、別の住民が「戦争が始まったんだから協力するしかないだろう」と言う。既成事実の積み重ね、小説の中のこととも思えない。

 戦争排他が根源にあるようだ。戦争を感じられなくとも戦争は忍び寄る。戦争の体裁をとらない戦争もありそうだ。知らないうちに善良な市民が戦争に巻き込まれる。いや善良な市民が戦争に加担する。そう感じさせる不気味さがある。だから戦争に備えよと思うか、平和を希求するか。重みを持った何かが残る。印象深い作家だ。

 

3.『建築史的モンダイ』

 住まいと建築は違う。実用性だけの住まいは建築の仲間に加えたくない。建築の条件は”美しいこと”、”視覚的な秩序があること”。これが著者の思想である。この思想を底流にして建築史的な”モンダイ”に言及する。

 実用一辺倒の住まいに住む私には関係ない話題かも知れない。しかし美しい住まいにはあこがれる。見るだけで心洗われる思いを抱く。特殊な話題のようでもあるが、著者の薀蓄は多方面に及び興味深い。例えば。

 アルタミラやラスコーの洞窟を見て著者は目のウロコを何枚か落とす。住んだ洞窟と描いた洞窟は全くの別物。住むのは入口近く、描くのは何Kmも奥まったところ。そんなこと教科書に書いてない。そこから、建築の外観は太陽が生み育て内観は洞窟で産み落としたといえないだろうか、とのモンダイ提起を含む「Ⅰ 建築とは何だ?」。

 他に、日本の社寺は左右に延び、教会は奥に延びるのはなぜ、などの「Ⅱ 和洋の深い溝」。茶室は世界的にも稀な建築類型である、などの「Ⅲ ニッポンの建築」。コンクリート打放しの壁をたどると・・・、などの「Ⅳ 発明と工夫」の構成。

 建築を通して文化を語る、そのように受け止めた。面白かった。

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