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2008年9月26日 (金)

演劇:グヮンバレ利賀フェスティバルあるいは私的回顧(後編)

 その後、利賀フェスティバルはゆっくりと下り坂を滑り落ちていくようでした。カンパニーの活動の場が利賀以外に広がったこともあると思います。利賀フェスティバルの方向性も変化したように思います。俳優の変遷もありました。とにかく素人にはだんだん面白くなくなりました。

 2001年から2004年まで欠席。行かないとの明確な意識があったというより、なんとなく段取りが面倒くさくなった。それを上回る刺激を期待できなくなったのが事実です。

 平成の大合併で、2004年に東砺波郡利賀村は南砺市の一部になりました。行政との関係も皆無で無いと感じていますが、詮索したこともありません。別に面白くも何とも無いからです。

 2005年から再び利賀に出かけるようになりました。当時、愛知県南部の海辺の町に単身赴任中で、横浜起点に比べて利賀は圧倒的に近いこと。遊びに出かけた岐阜県養老の天命反転地で利賀村と大書された作品を見かけたこと。勝手知る利賀フェスティバルですからふらっとでかけようとの気持ちになりました。

 昨年、SCOT再始動が発表されました。具体的にどうなるかは知りません。2008年利賀フェスティバルは新趣向で開催されると思っていました。しかし、今年のプログラムは大きく変化していません。主要カンパニーも同一です。海外招聘カンパニーは限られています。そう簡単に準備が整うわけでないかも知れません。先立つものも必要でしょう。まあ来年に期待します。面白ろそうならば、一週間はい居続けますよ。そういう時期もありましたっけ。

 私が初めて利賀フェスティバルに出かけてから20年が経過し、結果的にですが一つのカンパニーの変遷を見てきました。それと利賀村の変遷、環境の変遷も見てきました。最近は学術用語であった限界集落も身近に感じられるようになりました。

 ここまで来たら、利賀フェスティバルを最後まで見届けるのも面白い。最も劇的であったりして。
 しかし、その前に私がくたばるかも知れませんけど。長年世話になる民宿M以外を利用する気もありませんので、ご夫妻にもいつまでも元気でいて欲しいし、旧利賀村も活性化して欲しいし。とにかくみんな元気でなければ。

 「日本は東京だけでない、世界は日本だけでない、この利賀村で世界に出会う」。グヮンバレ、利賀フェスティバル。来年は期待していますよ。

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